日朝関係史とは?

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 日朝関係史の意味・解説 

日朝関係史

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/10/30 10:25 UTC 版)

日朝関係史(にっちょうかんけいし)あるいは日韓関係史(にっかんかんけいし)では、日本朝鮮半島の両地域及びそこに存在した国家間の関係の歴史について概説する。




注釈

  1. ^ 倭国では、高句麗を高麗(こま)と呼んだために、日本列島内に高麗郡や高麗神社などの名称があるが、のちに朝鮮半島で成立する高麗(こうらい)とは別の国を指す。
  2. ^ 隋書 東夷伝 第81巻列伝46 : 新羅、百濟皆以倭為大國,多珍物,並敬仰之,恆通使往來
  3. ^ 宋書 列傳第五十七 夷蠻 : 詔除武使持節、都督倭新羅任那加羅秦韓慕韓六國諸軍事、安東大將軍、倭王。興死,弟武立,自稱使持節、都督倭百濟新羅任那加羅秦韓慕韓七國諸軍事、安東大將軍、倭國王
  4. ^ 職貢図 : 斯羅国 : 斯羅國,本東夷辰韓之小國也。魏時曰新羅,宋時曰斯羅,其實一也。或屬韓或屬倭,國王不能自通使聘
  5. ^ 三國史記 新羅本紀 : 元年 三月 與倭國通好 以奈勿王子未斯欣爲質
  6. ^ 三國史記 百済本紀 : 六年夏五月 王與倭國結好 以太子腆支爲質 秋七月大閲於漢水之南
  7. ^ 実際は海賊との見方もある[35]
  8. ^ 高麗史列伝巻十七 『若依蛮様、則工費多、将不及期..用本国船様督造』
  9. ^ 「元史」 卷十二本紀第十二世祖九 七月の条 『高麗国王請、自造船百五十艘、助征日本』
  10. ^ イギリス商館長リチャード・コックスの日記 1617年8月31日 ある人々(それは庶民であるが)は、朝鮮通信使が来たのは臣従の礼を表し、貢物を献上するためで、もしそうしないと将軍は再び彼らに対して戦争を仕掛けたであろうと噂している[121]
  11. ^ 日本国内で慰安婦についての議論があり、「単なる売春婦であり、性的搾取をはじめとした慰安所における人権侵害など何もない」などの意見や、「日本軍〈慰安婦〉問題は国内外の反日勢力の陰謀」という意見、これに対する「日本版歴史修正主義」とする反論もある[172]
  12. ^ 震災後に中国で日本支援運動が起きたが、中国人も殺害されていた。その多くは浙江省の自然災害のため出稼ぎに来ていた農民だった[176]
  13. ^ 第一大邦丸事件では漁労長が殺害されている
  14. ^ 『続日本紀』巻第四十「《延暦九年(七九〇)正月壬子【十五】(#延暦八年(七八九)十二月附載)》壬午。葬於大枝山陵。皇太后姓和氏。諱新笠。贈正一位乙継之女也。母贈正一位大枝朝臣真妹。后先出自百済武寧王之子純陀太子。皇后容徳淑茂。夙著声誉。天宗高紹天皇竜潜之日。娉而納焉。生今上。早良親王。能登内親王。宝亀年中。改姓為高野朝臣。今上即位。尊為皇太夫人。九年追上尊号。曰皇太后。其百済遠祖都慕王者。河伯之女感日精而所生。皇太后即其後也。因以奉謚焉。」 P4473《巻首》続日本紀巻第四十〈起延暦八年正月、尽十年十二月。〉」
  15. ^ 法的な首都は1972年の新憲法制定までソウル。
  16. ^ ただし、1960年代後半からの高度経済成長まで、南の大韓民国は北の朝鮮民主主義人民共和国よりもさらに貧しく、国家経済の規模も劣っていた事を理解する必要がある。
  17. ^ 日本社会党や日本共産党でも、1980年代末に韓国の民主化で現地との交流を開始したのを受けて、「南朝鮮」から「韓国」への表記へと切り替えた。
  18. ^ なお、この拉致事件を追及する特定失踪者問題調査会によれば、被害者になった可能性がある「特定失踪者」は1948年から2004年まで存在し、特に拉致の疑いが濃い事例に限っても1960年から1991年にわたっている。
  19. ^ その後、閔は韓国国籍と日本での在留特別許可を得たが、刑事事件によりしばしば逮捕され、2004年に拘置中自殺した。
  20. ^ 斯盧国は503年に新羅と国号を改めた

