神戸電鉄
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/09/03 08:03 UTC 版)
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| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 機関設計 | 監査役会設置会社[1] |
| 市場情報 |
大証1部(廃止) 9046
1949年6月21日 - 2013年7月12日 |
| 略称 | 神鉄(しんてつ)、神鉄電車 |
| 本社所在地 | 〒652-0811 神戸市兵庫区新開地1丁目3番24号 北緯34度40分42.3秒 東経135度10分4.5秒 / 北緯34.678417度 東経135.167917度座標: 北緯34度40分42.3秒 東経135度10分4.5秒 / 北緯34.678417度 東経135.167917度 |
| 設立 | 1926年(大正15年)3月27日 (神戸有馬電気鉄道株式会社) |
| 業種 | 陸運業 |
| 法人番号 | 8140001015612 |
| 事業内容 | 旅客鉄道事業、土地建物賃貸事業、土地建物販売事業、発電事業、売電事業、介護サービス事業、保育サービス事業、スイミングスクール事業、空き家等管理サービス事業 |
| 代表者 | |
| 資本金 | 117億1072万円 (2025年3月31日現在)[2] |
| 発行済株式総数 | 806万1566株 (2025年3月31日現在)[3] |
| 売上高 | 連結: 221億3100万円 単独: 121億1100万円 (2025年3月期)[3] |
| 営業利益 | 連結: 20億600万円 単独: 15億8800万円 (2025年3月期)[3] |
| 経常利益 | 連結: 15億8900万円 単独: 11億8200万円 (2025年3月期)[3] |
| 純利益 | 連結: 11億5000万円 単独: 8億8700万円 (2025年3月期)[3] |
| 純資産 | 連結: 235億3900万円 単独: 219億7200万円 (2025年3月31日現在)[3] |
| 総資産 | 連結: 906億8000万円 単独: 884億8200万円 (2025年3月31日現在)[3] |
| 従業員数 | 連結: 816人 単独: 439人 (2025年3月31日現在)[3] |
| 決算期 | 毎年3月31日 |
| 会計監査人 | 有限責任あずさ監査法人[3] |
| 主要株主 |
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| 主要子会社 | 「神戸電鉄グループ」を参照 |
| 関係する人物 | |
| 外部リンク | https://www.shintetsu.co.jp/ |
神戸電鉄株式会社(こうべでんてつ、英: Kobe Electric Railway Co.,Ltd.[5])は、兵庫県南東部を基盤として、鉄道事業・不動産事業・保育事業・健康事業・介護事業などを行う企業。不動産事業は首都圏(東京都・千葉県)および大阪府でも展開している。運輸業・流通業などを近畿地方で展開する神戸電鉄グループの中核企業。略称は神鉄(しんてつ)であるが、年配者を中心に創業時の社名「神戸有馬電気鉄道」(こうべありまでんきてつどう)の略称である神有(しんゆう)[6]または神電(しんでん)とも呼ばれる。全国登山鉄道‰会に加盟している。
鉄道事業の規模における分類
中小私鉄時代
1960年代初頭まで経営規模における区分は中小私鉄であったが[注釈 1]、神戸電鉄土地経営部による自社独自の沿線開発が功を奏して輸送人員が大手私鉄に準ずる規模まで増大。1969年(昭和44年)の『交通年鑑』では相模鉄道・新京成電鉄・山陽電気鉄道の3社とともに「準大手4社」として定義された[8]。
その後、1975年(昭和50年)の『数字でみる民鉄』において、神戸電鉄を含む前述の4社に加えて北大阪急行電鉄・大阪府都市開発(のちの泉北高速鉄道・2025年4月1日に南海電気鉄道に吸収合併された)・神戸高速鉄道の3社を加えた計7社を大都市中小私鉄と定義し、一般的にこの7社を「準大手私鉄」とみなすようになった[8][9]。
