愛子内親王とは? わかりやすく解説

愛子内親王

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/09/06 06:39 UTC 版)

愛子内親王
2022年12月23日撮影
続柄 今上天皇第1皇女[1]

全名 愛子(あいこ)
称号 敬宮(としのみや)
身位 内親王
敬称 殿下
お印 ゴヨウツツジ
出生 2001年平成13年)12月1日
14時43分(24歳)
日本の旗 日本東京都千代田区千代田皇居宮内庁病院
父親 徳仁今上天皇
母親 皇后雅子
栄典 宝冠大綬章
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称号:敬宮
敬称 殿下
Her Imperial Highness the Princess
皇室







愛子内親王(あいこないしんのう、2001年平成13年〉12月1日[2] - )は、日本皇族御称号敬宮(としのみや)[3]お印ゴヨウツツジ身位内親王敬称殿下[4]勲等は「宝冠大綬章」。

人物

天皇徳仁皇后雅子の第1女子。上皇明仁上皇后美智子祖父母にあたる。皇嗣文仁親王にあたる。また、皇嗣文仁親王文仁親王妃紀子の子女である小室眞子佳子内親王悠仁親王とは従姉妹・従兄弟の関係にある。現在、女性皇族の中では最年少の内廷皇族日本赤十字社常勤嘱託職員

来歴

生後3か月の愛子内親王

2001年平成13年)12月1日14時43分、皇太子徳仁親王と同妃雅子の第1子(第1皇女子)として、東京都千代田区宮内庁病院で出生。誕生時の身長は49.6センチメートル体重は3,102グラム[5]

皇室では、清子内親王(黒田清子)以降9人連続の女子(内親王4方・女王5方)の誕生となった(詳細は「皇室#現行皇室典範下で誕生した皇室の子女」参照)。

同日、天皇(明仁)から守り刀(人間国宝である大隅俊平作)とが贈られる「賜剣の儀」が行われた[6][7]。刀身は約25センチで、全長約40センチ。

また、内閣総理大臣小泉純一郎が「内親王殿下の御誕生を迎えて」の内閣総理大臣謹話を発表した[8]

同年12月7日、「浴湯の儀」・「命名の儀」・「賢所皇霊殿神殿に誕生命名奉告の儀」が行われ、天皇から「愛子(あいこ)」と命名され、「敬宮(としのみや)」の称号を受けた。名と称号の由来は

人をする者は人恒に之を愛し、人をふ者は人恒に之を敬ふ。

—『孟子』離婁下

に拠る。皇太子・同妃、学者[9]が相談して内定し、天皇も皇太子同妃の意向を尊重して命名した[10]お印ゴヨウツツジ那須御用邸でも5月に咲く花で、両親の「この純白の花のような純真な心を持った子供に育ってほしい」という願いが込められている[11]

皇太子夫妻の待望の第一子誕生に対して、国民の祝賀の記帳は宮内庁関連で12万人、全国の自治体で65万人、合計77万人に達した。12月2日夕、皇居前広場で「新宮さまのご誕生をお祝いする国民の集い」が開かれ、奉祝国会議員連盟会長の麻生太郎をはじめ政治家や竹下景子西田ひかるなどの芸能人、毛利衛長嶋茂雄などの著名人が祝辞を述べ、2万5000人が集まり万歳して祝意を表した[12][13]

幼少時は両親から「愛ちゃん」と呼ばれた[14]

2005年(平成17年)春から週2回、東京都渋谷区のこどもの城に通い、音楽遊びなどを通じて集団生活に親しんだ[15]

2006年(平成18年)4月11日学習院幼稚園に入園。同年8月、両親のオランダ旅行・静養に同行し、初めて海外を訪問した[16]

同年11月11日、袿(うちき)と袴をつけ「着袴の儀」を実施。このとき着けた「濃色(こきいろ、濃い赤色)」の袴は、誕生時に天皇から下賜されたもの。[17]

2008年(平成20年)3月、学習院幼稚園を卒園し、同年4月に学習院初等科に入学。

2010年(平成22年)2月下旬から学校を欠席することが増えた。3月5日、野村一成東宮大夫が、愛子内親王について学校生活への不安感や腹痛などの体調不良があり、同学年の複数の男子児童による乱暴な振る舞いがあったことを発表した。これを受け、学校法人学習院も同日に記者会見を行い、学校側の対応について説明した[18]。その後、この問題は「愛子内親王不登校騒動」として報道された。

2011年(平成23年)秋以降、初等科への通学では一人で登校する機会が増えるなど、通学状況が改善したと報じられた[19]

2012年(平成24年)、学習院初等科5年生となり、管弦楽部ではチェロを担当したほか、バスケットボール部でも活動した。また、学習院女子大学で開かれた英会話セミナーにも参加したと報じられた[20]

2014年(平成26年)3月に学習院初等科を卒業し、4月に学習院女子中等科に入学[21]。7月15日、両親とともに昭和天皇武蔵野陵、香淳皇后武蔵野東陵を初めて参拝し[22]、7月30日には両親とともに伊勢神宮を初めて参拝した。[23]。8月3日には両親とともに全国高等学校総合体育大会を視察し、女子サッカーと男子バレーボールの試合を観戦した[24]