出典

  1. ^ a b 宇野 1998.
  2. ^ 藤尾 2015, p. 37, 117.
  3. ^ a b 藤尾 2015, p. 72.
  4. ^ 佐藤 2002, p. 40.
  5. ^ 佐藤 2002, p. 108.
  6. ^ 佐藤 2002, p. 109.
  7. ^ 高田 2017, p. 31.
  8. ^ 森下 2016, p. 77.
  9. ^ 藤尾 2015.
  10. ^ 高田 2017, p. 17.
  11. ^ 高田 2017, p. 74, 106.
  12. ^ 高田 2017, p. 136.
  13. ^ 高田 2017, p. 72.
  14. ^ 宇野ほか 1990, p. 69.
  15. ^ 森下 2016, p. 167.
  16. ^ 森下 2016, p. 175.
  17. ^ 高田 2017, p. 61.
  18. ^ 高田 2017, p. 213, 218.
  19. ^ 宇野ほか 1990, p. 78.
  20. ^ 宇野ほか 1990, p. 80.
  21. ^ a b 大庭 2005.
  22. ^ 宇野ほか 1990, p. 86,87.
  23. ^ a b 宇野ほか 1990, p. 87,89.
  24. ^ 宇野ほか 1990, p. 95.
  25. ^ a b c 東野 2007.
  26. ^ 市 2012, p. 18.
  27. ^ 市 2012, p. 235.
  28. ^ 吉川 2011, p. 101.
  29. ^ 宇野ほか 1990, p. 135.
  30. ^ 伊藤 2006.
  31. ^ 酒寄 2011.
  32. ^ a b 中村 2012, p. 31.
  33. ^ 荒野 2012, p. 53.
  34. ^ 続日本書紀 & 天平勝宝4年6月14日.
  35. ^ 宇野ほか 1990, p. 122.
  36. ^ 宇野ほか 1990, p. 235.
  37. ^ 吉川 2011, p. 122, 156.
  38. ^ 宇野ほか 1990, p. 131.
  39. ^ 岸 1987, p. 261-292.
  40. ^ 河添 2014, p. 45.
  41. ^ 宇野ほか 1990, p. 145.
  42. ^ 山崎 2000.
  43. ^ 宇野ほか 1990, p. 173.
  44. ^ 網野 2000.
  45. ^ a b 小倉 2017, p. 108.
  46. ^ 藤尾 2015, p. 132, 140.
  47. ^ 藤尾 2015, p. 218.
  48. ^ 森下 2016, p. 20.
  49. ^ 森下 2016, p. 95, 99.
  50. ^ a b 森下 2016, p. 78.
  51. ^ 丸山 2010, p. 269.
  52. ^ [[#CITEREF|]].
  53. ^ 三上 1998, p. 174.
  54. ^ 秩父市和銅保勝会 [1]
  55. ^ 漢字が来た道,犬飼隆,国立歴史民俗博物館研究報告 第194集,2015年
  56. ^ 市 2012, p. 154, 234.
  57. ^ 市 2012, p. 38.
  58. ^ 宇野ほか 1990, p. 82, 86.
  59. ^ a b 市 2012, p. 42.
  60. ^ 高田 2017, p. 43.
  61. ^ 高田 2017, p. 6, 12.
  62. ^ 吉川 2011, p. 3.
  63. ^ 藤尾 2015, p. 117.
  64. ^ 高田 2017.
  65. ^ 村井 1995, p. 4.
  66. ^ 宇野ほか 1990, p. 87, 89.
  67. ^ 服部 2017, p. 190.
  68. ^ a b 網野 2000, p. 157.
  69. ^ 森平 2011.
  70. ^ 網野 2000, p. 135-146.
  71. ^ 服部 2017, p. 112.
  72. ^ 網野 2000, p. 379.
  73. ^ 服部 2017, p. 114.
  74. ^ a b 田中 2012, p. 24.
  75. ^ 田中 2012, p. 36.
  76. ^ 田中 2012, p. 43.
  77. ^ 宇野ほか 1990, p. 322.
  78. ^ 岡本 2008, p. 12.
  79. ^ a b c 伊藤 2005.
  80. ^ 佐伯 2008, p. 89.
  81. ^ 田中 2012, p. 50.
  82. ^ a b 田代 2002, p. 10.
  83. ^ 佐伯 2008, p. 6.
  84. ^ 佐伯 2008, p. 14.
  85. ^ 宇野ほか 1990, p. 186.
  86. ^ 池上ほか 1995, p. 81.
  87. ^ 本多 2015, p. 16.
  88. ^ 本多 2015, p. 20.
  89. ^ a b 本多 2015, p. 31.
  90. ^ 田中 2012, p. 30.
  91. ^ 村井 1993, p. 127.
  92. ^ 佐伯 2008, p. 98.
  93. ^ 田中 2012, p. 41.
  94. ^ 須川 1999.
  95. ^ 佐伯 2008, p. 14, 89.
  96. ^ a b c 網野 2009, p. 64.
  97. ^ 上里 2012.
  98. ^ 長 2002.