準大手私鉄時代
神戸電鉄開発部(現:不動産事業本部)や神鉄エンタープライズ、神鉄不動産(のちの神鉄建設)をはじめとする民間デベロッパーの北神地区における大規模住宅地開発によって、神戸電鉄有馬線の輸送力は昭和50年代にすでに「パンク状態」にあった[10][11]。
沿線の開発が未だ発展途上にあった1983年(昭和58年)時点でも、すでに最混雑時間帯の平均混雑率は日本第5位(京阪神交通圏では1位)となる「201%」を記録しており[12][13][14](長田 - 湊川間の単駅区間では1時間平均「245%」を記録した年度もある[15])、「車両の窓ガラスが割れる」、「車内からの乗客の圧力で扉が開かない」といった状況で[16][17]、殺人的とも言われた鮨詰め混雑で有名になる事態となっていた[18]。このため、車両の増備や施設の改良をはじめとする輸送力増強施策を積極的に進めたが[19]、このような神戸電鉄の努力にも関わらず、沿線人口予測は輸送力の伸びを遥かに上回る需要が予測され[19]、昭和60年代前半には1時間あたりの最多通過人員は約3万人に達し[19]、最終的にはさらにその約1.5倍の輸送需要が見込まれ[19]、2000年には神戸電鉄有馬線の混雑率は338%に達すると見込まれていた[20](結果的にこの事態を回避すべく北神急行電鉄が神戸電鉄主導のもとに建設され、混雑率は170%まで引き下げられた)。
相模鉄道との比較
1970年代より、神戸電鉄を含む大手私鉄に準ずる規模の大都市周辺中小私鉄7社を「準大手私鉄」と呼称するようになったが[8]、とりわけ相模鉄道(現:相鉄ホールディングス)と神戸電鉄においては、上記したように路線規模・輸送人員・輸送密度を総合的に勘案した場合にとくに秀でた存在であり、大手14社に伍した都市交通として機能していた[8]。 また当時は準大手私鉄の代表格として、相模鉄道と並んで称されることも多く[21]、各種書籍や記事では「東の相鉄・西の神鉄」などと東西の準大手トップ2社を示す表現が以下のように多くみられた[21]。
- 「東の相鉄、西の神戸といっていい」[21](鉄道ジャーナル社)
- 「相模とともに車両・設備とも大手と何らヒケをとらない」[22](鉄道図書刊行会)
- 「東の相模・新京成、西の神戸電鉄」[23](電気車研究会)
両社は、戦後まもない時期には年間1,000万人台であった輸送人員が[8][24]、高度経済成長期以降の沿線開発によって5,000万人台まで一気に飛躍したという点で共通し[8][24]、さらに大手私鉄なみの設備投資や近代車両投入への積極性など、「戦後の急成長型私鉄」としての類似性が多く存在していたため、このように比較されることが多かった[22][23]。相模鉄道では1962年(昭和37年)に年間輸送人員5,000万人を突破したのち[24]、1970年代以降は継続して年間1億人以上で推移した一方[25]、神戸電鉄においても1992年(平成4年)には年間輸送人員が7,000万人を突破した[26]。
大手私鉄への昇格計画
相模鉄道では1990年(平成2年)5月31日に大手私鉄への格上げが承認されたが[27]、神戸電鉄においても事業規模や公共輸送機関としての重要性において大手私鉄としての実態を備えているという認識で、相模鉄道に倣って「大手私鉄」に加入する計画が立てられた[28]。
これは、傘下企業の北神急行電鉄が単年度黒字を達成した段階で[28]、同社を吸収して大手私鉄へ参入するというもので、1988年(昭和63年)の開業から約8年後に予測された北神急行電鉄の黒字転換時に同社と合併のうえ「全長77.1kmの大手民鉄」として承認を得るという想定であった[28]。
実際に1990年度(平成2年度)の神戸電鉄の輸送人員は、総延長わずか63.7km(当時)に対して約6,844万人にまで及んでおり[29]、輸送密度では名古屋鉄道や近畿日本鉄道中部運輸局管内とほぼ肩を並べて30,257人(1990年度)に達していた[8]。また大手民鉄の基準に直接的な関わりはないが、営業係数においては大手・準大手の計21社中トップの85を記録していた[8]。これに北神急行電鉄の実績(当時年間873万人)と、1991年(平成3年)に開業する公園都市線の予測実績(ニュータウン成熟時には年間1,543万人と試算)を加算すれば、単純計算でも年間輸送人員は一部大手私鉄を上回る年間約1億人に達しており、輸送密度でみると当時の神戸電鉄・北神急行電鉄は大手私鉄に全く遜色がなかった[30]。さらに当時は神戸三田国際公園都市をはじめとする巨大複合都市プロジェクトが沿線で進行中であり、これらが完成して入居が進めば人口約30万人の新都市が沿線に誕生するため膨大な輸送需要の増加が見込まれ、この一連の合併計画については覚書も締結されていた[30]。
