貨物取扱とは? わかりやすく解説

貨物取扱

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福山駅」の記事における「貨物取扱」の解説

2016年頃からJR貨物車扱貨物取扱駅として扱われている。不定期列車ではあるが、東福山駅との間でレール輸送高速貨物列車運行されている。

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貨物取扱

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西富山駅」の記事における「貨物取扱」の解説

開業以来一般駅であり、1981年昭和56年11月20日より専用線発着車扱貨物取扱うとなったが、日本貨物鉄道経営移管後の1996年平成8年3月16日車扱貨物取扱臨時化され駅構内貨物設備全部撤去された。貨物臨時以前には住友セメント西富山サービスステーション及び日本アルコール販売富山保管所へ専用線接続していた。 1953年昭和28年10月10日付『鉄道公報』第1254号通報専用線一覧別表掲載中、当駅接続専用線次の通りであった新報国製鉄線(第三者使用日本通運動力手押作業粁程:0.5粁) 1967年昭和42年7月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった呉羽製鉄線(第三者使用日本通運動力日本通運所有機関車、作業粁程:0.5粁) 住友セメント線(動力私有機関車作業粁程:0.4粁) シェル石油線(動力日本通運所有機関車及び手押作業粁程:0.1粁、備考国鉄側線1970年昭和45年10月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった呉羽製鉄線(通運事業者:日本通運動力日本通運所有機関車、作業粁程:0.5粁、総延長粁程:0.9粁) 住友セメント線(動力私有機関車作業粁程:0.4粁、総延長粁程:0.6粁) 1983年昭和58年4月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった日本アルコール販売線(真荷主内外輸送動力国鉄機関車作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.1粁) 住友セメント線(動力私有機関車作業粁程:0.4粁、総延長粁程:0.6粁)

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貨物取扱

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新崎駅」の記事における「貨物取扱」の解説

現在、JR貨物の駅は臨時車扱貨物取扱となっており、貨物列車発着なくなっている。かつては、駅の南東ある日アルコール販売新潟保管庫荷役線(専用線)が駅に接続し同所へのアルコール浮島町駅から到着していたが、1995年平成7年9月限り廃止された。また、三菱ガス化学専用線接続しており、同社新潟工場から出荷される液体アンモニアメタノールなども取り扱っていたが、1995年新潟臨海鉄道藤寄駅集約され取扱終了している。

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貨物取扱

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黒山駅」の記事における「貨物取扱」の解説

JR貨物の駅は臨時車扱貨物取り扱い駅で、新潟トランシス製造され鉄道車両を、当駅に接続する黒山駅分岐新潟東港専用線新潟東港鉄道専用線)を経由して輸送する甲種車両輸送列車のみである。

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中条駅」の記事における「貨物取扱」の解説

JR貨物の駅は、コンテナ貨物12フィートコンテナのみ)と、臨時車扱貨物取扱となっている。コンテナ輸送トラック便によって行われる

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新発田駅」の記事における「貨物取扱」の解説

現在、JR貨物の駅は臨時車扱貨物取扱となっており、貨物列車発着なくなっている。 かつては3番線外側にある側線から駅の東にある電気化学工業新発田サービスステーションへ至る専用線分岐していた。そのため当駅には青海駅からセメント到着していたが、2002年平成14年3月ごろに廃止された。 また駅舎北側線路沿った場所には、有蓋車用の貨物ホーム1980年代まで置かれていた。 その他、以下の専用線存在していた。 大平洋金属専用線 新発田ガス専用線 出光興産専用線

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八戸駅」の記事における「貨物取扱」の解説

車扱貨物臨時取扱となっており、貨物列車発着もなかった。貨物設備はなく、専用線も当駅には接続していない。なお鉄道貨物協会貨物時刻表においては2019年度版から「社線接続駅旅客駅」として表記されており、登記上で貨物駅としての営業は既に廃止されている模様貨物列車発着は、国鉄分割民営化前の1986年であった。貨物取扱の大半八戸貨物駅開業により同駅に移管されたが、最終期まで日本飼料ターミナル営業所発着する飼料取扱行っていた。

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芦原温泉駅」の記事における「貨物取扱」の解説

JR貨物の駅は車扱貨物臨時取扱となっており、貨物列車発着はない。貨物設備もなく、専用線も当駅には接続していない。 かつては正式な貨物駅兼ねる駅で北陸本線三国線京福電鉄永平寺線との貨車受渡しが行われていた。また、駅北側にあった明星セメントセメントサイロへ続く三国線並行する専用線があり、セメント輸送が行われていたが、1988年昭和63年)に廃止された。それ以外駅東側にある福井化学工業(旧・西野製紙金津工場への専用線伸びており、化学薬品輸送行っていたが、1982年昭和57年)に廃止された。この専用線1969年昭和44年)に廃止され京福電鉄永平寺線線路一部転用したもので、永平寺線時代京福金津付近専用線を介して行われていたが、永平寺線廃止以降は、京福金津駅構内線路含め専用線転用された。

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笠寺駅」の記事における「貨物取扱」の解説

1981年昭和56年)まで一般向けの車扱貨物を、1996年平成8年)まで専用線発着車扱貨物取り扱っていたが廃止され、現在は臨時車扱貨物のみを取り扱っている。当駅で荷役作業を行う貨物列車無く荷役設備専用線存在しないかつては鉄道貨物輸送拠点駅の一つであり、駅西側有蓋車貨物ホーム車運車自動車荷役ホーム存在したまた、大同特殊鋼星崎工場三井東圧化学現在の三井化学名古屋工場住友セメント現在の住友大阪セメントサービスステーション帝人名古屋工場へ続く専用線があった。 なお名古屋臨海鉄道継走する貨物列車発着があり、機関車交換行われている。

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長津田駅」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅では臨時車扱貨物のみを取り扱っており、定期貨物列車発着はない。まれに発着する臨時貨物列車は、東急系列車両搬入搬出他社譲渡譲受する車両搬出東京メトロ伊豆急行相模鉄道など関係各社車両搬入搬出する車両輸送列車である。但し埼玉高速鉄道都営地下鉄三田線車両搬入搬出綾瀬駅越谷貨物夕で行っているので当駅では行なっていない。 近年年間発着トン数下記の通り。 年度発送トン数到着トン数出典1998年 1999年 2000年 2001年 2002年 4,800 2003年 4,000 2004年 1,600 2005年 1,600 2,800 2006年 1,200 5,200 2007年 800 5,000 2008年 2009年

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武蔵境駅」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅における貨物取扱は臨時車扱貨物のみで、定期貨物列車発着はない。臨時車扱貨物甲種車両輸送列車がまれに運行されるのみである(路線記事参照)。

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福野駅 (富山県)」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅における貨物取扱は、1980年昭和55年9月25日廃止された。かつて当駅に接続していた川田工業専用線一部残存している。 1953年昭和28年10月10日付『鉄道公報』第1254号通報専用線一覧別表掲載中、当駅接続専用線次の通りであった北陸車両線(動力手押作業粁程:0.2粁、備考:同専用線加越線より分岐する1970年昭和45年10月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった川田工業線(動力加越能鉄道所有機関車及び手押作業粁程:0.4粁(第1積卸線)・0.2粁(第2積卸線)、総延長粁程:0.6粁、備考:同専用線加越線より分岐する

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砺波駅」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅における貨物取扱は、1980年昭和55年9月25日廃止された。 1970年昭和45年10月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった橋本木工線(動力手押作業粁程:0.2粁、総延長粁程:0.2粁、備考国鉄側線

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二塚駅」の記事における「貨物取扱」の解説

2017年4月1日までは日本貨物鉄道JR貨物)の貨物駅でもあった。当駅における取扱貨物は、専用線発着コンテナ貨物であった。 当駅から庄川面する中越パルプ工業二塚工場までは、全長1.4 km専用線続いており、2015年平成27年9月30日まで主に同社より新聞用紙運搬されていた。2015年平成27年)のダイヤ改正以降、当駅発着貨物列車列車番号は、臨時列車割り当てられる9000番台変更されており、鉄道貨物協会貨物時刻表』には運行時刻掲載されなくなっていた。中越パルプ工業二塚工場への専用線は、同年9月30日午前8時30分頃に同工場を出発し、当駅で貨車切り離した後、9時30分頃に機関車が当駅から工場折返したのを以て貨物列車発着休止し、貨物取扱は高岡貨物駅移管された。なお最終列車10両編成であった。なお、当駅までのJR貨物第二種鉄道事業免許も、2017年4月1日付で正式に廃止された。 1967年昭和42年7月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった砺波製紙線(第三者使用日本通運及び中越運送動力私有機関車作業粁程:1.4粁) 1970年昭和45年10月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった礪波製紙線(通運事業者:日本通運及び中越運送動力私有機関車作業粁程:1.4粁、総延長粁程:2.5粁) 大門土石線(動力私有機関車作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.2粁、備考国鉄側線

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磐田駅」の記事における「貨物取扱」の解説

JR貨物の駅は現在、臨時車扱貨物のみを取り扱っており貨物列車発着はない。 1996年平成8年2月まで、駅西側ある日本たばこ産業磐田倉庫へ続く専用線存在した1995年平成7年10月日本たばこ産業向けの有蓋車による製品輸送廃止されたが、最後まで日本アルコール産業磐田工場生産されアルコール輸送が行われていた。 また国鉄分割民営化のしばらく後まで駅舎東に有蓋車貨物ホームがあったほか、1980年代まで駅南側にあった遠州日石磐田油槽所富士製粉(現・日東富士製粉磐田工場1990年閉鎖メルシャン磐田工場東隣)へ続く専用線存在した

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清洲駅」の記事における「貨物取扱」の解説

JR貨物の駅は現在、臨時車扱貨物のみを取り扱っており、貨物列車発着無くなっている。 最後まで使用されていた専用線は、稲沢線から分岐し、同線東側沿って南下し電気化学工業名古屋サービスステーションへ続くものであった。この路線セメント輸送使用され2007年12月現在も荷役設備と共に残っている。 1997年頃までは、本線東側駅北側にあった秩父セメントサービスステーション(既に閉鎖)へ続く専用線存在し、この路線セメント輸送使用されていた。また1984年頃までは、稲沢線東側沿って南下し枇杷島駅近くにある麒麟麦酒名古屋工場へ続く3kmほどの専用線もあり、原料麦芽製品輸送使用されていた。

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新白河駅」の記事における「貨物取扱」の解説

2012年現在JR貨物の駅は車扱貨物臨時取扱となっており、貨物列車発着はない。貨物設備はなく、専用線も当駅には接続していない。 かつては、駅から分岐し三菱製紙白河工場へ至る専用線があった。この線は紙製品工場燃料石油化学薬品などの輸送使用されていたが、工場減産に伴い1994年4月ごろに廃止された。紙製品輸送は、コンテナ有蓋車用いていた。

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八王子駅」の記事における「貨物取扱」の解説

2011年度は、コンテナ貨物取扱量発送19,996トン到着64,405トン車扱貨物取扱量発送37,849トン到着394,361トンだった。近年年間発着トン数下表通り。 年度総数車扱貨物コンテナ貨物出典発送トン数到着トン数発送トン数到着トン数発送トン数到着トン数1990年平成02年) 95,912 494,866 60,593 394,820 35,319 100,046 1991年平成03年) 91,964 485,467 57,641 403,750 34,323 81,717 1992年平成04年) 92,636 415,540 55,802 378,706 36,834 36,834 1993年平成05年) 67,450 401,304 33,583 317,773 33,867 83,531 1994年平成06年) 64,707 403,226 32,728 319,083 31,979 84,143 1995年平成07年) 69,945 390,958 36,437 316,238 33,508 74,720 1996年平成08年) 64,779 390,382 31,583 309,121 33,196 81,261 1997年平成09年) 62,317 372,827 29,343 289,327 32,974 83,500 1998年平成10年52,278 263,191 19,465 193,061 32,813 70,130 1999年平成11年62,312 388,387 31,190 314,796 31,122 73,591 2000年平成12年76,976 451,794 38,856 379,037 38,120 72,757 2001年平成13年77,613 432,963 33,736 355,016 43,877 76,747 2002年平成14年84,632 497,604 42,580 423,808 42,052 73,796 2003年平成15年90,643 498,070 42,788 406,782 47,855 91,288 2004年平成16年83,878 541,730 45,704 452,825 38,174 88,905 2005年平成17年88,426 545,413 45,778 467,313 42,648 78,100 2006年平成18年79,027 527,053 42,927 442,358 36,100 84,695 2007年平成19年77,474 522,163 42,812 441,056 34,662 81,107 2008年平成20年75,268 470,328 42,812 381,218 32,456 89,110 2009年平成21年63,355 465,074 37,804 387,034 25,551 78,040 2010年平成22年59,811 463,064 38,430 389,889 21,381 73,175 2011年平成23年57,845 458,776 37,849 394,361 19,996 64,405