12月1日に13歳の誕生日を迎え、天皇と皇后に挨拶をするため御所を初めて一人で訪問。春からはテニスソフトボールを開始。授業の科目数も増え、学業にスポーツにと忙しい日々を過ごす[25]

2015年(平成27年)7月26日、両親とともに東京都千代田区の昭和館を訪れ、第二次世界大戦の企画展示「戦後70年 昭和20年という年~空襲、終戦、そして復興へ~」を見学した。戦争体験者から直接話を聞いた[26][27]

2016年(平成28年)8月、両親に同行して長野県を訪問し、上高地山の日記念全国大会の関連行事などに出席した[28]。同年9月26日から、胃腸の不調やふらつきなどのため学校を欠席したが[29]、休養に努め11月に復学した。

2017年(平成29年)3月22日、学習院女子中等科を卒業。報道陣から中学校生活について尋ねられ、「先生方とお友達に恵まれて、楽しい3年間を過ごすことができました」と述べた[30]。また、卒業文集に「世界の平和を願って」と題した作文を寄せ、広島への修学旅行を振り返り、平和な世界への願いをつづった[31]

4月8日、学習院女子高等科の入学式に出席。「先生方やお友達と一緒に、充実した高校生活を過ごすことができればと思っています」と抱負を述べた[32]

2018年(平成30年)7月22日~8月9日、イギリスに短期留学(学習院女子高等科の海外研修プログラム)。ロンドン郊外バークシャーイートン校英語教育、更にポーツマスオックスフォードで英国の文化を体験した[33]

2019年(平成31年/令和元年)4月30日に天皇明仁が退位し、5月1日、皇太子徳仁親王が第126代天皇に即位。

2020年(令和2年)3月22日、学習院女子高等科を卒業。「たくさんの経験ができ、とても楽しく、とても充実した学校生活を送ることができたと思います」と高校生活を振り返った[34]

4月から学習院大学文学部日本語日本文学科に入学[35]。大学では第2外国語としてスペイン語を学んだ。[36][37]

2021年

2021年(令和3年)11月16日、宮内庁は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大状況に鑑み、成年を迎える愛子内親王のティアラを新調しないと発表した。愛子内親王は叔母・黒田清子のティアラを借用して成年行事に臨むこととなった[38]

12月1日、成年(20歳)を迎えた。12月5日、天皇から宝冠大綬章を授与された(受章日は誕生日となる12月1日付)[39][40][41]

2022年(令和4年)3月17日、成年の記者会見を行った。

両親にどのような言葉を伝えたいかという御質問でございますけれども、母の「生まれてきてくれてありがとう」という言葉に掛けて、私も「生んでくれてありがとう」と伝えたいと思います。また、これまで両親には様々な機会を与えていただいたり、私の成長を、愛情を持って温かく見守ってきていただいていて、そして、そういった両親の生活面で支えてくれているところなどにも深く感謝しておりますので、そのことについてお礼を伝えたいと思います。そして「これからもどうかお体を大切に。これからも長く一緒に時間を過ごせますように」という言葉も添えたいと思います。敬宮愛子内親王殿下、ご成年をお迎えになっての記者会見(令和4年3月17日)

2024年(令和6年)1月22日、日本赤十字社に常勤嘱託職員として就職することが内定したと宮内庁が発表[42]

3月20日、学習院大学日本語日本文学科を卒業。卒業論文は「式子内親王とその和歌の研究」[43]

3月26日、伊勢神宮を、翌27日には神武天皇山陵をそれぞれ単独で参拝し、大学卒業を奉告した[44]。また、斎宮歴史博物館といつきのみや歴史体験館を視察した。これが単独での地方訪問となった[45]

4月1日、日本赤十字社に常勤嘱託職員として勤務を開始。清家篤社長より辞令を受け、事業局パートナーシップ推進部ボランティア活動推進室青少年・ボランティア課に配属された[46][47][48]

4月23日、赤坂御苑で開催された春の園遊会に初めて参加した[49]

10月11日~12日、初の単独地方公務として佐賀県を訪問。11日は国民スポーツ大会の陸上競技を観戦した後、佐賀城本丸歴史館を視察[50][51]。12日は同大会の柔道競技を観戦した後、佐賀県赤十字血液センターで献血の学生らと懇談し[52]、名尾手すき和紙工房では「手すき和紙」作りを体験した[53]

2025年(令和7年)5月3日、京王プラザホテルで開催された第23回世界災害救急医学会開会式に出席し、公的行事として初のお言葉を述べた[54]

5月8日~9日、単独地方公務として大阪府を訪問し、大阪・関西万博を視察した。

8日は日本館、大屋根リング、電力館「可能性のタマゴたち」、国際赤十字・赤新月運動館などを視察し、9日はEXPOアリーナ、シンガポール館、コモンズ-A、EARTH MARTなどを訪れた[55]