このため、1990年代に神戸電鉄の各部署名義で執筆された公刊書籍・雑誌記事などにおいては「大手私鉄になる」や「大手民鉄への道を加速度的に歩んでいる」 など大手私鉄への参入を示唆する文書が見られたほか[注釈 2]、その他書籍においても「大手民鉄に参入したいとしている」などの記述が散見され[32]、実際に神戸電鉄総務部庶務課(当時)が執筆した記事には以下のように記されている[30]。
現在施行中の新線建設・複線化・施設近代化が完成し、将来北神急行との合併(覚書あり)が実現すれば、路線延長77.1kmの大手民鉄となる(中略)輝かしい21世紀を迎えるであろう。このように当社の前途は洋々、大きな夢と希望に満ちている。[30]
また、1970年(昭和45年)から1996年(平成8年)まで約27年間にわたってグループ各社の代表取締役を務めた神戸電鉄グループ総帥の中田大三は[26]、この合併計画について以下のように述べている[33]。
(神戸電鉄が北神急行を吸収した)その暁にこそ神戸電鉄はローカル鉄道のカラーをぬぎ捨てることと期待している。経営者の決断が、やがて21世紀へ向かって、夢と希望をのせて新しい歩みにもつながるものと思えば、心躍るのを禁じ得ない。 — 中田大三(神戸電鉄代表取締役〈当時〉)
中小私鉄への降格
しかしながら、北神急行電鉄の経営状態が良好ではなかったことや、阪神・淡路大震災以降の関西・神戸経済界の地盤低下により、神戸電鉄の輸送人員が減少に転じたことから、北神急行電鉄との合併が実現しての大手私鉄への昇格は実現せず、2005年(平成17年)以降は、逆に中小私鉄として扱われるようになった[注釈 3]。三田線・公園都市線では近年(コロナ禍以前)までも輸送人員が増えていた一方、粟生線では沿線の通勤通学客が減りつつあったにもかかわらず神姫バスが攻勢を強めたことで、減少が激しくなったことが影響した。なお、日本民営鉄道協会では準大手私鉄という区分の定義があいまいであることから、2000年代中頃以降は「準大手」の区分を使用しなくなっている[35]。また、民鉄を大都市高速鉄道と地方旅客鉄道に分類する場合、神戸電鉄は大都市高速鉄道に分類される[36]。
株主構成
2026年(令和8年)4月13日現在の株主構成は以下の通りである。
| 企業・団体名 | 株式数 | 保有比率 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 阪急阪神ホールディングス | 2,160,600株 | 26.80% | |
| 日本マスタートラスト信託銀行 | 443,000株 | 5.50% | 信託口 |
| 三井住友銀行 | 157,100株 | 1.95% | |
| 神戸電鉄自社株口 | 149,600株 | 1.86% | |
| 神戸市 | 112,000株 | 1.39% | |
| みなと銀行 | 83,000株 | 1.03% | |
| SMBC日興証券 | 51,000株 | 0.63% | |
| 三井住友信託銀行 | 37,000株 | 0.46% | |
| 日本カストディ銀行 | 33,000株 | 0.41% | 信託口 |
| 三菱UFJ信託銀行 | 33,000株 | 0.41% | |
| 西松建設 | 30,000株 | 0.37% |
阪急阪神ホールディングスとの資本関係
1961年(昭和36年)5月25日に京阪神急行電鉄(現:阪急阪神ホールディングス)と事業提携を実施し、同社が株式の26.8%を保有している[4]。提携当初は約40%を保有して経営支援なども行っていたが、神戸電鉄グループの発展にともない出資比率の引き下げを行い、現在では営業取引においては阪急阪神ホールディングスへの依存度は低く、独立した経営が行われている[37]。このため神戸電鉄においても「(阪急阪神HDへの)依存度は低く、当社が事業活動を行う上で同社からの制約はありません」「(阪急阪神HDから)独立性が確保されている」と公表している[37]。
