更迭とは? わかりやすく解説

更迭

読み方:こうてつ

主に政府民間企業要職において入れ替え人事を行うこと。ある役職ついている人物解任し、代わりの者を登用すること。任命権持つ者により決定され、役が解かれるというネガティブな意味合い用いられることが多い。

こう‐てつ〔カウ‐〕【更迭】

[名](スル)ある地位役目ある人他の人代えること。「大臣を—する」


更迭

読み方:コウテツ(koutetsu)

ある地位に就いている者を他の者にかえるこ


更迭(こうてつ)

ある役職人事入れ替えること

ある地位に就いている人の役職解き、そこに別の人を充てることを指す。通常任命権者意向に沿って辞表を提出することによって行われる

内閣総理大臣首相)には、内閣構成する国務大臣閣僚)を任命するとともに閣僚罷免する権限与えられている内閣統一性維持するため、首相任意に閣僚辞めさせることができる。

しかし、罷免という強硬な手段発動すると、罷免された者の肩書き大きな傷が残ってしまう。そこで、辞めさせたい閣僚に対して辞表の提出促し、その辞表受理するという手続き閣僚人事異動実現させている。

過去の例見ても、「一身上の都合」や人事異動結果として辞任するケース目立つ。任命権者罷免意向があっても、形式的に辞意表明に留まることからマスコミ用語として「事実上の更迭」という言葉使われるわけだ。

小泉純一郎首相に更迭され田中真紀子大臣の場合、この人異動が「更迭」であることを明言した田中大臣は辞表への署名留保しているが、口頭で辞意表明したことから政府田中大臣が辞表署名しなくても法的な問題なく免官したという立場とっている。

(2002.01.31更新


更迭

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/05 08:12 UTC 版)

更迭(こうてつ)とは、人事処置の一つ。


  1. ^ 鳩山大臣更迭 バランス欠いた首相の判断 琉球日報 2009年6月13日
  2. ^ 宮路厚労副大臣を更迭へ 帝京大医学部入試口利き 共同通信 2002年7月12日
  3. ^ 駐ロシア大使更迭へ 北方領土対応で情報収集不十分 朝日新聞 2010年12月23日
  4. ^ 西山審議官を更迭 保安院、週刊誌で女性問題報道「報道業務に支障」 産経新聞 2011年6月29日
  5. ^ 組合活動「ヤミ専従」隠しで秘書課長ら更迭…農水省 ZAKZAK 2009年3月26日
  6. ^ 「浜渦副知事を事実上更迭 石原都政、特別職一新へ 共同通信 2005年5月30日
  7. ^ 「政治活動関わった」 橋下氏が市幹部6人更迭へ 読売新聞 2011年12月16日
  8. ^ 民主が衆院で造反7委員長更迭 安保委員長に笹木氏 産経新聞 2012年7月5日
  9. ^ 空自トップを更迭 懸賞論文で「日本の侵略ぬれぎぬ」 朝日新聞 2008年10月31日
  10. ^ 足利署長を更迭 部下を激しく叱責 産経新聞 2911年10月26日
  11. ^ 運行妨害の最高検公判部長を更迭 電車ドアにかばん挟む 共同通信 2012年10月16日
  12. ^ 混乱収まらぬ自民=幹事長更迭論も 時事通信 2010年3月14日
  13. ^ 米ヤフー、CEO更迭は電話一本で 産経新聞 2011年9月8日
  14. ^ ルセイ監督を更迭…松井のサンテティエンヌ ZAKZAK 2008年11月11日


「更迭」の続きの解説一覧

更迭

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/12/28 04:46 UTC 版)