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有峰口駅」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅における貨物取扱は1969年昭和44年6月1日廃止された。当駅接続北陸電力専用線からは有峰ダム建設用いられセメントが、1958年昭和33年4月9日までは富山港線大広田駅接続し1958年昭和33年4月10日からは同線蓮町駅管轄となった小野田セメント専用線より輸送されていた。セメント輸送1958年昭和33年)から1959年昭和34年)にかけて一日平均700から800トンに及ぶ最盛期迎えそれまで一日一列車から二日当たり三列車増便された。 1951年昭和26年12月15日付『鉄道公報』第732通報専用線一覧について営業局)」別表によると、当駅接続専用線次の通りであった東邦製鋼所線(動力富山地方鉄道所有機関車、作業粁程:0.7粁) 1967年昭和42年7月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった北陸電力線(第三者使用日本通運動力富山地方鉄道所有機関車、作業粁程:0.9粁) 当駅構内設けられセメントサイロ駅北陸電専用線における重量物荷卸 常願寺川鉄橋上を行くセメント輸送貨物列車

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貨物取扱

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鴨宮駅」の記事における「貨物取扱」の解説

2009年現在臨時車扱貨物のみを取り扱っており、貨物列車発着はない。これは一旦廃止された貨物取扱を、将来貨物施設整備されることに備え国鉄分割民営化直前に「開閉間・取範囲別に定める」として再開したのである。なお、西湘貨物駅1970年開業してから当駅の貨物列車発着はないものの、そこから伸びる貨物側線存在し1994年頃まで当駅の先にあったゼネラル石油油槽所貨物の取り扱いがあった。

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貨物取扱

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拝島駅」の記事における「貨物取扱」の解説

JR貨物2008年度車扱貨物取扱量は、発送7,200トン到着61,417トンである。コンテナ貨物取扱はない。各年度の年間発着トン数下表通り。 年度総数車扱貨物コンテナ貨物出典発送トン数到着トン数発送トン数到着トン数発送トン数到着トン数1990年平成02年) 15,452 119,640 15,452 119,640 1991年平成03年) 15,508 130,668 15,508 130,668 1992年平成04年) 16,972 131,096 16,972 131,096 1993年平成05年) 17,856 135,022 17,856 135,022 1994年平成06年) 20,492 156,154 20,492 156,154 1995年平成07年) 16,712 138,464 16,712 138,464 1996年平成08年) 16,532 133,146 16,532 133,146 1997年平成09年) 135,608 135,608 1998年平成10年14,940 128,520 14,940 128,520 1999年平成11年14,664 124,134 14,664 124,134 2000年平成12年15,152 128,758 12,152 128,758 2001年平成13年) 8,152 69,802 8,152 69,802 2002年平成14年) 8,628 73,678 8,628 73,678 2003年平成15年11,932 101,932 11,932 101,932 2004年平成16年10,424 89,556 10,424 89,556 2005年平成17年10,792 92,242 10,792 92,242 2006年平成18年) 8,644 74,460 8,644 74,460 2007年平成19年) 7,200 61,200 7,200 61,200 2008年平成20年) 7,200 61,417 7,200 61,417 2009年平成21年

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貨物取扱

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滑川駅」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅における貨物取扱は、1978年昭和53年3月1日廃止された。 1923年大正12年1月23日付『鉄道公報号外によると、当駅接続専用線次の通りであった立山鉄道線(動力手押作業哩程:1哩) 北陸電気工業線(動力手押作業哩程:1哩) 1930年昭和5年12月5日付『鉄道公報附録通報専用線一覧(運輸局)」によると、当駅接続専用線次の通りであった立山鉄道線(第三者使用滑川合同運送動力手押作業粁程:0.2粁) 北陸電気工業線(動力手押作業粁程:0.2粁) 1951年昭和26年12月15日付『鉄道公報』第732通報専用線一覧について営業局)」別表によると、当駅接続専用線次の通りであった中越電機工業線(動力私有機関車作業粁程:0.2粁) 1953年昭和28年10月10日付『鉄道公報』第1254号通報専用線一覧別表掲載中、当駅接続専用線次の通りであった東海電極製造線(第三者使用日本通運動力私有機関車作業粁程:0.2粁) また1970年昭和45年10月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった富山電工線(真荷主東海電極製造通運事業者:日本通運動力国鉄動車及び私有機関車作業粁程:0.2粁、総延長粁程:0.4粁) 日通商事線(動力国鉄動車作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.1粁)

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貨物取扱

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小杉駅 (富山県射水市)」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅は国鉄分割民営化後日本貨物鉄道専用線発着車扱貨物取扱であったが、1996年平成8年7月25日にこれを廃止した1953年昭和28年10月10日付『鉄道公報』第1254号通報専用線一覧別表には当駅接続専用線記述はない。 1970年昭和45年10月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった。 北酸線(通運事業者:日本通運動力国鉄動車及び手押作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.1粁) 笹谷工業線(真荷主太陽興産通運事業者:日本通運動力国鉄動車及び手押作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.4粁) 日本セメント線(動力私有機関車作業粁程:0.2粁、総延長粁程:0.3粁)

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貨物取扱

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馬橋駅」の記事における「貨物取扱」の解説

臨時車扱貨物取り扱っており、流鉄新車搬入するために使われるこのため日暮里方で流鉄線とJR常磐線快速下り線線路接続されている。JR武蔵野線馬橋支線 - JR常磐快速線下り線 - 流山線引上線 - 流山線1番線の順に転線し入換を行う。 現在のJR常磐線複々線化までは、貨物の取り扱いが行われていた。

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貨物取扱

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金町駅」の記事における「貨物取扱」の解説

臨時車扱貨物のみを取り扱っており、定期貨物列車設定は無い。 2003年までは専用線発着車扱貨物取り扱っていた。かつて駅北西に三菱製紙中川工場があり、そこへ続く専用線存在していた。工場にあった倉庫紙製品輸送するため八戸臨海鉄道北沼駅 - 八戸貨物駅 - 当駅間に有蓋車ワム80000形)で組成され貨物列車運行されていたが、工場閉鎖に伴い同年3月18日限り廃止された。それ以前三菱製紙中川工場北側にある三菱ガス化学東京工場へ続く専用線もあった。現在はその跡地遊歩道となりイトーヨーカドー金町店の敷地建物形状にもその名残がある。 新金線経由する貨物列車側線待機することがあるJR貨物車扱貨物取扱量推移下記の通り。 年度総数車扱貨物コンテナ貨物出典発送トン数到着トン数発送トン数到着トン数発送トン数到着トン数1990年平成02年) 818 118,437 818 118,437 1991年平成03年) 1,548 107,735 1,548 107,735 1992年平成04年) 1,939 102,747 1,939 102,747 1993年平成05年) 1,715 94,864 1,715 94,864 1994年平成06年) 2,186 83,371 2,186 83,371 1995年平成07年) 7,926 121,944 7,926 121,944 1996年平成08年) 9,317 128,974 9,317 128,974 1997年平成09年) 10,212 134,232 10,212 134,232 1998年平成10年13,924 128,459 13,924 128,459 1999年平成11年21,576 117,630 21,576 117,630 2000年平成12年20,999 122,942 20,999 122,942 2001年平成13年22,275 115,177 22,275 115,177 2002年平成14年31,570 96,099 31,570 96,099 2003年平成15年0 0 0 0

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貨物取扱

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敦賀駅」の記事における「貨物取扱」の解説

現在、JR貨物の駅としては車扱貨物臨時取扱となっており、貨物列車発着はない。貨物設備はなく、専用線も当駅には接続していない。 最後まで使用されていた専用線は、東洋紡へ続くものであった。この路線は、浮島町駅から当駅まで輸送されてきたエチレングリコール輸送するために使用されていたが、1996年頃に廃止された。また、駅東側にあるJX金属敦賀リサイクル当時は日鉱亜鉛敦賀製錬所)へ続く専用線もあり、黒部駅輸送する亜鉛焼鉱の搬出使用されていたが、亜鉛製錬終了に伴い1995年10月頃に廃止された。 なお、日鉱亜鉛から東洋紡績へ、といった同一駅構内間の輸送が行われていたこともあった。 当駅から南に敦賀運転センター車両管理室がある。車両基地である敦賀運転センター車両管理室隣接地には、JR貨物関西支社乗務員基地である敦賀機関区置かれている。これらは、国鉄分割民営化前に1987年昭和62年3月1日付で敦賀機関区分割されたもので、敦賀機関区貨物関係の乗務員基地となり、車両検修部門および旅客関係の乗務員部門敦賀運転所として分離され、後に福井地域鉄道部敦賀運転派出経て敦賀地域鉄道部敦賀運転センター車両管理室となった

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貨物取扱

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岩切駅」の記事における「貨物取扱」の解説

2016年頃からJR貨物車扱貨物取扱駅として扱われている。不定期列車ではあるが、相模貨物駅からレール輸送高速貨物列車運行される(返空列車梶ヶ谷貨物ターミナル駅行き)。

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貨物取扱

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石和温泉駅」の記事における「貨物取扱」の解説

JR貨物の駅は車扱貨物臨時取扱となっており、貨物列車発着はない。 かつては駅の側線から分岐し、駅の西側ある日セメント甲府サービスステーションへ至る専用線があった。この専用線セメント輸送使用されていたが、1999年平成11年)に廃止された。また、駅北側平等川渡った先にあった秩父セメント石和サービスステーションへ続く専用線もあり、同様にセメント輸送使用されていた。また、国鉄分割民営化前までは、駅舎西側有蓋車用の貨物ホーム設置されていた。

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貨物取扱

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名取駅」の記事における「貨物取扱」の解説

JR貨物の駅は、コンテナ貨物取り扱いであったが、既に貨物列車・トラック便ともに定期便発着なくなっている。 本線西側沿って北進する側線が1本あり、その終端付近コンテナ荷役となっている。コンテナホーム(ヤード)はサッポロビール仙台工場敷地内1面設置されている。このため当駅ではサッポロビール発着コンテナのみを取り扱っている。 かつては工場の中まで専用線敷設されており有蓋車による製品輸送が行われていた。これは1989年平成元年8月限り廃止され専用線跡地にコンテナホームが設置された。 貨物列車高速貨物列車2012年平成24年3月17日ダイヤ改正まで、1日1往復仙台貨物ターミナル駅との間で運行されていた。1990年平成2年3月10日ダイヤ改正臨時高速貨物列車が1往復同じ区間追加されたが、2008年平成20年3月15日ダイヤ改正設定廃止された。 2012年平成24年3月17日ダイヤ改正により、貨物列車停車設定無くなった以降名取オフレールステーション(略称、名取ORS)が開設され仙台貨物ターミナル駅との間で1日2往復トラック便運行されていたが、これも2016年平成28年9月には廃止された。 なお、2017年度平成29年度)の『貨物時刻表』および『鉄道要覧においては路線図から表記無くなったものの、時刻表本文には引き続きコンテナ扱いみの駅」として表記されている。

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貨物取扱

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下奥井駅」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅における貨物取扱は、1982年昭和57年11月15日廃止された。廃止時には専用線発着車扱貨物限定されており、全盛期1970年昭和45年)度においては発着合計34821トンであったが、1981年昭和56年)度には6295トンまで減少していた。廃止後の貨物富山駅富山港駅取扱うこととされた。 1953年昭和28年10月10日付『鉄道公報』第1254号通報専用線一覧別表掲載中、当駅接続専用線次の通りであった。 道益産業線(第三者使用日本通運動力手押作業粁程:0.2粁) 1970年昭和45年10月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった大谷製鉄線(通運事業者等:日本通運及び富山通運動力私有機関車作業粁程:0.3粁、総延長粁程:0.4粁) 富山化学工業線(通運事業者等:富山通運動力手押作業粁程:0.2粁、総延長粁程:0.3粁)

