阪神大震災とは?

はんしん‐だいしんさい【阪神大震災】


阪神・淡路大震災

(阪神大震災 から転送)

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阪神・淡路大震災(はんしん・あわじだいしんさい)は、1995年平成7年)1月17日に発生した兵庫県南部地震により発生した災害を指す語である。


注釈

  1. ^ これは観測当時のものではなく、2001年(平成13年)4月23日に気象庁が、マグニチュードの算出方法の変更により修正したものである。そのため、古いモニュメントや資料の中にはM7.2とするものもある。
  2. ^ 地震発生直後の放送各局が被害報道したのが、亀岡市内の住宅全壊・半壊だった。読売テレビでは同市内に別荘を持つ辛坊治郎に電話取材を試みた。
  3. ^ この顛末は、以下の書籍を参照。神谷周孝「1分で決まった『阪神大震災』」毎日新聞大阪本社(編)『ドキュメント希望新聞 阪神大震災と報道』毎日新聞社、1995年、22-25頁。ISBN 4-620-31073-5
  4. ^ 関東大震災以来の大惨事」という認識から、同震災を意識したものと説明している[11]
  5. ^ 当初の「人的、物的な被害が関西圏に広がる」との判断からと説明している[11]
  6. ^ 壊滅した地域が神戸であるためと説明している[11]
  7. ^ 兵庫県以外の非住家2棟を含む。
  8. ^ トリアージの重要性が意識されることとなった
  9. ^ 設計は ASTM(アステム)(芦屋浜・新日本製鐵竹中工務店高砂熱学工業・松下電工〈現:パナソニック電工〉・松下興産)。管理は日本住宅公団・兵庫県住宅供給公社・兵庫県・民間。14〜29階建て、総戸数3,381戸。1979年(昭和54年)竣工。階段室と5階毎の共用部分の鉄骨によるラーメン構造
  10. ^ 限界以上の力がかかった時の破壊順序が決められており、中核になる部分が最後に壊れるようになっている。その後の余震でも大きな変化はなかった。
  11. ^ 最後に開通した当該区間では阪急の復旧が早く、開通までは振替輸送が行われた。この臨時列車は利用の定着に伴い、翌1996年(平成8年)3月16日の改正で定期列車に格上げされた
  12. ^ 2011年に発生した東日本大震災では、送電再開による火災発生が心配され、家を離れる場合等はブレーカーを切るよう、マスコミを通じて注意が喚起された。東北電力からのお願い”. 東北電力. 2012年11月29日閲覧。
  13. ^ 山火事のような事態と違い、都市部の消火活動時はピンポイントでの消火剤散布が要求されるため、低空飛行が求められるが、火災旋風の中でヘリを低空飛行させることは完全な自殺行為(気流が不安定な上に、高温下では空気の密度が低く、ヘリが飛ぶのに必要な揚力が得られない)であり二次災害を引き起こす可能性が非常に高い。
  14. ^ 神戸市などは、2か月間は住民が無秩序に建物を建てないよう、建築基準法84条の建築規制をかけていた。『読売新聞』2011年4月12日
  15. ^ 後に、「被災市街地復興特別措置法」も作られた“被災地、建築制限8カ月に 特例法案を閣議決定”. 『毎日新聞』. (2011年4月23日). http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110423ddm012040039000c.html [リンク切れ]
  16. ^ 官邸とは渡り廊下でつながっていた。
  17. ^ 「兵庫衛星通信ネットワーク」平成3年(1991年)に82億円を使い構築された。県内全域や国土庁、消防庁などと「スーパーバードB」衛星で通信できたはずだったが、非常用発電機の停止、送水管の破損に加え、担当専門家4人全員が出勤できなかったため情報を発信・受信できなかった。
  18. ^ 当時は兵庫区山手通に位置。
  19. ^ 原因は「L-アデス」と呼ばれる大阪管区気象台と結ぶNTT専用回線の故障である。洲本測候所の記録も送信されなかった。
  20. ^ 震度空白域の発生による初期対応の遅れは新潟県中越地震でも起こり、その後比較的大きな余震の度に自衛隊のヘリコプターで通信途絶地域の被害状況の確認が行われた。
  21. ^ 課長からの連絡に対して「この電話を災害派遣要請とみなしてよろしいですね」「お願いします」のやり取りがあった。“震災10年 守れ いのちを 第3部 史上最大の派遣”. 神戸新聞. (2004年9月5日). https://www.kobe-np.co.jp/rentoku/sinsai/10/rensai/200409/0005507643.shtml 2020年4月11日閲覧。 
  22. ^ 在阪局では唯一震災発生時間帯に生放送されていた。
  23. ^ 毎日放送ではニューススタジオにあったセットが倒壊、朝日放送(現:朝日放送テレビ)では『おはよう天気です』冒頭に地震に襲われた。関西テレビではスタジオの天井にあったスポットライトが落下し、読売テレビではエレベーターが止まる被害を受けた。テレビ大阪ではデスクが倒れる被害を受けた。
  24. ^ a b 特にサンテレビは、社屋内が「ぐちゃぐちゃになるほどの被害」を受けた。詳しくはサンテレビジョン#阪神・淡路大震災当時の放送体制を参照。
  25. ^ 放送が6時まで停止した挙句、社屋そのものも全壊する被害を受けた。詳細はシェルタースタジオ117を参照。
  26. ^ かつて午前や夕方帯などにローカル編成を行っていたが、1988年に休止、その後は全て大阪発の関西広域放送に充てられていた。その後2000年代に入って県域放送が復活する。
  27. ^ 神戸市は1994年にマルティメディア文化都市構想を発表し、行政・教育分野におけるインターネットでの情報発信の先駆けとなっていた[94]
  28. ^ 神戸市外国語大学の芝勝徳によると、接続可能な経路を探す際には、繋がりにくい電話とパソコン通信を活用したという[95]
  29. ^ 同大学の羽田久一によると、この情報発信は羽田の独断でおこなわれていたという[96]
  30. ^ 当時これらの動きに注目した記事としては、ワシントン・ポストEarthquake on the Internet: A Shock E-Mailed Round the World(1995年1月20日)がある[96]
  31. ^ 取材時の言葉使い、無理なインタビューを避ける、早朝、深夜の避難所取材で迷惑を掛けないなどの被災者の生活を邪魔する印象を与えない、飲食物の粗末な扱いをしない
  32. ^ 震災当時、筒井は断筆中だったため、1997年に断筆を解除してから震災について執筆した文をいくつか発表している。筒井康隆『笑犬樓の逆襲』(2004年新潮社、2006年新潮文庫)収録『阪神大震災はいまだ終わらず』など。また1995年4月25日付『読売新聞』夕刊掲載のインタビューで「今回の震災で五千五百もの人が死に、自分がその一人ではないという不思議さを感じる時、もう小説なんてどうでもよくなった。」と答えている。
  33. ^ たとえば、大阪府は1971年(昭和46年)までは自衛隊と共同して防災訓練を行っていたが、黒田了一の知事就任以降、「自衛隊に頼らない防災訓練」を目指した。その理由には「関西には地震が来ない」ということも挙げられていた。また、淀川の水害で自衛隊が出動した際には自衛隊に抗議を行っていた。黒田の退任後も、阪神大震災までそのままの関係であった。震災後、大阪府でも自衛隊との連携が再度模索され始め、大阪市も1995年(平成7年)、22年振りに防災訓練を自衛隊と共同実施することを決定した。(田中伯知「阪神大震災と自衛隊の出動」『自由』1996年6月)
  34. ^ 柱に、鉄板または炭素繊維を巻きつけるのが主流。
  35. ^ 損害保険では「オールリスク」タイプが一般向け保険であるが、「戦争」「自然災害」「自損」は入らない。

