法哲学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/07/26 18:54 UTC 版)
法哲学(ほうてつがく、英: Philosophy of law、独: Rechtsphilosophie)とは、「法」に関わる哲学的考察を広く扱う法学・哲学の分野である。具体的には、法およびそれに関連する規範や社会統制手段について、その存在のあり方(「法とは何か」、法の妥当性、正統性……)、法的な概念(権利、自由、平等……)、法解釈の方法、法律家や一般人の法観念・法感覚、また、法によって実現すべき価値(正義など)の規範的な議論を哲学的に考察する。古来より実践哲学としての性格が強く、法社会学、道徳哲学、倫理学、政治哲学などと関心を多く共有しながら、分野横断的な展開を見せている。
法哲学という用語は、ドイツ語の Rechtsphilosophie の訳語として使用されはじめたものであり[1]、主にヘーゲル以後に一般化したものと考えられている。しかし、法に関する哲学は、すでに古代ギリシアのソクラテスの実践知に始まり、哲学の歴史においてつねに重要な分野であったといえる[2]。
日本の大学では基礎法学の一分野として法学部・法科大学院を中心に講じられている[3]。法哲学のほかに法理学(ほうりがく)の呼称・表記が用いられることもあるが[注 1]、一般には同義語と理解して差し支えない。ただ、あえて「法理学」の語が用いられる場合には、法理学が英語の jurisprudence の訳であることが意識されたり、法概念論(一般法理学)・法学方法論などのように正義論(法価値論)よりも明示的に「法」のあり方に焦点を当てようとする傾向がある[4]。また、科目設置時の経緯によることもある(京都大学、東北大学、慶應義塾大学など[5])。ほか、法思想の歴史的考察を法思想史として科目を分けて設置している大学もある。
法学分野内の法哲学の位置づけは国によって異なり、イギリスや日本では法哲学・法思想史を独立した専門分野とすることが一般的である。それに対し、ドイツやアメリカではまず実定法を専攻し、その基礎理論的・発展的な考察として法哲学を研究することが多くなっている。いずれにせよ実定法のバックグラウンドがどれだけ必要とされるかは程度問題であり、各国の法分野の分け方、研究者養成のあり方、あるいは各研究者のテーマ次第である。
研究対象
法哲学の扱う分野は、イギリスの法哲学者H. L. A. ハートの分類にならって、「法とは何か」を問う法概念論(一般法理学)と、法によって実現すべき価値(その代表が正義)を問う正義論・法価値論に大別されることが多い。前者は「ある法」の記述的考察、後者は「あるべき法」の規範的考察として整理される。また、第三の分野として法学方法論が加えられることもある。各法分野(民法や刑法など)に特有のテーマを扱う場合には個別法哲学(法理学)と称されることもある。ただし、いずれも便宜的な区分であり、実際の研究ではそれぞれの相互関係、各国の法文化や歴史との関係など、さまざまな要素が意識される。
現代ではハート、ロナルド・ドウォーキン、ジョセフ・ラズ、ジョン・フィニスといった英語圏の論者の強い影響のもとでの分析的な法哲学が世界的に研究されている。また、正義論においてはジョン・ロールズやロバート・ノージック以降の政治哲学が多く参照され、分野横断的な議論がなされている。一方、ドイツ語圏の議論の伝統も強固なものとしてある(現代の代表的論者として、アルトゥール・カウフマン、ユルゲン・ハーバーマス、ロバート・アレクシーなど)。ほか、フランス現代思想を積極的に摂取した批判法学の流れや、情報技術の発展とともに法情報学・法論理学に関わる研究も隆盛しており、きわめて多様なテーマが探求されている。
主な分野
- 法概念論
- 「法とは何か」を問う分野。たとえばベンサムやオースティンの流れを汲む法命令説(法は主権者の命令であるとする)に対し、それでは強盗の命令を法と区別できないと批判し、一次ルールと二次ルールが結合したシステムとして法体系を捉えたハートの議論があげられる。
- ハートは法と道徳の分離を基本とする法実証主義の現代における代表であるが、ドウォーキンはそれを批判し、法は道徳を含めた総体的な正当化の実践であるという解釈主義を展開した(インテグリティとしての法)。この議論は法実証主義論争として多くの論者を巻き込むことになった。他方、フィニス以降の現代自然法論も多様な形で展開しており、法と道徳の関係はさまざまな角度から議論されている。
- ほか、「権利」「人権」「平等」「責任」「意志」「強制」といった、法的に重要な概念の分析もこの領域に含まれる。
- 正義論・法価値論
日本の法哲学者
脚注
注釈
出典
参考文献
- 三島淑臣 『法思想史』青林書院<現代法律学講座3>、1980年。ISBN 4417004870
- 大橋智之輔・三島淑臣・田中成明編 『法哲学綱要』青林書院、1990年。ISBN 4417007608
- 笹倉秀夫 『法哲学講義』東京大学出版会、2002年。ISBN 4130323253
- 平野仁彦・亀本洋・服部高宏 『法哲学』有斐閣<有斐閣アルマ>、2002年。ISBN 4641121486
- 瀧川裕英・宇佐美誠・大屋雄裕 『法哲学』有斐閣、2014年。ISBN 4641125678
関連項目
外部リンク
- 日本法哲学会
- Philosophy of Law - インターネット哲学百科事典「法哲学」の項目。
- 『法哲学』 - コトバンク
- 『法理学』 - コトバンク
法哲学
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「キャス・サンスティーン」の記事における「法哲学」の解説
サンスティーンは司法ミニマリズムの提唱者であり、裁判官は原則として目の前の事件の判決に集中すべきで、広範囲に影響を与える法律や判決を根本的に変えることは避けるべき、と主張している。サンスティーンは、一部ではリベラル派と見なされているが、ジョージ・W・ブッシュによるマイケル・W・マコーネルやジョン・ロバーツの最高裁判事の指名を公的に支持し、死刑制度も理論的に強く支持し続けている。 サンスティーンの研究の多くは、法学に行動経済学を結びつけたもので、「合理的行為者」モデルは、法的介入に人々がどう反応するかについて、不適切な理解を導くことがある、と示唆している。 近年サンスティーンは、特にダニエル・カーネマン、リチャード・セイラー、クリスティーン・M・ジョルス(英語版)などの行動経済学の訓練を受けた研究者と共同で、人々が実際にどのように行動するかに関する新たな実証結果に基づいて、法と経済学の理論上の前提を修正する方法を示した。 サンスティーンによれば、連邦法の解釈は、裁判官ではなく、合衆国大統領およびその周囲の人間の信念と責任において行われるべきであるという。「法的な曖昧さに直面したときに、連邦法の意味が連邦判事の性格や意向によって解決されるべき理由はない。結果はむしろ、大統領およびその下で働く人たちの責任と信念によって決まるべきである」と、サンスティーンは主張している。 サンスティーンは(共著者リチャード・セイラーとともに)、リバタリアン・パターナリズム(英語版)の理論を作り上げた。彼はこの理論を主張する際に、思想家/学者/政治家に対し、行動経済学の知見を受け入れて、それを法律に適用し、選択の自由を維持しつつ、人々の決断を彼ら自身の人生をより幸福にする方向に導くことを勧めている。サンスティーンはセイラーとともに、「選択アーキテクト(英語版)」という新語を生み出した。
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