新潟地震とは?

にいがたじしん にひがたぢ- 【新潟地震】


新潟地震

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/04/07 07:38 UTC 版)

新潟地震(にいがたじしん)は、1964年昭和39年)6月16日13時1分41秒(JST)、新潟県粟島南方沖40km(北緯38度22.2分、東経139度12.7分、深さ34km)を震源として発生した地震である。地震の規模はM7.5(Mw7.6)。




  1. ^ 水では消火できない油脂火災に対応する化学消防車が配備されていなかった。詳細は「#火災と液状化」参照。
  2. ^ 保険金の全額を損害保険会社が支払う火災保険と異なり、地震保険(地震保険制度)は、1966年の「地震保険に関する法律」の制定を受けて、政府と民間の損害保険会社が共同で運営する制度として発足した。制度創設の経緯等は『株式会社損害保険ジャパン P115、P120 』『損害保険料率算出機構(国内各損害保険会社に対し保険料の基礎となる保険料率等の提供機関[1] )』『社団法人日本損害保険協会 業務企画部 地震 ・ 火災・新種グループ 2 地震保険制度の概要 > (2)制度創設 』『保険毎日新聞 地震保険を語る 日本損害保険協会常務理事 』を参照。
  3. ^ 中波は21世紀の現在もNHKラジオ第1放送と本局の2局しかない
  4. ^ 新潟駅駅舎は被害が軽微であったが、駅構内は液状化現象により使用が出来なくなったため駅東側の笹口地区に仮説ホームを設置して6月19日から営業を再開した。
  5. ^ 日本では1960年9月10日にカラーで本放送を開始した(テレビ60年「カラー放送の時代」NHK 放送博物館)。同日にカラー放送を開始したのは、東京のNHK(総合教育)・日本テレビラジオ東京テレビ(現・TBSテレビ)大阪のNHK(総合・教育)・朝日放送読売テレビの6局8波(放送その時 No.26(NHK放送技術研究所))。その他の放送局も1960年代から随時カラー放送を開始し、1968年頃以降に開局した放送局は地上波・衛星放送含めて、ほぼすべてが開局時よりカラー放送を開始している(例外として、1970年4月開局の福島中央テレビは翌1971年より実施)。また、世界初のカラーの本放送は1954年1月23日、米NBCのニューヨーク局であるWNBC局が行なった。
  1. ^ 「昭和石油 新潟製油所 被害状況、旧工場の焼損タンク138基、新工場の焼損タンク5基、合計143基」、総務省消防庁 『昭和39年 新潟地震 昭和石油株式会社 新潟製油所火災』。
    「1964年新潟地震は、日本の歴史上、最も大きな災害を被った石油コンビナートの事例である」「火災が12日間続き、約150基の石油タンクが延焼し、ボイルオーバーが数回起こった」、消防庁消防研究センター古積博岩田雄策らによる「Loss Prevention Bulletin(June 2013)」掲載の英語論文『Multi-Boilover Incidents in Oil and Chemical Complexes in the 1964 Niigata Earthquakes (1964年新潟地震における石油コンビナートの複ボイルオーバー事例)』の日本語要約『1964年新潟地震における貯蔵タンクのボイルオーバー事例』より。
    新潟地震の火災と液状化新潟西港新潟空港の間に位置する昭和石油新潟製油所(現:昭和シェル石油新潟石油製品輸入基地)の被害。
    (参考資料)ボイルオーバーの事例と最近の研究『消防研究所報告 第117号 2014年9月』消防庁 消防庁消防研究センター(NRIFD)。
  2. ^ 石油コンビナート等防災本部の訓練マニュアル』平成28年版、総務省 消防庁 特殊災害室 編。 「Ⅱ 標準災害シナリオ」 > 「2 地震に起因し複数の火災現場に対応する標準災害シナリオ(昭和39年新潟地震を参考にした想定)」。
  3. ^ 「液状化現象が、工学的な観点よりはじめて認識されたのは1964年(昭和39年)の新潟地震である。多くの建物や橋脚などが沈下・傾斜した。また下水道マンホールや貯水槽などが浮上した。新潟地震を契機に液状化対策が施工されるようになった。それ以前の地震でも液状化が発生し、様々な被害が発生していたが、このような現象に技術者や研究者が注目することはなかった。」、『3.臨海部コンビナートの液状化に対する危険性と対策』 早稲田大学理工学部 教授 濱田政則(公益社団法人 土木学会会長)、一般財団法人 消防防災科学センター 「季刊 消防科学と情報」。
  4. ^ a b 岡村行信:日本海東縁の地質構造と震源断層との関係 地質学雑誌 Vol.116 (2010) No.11 P.582-591, doi:10.5575/geosoc.116.582
  5. ^ a b 新潟地震による粟島の地変 東京大学地震研究所 研究速報. 第8号, 1964-09, pp.73-90
  6. ^ 大竹政和、総合報告: 地震発生の長期的予測における地震空白域と地震活動静穏化現象の意義。特集: 大地震の長期予測はどこまで可能か? II. 地震活動と長期予測 -「地震空白域」とは何か- 地震 第2輯 Vol.50 (1997-1998) No.appendix P.83-99, doi:10.4294/zisin1948.50.appendix_83
  7. ^ “64年新潟地震 50回忌供養と訓練も 鶴岡・京田”. 河北新報. (2014年6月17日). http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201406/20140617_55023.html 2014年9月23日閲覧。 
  8. ^ 相田勇、梶浦欣二郎、羽鳥徳太郎、桃井高夫、昭和39年6月16日新潟地震調査概報/新潟地震による津波 東京大学地震研究所 地震研究所研究速報. 第8号, 1964-09, pp.58-62, hdl:2261/13881
  9. ^ 津波 ディジタルライブラリィ津波ディジタルライブラリィ作成委員会
  10. ^ 側方流動 液状化に伴う地盤の流動 土木学会 (PDF)
  11. ^ 田蔵隆:地震時の杭の挙動 - 地盤が揺れると杭も揺れる - (PDF)
  12. ^ a b c 新潟地震の教訓(1) 吉見吉昭
  13. ^ 新潟地震の教訓(2)
  14. ^ 新潟日報. “新潟地震 万代橋復旧の姿 克明に”. 2014年4月8日閲覧。
  15. ^ 災害アーカイブ 新潟地震 製油所火災 2週間炎上 毎日新聞(2016年11月25日)


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