日本刀 日本刀の研磨

日本刀

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/26 03:10 UTC 版)

日本刀の研磨

日本では活発な造山運動により人力で採掘可能な深さに良質な砥石となる堆積物を含む地層があるため、硬度の高い刃物を製作する事が可能になり、日本刀と研磨技術の発展を支えた。

各部名称

各部の名称

日本刀は、まず本体である刀身とその外装品である拵え(こしらえ)に分けられ、拵えは(さや)、(つか)、(鐔、つば)の各部におおまかに分けられる。外装品の各部位である刀装具のおおまかな位置と形状は右図を参照。特に江戸時代からは漆工や金工の工芸技術の発達とともに加飾化が進み、刀身には豪華な彫り物が施され、鞘には蒔絵が施され、刀装具のうち特に目貫、小柄の3点セットの金具は「三所物(みところもの)」と呼ばれて揃いの意匠で飾られ、ますます精緻な細工が施されるようになった[60]

  1. 柄頭(つかがしら)/頭(かしら)
  2. 鮫肌(さめはだ)
  3. 柄糸(つかいと)/柄巻(つかまき)
  4. 目釘(めくぎ)
  5. (なかご)
  6. (つか)
  7. 目貫(めぬき)
  8. 縁(ふち)
  9. (鐔、つば)
  10. 切羽(せっぱ)
  11. ハバキ
  12. 棟(むね)/峰(みね)/背(せ)
  13. 刃文(はもん)
  14. (ひ)/棒樋(ぼうひ)
  15. 長さ(ながさ)
  16. 反り(そり)
  17. 鎬(しのぎ)
  18. 鎬地(しのぎじ)
  19. 地(じ)/平地(ひらじ)
  20. (は)
  21. 横手(よこて)
  22. 切先/鋒(きっさき)
  23. 頭金(かしらがね)
  24. 巻止(まきどめ)
  25. 鯉口(こいぐち)
  26. 栗形(くりがた)
  27. 鵐目(しとどめ)
  28. 下緒(さげお)
  29. (さや)
  30. 小尻/鐺(こじり)
  31. ものうち
  32. 刃先(はさき)
  33. 帽子(ぼうし)

刀身

日本刀の多くは片刃であり、のない側は棟(むね)または峰(みね)、また刃と棟の間の膨らんだ部分を鎬(しのぎ)と呼ぶ。鎬地と棟の間には樋(ひ)と呼ばれる溝が両面にそれぞれ1本または2本掘られるものがある。重量軽減しながら極力強度を保つ工夫であるが、実際は鎬地の傷隠しのために後世になってから彫るものが圧倒的に多い。また、鎬を高く棟を卸した作り込みが大和伝の特徴(棟を盗むという)で、これも樋と同じ目的となっている。大和伝以外では、戦国期に長船與三左衛門祐定和泉守兼定が棟を盗む造りの名人であり、実用刀として珍重された。

刀身のうち(つか)に収まる部分を(なかご)、茎を柄に固定する棒状のものを目釘、それを通す孔を目釘孔(めくぎあな)と呼ぶ。茎には鋼の平鑢(ひらやすり)を丁寧にかけ(鑢目の種類は後述)、刃区(はまち)、棟区(むねまち)を整える。茎棟には流儀によって丸棟(まるむね)、角棟(かくむね)がある。さらに茎の尻を鑢で仕上げ、最後に目釘孔を設け(めい。金属に刻まれた製作者の名)を切る。古来、茎の鑢がけは柄から抜けにくくするためとされたが、江戸時代においては美観と贋物防止が目的となる。

一般的に日本刀を鑑賞するときには、刃文と地鉄に注目することが多い。刃文を構成する匂い口の様子や刃中の働き、鍛錬して鍛えた地鉄中の働き、鉄色の冴えを見る。さらに深く鑑賞、もしくは鑑定する場合は、茎を手に持ち垂直に立て、まず姿を見、作刀時代の検討をつける。続いて、各々の時代特色が刀身に現れているか鉄色、匂口の雰囲気、そして特に切先である帽子の出来から観察し、鑑賞する。最後に茎の具合を手のひらの感触、錆の具合、目釘孔の状態、鑢目、茎尻、茎棟の仕上げ状態、そして銘があれば銘を鏨切りの方向からも観察し、文字通り撫で回すように鑑賞する[61]