神戸市の出資
2026年(令和8年)4月15日に、神戸市が神戸電鉄株式11万2,000株を取得し[38]、現在株式の1.39%を保有している[39]。近年全国的にみられる、ローカル線維持を目的とした自治体の株主化とは異なり[40]、北神線市営化によって沿線の定住人口の増加をめざす神戸市のまちづくりに対する投資効果の向上を狙ったもので[38]、他社の事例とは目的が全く異なる[40]。
近年の神戸電鉄では、北神線市営化による運賃大幅値下げや神戸市主導の沿線リノベーションにより[38]、一部の駅では乗降客数が増加傾向にあり[41]、鉄道事業単体で約1億9,000万円の利益を計上し[40]、2026年(令和8年)3月期決算では創業以来過去最高額の純利益を計上するまでに経営状態が好調となっている[42][40]。しかし神戸市西区へ延びる粟生線では輸送密度を約7,000人計上しているにも関わらず[43]、過去の輸送力増強設備投資の影響を主要因とする慢性的な赤字問題を抱えており[38]、神戸市は今回の株取得で神戸電鉄との関係を強化し[38]、近年相次いで実施している駅舎の改築や、再開発による戸建用地の増加など沿線市街地の魅力向上に向けた投資を促すとしている[38]。
市場区分の変更
2026年(令和8年)5月21日に「プライム市場」から「スタンダード市場」へ市場区分を変更したが[44]、プライム上場を維持する基準は余裕をもってクリアしており、株主構成等を考慮した結果である[45]。
経営陣
役員一覧
2026年(令和8年)6月17日に選任された現行役員は以下の通りである。
| 現行役員(2026年6月17日現在) | ||
|---|---|---|
| 地位 | 氏名 | その他の役職 |
| 取締役会長 | 寺田信彦 | |
| 代表取締役社長 | 井波洋 | |
| 常務執行役員 | 津山裕昭 | |
| 常務執行役員 | 奥野雅弘 | 鉄道事業本部長 |
| 社外取締役 | 糟谷昌俊 | |
| 社外取締役 | 玉田敏郎 | |
| 取締役執行役員 | 森兼浩 | 不動産事業本部長 |
| 取締役監査等委員 | 畑栄一 | |
| 社外取締役監査等委員 | 今井陽子 | |
| 社外取締役監査等委員 | 松坂隆廣 | |
| 執行役員 | 高森幸二 | |
| 執行役員 | 惠美研志 | |
| 執行役員 | 坂本義之 | |
| 執行役員 | 前田正明 | ライフサポート事業本部長 |
| 執行役員 | 佐々井孝一 | |
歴代社長
歴代社長は以下の通りである[46]。社名変更時にまたがって在任している場合には、それぞれの社名で重複して記載している。
| 神戸有馬電気鉄道株式会社 社長 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
| 代 | 氏名 | 役職 | 就任 | 退任 | 備考 |
| 1 | 山脇延吉 | 社長 | 1926年3月 | 1930年12月 | 創業者 退任後は会長に就任 |
| (2) | 山崎主計 | 専務 | 1930年12月 | 1933年5月 | 同期間は社長不在 専務として会社を代表した |
| 3 | 青柳一太郎 | 社長 | 1933年5月 | 1936年12月 | |
| 4 | 黒瀬弘志 | 社長 | 1936年5月 | 1939年12月 | |
| 5 | 山脇延吉 (2回目) |
社長 | 1939年12月 | 1941年4月 | 在職中に死去 |
| (6) | 清水時好 | 常務 | 1941年5月 | 1941年7月 | 同期間は社長不在 常務として会社を代表した |
| 7 | 小林長兵衛 | 社長 | 1941年7月 | 1943年4月 | |
| (8) | 清水時好 (2回目) |
常務 | 1943年4月 | 1946年4月 | 同期間は社長不在 常務として会社を代表した |
| 9 | 小林秀雄 | 社長 | 1946年4月 | 1960年3月 | |
| 三木電気鉄道株式会社 社長 | |||||
| 代 | 氏名 | 役職 | 就任 | 退任 | 備考 |
