返答
『杜子春』(芥川龍之介) 夜、峨眉山の岩上に1人すわる杜子春に、さまざまな魔性のものが「お前は何物だ。返事をせよ」と迫る。しかし杜子春は、仙人・鉄冠子(てっかんし)の言いつけを守り、一言も口をきかない。杜子春は殺されて、地獄に落とされる。閻魔大王に脅されても、鬼たちに拷問されても、彼は沈黙を守る。
『耳なし芳一のはなし』(小泉八雲『怪談』) 和尚が、平家の亡霊から芳一を守るため、芳一の全身に経文を書きつけて、「呼ばれても返事をするな」と教える。夜、平家武者の亡霊が呼びに来るが、芳一は沈黙を守る。亡霊は芳一を捜すが、経文の力で芳一の姿は見えず、耳だけが2つ、宙に浮かんでいた→〔耳を切る〕4。
*神や霊の問いかけに、返事をしてはいけない→〔言挙げ〕5a・5b。
*妖怪や幽霊などの呼びかけに、返事をしてはいけない→〔呼びかけ〕2。
*死の予言に対して返事をしなかったので、命が助かる→〔予言〕2aの『捜神記』巻18-25(通巻437話)。
『とり付くひっ付く』(昔話) 爺が山へ薪を切りに行くと、「とーり付こうか、ひっ付こうか」と声がする。爺は何が何だかわからぬままに、「とーり付け」と返事をする。小判がいっぱい落ちて来て、身体中にくっつく(*隣りの爺が真似をすると鳥の糞がつく。広島県庄原市)。
★3a.返答するはずのない杭が返答する。
『杭か人か』(狂言) 夜、1人で留守番する太郎冠者の肝を試そうと、主が物陰に立つ。太郎冠者はおびえ、「人であろうか。杭かも知れぬ。そこなは人か杭か」と問う。主が「杭じゃ」と答えると、太郎冠者は「杭なら物を言わぬはずじゃが」と首をかしげる(「杭でよかった」と安心する、という演出もある)。
『杭盗人(ぬすっと)』(落語) 泥棒が大きな屋敷に忍び込み、「ニャオ」「ワンワン」と、猫や犬の鳴き真似をしてごまかそうとする。しかし怪しまれて、泥棒は庭の池に飛び込み、頭だけを出す。家人が「池にあるのは盗人か杭か」と問うと、泥棒は「くいくい」と答える。
『湊(みなと)の杭』(昔話) 狸が杭に化け、つないだ舟を遠くへ持って行く悪戯をする。狸をこらしめようと人々が舟に乗り、「どこにも杭がないなあ」と大声で言って、狸の化けた杭に気づかぬふりをすると、杭が「くいっ」と言う。人々は「ああ、ここに杭があった」と笑って杭を縛り、棒で打つ(愛知県幡豆郡)。
★3b.返答するはずのない鴛鴦が返答する。
『百喩経』「鴛鴦の鳴き声を真似た貧しい男の喩」 男がウトパラの華(優鉢羅華)を盗んで女に与えようとして、鴛鴦の鳴き真似をしつつ王の庭園の池に忍び込む。番人が「誰だ」と問うので、男はうっかり「私は鴛鴦だ」と返事をしてしまう。捕らえられてから、男はあらためて鴛鴦の鳴き真似をするが、もう遅かった。
★3c.返答するはずのない死体が返答する。
『千一夜物語』「眼を覚ました永眠の男の物語」マルドリュス版第647~653夜 アブール・ハサンと妻が死んだふりをして、教王ハルン・アル・ラシードと妃から莫大な葬儀費用をせしめる。教王と妃がハサン夫婦の死体を見て、「どちらが先に死に、どちらがあとを追ったのか、教えてくれた者に1万ディナールを与える」と召使たちに言う。すると死んだはずのハサンが、「まず妻が死に、次に私が悲しみの余り死んだのです」と答える。
★3d.返答するはずのない米が返答する。
『笑府』巻11-592「米」 女房が情夫を引き入れているところへ、亭主が帰宅する。女房は情夫を布袋に入れ、「米だ」と言ってごまかそうと考える。しかし亭主から「その袋は何だ」と問われると、女房は動転して返事ができない。すると袋の中の情夫が「米です」と答える。
★4a.鸚鵡返しの返答。
『変身物語』(オヴィディウス)巻3 妖精エコーはおしゃべりだったため、女神ユノー(ヘラ)によって、舌の使用範囲を制限された。エコーは自分から言葉を発することができなくなり、他人が発した言葉の終わりの部分を、そのまま繰り返して言い返すことだけが許された。
『ボッコちゃん』(星新一『ボッコちゃん』) バーのカウンター内に置かれた美人ロボットは、名前と年齢を聞かれた時だけは、ちゃんと答えた。「名前は」「ボッコちゃん」「としは」「まだ若いのよ」。しかしそのほかは、客の言葉を繰り返すことしかできなかった。「きれいな服だね」「きれいな服でしょ」「なにが好きなんだい」「なにが好きかしら」。それでも、ロボットと気づくものはいなかった→〔ロボット〕4。
『十訓抄』第1-26 藤原成範は流罪になり、後に赦免されて参内したが、以前のように女房の詰所へ立ち入ることは、できなくなった。1人の女房が「雲の上はありし昔にかはらねど見し玉垂れのうちや恋しき」と歌を書いて差し出した時、成範は「や」の文字を消し、傍らに「ぞ」と書いて返した。ただ1文字で返歌をしたのは見事なことであった。
『続古事談』巻1-25 藤原道長の三女・威子が後一条帝の后になった日。宴席で道長は、「即興の歌を詠むので、必ず返歌してほしい」と右大将実資に告げ、「この世をば我が世とぞ思ふ望月のかけたることもなしと思へば」と詠じた。実資は「すばらしい歌で、とても返歌などできません。この歌を皆で唱和すべきです」と言い、人々は繰り返し「この世をば・・・・」の歌を詠じた。道長は満足して、返歌の請求をしなかった。
★5.無心の返答。
『大岡政談』「直助権兵衛一件」 殺人犯直助は「権兵衛」と変名し、白州へ呼び出されても、「直助など知らぬ。自分は権兵衛だ」と主張する。やがて放免されて白州を出る直助の後ろ姿に、大岡越前守が「直助」と呼びかける。直助は思わず「へい」と答え、振り向いてしまう。
『世説新語』「文学」第4 著名な学者・服虔が自分の名前を隠し、崔烈の『春秋伝』講義を聴いていた。崔烈は「あの男はひょっとしたら、名高い服虔ではないか?」と思い、朝、まだ目覚めていない服虔に、「子慎(=服虔のあざな)」と呼びかけた。服虔は驚いて、思わず返事をしてしまった。こうして2人は親友になった。
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