任那とは?

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みまな 【任那】 ◇

古代朝鮮南部にあった加羅諸国地域。四世紀後半頃から倭()の勢力が及び、六世紀中頃までに百済新羅併合された。任那と加耶諸国は倭の領域だとする説もある。にんな。 → 加羅

任那

読み方:ニンナninna

古代朝鮮国名


任那

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/04/29 05:34 UTC 版)

任那(みまな/にんな、임나? - 562年)は、古代に存在した朝鮮半島南部の地域。


注釈

  1. ^ 吉田1997 p.74、森1998等 実際に、『朝鮮史』(山川出版社<新版世界各国史2>、2000年 ISBN 4-634-41320-5)においても、任那については広開土王碑文に登場する「任那加羅」や、弁韓諸国の系統の一小国としてしか扱われていない。
  2. ^ 従来、日本軍による改竄の可能性があるとされてきたが、2006年4月に中国社会科学院の徐建新により、1881年に作成された現存最古の拓本と酒匂本とが完全に一致していることが発表された。
  3. ^ 該当の論考は、鮎貝房之進『日本書紀朝鮮地名攷』国書刊行会 1971年復刊(『雑攷』第7輯上下巻 1937年刊の複製再版)によるもの。(→田中1992 p.37)
  4. ^ 吉田孝は、「任那」とは、高句麗新羅に対抗するために百済・倭国(ヤマト王権)と結んだ任那加羅(金官国)を盟主とする小国連合であり、いわゆる伽耶地域とは一致しないこと、倭国が置いた軍事を主とする外交機関を後世「任那日本府」と呼んだと主張し、百済に割譲した四県は倭人が移住した地域であったとした。また、532年の任那加羅(金官加羅)滅亡後は安羅に軍事機関を移したが、562年の大加羅の滅亡で拠点を失ったと主張した(→吉田1997 pp.74-78.)。
  5. ^ (金錫亨著 朝鮮史研究会編『大和政権と任那』勁草書房、1969 ISBN 4326200014
  6. ^ (→井上2004 pp.106-107.)。論考は井上秀雄『任那日本府と倭』(東出版、1973)に詳しい
  7. ^ また、田中俊明は、倭との関係が深く百済と一定の距離を置いていた特定の首長層の墓と主張している。

出典

  1. ^ 通典辺防典
  2. ^ 『朝鮮半島出土弥生系土器から復元する日韓交渉』[1]東京大学考古学研究室研究紀要. 第25号, 2011年3月, pp.65-96
  3. ^ 신라진경대사탑비명(新羅眞鏡大師塔碑銘)
  4. ^ 新羅 中代 新金氏의 登場과 그 背景
  5. ^ a b c 吉田1997 pp.74-76.
  6. ^ 山尾幸久は倭王武の上表文中にでてくる「秦韓」とは辰韓12国のうちの優中国(現在の慶尚北道蔚珍郡のことであるとする。
  7. ^ 田中1992 pp.31-37.
  8. ^ 権珠賢(下)1998 pp.38-39.
  9. ^ 毎日新聞』2015年08月11日 東京朝刊
  10. ^ 歴史通』2014年1月号ironna姜仁求教授によると、全長66メートル、後円径37・5メートル、前方部が若干丸みを帯びているが、円墳2基ではなく前方後円墳であるという。後円部上に石材が露呈するが、それは鳥居龍蔵が1914年に発掘した竪穴式石室の一部である。『韓国の古代遺跡 2百済・伽耶篇』中央公論社ISBN 978-4120016912
  11. ^ 沈奉謹編『固城松鶴洞古墳群 第1号墳 発掘調査報告書』(東亜大学校博物館、2005年)
  12. ^ 歴史通』2014年1月号ironna森浩一によると、1983年に訪ねた際はダブルマウンドが丘陵上に造営されており、前方後円墳であることに躊躇なく、その後鳥居龍蔵が戦前に撮影した側面写真が発見されたことで確認できたが、その後、現在の形が近年の変形であるという噂話があったが、その噂話が意図的に流されていると感じていたという。松鶴洞古墳の発掘は、「発掘もある種の遺跡の破壊」という考古学の事例であり、近年の変形を示す兆候は存在しないが、原形がダブルマウンドなのかの前提を抜いて、円墳連続説が発掘開始直後から提出され、結論ありきの結果が流布されており、「これは学問の手順として明らかに間違っているし、学問の名において文化財を変形・改変することになる。」と批判している。
  13. ^ 歴史通』2014年1月号ironna
  14. ^ a b 國學院大學「韓国全羅道地方の前方後円墳調査」
    • 前方後円墳に関する韓国報道など[2][3]
  15. ^ 門田誠一「韓国古代における翡翠製勾玉の消長」『特別展 翡翠展 東洋の神秘』2004
  16. ^ 早乙女雅博/早川泰弘 「日韓硬玉製勾玉の自然科学的分析」 朝鮮学報 朝鮮学会
  17. ^ http://yayoi.senri.ed.jp/research/re11/KKim.pdf
  18. ^ 国史編纂委員会「近代以前は植民史観、近現代は理念偏向相変わらず」中央日報2011年04月11日11
  19. ^ 鄭大均 『日本のイメージ』 中央公論社中公新書 1439〉、1998年10月ISBN 978-4121014399p177
  20. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 岩波文庫「日本書紀」四(1995年、2000年第七版)
  21. ^ 吉田1997 pp.101.
  22. ^ 韓国国会、日本糾弾決議案採択…「歴史歪曲・領土侵奪は極めて遺憾」 2015年4月10日、中央日報日本語版


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