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貨物取扱

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小田原駅」の記事における「貨物取扱」の解説

JR貨物の駅は車扱臨時取扱となっている。 1984年1月までは小田急電鉄との貨物列車連絡があり、それ以降も、1994年まで小田急電鉄箱根登山鉄道車両搬入搬出が当駅で行われていた(その後松田駅 - 新松田駅を結ぶ連絡線変更)。 2018年現在定期での貨物列車発着はないが、伊豆箱根鉄道大雄山線使用されている車両検査などで大場工場との間で回送させるため、当駅と三島駅の間で東海道本線経由して甲種輸送列車がまれに運行される三島駅では、大場工場通ず駿豆線接続している。 特筆すべき点として、当駅にはJR線大雄山線介する授受線がなく、直接東海道貨物線本線大雄山線線路渡り線繋がっているだけである。この間には無架線地帯存在するため、甲種輸送の際に電気機関車輸送車両との間に控車となる空のコンテナ車3両(2012年まで有蓋車)を連結し輸送車両相手方線路押し込み相手方機関車もしくは電車がそれを受ける形で授受が行われる。これにより、電気機関車および電車が無架線地帯侵入することなく授受を行うことができる。ただし、東海道貨物線および大雄山線線路長時間ともに支障するため、JR側では貨物列車時刻変更伊豆箱根鉄道側では小田原駅発着する列車着発線変更および一部運休実施される。 なお、東海道貨物線の上りから大雄山線通ず東海道貨物線下り本線への転線は不可能なため、大場工場出場して当駅まで輸送される列車については一度相模貨物駅まで運行され機関車反対に付け替えたあとに当駅まで輸送されるこのため控車となる貨車相模貨物駅からの連結となる。小田原駅までの輸送完了後はやはり東海道貨物線上り本線へ転線が不可能なため、沼津駅まで控車輸送する

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貨物取扱

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蓮町(馬場記念公園前)駅」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅においては1945年昭和20年7月6日より専用線発着車扱貨物取扱開始されたが、1949年昭和24年2月11日に一旦廃止された。その後1958年昭和33年4月10日より北陸本線富山駅 - 東富山駅間から分岐し、当駅に至る貨物支線開業同時に専用線発着車扱貨物取扱再開したが、結局1982年昭和57年11月15日廃止された。また、北陸本線富山駅 - 東富山駅間から分岐し、当駅に至る貨物支線1986年昭和61年11月1日を以て廃止された。 1970年昭和45年10月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであったクラレ線(通運事業者等:日本通運動力私有機関車作業粁程:0.6粁、総延長粁程:1.1粁) 小野田セメント線(通運事業者等:富山通運動力私有機関車作業粁程:0.3粁、総延長粁程:1.3粁)

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貨物取扱

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富山港駅」の記事における「貨物取扱」の解説

1951年昭和26年12月15日付『鉄道公報』第732通報専用線一覧について営業局)」別表によると、当駅接続専用線次の通りであった昭和電工線(第三者使用日本通運及び富山通運動力私有機関車作業粁程:0.7粁) 日本海船梁工業線(第三者使用日本通運及び富山通運動力国鉄機関車及び手押作業粁程:0.4粁) 1953年昭和28年10月10日付『鉄道公報』第1254号通報専用線一覧別表掲載中、当駅接続専用線次の通りであった昭和電工線(第三者使用日本通運及び富山通運動力私有機関車作業粁程:0.8粁) 日本海船梁工業線(第三者使用日本通運富山通運及び日本海コンクリート工業、動力国鉄機関車及び手押作業粁程:0.4粁) 1970年昭和45年10月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった昭和電工線(通運事業者等:日本通運及び富山通運動力日本通運所有機関車、作業粁程:0.8粁、総延長粁程:2.2粁) 日本海重工業線(通運事業者等:日本通運及び富山通運動力国鉄機関車及び移動機関車作業粁程:0.5粁(0.4粁(機))、総延長粁程:0.6粁) 1983年昭和58年4月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった富山昭和電工線(通運事業者等:日本通運及び富山通運作業粁程:日本通運所有機関車、作業粁程:0.8粁、総延長粁程:2.0粁)

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貨物取扱

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竜王駅」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅は山梨県唯一の定期貨物列車発着となっている。JR貨物設備旅客駅南口西側にあり、1面2線のコンテナホーム(ヤード)が設置されている。ホーム小さく荷役線も100メートルほどと短い。駅の着発線荷役線は、塩崎駅方に伸びる引き上げ線を介して繋がっている。また、構内入換作業本線牽引機が行う。 コンテナホームと本線挟んで向い側には、ENEOS甲府油槽所置かれ、その荷役設備へ続く専用線敷設されている。この専用線と駅の側線は、甲府駅方の引上線を介して接続している。 取扱貨物コンテナ貨物 - 12ftコンテナのみを取り扱う。 専用線発着車扱貨物 - ENEOS専用線発着石油のみを取り扱う。 産業廃棄物取扱許可得ている。 貨物列車当駅を発着する貨物列車はすべて高速貨物列車1日2往復根岸駅との間に石油輸送列車運行されている。うち1往復途中梶ヶ谷貨物ターミナル駅停車し当駅発着コンテナ車連結解放する貨物駅構内2018年4月) コンテナホーム(2018年4月

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貨物取扱

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赤平駅」の記事における「貨物取扱」の解説

現在、JR貨物の駅は車扱貨物臨時取扱となっている。貨物列車発着はなく、貨物設備接続する専用線もない。 かつて、駅南東住友石炭鉱業赤平鉱業所があり、この工場へ至る専用線が駅から分岐していた。専用線上には、石炭貨車積み込むためのホッパー設置されていた。工場閉鎖に伴い1989年平成元年)に専用線廃止されると、当駅の貨物列車発着なくなった最終期1988年昭和63年3月時点では、石炭滝川駅東室蘭駅輸送されていた。 また、1960年昭和35年)度には貨物発送量が梅田駅抜き日本一であった

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貨物取扱

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安積永盛駅」の記事における「貨物取扱」の解説

現在、JR貨物の駅は車扱貨物臨時取扱となっており、貨物列車発着は無い。貨物設備無く専用線も本駅には接続していない。 かつては駅から分岐し本線西側沿って、駅の南側にある太平洋セメント安積永盛倉庫へ至る専用線があった。そのため、本駅は大越駅住友大阪セメント田村工場)からセメント輸送列車到着していたが、1999年平成11年6月廃止された。

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貨物取扱

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三沢駅 (青森県)」の記事における「貨物取扱」の解説

かつて併設されていた日本貨物鉄道JR貨物)の駅は、取扱廃止時点車扱貨物臨時取扱となっており、貨物列車発着もなかった。貨物設備はなく、専用線も当駅には接続していなかった。 かつては、駅から分岐し在日米軍三沢基地へ至る全長7.9kmの専用線があった。通常八戸線本八戸駅から米軍向けの石油輸送が行われていたが、1969年12月までは福岡県山田弾薬庫から弾薬運ばれていた。三沢基地への輸送2006年6月終了し終了後専用線北側を跨ぐ青森県道170号天ケ森三沢線陸橋の先で断線している。 また太平洋戦争前までは、上記専用線基地の先、三沢市五川目付近まで伸びており、三沢鉱山からの砂鉄搬出のために使用されていた。廃線跡は、岡三沢8丁目付近から三沢空港前、サークルK三沢店前にある青森県道170号天ケ森三沢線交差し田園地帯北東方向斜めに横切る道路該当する。ただし、廃線跡遺構はほとんど残っていない。

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貨物取扱

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苗穂駅」の記事における「貨物取扱」の解説

日本貨物鉄道JR貨物)の駅としては、車扱貨物臨時取扱となっている。当駅には貨物列車発着無く貨物設備専用線接続していない。最盛期1970年昭和45年)には、2628本の専用線が当駅から分岐していた。1986年昭和61年)までは、駅東側ある日セメント現在の太平洋セメント札幌サービスステーションや、駅北側にあったサッポロビール札幌工場へ続く専用線もあった。また、駅西側にあった北海道ガス札幌工場へ続く専用線都市ガス液化石油ガスLPG)を輸送するために使用していたが、天然ガスへの転換伴って2001年平成13年3月15日本輪西駅発送分の到着以って廃止となった。これ以降貨物列車発着はない。

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貨物取扱

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新井駅 (新潟県)」の記事における「貨物取扱」の解説

JR貨物の駅は、専用線発着コンテナ貨物専用線発着車扱貨物取扱となっているが、2008年平成20年3月15日ダイヤ改正貨物列車設定廃止された。旅客駅トキめき鉄道転換された後も、登録抹消行われていない。 2007年末に列車の運行廃止される前は、駅北側にあるダイセル新井工場専用線続いており、コンテナタンク車による原料製品の輸送が行われていた。酒田港駅から液化塩素苛性ソーダなどが到着していたほか、化学薬品発送行っていた。

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貨物取扱

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東富山駅」の記事における「貨物取扱」の解説

JR貨物の駅は、車扱貨物臨時取扱駅とされているが、貨物列車発着はない。ただし、『鉄道要覧 平成28年度所収路線図からは当駅の記述削除されている。貨物荷役設備は特に設けられておらず、専用線も当駅には接続していない。1987年昭和62年4月1日JR貨物発足当時は、車扱貨物取扱うであったが、その後1996年平成8年3月16日より車扱貨物取扱臨時となった1951年昭和26年12月15日付『鉄道公報』第732通報専用線一覧について営業局)」別表によると、当駅接続専用線次の通りであった不二越鋼材工業線(第三者使用日本通運動力手押作業粁程:0.2粁) 1953年昭和28年10月10日付『鉄道公報』第1254号通報専用線一覧別表掲載中、当駅接続専用線次の通りであった不二越鋼材工業線(第三者使用日本通運及び富山通運動力手押作業粁程:0.2粁) 1970年昭和45年10月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった不二越東富山製鋼所線(通運事業者:日本通運及び富山通運動力富山通運所有機関車、作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.2粁) 大協石油線(通運事業者:富山通運動力富山通運所有機関車及び手押作業粁程:0.4粁、総延長粁程:0.4粁) 岩谷産業線(通運事業者:富山通運動力富山通運所有機関車、作業粁程:0.3粁、総延長粁程:0.1粁、備考:当専用線大協石油線に接続する1983年昭和58年4月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった不二越東富山製鋼所線(通運事業者等:日本通運及び富山通運動力富山通運所有機関車、作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.2粁) 四日市油槽線(通運事業者等:富山通運動力富山通運所有機関車及び手押作業粁程:0.4粁、総延長粁程:0.4粁) 岩谷産業線(通運事業者等:富山通運動力富山通運所有機関車、作業粁程:0.3粁、総延長粁程:0.1粁、備考:当専用線四日市油槽線に接続する。但し使用休止中。) なお上掲の専用線1990年代までにすべて廃止され、当駅構内貨物用側線撤去されている。

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貨物取扱

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近文駅」の記事における「貨物取扱」の解説

現在、JR貨物の駅は車扱貨物臨時取扱となっている。貨物列車発着はなく、貨物設備接続する専用線もない。 かつては駅構内からホクレンくみあい飼料旭川工場シェル石油油槽所化学薬品販売業者などへ続く専用線存在していた。これらは1996年までに全廃されている。

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貨物取扱

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川中島駅」の記事における「貨物取扱」の解説

現在JR貨物の駅は車扱貨物臨時取扱駅であり、貨物列車発着は無い。貨物設備無く専用線も当駅には接続していない。 1997年までは、専用線発着車扱貨物取扱っていた。駅からは、西側にあった秩父セメント川中島サービスステーションへ至る専用線分岐しセメント輸送が行われていた。鉄道輸送終了後セメント貯蔵サイロ使用されていたが、2008年更地化され、現在は住宅建っている。また、国鉄分割民営化前までは、旧駅舎の南側貨物ホーム存在したその後、この場所には住宅新幹線高架橋および新幹線へのレール授受施設があり、そこへ側線伸びている。

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貨物取扱

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宝殿駅」の記事における「貨物取扱」の解説

現在、JR貨物の駅は車扱貨物臨時取り扱いとなっている。貨物列車発着はなく、貨物設備接続する専用線もない。 駅の東側にはニッケ印南工場加古川工場加古川工場へは専用鉄橋渡っていた)までの専用線があったが、1960年ごろに廃止になった西側には、セメント輸送のために住友セメント宝殿梱包所までの専用線があり、西浜 - 当駅間でセメント輸送を行う貨物列車が1往復設定されていたが、1997年廃止となったまた、駅構内南側有蓋車車扱貨物ホーム設けられていたが、現在は駐車場転用されている。 住友セメント専用線配線図凡例宝殿駅曽根駅 日本毛織専用線開業 - 廃止時期 1923年ごろ(1921年1月13日免許) - 1960年ごろ 契約相手方 日本毛織株式会社 作業キロ 3.2km(2マイル)(1923年)/1.8km(1930年種別 鉄道線1923年)/側線1930年作業方法機関車ガソリン機関車住友セメント専用線開業 - 廃止時期 1966年 - 1997年 専用住友セメント株式会社 作業キロ 0.3km(貨物注入)、0.4km(貨物引出総延長キロ 0.8km 作業方法 国鉄JR)機(1970年ディーゼル機関車1966年日立製作所製 形式HC-10B)所有