海老の装飾をほどこした小尻

(さや)は、刀身に擦り傷が付かないように軟質な(ほお)の木を、加工後の反りを防ぐために10年以上寝かして使う。刀身を差し入れる方を「鯉口」(こいくち)、逆の側を「小尻」または「鐺」(こじり)と呼ぶ。鐺の端には鐺金具と呼ばれる保護具が付くことがある。腰に刀を差したとき、鞘の体に接する側を「差裏」(さしうら)、外に面した側を「差表」(さしおもて)と呼ぶ[62]。差表の腰にくるあたりには角や金属製の「栗形」(くりがた)と呼ばれる装置があり、ここに下緒(さげお)を通して帯からの脱落を防止する。また栗形の鐺よりには「返り角」(かえりづの)、「逆角」(さかづの)、「折金」(おりがね)と呼ばれる突起部品が付けられる場合もあり、刀身を抜く時に鞘ごと抜けないようにこの部分を帯に引っ掛ける。さらに「」(こうがい)という、整髪などに使う小さなへら状の装身具を収納するために、主に鞘の鯉口近くの指表に「笄櫃」(こうがいびつ)と呼ばれる溝が設けられることもある[59]

鞘は塗り加工などが行なわれて完成すると、内部の汚れは容易に除けなくなる。これを避けるために鞘の内部に別の小さな鞘を入れた「入子鞘」(いりこざや)と呼ばれるものがあり、2枚に分割可能な構造をしている。

親指を鍔にかけて鞘から少し押し出す所作を「鯉口を切る」という。

(つか)は(なかご)を包みこみ、使用者の握りを確かなものにするために重要な役割を持つ部分である。多くは木製[注 5] で、その上に鮫皮を張り柄巻きと呼ばれる帯状の紐(黒が一番多い)を巻く。

柄と刀身を貫いて固定するための小片を目釘、通すための穴を目釘孔と呼ぶ。目釘は古来は金属製であったが、後世では主に煤竹という燻上した肉厚のが用いられる。目釘には真竹の根本から三寸ほど上の部分が最適であり、さらに100年以上寝かせたものが最適であると言われている。また、目貫(元来は目釘の役目をしていた)という装飾がつけられる。さらに、柄の一番先頭である鐔の後ろの部分が縁、一番手元に来る部分は柄頭と呼ばれ[注 6]、装飾と実用を兼ねた金属が付けられることも多い。

鍔(鐔)

刀の鍔

日本刀は刀身と拵え(こしらえ=外装品)を別々に分けることができるが、ハバキや切羽(せっぱ=鍔に添える金具)などでは刀身に固定されている。 尚、刀身を通す中心穴(なかごあな)の他に櫃と小柄櫃の二穴が開いているのが大刀の、小柄櫃のみの一穴のみ開いているのが小刀の鍔である。