5月18日~19日、単独地方公務として石川県を訪問し、令和6年能登半島地震の復興状況を視察した。

18日は金沢市の石川県庁で復興状況について説明を受けた後、七尾市の仮設住宅や和倉温泉お祭り会館などを視察した。19日は志賀町を訪れ、復興状況について説明を受けたほか、道の駅とぎ海街道や富来行政センターを視察した[56]

9月7日〜8日、単独地方公務として新潟県を訪問。

7日は「防災推進国民大会2025(ぼうさいこくたい)」に出席し、令和6年能登半島地震に関するセッションを聴講したほか、新潟市歴史博物館を視察した。8日は小千谷市錦鯉の里を訪れ、ニシキゴイの養殖について説明を受けたほか、長岡市山古志地域のやまこし復興交流館おらたるを視察した[57][58]

12月14日、千葉大学亥鼻キャンパスゐのはな記念講堂で開催された千葉大学看護学部創立50周年記念式典に出席し、お言葉を述べた[59]

2026年(令和8年)8月1日~2日、単独地方公務として三重県を訪問。

1日は伊勢市の山田工作場で式年遷宮に使用する御用材の加工を視察したほか、鳥羽市鳥羽水族館を訪れ、ジュゴンやラッコなどを見学し、生物多様性の保全活動について説明を受けた。2日は伊勢神宮の外宮・内宮を参拝した後、五十鈴川で行われた式年遷宮に向けた「お木曳行事」を視察し、内宮参道では地元住民らとともに綱を引いて行事に参加した。また、神宮徴古館を視察した[60]

8月17日、京王プラザホテルで開催された第37回半導体物理国際会議開会式に出席し、お言葉を述べた[61]

8月20日~21日、単独地方公務として大阪府・滋賀県を訪問。

20日は大阪府大阪市大阪中之島美術館フェルメールの特別展を鑑賞し、開会式に出席した。21日は草津市滋賀県立琵琶湖博物館を訪問したほか、米原市の地域包括医療福祉センター「ふくしあ」を訪問し、子どもたちがリハビリに取り組む様子などを視察した[62][63]

外遊歴(単独公式訪問)

2025年令和7年)7月、初めての外国公式訪問として、外交関係樹立70周年を迎えたラオスを訪問した[64]。現地では国家元首に準ずる待遇を受けた。 滞在中、トーンルン国家主席ら要人と相次いで面会したほか、晩餐会と昼食会で2度あいさつし、現地で活動する日本人らとも交流した。 訪問終了後、「心のこもったおもてなしを頂いたことに深く感謝申し上げます。日本とラオスの交流に様々な形で携わってこられている幅広い年代の方々と直接お話しする機会もあり、両国の友好親善関係が人々の交流を通じて育まれ、発展してきたことを実感しました」などと感想を述べた[65]

2026年(令和8年)11月、二度目となる外国公式訪問として、外交関係樹立60周年を迎えたシンガポールを訪問予定[66]。日程は1週間程度の見通しで、訪問場所や滞在期間などについて両国が調整を進めている[67][68]

海外訪問
出国 帰国 訪問地 備考
2025年令和7年) 11月17日 11月22日 ラオスの旗 ラオス ラオス政府からの招待 外交関係樹立70周年[69]
2026年(令和8年) 11月 11月 シンガポールの旗 シンガポール シンガポール政府からの招待 外交関係樹立60周年[70]

栄典・称号

勲章

日本

役職

系譜

愛子内親王の系譜
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
16. 123代天皇
大正天皇
 
 
 
 
 
 
 
8. 124代天皇
昭和天皇
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
17. 九条節子
 
 
 
 
 
 
 
4. 125代天皇
明仁
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
18. 久邇宮邦彦王
 
 
 
 
 
 
 
9. 久邇宮良子女王
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
19. 島津俔子
 
 
 
 
 
 
 
2. 126代天皇
徳仁
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
20. 正田貞一郎
 
 
 
 
 
 
 
10. 正田英三郎
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
21. 正田きぬ
 
 
 
 
 
 
 
5. 上皇后美智子
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
22. 副島綱雄
 
 
 
 
 
 
 
11 正田富美子
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
23. 副島アヤ
 
 
 
 
 
 
 
1. 敬宮愛子内親王
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
24. 小和田金吉
 
 
 
 
 
 
 
12. 小和田毅夫
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
6. 小和田恆
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
26. 田村又四郎
 
 
 
 
 
 
 
13. 小和田静
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
3. 皇后雅子
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
28. 江頭安太郎
 
 
 
 
 
 
 
14. 江頭豊
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
29. 江頭米子
 
 
 
 
 
 
 
7. 小和田優美子
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
30. 山屋他人
 
 
 
 
 
 
 
15. 江頭寿々子
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
31. 山屋貞子
 
 
 
 
 
 
愛子内親王 父:
今上天皇
祖父:
上皇
曾祖父:
昭和天皇
曾祖母:
香淳皇后
祖母:
上皇后美智子
曾祖父:
正田英三郎
曾祖母:
正田富美子
母:
皇后雅子
祖父:
小和田恆
曾祖父:
小和田毅夫
曾祖母:
小和田静
祖母:
小和田優美子
曾祖父:
江頭豊
曾祖母:
江頭寿々子
 
