じょ‐かん〔ヂヨクワン〕【女官】
にょう‐かん〔‐クワン〕【女官】
にょ‐かん〔‐クワン〕【女官】
女官
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女官(にょかん/にょうかん)とは、官職を持ち宮廷に仕える女性のこと。官女(かんじょ)・宮女(きゅうじょ)とも言う。
注釈
出典
- ^ 『平安時代史事典』「女官」。
- ^ 竹内美佳「摂関期の女官と天皇」大津透 編『摂関期の国家と社会』(山川出版社、2016年) ISBN 978-4-634-52365-4。
- ^ 高橋博『近世の朝廷と女官制度』P4-5。
- ^ 石田俊「近世朝廷における意思決定の構造と展開」『近世公武の奥向構造』(吉川弘文館、2021年) ISBN 978-4-642-04344-1 P142-145.(初出は『日本史研究』618、2014年)
- ^ 石田俊「近世朝廷における意思決定の構造と展開」『近世公武の奥向構造』(吉川弘文館、2021年) ISBN 978-4-642-04344-1 P154-155.(初出は『日本史研究』618、2014年)
- ^ 高倉寿子20世紀日本人名事典
- ^ a b c 『女官』山川三千子、講談社学術文庫、2016、p18-39
- ^ 四辻清子デジタル版 日本人名大辞典+Plus
- ^ 知られざる天皇家の「闇」をあぶり出した、ある女官の手記、書評者原武史、現代ビジネス、2016年8月。
- ^ 「南九萬等啓: "以宮女抄擇、令刑曹依法典、以各司下典、而別監私出閭閻、抄擇良人之弊、昨日仰陳於榻前、而自上以三醫司外、令刑曹抄入事爲敎、臣等欽仰殿下革弊之盛意、而猶惜其不能痛祛起弊之端也。祖宗舊制、只擇各司下典、以充下陳、其時亦未嘗以使令之不足爲患。今殿下、何獨於選宮女、必踰舊制、而延及良人、留作日後之弊哉?請宮人選擇、只以各司下典、罷良人抄入。」朝鮮王朝実録 顕宗実録9巻 顕宗5年10月24日 壬午2回目
- ^ 「廷臣相與言曰:「…停良家女選充宮人之令、…。」朝鮮王朝実録 景宗実録15巻 景宗大王墓碑文。強調引用者。
- ^ 大典会通 刑典, 公賤 中 "宮女只以各司下典選入內婢足可充選寺婢則非特敎勿選良家女一切勿論良人寺婢或薦進或投入者杖六十徒一年"。
- ^ 乙巳/敎曰:「先朝以內奴婢、寺奴婢、嘗欲革罷、予當繼述、自今一倂革罷。其給代、令壯營擧行。」仍令文任、代撰綸音曉諭。仍命承旨、取內司、各宮房、各司奴婢案、燒火于敦化門外、 合三萬六千九百七十四口、案冊一百六十卷。案冊一千二百九卷。】 。朝鮮王朝実録 純祖実録2巻 純祖1年1月28日 乙巳1回目
- ^ 金用淑 『朝鮮朝宮中風俗の研究』大谷森繁監修、李賢起訳(法政大学出版局2008)
- 1 女官とは
- 2 女官の概要
- 3 ヨーロッパの女官
- 4 脚注
女官
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「ファンタスティックフォーチュン」の記事における「女官」の解説
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女官
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女官
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提調尚宮チョ氏 - パク・ジヨン 女官長。 数百人の女官を率いる宮廷の権力者。 カン・ウォルへ - ジウン 東宮殿の女官。 パク尚宮 - キム・ミギョン 尚宮。
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女官
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坂上春子……桓武天皇後宮。 百済永継……桓武天皇後宮。また藤原内麻呂室。真夏、冬嗣母。 藤原薬子……平城天皇尚侍。 紀田村子……平城天皇後宮。 紀種子……仁明天皇更衣。常康親王、眞子内親王らの母。 藤原賀登子……福当麻呂の子。仁明天皇宮人。国康親王母。 紀静子(三条町)……文徳天皇更衣。惟喬親王、惟条親王、恬子内親王、述子内親王、珍子内親王らの母。 紀全子(紀乳母)……陽成天皇乳母。 藤原淑子……光孝天皇~醍醐天皇尚侍。 藤原登子……村上天皇女官。尚侍。 藤原綏子……三条天皇尚侍。 藤原豊子(宰相の君)……後一条天皇乳母。藤原道綱女。 藤原経子……白河天皇典侍。 源頼子……白河天皇後宮。官子内親王母。 祇園女御……白河天皇晩年の寵妃。 藤原長子(讃岐典侍)……堀河天皇典侍。 源盛子(三河内侍)……堀河・鳥羽・崇徳天皇掌侍。 紀頼子(中務)……堀河天皇女蔵人。 藤原朝子(紀伊局)……後白河天皇の乳母、藤原通憲(信西)の妻。 源重子(坊門局)……後白河天皇典侍。二条天皇乳母。 藤原成子(高倉三位)……後白河天皇女官。 高階栄子(丹後局)……後白河天皇女官。 藤原殖子(七条院)……高倉天皇典侍、後高倉院・後鳥羽天皇母。 小督……高倉天皇の寵妃。 藤原経子(大納言三位)……高倉天皇の乳母。 藤原輔子(大納言典侍)……安徳天皇の乳母。 源在子(承明門院)……後鳥羽天皇宮人。土御門天皇母。
