い ふく [1] 【衣服】
衣服
★1.衣服・衣装の力。
『形』(菊池寛) 戦国時代。中村新兵衛は唐冠の兜と猩々緋の服折(はおり)姿で槍をふるい、「槍中村」と呼ばれ、恐れられた。初陣の若侍が新兵衛の兜と服折を借り、これを着て戦場に出る。敵は、唐冠と猩々緋を見ただけで、怖気(おじけ)づき浮き足立って、たやすく討たれる。その後に本物の新兵衛が、普段と異なる南蛮鉄の兜と黒皮縅の冑(よろい)で出陣する。敵兵は少しも恐れず応戦し、新兵衛は討たれてしまう。
*王が、王衣を別の着物に着替えて戦場に出る→〔犠牲〕5の『ゲスタ・ロマノルム』41。
『正法眼蔵随聞記』第6-8 宇治の関白・藤原頼通が粗服で宮中の御湯殿へ行き、火を焚く所を見ていると、役人に「何者だ」と咎められ、追い出されてしまった。頼通は関白の装束に着替え、もう1度、御湯殿へ行くと、役人はすっかり恐縮して逃げ去った。その時、頼通は装束を脱いで竿の先にかけ、拝礼して、「人が私を貴(たつと)ぶのは、我が徳にあらず。ただ、この装束ゆえなり」と言った。
★2.人を焼き殺す衣服。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第9章 イアソンとメデイアは夫婦となり、コリントスで10年間幸福に暮らした。しかしその後、イアソンはメディアと離婚し、コリントス王クレオンの娘グラウケと結婚する。メディアはイアソンを責め、毒薬に浸(ひた)した衣を新婦グラウケに贈った。衣を着たグラウケは、助けに来た父王クレオンともども、烈火によって焼き尽くされた〔*『変身物語』(オヴィディウス)巻7に簡略な記事〕。
『変身物語』巻9 ネッソスの血とヒュドラの毒で染められた衣(*→〔妻〕2)を、そうとは知らずに、ヘラクレスは肩にまとう。たちまち衣は恐ろしい熱を発して、ヘラクレスの全身を焼いた。衣を身体から剥ぎ取ろうとすると、肉もいっしょに剥がれ、骨が露出した。すさまじい責め苦から逃れるために、ヘラクレスは木々を切り倒して積み上げ、そこに横たわって自らを火葬にした〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第7章に簡略な記事〕。
★3a.白い衣服が死を招き寄せる。
『夏の葬列』(山川方夫) 太平洋戦争末期、小学校3年生の「彼」は、海岸の町に疎開していた。白昼、米軍の艦載機が飛来して、町の人々を銃撃する。大人が「ひっこんでろ、その女の子。走っちゃだめ! 白い服は絶好の目標になるんだ」と叫ぶ。真っ白なワンピースを着た5年生のヒロ子さんが、「彼」を防空壕へ連れて行こうと走って来る。「彼」は「向こうへ行け! 目立っちゃうじゃないかよ!」と叫んで、ヒロ子さんを突きとばす。ヒロ子さんの身体は、機銃掃射を受けて宙に浮いた。
*王の衣裳を着て、死神を招き寄せる→〔王〕3aの『文字禍』(中島敦)。
『宇治拾遺物語』巻2-11 大学頭(だいがくのかみ)明衡が、ある夜、下賤の者の家の一部屋を借りて、愛人と寝た。下賤の者はそのことを知らず、自分の妻のもとへ情夫が来ているものと誤解し、眠る明衡を、刀で突き殺そうとする。ところが月の光で、身分高い貴族がはく指貫(さしぬき)袴の括り紐が見えたので、下賤の者は「我が妻のもとへ、指貫袴をはくような高貴な人が来るはずがない。人違いかもしれぬ」と察して、その場を退いた。明衡は、指貫袴のおかげで命拾いした。
*女の着物のおかげで、死を免れた→〔女装〕9の『続玄怪録』5「冥土の大工」。
★4.衣服を腐らせる。
『古事記』中巻 稲城(いなき)にこもった后サホビメを連れ戻そうと、垂仁天皇が力士(ちからびと)たちに、「髪でも手でも、どこでもつかまえて后を引きずり出せ」と命ずる。サホビメはこのことを前もって察知し、髪を剃ってその髪で頭を覆い、玉の緒や衣服を酒で腐らせておいた。力士たちがサホビメをとらえようとすると、髪は抜け落ち、玉の緒は切れ、衣服は破れて、サホビメを連れ戻すことはできなかった〔*『日本書紀』巻6垂仁天皇5年10月の狭穂姫(=サホビメ)の物語には、衣服を腐らせる話はない〕。
*着物を腐らせて、高台から投身する→〔投身自殺〕1の『捜神記』巻11-32(通巻294話)。
★5.衣服を取り替えて着る。
