日本刀 日本刀の製法

日本刀

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/26 03:10 UTC 版)

日本刀の製法

「折れず、曲がらず、良く斬れる」の3要素を非常に高い次元で同時に実現させるため、日本刀の原材料となる鋼の製法、選定、刀剣の鍛錬には、古来から多くの刀工が工夫している。今日においては、古くから伝わる卸鉄(おろしがね。鉄材を再還元して刀剣用に供する鋼を造ること)や自家製鉄した鋼を用いる刀工もおり、日本固有の伝統技術として継承されている。

なお、中世以前の日本刀の製作方法や使用原料については史料がなく不明であり、現在の伝統的な日本刀の製作方法は江戸時代以降の記録に基づくものである[45]人間国宝(重要無形文化財保持者)の刀工であり、長年自家製鉄に取り組んでいた天田昭次は、古刀と新刀の地鉄には決定的な違いがあると言い、古刀期の作刀の原料や鍛法は判然としないとする[46]。鎌倉時代の名刀の材料や製作法については、いまだ研究途上にある[47]。江戸時代末期以来、刀工やさまざまな分野の専門家が研究を続けているが、古刀の実物から試料を取って分析することが不可能なこともあり、鎌倉期の名刀を再現するまでには至っていないといわれていた[48]。しかし2014年に河内國平が、日本美術刀剣保存協会主催の「新作名刀展」に出展した「國平河内守國助(くにひらかわちのかみくにすけ)」で、現在の原料では不可能といわれていた古刀の特徴である地紋の「乱れ映り」の再現に完全に成功し、刀剣界の最高賞と言われる「正宗賞」(太刀・刀の部門)を受賞した[注 4]。太刀・刀の部門は長らく「該当なし」であり、18年ぶりの受賞であった。これにより乱れ映りのメカニズムが解明されほぼ100%再現できるようになった。河内によると、受賞刀は一般的な作刀法で作られた刀と比べて地鉄が柔らかく、刃紋を美しく見せる芸術品ではなく武器としての強靭さを重視して焼入れの仕方を変えたことが成功に繋がったという[49][50][51]

古刀期以降の刀工が主たる原材料としてきたものは、砂鉄を原料としたたたら吹きによって製造される「玉鋼」と呼ばれる鋼である。玉鋼の名称は古来のものではなく、明治時代半ば以降に命名されたもので、もとは島根県の安来製鋼所で製造し、陸軍、海軍に坩堝の材料として納入していた鋼の商品名であった[52][53]。分析から、鋼の質については鎌倉時代を頂点にそれ以降低下し始めるという現象が起こっており、一因としてどこかで鋼を作る製法に変化があった可能性について述べられることもある[54]。上古刀に関しては、鉱石系箱形炉という鉄鉱石を原材料にした小型の炉が用いられていたことが判明している。以下の説明は、現代刀工によって行われている一般的な製作方法である[55]