日本刀の種類

形状による分類

形状による分類
(けん、つるぎ)
外国からの影響を受けず日本古来の型もこれ。刀身に反りがなく、切っ先から刃区および棟区まで完全に両刃となっている造りのもの。実用とされていたのは古墳時代の頃までであるが、装飾用もしくは儀礼用、仏教法具としてその後の時代でも作刀されている(数は少ないが現代物も存在する)。
なお、現行の銃刀法では「剣」として登録できるものは、日本の刀剣として古来から伝来が確かなもの、もしくは日本で玉鋼を用いて古式に則り作刀されたものに限られており、国外で製作された剣(例えば、中世ヨーロッパ製のブロードソード)は「剣」として登録できず、それらを日本国内で個人が合法的に所持することは基本的に不可能である。
直刀(ちょくとう)
大刀(たち)」とも呼ばれる反りのない刀身の作りで、奈良時代頃までの「刀」とはこれを指す。平造りもしくは切刃造りが一般的だが、刀身の先端もしくは刀身の半ばまで両刃となっているものも多くある。前述のように刀身には反りがつかないが僅かに内反りとなっているものも存在する。
直刀に対し平安時代から一般的となった刀身に反りのある刀を「彎刀(わんとう、まがりがたな)」と呼ぶ。
小烏丸太刀(こがらすまる たち)
鋒両刃造(きっさきもろはづくり、ほうりょうじんづくり)と呼ばれる刀身の造りで、皇室に伝来した際の逸話から特に「小烏丸作り」と呼ばれる。刃区から物打辺りまで鎬造り(しのぎづくり)であるが、切先から刀身の半ばほどまでが両刃となっている。反りは緩やかで浅い。直刀から彎刀への過渡期の存在と見られ、日本刀の変遷を示す例とされる。
毛抜形太刀(けぬきがた たち)
(なかご)が(つか)の役割を兼ねている太刀。柄に茎を差し込んで目釘で固定する一般的な日本刀とは違い、茎部分に装飾を施して直接「柄」として用いる。名の由来は、柄に毛抜型の透かしが施されていることによる。直刀から彎刀への過渡期に存在したもので、蝦夷の用いていた蕨手刀の影響を受けていると考えられている。
太刀(たち)
戦国時代頃までの一般的な刀。「打刀」は刃を上にし帯に差して携行するのに対し、太刀は刃を下にして吊るして携行する(これを「佩く(はく)」と呼ぶ)、それに伴い拵(外装)も異なる。また、打刀と比べると刀身の反りが深いものが多い。また、打刀はあまり刀身の幅に変化がないのに対して、太刀は鍔元は太く切先は細いという形状が多く見られる。なお、現代の分類では刃長60cm以上のものを指し、60cm未満のものは「太刀」として造られたものでも「脇差」と呼ぶ。
大太刀(おおだち、おおたち)
長大な刀身を持つ刀。野太刀とも呼ばれる。現代の分類では、刃長が90cm以上のものを指す。腰に差す(佩く)には長すぎるため、背負うか担ぐかして携帯された。通常のように立ち会いで使うものではなく、合戦の際に馬上から下にいる足軽などを叩き斬るために使われ、刃の半ほどまで紐や布を巻いて薙刀のように使う例もあったと伝わる。徒歩での戦いで使うこともあった。また、神社仏閣への奉納用としても用いられた。
小太刀(こだち)
刀身の短い太刀。現代の分類では「脇差」との区別は特にされておらず、刃長30cm以上60cm未満のもので刃を下にして佩く刀剣を指すが、古来は2尺(60.06cm)前後の全長の短い太刀のことをこう呼んだ。「小太刀」という呼称、定義については諸説あり、現在でもはっきりとは定まっていない。
刺刀
鎌倉時代、徒歩の兵士たちの主要武器が薙刀であった頃に、薙刀が使えなくなった時に用いられた刀。役割的には脇差と同じであるが脇差しより反りが少ないか内反りのものである。刺突に重点をおいた小武器で、やがて長くなり打刀へと発展する。また刺殺武器としての刺刀は、反りがなく重ねが厚い(刀身の断面形状が厚い)鎧通しに発展した。
打刀(うちがたな、うちかたな)