『東海道四谷怪談』(鶴屋南北)「浅草裏田圃」 直助は、恋敵佐藤与茂七を殺すべく、彼の持つ提灯を目当てに、闇の浅草裏田圃で待ち伏せる。しかし、与茂七が非人姿の傍輩奥田庄三郎と衣装を取り替えたため、直助は誤って庄三郎を刺し殺す。
『マルコによる福音書』第5章 イエスを取りまく群集の中に、12年間も出血の止まらない女がいた。女は癒しを求めて、後ろからイエスの服に触れる。すぐに出血が止まり、女は病気が治ったことを身体に感じた。イエスは自分の内から力が出て行ったことに気づき、「わたしの服に触れたのは誰か?」と問う。女が進み出てひれ伏すと、イエスは「あなたの信仰があなたを救った。安心して、元気に暮らしなさい」と言った〔*『マタイ』第9章・『ルカ』第8章に類話〕。
『源氏物語』「空蝉」 光源氏は空蝉の寝所にしのび入るが、彼女は源氏の気配を察知し、夜着として掛けていた薄衣を残して、部屋の外へ逃れた。薄衣は、懐かしい空蝉の移り香がしみついた小袿(こうちき)だったので、源氏はそれをいつも身近に置き、御衣(おんぞ)の下に引き入れて寝たりもした。
*女の匂いが残る蒲団や夜着→〔ふとん〕1の『蒲団』(田山花袋)。
★8.衣服と文化。
『ビルマの竪琴』(竹山道雄)第2話「青い鸚哥(インコ)」 われわれ日本兵はビルマの捕虜収容所で、彼我の文化の違いを議論した。ビルマでは、男は若い頃かならず1度は僧になって修行する。日本では若い人は皆軍服を着たのに、ビルマでは袈裟をつけるのだ。日本人も昔は袈裟に近い和服を着ていたが、近頃は軍服に近い洋服を着る。これは生き方の違いを表すのだろう。一方は人間が自力をたのんで、すべてを支配しようとする。一方は我(が)を捨てて、人間以上の広い深い天地にとけこもうとするのだ。
★9.衣服の袖。
袖もぎ様(水木しげる『図説日本妖怪大鑑』) 行路の安全を祈る旅人が、自分の着物の片袖を取って、「袖もぎ様」の祠に捧げる慣わしがある。中国・四国地方の「袖もぎ」という地名の所では、そこで転んだりした時には、着物の片袖を取って棄てなければならない。兵庫県佐用郡では、薬師の辻堂のある所で倒れたら、片袖をちぎって帰らないと死ぬ、とまで言われている。
『妖怪談義』(柳田国男)「妖怪名彙(ソデヒキコゾウ)」 埼玉県西部では、「袖引小僧」の怪を説く村が多い。夕方、路を通ると、後ろから袖を引く者がある。驚いて振り返っても、誰もいない。歩き出すと、また引かれる。
*後ろから自転車を引っ張る→〔自転車〕5の『現代民話考』(松谷みよ子)3「偽汽車ほか」第3章の1。
『農民の妻になった仙女』(沖縄の民話) 大昔のこと、大里の宮城(みやあぐすく)の泉に仙女が下り、色とりどりの美しい着物を脱いで木の枝にかけて、水浴した。1人の農民が着物を取って蔵に隠したので、仙女は天へ昇ることができず、泣く泣くこの農民の妻になった。1男1女を産んで、後に男児は宮城の地頭になり、女児は祝女(ぬうる)になった。仙女は最後まで着物が見つからず、天へ帰れないまま亡くなった。そこで九場塘嶽(くばとうだき)という聖地の大石の中に葬った。
*衣を奪われた天女は、後に衣を取り戻して昇天するのが、一般的な展開である→〔水浴〕1a・〔天人降下〕1bに記事。
★10b.天女でなくとも、衣服を奪われては、たいへん困ったことになる。
『弱味』(松本清張) R市都市計画課長の北沢が、20年も歳の離れた若い愛人と温泉旅館に泊まった夜、部屋に泥棒が入って、2人の洋服一式をポケットの財布もろとも盗んで行った。愛人の存在が公けになったら身の破滅なので、北沢は市会議員の赤堀に電話して事情を打ち明け、2人分の衣服と金を届けてもらう。おかげでその場は無事にすんだが、それ以後、北沢は、赤堀の利権のために、役所の書類を偽造せねばならなくなった。
★11.狂犬に咬(か)まれた衣服。
『ほらふき男爵の冒険』(ビュルガー)「ミュンヒハウゼン男爵自身の話」 ある時、「ワガハイ(ミュンヒハウゼン男爵)」は狂犬に追われ、外套を投げ捨てて家へ逃げ帰った。後から召使いが外套を取りに行き、衣裳戸棚にしまった。翌日、召使いが「たいへんだ。外套の気がふれた」と叫ぶので、見に行くと、外套が「ワガハイ」の衣類に襲いかかり、咬み裂いてズタズタにしていた〔*狂犬に咬まれた外套が、狂犬化したのである〕。