| 1 | 清水時好 | 社長 | 1936年6月 | 1947年1月 | |
| 神有三木電気鉄道株式会社 社長 | |||||
| 代 | 氏名 | 役職 | 就任日 | 退任日 | 備考 |
| 9 | 小林秀雄 | 社長 | 1946年4月 | 1960年3月 | |
| 神戸電気鉄道株式会社 社長 | |||||
| 代 | 氏名 | 役職 | 就任 | 退任 | 備考 |
| 9 | 小林秀雄 | 社長 | 1946年4月 | 1960年3月 | |
| 10 | 原泰良 | 社長 | 1960年5月 | 1970年11月 | 退任後は相談役に就任 |
| 11 | 中田大三 | 社長 | 1970年11月 | 1992年6月 | 歴代最長の22年間在任 退任後も死去まで会長・相談役を歴任 |
| 神戸電鉄株式会社 社長 | |||||
| 代 | 氏名 | 役職 | 就任 | 退任 | 備考 |
| 11 | 中田大三 | 社長 | 1970年11月 | 1992年6月 | 歴代最長の23年間在任 退任後も死去まで会長・相談役を歴任 |
| 12 | 一本松康雄 | 社長 | 1992年6月 | 1998年6月 | 退任後は会長・相談役を歴任 |
| 13 | 奥谷武彦 | 社長 | 1998年6月 | 2003年6月 | 退任後は会長・相談役を歴任 |
| 14 | 明松亮一 | 社長 | 2003年6月 | 2006年6月 | 退任後は会長に就任 |
| 15 | 原田兼治 | 社長 | 2006年6月 | 2013年6月 | 退任後は会長・特別顧問を歴任 |
| 16 | 杉山健博 | 社長 | 2013年6月 | 2016年6月 | |
| 17 | 寺田信彦 | 社長 | 2016年6月 | 2024年6月 | 退任後は会長に就任 |
| 18 | 井波洋 | 社長 | 2024年6月 | (現職) | |
歴代会長
歴代会長は以下の通りである[46]。
| 神戸有馬電気鉄道株式会社 会長 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
| 代 | 氏名 | 役職 | 就任 | 退任 | 備考 |
| 1 | 山脇延吉 | 会長 | 1930年12月 | 1939年12月 | 創業者 退任後は社長(2回目)に就任 |
| 三木電気鉄道株式会社 会長 | |||||
| 代 | 氏名 | 役職 | 就任 | 退任 | 備考 |
| 1 | 山脇延吉 | 会長 | 1936年6月 | 1941年4月 | 在職中に死去 |
| 神戸電気鉄道株式会社 会長 | |||||
| 代 | 氏名 | 役職 | 就任 | 退任 | 備考 |
| 2 | 和田薫 | 会長 | 1961年5月 | 1968年2月 | 在職中に死去 |
| 3 | 森薫 | 会長 | 1968年2月 | 1974年5月 | |
| 神戸電鉄株式会社 会長 | |||||
| 代 | 氏名 | 役職 | 就任 | 退任 | 備考 |
| 4 | 中田大三 | 会長 | 1992年6月 | 1996年6月 | 退任後は相談役に就任 相談役在職中に死去 |
| 5 | 一本松康雄 | 会長 | 1998年6月 | 2000年6月 | 退任後は相談役に就任 |
| 6 | 奥谷武彦 | 会長 | 2003年6月 | 2006年6月 | 退任後は相談役に就任 |
| 7 | 明松亮一 | 会長 | 2006年6月 | 2012年6月 | |
| 8 | 原田兼治 | 会長 | 2013年6月 | 2021年6月 | 2018年6月以降は代表権なし 退任後は2023年6月まで特別顧問 |
| 9 | 寺田信彦 | 会長 | 2024年6月 | (現職) | 2026年6月以降は代表権なし |
事業内容
業務組織
業務組織としては長らく、総務部・経理部のほか、運輸部(鉄道事業・バス事業)、技術部(技術系)、開発部(不動産開発・住宅・仲介・ビル・流通など)からなる5部体制が敷かれていた[46]。
1998年(平成10年)9月30日にこれまで運輸部が担当していたバス事業を子会社の神鉄バスに全面譲渡[47]。同年10月1日の組織改革で本部制が導入され[47]、統括本部(総務・経理)、鉄道本部(鉄道事業全般)、開発本部(不動産開発・住宅・仲介・ビル・流通など)の3本部体制が確立された[47]。