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貨物取扱

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東鹿越駅」の記事における「貨物取扱」の解説

現在[いつ?]、JR貨物の駅は車扱貨物臨時取扱駅(事実上休止駅となっている。貨物列車発着はなく、貨物設備接続する専用線もない。 かつては日鉄鉱業東鹿越鉱業所へ続く専用線があった。この専用線は、ホクレン農業協同組合連合会中斜里製糖工場において砂糖製造過程使用される石灰石発送するために使用されており、そのため中斜里駅との間に1日1往復末期本数)の石灰石輸送列車運行されていたが、1997年平成9年3月廃止された。 また、王子木材緑化鹿越鉱業所へ続く専用線存在していた。

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貨物取扱

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泊駅 (富山県)」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅における貨物取扱は、1972年昭和47年10月2日廃止された。 1953年昭和28年10月10日付『鉄道公報』第1254号通報専用線一覧別表掲載中、当駅接続専用線次の通りであった日東紡績線(第三者使用日本通運動力手押作業粁程:0.3粁) 1970年昭和45年10月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった日東紡績線(通運事業者:日本通運動力手押作業粁程:0.3粁、総延長粁程:0.2粁)

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貨物取扱

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花巻空港駅」の記事における「貨物取扱」の解説

1997年貨物列車発着なくなって以降は、JR貨物の駅は車扱貨物臨時取扱となっている。貨物用設備設置されていないほか、専用線も当駅には接続していない。 かつては駅周辺ある日重化学工業盛岡事業所へ続く専用線があった。工場使用する濃硝酸搬入使用されていたが、1997年平成9年3月廃止された。また、国鉄分割民営化のしばらく後まで、北日本くみあい飼料花巻工場へ続く専用線存在し石巻埠頭駅から飼料輸送されていた。

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貨物取扱

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城端駅」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅における貨物取扱は、1974年昭和49年7月1日廃止された。 1930年昭和5年12月5日付『鉄道公報附録通報専用線一覧(運輸局)」によると、当駅接続専用線次の通りであった大同電力線(第三者使用黒川次郎動力:省機関車及び手押作業粁程:0.2粁) 1951年昭和26年12月15日付『鉄道公報』第732通報専用線一覧について営業局)」別表によると、当駅接続専用線次の通りであった日本発送電線(第三者使用日本通運動力手押作業粁程:0.2粁) 1953年昭和28年10月10日付『鉄道公報』第1254号通報専用線一覧別表掲載中、当駅接続専用線次の通りであった関西電力線(第三者使用日本通運動力手押作業粁程:0.2粁) 1970年昭和45年10月1日時点における当駅接続専用線以下の通りであった関西電力線(通運事業者:日本通運動力手押作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.2粁、備考使用休止

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貨物取扱

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氷見駅」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅における貨物取扱は、1978年昭和53年3月1日廃止された。 1951年昭和26年12月15日付『鉄道公報』第732通報専用線一覧について営業局)」別表によると、当駅接続専用線次の通りであった中越電化工業線(第三者使用日本通運動力国鉄機関車作業粁程:0.7粁) 1953年昭和28年10月10日付『鉄道公報』第1254号通報専用線一覧別表掲載中、当駅接続専用線次の通りであった小松製作所線(第三者使用日本通運動力国鉄機関車作業粁程:0.7粁、備考:当専用線氷見駅 - 島尾駅間より分岐する1970年昭和45年10月1日時点における当駅所属専用線以下の通りであった小松製作所線(通運事業者:日本通運動力国鉄機関車作業粁程:0.7粁、総延長粁程:0.4粁、備考:当専用線氷見駅 - 島尾駅間より分岐する

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貨物取扱

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下館駅」の記事における「貨物取扱」の解説

JR貨物の駅は、車扱貨物臨時取扱となっている。定期貨物列車発着はないが、関東鉄道常総線真岡鐵道への車両輸送する甲種輸送列車発着するかつては駅東側ミツウロコ専用線があった。

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屋代駅」の記事における「貨物取扱」の解説

現在、JR貨物の駅は車扱貨物臨時取扱となっており、貨物設備はなく、専用線接続していないため定期貨物列車発着はない。屋代線廃止まで長野電鉄向けの甲種車両輸送終着駅となっていた。屋代線廃止後、長野電鉄車両搬入北長野駅より陸送される形態変更されている。 1993年平成5年)ごろまで、現在長電テクニカルサービス屋代工場となっている場所にあったシェル石油油槽所へ至る専用線があり、油槽所向けの石油取扱いがあった。また国鉄分割民営化前までは、駅舎北側有蓋車用の貨物ホーム1面設置されていた。

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島松駅」の記事における「貨物取扱」の解説

現在、JR貨物の駅は車扱貨物臨時取扱となっている。貨物列車発着はなく、貨物設備専用線も当駅には接続していない。 1997年3月頃までは、駅の西側にあった日本石油札幌油槽所荷役設備へ続く専用線があり、石油入荷が行われていた。そのため、本輪西駅と当駅の間に石油輸送貨物列車運行されていた。また1970年代までは、陸上自衛隊島松駐屯地へ続く専用線存在していた。この路線は駅の北西向かって分岐後、大きなカーブ描き南へ進路変え駐屯所へ向かう、逆U字形線形となっていた。その廃線跡道路となり残っている。

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大川駅」の記事における「貨物取扱」の解説

JR貨物の駅は、臨時車扱貨物取扱駅である。2008年平成20年3月15日ダイヤ改正で、貨物列車設定末期臨時専用貨物列車のみ)が廃止された。 列車設定廃止まで旅客ホーム脇の側線から分岐し駅東側昭和電工川崎事業所へ至る専用線存在した液体塩素を積むタキ5450形扇町駅から工場輸送されていた。末期は週に2・3回、1回につき2両程度到着があった。入換作業は、配線都合上手押し」で移動させるという珍しい手法とっていた。作業神奈川臨海鉄道JR貨物より受託して行っていた。貨車入換作業間近に見ることのできるスポットとして人気があった。 また、駅西側ある日製粉鶴見工場へ至る専用線存在した同工場で生産され小麦粉発送タキ24700形を用いて輸送していたが、専用トラック輸送順次切り替えられ1997年6月30日岩沼駅への発送をもって廃止された。最盛期には、高崎駅宇都宮駅館林駅などの駅に隣接する工場へ、ホキ2200形使用する穀物輸送行われていた。

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八王子駅」の記事における「貨物取扱」の解説

JR貨物の駅は、コンテナ貨物(12ftコンテナのみ)と車扱貨物取扱となっている。車扱貨物輸送するための貨物列車設定されているが、コンテナ輸送はすでにトラック代行化されている。駅の業務神奈川臨海鉄道受託している。

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速星駅」の記事における「貨物取扱」の解説

開業以来一般駅であり、1981年昭和56年11月20日より専用線発着車扱貨物取扱うとなったが、1987年昭和62年3月31日よりコンテナ貨物取扱開始され1987年昭和62年4月1日日本貨物鉄道への経営移管後もその営業範囲維持されている。高山線唯一の貨物扱いがある駅である(西富山駅は登録のみ残っている) 駅構内から日産化学富山工場専用線接続されており、タンクコンテナタンク車による化学薬品の受発送が行われている。富山駅より当駅まではDD200形列車牽引するが、専用線においては25噸の小型ディーゼル機関車がその入換及び牽引を行う。 1953年昭和28年10月10日付『鉄道公報』第1254号通報専用線一覧別表掲載中、当駅接続専用線次の通りであった日産化学工業線(第三者使用大正運送動力私有機関車作業粁程:0.6粁(製品線)・1.0粁(ガス線)・1.2粁(ボイラー線)) 1970年昭和45年10月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった日産化学工業線(真荷主日産建材及び日産ケメトロン触媒通運事業者:大正運送動力私有機関車作業粁程:0.8粁(製品線)・1.2粁(ガス線)・1.4粁(ボイラー線)・0.3粁(製品6番線)、総延長粁程:9.3粁) 1983年昭和58年4月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった日産化学工業線(真荷主日産建材日産ガートラー触媒通運事業者等:日産輸送動力私有機関車作業粁程:0.8粁(製品線)・1.2粁(ガス線)・1.4粁(ボイラー線)・0.3粁(製品6番線)、総延長粁程:8.8粁)

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比奈駅」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅は貨物列車廃止直前岳南鉄道運行されるすべての貨物列車始発終着駅であり、専用線発着コンテナ貨物専用線発着車扱貨物取扱となっていた。 日本製紙吉永工場(旧・大昭和製紙吉永工場)へ専用線続いており、コンテナ有蓋車ワム80000形貨車)を用いた製品輸送などが行われていた。有蓋車発送先越谷貨物ターミナル駅梅田駅であった。 なお、同工場の貨物取扱は隣の岳南原田駅でも行われていた。

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越中大門駅」の記事における「貨物取扱」の解説

JR貨物の駅は、専用線発着車扱貨物取扱となっている。 側線から分岐する専用線は、本線北側沿って東進電気化学工業富山サービスステーション至っている。専用線終端部分セメント荷役施設設置されており、この路線富山サービスステーション向けのセメント輸送使用されていたが、現在定列車の運行はない。貨物ホーム上屋倉庫現存している。 1953年昭和28年10月10日付『鉄道公報』第1254号通報専用線一覧別表掲載中、当駅接続専用線次の通りであった大門土石線(動力手押及び国鉄機関車作業粁程:0.6粁、備考国鉄砂利発送に限る) 日本電気冶金線(第三者使用日本通運動力日本通運所有機関車及び手押作業粁程:0.2粁) 呉羽紡績線(動力日本通運所有機関車、作業粁程:0.8粁) 1970年昭和45年10月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった日本電工線(通運事業者:日本通運動力日本通運所有機関車及び手押作業粁程:0.2粁、総延長粁程:0.4粁) 日本電工二号線通運事業者:日本通運動力日本通運所有機関車及び手押作業粁程:0.2粁、総延長粁程:上掲に同じ) 東洋紡績線(真荷主大島砕石通運事業者:日本通運動力日本通運所有機関車、作業粁程:0.8粁、総延長粁程:1.0粁) 電気化学工業及び橋本産業共用線(通運事業者:デンカセメント北陸サービス(但し電気化学工業に限る)及び日本通運(但し橋本産業に限る)、動力日本通運所有機関車、作業粁程:0.3粁、総延長粁程:0.7粁) 1983年昭和58年4月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった日本電工線(通運事業者等:日本通運動力日本通運所有機関車及び手押作業粁程:0.2粁、総延長粁程:0.4粁) 東洋紡績線(真荷主大島砕石通運事業者等:日本通運動力日本通運所有機関車、作業粁程:0.8粁、総延長粁程:0.9粁) 電気化学工業及び橋本産業共用線(通運事業者等:デンカセメント北陸サービス(但し電気化学工業に限る)及び日本通運(但し橋本産業に限る)、動力:デンカセメント北陸サービス所有機関車及び日本通運所有機関車、作業粁程:0.3粁、総延長粁程:0.7粁)

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貨物取扱

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塩尻駅」の記事における「貨物取扱」の解説

現在、JR貨物の駅は車扱貨物臨時取扱となっており、貨物列車発着はない。貨物設備もなく、専用線も当駅には接続していない。 2000年3月まで旧駅跡地の「塩尻大門」から分岐し、その西側にある昭和電工塩尻事業所へ至る専用線があった。新興駅発送酸化アルミニウムアルミナ輸送が行われていたが、3月17日新興駅発送をもって廃止された。 また、有蓋車用の貨物ホーム設置されていたが、駅移転に伴い1982年廃止された。