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女官
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女官(宮人)には官位相当は存在しないものの、四等官をまねて「尚・典・掌」からなる三等官の制度があった(准位と呼ばれる官位相当に代わる制度はある)。後宮職員令ではこの三等官を職事、それ以下の女孺・采女・氏女などを散事と呼んで区別している。
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女官
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後醍醐に典侍(事実上の女官長で、側室になる場合も多いが、そうではない場合も多い)として仕えた「後醍醐天皇大納言典侍」(「権大納言典侍」「後醍醐院権大納言典侍」とも)という勅撰歌人がおり、『続千載和歌集』に1首(恋歌五・1601)、『新千載和歌集』に1首(恋歌五・1577)、『新葉和歌集』に2首(釈教・615と哀傷・1328)が載る。理由不明だが、深津睦夫と君嶋亜紀は、大納言典侍を公卿洞院公敏の娘であるとしている。大納言典侍はのち出家したが、後村上天皇と特に親しく、後村上はしばしば出家した彼女のもとを尋ねて和歌を贈り合っていたようである。 このほか、『増鏡』「久米のさら山」では、隠岐島に流される後醍醐に、阿野廉子に加えて「大納言君」と「小宰相」という2人の女房(女官)が付き添ったとされる。
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女官
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8世紀末から9世紀にかけて内裏が成立すると内侍司を除く後宮十二司の諸司は衰退し政治的役割が減っていく。女官の役割は家政に関わるものに限定されてゆき、尚侍は天皇の寵愛を受けるようになり妻妾になるなど、女官の社会的政治的な地位が低下する。また尚侍藤原薬子は平城上皇の寵愛を後ろ盾に権勢を振るうが、それに対抗するために嵯峨天皇は蔵人所を新設し、女性を統治システムから排除した。
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女官
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「メアリー・ブランドン」の記事における「女官」の解説
彼女はほとんどの時間を宮廷で過ごし、ジェーン・シーモア女王の好意的な女官を務め、いくつかの宝石をプレゼントされた。彼女の肖像画は、フランドルの画家、ハンス・ホルバイン・ザ・ヤンガーによって描かれた。 1538年に、夫はメアリーの不正行為についてトーマス・クロムウェルに不平を言いったが返事はなかった。 メアリー・ブランドンは1540年から1544年の間に亡くなった。また夫は1560年8月18日に亡くなった。
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女官
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県犬養橘三千代……宮人。藤原不比等室。 県犬養八重……宮人。 県犬養姉女……宮人。 藤原袁比良……尚侍・尚蔵。藤原仲麻呂室。 藤原百能……尚侍。藤原豊成室。 大野仲仟……尚侍。藤原永手室。 百済王明信……尚侍。藤原継縄室。 吉備由利……尚蔵。吉備真備の娘か妹。 藤原諸姉……尚蔵。藤原百川室。 藤原宇比良古……。藤原仲麻呂の室。 和気広虫……典蔵・典侍。和気清麻呂の姉。 橘真都我……宮人。藤原乙麻呂・藤原是公室。 阿倍古美奈……藤原良継室。
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女官
「女官」の例文・使い方・用例・文例
- 青女房という身分の低い女官
- 古代,天皇の日常の雑役に従事した後宮の女官
- 中古において,下級の女官である長女という身分
- 宮中で,局という女官の部屋
- 宮中において,局という部屋を有する女官
- 女官という職業の人
- 平安時代,女官や僧侶の呼び名として国名をつけたもの
- 源氏物語の巻名にちなんで付けられた,宮中の女官の称号
- 后妃や女官の総称
- 小上臈という身分の女官
- 上級の女官という地位
- (律令制で)職事である後宮の女官
- 女官
- 昔の女官の正装
- 宮中の上位の女官
- 宮殿の中の,別々に仕切った部屋に住む女官
- 女官の最高位
- 后妃の御殿の事務をする12司の一つである内侍司に仕えた女官
- 天皇の側近に仕えた女官
- 女官の部屋
女官と同じ種類の言葉
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