読売新聞 読売新聞の概要

読売新聞

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/28 08:14 UTC 版)

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  • 読売新聞
  • 讀賣新聞
読売新聞


読売新聞創刊号
1874年11月2日
種類 日刊紙
サイズ ブランケット判

事業者 株式会社読売新聞グループ本社
株式会社読売新聞東京本社
株式会社読売新聞大阪本社
株式会社読売新聞西部本社
本社 東京都千代田区大手町1丁目7番1号北緯35度41分14秒 東経139度45分51.1秒 / 北緯35.68722度 東経139.764194度 / 35.68722; 139.764194
大阪府大阪市北区野崎町5-9
福岡県福岡市中央区赤坂1-16-5
代表者 山口寿一(読売新聞グループ本社社長)
創刊 1874年11月2日(東京)[1]
1952年11月25日(大阪)
1964年9月23日(西部)
言語 日本語
発行数 (朝刊)約733万部[2][注釈 1]
(夕刊)約186万部[2]
ウェブサイト www.yomiuri.co.jp
テンプレートを表示
読売新聞東京本社(千代田区大手町)
読売新聞旧東京本社(千代田区大手町、現存せず)
2010年10月から2014年1月まで読売新聞東京本社の仮社屋として使用されていた旧日産自動車本社ビル(中央区銀座)
読売新聞中部支社新社屋
読売新聞中部支社(旧中部本社)旧社屋
読売新聞大阪本社
読売新聞西部本社

題号は、江戸時代瓦版を読みながら売っていた「読売」に由来する。創刊時には、他に「ふりがな新聞」「やはらぎ新聞」「東西南北」などの案があった[5]