 
 
 
 
 
 
 
歴代天皇
 
歴代皇后
 
親王
 
内親王女王
 
臣籍降下
 
 
 
 
大正天皇(明治天皇の子)
 
貞明皇后(大正天皇の妻)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
昭和天皇(大正天皇の子)
 
香淳皇后(昭和天皇の妻)
 
秩父宮雍仁親王(大正天皇の子)
 
雍仁親王妃
勢津子
(秩父宮雍仁親王の妻)
 
高松宮宣仁親王(大正天皇の子)
 
宣仁親王妃
喜久子
(高松宮宣仁親王の妻)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
三笠宮崇仁親王(大正天皇の子)
 
三笠宮
崇仁親王妃
百合子
(三笠宮崇仁親王の妻)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
東久邇成子
(照宮)
(昭和天皇の子、臣籍降下)
 
久宮祐子内親王(昭和天皇の子)
 
鷹司和子
(孝宮)
(昭和天皇の子、臣籍降下)
 
池田厚子
(順宮)
(昭和天皇の子、臣籍降下)
 
上皇
明仁
(昭和天皇の子)
 
上皇后
美智子
(上皇明仁の妻)
 
常陸宮正仁親王(昭和天皇の子)
 
正仁親王妃
華子
(常陸宮正仁親王の妻)
 
島津貴子
(清宮)
(昭和天皇の子、臣籍降下)
 
近衞甯子(三笠宮崇仁親王の子、臣籍降下)
 
寛仁親王家
寬仁親王(三笠宮崇仁親王の子)
 
三笠宮寬仁親王妃家
寬仁親王妃
信子
(寬仁親王の妻)
 
桂宮
宜仁親王
(三笠宮崇仁親王の子)
 
千容子(三笠宮崇仁親王の子、臣籍降下)
 
高円宮憲仁親王(三笠宮崇仁親王の子)
 
憲仁親王妃
久子
(高円宮憲仁親王の妻)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
天皇
徳仁
(明仁の子)
 
皇后
雅子
 
皇嗣秋篠宮文仁親王(明仁の子)
 
皇嗣妃文仁親王妃紀子(秋篠宮文仁親王の妻)
 
黒田清子
(紀宮)
(明仁の子、臣籍降下)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
三笠宮
彬子女王
(寬仁親王の子)
 
瑶子女王(寬仁親王の子)
 
 
 
 
 
承子女王(高円宮憲仁親王の子)
 
千家典子(高円宮憲仁親王の子、臣籍降下)
 
守谷絢子(高円宮憲仁親王の子、臣籍降下)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
敬宮愛子内親王(徳仁の子)
 
 
 
小室眞子(秋篠宮文仁親王の子)
 
佳子内親王(秋篠宮文仁親王の子)
 
悠仁親王(秋篠宮文仁親王の子)

内親王を巡って

2001年(平成13年)12月1日の誕生後、皇太子徳仁親王と同妃雅子の第1子であったことから注目を集めた。翌12月2日には皇居前広場で「新宮さまのご誕生をお祝いする国民の集い」が開かれ、約2万5000人が集まった[71]。皇居には記帳所が設けられ、全国各地でも祝賀行事が行われた。誕生翌日には父・皇太子徳仁親王が愛子内親王と対面し、「非常に元気そうですね」と述べた[72]

2004年(平成16年)には、愛子内親王について発達の遅れや自閉症ではないかとする報道が国内外の一部メディアで行われた。これに対し、同年6月18日の定例記者会見で林田英樹東宮大夫は、愛子内親王を「自閉症」とした報道について「全くの事実無根で不本意だ」と否定し、「大変健やかに成長されている」と述べた[73]。同年9月、宮内庁は愛子内親王の近影写真と、皇太子徳仁親王が東宮御所内で撮影した映像を公開した[74]。映像には、皇太子徳仁親王を「パパ」と呼びながら絵本を読む愛子内親王の姿などが収められていた。

学習院幼稚園入園後は、運動会や「オール学習院の集い」などの学校行事に参加する様子が報じられた。

皇室では、1965年(昭和40年)の秋篠宮文仁親王誕生以降、2001年(平成13年)の愛子内親王誕生まで男子が誕生せず、清子内親王(黒田清子)以降は9人連続して女性皇族(内親王4人、女王5人)が誕生した。このため、皇位継承資格を男系男子に限る現行の皇室典範の見直しが議論されるようになった。

2005年(平成17年)から2006年(平成18年)にかけて、当時の内閣総理大臣小泉純一郎の私的諮問機関である「皇室典範に関する有識者会議」で、女性の皇位継承や女系による皇位継承の可否を含む皇位継承制度の在り方が検討された。有識者会議は2005年11月24日、皇位継承資格を女性や女系の皇族に拡大することなどを盛り込んだ最終報告書を小泉総理大臣に提出した[75]