室町時代頃から登場した、太刀よりも反りの少ない刀身を持ち、刃を上にし帯に差して携行する刀。江戸時代以降一般的な「刀」となる。現代の日本では、単純に「刀」や「日本刀」と言った場合、打刀を指すことが多い。現代の分類では、切っ先から棟区までの直線で測った長さ(「刃長」)が60cm以上のものを指し、60cm未満のものは「脇差」と呼ぶ[63]
脇差(わきざし)
刀身の短い打刀、または太刀。現代の分類では、脇差は刃長30cm以上60cm未満のものを指す。江戸時代には長さに応じて大脇差(17前後)、中脇差(1尺4寸前後)、小脇差、もしくは喰出し(はみだし)(1尺2寸未満)の言葉があてられた。
短刀(たんとう)
元々は全長1尺‐1尺2寸(約30-36cm)以下の刀で、現代の分類では、刃長30cm未満のものをいう[64]。「合口」や「匕首(あいくち)」も短刀の別名である。刃長が1尺(約30cm)以上あるが、反りがほとんどなく、鎬のない平造りの刀身形状を持ものは「寸延短刀(すんのびたんとう)」と呼ばれ、現代の分類でも「短刀」に分類されることが多い。
鎧通し(よろいどおし)
身幅が狭く重ねが極端に厚く、寸の短い刃長7寸(約21cm)前後で身幅7(約2.1cm)前後の短刀で、組討ち時にとっさに抜きの隙間を狙うためのもの。合戦では右腰に指すことから「馬手指し(めてざし)」とも呼ばれる。古来から有名なのが粟田口藤四郎吉光の名物「厚(あつし)藤四郎」東京国立博物館蔵、国宝)で、重ねは約1.1cm。尾張徳川家伝来徳川美術館収蔵の室町期の平安城長吉の作は重ねが約1.7cm。両者とも刃長は7寸前後だが、茎が長く、4寸前後あり、柄なしでも握りやすい肉置きとなっているのが特徴である。新々刀期に入ると時代情勢を反映してか重ねの厚い短刀が再出現するが、古作の如く、全体の姿が手馴れていないが、源清麿が鍛えた左文字写しの作は同時代を代表する鎧通し造りと言われている。鎧通しは広く知られている割に、重ねの定義も様々で、重ねが3分以上ある短刀ですら遺作が少ない。時代の姿およびその刀工の一般的な作風から逸脱する傾向があるため、刀工鑑定が困難である。また、入念作であるが元来無銘の鎧通しの名品もあり、基本的に一騎討ちを行う侍大将クラスの特注品だったと考えられる。
長巻(ながまき)
ほぼ刀身と同じ長さの柄を持つ大太刀。大太刀の柄を延長して取り回し易くした「中巻き」から発展したもの。長巻と中巻きの違いは、最初から茎を長く作ってあるか、通常の茎の長さの大太刀の柄を延長して長くしたものか、の違い。正倉院の収蔵品に原型らしき長柄武器が残されている。
長巻直し
長巻を基にして刀に造り変えたもの。基となったものをどう造り変えたかにより刃渡り3尺(約90cm)の「大太刀」から2尺(約60cm)以下の「脇差」まで様々なものがあるが、基となった長巻の刀身形状から、先反りから中反りで「鵜の首造り」もしくは「冠落造り」の刀身形状になっているものが多い。また、鎬造りの刀の如く、横手を引き、切先をナルメて帽子を作ってあるのが特徴である。
薙刀(なぎなた)
切ることを主たる攻撃方法とする刀に対して、薙刀は薙ぎ払うことを目的とした武器である[64]。打刀や太刀の様に湾曲した刀身を持つ、長柄の武器。「長刀(ながなた)」とも表記される。
薙刀直し
薙刀を基にして刀に造り変えたもの。薙刀の刀身形状から、先反りで「鵜の首造り」もしくは「菖蒲造り」の刀身形状になっているものが多い。薙刀は刀や太刀に比べると刃渡りが比較的短いため、茎を切り詰めて脇差や短刀に仕立てたものが多い。横手は引かず、帽子は作らない。
長巻や薙刀を造り変えて「刀」としたものではなく、作刀時から長巻直しもしくは薙刀直しであるかのような形状として造られた刀もあり、それらは「長巻直し造り(ながまきなおしつくり)」「薙刀直し造り(なぎなたなおしつくり)」と呼ばれる。これらは新々刀期に見られる。
仕込み刀(しこみがたな)
様々なものに刀身を仕込み、刀であることを偽装した隠し武器。主に煙管扇子といった日用品などに偽装したものと、他の武器に小さな刀身を仕込み二段構えの武器としたものの2種類がある。
外装をに模したものは特に「仕込杖」と呼ばれる。