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奥田駅 (富山県)」の記事における「貨物取扱」の解説

1951年昭和26年12月15日付『鉄道公報』第732通報専用線一覧について営業局)」別表によると、当駅接続専用線次の通りであった富山煉炭工業線(第三者使用日本通運動力手押作業粁程:0.1粁) 日曹製鋼線(第三者使用日本通運及び富山通運動力私有機関車作業粁程:0.5粁) 興国人絹パルプ線(第三者使用日本通運富山港運送及び富山通運動力国鉄機関車及び手押作業粁程:0.7粁(製品線)・1.3粁(木材線)) 日本発送電線(動力手押作業粁程:0.8粁) 富山県官材作業林産組合線(第三者使用日本通運及び富山通運動力国鉄機関車作業粁程:0.2粁、備考富山駅 - 奥田駅間において途中分岐する。) 1953年昭和28年10月10日付『鉄道公報』第1254号通報専用線一覧別表掲載中、当駅接続専用線次の通りであった富山煉炭工業線(第三者使用日本通運動力手押作業粁程:0.1粁) 日曹製鋼線(第三者使用日本通運及び富山通運動力私有機関車作業粁程:0.7粁) 興国人絹パルプ線(第三者使用日本通運富山港運送及び富山通運動力国鉄機関車及び手押作業粁程:0.7粁(製品線)・1.3粁(木材線)) 北陸電力線(動力国鉄機関車及び手押作業粁程:0.8粁) 富山県官材作業林産組合線(第三者使用日本通運及び富山通運動力国鉄機関車作業粁程:0.2粁、備考富山駅 - 奥田駅間において途中分岐する。) 1970年昭和45年10月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった橋本産業線(通運事業者等:日本通運動力手押作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.1粁) 大平洋金属線(真荷主興人通運事業者等:日本通運及び富山通運動力日本通運所有機関車、作業粁程:0.8粁、総延長粁程:1.1粁) 興人線(真荷主興人石綿工業及び興人建材工業通運事業者等:日本通運富山港運送及び富山通運動力富山港運送所有機関車及び移動機関車作業粁程:0.7粁(製品線)・1.6粁(材木線)・0.8粁(火力線)、総延長粁程:3.6粁) 富山県木材倉庫協同組合線(通運事業者等:日本通運及び富山通運動力国鉄機関車作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.1粁、備考富山駅 - 奥田駅間において途中分岐する。) 小池木材線(通運事業者等:日本通運動力国鉄機関車作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.2粁、備考富山駅 - 奥田駅間において途中分岐する。) 島木材線(通運事業者等:日本通運動力国鉄機関車作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.2粁) 日本通運線(動力私有機関車作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.1粁) 十全化学線通運事業者等:日本通運動力日本通運所有機関車、作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.1粁) 富山製紙線(通運事業者等:日本通運動力国鉄機関車作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.1粁) 1983年昭和58年4月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった橋本産業線(通運事業者等:日本通運動力手押作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.1粁) 大平洋金属線(通運事業者等:日本通運及び富山通運動力日本通運所有機関車、作業粁程:0.5粁、総延長粁程:0.4粁) 富山県木材倉庫協同組合線(通運事業者等:日本通運及び富山通運動力国鉄機関車作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.1粁、備考富山駅 - 奥田駅間において途中分岐する使用休止中。) 小池木材線(通運事業者等:日本通運動力国鉄機関車作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.2粁、備考富山駅 - 奥田駅間において途中分岐する使用休止中。) 富山中央木材線(通運事業者等:日本通運動力国鉄機関車作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.2粁、備考使用休止中。) 日本通運線(動力私有機関車作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.1粁) 十全化学線通運事業者等:日本通運動力日本通運所有機関車、作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.1粁) 富山製紙線(通運事業者等:日本通運動力国鉄機関車作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.1粁)

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貨物取扱

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津沢駅」の記事における「貨物取扱」の解説

1967年昭和42年7月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった津沢倉庫線(動力手押作業粁程:0.1粁)

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貨物取扱

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茶志内駅」の記事における「貨物取扱」の解説

現在、JR貨物の駅は車扱貨物臨時取扱となっている。貨物列車発着はなく、貨物設備接続する専用線もない。 かつて、駅の東側には新日本石油美唄油槽所があり、その荷役設備へ続く専用線もあった。この路線石油輸送使用されていたため、本輪西駅と当駅の間に石油輸送列車運行されていた。統廃合により油槽所閉鎖されることになったため、2002年平成14年6月3日到着、翌4日貨車返送最後に専用線廃止された。

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貨物取扱

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萩野駅」の記事における「貨物取扱」の解説

JR貨物の駅は、専用線発着コンテナ貨物専用線発着車扱貨物取扱となっているが、2008年平成20年3月15日ダイヤ改正貨物列車設定廃止された。 貨物列車設定があった2008年平成20年3月13日までは、北吉原駅裏手ある日製紙白老工場へ続く専用線有していた。当駅の専用線通じて陣屋町駅発送木材チップ紙の原料)が搬入されていたほか、コンテナによる紙製品発送が行われていた。かつては紙製品有蓋車積みこみ、東京都飯田町駅まで輸送する「紙列車」もあった。また2007年平成19年)までは、本輪西駅発送石油工場搬入されていた。

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貨物取扱

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井波駅」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅においては呉羽紡績(後の東洋紡績井波工場大建木材工業対す専用線発着貨物加え東洋ナイロン編物三田製薬などの工場からも繊維加工品医薬品発送されていた。また、当駅には構内入替機関車常備されており、専用線発着貨物の入替を行っていた。 1951年昭和26年12月15日付『鉄道公報』第732通報専用線一覧について営業局)」別表によると、当駅接続専用線次の通りであった呉羽紡績線(動力加越能鉄道所有機関車、作業粁程:0.3粁) 大建木材工業線(動力加越能鉄道所有機関車、作業粁程:0.1粁) 1970年昭和45年10月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった呉羽紡績線(動力加越能鉄道所有機関車、作業粁程:0.3粁) 大建木材工業線(動力加越能鉄道所有機関車、作業粁程:0.1粁)

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貨物取扱

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東岩瀬駅」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅における貨物取扱は、1984年昭和59年2月1日廃止された。 1951年昭和26年12月15日付『鉄道公報』第732通報専用線一覧について営業局)」別表によると、当駅接続専用線次の通りであった日曹製鋼線(第三者使用日本通運及び富山通運動力国鉄機関車及び手押作業粁程:0.6粁) 1970年昭和45年10月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった大平洋金属線(通運事業者等:日本通運及び富山通運動力国鉄機関車移動機関車及び手押作業粁程:0.7粁・0.4粁(機関車)、総延長粁程:0.8粁) 富山港運送動力国鉄機関車及び私有機関車作業粁程:1.0粁・0.4粁(機関車)、総延長粁程:0.7粁、備考大平洋金属線に接続する1983年昭和58年4月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった大平洋金属線(通運事業者等:日本通運及び富山通運動力国鉄機関車移動機関車及び手押作業粁程:0.7粁・0.4粁(機関車)、総延長粁程:0.8粁) 富山港運送動力国鉄機関車及び私有機関車作業粁程:1.0粁・0.4粁(機関車)、総延長粁程:0.7粁、備考大平洋金属線に接続する

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貨物取扱

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清水駅 (静岡県)」の記事における「貨物取扱」の解説

かつて当駅では貨物の取り扱いがあり、2002年まで日本貨物鉄道JR貨物)の駅だった。晩年車扱貨物のみの取り扱いで、最後まで行われていたのは武田薬品工業化学薬品取り扱いで、新南陽駅から輸送されポリプロピレングリコール(PPG) を当駅でタンクローリー詰め替えていた。 2001年平成13年6月末まで、現在も駅北東にある東燃ゼネラル石油(現・ENEOS清水油槽所荷役設備専用線続いており、潤滑油発送が行われていた。晩年発送先汐見町駅安善駅であった1980年代まで駅南東にある豊年製油静岡工場(現・J-オイルミルズ静岡事業所)へ続く専用線もあり、接着剤などの発送が行われていた。 国鉄分割民営化前には、駅舎北に複数有蓋車貨物ホームが、駅東南(現在の清水テルサ付近)に1面1線のコンテナホームがあったが、1984年昭和59年1月東静岡駅集約され廃止された。現在コンテナホーム跡は保線車両留置線及び資材積み込みとなっている。

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貨物取扱

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萩浦小学校前駅」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅においては1945年昭和20年1月11日より専用線発着車扱貨物取扱開始されたが、1947年昭和22年6月1日に一旦廃止された。その後1950年昭和25年2月10日より専用線発着車扱貨物取扱再開された。当駅に接続していた小野田セメント専用線からは、有峰ダム建設要するセメント富山地方鉄道立山線経由小見駅輸送されていたが、当駅における貨物取扱は1958年昭和33年4月10日蓮町駅より富山操車場へ至る北陸本線貨物支線開業するに伴い廃止され接続していた専用線蓮町駅移管された。 1951年昭和26年12月15日付『鉄道公報』第732通報専用線一覧について営業局)」別表によると、当駅接続専用線次の通りであった倉敷レイヨン線(第三者使用日本通運動力私有機関車作業粁程:0.6粁) 1953年昭和28年10月10日付『鉄道公報』第1254号通報専用線一覧別表掲載中、当駅接続専用線次の通りであった倉敷レイヨン線(第三者使用日本通運動力私有機関車作業粁程:0.6粁) 1957年昭和32年3月27日付『鉄道公報』第2258号の専用線一覧によると、当駅接続専用線次の通りであった倉敷レイヨン線(第三者使用日本通運作業粁程:0.6粁) 小野田セメント線(第三者使用日本通運作業粁程:0.3粁)

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貨物取扱

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小滝駅」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅における貨物取扱は、1981年昭和56年11月20日廃止された。 『鉄道局要覧 昭和24年度』所収専用線一覧表記載の当駅接続専用線次の通りであった昭和電工線(作業粁程:0.1粁、発送車数:266発送屯数:18503、主要貨物石灰石1953年昭和28年10月10日付『鉄道公報』第1254号通報専用線一覧別表掲載中、当駅接続専用線次の通りであった昭和電工線(動力国鉄機関車及び手押作業粁程:0.1粁) また1970年昭和45年10月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった昭和電工線(動力国鉄機関車及び手押作業粁程:0.1粁、備考使用停止中)

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貨物取扱

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内原駅」の記事における「貨物取扱」の解説

臨時車扱貨物のみを取り扱っており、そのため貨物列車設定はない。 2000年平成12年)まで専用線発着車扱貨物取り扱っており、貨物列車設定があった。専用線駅西側にある太平洋セメント水戸サービスステーション貨車荷役設備続いており、ここまでセメント輸送するために小名浜駅から貨物列車運行されていたが、同年3月7日限り廃止された。なお,同線の運行管理小名浜臨海鉄道福島臨海鉄道が行っており,同鉄道所属機関車交代入換行っていた。

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貨物取扱

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川島駅」の記事における「貨物取扱」の解説

JR貨物の駅は車扱貨物臨時取扱駅であり、定期貨物列車発着はない。 かつては駅北方に位置する日本コンクリート工業分社化により現:NC東日本コンクリート工業)川島工場日本セメント川島SSへ「上河原線」と呼ばれる専用線続き秩父鉄道武州原谷駅よりセメント輸送貨物列車1997年3月19日まで運行されていた。主にセメントホッパ車使用され最盛期には3線ある駅留置線が満杯になるほどであった。また架線張られており電化されていたと思われる入換には専ら東洋20t機や協三10tキャブ,協三25t3軸機などが使用されていた。現在軌道単線となっているが運行が行われていた当時複線であった1980年代頃まではさらに北方鬼怒川河川敷に近い工場敷地内砕石ホッパー場まで専用線続いていた。かつては駅西踏切先にある保守側線北方専用線向かってデルタ線形成していた。 戦前には駅南方に鬼怒川での砂利採取目的とした専用線存在したが,戦局の悪化に伴い休止され戦後復活することなく廃止至った。現在は道床跡に境界杭犬釘等が残る。

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貨物取扱

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草津駅 (滋賀県)」の記事における「貨物取扱」の解説

2009年まで日本貨物鉄道JR貨物)の貨物駅でもあったが、臨時車扱貨物のみの取り扱いであり、最後まで貨物列車発着はなかった。これは一旦廃止された貨物取扱を、国鉄分割民営化直前将来の貨物取扱再開備え開閉間・取範囲別に定める」として再開させたものであった民営化前の1986年まで旅客駅西口北側有蓋車用の貨物ホーム存在した

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貨物取扱

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生地駅」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅における貨物取扱は、1984年昭和59年2月1日廃止された。かつて当駅に接続していた北陸製塩工業専用線は、1961年昭和36年4月から工費1億を以て中部建設工業により建設され1963年昭和38年3月29日完成した専用線建設地となった荒俣部落においては当初用地買収への反対運動が行われたが、北陸製塩工業部落通ず道路整備し公民館改築のために資金提供し専用線建設並行して農道用水整備努めたことによって土地改良進み結果として地元住民はこの専用線開通大きく祝ったという。 1953年昭和28年10月10日付『鉄道公報』第1254号通報専用線一覧別表に当駅接続専用線記載されていない1967年昭和42年7月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった北陸製塩工業線(通運事業者:日本通運動力日本通運所有機関車、作業粁程:2.0粁) 日本回送線動力日本通運所有機関車、作業粁程:2.2粁、備考:当専用線北陸製塩工業線に接続する1970年昭和45年10月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった北陸製塩工業線(通運事業者:日本通運動力日本通運所有機関車、作業粁程:2.0粁、総延長粁程:3.3粁) 日本回送線動力日本通運所有機関車、作業粁程:2.2粁、総延長粁程:0.3粁、備考:当専用線北陸製塩工業線に接続する日本配合飼料線(動力日本通運所有機関車、作業粁程:0.5粁、総延長粁程:0.2粁、備考:当専用線北陸製塩工業線に接続する1983年昭和58年4月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった吉田工業線(通運事業者等:日本通運動力国鉄動車作業粁程:0.2粁、総延長粁程:1.0粁) 日本配合飼料線(動力国鉄動車作業粁程:0.6粁、総延長粁程:0.2粁、備考:当専用線吉田工業線より分岐する

