日本国憲法 日本国憲法の概要

日本国憲法

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/13 20:45 UTC 版)

日本国憲法

日本の法令
通称・略称 現行憲法
昭和憲法 など
種類 憲法
効力 現行法
成立 1946年昭和21年)10月29日
枢密院可決、天皇裁可)
公布 1946年(昭和21年)11月3日
施行 1947年(昭和22年)5月3日
主な内容 個人の尊厳
国民主権
基本的人権の尊重
平和主義
国民権利義務
象徴天皇制
日本国政府など
関連法令 大日本帝国憲法
皇室典範
国会法
内閣法
裁判所法
人身保護法
国際法
国籍法
日本国憲法の改正手続に関する法律
公職選挙法
政党助成法
宗教法人法など
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「日本の民主的変革の基本原理」を提供する憲法として1946年(昭和21年)11月3日に公布され、1947年(昭和22年)5月3日に施行された[1]日本国憲法第10章により、同憲法は日本の体系における最高法規に位置付けられる。昭和憲法(しょうわけんぽう)、あるいは単に現行憲法(げんこうけんぽう)とも呼ばれる。

概要

日本国憲法原本「上諭」(1頁目)
日本国憲法原本「御名御璽と大臣の副署」(2頁目)
日本国憲法原本「大臣の副署」「前文」(3頁目)

欽定憲法に対しては民定憲法として分類され[3]、社会主義憲法に対してはブルジョア憲法資本主義憲法)として分類される[4][5]。他の多くの国の憲法と同じように、硬性憲法であり[6]、人権規定と統治規定を含む。また象徴天皇制や間接民主制、権力分立制、地方自治制度、国務大臣の文民規定が盛り込まれ、戦争の放棄、刑事手続(犯罪捜査、裁判の手続)についての詳細な規定等もなされている。

1945年(昭和20年)に、ポツダム宣言を受諾して連合国に対し降伏した日本政府は、そこに要求された「日本軍無条件降伏」「日本の民主主義的傾向の復活強化」「基本的人権の尊重」「平和政治」「国民の自由意思による政治形態の決定」などにより、事実上憲法改正の法的義務を負うことになった。[要出典]

GHQは、占領以来半年、日本の天皇制がいかに根強いものであるかを知り尽くしており、もし天皇制を廃止して共和制を実施したら大混乱をきたし、アメリカの占領統治が収拾不能に陥ることは火をみるより明らかであると認識していたが、ソ連1946年2月26日に第一回総会の開会が予定されていた極東委員会において、日本に共和制をくことを決定させて、日本を大混乱に陥れ、それに乗じて北海道侵入を敢行しようと策動し、ソ連、中国フィリピンオーストラリアニュージーランドなどによって支持されそうな形勢が現れたという情報をつかんだ[要出典]。GHQはこれを阻止するために、先手を打って日本の憲法を早急に改正し、天皇の権能を全面的に剝奪して、極東委員会に対しては、日本の民主化は完全に終わり、あえて共和制を布く必要はないとの了解を求め、他方、日本国民に対しては、象徴天皇の名称を憲法に残すことによって、天皇制は存続され、日本の国体は変革されない、と納得させる以外に手はないとの結論に達した[7]

マッカーサー元帥の命令によりわずか1週間で作成された英文の民政局草案を骨子として、連合国軍占領中連合国軍最高司令官総司令部の監督の下で、徹夜して1日半で「憲法改正草案要綱」を作成した[8]。民政局草案を起草したのは、民政局長のコートニー・ホイットニーと民政局員のマイロ・ラウエルを中心としたアメリカ人スタッフである[9][10]

その後の紆余曲折を経て起草された新憲法案は、大日本帝国憲法73条の憲法改正手続に従い、1946年(昭和21年)5月16日の第90回帝国議会の審議を経て若干の修正を受けた後、枢密院10月29日に新憲法案を可決、改正が成立した。

極東委員会は1946年10月17日「日本の新憲法の再検討に関する規定」の政策決定を採択していたが、吉田内閣及び昭和天皇は1946年(昭和21年)11月3日、公布文の上諭を付した上で日本国憲法を公布した[11]。上諭文は10月29日の閣議で決定し、10月31日昼に吉田総理が上奏し裁可を得た。

朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。[12]

同憲法は大日本帝国憲法と異なり、内閣は憲法・法律の規定を実施するための施行令(政令)を制定することが規定されていた。

〔内閣の職務権限〕
第七十三条 内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。…
六 この憲法及び法律の規定を実施するために、政令を制定すること。…