しかし、2006年(平成18年)2月、秋篠宮文仁親王妃紀子の懐妊が明らかになった。同年9月6日、悠仁親王が誕生し、皇室では秋篠宮文仁親王以来41年ぶりの男子となった。これを受け、皇位継承制度をめぐる政府の検討は中断された。

その後、2017年(平成29年)の天皇の退位等に関する皇室典範特例法の成立などを契機として、皇族数の確保や皇位継承の在り方をめぐる議論が続けられた。

2026年(令和8年)7月17日、皇族数の確保を目的とする「皇室典範等の一部を改正する法律」が成立し、同月24日に公布された。同法では、内親王及び女王が天皇及び皇族以外の男子と婚姻した場合にも皇族の身分を保持できる制度や、皇族が旧宮家の男系男子の子孫を養子とする制度などが設けられた[76][77]。同法の施行日は同年10月24日であり、同年8月現在は施行前である[78]

なお、今回の改正は皇族数の確保を目的としたもので、皇位継承資格を変更するものではない。現行の皇室典範第1条では、皇位は「皇統に属する男系の男子」が継承すると定められており、愛子内親王は皇位継承資格を有していない。2026年の改正においても、女性天皇及び女系天皇を認める制度変更は行われておらず、愛子内親王の皇位継承資格が新たに認められたものでもない[79]

逸話

2013年(平成25年)11月、祖父・天皇明仁(当時)や皇族らと。
2019年(令和元年)8月19日那須御用邸にて両親と愛犬の由莉(ゆり)とともに夏の静養

スポーツ試合観戦

  • 大相撲:幼少期から大相撲に関心を持ち、力士の四股名だけでなく、力士の上の名前・下の名前を覚えていた。2006年(平成18年)2月の父・徳仁親王(当時皇太子)の記者会見では、大相撲中継を見ながら力士の名前や星取に関する遊びをしていることなどが紹介された[80]。同年9月10日、両国国技館で両親とともに大相撲秋場所を初めて観戦し、「夢じゃなかったのかしら」と述べたと報じられた。2007年(平成19年)9月22日の秋場所14日目にも両親とともに観戦し、星取表に勝敗を書き込むなどした。
  • 野球:2009年(平成21年)のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)をきっかけに野球にも関心を持つようになった[81]。2009年(平成21年)7月12日、明治神宮野球場で行われた東京ヤクルトスワローズ横浜ベイスターズ戦を両親とともに初めて観戦した[82]。選手では内川聖一を好んでいたと報じられた[83]2026年(令和8年)3月8日には、東京ドームで行われたWBC1次ラウンドの日本対オーストラリア戦を両親とともに観戦した[84]

運動・スポーツ

  • 運動:成年を迎えた記者会見で、昔から体を動かすことが好きで、父・徳仁と一緒に敷地内をジョギングしたり、家族でテニスをしたりしていたと述べている。また、新型コロナウイルス感染症の流行後には、感染対策を講じながら宮内庁職員とバドミントンバレーボールをすることもあるという[85]
  • バスケットボール2012年(平成24年)、学習院初等科5年生のときにバスケットボール部に入部した。対外試合にも参加した[86]
  • スキー2013年(平成25年)1月、冬休みに学習院初等科の同級生とともに長野県の奥志賀高原でスキーを楽しみ、レッスンを受けたことが父・徳仁親王(当時皇太子)の記者会見で紹介された[87]2014年(平成26年)4月には、宮内庁が奥志賀高原でスキーをする愛子内親王の映像や写真を公開した[88][89]

日本文化と音楽

  • 書道:幼少期から親しみ、宮内庁職員文化祭に作品を出展している。
  • 百人一首2015年(平成27年)2月、学習院女子中等科で行われた百人一首大会で約40枚の札を取った[90]
  • チェロ:学習院初等科4年生のときにクラブ活動として管弦楽部に入部し、チェロを担当した。
  • 和歌2022年(令和4年)、初めて歌会始の儀に歌を寄せ、「英国の学び舎に立つ時迎へ 開かれそむる世界への窓」と詠んだ。この歌は、高校2年の夏に参加したサマースクールでイギリスを訪れた際の心境を詠んだものとされる。

自然

  • 天体観測を好み、2018年(平成30年)1月には両親の皇太子夫妻(当時)と皆既月食を観察した。

ペット

自身が誕生した頃から自宅の東宮御所(当時 → 赤坂御所)で飼われているを可愛がっている[91][92]。誕生日会見などでも一緒に写ることがある[93][94]。迷い動物病院で保護された犬や猫を譲り受けている。

「ピッピ」と「マリ」
愛子内親王の誕生前から両親の皇太子夫妻(当時)が飼育していた犬。赤坂御用地に迷い込んだ雌犬が産んだ10匹の子犬のうちの2匹。2009年(平成21年)に2匹共、老衰他界した。
「由莉」(ゆり)
2009年(平成21年)4月から飼育している柴犬のMIX。まりに似た名前を付けた。写真撮影で一緒に写る時にしているバンダナは愛子内親王の手作り。静養先でも行動を共にすることがある。2025年6月23日、16歳4か月、老衰で他界した。
「にんげん」と「みー」
2010年(平成22年)、学習院初等科3年次に赤坂御用地に紛れ込んだ母猫の「にんげん」は、2016年(平成28年)5月に病気で逝去するまで飼っていたメス猫である(キジトラ白MIX)。「にんげん」は紛れ込んだ後すぐに4匹の子猫を産み、その内1匹を引き取って、「みー」と名付けて飼育している。
「セヴン」
2016年(平成28年)から飼育している猫。7月生まれ。キジトラ白MIXクラシックタビー。