『聊斎志異』巻6-244「向杲」 急な雨に遭って、向杲は山神の祠に駆け込んだ。道士がおり、向杲の衣服がずぶぬれなのを見て、木綿の袍(うわぎ)を渡してくれた。着替えると、にわかに毛や皮が生じ、向杲は虎に化した。抜け殻の身体は、草むらに横たわっている。向杲は虎になったのをさいわい、兄の仇(かたき)である男を襲って、噛み殺した。その時、護衛の男が矢を放ち、虎は死んだ。ハッと正気に返ると、向杲は自分の身体の中に戻っていた。
*皮をはいだと思ったら、衣服を脱がせただけだった→〔宇宙人〕1aの『ねらわれた星』(星新一)。
『海岸のさわぎ』(星新一『たくさんのタブー』) 死者が幽霊となってこの世に出現することは、きわめて困難だ。だから、この世に執念を残す死者は、生きている人に念力を送る。それを受けた人は、死者についての生前の印象が呼びさまされ、幻影を見る。それで幽霊(=実はただの幻影)は、生きていた時と同じ衣服を着ているように見えるのだ〔*1人の美女が、死後、本物の幽霊としてこの世に出現する技術を開発し、全裸で海水浴場にあらわれた→〔裸〕7〕。
★14.もぬけのからの衣。
『酉陽雑俎』続集巻3-937 興元の城固県に住む韋氏の娘は、2歳のとき話ができ、ひとりでに文字を知り、仏教の経文を好んで読んだ。5歳の年には、県内のあらゆる経文に、残らず目を通していた。8歳のとき、ある朝早く、衣に香をたきこみ、化粧をして、窓の下にひかえていた。父母が怪しんで見に行くと、衣はもぬけのからで、娘はいなくなっていた。どこへ行ったのか、わからずじまいだった。
*殺人の際の返り血がついた衣服→〔寸断〕2の『砂の器』(松本清張)。
*ばか者には見えない衣裳→〔裸〕4の『はだかの王様(皇帝の新しい着物)』(アンデルセン)。
被服
(衣服 から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/01/25 16:06 UTC 版)
被服(ひふく)とは、身体に着用するものである。人体の保護や装飾、社会的地位の表象等のために発展してきたもので、人間の文化の主要構成要素の一つである。もっとも典型的には、布(布帛)を縫合して着用に適した形状に仕立てた繊維製品である。また物品の元の目的が着用にない場合でも、これを身につけることで被服と捉えられる場合がある。
|
|
|
|
- ^ 白衣が実用的な役割というよりも、むしろ心理操作のために使われている、ということ、そのカラクリについては、ロバート・S. メンデルソン 著『医者が患者をだますとき』(草思社、1999)で解説されている。
- ^ Kittler, R., Kayser, M. & Stoneking, M. : Molecular evolution of Pediculus humanus and the origin of clothing, Current Biology 13, 1414-1417 (2003)
- ^ "Of Lice And Men: Parasite Genes Reveal Modern & Archaic Humans Made Contact," University Of Utah. Retrieved on 2008-01-17.
- ^ http://news.nationalgeographic.com/news/2007/07/070718-african-origin.html Modern Humans Came Out of Africa, "Definitive" Study Says]. Christopher Stringer and Peter Andrews (1988) "Genetic and Fossil Evidence for the Origin of Modern Humans" in Science 239: 1263-1268.
- ^ 「羊毛文化物語」p58-59 山根章弘 講談社学術文庫 1989年2月10日第1刷
- ^ なお、縄文土器(狭義)の縄目文様は撚糸を土器表面で回転させてつけたもので、糸の存在を裏付けるものでもある。
- ^ 「日用品の文化誌」p82 柏木博 岩波書店 1999年6月21日第1刷
衣服
衣服と同じ種類の言葉
- >> 「衣服」を含む用語の索引
- 衣服のページへのリンク