  99. ^ a b 田代 1983.
  100. ^ 上里 2012, p. 108.
  101. ^ 岡本 2008, p. 14.
  102. ^ a b 田中 1996.
  103. ^ 村井 1995, p. 32.
  104. ^ 村井 1995, p. 127.
  105. ^ 田中 2008, p. 28.
  106. ^ 三宅 2006, p. 55.
  107. ^ a b 仲尾 2007.
  108. ^ 鄭ほか 2008.
  109. ^ 津野 2017, p. 383.
  110. ^ a b 田中 1996, p. 116.
  111. ^ 倉地 2001, p. 185.
  112. ^ 池内 2017, p. 94.
  113. ^ 三宅 2006, p. 210.
  114. ^ a b 上垣外 2005.
  115. ^ 申 1719.
  116. ^ 李 1992, p. 284.
  117. ^ 岡本 2008, p. 34.
  118. ^ 糟谷 1996, p. 18.
  119. ^ 岡本 2008, p. 50.
  120. ^ 仲尾 1989, p. 2.
  121. ^ 東京大学史料編纂所 1979.
  122. ^ a b 三宅 1986.
  123. ^ 井上 2016, p. 3-25.
  124. ^ a b 田代 2002.
  125. ^ 仲尾 2007, p. 173.
  126. ^ 吉田ほか 2011, p. 65.
  127. ^ 仲尾 2007, p. 171.
  128. ^ 李 1992, p. 117, 246.
  129. ^ 田代 2002, p. 第5章.
  130. ^ 野崎 1998, p. 126.
  131. ^ 奥谷浩一 2006, pp. 169.
  132. ^ 仲尾 2007, p. 160.
  133. ^ 李 1992, p. 291.
  134. ^ 村井 1995, p. 32, 38.
  135. ^ 倉地 2001, p. 151.
  136. ^ 青柳 1997, p. 5.
  137. ^ 倉地 2001, p. 80.
  138. ^ トビ 2008, p. 第5章.
  139. ^ 李 1992, p. 241.
  140. ^ 榊原 2002.
  141. ^ 坂井 1998.
  142. ^ 池内 1999.
  143. ^ 李 1992, p. 254.
  144. ^ a b 岡本 2008, p. 65.
  145. ^ 糟谷 1996, p. 30.
  146. ^ 今日の歴史(4月17日) 聯合ニュース 2009/04/17 閲覧
  147. ^ 糟谷 1996, p. 31.
  148. ^ 糟谷 1996, p. 37.
  149. ^ 糟谷 1996, p. 46.
  150. ^ 糟谷 1996, p. 58, 83.
  151. ^ 岡本 2008, p. 162, 181.
  152. ^ 糟谷 1996, p. 72.
  153. ^ 糟谷 1996, p. 70.
  154. ^ 小倉 2017, p. 294.
  155. ^ 劉 2012, p. 111.
  156. ^ 新城 2015, p. 33.
  157. ^ 金 1997, p. 39.
  158. ^ アイルランド 1926.
  159. ^ a b 国分ほか 2013, p. 16.
  160. ^ エッカート 1991.
  161. ^ 木村 2008, p. 11.
  162. ^ a b 李ほか 2017, p. 33.
  163. ^ 山室 1993, p. 37.
  164. ^ 山室 1993, p. 41.
  165. ^ 新城 2015, p. 37.
  166. ^ 山室 1993, p. 279.
  167. ^ 宮田 1985, p. 102-103.
  168. ^ 金 1997, p. 114.
  169. ^ 大阪毎日新聞 1943年6月15日付『内地密航増加 釜山水上署で厳罰』
  170. ^ a b 朴 2014.
  171. ^ カミングス 1997, p. 第3章.
  172. ^ 高橋 2001, p. ⅲ.
  173. ^ 金 1997, p. 55.
  174. ^ a b 金 1997, p. 20.
  175. ^ 田中 2011.
  176. ^ 国分ほか 2013, p. 20.
  177. ^ 中央防災会議 災害教訓の継承に関する専門調査会 2008 第4章第2節.
  178. ^ 金 1997, p. 57.
  179. ^ 木村 2008, p. 14.
  180. ^ 劉 2012.
  181. ^ 加藤 2009, p. 64.
  182. ^ 金 1997, p. 73.
  183. ^ 加藤 2009, p. 83.
  184. ^ 糟谷 1996, p. 43.
  185. ^ 李 2014.
  186. ^ 武田編 2000.
  187. ^ 金 1997, p. 17, 30, 45.
  188. ^ 金 1997, p. 60.
  189. ^ 金 1997, p. 66.
  190. ^ 糟谷 1996, p. 68.
  191. ^ 多田井 1997, p. 下巻.
  192. ^ 多田井 1997, p. 下巻240.
  193. ^ 小倉 2017, p. 261, 305.
  194. ^ 野崎 1998, p. 24.
  195. ^ 宮田 1985.