南鳥島攻撃からクェゼリン攻撃までの間、パウナル指揮ぶりには一定の満と擁護声があがっていた。不満の焚きつけ役は、「ヨークタウン艦長で「ジョッコー」ことジョゼフ・J・クラーク大佐アナポリス1918年組)だった。チェロキー血を引くクラーク目には、パウナル指揮ぶりは消極的に映り実際に航空出身者からはそのように思われても仕方ない行動目立った以下はその一例である。 南鳥島攻撃の際、対空砲火撃墜された機のクルー漂流しているとの報告受けたクラークは、パウナルにその救助進言するも、パウナル一定の捜索終えると潜水艦捜索任務丸投げし、攻撃隊収容全て終えて即座に南鳥島近海から離れたパウナル操艦艦隊運動口やかましく、また計画針路断固として修正させなかった。それがために事故起こしかけた艦があった。 パウナル空母任務部隊指揮引き受けたことを後悔する発言繰り返したタラワ攻撃最終日パウナル自分戦死した際の覚書を、以前から不文律があるにもかかわらず作成させた。 クェゼリン攻撃で、第一撃をかけて攻撃隊収容し終わや否やパウナルは「部隊を敵の真っ只中とどめておくのは危険」とばかりにさっさと東方へ引き上げさせた。しかし、攻撃隊報告ではロイ=ナムル島航空基地無傷日本機がいることを確認していた。 クラーク一連の不満をパウナル自身スプルーアンス以外に対して片っ端から訴え出た具体的には、不満の届け先タワーズニミッツキング、そしてフランクリン・ルーズベルト大統領であったクェゼリン攻撃での事項に関してタワーズも不満を感じており、ニミッツパウナルを更迭してはどうか進言していた。上述のようにニミッツタワーズ煙たがっていたものの、タワーズ参謀長だったフォレスト・シャーマンアナポリス1918年組)を自身の航空参謀として融通してもらい、航空関係者の評価についてタワーズ助言を求めるなど、関係に微妙な変化起きていた。 一方パウナル直接の上官であるスプルーアンスは全く逆の評価だった。また、リーパウナル指揮ぶりに一定の評価与えており、スプルーアンスの手の中でパウナル指揮する航空作戦を見るのが楽しみなこと、戦闘機運用巧みであることを伝えていた。しかし、パウナル処遇をめぐる話はパウナル本人スプルーアンス抜きで進み12月末にいたってニミッツタワーズ太平洋艦隊参謀長の「ソック」ことチャールズ・マクモリス少将アナポリス1912年組)、そしてシャーマンによる四者会談がもたれ、この会談でついにパウナルの更迭が決まりその後任にはパウナル後任として西海岸艦隊航空団指揮官務めていたミッチャー決まった相談なく一方的に人事決められたスプルーアンス怒り見せタワーズ言うところのパウナルは「パイロットたち信頼失っている」という非難ナンセンスであるとし、「タワーズ野心的な動機からパウナル更迭のような人事ニミッツ提案した」と思い込んで、のちの会談意見真っ向から対立して妥協余地もなかったこともあって、スプルーアンスタワーズを敵とみなして憎み、「野心家」と決めつけて嫌うようになったパウナル指揮ぶりが本当に批判対象になりえたのかは見方さまざまである真偽のほどはともかく、「パウナルクエーカーだから強引な戦闘好まなかった」と主張する者もいる。少なくとも、「レキシントン」と「インディペンデンス」が反撃損傷したことと、「攻撃不徹底」と指摘されながらも50任務部隊艦艇損害その程度収まったことは確定しており、また潜水艦によるパイロット救助任務本格的に行われ始めたのも、第50任務部隊作戦を通じてのことだった。潜水艦によるパイロット救助任務以後海軍作戦はもとよりアメリカ陸軍航空軍にも適用され例え日本本土空襲を行うB-29も、その恩恵あずかったパウナル決して、クラークあたりが指摘するところの「及び腰で潜水艦捜索任務丸投げしていた」わけではなく、むしろ後任ミッチャーがこのやり方を「伝授」され、少しやり方修正しつつスタンダードにしていったこれによりパイロットの士気高く維持され高度に訓練されパイロットの損失できる限り低減された。タワーズ批判したクェゼリン攻撃でも、写真偵察により建設中爆撃機滑走路発見されたため、クェゼリン攻略期日繰り上げられた。爆撃機滑走路のある島の攻略優先されていたからである。 しかしながらパウナルの更迭は本決まりとなって待命態となり、1944年2月23日付で太平洋艦隊副司令官として転出するタワーズ入れ替わるようにハワイの太平洋航空部隊司令官となることが決まったハワイ転出するまでの間、ミッチャーをなおも信用していなかったスプルーアンスは、パウナル自分の航空助言者として帯同させた。もっとも、2月17日トラック島空襲を境にスプルーアンスミッチャーへの偏見改め始め2月23日マリアナ諸島空襲スプルーアンスミッチャー完全に意見一致させて行われた最初の作戦となったミッチャー就任後第58任務部隊呼称されるようになった高速空母任務部隊2月20日クェゼリン帰投し、パウナルの「役目」もここで終わったパウナル太平洋航空部隊司令官の職をしばらく務めた後、太平洋離れてフロリダ州ペンサコーラにある海軍飛行学校英語版)に教官として赴任した

※この「更迭」の解説は、「チャールズ・A・パウナル」の解説の一部です。» 「チャールズ・A・パウナル」の概要を見る


更迭

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/17 00:53 UTC 版)