さらに1999年(平成11年)4月1日の組織改革では事業本部制が導入されるとともに開発事業本部から流通事業本部が分離独立[47]、2002年(平成14年)4月1日には開発事業本部が不動産事業本部に名称変更されるとともに、新たにライフサポート事業本部が新設され、その事業内容は以下の通りとなった[47]。
- 鉄道事業本部 - 鉄道事業
- 不動産事業本部 - 不動産開発、住宅、リフォーム、ビル、駐車場
- 流通事業本部 - 食品スーパー、コンビニ業、飲食業、CD・DVD事業、書籍事業、携帯電話事業、洗車場事業、 植木管理・造園事業、害虫駆除事業、合鍵・靴修理事業
- ライフサポート事業本部 - 介護サービス事業、保育サービス事業、スイミングスクール事業、フィットネスクラブ、リラクゼーション事業
2012年(平成24年)6月13日の業務組織改正では、流通事業本部がライフサポート事業本部に吸収され3本部体制となったほか[48]、2014年(平成26年)4月1日には流通事業がグループ会社2社(神鉄エンタープライズ・神鉄観光)に譲渡され、事業内容は以下の通りとなっている。
現在の業務組織
- 鉄道事業本部 - 鉄道事業
- 不動産事業本部 - 土地建物販売業(戸建用地販売)、土地建物賃貸業(賃貸物件・駐車場)、発電・売電事業
- ライフサポート事業本部 - 介護サービス事業、保育サービス事業、健康事業(スイミングスクールなど)、空き家管理事業
上記以外の事業についてはすべて子会社・関連会社による運営となっている。
みらいビジョン2030
神戸電鉄グループでは、多様な人々との連携・共創を通じて新たな価値を創出しグループの持続的な成長を図るとともに、社会課題の解決や持続可能な社会の実現に向けて、神戸電鉄が果たすべき役割(ミッション)を新たに定義し、2030年度(令和12年度)時点における“あるべき企業像”を示した長期経営ビジョン「神鉄グループ『みらいビジョン2030』」を策定したことを、2023年(令和5年)5月に発表した[49]。目指す“あるべき企業像”を『暮らしに彩を添える地域の共創プラットフォーム』とし、暮らしに彩を添える時間やモノ、サービスの共創プラットフォームとして確固たる地位を築き、地域の持続的な価値向上に貢献するとともに、社会・経済活動を支える存在となることを目指すとしている[49]。
歴史
草創期から経営危機の到来まで
農政家・山脇延吉によって1926年(大正15年)3月27日に創立され、1928年(昭和3年)に有馬線・三田線を開業[50]、1952年(昭和26年)に粟生線を全通させた[50]。しかし開業後は幾度も風水害による被害を受け[51]、加えて急勾配・急曲線という路線条件は設備投資額や電力料を割高にして経営を圧迫した[51]。
昭和30年代には経営の苦難は頂点に達し[52][51]、車両・線路の補修をほとんど中止したため道床・設備は不十分な箇所ばかりとなり[52]、バス路線への転換や会社の身売りを検討するまでに経営状態が悪化した[11]。社員数の大幅削減や管理役職の格下げなど行ったが[11]、情勢は好転せず、1960年(昭和35年)頃には倒産寸前まで追い込まれるに至った[11]。
阪急電鉄との事業提携
会社の倒産を回避するためには京阪神急行電鉄(現:阪急阪神ホールディングス)の協力が必要不可欠と判断され[11]、神戸銀行の仲介によって阪急側へのアプローチが行われた[11]。阪急側は神戸電鉄の経営状態の悪さから長い間これを拒否していたが[11]、神戸銀行の岡崎忠頭取(当時)までもを動員した1年がかりの説得劇によって、1961年(昭和36年)5月25日に両社間で事業提携を締結するに至った[11]。京阪神急行電鉄会長(当時)の和田薫を「こう頼まれたらあきまへんわ」と言わせるところまで持ち込んだという[11]。
この事業提携により大胆な設備投資が可能となり[11]、複線化や輸送力増強の推進、神戸高速鉄道への直通運転を実現させたが[11]、経営状況の大幅な回復には至らず[11]、設備や電車の故障、過失による事故も多発し[11]、経営陣の刷新を求める声も多かった[11]。
中田大三社長の就任
