耳を切る
★1a.敵の耳を切り取る。
『マタイによる福音書』第26章 祭司長や長老たちから送られた大勢の群衆が、剣と棒を持ってイエスを捕らえに来る。その時、イエスとともにいた者の1人が剣を抜き、大祭司の従者に切りかかって、その片耳を切り落とした〔*『マルコ』第14章も「片耳」、『ルカ』第22章・『ヨハネ』第18章では「右耳」を切り落としたとする〕。
『五重塔』(幸田露伴) 谷中の感応寺・五重塔の建立を、江戸で名高い棟梁の源太親分が請け負う。しかし、世渡り下手で「のっそり」とあだ名される貧しい大工・十兵衛の強い願いにより、源太は仕事を彼に譲る。しかも十兵衛は、源太からの援助の申し出を一切謝絶したため、源太の子分・清吉が怒り、釿(ちょうな)をふるって普請場の十兵衛に襲いかかる。十兵衛は避けきれず、左耳を削ぎ落される。
『夜長姫と耳男(みみお)』(坂口安吾) 「夜長ヒメの気に入るミロクボサツ像を造ったタクミには、機織り娘エナコを与える」と長者が約束する。「オレ(耳男)」は「女などいらぬ」という意志を示し、エナコは怒って「オレ」の左耳を切り落とす。「オレ」が「平気だ」と言うので、夜長ヒメはエナコに命じて、「オレ」の右耳も切り落とさせる→〔十三歳〕1。
『南総里見八犬伝』第9輯巻之29第147回~巻之30第148回 犬江親兵衛は、絵から抜け出た虎を退治し、証拠に虎の片耳を切り取る。しかしその耳はいつのまにかなくなり、絵の中に戻ってしまう。後に虎の身体全体も絵に戻って耳とつながったが、耳には刀傷が残った。
『平家物語』(延慶本)巻9-21「越中前司盛俊被討事」 猪俣小平六則綱が越中前司盛俊を討ち取ったところへ、人見四郎が駆けつけ、盛俊の首を横取りする。則綱はとっさに首の左耳を切り取って、後の首実験の折の証拠とする。
*鼻を斬り取って証拠とするばあいもある→〔鼻〕5の『武州公秘話』(谷崎潤一郎)。
『ボール箱』(ドイル) ジム・ブラウナーはメアリと結婚して、仲むつまじく暮らした。メアリの姉セアラがジムに言い寄ったが、ジムは相手にしなかった。そのことでセアラはジムを恨み、アレックという男をメアリに近づけて、ジムとメアリの夫婦仲を割(さ)く。ジムは怒りのあまり、アレックとメアリを殺して、2人の耳を片方ずつ切り取る。ジムは「すべてセアラの責任だ」と思い知らせるべく、2つの耳をボール箱に入れて、セアラに送りつけた〔*しかし手違いで、ボール箱は別人の所へ届いた〕。
*不義の男女の髪を切り取る→〔髪〕4の『好色一代男』(井原西鶴)巻3「口舌の事触」・『デカメロン』第7日第8話、→〔目印〕4の『デカメロン』第3日第2話。
『耳切り団一』(昔話) 小僧が鬼(山姥)に追われ、寺に逃げこむ。和尚が体中に経文を書いてくれるが、耳に書くのを忘れる。鬼(山姥)は耳だけ食い切っていく、あるいは、耳から小僧を食ってしまう。
『耳なし芳一のはなし』(小泉八雲『怪談』) 和尚が芳一の全身に般若心経を書きつつも、耳に書くのを忘れてしまう。平家武士の亡霊が芳一を呼びに来るが、経文のおかげで芳一の姿は見えない。両耳だけが宙に浮かんでいるので、亡霊は主君に報告するため、耳をもぎとって帰って行く。
『明惠上人伝記』 明惠上人は、仏道に専心するために、我が姿を変えて人間世界を離れよう、と思う。しかし、眼をつぶせば経が読めない。鼻を削げば鼻水で経を汚す。手を切れば印(いん)を結べない。耳ならば、切り取っても聞こえなくなるわけではないので、上人は剃刀で右耳を切り落とした〔*建久七年(1196)、上人が24歳の時のこと〕。
*ゴッホも自分の片耳を切り捨てた→〔絵〕3bの『夢』(黒澤明)第5話「鴉」。
*耳たぶなら、なくなっても困らない→〔交換〕3aの『耳の値段』(安部公房)。
『撰集抄』巻1-8 40歳余りの法師が、行賀(ぎゃうが)僧都のもとを訪れて訴える。「背中に悪瘡をわずらい、苦痛はなはだしく死期が近い。医師から『貴い聖人の左耳を取って来たら、治療できる』と言われた」。行賀は、ためらうことなく、剃刀で自らの左耳を切って、法師に与える。後、行賀の夢に十一面観音が現れ、「いつぞやいただいた耳を、今お返し申し上げる」と告げる。目覚めた行賀が手さぐりすると、左耳がもとどおりついていた。
- 耳を切るのページへのリンク