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貨物取扱

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石動駅」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅における貨物取扱は、1984年昭和59年2月1日廃止された。 1923年大正12年1月23日付『鉄道公報号外によると、当駅接続専用線次の通りであった北国製紙線(動力:省機関車作業哩程:1哩) 1953年昭和28年10月10日付『鉄道公報』第1254号通報専用線一覧別表掲載中、当駅接続専用線次の通りであった富山化学工業線(第三者使用日本通運及び北陸化学食品動力国鉄機関車及び手押作業粁程:0.8粁(機関車)、0.9粁(貨車)) 屋敷外吉線(動力国鉄機関車作業粁程:0.8粁、備考国鉄砂利発送に限る) 1967年昭和42年7月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであったサクラ木工所線(動力国鉄機関車及び国鉄動車作業粁程:0.6粁、備考国鉄砂利線に接続する。ただし使用休止中。) 屋敷正英線(動力国鉄機関車及び国鉄動車作業粁程:0.5粁、備考国鉄砂利線) 1970年昭和45年10月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった朝日ケイカル工業線(動力国鉄機関車作業粁程:0.2粁、総延長粁程:0.2粁) 1983年昭和58年4月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった朝日化工線(通運事業者等:日本通運動力国鉄動車作業粁程:0.2粁、総延長粁程:0.2粁)

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貨物取扱

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岩瀬浜駅」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅における貨物取扱は、1984年昭和59年2月1日廃止された。 1970年昭和45年10月1日時点における当駅接続専用線以下の通りであった鉄興社線(通運事業者等:日本通運動力移動機関車作業粁程:0.2粁、総延長粁程:0.3粁) 富山造船線(通運事業者等:日本通運動力日本通運所有機関車、作業粁程:0.2粁、総延長粁程:0.2粁) 1983年昭和58年4月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった東洋曹達工業線(真荷主:錦商事通運事業者等:日本通運動力日本通運所有機関車、作業粁程:0.2粁、総延長粁程:1.0粁) 富山造船線(通運事業者等:日本通運動力日本通運所有機関車、作業粁程:0.2粁、総延長粁程:0.2粁) 新日本化学工業線(真荷主日新苦土肥料通運事業者等:日本通運及び富山港運送動力日本通運所有機関車、作業粁程:1.1粁、総延長粁程:0.9粁、備考:同専用線東洋曹達工業線に接続する富山港運送取扱う貨物日新苦土肥料発着に限る。使用休止。)

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貨物取扱

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松田駅」の記事における「貨物取扱」の解説

JR貨物の駅は臨時車扱貨物のみを取り扱っており、定期貨物列車発着はない。しかし、稀に小田急電鉄ならびに箱根登山鉄道向けの甲種車両輸送列車発着し、JR貨物電気機関車連絡線通り越して新宿方面折り返し小田急線新松田駅構内まで乗り入れている。その間電気機関車運転資格を持つ小田急運転士乗務する。この列車従来小田原駅発着であったが、1994年平成6年10月以降当駅発着変更された。なお、これらの列車はすべて沼津方面からの発着となっている。 貨物営業国鉄時代にも行われていたが、国鉄分割民営化前の1982年昭和57年11月廃止された。実施時には駅舎東側貨物ホームがあった他、酒匂川岸まで伸びる砂利採取線があった。砂利採取線では国府津機関区(現・JR東日本国府津車両センター所属C11形蒸気機関車使用されていた。

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貨物取扱

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下曽我駅」の記事における「貨物取扱」の解説

現在、JR貨物の駅は臨時車扱貨物のみを取り扱っており、定期貨物列車発着はない。かつては太平洋セメント(旧・秩父セメント小田原サービスステーション住友大阪セメント旧・住セメント下曽我サービスステーションいずれも現在は閉鎖)のセメント荷役設備へ続く専用線が駅から分岐しており、当駅にセメント到着していた。末期太平洋セメント専用線のみ使用され武州原谷駅発送セメント到着していたが、1998年セメント輸送廃止された。 また、1960年代まで駅西にある酒匂川へ向かう砂利採取線分岐していた。3km余りのこの砂利採取線譲原砂利株式会社使用し廃線跡大部分道路転用されている。

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貨物取扱

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笹津駅」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅における貨物取扱は、1984年昭和59年2月1日廃止された。1945年昭和20年8月1日には昭和運輸日本通運合併により、日本通運笹津営業所開業し1946年昭和21年5月1日には支店へと昇格した。同支店においては主として笹津駅接続する専用線における貨物取扱に従事していたが、1952年昭和27年8月から開始され北陸電力電源開発工事の関係によって、その工事完了1955年昭和30年3月までは大量セメント工事資材取扱繁忙極めたという。 1951年昭和26年12月15日付『鉄道公報』第732通報専用線一覧について営業局)」別表によると、当駅接続専用線次の通りであった敷島紡績線(第三者使用日本通運動力私有機関車作業粁程:1.0粁) 日本カーボン日本マグネシューム及び日本化肥料線(第三者使用日本通運動力私有機関車作業粁程:1.9粁(日本カーボン)・2.1粁(日本マグネシューム)・2.1粁(日本化肥料)) 1953年昭和28年10月10日付『鉄道公報』第1254号通報専用線一覧別表掲載中、当駅接続専用線次の通りであった日本カーボン及び三井金属鉱業線(第三者使用日本通運動力私有機関車作業粁程:1.9粁(日本カーボン)・2.1粁(三井金属鉱業)) 北陸電力線(第三者使用日本通運動力手押及び日本通運借入機関車作業粁程:0.1粁) 1970年昭和45年10月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった日本カーボン線(通運事業者:日本通運動力日本通運所有機関車、作業粁程:1.8粁、総延長粁程:2.1粁) なお敷島紡績専用線は、上述のように富山地方鉄道笹津線開業と共に同社管轄下となり、笹津線には敷島紡信号場設けられその先敷島紡績工場内に敷島紡駅が開業した1970年昭和45年10月1日現在における敷島紡駅接続専用線以下の通りであった敷島紡績線(通運事業者:日本通運動力富山地方鉄道所有機関車、作業粁程:0.5粁)

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貨物取扱

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岩波駅」の記事における「貨物取扱」の解説

国鉄時代1969年昭和44年)から1982年昭和57年)まで、当駅でも貨物営業行っていた。 1966年昭和41年10月から本格的に開始され鉄道車運車)による自動車輸送一つ基地として、1968年昭和43年10月沼津駅自動車輸送基地新設された。1969年7月には、当駅に接続するトヨタ自動車専用線建設され沼津駅基地廃止された。 トヨタ自動車専用線は、岩波駅の北1kmほどの場所で御殿場線から分岐しカーブ描きトヨタ自動車敷地入っていた。途中には、川を渡る東名高速道路高架下を潜る場所があり、線路終点トヨタ自動車東日本(旧関東自動車工業東富士工場の裏側(駅反対側)辺りにあった1970年の「専用線一覧表によれば専用線作業キロは0.9km、総延長は2.2kmで、構内作業国鉄機関車によって行われていた。このトヨタ自動車専用線は、1982年11月廃止されている。

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貨物取扱

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穂積駅」の記事における「貨物取扱」の解説

現在は臨時車扱貨物のみを取り扱っており貨物列車発着が無い。 駅南西日本石油穂積油槽所があり、そこへ続く専用線1997年頃まで存在していた。専用線には、汐見町駅発送石油到着していた。またそれ以前は、駅東にある砕石工場まで続く専用線存在あり、現在もその名残わずかに残っている。

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貨物取扱

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福光駅」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅における貨物取扱は、1980年昭和55年9月25日廃止された。 1967年昭和42年7月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった中越木材線(第三者使用日本通運動力日本通運所有機関車及び手押作業粁程:0.3粁) 1970年昭和45年10月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった中越木材線(通運事業者:日本通運動力日本通運所有機関車及び手押作業粁程:0.2粁、総延長粁程:0.2粁)

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貨物取扱

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中野駅 (東京都)」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅を発着する定期貨物列車設定はないが、東京メトロ東葉高速鉄道発着甲種車両輸送列車が当駅を経由する2008年度車扱貨物取扱量は、発送400トン到着なしであった近年年間発着トン数下表通り。 年度総数車扱貨物コンテナ貨物出典発送トン数到着トン数発送トン数到着トン数発送トン数到着トン数1990年 1991年 1992年 800 800 1993年 1,200 1,200 1994年 1995年 1996年 1997年 1998年 400 400 1999年 1,200 1,200 2000年 2001年 1,200 1,200 2002年 2003年 1,200 1,200 2004年 2,800 2,800 2005年 1,600 1,600 2006年 2,000 3,200 2,000 3,200 2007年 400 400 2008年 400 400 2009年

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貨物取扱

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新旭川駅」の記事における「貨物取扱」の解説

現在、JR貨物の駅は車扱貨物臨時取扱となっている。定期貨物列車発着はなく、貨物設備接続する専用線もない。 かつては日本製紙旭川工場(現:北海道工場旭川事業所)へ続く専用線が駅から分岐していた。この専用線は、コンテナによる紙製品発送や、工場使用する液体塩素石油輸送使用されていたが、1997年9月廃止された。なお、コンテナ輸送1988年3月ら行われ、1994年10月有蓋車輸送を完全に置き換えた1980年代までは、周辺製材業者や、出光興産共同石油(現:ENEOS)などの油槽所へ続く専用線存在していた。

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貨物取扱

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中伏木駅 (国鉄)」の記事における「貨物取扱」の解説

1930年昭和5年12月5日付『鉄道公報附録通報専用線一覧(運輸局)」によると、当駅接続専用線次の通りであった中伏木合同運送線(動力手押作業粁程:0.1粁) 荻布四郎線(動力手押作業粁程:0.1粁) 樺太木材紙料線(第三者使用三井物産動力手押作業粁程:0.1粁)

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貨物取扱

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吉久駅 (国鉄)」の記事における「貨物取扱」の解説

1923年大正12年1月23日付『鉄道公報号外によると、当駅接続専用線次の通りであった三井物産線(動力手押作業哩程:1哩) 1930年昭和5年12月5日付『鉄道公報附録通報専用線一覧(運輸局)」によると、当駅接続専用線次の通りであった三井物産線(第三者使用北陸石炭越中石炭神保石炭、富山鉄道能登鉄道加越鉄道立山鉄道南越鉄道及び金名鉄道、動力手押作業粁程:0.3粁) 中伏木合同運送線(動力:省機関車及び手押作業粁程:0.2粁)

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貨物取扱

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松任駅」の記事における「貨物取扱」の解説

現在、JR貨物の駅は車扱貨物臨時取扱となっている。貨物設備はなく、専用線も当駅には接続していない。そのため貨物列車発着はないが、金沢総合車両所検査を受けるため、配給列車回送された私有貨車コンテナ車が当駅でJR西日本引き渡されている。 国鉄分割民営化前までは、ニッコー松任工場や、日本石油松任油槽所住友セメントセメントサイロいずれも閉鎖)などへ続く専用線存在した