阪急電鉄との提携以降は過失による重大事故が続発し[33]、経営状態や株主トラブルなどの悪条件も重なって[33]、社長・専務・常務・常任監査役が退任に追い込まれる事態となった[33]。このため1970年(昭和45年)11月10日、中田大三が第11代社長に就任して会社の再建を託された[33]。
中田は全ての休日を返上して毎日出社し[53]、運転室に添乗して大声で指差喚呼を行って運転士の見本となるように努めた[53]。これは当時有責事故が多発していた職場環境を少しでも改善しようという思いから始めたものであった[53]。また沿線の社有遊休地に自ら足を運んで有効活用の知恵を絞り[53]、1971年(昭和46年)から退任までに22棟のテナントビルを沿線遊休地に建設したが、遊休地を見てまわるごとに日焼けするため「ゴルフをやっているのか」と心外な質問を阪急電鉄の幹部から受けたという[53]。
鉄道事業では「ルールを守れ、作業の基本手順を確実に実行せよ」との社長方針を制定して故障の削減を推進[53]、就任前に年間407件あった電車故障を年間5件に減らすなど[13]、「社員の意識向上」を目標として風通しのよい明るい企業風土づくりに熱意を燃やした[53]。就任当時は車両が老朽化しており、大手私鉄の中古車を導入する案もあったが[53]、社員の士気を鼓舞するために完全新造車両を導入する方針に切り替え、在任中に124両を導入した[53]。
当初は無理をした鉄道の近代化であったが、沿線の自社大型分譲地の入居開始にあわせて不動産部門の活況と同時に鉄道事業・バス事業の輸送人員が急激に増加[52]。1974年(昭和49年)以降は本格的に輸送力増強に追われることとなり、複線化事業・車両基地建設事業・大規模設備改良などの大型プロジェクトを推し進める都市型私鉄への脱皮に成功した[53]。
その後、神戸電鉄グループの開発による沿線の都市化が急激に進むなかで、日本最大級の複合機能都市「神戸三田国際公園都市」の計画も具体化[50]。近い将来には神戸電鉄の混雑率が338%に達して限界状態になることが判明し、1978年(昭和53年)9月22日の社長記者会見で第2の神戸電鉄として北神急行の構想を発表した[53]。これは神戸電鉄の乗客を分散させることを目的に、六甲連山を日本民鉄最長の長大トンネルで貫通させるバイパス新線で、一民間鉄道の単独事業では難しいと思われる巨額のプロジェクトであったが[53]、1988年(昭和63年)に約710億円を投じて完成させた[26]。
また神戸電鉄の鉄道事業の経営改善に成功した中田は、さらなる会社成長には積極的な多角経営が必要であるとして[53]、独自で編み出した「神鉄複合文化産業構想」のもとに子会社・関連会社・孫会社を相次いで設立した[50]。これは借入金ゼロのまま配当を行っている阪急百貨店の清水雅の経営を参考としており[53]、ニュータウン開発・戸建住宅建築・マンション開発・ビル経営・駐車場運営をはじめとする不動産事業、スーパーマーケット・レストランなどの流通事業、建設事業、観光事業、教育事業、ホテル事業、金融事業、スポーツ事業などを一体的に進め相乗効果を上げる「神鉄複合文化産業構想」はグループ全体の発展に非常に大きな影響を与えた[50][53]。
これらの構想の実現のため総合企業集団「神鉄グループ」が結成され、1991年(平成3年)には企業数が17社を数えるまでに肥大化した[50]。このグループ発展の過程で巨大住宅地の開発[26]、沿線でのレジャー業や流通業の展開[51]、さらには教育施設やスイミングスクールへの経営参画なども行い[53]、北神・北摂・東播地域の発展にも大きな影響を与えた[46][50][53]。
阪神淡路大震災以降
神戸電鉄の輸送人員は1996年(平成8年)から減少に転じた[47]。阪神淡路大震災以降の神戸経済界の地盤低下による雇用の減少、沿線の少子高齢化を要因とするものである[47]。また26年間にわたって積極経営を指揮してきた中田大三も、1996年(平成8年)6月に退任した[26]。
以降、長らく輸送人員の減少と経営状況の悪化が続いていたが、2010年(平成22年)から輸送人員が再び増加に転じ[54]、2013年(平成25年)には1999年(平成11年)と同水準にまで回復した[54]。その後、新型コロナウイルス感染症感染拡大の影響により一旦大幅な減少をみせたものの、2021年(令和3年)以降は再び回復傾向にある[55]。三田線沿線の開発促進と北神線市営化による運賃値下げが要因であるとみられている[38]。