時代による分類

上古刀[2]
通常日本刀の分類に入らない、古刀以前の刀をさす。直刀が主であるが、大刀などにはそりが見られるものがある。
古刀
狭義の日本刀が制作されてから、慶長1596-1615年)以前の日本刀をさす。室町中期以前は、太刀が主である。
末古刀
室町時代末期、応永以降の概ね戦国時代頃の古刀を、「末古刀」と呼び、区別することがある。「数打ち」の粗製濫造品が多い。
新古境
安土桃山時代 - 江戸最初期頃の、古刀から新刀への過渡期をこう呼んで区別することがある。慶長 - 元和の頭文字を取り、「慶元新刀」とも呼ばれる。
新刀
慶長以降の刀をさす。この時期の日本刀は、さらに「慶長新刀」「寛文新刀」「元禄新刀」に分類される。
新々刀[2]
水心子正秀が提唱した古刀の鍛錬法」を用い制作された刀などの諸説あるが、新刀の内でも明和年間(1764-1772年)以降の日本刀をさす。
幕末刀
新々刀の内でも幕末頃に作成されたもの。
復古刀
江戸時代後期に鎌倉時代などの古名刀を手本として製作されたもの[59]
現代刀
これも諸説あるが明治9年(1876年)の廃刀令以降に作刀された刀剣をさすことが多い。
昭和刀
主に軍刀向けとして作られた刀をさす。美術刀剣としての日本刀の分類から除外されることが多いが、昭和に製作された刀の全てを指すわけではない。製法は様々であるが、本鍛錬刀でないものは原則的に教育委員会の登録審査に通らず、公安委員会の所持許可が必要となる。しかしながら、必ずしも厳密なものではなく明らかに鍛錬刀とは見られない特殊刀身であっても登録が通っているものや、特例として戦後間もなくは遺品などとして登録証の交付を受けているものも数多くある。

刀工流派による分類

大和伝
山城伝
備前伝
相州伝
美濃伝

斬れ味による分類

刀剣の大業物(おおわざもの)業物(わざもの)という表現は、切れ味による分類である。文化12年(1815年)、公儀介錯人の山田浅右衛門が多数の刀を集めて試し斬りを行い、切れ味により刀工ごとに刀を最上大業物、大業物、良業物、業物に分類し、結果を『懐宝剣尺』という書物にまとめて公表した。詳細は刀剣の業物一覧を参照。