質の高い鋼の作成

たたら吹き
日本刀の材料となる和鋼(わこう)もしくは玉鋼(たまはがね)と呼ぶ。玉鋼は日本独自の製鋼法である「たたら吹き」で造られる。諸外国の鉄鉱石を原料とする製鋼法とは異なり、原料に砂鉄を用いることで低温で高速還元を実現し、さらには近代的な製鋼法に比べて不純物の少ない砂鉄を原料として使うため、良質のを得ることができる[56]
水減し
熱した玉鋼を鎚(つち)で叩き、薄い扁平な板をつくる。これを水に入れて急冷すると、余分な炭素が入っている部分が剥落ちる。これを「水減し」または「水圧し(みずへし)」という。ここまでがへし作業と呼ばれる地金づくりである。
積沸かし
この焼きを入れて硬くした塊はへし金(へしがね)と呼ばれ、鎚で叩いて小さな鉄片に砕く。その破片の中から炭素分の多い硬い鉄と少ない軟らかい鉄に分け、これらの鉄片を別々に「てこ」と呼ばれる鍛錬用の道具の先に積み上げて和紙でくるむ。周囲に藁灰を付けさらに粘土汁をかけて火床(ほど)に入れ表面の粘土が溶けるくらい加熱する。藁灰(プラント・オパール由来の珪酸分)と粘土の珪酸分が加熱によってガラス様に熔解して鋼の接着面の表面を覆い、鉄の酸化皮膜酸化鉄(II)および酸化鉄(II,III))形成を阻害することで鋼の焼減りすることを防ぐ(※溶けた珪酸による酸化皮膜防止は同様の現象を利用して後述の鍛接の際に鋼の圧着にも用いられる。またいずれの鍛接の際にも融けたガラス状になった珪酸分は叩き出されて鋼の外に飛び散り、鋼間の結晶同士は圧着される)。小槌で叩いて6×9cmくらいに固める。鉄片が足りなければ、さらに積み上げ加熱して小槌で叩いて成形し所要の1.8-2.0kg程度の量にする。以上が「積沸かし」の工程である。玉鋼以外に炭素量の多い銑鉄と包丁鉄と呼ばれる純鉄も積沸かしと次の下鍛えの作業を行なう。
鍛錬(下鍛え)
赤熱したブロックを鎚(つち)で叩き伸ばしては中央に折り目を入れて折り重ねる「折り返し鍛練」を縦横方向で繰り返し行う。ちなみに刀匠(横座)と弟子(先手)が交互に刀身を鎚で叩いていく「向こう槌」が「相槌を打つ」という言葉の語源となった。この段階では5-6回程度の折り返しが行なわれる。

鋼の組合せ

積沸かし
玉鋼、銑鉄、包丁鉄の3種類の下鍛えが済めば再び小槌で叩いて鉄片にし、それぞれの鋼の配合が適切になるように選んで、1回目の積沸かしと同じく積み上げて溶かし固める。この段階で含有炭素量が異なる心金(しんがね)、棟金(むねがね)、刃金(はのかね)、側金(がわがね)の4種類の鋼に作り分けられる。
鍛錬(上鍛え)
心金で7回、棟金で9回、刃金では15回、側金では12回程度の折り返しが行なわれる。叩き延ばした鋼を折り返しながら鍛錬を重ねることで、硫黄などの不純物や余分な炭素、非金属介在物を追い出し、数千層にも及ぶ均質で強靭な鋼へと仕上がっていく。
鍛接と沸延べ
日本刀の鋼の構成と各部名称(四方詰鍛えの断面)
造込みには他にも、本三枚鍛え、捲り鍛え、甲伏せ鍛え、無垢鍛えがある。(参考画像(英語)
下鍛えと2回目の積沸かし、上鍛えによって心金、棟金、刃金、側金の4種類の鋼が得られた後、棟金、心金、刃金の3層を鍛接して厚さ20mm、幅40mm、長さ90mm程の材料が4個取れるくらいに打ち伸ばして4つに切り離す。これは「芯金」と呼ばれる。側金も加熱され長さが芯金の倍になるくらいに叩き伸ばされ中央から切り離されて、芯金と同じ長さの側金が2本作られる。
(四方詰鍛えの造込みでは、)側金、芯金、側金の順で重ねられ、沸かして鍛接されて、厚さ15mm、幅30mm、長さ500-600mm程度に打ち伸ばされる。「てこ」が切り離されて、刀の握り部分になる「(なかご)」が沸かされ鍛接される。
素延べ
刀の形に打ち延ばす「素延べ(すのべ)」を行い、先端を3角に切り落とすがそのままでは刃先側に棟金や心金が現れるため、とがった先を背の側に打ち曲げて硬い刃金だけが刃の側に来るようにする[57]。ここでの姿が最終的な日本刀の完成形を決めるため、慎重に小槌で叩き形を整えていく。
火造り
刀身の棟は三角になるように叩いて、刃の側(平地)は薄くなるように叩き延ばす。茎の棟を叩いて丸みを付け、最後に「鎬地(しのぎち)」を叩いて姿を整える。刀身全体をあずき色まで低く加熱し除冷する。
空締め
冷えてから表面の黒い汚れを荒砥石で砥ぎ落とし、平地と鎬地を小槌で叩いて冷間加工を行なう。棟と刃の直線を修正して、銛(せん:銑とも)と呼ばれる鉄を削る押切りの刃のような大振りの手押しかんなで凹凸を削る。この段階で「刃渡り」と「区(まち)」が定まる。
生砥ぎ
かんなの削り跡を砥石で砥ぎ落とす「生砥ぎ(なまとぎ)」を行なう。その後、水を含む藁灰で油脂分を落とし乾燥させる。