11月28日になって、ようやくマッカーサー軍司令に撤退する許可与え第8軍平壌放棄しその後38度線後方に撤退した巧みに撤退戦を指揮していた第8軍司令官ウォルトン・ウォーカー中将であったが、12月23日部隊巡回中に軍用ジープ交通事故死した。マッカーサーはその報を聞くと、以前から決めていた通り即座に後任として参謀本部参謀長マシュー・リッジウェイ中将推薦した急遽アメリカから東京飛んだリッジウェイは、12月26日マッカーサー面談したマッカーサーは「マット、君が良いと思ったことをやりたまえ」とマッカーサー持っていた戦術上の全指揮権権限リッジウェイ与えたリッジウェイマッカーサー過ち繰り返さないために、即座に前線飛んで部隊状況確認したが、想像以上に酷い状況で、敗北主義蔓延し士気低下し指揮官らは有意義な情報を全く持たないという有様だった。リッジウェイは軍の立て直し精力的に行ったが、中国人民志願軍勢い止まらず1950年1月2日ソウル迫ってきた。リッジウェイソウルの防衛諦め撤退命じ1月4日ソウル中国人民志願軍占領されることとなった中国義勇軍人海戦術押されマッカーサーワシントンパニック状態陥っていた。マッカーサー大規模な増援と、原爆使用含めた中国東北部空爆主張したが、第二次世界大戦後常備軍大幅な縮小行ないヨーロッパでソ連向き合うアメリカ軍に、大規模な増援を送る余裕はなかった。中国東北部への爆撃戦争拡大をまねき、また原爆については、朝鮮地勢集約目標がないため現実的ではないと否決された。マッカーサー雑誌インタビュー答え形で中国東北部に対する空襲禁止は、史上かつてないハンディキャップである」と作戦制限設けているトルーマンこき下ろし、また中国軍追われ敗走しているのにもかかわらず戦術的な撤退であり、敗走などと広く宣伝されているのは全くのナンセンスだ」と嘯いた。トルーマン激怒しワシントン中枢のマッカーサーへの幻滅感は増していった。マッカーサーからの批判激怒したトルーマンは、統合参謀本部命じてマッカーサーに対し公式的な意見表明をする場合上級機関了承を得るようにと指示させたが、マッカーサーはこの指示を無視しその後政治的な発言繰り返したソウルから撤退したリッジウェイであったが、撤退そこまでで、国連軍立ち直らせると、1月26日には戦争主導権奪い返すための反転攻勢サンダーボルト作戦開始し中国義勇軍攻勢押し留めたマッカーサーこの時点で中国全面的に介入してきていると考えワシントン再度前の話を蒸し返し、「国連軍蹂躙されいためには、中国沿岸封鎖し艦砲射撃空爆戦争遂行必要な工業力を破壊」することと国民党軍参戦させるなど、中国との全面戦争突入主張した。しかしトルーマンの方針は、日本台湾脅かされれば対中国本格的作戦突入するが、それ以外では紛争朝鮮半島中に限定するとの意向であり、マッカーサーたしなめるような長文返答をしている。参謀総長オマール・ブラッドレーマッカーサー戦争拡大要求は、戦争状況よりむしろ「自分のような軍事的天才虚仮にした中国紅軍将軍たちへの報復」に関係がある推測していた。 しかし、リッジウェイ現有通常戦力でも韓国確保することは十分可能である判断しており、中国軍第3期攻勢撃破すると2か月失地取り戻し1951年3月には中国軍38度線まで押し返した。戦況回復はリッジウエイの作戦指揮よるもので、マッカーサー出番はなかったため、それを不服思ったマッカーサー脚光を浴びるためか、東京から幕僚報道陣連れて前線訪れた。しかしある時リッジウェイ計画した作戦開始前にマッカーサー前線訪れて報道陣作戦開始時期漏らしてしまい、リッジウェイから自重してほしいとたしなめられている。マッカーサー軍歴の中で真っ向から部下反抗されたのはこれが初めであったリッジウェイ自伝マッカーサーを「自分でやったのではない行為に対しても、名誉を主張してそれを受けたがる」と評している。 ワシントンは、この時点では朝鮮半島武力統一には興味示さずアメリカ軍部隊撤退させられるような合意熱望していた。一方マッカーサーは、リッジウェイ成功明らかになると、自分の存在感アピールするためか「中国1年間屈服させる新し構想」を策定したシーボルド話している。のちにこれは「最長で10日戦勝できる」に短縮された。その構想とは、戦後マッカーサー語ったところによれば、満州50個もの原爆投下し中ソ空軍力壊滅させた後、海兵隊中国国民党合計50名で中国軍背後上陸して補給路断ち38度線から進撃してきた第八軍と中朝軍を包囲殲滅その後に日本海から黄海まで朝鮮半島横断して放射性コバルト散布し中ソ軍の侵入を防ぐというもので、この戦略により60年間は朝鮮半島安定保てるとしていた。 また、後年リッジウェイは「マッカーサーは、中国東北部空軍基地工業地帯原爆空爆破壊した後は残り工業地帯破壊し共産主義支配打破目指していた」「ソ連参戦してこないと考えていたが、もし参戦して来たらソ連攻撃のための措置取った」と推察している。この考えに基づきマッカーサーは、何度目になるかわからない原爆前線への移送使用許可トルーマン求めたが、トルーマン返事保留したマッカーサーへの返答前にトルーマン朝鮮問題解決道を開くため停戦呼びかけることとし3月20日統合参謀本部を通じてマッカーサーにもその内容伝えられた。