  196. ^ 野崎 1998, p. 23.
  197. ^ 任 1994.
  198. ^ 青柳 1997, p. 177, 205.
  199. ^ 青柳 1997, p. 10.
  200. ^ 野崎 1998, p. 115.
  201. ^ 糟谷 1996, p. 84.
  202. ^ 김기철 (2010年7月14日). “일제시대 휩쓴 베스트셀러 '딱지본'을 아십니까” (韓国語). 朝鮮日報. http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2010/07/13/2010071302149.html 2016年10月20日閲覧。 同記事日本語訳の前半:金基哲 (2010年7月18日). “日本統治時代のベストセラー「タクチ本」(上)” (日本語). 朝鮮日報日本語版. オリジナル2010年7月20日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100720045043/http://www.chosunonline.com/news/20100718000004 2017年11月25日閲覧。 
  203. ^ 金 1997, p. 91.
  204. ^ 加藤 2009, p. 64, 96.
  205. ^ 五百旗頭 2010.
  206. ^ “拷問・戦争・独裁逃れ…在日女性60年ぶり済州島に帰郷へ”. 朝日新聞. (2008年3月29日). オリジナル2008年4月1日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20080401232255/http://www.asahi.com/national/update/0329/TKY200803290044.html 2011年8月閲覧。 
  207. ^ 加藤 2009, p. 56.
  208. ^ 金 1997, p. 132.
  209. ^ 加藤 2009, p. 196, 217.
  210. ^ 李ほか 2017, p. 38.
  211. ^ 李ほか 2017, p. 35.
  212. ^ 今日の歴史(1月7日) 聨合ニュース 2009/01/07
  213. ^ 今日の歴史(3月24日) 聯合ニュース 2009/03/24 閲覧
  214. ^ a b 李ほか 2017, p. 227.
  215. ^ 新城 2015, p. 230.
  216. ^ 木村 2008, p. 149.
  217. ^ 木村 2008.
  218. ^ 李ほか 2017, p. 157.
  219. ^ 宮内庁. “天皇陛下のお誕生日に際しての記者会見の内容”. 2017年11月25日閲覧。
  220. ^ 池内 2016.
  221. ^ 李ほか 2017, p. 208.
  222. ^ 日本経済新聞 2013/7/16 19:33 強制徴用訴訟で和解を提案 韓国弁護士協会会長 [2]
  223. ^ 李ほか 2017, p. 224.
  224. ^ a b 李ほか 2017, p. 231.
  225. ^ “日韓ダブルナンバー”. 西日本新聞. (2017年11月25日). http://www.nishinippon.co.jp/wordbox/article/8575 
  226. ^ “韓国紙、「歴代天皇で初」と詳報=埼玉の高麗神社参拝”. 時事通信. (2017年9月21日). https://www.jiji.com/jc/article?k=2017092100859 2017年9月21日閲覧。 
  227. ^ 菊池 2009.
  228. ^ 特定船舶の入港の禁止に関する特別措置法”. e-Gov. 2017年11月25日閲覧。
  229. ^ 朝鮮民主主義人民共和国江原道元山市との友好都市盟約について”. 境港市. 2017年11月25日閲覧。
  230. ^ 東京新聞 2017/2/1 【特報】 米国の入国禁止に静観決め込む日本 そもそも人権後進国
  231. ^ “北朝鮮が「核で沈める」と日本を威嚇-「言語道断」と菅官房長官”. Bloomberg (ブルームバーグ). (2017年9月14日). https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2017-09-14/OW90MS6TTDS101 2017年11月17日閲覧。 
  232. ^ 時事通信 (2017年9月14日). “北朝鮮「列島、核で海に沈める」=制裁に便乗と日本非難”. Jiji.com (時事通信社). https://www.jiji.com/jc/article?k=2017091400289 2017年11月17日閲覧。 
  233. ^ “北朝鮮基礎データ”. 外務省. (2017年11月25日). http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/n_korea/data.html 
  234. ^ 井村 2000, p. 100.
  235. ^ 李ほか 2017, p. 84.
  236. ^ 井村 2000, p. 237.
  237. ^ 百本ほか 2012, p. 151.
  238. ^ 櫻谷 1999, p. 50.
  239. ^ 百本ほか 2012, p. 19.
  240. ^ 2007年8月13日 読売新聞
  241. ^ 大野、桜井 1997, p. 32, 38.
  242. ^ a b 百本ほか 2012, p. 168.