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貨物取扱

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板橋駅」の記事における「貨物取扱」の解説

赤羽線#貨物輸送」も参照 開業時から旅客貨物両用の駅であった当駅は、国有化国鉄分割民営化後連綿と貨物取扱が行われ、当駅を起点とした貨物列車最盛期には1日4往復運行されていた。 当駅の池袋駅寄り東側には、住友セメント現・住大阪セメント)の工場池袋包装所)があり、当駅からの引き込み線 (0.3 kmを介してセメント砕石砂利輸送が行われていた。また、池袋駅寄り西側には、日本食倉庫が、赤羽駅寄りには、紙倉庫があり、それらの専用線設置され、それらに普通貨列車として1日3往復運行されていた。 ホームからは、牽引機関車(EF65形など)や、当駅までの牽引及び構内入換使用するDD13形(→DE10形)、専用線には、有蓋車私有のセメントタンク車などの国鉄運用貨車や、東武鉄道西武鉄道から乗り入れる貨車などを見ることができ、ときには東武電車を出搬入する際にも当駅を使用していたことがあった。 1984年2月ダイヤ改正以降国鉄貨物輸送システム再構成による、直行列車体系再編成などから、板橋駅への貨物列車が、セメント輸送砕石砂利輸送のみとなったため、普通貨列車廃止された。砕石砂利輸送は、東武鉄道向けと西武鉄道向けから、後年初狩駅へのトキ25000形専用列車として運行された。その後、当駅の貨物列車セメント輸送だけが残り東武会沢線上白石駅にあった住友セメント栃木工場からのタキ1900形セメント専用貨物列車1日1往復のみ運行されていたが、1996年3月16日運行終了した折しも、隣の池袋駅では列車増発のための線形改良事業構想されていたが、貨物列車運転終了により同線の勾配に関する制約緩和されたことから、当初池袋駅南側で当線と山手貨物線立体交差する構想を、同駅の北側交差する構造変更した。この事業完了に伴い、両線の平面交差支障解消および、埼京線湘南新宿ライン同一方向同一ホーム化が実現した池袋駅線形改良詳細については「池袋駅#日本鉄道国鉄・JR線ホームの変遷」を参照 貨物列車発着していた2番線隣接部は、貨物取扱廃止後に一部レール撤去されたが、側線一部やクロッシングポイントの一部入換用表示機など設備一部残されていた(2012年2月時点)。この跡地電留線として活用されることになる。これは品川駅改良工事に伴うもので、同駅の山手線電留線廃止し電留線利用していた山手線車両一部池袋駅電留線池袋運輸区)を使用することになったこのため本来池袋駅電留線留置されていた埼京線・川越線車両のための留置スペースが必要となり、池袋駅から近くスペース空いていた板橋駅の貨物取扱跡地活用されたものである。この電留線先述品川駅電留線廃止に伴い2019年3月ダイヤ改正から使用開始された。

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貨物取扱

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燕駅」の記事における「貨物取扱」の解説

1980年代まで貨物取扱が行われており、電鉄沿線からの米の各地への輸送などが行われていた。

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貨物取扱

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入善駅」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅における貨物取扱は、1972年昭和47年10月2日廃止された。 1953年昭和28年10月10日付『鉄道公報』第1254号通報専用線一覧別表掲載中、当駅接続専用線次の通りであった呉羽紡績線(第三者使用日本通運動力手押作業粁程:0.3粁) 1970年昭和45年10月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった東洋紡績線(通運事業者:日本通運動力国鉄動車作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.1粁)

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貨物取扱

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扇町駅 (神奈川県)」の記事における「貨物取扱」の解説

扇町駅開業以来貨物の取り扱い継続している。2009年現在は、JR貨物の駅は専用線発着車扱貨物取扱となっている。業務JR貨物グループ神奈川臨海鉄道代行している。 2010年現在貨物輸送使用されているのは、開業時からある三井埠頭専用線のみであるが、かつてはそのほかに専用線貨物輸送供される側線があった。 三井埠頭専用線 旅客ホームよりも南側へ向かう専用線である。扇町駅開業とともに敷設された。 埠頭荷揚げした国内外産石炭や輸入糖蜜セメント重油コークスなどを扱った1984年昭和59年)に開始されホキ10000形貨車用い秩父太平洋セメント向け工場燃料用輸入コークス輸送が行われていたが、2020年令和2年)に廃止された。 2017年平成29年5月26日からは、中央新幹線建設工事に伴う梶ヶ谷貨物ターミナル駅発の残土輸送列車三井埠頭到着している。 昭和電工専用線 駅の西側昭和電工川崎事業所向かっていた専用線である。1930年昭和5年8月運転開始向浜駅塩浜駅大川駅などへの液化塩素岩沼駅への液化アンモニア発送が行われていたが、2008年3月をもって停止されその後線路撤去された。塩素アンモニアのほかにも、カセイソーダ液・プロピレンオキサイド硫酸アンモニウムなどが発送され硫化鉱・石炭・硫酸などが到着していた時期があった。 三菱石油(現・ENEOS専用線 現在ENEOS川崎事業所となっている、旧・三菱石油川崎製油所への専用線もあった。1931年昭和6年)に敷設石油のほか、三菱液化瓦斯(現・アストモスエネルギー)による液化石油ガス (LPG) の発送もあった。川崎製油所石油精製終了したため、専用線1999年平成11年)に廃止された。 その他の専用線 上記3線の他に、昭和石油(旧・旭石油、現・昭和シェル石油扇町輸送所の専用線日本鋼管(現・JFEスチール)炉材工場専用線があった。 国鉄発電所側線 国鉄火力発電所(現・JR東日本川崎火力発電所)への側線では、発電所自前石炭埠頭からの石炭発送周辺地域向け)が行われていた。発電所側線は、鶴見臨港鉄道時代から存在した

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貨物取扱

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神岡鉱山前駅」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅は神岡鉄道唯一の貨物取扱駅として機能していた。駅北側高原川右岸にある神岡鉱業三井金属鉱業の子会社)へ専用線続いていた。 工場生産され濃硫酸東北関東中部関西地方私有貨車発送していた。また1998年1月16日から、製品地金原料コンテナ輸送するようになった。しかし私有貨車老朽化により鉄道輸送終了することとなったため、濃硫酸輸送2004年10月15日限りで、コンテナ輸送一足先8月末にそれぞれ終了した神岡線廃止後、高原川を渡る専用線橋梁撤去されている。

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貨物取扱

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福岡駅」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅は1984年昭和59年2月1日専用線発着車扱貨物取扱廃し一旦は旅客駅となったが、その後国鉄末期1987年昭和62年3月31日より臨時車扱貨物取扱開始し同年4月1日発足日本貨物鉄道においてもこれが継承されていた。その後2006年平成18年4月1日日本貨物鉄道営業実態のない駅を廃止した際に当駅における貨物取扱は廃止された。 1953年昭和28年10月10日付『鉄道公報』第1254号通報専用線一覧別表掲載中、当駅接続専用線次の通りであった鉄道機器線(第三者使用日本通運動力国鉄機関車及び手押作業粁程:0.1粁) 日大鋼業線(動力手押作業粁程:0.1粁) 1970年昭和45年10月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった鉄道機器線(通運事業者:日本通運動力国鉄動車及び手押作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.1粁) 富山製錬所線(通運事業者:日本通運動力国鉄動車及び手押作業粁程:0.3粁、総延長粁程:0.5粁) 1983年昭和58年4月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった鉄道機器線(通運事業者等:日本通運動力国鉄動車及び手押作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.1粁、備考国鉄側線) いすみ化成線(通運事業者等:日本通運動車国鉄動車及び手押作業粁程:0.3粁、総延長粁程:0.5粁)

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貨物取扱

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黒部駅」の記事における「貨物取扱」の解説

JR貨物の駅は車扱貨物臨時取扱となっているが、貨物列車発着無く貨物設備専用線も当駅には接続していない。ただし、『鉄道要覧 平成28年度所収路線図からは当駅の記述削除されている。1987年昭和62年4月1日JR貨物発足当時専用線発着車扱貨物のみを取扱うであったが、1994年平成6年3月21日より営業範囲改正して、専用線発着車扱貨物加えて専用線発着コンテナ貨物取扱開始したその後1995年平成7年)に当駅に接続していた日鉱亜鉛三日市製錬所(現・JX金属三日市リサイクル専用線廃止され1996年平成8年3月16日専用線発着貨物一切取扱廃し車扱貨物臨時取扱となった1951年昭和26年12月15日付『鉄道公報』第732通報専用線一覧について営業局)」別表によると、当駅接続専用線次の通りであった北日本鉱業線(動力手押作業粁程:0.3粁) 1953年昭和28年10月10日付『鉄道公報』第1254号通報専用線一覧別表掲載中、当駅接続専用線次の通りであった日窒鉱業線(第三者使用日本通運動力手押作業粁程:0.3粁) 1970年昭和45年10月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった日本鉱業線(通運事業者:日本通運動力日本通運所有機関車、作業粁程:0.4粁、総延長粁程:1.1粁) 1983年昭和58年4月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった日本鉱業線(通運事業者等:松井運輸動力私有機関車作業粁程:0.4粁、総延長粁程:1.3粁)

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貨物取扱

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五日町駅」の記事における「貨物取扱」の解説

JR貨物の駅は2018年現在臨時車扱貨物取扱となっており定期貨物列車発着なくなっている。 駅構内東側裏側)にセメントターミナル五日町営業所が、駅北側には住友大阪セメント五日町サービスステーション設置されそれぞれの専用線利用して青海駅からセメント輸送が行われていたが、前者2006年平成18年)に、後者2001年平成13年3月廃止された。 1997年平成9年3月までは、セメントターミナル五日町営業所斜め向かいにあった日本石油五日町油槽所への石油沼垂駅から輸送されていた。現在は2区画に分割され地元企業等工場になっている

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貨物取扱

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八木原駅」の記事における「貨物取扱」の解説

現在、JR貨物の駅は臨時車扱貨物取扱となっており、定期貨物列車設定はない。[要出典] かつては上越線東側に沿い北上した場所にある電気化学工業渋川サービスステーションへの専用線があり、青海駅からセメント到着していたが、2000年3月廃止された。以降貨物列車発着なくなっている。

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貨物取扱

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根岸駅 (神奈川県)」の記事における「貨物取扱」の解説

2009年度年間貨物取扱量は、発送2,281,633トン到着210,940トンであった近年年間発着トン数下表通り。 年度年間貨物取扱量発送トン到着トン1998年 2,275,037 222,868 1999年 2,473,782 240,761 2000年 2,661,654 256,311 2001年 2,578,607 244,626 2002年 2,809,927 265,135 2003年 2,814,896 264,565 2004年 3,074,405 289,142 2005年 3,042,638 285,893 2006年 2,790,397 264,670 2007年 2,638,710 249,505 2008年 2,247,864 208,485 2009年 2,281,633 210,940 2010年 2,353,182 218,580 2011年 2,990,851 221,942 2012年 2,469,370 228,357 2013年 2,555,996 236,725 2014年 2,588,177 239,883 2015年 2,524,820 233,672 2016年 2,378,987 220,058 2017年 2,570,877 238,371 2018年 2,452,899 227,269 2019年 2,155,655 199,389

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貨物取扱

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新町駅」の記事における「貨物取扱」の解説

現在、JR貨物の駅は臨時車扱貨物取扱となっており、定期貨物列車設定はない。 かつてはゼネラル石油(現・ENEOS)の専用線接続し浮島町駅から石油類到着があった。また日本肥糧新町工場への専用線もあった。 なお、神流川からの砂利運搬専用線は、現在でも保線車両用の留置線として一部利用されている。

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貨物取扱

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高崎駅」の記事における「貨物取扱」の解説

JR貨物の駅は現在、臨時車扱貨物取扱となっており、定期貨物列車設定はない。ただし、稀に上信電鉄車両輸送する甲種輸送列車発着することがある1994年9月までは上信電鉄連絡する貨物列車設定されていた。また、かつては駅の南側ある日製粉高崎工場(後のニップン冷食高崎工場2012年3月閉鎖跡地現・高アリーナ)へ続く専用線があり、穀物輸送などが行われていたが、1994年3月ごろに廃止された。また、駅北側にあった日清製粉高崎工場1988年6月閉鎖)への専用線もあり、鶴見線大川駅から穀物輸送が行われていたが、工場閉鎖に伴い廃止された。

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貨物取扱

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川俣駅」の記事における「貨物取扱」の解説

かつては、当駅の北東側隣接する橋産業館林工場への専用線があり、神奈川臨海鉄道浮島町駅から石油プロパンガス積載するタンク車同工場で製造され練炭原料炭輸送する有蓋車連ねた貨物列車発着していた。1997年トラック輸送切り替えられ廃止された。廃止後もしばらく専用線荷役設備残されていたが、2009年1月にすべて撤去された。