新憲法は第100条の規定により、公布から6か月後の翌年1947年(昭和22年)5月3日に施行された[8]

日本国憲法には三大原理という文言はない。

個人の尊厳という日本国憲法の目的を達成するため国民主権の原則を採用し、国民主権に基づいて象徴天皇制を定め、さらに基本的人権の尊重を掲げて各種の憲法上の権利を保障し、戦争の放棄、戦力の不保持、交戦権の否認という平和主義を定める。また国会内閣裁判所三権分立の国家の統治機構と基本的秩序を定めている。「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」の3つは、日本国憲法を特徴付ける三大要素と呼ばれることもある[13][8]

2022年(令和4年)現在、現行憲法としては世界で最も長い期間改正されていない憲法である[14][注釈 1]。2004年(平成16年)10月3日には、施行期間が20,973日に達し大日本帝国憲法の施行期間(20,972日)を追い抜いた。日本国憲法は、当用漢字表現代かなづかいの告示より前に公布されたもので、原文の表記は旧字体かつ歴史的仮名遣である。

原本は国立公文書館に保管されており、不定期に公開されている[15]

日本国憲法の理念・基本原理

日本国憲法の理念

日本国憲法の三つの基本原理(詳細後述)の根底には、「個人の尊厳」(第13条)の理念があるとする学説がある[16]

樋口陽一の1992年の著述では、ジョン・ロックの思想(国民の信託による国政)では人権思想の根もとには個人の尊厳があり、ロックの思想によれば日本国憲法の三大原理の根底に個人の尊厳の理念がある、とされている。
また、芦部信喜の2007年の著述では、国民主権と基本的人権はともに「人間の尊厳」という最も根本的な原理に由来する、とされている[17]
宮澤俊義は、個人の尊厳を基本原理として三大原理を示した(詳細後述)。

日本国憲法の三大原理と目的

日本国憲法には基本的人権の尊重・国民主権(民主主義)・平和主義の三つの基本原理[18]日本国憲法の三大原理)があるとする学説がある。この説の起こりは、制定された日本国憲法に対して宮澤が理論的・体系的な基礎づけを考案したことである。宮澤は日本国憲法の基本原理を「個人の尊厳」に求め、そこから導出される原理として、「基本的人権尊重」、「国民主権」、「平和国家」を示した。宮沢のこの考案は、日本のその後の憲法学の礎となった[19]

また宮澤は、日本国憲法の目的についても述べている。宮澤の1947年の著述によると、日本国憲法は、ポツダム宣言の条項を履行し、民主政治の確立および平和国家の建設を行うことを、その目的とする、とされている[20]
宮澤の1959年の著述では、個人の尊厳については、第13条の個人の尊重と同意であり、個人主義の原理を表現しており、基本的人権の概念はこの個人主義に立脚する、とされている[21]

平和主義(戦争放棄)

平和主義は、自由主義と民主主義という二つの重要な理念とともに、日本国憲法の理念を構成する。平和主義は、平和に高い価値をおき、その維持と擁護に最大の努力を払うことをいう。平たくいえば、「平和を大切にすること」である。[要出典]

平和主義の内容は、

  1. 人権 平和的生存権の権利性 - ただし、判例及び有力説は、平和的生存権の権利性を否定する。
  2. 統治
    1. 戦争の放棄 9条
    2. 戦力の不保持 9条
    3. 交戦権の否認 9条
    4. 国務大臣の文民性 66条2項

とされる。[要出典]

平和状態が国民生活基盤において重要であることについてほとんど争いはない。むしろ、その平和な状態を国際秩序においていかにして確保するかという点で、激しい論争がある。平和主義は、多くの国で採用されている国際協調主義の一つと位置づけることができる。深刻な被害をもたらした第一次世界大戦後、自由主義・民主主義と結びつき、国民生活の基盤としての平和主義が理念として発展した。[要出典]

しかし第二次世界大戦後の日本では歴史的経緯をふまえ、日本国憲法前文および9条に強く示されるように、国際協調主義を超えた平和主義がめざされてきたと指摘されることもある。[要出典]

日本国憲法は9条1項で、「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と謳っている。さらに同条2項では、1項の目的を達するために「陸海空軍その他の戦力」を保持しないとし、「国の交戦権」を認めないとしている。