トルーマンとの対決姿勢鮮明にしていたマッカーサーは、この停戦工作妨害してトルーマン足元からひっくり返そうと画策1951年3月24日一軍司令官として異例の国連軍制限下においても中国軍圧倒し中国朝鮮制圧不可能なことが明らかになった」「中共軍事的崩壊瀬戸際追い込まれていることを痛感できているはず」「私は敵の司令官といつでも会談する用意がある」などの「軍事的情勢判断」を発表したが、これは中国への実質的な最後通牒」に等しく中国強く刺激したまた、野党共和党保守派重鎮ジョーゼフ・ウィリアム・マーティン・ジュニア前下院議長からマッカーサー宛てた台湾国民党兵力利用する提案トルーマン政権ヨーロッパ重視政策への批判の手に対しマッカーサーマーティン意見への賛同トルーマン政権批判返事出していたことが明らかになり、一軍司令官が国政策口を出した明白なシビリアン・コントロール違反相次いで行われた。これは、1950年12月トルーマン統合参謀本部を通じて指示した公式的な意見表明上級機関了承を得てから」にも反しトルーマンは「私はもはや彼の不服従我慢できなくなった」と激怒した。 またこの頃になるとイギリスなど同盟国は、マッカーサー中国との全面戦争望んでいるがトルーマンマッカーサーコントロールできていない、との懸念寄せられ、「アメリカの政治判断指導者の質」に対するヨーロッパ同盟国信頼低下していた。もはやマッカーサーを全く信頼していなかったトルーマンは、マッカーサー解任決意した4月6日から9日にかけてトルーマンは、国務長官ディーン・アチソン国防長官ジョージ・マーシャル参謀総長オマール・ブラッドレーらと、マッカーサー扱いについて協議したメンバーマッカーサー解任は当然と考えていたが、それを実施するもっとも賢明な方法について話し合われた。また皮肉にもこの頃マッカーサー構想後押しするように、中国軍中国東北部兵力増強しソ連軍極東原爆搭載できる戦略爆撃機を含む航空機500機を配備中国東北部には最新レーダー設備設置し日本海潜水艦大規模集結し始めたこれらの脅威対抗すべく、やむなくマッカーサー申し出通り4月6日原爆9個をグアム移送する決定をしている。しかし、マッカーサー早まった決断をしないよう強く警戒し移送マッカーサーには知らせず、また原爆マッカーサー指揮下にはおかず戦略空軍指揮下に置くという保険をかけている。 4月10日ホワイトハウス記者会見準備をしていたが、その情報事前に漏れトルーマン政権批判的だったシカゴ・トリビューン』が翌朝朝刊記事にするという情報知ったブラッドレーが、マッカーサー罷免される前に辞任するかも知れないトルーマン告げると、トルーマン感情露わにして「あの野郎が私に辞表たたきつけるようなことはさせない、私が奴をくびにしてやるのだ」とブラッドレー言ったトルーマン4月11日深夜0時56分に異例の記者会見行いマッカーサー解任発表した解任理由は「国策問題について全面的活発な討論を行うのは、我が民主主義立憲主義欠くことができないことであるが、軍司令官法律ならびに憲法に規定された方式出される政策指令支配をうけねばならぬということは基本的問題である」とシビリアン・コントロール違反直接の理由とされた。 日本時間では午後にこの報は日本達したが、マッカーサーそのとき妻のジーンと共に、来日した上院議員ウォーレン・マグナソンとノースウエスト航空社長スターンズ会食をしていたが、ラジオマッカーサー解任ニュース聞いた副官のシドニー・ハフ大佐電話ジーンにその情報伝えたその後ブラッドレーから発信された「将軍あての重要な電報」が通信隊より茶色軍用封筒入った態でハフの手元に届いた。その封筒の表には赤いスタンプで「マッカーサーへの指示」という文字記してあった。ハフマッカーサー居住していたアメリカ大使公邸にこの封筒を持って行ったが、マッカーサー寝室前にいたジーンがその封筒受け取り寝室マッカーサー黙って渡した内容読み終えたマッカーサーはしばらく沈黙していたが、やがて夫人向かってジーニー、やっと帰れるよ」と言った。 その電報にはトルーマンよりの解任命令の他、「指揮権マシュー・B・リッジウェイ陸軍大将移譲されたい。あなたは好きな場所望みどおり旅行を行うために必要な命令を出すことが許される」とも記しており、突然の解任劇にも冷静だったマッカーサーは、フィリピン南太平洋オーストラリアをゆっくり回ろうとも考えたが、かつて参謀総長として仕えた元大統領ハーバート・フーヴァーから国際電話があり、既に共和党実力者とも連絡を取り合っていたフーヴァーは「トルーマンマーシャルや、やつらの宣伝屋が君の名声汚さないうちに、一日も早く帰国したまえ」と忠告している。共和党は、マッカーサー帰国後に両院合同会議演説することを民主党支配であった上下両院了承させ、さらにマッカーサー解任問題を通じてトルーマン政権弾劾することも考えていた。アメリカ本国政権争い担ぎ出されることとなったマッカーサーであったが、腹心であったGHQウィリアム・ジョセフ・シーボルド外交局長には本心さらけ出しており、「(マッカーサーの)心を傷つけられるのは、大統領選んだやり方にある。陸軍52年我が身捧げたあと、公然たる辱めを受けるとはあまりに残酷である」とトルーマン対する不満を述べ、それを涙を浮かべながら聞いていたシーボルトは「彼(マッカーサー)のすることを目にし、言うことを聞いているのがこのときほどつらことはなかった」と述べている。