歴史

讀賣新聞のホーロー看板 縦書き(1字改行、俗にいう右書き)にすると丁度「賣」2つで「言」を両脇から挟む形になる
  • 1874年11月2日 合名会社日就社」から「讀賣新聞」創刊。初代社長は岐阜県出身の子安峻[注釈 2]。創刊号は表裏2ページ[6]。創刊当時は1日おき発行の隔日刊紙で、漢字によみがなを振った画期的な庶民のための新聞だった。しかし、創刊号の発行部数は約200部で、実売は半分にも満たなかった[5]
  • 1875年 日刊紙に移行。年末には発行部数が1万7000部を達成[5]
  • 1891年5月15日 紙齢5,000号を達成[6]
  • 1897年1月1日 尾崎紅葉作の小説金色夜叉』が連載開始。
  • 1904年5月7日 本紙直接購読者を対象に、電報料読者負担で重大事件の速報を電報で伝える「電報通信」サービスを開始する(〜1905年9月29日)[7]
  • 1905年4月8日 紙齢10,000号を達成[6]
  • 1906年10月2日 現在のスポーツ面にあたる「運動界」欄を新設。
  • 1914年
    • 『身の上相談』(現在の『人生案内』)連載開始。
    • 4月3日 現在の生活家庭面(くらし面)にあたる「よみうり婦人附録」新設。与謝野晶子が詩や評論を執筆。
    • 8月1日 横浜市に初の地方支局を開設。
  • 1917年12月1日 商号を「日就社」から「読売新聞社」に改称。
  • 1919年1月5日 紙齢15,000号を達成[6]
  • 1923年9月1日 関東大震災で社屋が炎上[5]。1920年代初めには13万部を超えていた部数が5万部台にまで落ち込む[5]
  • 1924年2月25日 関東大震災後の経営難から、前警視庁警務部長、後の衆議院議員正力松太郎が買収。正力の社長就任で今日に至る読売新聞発展の基礎を築いた。
  • 1925年11月15日 「よみうりラジオ版」新設(テレビラジオ欄=番組表の先駆け)。
  • 1931年
    • 6月1日 社説の掲載を開始。
    • 11月25日 夕刊の発行を開始。
  • 1932年10月22日 紙齢20,000号を達成[6]
  • 1934年12月26日 大日本東京野球倶楽部(現・読売ジャイアンツ)創設。部数拡大に大きく貢献する。
  • 1938年 朝刊発行部数が100万部を突破[5]
  • 1942年8月5日 新聞統制により、報知新聞社を合併。「讀賣報知」に改題。
  • 1944年 朝刊発行部数が191万部を達成[5]
  • 1945年
  • 1946年
    • 5月1日 題号「讀賣新聞」に復帰。
    • 6月13日 第2次読売争議が発生(10月16日終結)。
    • 7月1日 従来の縦書き楷書体題字に代えて印南渓龍が書いた横書きの隷書体による現行題字の使用を開始。
    • 8月10日 紙齢25,000号を達成[6]
    • 9月1日 「読売信条」を発表。
  • 1947年12月6日 読者投票による「日本十大ニュース」の募集を開始(海外版は1989年から開始)。
  • 1949年
    • 3月1日 朝刊コラム「編集手帖」スタート(1953年8月から「編集手帳」に改題。「編集手帖」以前のコラムのタイトルは「明窓」であった)。
    • 11月26日夕刊読売」創刊(夕刊が復活、1951年9月に朝夕刊セット制再開により読売本紙に統合)。秋好馨4コマ漫画轟先生』が連載開始[注釈 3]
  • 1950年6月1日 読売新聞社が株式会社に改組。
  • 1951年 正力松太郎の公職追放解除。
  • 1952年11月25日 大阪市で「大阪讀賣新聞」創刊、西日本に進出。
  • 1953年8月28日 読売新聞社などの出資による日本初の民間テレビ局・日本テレビ放送網が本放送を開始。
  • 1955年1月1日 正力松太郎の命令により、原発導入を図るため大キャンペーンを展開開始。
  • 1955年4月1日 英字新聞『ザ・デイリー読売』(THE DAILY YOMIURI)創刊。
  • 1958年 朝刊発行部数が300万部を突破[5]
  • 1959年5月1日 札幌市に北海道支社開設。現地印刷開始。
  • 1960年5月10日 紙齢30,000号を達成[6]
  • 1961年5月25日 富山県高岡市に北陸支社開設。現地印刷開始。
  • 1962年4月1日 読売日本交響楽団設立。
  • 1964年9月23日 北九州市に「読売新聞西部本社」設立。現地印刷開始。
  • 1966年6月29日 この日から7月2日まで行われたビートルズ日本公演を主催。
  • 1967年 朝刊発行部数が500万部を突破[5]
  • 1971年10月29日 読売新聞社、本社が中央区銀座から千代田区大手町1丁目7番1号に移転。跡地はプランタン銀座を経てマロニエゲート(銀座2&3)になっている。
  • 1974年
    • 2月1日 紙齢35,000号を達成[6]
    • 10月11日 昭和天皇香淳皇后が読売新聞社(大手町)に来訪。
    • 11月2日 創刊100周年。
  • 1975年
    • 北東北青森県岩手県秋田県)向けの新聞印刷工場を青森市に開設(分散印刷工場の第一号)。
    • 3月25日 名古屋市で読売本体との姉妹提携紙として「中部讀賣新聞」創刊。創刊当初の数年間は中部版独自の縦組み題字であったが、その後他の本社と同じ横組みとなる。
  • 1977年2月 朝刊発行部数が720万部と『朝日新聞』を抜き、日本一となる[5](世界一の発行部数となったのは1990年代、ソ連→ロシアの『プラウダ』『コムソモリスカヤ・プラウダ』などが部数を大きく減らして以後である)。
  • 1978年 『ギネスブック』(現:『ギネス世界記録』)(1979年版)に「共産圏を除いて世界で最大の発行部数をもつ新聞」と記載される[8](2009年版にも「日刊紙の最大発行部数」として掲載[5])。
  • 1979年 渡邉恒雄(現読売新聞グループ本社会長)が論説委員長に就任。
  • 1980年 空白の一日事件読売ジャイアンツ長嶋茂雄監督解任に対する不買運動に遭う。
  • 1980年 宝塚市学童誘拐事件において、被害者の安全を考慮せずに報道協定を破りフライング報道を行う。兵庫県警記者クラブは3か月間除名する処分に留めた[注釈 4]
  • 1982年4月1日 植田まさし作の4コマ漫画コボちゃん』が連載開始。
  • 1987年10月25日 紙齢40,000号を達成[6]
  • 1988年6月1日 中部讀賣新聞社が読売本体と合併し読売新聞中部本社となり、題号から「中部」が外れる。
  • 1989年12月1日 被疑者の呼び捨てをやめ、「容疑者」などの呼称を付ける。
  • 1994年
    • 5月 日本ABC協会の報告により、朝刊発行部数が1000万部を突破(1001万9985部)[5]