憲法9条の解釈について学説には「国際紛争を解決する手段」ではない戦争というものはありえず憲法9条第1項で全ての戦争が放棄されていると解釈する立場(峻別不能説)[22]、憲法9条第1項の規定は「国際紛争を解決する手段」としての戦争放棄を定めたもので自衛戦争までは放棄されていないが、憲法9条第2項で戦力の不保持と交戦権の否認が定められた結果として全ての戦争が放棄されたと解釈する立場(遂行不能説)[23]、憲法9条第1項の規定は「国際紛争を解決する手段」としての戦争放棄を定めたものであり自衛戦争までは放棄されておらず、憲法9条第2項においても自衛戦争及び自衛のための戦力は放棄されていないとする立場(限定放棄説)[24]がある[25]

このうち限定放棄説は憲法9条は自衛戦争を放棄しておらず自衛戦争のための「戦力」も保持しうると解釈する[24]。これに対して政府見解は憲法9条第2項は「戦力」の保持を禁止しているという解釈のもと、これは自衛のための必要最小限度の実力を保持することを禁止する趣旨のものではなく、これを超える実力を保持することを禁止する趣旨であると解釈している[26][27][28]。また、政府見解は交戦権を伴う自衛戦争と個別的自衛権に基づく自衛行動とは別概念で後者について憲法上許容されていると解釈しており[29][30]、平成11年の参議院予算委員会において大森政輔内閣法制局長官(当時)は「個別的自衛権に基づく我が国を防衛するために必要最小限度の自衛行動というものは憲法が否定していないということを申し上げたのでございまして、いわゆる戦争の三分類による自衛戦争ができるんだということを申し上げたわけではないと。自衛戦争という場合には当然交戦権が伴うんでしょうけれども、先ほど我が国がなし得ると申し上げましたのは、自衛戦争という意味よりももう少し縮減された、あるいは次元の異なる個別的自衛権に基づく自衛行動というふうにお聞き取りいただきたいと思います」[31]と述べている。また、平成11年の参議院外交防衛委員会において秋山收内閣法制局第一部長(当時)は「自衛戦争の際の交戦権というのも、自衛戦争におけるこのような意味の交戦権というふうに考えています。このような交戦権は、憲法九条二項で認めないものと書かれているところでございます。一方、自衛行動と申しますのは、我が国が憲法九条のもとで許容される自衛権の行使として行う武力の行使をその内容とするものでございまして、これは外国からの急迫不正の武力攻撃に対して、ほかに有効、適切な手段がない場合に、これを排除するために必要最小限の範囲内で行われる実力行使でございます」[30]と述べている。

平和主義という言葉は多義的である。法を離れた個人の信条などの文脈における平和主義は(一切の)争いを好まない態度を意味することが多い。一方で、憲法理念としての平和主義は、平和に価値をおき、その維持と擁護に政府が努力を払うことを意味することが多い。日本国憲法における平和主義は、通常の憲法理念としての平和主義に加えて、戦力の放棄が平和につながるとする絶対平和主義として理解されることがある。これは、第二次世界大戦での敗戦と疲弊の記憶、終戦後の平和を求める国内世論、形式文理上、憲法前文と第9条が一切の戦力・武力行使を放棄したと解釈できること、第二次世界大戦以降日本が武力紛争に直接巻き込まれることがなかったことによって支えられた、世界的にも希有な平和主義だとされる。この絶対平和主義については、安全保障の観点がないのではないかという意見がある一方で、世界に先んじて日本が絶対平和主義の旗振り役となり、率先して世界を非武装の方向に変えていこうと努力することが、より持続可能な安全保障であるとの意見がある。なお、これらとは別に自衛権は自明の理であり、自衛権の行使は戦争には当たらないとする意見がある。[要出典]

上記の議論から日本政府が編成する防衛組織である自衛隊は海外からは軍隊とみなされており憲法違反とする学説もあるが、日本政府の見解では自衛隊は戦力には該当せず憲法上許容されているとしている[32]。2017年5月現在、最高裁判所による憲法判断は下されていない