内親王にちなむ花

プリンセスアイコ

誕生後、以下の3種類のバラが愛子内親王にちなんで名づけられた[95]

また、河野メリクロンのシンビジウム「シンビジウム愛子さま」も同様に名付けられた花である[96]

呼称

父・徳仁は、誕生後の会見から一貫して「愛子」と呼んでいる[97]2003年(平成15年)時点で皇太子は「愛子」、記者は「敬宮さま」としている。祖父母の明仁美智子(当時:天皇・皇后)は「敬宮」としていた[98]が、2006年(平成18年)以降は同様に「愛子」と呼んでいる[99]

マスメディアの皇室報道においても、当初は御称号から「敬宮さま」の呼称が用いられていた[要出典] が、のちに「愛子さま」へ転じ[要出典] 、「愛子さま」という呼称が国民の間にも広く定着している。

宮内庁ウェブサイトでの呼称は、「敬宮殿下(としのみやでんか)」ないし「愛子内親王殿下(あいこないしんのうでんか)」となっている[100]

脚注

注釈・出典

  1. 宮内庁 天皇皇后両陛下
  2. 2001年(平成13年)12月1日宮内庁告示第12号「皇太子徳仁親王妃雅子殿下は、宮内庁病院において御出産、内親王が御誕生になった件」
  3. 2001年(平成13年)12月7日宮内庁告示第15号「御誕生になった内親王殿下は、御名を愛子と命ぜられ、敬宮と称される件」
  4. 皇室典範第二十三条第二項「前項の皇族以外の皇族の敬称は、殿下とする。」
  5. “皇太子ご夫妻に愛子さまご誕生|NHK放送史(動画・記事)”. NHKアーカイブス. 2001年12月1日. 2020年5月5日閲覧.
  6. “天皇陛下から赤ちゃんに守り刀と袴 賜剣の儀式”. asahi.com. 朝日新聞社. 2001年12月1日. 2013年4月15日閲覧.
  7. (椎谷 2002, pp. 140–143)
  8. “内閣総理大臣謹話 [内親王殿下の御誕生を迎えて] 平成13年12月1日”. 首相官邸. 2001年12月1日. 2019年7月15日閲覧.
  9. 秋山虔鎌田正米山寅太郎の三名
  10. “お名前は「敬宮愛子さま」・命名の儀”. NIKKEI NET. 日本経済新聞社. 2001年12月7日. 2009年6月3日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2013年4月15日閲覧.
  11. (椎谷 2002, pp. 166–168)
  12. 皇太子殿下お誕生日に際し(平成14年)”. 宮内庁 (2002年2月20日). 2013年4月15日閲覧。
  13. (椎谷 2002, pp. 248–264)
  14. 愛子内親王殿下御誕生につき(平成14年)”. 宮内庁 (2002年4月2日). 2013年4月15日閲覧。
  15. “愛子さま4歳”. YOMIURI ONLINE. 読売新聞社. 2005年12月1日. 2005年12月6日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2013年4月15日閲覧.
  16. 写真報道:皇太子ご一家オランダで、雅子さま初の海外静養 Epoch Times in Japan、2006年8月20日
  17. 愛子内親王殿下ご着袴の儀につき諸行事(東宮御所)”. 宮内庁. 2026年8月23日閲覧。
  18. “愛子さま学校生活に不安 通学できず”. J-CASTニュース. 2010年3月5日. 2026年8月23日閲覧.
  19. “愛子さま、10歳に 1人での通学増える 日テレNEWS24、2011年12月1日”. 2026年8月23日閲覧.
  20. 英語教室では「トッシー」校外学習で愛子さま完全復活”. 朝日新聞出版 (2012年6月29日). 2012年7月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年8月23日閲覧。
  21. 2014年(平成26年)4月6日 日テレNEWS24 愛子さま 学習院女子中等科に入学
  22. “愛子さま 昭和天皇の御陵などを初参拝”. 日テレNEWS24. 読売新聞社. 2014年7月15日. 2014年9月29日閲覧.
  23. 皇太子ご一家が伊勢神宮ご参拝 愛子さまは初めて 産経新聞社
  24. 日テレNEWS24 愛子さま、高校総体の男子バレーを観戦 2014年8月3日
  25. 2014年(平成26年)12月1日 日テレNEWS24 愛子さま13歳に 初めて一人で皇居訪問
  26. 産経ニュース 愛子さま、14歳のお誕生日
  27. 2015年7月26日 日テレNEWS24 愛子さま、「戦後70年」の特別展へ
  28. 2016年(平成28年)8月10日 日テレNEWS24 皇太子ご一家、長野で「山の日」記念式典へ
  29. 2016年(平成28年)10月7日 日テレNEWS24 愛子さま 体調不良のため2週間学校を欠席
  30. 愛子さま中学校卒業 文集で“世界の平和”願い”. テレ朝NEWS (2017年3月22日). 2026年8月23日閲覧。