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貨物取扱

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能町駅」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅は日本貨物鉄道車扱貨物臨時取扱となっている。また、当駅からは高岡貨物駅通ず新湊線分岐している。かつて当駅に接続していた日本曹達専用線は、万葉線旭ヶ丘停留場 - 荻布停留場平面交差して高岡工場へと通じていたが、2004年平成16年4月1日を以て休止された。 1951年昭和26年12月15日付『鉄道公報』第732通報専用線一覧について営業局)」別表によると、当駅接続専用線次の通りであった日本曹達線(第三者使用日本通運動力私有機関車作業粁程:1.2粁、備考小口扱も取扱う中越パルプ工業線(第三者使用日本通運動力国鉄機関車及び手押作業粁程:1.0粁) 1953年昭和28年10月10日付『鉄道公報』第1254号通報専用線一覧別表掲載中、当駅接続専用線次の通りであった日本曹達線(第三者使用日本通運動力私有機関車作業粁程:1.2粁、備考:急小(発)及び小口扱も取扱う中越パルプ工業線(第三者使用日本通運動力国鉄機関車及び手押作業粁程:1.0粁) 1967年昭和42年7月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった日本曹達線(第三者使用日本通運日曹商事及び一之江化学工業動力日本通運所有機関車、作業粁程:1.8粁) 日本ゼオン線(第三者使用日本通運動力日本通運所有機関車、作業粁程:1.5粁、備考:当専用線日本曹達線に接続する中越パルプ工業線(第三者使用中越運送動力私有機関車作業粁程:1.2粁) ゼネラル石油線(第三者使用日本通運動力日本通運所有機関車及び手押作業粁程:0.1粁) 1970年昭和45年10月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった日本曹達線(真荷主日曹商事一之江化学工業及び丸正産業通運事業者:日本通運動力日本通運所有機関車、作業粁程:1.8粁、総延長粁程:3.4粁) 日本ゼオン線(真荷主三菱商事通運事業者:日本通運動力日本通運所有機関車、作業粁程:1.5粁、総延長粁程:2.0粁、備考:当専用線日本曹達線に接続するまた、コンテナによる小口貨物取扱う中越パルプ工業線(通運事業者:中越運送動力私有機関車作業粁程:1.2粁、総延長粁程:2.0粁、備考コンテナによる小口貨物取扱う) 島宇商店線(動力日本通運所有機関車及び手押作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.1粁) 1983年昭和58年4月1日現在における当駅接続専用鉄道及び専用線以下の通りであった日本曹達線(真荷主日曹商事一之江化学工業丸正産業三井日曹ウレタン及び住友商事通運事業者:日本通運動力日本通運所有機関車、作業粁程:1.8粁、総延長粁程:3.8粁) 日本ゼオン線(真荷主三菱商事通運事業者:日本通運動力日本通運所有機関車、作業粁程:1.5粁、総延長粁程:2.0粁、備考:当専用線日本曹達線に接続する中越パルプ工業線(通運事業者:中越運送動力私有機関車作業粁程:1.2粁、総延長粁程:2.0粁) 日本農産工業線(動力手押作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.1粁)

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貨物取扱(廃止)

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宇島駅」の記事における「貨物取扱(廃止)」の解説

上地域の貨物取扱拠点として、農産品肥料等を取扱っていたほか、宇島港に隣接していることから筑豊地域から産出される石炭の積出にも使用された。貨物取扱は1984年昭和59年)までに廃止となった

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貨物取扱

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西大分駅」の記事における「貨物取扱」の解説

駅舎東南側(旅客ホーム北東側)に、JR貨物使用する1面2線のコンテナホームがある。貨物列車専用着発線はなく、上下本線外側それぞれ並行する線路はいずれ側線である。下り側の側線の1本がコンテナホームに接し荷役となっているほか、コンテナホームの外側にもう1本の頭端式荷役線がある。これらの側線には引き上げ線を介して入線する。コンテナホームはコンテナ列車編成ごと入線できる長さはなく、編成分割や、荷役作業合わせた編成移動要し、これらの作業入換動車小型ディーゼル機関車)が使用されている。2021年令和3年9月にはDB500形ディーゼル機関車5152号機が配置されそれまで入換動車置き換えられた。 駅本屋上り方の構内には2階建ての総合事務所設けられており、営業窓口であるJR貨物大分・宮営業所や、乗務員基地機能有する大分総合鉄道部入居する入換作業入換動車の運転を含む)やコンテナ積み降ろし作業は、JR貨物グループ企業ジェイアール貨物九州ロジスティクスが行う。 昭和40年代コンテナ輸送急激に伸び活況呈した当時コンテナ輸送のうち、発送貨物36,000トン)は主に住友化学薬品昭和電工ポリエチレン輸送であり、到着貨物58,000トン)は引越合板菓子類であったかつては、駅の南にある富士紡績分工場(現・フジボウテキスタイル大分工場)への専用線があった。また、東側から分岐して大分港まで伸びる貨物線大分港臨港線)も存在していた。大分港臨港線西大分駅から大分港駅まで2.0kmを結ぶ貨物線であったが、1987年撤去された。 下り方から見たコンテナホームと20t入換動車1995年4月2日駅舎下り側にある、コンテナホームの入り口画像右端プレハブ小屋入出荷の受付所。(1994年4月7日) 年度貨物取扱量推移単位:t)発送到着出典1990年平成2年162,322 94,980 1991年平成3年130,301 100,794 1992年平成4年137,994 99,809 1993年平成5年109,576 92,791 1994年平成6年91,557 87,215 1995年平成7年100,405 86,341 1996年平成8年114,877 90,233 1997年平成9年118,203 95,020 1998年平成10年117,476 82,962 1999年平成11年117,476 82,962 2000年平成12年118,794 87,851 2001年平成13年118,899 85,399 2002年平成14年113,349 81,738 2003年平成15年122,201 86,509 2004年平成16年114,232 88,848 2005年平成17年105,961 84,138 2006年平成18年95,743 80,508 2007年平成19年93,019 79,740 2008年平成20年81,022 76,464 2009年平成21年83,708 75,922 2010年平成22年90,113 78,744 2011年平成23年84,407 78,775 2012年平成24年81,801 78,049 2013年平成25年82,302 78,736

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貨物取扱

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高岡駅」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅における貨物取扱は、1986年昭和61年11月1日廃止された。 1953年昭和28年10月10日付『鉄道公報』第1254号通報専用線一覧別表掲載中、当駅接続専用線次の通りであった鐘淵紡績線(第三者使用日本通運動力国鉄機関車作業粁程:1.5粁(第1積卸場)、1.4粁(第2積卸場)、1.7粁(直通)、備考:当駅 - 二塚間より分岐荻布建材工場線(動力国鉄機関車及び手押作業粁程:0.1粁) 1967年昭和42年7月1日時点における当駅接続専用線以下の通りであった鐘淵紡績線(第三者使用日本通運動力国鉄機関車作業粁程:1.5粁、備考:当駅 - 二塚間より分岐荻布建材工場線(第三者使用岩谷産業動力国鉄機関車及び手押作業粁程:0.1粁) 1970年昭和45年10月1日時点における当駅接続専用線以下の通りであった荻布建材工場線(真荷主岩谷産業動力国鉄機関車及び手押作業粁程:0.1粁、総延長粁程:0.1粁)

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貨物取扱

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南甲府駅」の記事における「貨物取扱」の解説

かつて当駅はJR貨物の駅(国鉄時代は貨物取扱駅)で、最盛期1970年ごろは、身延線で最も貨物取扱量の多い駅であった取扱品は石炭石油飼料セメントなどで、複数専用線が当駅に接続していた。最後まで使用されていた専用線宇部三菱セメント甲府サービスステーションへ続く専用線であったが、施設移転に伴い1997年10月廃止された。それにより、当駅の貨物列車発着無くなった。 また専用線の他にも、駅舎北側1面1線の貨物ホーム存在していたが、1986年11月1日ダイヤ改正により使用されなくなり撤去された。

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貨物取扱

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猪谷駅」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅における貨物取扱は1971年昭和46年10月1日に一旦廃止されたが、その後1984年昭和59年10月18日神岡鉄道神岡線連絡車扱貨物取扱開始した。しかし、1987年昭和62年4月1日国鉄分割民営化の際に当駅は日本貨物鉄道管轄とならず以降旅客駅として営業している。 1951年昭和26年12月15日付『鉄道公報』第732通報専用線一覧について営業局)」別表によると、当駅接続専用線次の通りであった神岡鉱山線(動力手押作業粁程:0.3粁) 1953年昭和28年10月10日付『鉄道公報』第1254号通報専用線一覧別表掲載中、当駅接続専用線次の通りであった三井金属鉱業線(動力手押作業粁程:0.3粁) 北陸電力線(第三者使用日本通運動力日本通運借入機関車作業粁程:0.3粁) 1970年昭和45年10月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった北陸電力線(通運事業者:日本通運動力国鉄機関車及び手押作業粁程:0.3粁、総延長粁程:0.4粁)

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貨物取扱

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北上駅」の記事における「貨物取扱」の解説

現在、JR貨物の駅は車扱貨物臨時取扱となっており、貨物列車発着は無い。貨物設備無く専用線も当駅には接続していない。 かつては駅西口南側日本石油北上油槽所があり、そこへ至る専用線が駅から分岐していた。施設石油輸送するために、仙台北港駅から貨物列車運行されていたが、油槽所閉鎖に伴い2001年平成13年9月26日をもって廃止された。またメタノール荷役線が駅構内にあり、新潟臨海鉄道太郎代駅から輸送されメタノールタンク車からタンクローリー移しかえられ東北ユーロイド工業工場輸送されていた。この輸送2001年平成13年6月19日貨車返送最後に廃止された。 なお、国鉄分割民営化前までは、駅西口の南に隣接して車扱貨物ホームがあった。

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貨物取扱

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/13 11:26 UTC 版)

一ノ関駅」の記事における「貨物取扱」の解説

現在、JR貨物の駅は車扱貨物臨時取扱となっており、貨物列車発着は無い。貨物施設無く専用線も当駅には接続していない。 国鉄時代の、1984年2月1日に、当駅での貨物取扱は廃止されたが、民営化直前に、名目上再開された。それ以来貨物列車発着ていないまである廃止される前は、駅舎北側などに有蓋車用の車扱貨物ホーム存在していた。

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貨物取扱

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/17 04:19 UTC 版)

楡原駅」の記事における「貨物取扱」の解説

当駅における貨物取扱は、1959年昭和34年11月1日専用線発着車扱貨物限定されその後1960年昭和35年8月1日には配達取扱廃止になり、1969年昭和44年10月1日手荷物及び小荷物と共に取扱廃止された。 1951年昭和26年12月15日付『鉄道公報』第732通報専用線一覧について営業局)」別表によると、当駅接続専用線次の通りであった興国人絹パルプ線(第三者使用日本通運動力手押作業粁程:0.3粁) 日本発送電線(動力手押作業粁程:0.1粁) 1953年昭和28年10月10日付『鉄道公報』第1254号通報専用線一覧別表掲載中、当駅接続専用線次の通りであった興国人絹パルプ線(第三者使用日本通運動力手押作業粁程:0.3粁) 関西電力線(第三者使用北陸電力及び日本通運動力手押作業粁程:0.1粁) 北陸電力線(第三者使用日本通運動力手押作業粁程:0.1粁) 1967年昭和42年7月1日現在における当駅接続専用線以下の通りであった北陸電力線(二号線)(第三者使用日本通運動力国鉄機関車及び手押作業粁程:0.3粁) 日本国有鉄道貨物局が編纂した専用線一覧表 昭和45年10月1日』には当駅接続専用線記載されていない

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貨物取扱

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/17 07:56 UTC 版)

本八戸駅」の記事における「貨物取扱」の解説

JR貨物の駅は車扱貨物臨時取扱となっているが、貨物列車発着はなく、専用線接続していない。 JR貨物施設として、八戸市城下三丁目に「本八戸駅貨物扱所」がある。この本八戸駅貨物扱所は、八戸線長苗代駅 - 本八戸駅間で分岐し馬淵川沿いに500mほど北上する路線終端にある。ただし2006年6月より貨物列車発着なくなり休止されている。かつてはここへの路線本八戸駅から分岐していたが、旅客駅高架化により長苗代駅方からの分岐変更された。なお分岐点より本八戸駅構内扱いとなり、手前には場内信号機本八戸方、貨物扱所方)が設置されている。 この貨物扱所から、馬淵川沿いにさらに北上する青森県専用線存在した八戸港にあるこの路線終点から、米軍油槽所へ至る専用線分岐し三沢駅石油輸送貨物列車運行されていた。さらに以前には、出光興産新日本石油(現・JXTGエネルギー)・コスモ石油ジャパンエナジー(現・JXTGエネルギー)の八戸油槽所への専用線もあり、航路継走石油輸送拠点となっていたほか、大平洋金属八戸製作所への専用線もあった。

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貨物取扱

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/17 08:38 UTC 版)

下松駅 (山口県)」の記事における「貨物取扱」の解説

日立製作所笠戸事業所への専用線敷設されており、甲種鉄道車両輸送列車始発駅となっている。かつてはその専用線から東洋鋼鈑下松工場日本石油精製下松製油所(現・JXTGエネルギー下松事業所)への専用線分岐しており、車扱貨物廃止までは、駅構内タンク車潤滑油添加剤)・有蓋車(ブリキコイル積)の姿を見ることができた。

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