注釈

  1. ^ 出典元記事の記載では、施行されてから一度も改正されていないという立場であるが、日本国憲法が一度も改正されていないか否かは、行われた改正手続き通り、大日本帝国憲法の全面改正として日本国憲法を捉えるか、事実上大日本帝国憲法を破棄して制定された新憲法と捉えるかで異論がある。
  2. ^ なお、席上マッカーサーから要求されたいわゆる「五大改革要求」は以下の通り。(1)選挙権賦与による婦人の解放、(2)労働の組合化促進、(3)自由主義的教育を行うための諸学校の開設、(4)検察・警察制度の改革、(5)経済機構の民主主義化。
  3. ^ 1945年(昭和20年)10月13日閣議了解、10月25日設置。
  4. ^ 1946年2月1日付「憲法改正権限に関するホイットニー・メモ」。同、1946年2月1日付「憲法改正権限に関するホイットニー・メモ」。なお、訳文は「高柳賢三ほか編著『日本国憲法制定の過程:連合国総司令部側の記録による I』有斐閣、1972年、79ページ」参照。
  5. ^ 宮沢委員が委員会での議論を踏まえて試みに作成し、1月4日の第8回調査会に提出した。
  6. ^ なお、GHQ草案の作成に関与したGHQ民政局チャールズ・ケーディスはのちのインタビュー(インタビュー日時・場所、インタビュアー等は不明。)で、日本側は文語体で書くことを頑なに主張したが、文語体で書かれれば日本側が内容を巧妙にすり替えることができ、検閲で身落とすかもしれないと危惧したため日本側の主張を退けた、と語ったとされる(『戦後日本の高等教育改革政策: 「教養教育」の構築』土持ゲーリー法一、玉川大学出版部, 2006 )。もっとも、このとき作成された確定案(「3月5日案」)および「憲法改正草案要綱」(「3月6日案」)は文語体である。
  7. ^ なお、アメリカ国務省およびその出先機関である総司令部政治顧問部は、「3月6日案」の内容を事前に知らされていなかった。国務省は草案を批判的に検討し、起草作業にあたったアルフレッド・ハッシー中佐が反論している(「憲法改正草案要綱」に対する国務省の反応)。
  8. ^ 3月20日には極東委員会が、マッカーサーに対し、憲法草案に対する極東委員会の最終審査権の留保と、国民に考えるための時間を与えるため総選挙を延期することなどを要求している。これに対して3月29日、マッカーサーは、極東委員会の総選挙延期要求を拒否する返電を打った。さらに5月13日、極東委員会は、3点からなる「新憲法採択の諸原則」を決定した。その原則とは、 (1) 審議のための充分な時間と機会を与えられること、 (2) 大日本帝国憲法との法的連続性をはかること、 (3) 国民の自由意思を明確に表す方法により新憲法を採択することの3点。
  9. ^ 衆議院における修正点のうち、重要なものは次の通り。 (1) 前文、1条の国民主権の趣旨を明確化、 (2) 44条但書きに「教育、財産又は収入」を加えて普通選挙の趣旨を徹底、 (3) 67条、68条に関して、内閣総理大臣は国会議員の中から指名すること、国務大臣の過半数は国会議員の中から選ぶものとし、その選任についての国会の承認を削ったこと、 (4) 9条1項の冒頭に「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」の文言を加え、2項冒頭に「前項の目的を達するため」の文言を加えたこと、 (5) 第3章に関して、10条の「国民の要件」、17条の「国家賠償」、30条の「納税の義務」、40条の「刑事補償」の規定を新設し、25条に「全て国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」との規定を加えたこと、 (6) 98条に国際法規遵守に関する2項を追加したこと。このうち、 (1) (2) (3) は総司令部の要請によって修正された点であり、 (4) (5) (6) は衆議院の自発的な修正である。この点につき、「野中俊彦ほか著『憲法 I』有斐閣、2006年、59ページ」を参照。
  10. ^ 反対の青票を投じたのは、日本共産党柄沢とし子志賀義雄高倉輝徳田球一中西伊之助野坂参三新政会穂積七郎無所属クラブ細迫兼光の8名。
  11. ^ 貴族院における修正点のうち、重要なものは次の通り。 (1) 15条に、公務員の選挙について、成年者による普通選挙を保障する規定を加えたこと、 (2) 66条に、内閣総理大臣その他の国務大臣は文民でなければならないとの規定を加えたこと、 (3) 59条に、法律案について両院協議会の規定を追加したこと。このうち、 (1) (2) は総司令部の要請によって修正された点、特に (2) は総司令部が極東委員会の要請を受けて日本政府に追加修正を求めた点であり、 (3) は貴族院の自発的な修正である。この点につき、「野中ほか『憲法 I』60ページ」を参照。
  12. ^ 小委員会で修正された条項は憲法9条だけではなく、現存する華族一代に限って身分の保障を定めた97条の削除等を行っている。小田部雄次『華族』(中公新書
  13. ^ 総司令部や極東委員会の内部では、芦田修正により「日本が defence force を保持しうる」とする見解が有力であった。
  14. ^ 大日本帝国憲法 - 第七十三條:将来此ノ憲法ノ条項ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ。此ノ場合ニ於テ両議院ハ各々其ノ総員三分ノ二以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開クコトヲ得ス出席議員三分ノ二以上ノ多数ヲ得ルニ非サレハ改正ノ議決ヲ為スコトヲ得ス
  15. ^ 1985年(昭和60年)9月27日提出、「森清議員提出日本国憲法制定に関する質問主意書」に対する答弁書。本答弁書は、自由民主党に所属する衆議院議員森清が提出した質問主意書に対して、中曽根内閣が決定したものである。質問の内容は「明治憲法の根幹は『天皇統治』であり、新憲法は、『国民主権』となっている。このように、憲法体制の根幹の改変は、その憲法の改正手続によってはできないのではないか。」というもの。
  16. ^ 上掲、1985年(昭和60年)9月27日提出、「森清議員提出日本国憲法制定に関する質問主意書」に対する答弁書。この答弁書は、森清議員の「陸戦の法規慣例に関する条約(ハーグ条約)第43条は、次の如く規定している。(条文省略)憲法改正について占領軍総司令官のとった行為は、この条項に違反しているのではないか。」という質問に対して決定された。
  17. ^ 大日本帝国憲法 - 第七十五條: 憲法及皇室典範ハ摂政ヲ置クノ間之ヲ変更スルコトヲ得ス