  243. ^ 百本ほか 2012, p. 184.
  244. ^ “わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告 -2017年度 海外直接投資アンケート結果(第29回)-”. 国際協力銀行. (2017年11月25日). https://www.jbic.go.jp/wp-content/uploads/press_ja/2017/11/58812/shiryo00.pdf 
  245. ^ 小林、中林 2010, p. 139, 144.
  246. ^ 百本ほか 2012, p. 189.
  247. ^ “北朝鮮基礎データ”. 外務省. (2017年11月25日). http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/n_korea/data.html 
  248. ^ 山田吉彦「北朝鮮が中国に売った「日本海」漁場」新潮45、2017年4月号
  249. ^ “北朝鮮 中国に東海NLLの漁業権も販売=代金は統治資金に”. 聯合ニュース. (2016年8月11日). http://japanese.yonhapnews.co.kr/northkorea/2016/08/10/0300000000AJP20160810005900882.HTML 2017年12月16日閲覧。 
  250. ^ “北朝鮮船相次ぎ漂着 制裁下、食糧・外貨は漁業頼み”. 日本経済新聞. (2017年11月28日). https://www.nikkei.com/article/DGXMZO23994130Y7A121C1EA1000/ 2017年12月16日閲覧。 
  251. ^ 李ほか 2017, p. 157, 230.
  252. ^ “日韓相互交流1000万人目標 観光振興協議会、熊本市で開催”. 日本経済新聞. (2017年11月25日). https://www.nikkei.com/article/DGXLZO10461240Y6A201C1LX0000/ 
  253. ^ 李ほか 2017, p. 232.
  254. ^ “第5回日韓共同世論調査 日韓世論比較結果”. 特定非営利活動法人 言論NPO ・ 東アジア研究院. (2017年11月25日). http://www.genron-npo.net/world/archives/6677.html 
  255. ^ 新城 2015.
  256. ^ “プログラムの特徴”. アジア太平洋カレッジ. (2017年11月25日). http://rcks.kyushu-u.ac.jp/cap/?page_id=298 
  257. ^ 金 2014.
  258. ^ 李ほか 2017, p. 180.
  259. ^ 李ほか 2017, p. 153.
  260. ^ “第38回紅白歌合戦”. NHK紅白歌合戦ヒストリー. (2017年11月25日). https://www.nhk.or.jp/kouhaku/history/history.html?count=38 
  261. ^ “韓国地上波放送で日本歌手が日本語の歌、初の生放送”. 聯合ニュース. (2010年9月13日). http://japanese.yonhapnews.co.kr/society/2010/09/13/0800000000AJP20100913000800882.HTML 2011年2月16日閲覧。 
  262. ^ “第53回紅白歌合戦”. NHK紅白歌合戦ヒストリー. (2017年11月25日). https://www.nhk.or.jp/kouhaku/history/history.html?count=53 
  263. ^ “第59回紅白歌合戦”. NHK紅白歌合戦ヒストリー. (2017年11月25日). https://www.nhk.or.jp/kouhaku/history/history.html?count=59 
  264. ^ “第62回紅白歌合戦”. NHK紅白歌合戦ヒストリー. (2017年11月25日). https://www.nhk.or.jp/kouhaku/history/history_62.html 
  265. ^ “韓国の「村上春樹旋風」と「東野圭吾人気」に見る時代の変化”. 文春オンライン. (2017年11月25日). http://bunshun.jp/articles/-/3427 
  266. ^ 第一回日本翻訳大賞受賞作決定”. 日本翻訳大賞. 2017年11月25日閲覧。
  267. ^ ユネスコ 世界の記憶に「朝鮮通信使」「上野三碑」登録”. 毎日新聞. 2017年10月31日閲覧。




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

カテゴリ一覧

全て

ビジネス

業界用語

コンピュータ

電車

自動車・バイク

工学

建築・不動産

学問

文化

生活

ヘルスケア

趣味

スポーツ

生物

食品

人名

方言

辞書・百科事典

すべての辞書の索引

「日朝関係史」の関連用語

日朝関係史のお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング



日朝関係史のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの日朝関係史 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2018 Weblio RSS