出典

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    「(関西地区の自治体の中には)面会を断る対象者リストを作り、そこに自衛隊の名前を挙げている所さえある」「5300名を超える死亡者の中で、「焼死」した人々が10%にも達した(2月16日現在)陰には、計画的、組織的救援活動の遅れがある」「一般に、戦後における災害観や災害文化 (Disaster Culture) の形成には、「進歩的」知識人が唱えた太平洋戦争観が大きく影響してたといえないであろうか。その結果、「イデオロギー」を優先させるあまり、国民のかけがえのない歴史的遺産の数々が忘れ去られ、人命をかした貴重な(地政学的・外交的教訓ばかりか)戦災「体験」を風化させてしまったのではあるまいか」「社会党や共産党などの革新政党の強い阪神地区では、実際に災害訓練においても自衛隊の参加は、政治的理由により拒まれ続けてきた。」などと述べられ、自治労の存在を背景に挙げている。さらに、自治労大阪が震災後に自衛艦の入港に反対するため街宣車を埠頭に派遣し、著者が災害のとき位は入港を認めるべきではないかという疑問を投げかけたところ、誰もこの質問に答えることはできなかったエピソードや、『週刊現代』1996年4月6日号で神戸大学名誉教授の早川和男等が仮設住宅設置の問題点や、避難所の強行閉鎖などを挙げて、復旧過程での神戸市の対応が冷淡であると批判していたことも引用して、批判的に書かれている。
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    ホバート・ローエンを例にとると、救援の遅れについて官僚機構の硬直性と並んで、村山政権の「左翼的政治体質」を理由に挙げている。
  81. ^ 山崎太喜男「国民の安全忘れた村山政権」『自由』1995年5月号
    「「自衛隊を違憲」と決めつける勢力が「反自衛隊闘争」を繰り広げてきた」「災害救助に出動しても「自衛隊帰れ」の叫びが被災地に充満することもあった」「そうした反自衛隊闘争の先頭に立っていたのが社会党」「社会党が過去に行った誤った政策による影響力の責任は極めて重大」などと書かれている。
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    田中伯知「阪神大震災と自衛隊の出動」『自由』1996年6月号
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  126. ^ a b 辛坊治郎「文春騒動その後/阪神淡路大震災」ほか~KissFM KOBE「辛坊治郎SundayKiss」1/26前半~ - YouTube
  127. ^ 震災後に発売したシングルCD『怒りのグルーブ 〜震災編〜』のジャケットに表記されている。
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