    • 11月3日 当時の社長である渡邉恒雄の下で、主要なマスコミで初めて「憲法改正試案」を発表して、日本国憲法の改憲を主張。憲法について再考する一つのきっかけになった。
  • 1995年6月16日 YOMIURI ONLINEを開設。
  • 1999年2月1日 経営難の中央公論社を買収し、中央公論新社を設立。
  • 2000年
    • 1月1日 「読売信条」を改定。
    • 1月26日 全国の販売店の呼称を「読売センター」(略称: YC)に統一。これまでは東京と西部が「YSC」、大阪が「読売IC」の呼称だった。
    • 12月1日 紙面の文字拡大。「第二次文字拡大ブーム」に火を付ける。
  • 2001年
    • 1月 日本ABC協会の報告により、朝刊発行部数が1031万91部を達成(過去最高)[5]
    • 7月17日 紙齢45,000号を達成[6]
  • 2002年
    • 1月1日 読売新聞の題字下に記載されていた、「THE YOMIURI SHIMBUN」のローマ字が廃止。
    • 7月1日 グループ再編。株式会社読売新聞社を株式会社読売新聞グループ本社(グループ持株会社)と株式会社読売新聞東京本社に、株式会社よみうりを株式会社読売新聞西部本社と株式会社読売巨人軍に会社分割。中部本社はよみうりから読売新聞東京本社に分割承継(中部支社に格下げ)。大阪本社(株式会社読売新聞大阪本社)も株式交換により読売新聞グループ本社の完全子会社に移行。
    • 10月17日 新聞社で唯一、日本オリンピック委員会のオフィシャルパートナーになる。
  • 2004年
  • 2005年4月10日 読売横浜ビル完成、移転
  • 2007年10月1日 読売新聞グループ本社・日本経済新聞社朝日新聞社の3社がインターネット分野による共同事業及び販売事業における業務提携、システム障害と災害時における新聞発行の相互援助協定を締結することを発表。
  • 2008年
    • 3月31日 紙面を大幅刷新。紙面の文字を拡大、14段組みから12段組みの「メガ文字」になる[9]。1面下段のコラム「編集手帳」が横1列から縦2段に再編され、題字上に「THE YOMIURI SHIMBUN」のローマ字が復活する。夕刊題字のスクリーントーンが廃止[注釈 5]
    • 8月31日 大阪本社の「泉」のコーナーが終了。新コーナーへ引き継ぐ。
  • 2009年
    • 1月10日 創刊135周年記念企画として連日6回に渡り300の候補地を掲載し、4月中旬に「平成百景」を定めた。
    • 2月10日 1874年の創刊から現在に至るまでの紙面記事がインターネットで検索できる、日本初のオンラインデータベース「ヨミダス歴史館」のサービスが開始。
    • 2月27日 ウォールストリート・ジャーナルと編集、印刷、販売に関して提携することが発表され、2009年3月2日からアジア版の主な記事の見出しが日本語で夕刊2面に掲載され始めた[10]
    • 3月16日 創刊135周年記念企画としてコラムポケモンといっしょにおぼえよう! ことわざ大百科」を設け、子供の頃から新聞に慣れ親しむことわざ解説の連載開始。その後「熟語大辞典」、「慣用句全集」、「わかる故事成語」と逐次シリーズ化され、この日以降一面には、「探せ!ポケモン どこかのページにことわざ大百科」のタイトルと共に、ピカチュウのイラストが掲載されている。
    • 6月1日 島根県石見地方の発行が西部本社から大阪本社に変更[注釈 6]し、島根県内では全県で大阪本社版の発売とした。
  • 2010年
    • 3月31日 東京本社(大手町1-7)社屋建て替えを発表。地上30階・地下3階・延べ床面積約7万9800平米・高さ180メートルの計画で、2014年まで工事が行われた。当時の大手町社屋は2010年中に解体され、その間の仮社屋は東京都中央区銀座6丁目の日産自動車旧本社ビルを使用することとなった[11]
    • 10月1日 東京本社が千代田区大手町から中央区銀座の日産自動車旧本社ビルへの仮移転が完了。3年強の暫定期間だが、39年ぶりに銀座の本社が復活した。
  • 2011年
  • 2012年
  • 2013年
  • 2014年
    • 1月6日 東京本社(大手町)新社屋(読売新聞ビル、地上200メートル地上33F地下3F延べ床面積89,650平方メートル)が完成し、中央区銀座の仮社屋(日産自動車旧本社ビル)から移転[12]
    • 4月30日 西部本社がこの日をもって大分県での夕刊の発行を休止。朝夕刊セット地域から統合版地域に格下げとなるのは同県が全国初[注釈 7]
    • 11月7日 中学生高校生を対象としたタブロイド判の週刊新聞『読売中高生新聞』創刊。
    • 12月1日 「適正報道委員会」を新設[13]。今後は記事の「訂正」や「おわび」はすべて社会面に集約して掲載し、訂正などの有無をわかりやすくする。誤った理由も簡潔に説明する。地域版の「訂正」などは地域版に掲載する[14]
  • 2015年
  • 2017年
  • 2018年
  • 2019年
    • 7月19日宮崎日日新聞社佐土原センターへ西部本社朝刊(宮崎全域・鹿児島大半)委託印刷
  • 2019年
    • 1月1日 「読売新聞」の購読料を値上げした。朝夕刊のセット版は4,037円から363円引き上げて4,400円に、朝刊のみの統合版は3,093円から307円引き上げ、3,400円に改定。消費税増税時の2度を除き、値上げは1994年1月以来、25年ぶり。[15]
    • 2月1日 YOMIURI ONLINEと読売プレミアムが統合し、定期購読者も追加料金無料のインターネットサイト『読売新聞オンライン』を新たに開設。
  • 2020年
    • 2月9日 横浜港着岸の新型コロナウイルス集団感染のクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」へ読売新聞350部・ジャパンニューズ250部無料配布実施。(2月21日乗客下船/3月1日全員下船)
    • 3月1日 読売新聞大阪本社が「緊急時の新聞発行に関する相互協定」を中国新聞社と締結
    • 3月25日 読売新聞西部本社が「緊急時の新聞発行相互協定」を宮崎日日新聞社と締結
    • 4月1日 岩手日日新聞社の完全子会社「青森高速オフセット」の全株式取得し完全子会社にする。
    • 4月1日 読売新聞と日本製紙が新聞古紙資源を100%国内で循環させる「クローズド・ループ」システム都内3区で稼働
    • 4月1日 読売新聞西部本社と宮崎日日新聞社が締結した「緊急時の新聞発行相互協定」が発効
    • 10月1日 「青森高速オフセット」を「青森読売プリントメディア」と改称

