法哲学・政治哲学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/31 08:59 UTC 版)
「イマヌエル・カント」の記事における「法哲学・政治哲学」の解説
カントの法哲学・政治哲学の最も体系的な著作は『人倫の形而上学』「第一部・法論の形而上学的定礎」(1797)である。『人倫の形而上学』においては人倫の領域中、法と徳が区別され、法は法則と外的行為の一致として定義され、内面の動機と法則との一致は度外視される。「法論」はいわゆる自然法学の系譜に連なるものであり、自然状態における私法と市民状態における公法の二部門から成り立っている。自然法は理性によってア・プリオリに認識されるものであり、自然法が前提とされなければ実定法の権威は打ち立てられない。「法の普遍的原理」は「どのような行為も、その行為が、もしくはその行為の格率にしたがった各人の選択意志の自由が、万人の自由と普遍的法則にしたがって両立することができるならば、正しい」というものである。この原理にしたがって、各人には生得的な権利として、他者の選択意志の強要からの独立という意味での自由が認められる。生得的自由権が内的権利(内的な私のもの)と呼ばれるのに対し、取得を通じて獲得される権利が外的権利(外的な私のもの)と呼ばれ、「法論」の第一部「私法」では物権・債権・物権的債権という権利が論じられている。 カントの議論において特徴的なのは、ホッブズやプーフェンドルフ、ロックらと違って、自然状態を経験的な人間本性の観察から導かず、むしろア・プリオリな理念として考察したところにある。単に国家が存在しない状態における人間相互の関係性を考察し、そこにおける法のあり方を捉えたのだ。その結果、自然状態はア・プリオリに非・法的な状態として記述されることになり、そこからの脱出が義務化される。 「経験から我々は、人間の暴力という格率を知り、そして外的な権力を持つ立法が現れる前には互いに争い合うものだという人間の悪性を知るが、しかしそうした経験があるから、それゆえそうした事実があるから、公的な法則による強制が必然的になるというわけではない。むしろお望み通り人間が善なるもので、法を愛するものだと考えるとしても、次のことはこうした(非・法的な)状態という理性理念の中にア・プリオリに含まれている。すなわち、公的な法則が存在する状態に達する前には、結合した人間や諸国民や諸国家は、決して互いの暴力から安全ではありえず、しかもこれは、自分にとって正しくまた良いと思われることをし、他人の意見に左右されないという各人固有の権利から生じる、ということである」。 自然状態の脱出後に設立されるべき国家は、まさに自然状態のこうした不正を解消するような国家でなければならない。カントはそうした国家がどのようなものであるかを、一切の経験に依存せずに論じている。カントの国家論はこうして理性からア・プリオリに導かれた「理念の国家(Staat in der Idee)」、言い換えれば国家の「規範(Richtschnur, norma)」の役割を果たす。政体論としては、市民が立法権を持ち、立法権・執行権・裁判権が分離した「共和制 Republik」が規範的に優位なものとして展開される。このような理念の国家が可能であるとすれば、それにもやはり起源を考えることができる。カントの社会契約論においては、現実の国家の設立の起源ではなく、純粋に仮説的に考えられた理性起源が問題となっている。カントは社会契約を「根源的契約(ursprünglicher Kontrakt)」と呼ぶが、それは「本来、国家の理念であり、これを基準にしてのみ、国家の適法性を考えうることができる」。 国内の法規範を司る国法に対し、カントはさらに国家間を司る国際法、国家とそれに属さない人々の関係を司る世界市民法を「法論」の中で論じている。人々の間の自然状態が国家設立によって解消されるのと同様に、国家間の自然状態も解消されるべき課題だが、カントはドメスティック・アナロジーに必ずしも従っていない。すなわち、諸国家間において主権を持った世界大の一つの国家を設立することは規範的に否定される。むしろカントは自由な国家の連合を推奨し、それが国際連盟結成のための思想的基盤を用意したとしばしば考えられている。『永遠平和のために』では、当時の中国や江戸日本の鎖国政策が、世界市民法の観点から評価されている。
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網谷壮介『カント政治哲学入門:政治における理念とは何か』白澤社、2018年。ISBN 9784768479698。 木原淳『境界と自由 : カント理性法論における主権の成立と政治的なるもの』成文堂、2012年。ISBN 9784792305291。 金慧『カントの政治哲学:自律・言論・移行』勁草書房、2017年。ISBN 9784326102648。 ケアスティング、ヴォルフガング、舟場保之・寺田俊郎監訳『自由の秩序:カントの法および国家の哲学』ミネルヴァ書房、2013年。ISBN 9784623064366。 ヘッフェ、オトフリート、北尾宏之・平石隆敏・望月俊孝訳『政治的正義:法と国家に関する批判哲学の基礎づけ』法政大学出版局、1994年。ISBN 4588004476。 マウス、インゲボルク、浜田義文・牧野英二監訳『啓蒙の民主制理論:カントとのつながりで』法政大学出版局、1999年。ISBN 4588006487。 三島淑臣『理性法思想の成立:カント法哲学とその周辺』成文堂、1998年。ISBN 4792302838。
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