温度管理

土置き
加熱した刀身を水などで急激に冷やす「焼入れ」の準備として、平地用、刃紋用(刃文用)、鎬地用の3種類の焼場土(やきばつち)を刀身に盛る「土置き」を行なう。一般的には平地に平地用の焼場土を均一に薄く塗り、刃紋に筆で刃紋用焼場土を描く。最後に刃紋から棟までを鎬地用焼場土を厚く盛る。鎬地の焼場土を厚くすることで、焼入れでの急冷時に刃側はすばやく冷やされ十分に焼きが入り、棟の側は比較的緩慢に冷えるために焼きはそれほど入らなくなる。逆に刃紋の部分だけに土を置き、土を置いた部分の気泡の発生を抑えて刃先だけを急冷し、しのぎの部分は自然発生する気泡で緩慢に冷却する方法や、全く土を置かずに刃の薄くなった部分が先に冷えること利用した焼き入れの仕方なども存在する。焼きによって容積が膨張しながら硬くなり、日本刀独特の刃側が出っ張った湾曲を生む。棟の側は膨張が少なく硬度より靭性に富んだ鋼となり硬いが脆い刃側の鋼を支える機能を担う。
焼入れ
通常、刀匠は焼入れの時には作業場の照明を暗くして、鋼の温度をその光加減で判断する。土置きした刀身を火床に深く入れ、先から元まで全体をむらなく800℃程度にまで加熱する。加熱の温度は最も重要であり、細心の注意を払って最適の加熱状態を見極め、一気に刀身を水槽に沈め急冷する。刀身は前述の通り水の中で反りを生じ、十分な冷却の後に引き上げられ、荒砥石で研がれ焼刃が確認される。槍や剣などの諸刃の形状の場合は田楽炉という全体が均等に加熱できる専用の火床を用いる。
焼入れにより、刀の表面にはマルテンサイトと呼ばれる非常に固い組織が現れる。マルテンサイトの入り方によって、肉眼で地鉄の表面に刃文が丸い粒子状に見えるものを錵(にえ)または沸(にえ)と呼び、1つ1つの粒子が見分けられず細かい白い線状に見えるものを匂(におい)と区別する。

ちなみに冷却水の温度は摂氏10度から30度程度、油の場合は60度から80度程度である。

他の刃物類では、水以外にも油などで焼きを入れることあり、日本刀の場合では戦中の軍刀などで行われたが、現在では油で日本刀に焼きを入れることは少ないと思われる。油で焼きを入れると急冷しないため刃切れなどの失敗は少ないが、水焼きよりも柔軟性のある鋼組織となる場合が多い。また、匂い出来となることが殆どである。ただしこれは焼き入れの技術に大きく左右される問題で、冷却剤の撹拌度合いによっては、油焼きで水焼きよりも硬く焼く事は可能である。斬れ味は別(居合道を別とすれば現代社会で刃物として使う機会は無いに等しい)としても、油焼きは刃紋に冴えを出せず美術工芸品を志向する現代刀には不向きだとされている[58]。なお、文部科学省の定める現代日本刀の定義は水焼きであるので、油焼きは銃刀法違法となる。
合い取り

これは焼戻しの工程で、炉の火の上で時間をかけて刀身を150度程度に熱する。これにより焼入れにより組成変化した鋼を安定化させ、靭性などが強化され刃こぼれなどの防止に役立つ。反りは横方向にも少し生じるので木の台で小槌を使い修正する。なかごも焼きなまして形を整える。