  31. 愛子さま 中学校の卒業文集に作文を”. 日テレNEWS NNN (2017年3月22日). 2026年8月23日閲覧。
  32. 愛子さま学習院で入学式「充実した高校生活を…」”. テレ朝NEWS (2017年4月8日). 2026年8月23日閲覧。
  33. 「愛子さま、英留学に出発」時事通信、2018年7月22日
  34. 愛子さまが高等科を卒業 両陛下は出席控える:テレ朝NEWS”. テレ朝NEWS. 2020年3月22日閲覧。
  35. 共同通信 『愛子さま、学習院大に進学へ 陛下と同じ文学部』2020年2月21日付
  36. 朝日新聞の記事
  37. https://www.asahi.com/articles/ASN5R0VFLN5QUTIL01S.html
  38. 来月20歳の愛子さまに勲章授与へ コロナ思い、ティアラ新調せず:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル. 2021年11月16日閲覧。
  39. 『官報』第630号9頁 令和3年12月6日号
  40. 愛子さま、背筋を伸ばして「宝冠大綬章」受ける…天皇陛下は優しいまなざし”. 読売新聞 (2021年12月5日). 2022年12月29日閲覧。
  41. 愛子さま、成年行事にティアラの正装で笑顔”. nippon.com. 2022年12月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年12月29日閲覧。
  42. “愛子さま、日本赤十字社に就職へ…学習院大卒業後の4月から嘱託職員として勤務”. 読売新聞. 2024年1月22日. 2024年1月22日閲覧.
  43. 愛子内親王殿下学習院大学ご卒業に際しての文書回答”. 宮内庁 (2024年3月20日). 2024年3月30日閲覧。
  44. 愛子さま 初めておひとりで伊勢神宮を参拝 大学卒業と就職を報告”. 日テレNEWS NNN (2024年3月26日). 2024年3月30日閲覧。
  45. 愛子さま、けさ斎宮博を視察 「優雅」見物の子供ら興奮 三重・明和”. 夕刊三重電子版 YoMotto (2024年3月27日). 2024年3月30日閲覧。
  46. “愛子さま 日本赤十字社のボランティア活動推進室に配属へ”. テレ朝news. テレビ朝日. 2024年3月28日. 2024年3月28日閲覧.
  47. 愛子さまが日本赤十字社に入社、配属先は青少年・ボランティア課…「身の引き締まる思い」”. 読売新聞オンライン (2024年4月1日). 2024年4月1日閲覧。
  48. 【全文掲載】愛子さま 日赤への就職を選ばれた理由など回答”. NHK NEWS WEB (2024年4月2日). 2024年5月3日閲覧。
  49. 春の園遊会 愛子さまも初めて出席 北大路欣也さんなど招かれる”. NHK NEWS WEB (2024年4月23日). 2024年5月3日閲覧。
  50. 愛子さま 初めての地方公務 佐賀で国民スポーツ大会観戦”. テレ朝NEWS (2024年10月11日). 2024年10月11日閲覧。
  51. 愛子さまが日赤創設者の寸劇をご覧に 初めての地方公務で”. テレ朝NEWS (2024年10月11日). 2024年10月11日閲覧。
  52. 初の地方公務で佐賀県訪問の愛子さま 赤十字血液センターで献血の学生らと懇談”. テレ朝NEWS (2024年10月12日). 2024年10月12日閲覧。
  53. 愛子さま 初の地方公務先の佐賀で「手すき和紙」作り体験 職人から褒められる場面も”. テレ朝NEWS (2024年10月12日). 2024年10月12日閲覧。
  54. 愛子内親王殿下のおことば(第23回世界災害救急医学会開会式)”. 宮内庁 (2025年5月3日). 2025年5月3日閲覧。
  55. 天皇ご一家のご日程(令和7年5月)”. 宮内庁. 2026年8月23日閲覧。
  56. 天皇ご一家のご日程(令和7年5月)”. 宮内庁. 2026年8月23日閲覧。
  57. 天皇ご一家のご日程(令和7年9月)”. 宮内庁. 2026年8月23日閲覧。
  58. 愛子さま、7日の「防災推進国民大会」出席のため初めて新潟県に”. テレ朝NEWS. 2026年8月23日閲覧。
  59. 愛子内親王殿下のおことば(千葉大学看護学部創立50周年記念式典)”. 宮内庁 (2025年12月14日). 2025年12月14日閲覧。
  60. 天皇ご一家のご日程(令和8年8月)”. 宮内庁. 2026年8月23日閲覧。
  61. 愛子内親王殿下のおことば(第37回半導体物理国際会議開会式)”. 宮内庁 (2026年8月17日). 2026年8月17日閲覧。
  62. 愛子さまが滋賀県立琵琶湖博物館を訪問…「ビワコオオナマズ」の白い腹を下から観察し「水深どのくらいのところに」”. 読売新聞 (2026年8月21日). 2026年8月21日閲覧。
  63. 愛子さまが滋賀・米原の福祉センター訪問、ボッチャを体験”. 読売新聞 (2026年8月21日). 2026年8月21日閲覧。