※この「更迭」の解説は、「ダグラス・マッカーサー」の解説の一部です。» 「ダグラス・マッカーサー」の概要を見る

ウィキペディア小見出し辞書はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ

更迭

出典:『Wiktionary』 (2020/07/25 08:20 UTC 版)

名詞

こうてつ

  1. ある役職の者をえること。首の挿げ替え
  2. 解任左遷

活用

サ行変格活用
更迭-する

語源

  • 「更」も「迭」も「代える」の意

翻訳

ある役職の者を代えること

「更迭」の例文・使い方・用例・文例

Weblio日本語例文用例辞書はプログラムで機械的に例文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。



品詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

更迭のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



更迭のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
実用日本語表現辞典実用日本語表現辞典
Copyright © 2022 実用日本語表現辞典 All Rights Reserved.
デジタル大辞泉デジタル大辞泉
(C)Shogakukan Inc.
株式会社 小学館
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
時事用語のABC時事用語のABC
Copyright©2022 時事用語のABC All Rights Reserved.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの更迭 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaのチャールズ・A・パウナル (改訂履歴)、ダグラス・マッカーサー (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。
Text is available under Creative Commons Attribution-ShareAlike (CC-BY-SA) and/or GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblioに掲載されている「Wiktionary日本語版(日本語カテゴリ)」の記事は、Wiktionaryの更迭 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、Creative Commons Attribution-ShareAlike (CC-BY-SA)もしくはGNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。
Tanaka Corpusのコンテンツは、特に明示されている場合を除いて、次のライセンスに従います:
 Creative Commons Attribution (CC-BY) 2.0 France.
この対訳データはCreative Commons Attribution 3.0 Unportedでライセンスされています。
浜島書店 Catch a Wave
Copyright © 1995-2022 Hamajima Shoten, Publishers. All rights reserved.
株式会社ベネッセコーポレーション株式会社ベネッセコーポレーション
Copyright © Benesse Holdings, Inc. All rights reserved.
研究社研究社
Copyright (c) 1995-2022 Kenkyusha Co., Ltd. All rights reserved.
日本語WordNet日本語WordNet
日本語ワードネット1.1版 (C) 情報通信研究機構, 2009-2010 License All rights reserved.
WordNet 3.0 Copyright 2006 by Princeton University. All rights reserved. License
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
「斎藤和英大辞典」斎藤秀三郎著、日外アソシエーツ辞書編集部編
EDRDGEDRDG
This page uses the JMdict dictionary files. These files are the property of the Electronic Dictionary Research and Development Group, and are used in conformance with the Group's licence.

©2022 GRAS Group, Inc.RSS