題字の遍歴

[16]

  • 創刊当時は縦書きだった。
  • 横書きの題字が初めて登場するのは、創刊1万号を達成した1905年4月8日の朝刊であるが、1万号の特集の単発的なものあった。
  • 本格的に横書きの題字が登場するのは戦後に入ってからで、今日に至っている。なお、1949年11月に当時は読売新聞とは別枠で独自に発行していた夕刊読売は創刊当初から縦書きだった。また1975年に創刊された中部読売新聞も、創刊された当初は縦書きだったが、すぐ横書きに統一されている。
  • 夕刊に掲載されていた題字のスクリーントーンは、夕刊読売が読売本紙と紙面統合された1951年9月から。以下脚注参照[注釈 5]
  • 横書きになってから、題字の下には「THE YOMIURI SHIMBUN」(夕刊はこの後に改行して「EVENING EDITION」)と表記されていたが、一度2002年1月に廃止された。その後2008年3月31日付夕刊からは朝刊と同様、題字上に「THE YOMIURI SHIMBUN」の表記が復活されている。

創業者

京橋の読売新聞社。隣に勧業場。明治末期。武内桂舟

子安峻、本野盛亨柴田昌吉が創業し、子安が初代社長(1874-1889)、本野が2代目社長(1889-1909)を務めた。子安峻(1836-1898)は、大垣藩士子安宗茂の長男として生まれ、江戸に出て砲術蘭学舎密学、英語などを学んだのち、1868年に外務省高官となり、傍ら1870年横浜毎日新聞の創刊に関与し、横浜で日就社を創立、1873年には、英和辞典『附音挿図英和字彙』を柴田昌吉とともに出版、翌年読売新聞を発刊した[17]

なお、三代目社長は高柳豊三郎(1910-1912)、四代目は本野英吉郎(1912-1917)、五代目は秋月左都夫(1917-1919)、六代目は松山忠二郎(1919-1924)が務めた[18]