  64. 日本放送協会 (2025年11月18日). 愛子さま ラオスに到着 初の外国公式訪問”. NHKニュース. 2025年11月18日閲覧。
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  66. 愛子さま、11月にシンガポールを公式訪問 外交樹立60周年で招待:朝日新聞”. 朝日新聞 (2026年7月10日). 2026年7月10日閲覧。
  67. 愛子さまのシンガポール訪問調整 外交樹立60周年:山陽新聞デジタル|さんデジ”. 山陽新聞デジタル|さんデジ (2026年4月21日). 2026年4月21日閲覧。
  68. 愛子さま、シンガポール公式訪問で調整”. 読売新聞 (2026年7月10日). 2026年7月10日閲覧。
  69. ラオスご訪問(令和7年)”. 宮内庁 (2025年10月17日). 2025年10月17日閲覧。
  70. 愛子さま、11月にシンガポールを公式訪問 外交樹立60周年で招待:朝日新聞”. 朝日新聞 (2026年7月10日). 2026年7月10日閲覧。
  71. 皇太子殿下お誕生日に際し(平成14年)”. 宮内庁 (2002年2月20日). 2013年4月15日閲覧。
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  73. “病名報道は「勝手な憶測」 雅子さまめぐり東宮大夫”. 共同通信. 2004年6月18日.
  74. 愛子さまの近影を公開 皇太子さま撮影のビデオ映像も”. 朝日新聞 (2004年9月24日). 2026年8月23日閲覧。
  75. “[www.kantei.go.jp/jp/singi/kousitu/houkoku/houkoku.pdf 皇室典範に関する有識者会議 報告書 平成17年11月24日]”. 2026年8月23日閲覧。
  76. 皇室典範等の一部を改正する法律案”. 内閣法制局. 2026年8月23日閲覧。
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  79. 皇室典範”. e-Gov法令検索. 2026年8月23日閲覧。
  80. 皇太子殿下お誕生日に際し(平成18年)”. 宮内庁 (2006年2月21日). 2013年4月15日閲覧。
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  82. 皇太子同妃両殿下のご日程:平成21年(7月~9月)”. 宮内庁. 2026年8月23日閲覧。
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  84. ご観戦(2026 ワールドベースボールクラシック 1次ラウンド 東京プール「日本対オーストラリア」)”. 宮内庁. 2026年8月23日閲覧。
  85. 愛子内親王殿下ご成年をお迎えになっての記者会見”. 宮内庁 (2022年3月17日). 2026年8月23日閲覧。
  86. 上皇さま90歳 ご一家の写真で振り返る(朝日新聞) (2023年12月19日). 2026年9月1日閲覧。
  87. 皇太子殿下お誕生日に際し(平成25年)”. 宮内庁. 2026年8月23日閲覧。
  88. 愛子さまの春休みのスキー映像を公開”. 日テレNEWS24 (2014年4月6日). 2026年8月23日閲覧。
  89. 愛子さまのスキー映像公開=長野・奥志賀高原でレッスン”. 時事ドットコム (2014年4月7日). 2026年8月23日閲覧。
  90. 愛子さま、学習院女子中等科の百人一首大会で約40枚を取るご活躍 産経新聞社、2023年1月2日閲覧
  91. 2008年(平成20年)5月2日日本テレビにこにこアルバム
  92. 主婦と生活社「雅子さまと愛子さま」2008年(平成20年)発行
  93. 2010年(平成22年) 宮内庁 「皇太子妃殿下お誕生日に際してのご近影」
  94. 「愛子内親王殿下お誕生日に際してのご近影」 宮内庁
  95. 愛子さまに捧げられたバラたち 神戸市立須磨離宮公園ブログ、2013年12月2日、2016年3月15日閲覧。
  96. 松崎敏彌(監修) 著、天才工房 編『愛子さま「モノ」語り リトルプリンセスのお気に入り』(初版第1刷)東邦出版、2004年2月、114-115頁。 ISBN 4-8094-0353-X
  97. 2003年(平成15年)、皇太子誕生日記者会見
  98. 2002年(平成14年)、天皇誕生日記者会見
  99. 2006年(平成18年)、天皇陛下誕生日記者会見
  100. 宮内庁ウェブサイト

参考文献

  • 椎谷, 哲夫『敬宮愛子さまご誕生 宮中見聞記』(初版第二刷)明成社、2002年。 ISBN 4-944219-10-5 

関連項目

  • 愛子駅(あやしえき) - 愛子内親王誕生時に漢字表記が同じということで話題になった。
  • 愛子大仏(あやしだいぶつ) - 同駅近辺の佛国寺に、愛子内親王誕生後に建立された。

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