造り込みの分類

造り込みによる分類
鎬造り(本造り)
ほとんどの日本刀はこの造り込みで作られている。上記の写真もこの造り込みである。切刃造りが進化してできたと思われる。
平造り
短刀や小脇差によくある造り込み[65]。鎬がないもの[65]古墳時代奈良時代に作られた反りがない直刀は平造りになっており上古刀と呼ばれる[65]。鎌倉中期の刀工、粟田口国吉の「鳴狐」と号のある打刀が著名である。国宝に指定されている、春日大社の菱作腰刀の刀身は、焼き直しであるが、鎌倉時代をくだらない古作の打刀として知られる。平造りの打刀も室町時代中期から末期の間にごく少数見られる。
片鎬造り
片面が鎬造り、片面が平造りでできている。南北朝期の濃州鍛冶、兼氏の重要文化財指定の刀が遺作として著名である。
切刃造り、片切刃造り
鎬線がより刃先の方にある造り込み[65]。上古刀期から見られる[65]。南北朝期においては、貞宗の作と伝えられている名物の「切刃貞宗」が有名で、同時代前後の刀工に見られる造り(主に短刀)である。以来、慶長年間においては新刀の祖と言われる埋忠明寿を始めとし、特に越前康継の切刃貞宗写しは多数作られている。また、幕末において、各国の刀工に写し物が見られる。
切先双刃造り・鋒双刃造り・切先両刃造り・鋒両刃造り(きっさきもろはづくり)、小烏造り(こからすづくり)
切先に近い部分のみが、剣のように両刃になっているもの[66]。特に、小烏造りは刀身の2分の1以上が両刃になった擬似刀と呼ばれるの造りを指す。現存する刀では小烏丸がこの造り込みでできている。新々刀期の刀工、明治期の刀工が写しを作刀している。
菖蒲造り(しょうぶづくり)
鎬造りに横手を取り除いた形の造り込み[66]。形状が菖蒲の葉に酷似しているのが、この名前の由来である。この造り込みは鎌倉時代中期から始まり、主に脇指や短刀に見られるが[66]、室町時代中期から末期の間に備前鍛冶や美濃鍛冶にたまに2尺を越えた打刀が見られる。
鵜の首造り(うのくびづくり)
鋒から少し下だったところから途中まで、棟の側肉が落とされているもの。の首のように細くなっていることが、この名前の由来である。
冠落造り(かんむりおとしづくり)
鋒に向かって棟の側肉が落とされているもの。一般的に薙刀樋を付けたものが多く、短刀によく見られる。
両刃造り(もろはづくり)
鎬を境にして双方に刃が付いており、鋒が上に向いているもの[66]。室町時代中期以後の短刀に見られる[66]。7寸前後の懐刀が多く、まれに両刃造りの長刀も存在するが、両者とも直ぐに廃れた。古刀期では末備前の勝光・宗光兄弟の作が比較的多く現存し、新々刀期においては各地で見られる。
おそらく造り
横手の位置が通常の鎬造りと違い大きく茎の方によっており、鋒が刀身の半分から3分の2を占めているもの[66]。短刀や脇差に見られる[66]。この名称の発端については諸説あり、室町末期の刀工、島田助宗の短刀にこの造りがあり[66]、その刀身に「おそらく」(恐ろしきものという意味)と彫ってあったのでこの名がついたと言う説が主流だが[66]、「恐らく他に存在するまい」という意味である、という説もある。
鋸刃造り(のこばづくり、のこぎりばづくり)
峰の部分がになっているもの。船上で刀として使う他にもやい綱などの船具を切るための道具として用いられたもので、阿波水軍で多く用いられた。阿波国の郷土刀である「海部刀」にはこの鋸刃造りの刀身を持つ脇差や短刀が多くあり、現在でも幾振りが現存している。

反りの種類

一般的に時代が降るにつれ、腰から先へ反りの中心が移動していく傾向になっている[67]

腰反り(こしぞり)
反りの中心が鋒と棟区の中心より下の方に位置するもの[67]焼き入れの関係上、鎬造りの刀には必ず腰反りがつく。棟側にあたかも倒れるような腰反りは平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての太刀に見られる。
中反り(なかぞり)、鳥居反り(とりいぞり)
反りの中心が鋒と棟区のほぼ中心に位置するもので、鳥居の笠木から由来する[67]。鎌倉時代中期頃の山城伝、大和伝に見られる。
先反り(さきぞり)
物打ち付近から切先にかけて反りのついた姿を「先反りがつく」と表現する[67]。室町時代以降の片手打ちの刀[67]、また、五箇伝から外れた刀工の刀に見られる。
内反り(うちぞり)
一般的に棟に向かって反るものだが、その逆で刃に向かって反っているものをいう[67]。鎌倉時代の短刀・正倉院宝物の「刀子(とうす)」に見られる。然しながら短刀の場合、度々の日本刀研磨によって重ねの薄い切先部分のほうから研ぎ減り、内反りになることは知られており、むしろ内反りがつかない短刀程健全と言い得る。
踏ん張り(ふんばり)
厳密には反りではないが、反りを語る上で同時に用いられる表現なので記す。刃区(はまち)、棟区(むねまち)から2寸ほどの間で、刃、棟とも末広がりのような形状をしているもので(鎬地が緩やかに広くなる)、あたかも人が両足で踏ん張って立っている様子に似ていることから「踏ん張り」がある、と表現する。特に棟側の踏ん張りは重要で、研磨の際、損ないやすい。「踏ん張り」は、区送り(まちおくり)、磨上、度重なる研磨で失われるため、「踏ん張り」のある刀は見た目的にも安定感があるだけでなく保存状態が良い。生ぶ茎にのみ見られる。ハバキの収まりも良い。