注釈

  1. ^ 2019年4月度ABC部数の最も大きい減少は読売新聞で、1ヵ月約6万部、1年約42万部減である。[1]
  2. ^ 社長就任前は、横浜税関の翻訳官を務め、『横浜毎日新聞』の記者でもあった。
  3. ^ 1951年8月に朝刊に移動。
  4. ^ 報道協定を参照
  5. ^ a b 夕刊のスクリーントーンは夕刊創刊時〜1993年11月30日までは東京本社、および東京本社傘下の北海道・北陸両支社版のみで、バックに灰色と白の縦じまを入れていたものであった。1993年にカラー化が本格的に進むと、同年12月1日付より大阪本社・西部本社を含めて夜をイメージする薄い青紫色に白の縦じまを入れたトーンが採用された。題字へのトーン廃止後は発行所(札幌、東京、高岡、名古屋、大阪、福岡)を記載する欄にトーンの配置を変更。朝刊は黄土色、夕刊は薄い青紫色のバックを使っている
  6. ^ 2009年5月31日付までは西部本社管轄の北九州工場で印刷されていたが、輸送上の問題から大阪本社管轄の尾道工場の印刷に切り替えた。
  7. ^ 全国紙では産経新聞東京本社管内で2002年3月末、毎日新聞北海道支社管内で2008年8月末、朝日新聞西部本社管内で2010年3月末に佐賀県と大分県、2012年3月末に福岡県山口県のそれぞれ一部で夕刊を休廃止した例がある。また朝日新聞は名古屋本社管内の土曜日付夕刊発行を2012年10月中旬で休止した。
  8. ^ 川鉄・川重とも登記上本店は神戸市である。なお川鉄はその後NKKと統合、JFEスチールとなって以後、登記本店を東京都千代田区に移している。
  9. ^ 実際に川崎重工がチームの広告看板スポンサーに就いたこともあった。現在はヴィッセル神戸の広告看板スポンサーに就いている。
  10. ^ なお、当時のヴェルディ川崎が本拠地を置いていた川崎市は他に富士通サッカー部東芝サッカー部(いづれもJFL=当時のJリーグの2・3部に当たる組織)が本拠地としていたが、前者は「富士通川崎FC」を経て現在の川崎フロンターレとなり1999年にJリーグに加盟。東芝は1996年に本拠地を北海道札幌市に移し、北海道コンサドーレ札幌となって、1998年にJリーグに加盟している。
  11. ^ 1995年で解消。その後は横浜市にホームタウンを統合
  12. ^ 1998年に横浜Fが横浜Mに吸収される形で統合され、現在は横浜F・マリノスである。なおフリューゲルスのサポーター有志により、改めて横浜FCが設立。JFL(当時のJリーグの3部に当たる組織)への特例参加を経て2001年にJリーグに参加している。
  13. ^ 2020年3月までは岩手日日新聞社の関連会社「青森高速オフセット」への委託だったが、運営会社の事業譲渡により同4月から読売新聞東京本社に移譲。10月に社名を変更し事実上の直営化となった。
  14. ^ 凸版印刷系の工場で印刷
  15. ^ 十勝毎日新聞の工場にて印刷。
  16. ^ a b 岩手日日新聞社の関連会社の工場(仙台高速オフセット、栃木高速オフセット)で印刷
  17. ^ a b アサガミプレスセンターの工場で印刷
  18. ^ a b 光村印刷の工場で印刷
  19. ^ 朝日プリンテック船橋工場にて印刷。
  20. ^ 新潟日報社黒埼本社内にある印刷センターにて印刷。
  21. ^ 北日本新聞・創造の森 越中座」にて印刷。2011年3月21日に、それまで高岡工場(北陸支社内)で印刷していた石川富山両県発行分の印刷を引き継いだ(それと同時に最終面左下隅での表記も「北陸」から「富山」に変更となった)。
  22. ^ 宮崎日日新聞社佐土原センターにて印刷。2019年7月から、これまで鳥栖工場で印刷していた宮崎鹿児島両県発行分の印刷を引き継いだ。
  23. ^ その他の全国紙では、産経新聞東京本社管内の夕刊が2002年3月30日に、毎日新聞北海道支社管内の夕刊が2008年8月30日にそれぞれ休廃止された例がある。また朝日新聞名古屋本社管内の土曜日の夕刊発行が2012年10月13日をもって休止された。

出典

  1. ^ 宇野俊一ほか編 『日本全史(ジャパン・クロニック)』 講談社、1991年、922頁。ISBN 4-06-203994-X
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  8. ^ 『読売新聞』1979年11月3日付朝刊、4頁。
  9. ^ 「メガ文字」3月31日スタート
  10. ^ 読売新聞とウォール・ストリート・ジャーナル紙が提携読売新聞、2009-02-27閲覧。[リンク切れ]
  11. ^ 読売新聞のニュースリリースより[リンク切れ]
  12. ^ 読売新聞のニュースリリースより
  13. ^ 本社「適正報道委員会」を新設 正確・信頼の紙面追求及び2014年11月12日13S版1面
  14. ^ 読売新聞2014年12月1日13S版1面
  15. ^ 共同通信 (2018年12月31日). “読売新聞、きょうから値上げ 朝夕刊セットで4400円に - 共同通信 | This Kiji” (日本語). 共同通信. 2019年1月3日閲覧。
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  20. ^ 魚住明『渡邊恒雄 メディアと権力』(講談社文庫、2003年)
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  98. ^ 読売に地裁が抗議文 裁判員取材「誠に遺憾」
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