出典

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  25. ^ それぞれの学説について野中俊彦・高橋和之・中村睦男・高見勝利『憲法(1) 第4版』(2006年)有斐閣、164-166ページ参照
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  70. ^ 国立国会図書館、「日本国憲法の誕生」口語化憲法草案の発表
  71. ^ 同、口語化憲法草案の発表
  72. ^ 衆憲資第90号「日本国憲法の制定過程」に関する資料”. 衆議院憲法審査会事務局. 2020年8月23日閲覧。
  73. ^ 1946年(昭和21年)8月24日衆議院議事速記録、帝国議会会議録、同25日付『官報』号外。
  74. ^ この節、「野中俊彦ほか著『憲法 I』有斐閣、2006年、150ページ」を参照。
  75. ^ 宮沢俊義『憲法の原理』岩波書店、1967年。375ページ以下。
  76. ^ 佐々木惣一『改訂日本国憲法論』有斐閣、1952年。71ページ以下。
  77. ^ 相良良一「現行憲法の効力について」公法研究6号25ページ以下、1957年、参照。
  78. ^ 芦部信喜『憲法学I 憲法総論』有斐閣、1992年。187ページ。
  79. ^ 青山武憲『新訂 憲法』啓正社、2000年。87ページ。
  80. ^ バイデン副大統領「日本国憲法、米が書いた」毎日新聞 2016年8月17日
  81. ^ 渡部昇一・南出喜久治「日本国憲法無効宣言」(ビジネス社)[要ページ番号]
  82. ^ * 村田良平 『村田良平回想録 上巻』 ミネルヴァ書房、2008年、56頁。
  83. ^ インド憲法の動態から国の歩みを追う | 関西大学ニューズレター『Reed』|関西大学”. www.kansai-u.ac.jp. 2022年7月3日閲覧。
  84. ^ THE CONSTITUTION (AMENDMENT) ACTS”. India Code Information System. Ministry of Law, Government of India. 2010年7月14日閲覧。
  85. ^ ラウエル「日本の憲法についての準備的研究と提案のレポート」 1945年12月6日
  86. ^ 大石眞 『憲法講義』 1巻、有斐閣、2004年。ISBN 4641129568  p88
  87. ^ 芦部信喜 2016, p. 47.
  88. ^ 1973年(昭和48年)12月19日、衆議院建設委員会、大村襄治内閣官房副長官答弁。
  89. ^ 1973年(昭和48年)12月6日、衆議院予算委員会、吉国一郎内閣法制局長官答弁。
  90. ^ 内藤陽介『濫造・濫発の時代』日本郵趣出版、21ページ
  91. ^ 島田健造著、友岡正孝編『日本記念絵葉書総図鑑』日本郵趣出版、51ページ






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