場合によってはこの後、熱した銅の塊で刀身をはさみ、棟焼きを取るなどの作業をする場合もある。

仕上げ

鍛冶押し(かじおし)
焼き入れを終了させた刀の反り具合を修正し、刀工が荒削りをする。この時に細かな疵や、肉の付き具合、地刃の姿を確かめながら最終的な調整を行う。
茎仕立て
茎(なかご)は銑ややすりで形を整え、柄(つか)をはめる時に使用する目釘穴を普通は1つ、幕末期の一部の刀や一部の槍や居合用の刀の場合2つ以上開ける。この後に刀工独自の鑢目(やすりめ、滑り止め目的)を加える。
樋掻き
樋(ひ)をいれる物はここで入れる。
下地研(したじとぎ)
地金と刃紋を主に砥石で研ぐ。
銘切り
刀工は最後に鑿(たがね)を使い、自らの名前や居住地、制作年などを茎に銘を切る。一般的に表(太刀や刀を身に付けた際、外側になる面)に刀工名や居住地を切り、裏に制作年や所持者名などを切ることが多いが、裏銘や無銘など例外もある。
仕上研(しあげとぎ)
地金と刃紋を研ぎ、磨き棒で鏡面加工する。帽子を「なるめ」加工する。

刀工が行う一通りの作業が終わり、これからは研師により最終的な研ぎを行うが、室町時代以前は刀工自ら研磨も行っていたといわれる。日本刀研磨で、他の刃物砥ぎと大きく相異する点としては、刃物としての切れ味を前提としつつ、工芸品としての日本刀の美的要素を引き出すことを主眼としている点、刃部のみで無く、刀身全体に砥ぎを施すことなどがあげられる。鞘師によりその刀に見合ったを作成することになる。日本刀は刀工だけが造るものではなく、研師や鞘師、塗師、蒔絵師、金工師、白銀師などの職人によって初めて完成するものである[59]。それぞれの職人は、大きく以下の部分を担当する。

  • 刀工(とうこう):刀身を作る。「刀匠」、「刀鍛冶」とも呼ばれる。
  • 研師(とぎし):刀身の研ぎを行う。
  • 鞘師(さやし):鞘の作成を行う。
  • 白銀師(しろがねし):はばきや鍔などの金属部分を作成する。
  • 柄巻師(つかまきし):柄部分に紐を巻く。
  • 塗師(ぬりし)、蒔絵師(まきえし)、金工師(きんこうし):鞘や鍔などに装飾を施す。

注釈

  1. ^ 稀に奉納用の刀などで目釘孔がないものがあるほか、特に脇差短刀では平造りや菖蒲造りなども多い。
  2. ^ 刀剣メーカーのコールドスチールなどが製造している。
  3. ^ 日本最古といわれる観智院本。「後鳥羽院御字被召抜鍛冶十二月結番次第」という記述がある[20]
  4. ^ 正宗賞の受賞刀の解説文によると「均整のとれた力強い太刀姿や現代丁子とは明らかに異なる焼刃の古色さもさることながら、その映りである。備前伝を手掛ける多くの刀匠にとっては刃文と共に地鉄、ひいては乱れ映りの再現が長年の課題であったが、本作では随所に現れた地斑状の暗帯部によって乱れ映りが明瞭に形成され、古作に近い雰囲気を湛えるのに見事成功している。このことから映りの解明に向けて大きく前進したことは間違いなく、一つの到達点に達したと言え、革新的な功績として今回の受賞は称えられるべきである」としている(『刀剣美術』、平成26年6月号より)。
  5. ^ 『実戦刀譚』の著者である成瀬関次は、柄に使われる木材は朴が最も多く、その中でもくるいの少ない板目・柾目のしっかりしたモノを使うべきであり、若木、樹皮に近い部分、節目、逆目、木取の都合で斜になったモノは使ってはならないとしている。
  6. ^ 二つ纏めて縁頭とも呼ばれる。
  7. ^ 山本七平は「自身の経験に照らして日本刀で斬れるのは高々3人である」としている(『私の中の日本軍』より)

出典

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  132. ^ 汪楠. “「50人を土下座させ、1人ずつ木刀で腕、指、歯を折る。そして橋から…」半グレ集団「怒羅権」元幹部が語る喧嘩の作法”. 文春オンライン. 2021年4月7日閲覧。
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