鑢目の種類

鑢目と茎の形状の種類

鑢目(やすりめ)は柄から刀身を抜けにくくするために施される。国、時代、流派により使われる鑢目が違い、更に当時の鑢は刀工の手作りで一本づつヤスリの目が異なるため、日本刀の鑑定で流派や個人の判別によく用いられる。

  • 切り(横、一文字)
  • 勝手下り
  • 勝手上り
    • 左利きの刀鍛冶に特徴的な鑢目であるため、鑑定では大きなポイントになる。
  • 筋違
  • 大筋違
  • 逆大筋違
  • 鷹の羽(羊歯)
  • 檜垣
  • 化粧鑢
    • 上記各鑢目に組み合わされる装飾である。新刀期の後半以降に見られるため、時代判別の際のポイントになる。
  • ならし(鏟)鑢

鋩子の種類

鋩子の種類
  • 小丸(こまる)
  • 小丸上がり
  • 小丸下がり
  • 一文字返り
  • 横手上刃細し
  • 大丸(おおまる)
  • 焼き詰め
  • 掃きかけ
  • 乱れ込み
  • 丁字乱れ込み
  • 地蔵
  • 火炎
  • 一枚
  • 沸崩れ
  • 湾れ込み
  • 突き上げ

切先の種類

切っ先による分類
  • かます切先
  • 小切先
  • 猪首切先
  • 中切先
  • 大切先

地肌による種類

  • 杢目肌
    • 大杢目肌
    • 中杢目肌
    • 小杢目肌
  • 柾目肌
  • 板目肌
    • 大板目肌
    • 小板目肌
  • 綾杉肌(月山肌)
  • 松皮肌
  • 則重肌
  • ひじき肌
  • 梨子地肌
  • 小糠肌
  • 縮緬肌
  • 無地肌

地刃の働きの種類

日本刀の地刃の働きは主に鋼を焼き入れした時に生じるマルテンサイトによって構成される。

沸(にえ)
マルテンサイトの粒子が大きいもの
匂い(におい)
マルテンサイトの粒子が小さいもの

沸と匂いの組み合わせによって以下の様々な働きが現象する。

  • 映り(うつり)
  • 地景(ちけい)
  • 金筋(きんすじ)・金線(きんせん)
  • 砂流し(すながし)
  • 湯走り(ゆばしり)
  • 足(あし)
  • 葉(よう)

注釈

  1. ^ 稀に奉納用の刀などで目釘孔がないものがあるほか、特に脇差短刀では平造りや菖蒲造りなども多い。
  2. ^ 刀剣メーカーのコールドスチールなどが製造している。
  3. ^ 日本最古といわれる観智院本。「後鳥羽院御字被召抜鍛冶十二月結番次第」という記述がある[20]
  4. ^ 正宗賞の受賞刀の解説文によると「均整のとれた力強い太刀姿や現代丁子とは明らかに異なる焼刃の古色さもさることながら、その映りである。備前伝を手掛ける多くの刀匠にとっては刃文と共に地鉄、ひいては乱れ映りの再現が長年の課題であったが、本作では随所に現れた地斑状の暗帯部によって乱れ映りが明瞭に形成され、古作に近い雰囲気を湛えるのに見事成功している。このことから映りの解明に向けて大きく前進したことは間違いなく、一つの到達点に達したと言え、革新的な功績として今回の受賞は称えられるべきである」としている(『刀剣美術』、平成26年6月号より)。
  5. ^ 『実戦刀譚』の著者である成瀬関次は、柄に使われる木材は朴が最も多く、その中でもくるいの少ない板目・柾目のしっかりしたモノを使うべきであり、若木、樹皮に近い部分、節目、逆目、木取の都合で斜になったモノは使ってはならないとしている。
  6. ^ 二つ纏めて縁頭とも呼ばれる。
  7. ^ 山本七平は「自身の経験に照らして日本刀で斬れるのは高々3人である」としている(『私の中の日本軍』より)

出典

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  2. ^ a b c d 歴史 - 刀剣博物館
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