2023年(令和5年)以降は収益拡大のため[49]、首都圏(東京都・千葉県)における不動産事業の展開強化や、新規事業への相次ぐ進出などを行っており[49]、2026年(令和8年)3月期決算では創業以来過去最高額の純利益を計上するなど、近年は経営状態が好調となっている[42][40]。また運輸業においても、鉄道事業単体で約1億9,000万円の利益を計上し[40]、長年10億円を超えていた粟生線の年間赤字額も6億円台にまで減少している[40]。過去の輸送力増強設備投資の影響を主要因とする慢性的な赤字問題を抱える粟生線では[38]、輸送人員がピークであった1990年代から多額の赤字を計上しており[38]、2025年(令和7年)の年間赤字額は1998年(平成10年)と同水準である[37]。
年表
鉄道事業に関する詳細な沿革は後項の「鉄道事業の沿革」を参照。不動産事業に関する詳細な沿革は後項の「不動産事業の沿革」を参照。
- 1926年(大正15年)3月27日 - 神戸有馬電気鉄道株式会社設立(県会議事堂で創立総会)[6][56][57]。
- 1928年(昭和3年)
- 1936年(昭和11年)
- 1947年(昭和22年)1月9日 - 三木電気鉄道株式会社を合併。神有三木電気鉄道株式会社に社名変更[56][26]。
- 1949年(昭和24年)
- 1952年(昭和27年)4月10日 - 粟生線全通[56]。
- 1957年(昭和32年)4月1日 - ニュータウン開発・建売住宅事業開始[46]。
- 1961年(昭和36年)5月25日 - 京阪神急行電鉄(現:阪急阪神ホールディングス)と事業提携。
- 1973年(昭和48年)10月16日 - 分譲マンション事業に進出[46]。
- 1975年(昭和50年)
- 1987年(昭和62年)5月7日 - 「神鉄住宅センター」開業[46]。
- 1988年(昭和63年)
- 1989年(平成元年)11月11日 - ハイグレード住宅「神鉄ステイタスシリーズ」誕生[60]。
- 1991年(平成3年)10月28日 - 公園都市線(横山-フラワータウン)開業[48]。
- 1994年(平成6年)3月15日 - ファミリーマンションブランド「ベルドール」誕生[60]。
- 1995年(平成7年)
- 1996年(平成8年)
- 1997年(平成9年)9月5日 - 食品スーパーマーケット「食彩館(現:神鉄食彩館)」の1号店オープン。
- 1998年(平成10年)9月30日 - バス部門を神鉄バスに分社化。
- 1999年(平成11年)10月15日 - 携帯電話ショップ事業に進出[48]。「モバイルファースト」出店[48]。
- 2000年(平成12年)4月1日 - 介護事業に進出[48]。
- 2001年(平成13年)4月2日 - 保育事業に進出。沿線での保育園・学童保育の展開を開始[48]。
- 2003年(平成15年)8月1日 - スイミングスクール事業に進出[48]。
- 2004年(平成16年)3月29日 - リラクセーションに進出。
- 2004年(平成16年)7月20日 - 本社を神戸市北区の谷上駅ビル(SHビル)から神戸市兵庫区新開地の神鉄建設ビルに移転し神鉄本社ビルとする。
- 2008年(平成20年)10月1日 - 「神鉄サーキットスタジオ」開業。
- 2013年(平成25年)6月17日 - 発電・電力事業に進出。
- 2013年(平成25年)7月16日 - 大阪証券取引所の現物株取引終了に伴い、東京証券取引所に上場。
- 2020年(令和2年)11月30日 - 神戸市と「神戸市と神戸電鉄株式会社との神鉄沿線リノベーションに関する連携協定書」を締結[広報 1]。
- 2023年(令和5年)10月31日 - 居住用マンション賃貸事業開始。
- 2025年(令和7年)1月31日 - 居住用マンション賃貸事業を首都圏(東京都)に進出。
- 2026年(令和8年)5月21日 - 東京証券取引所における市場区分をプライム市場からスタンダード市場に変更。
社章
神戸有馬電気鉄道時代は「しんゆう(神有)電車」とも呼ばれ、社章にも神有の2文字を電気を表す稲妻で囲う社章を用いていた。一方、三木電気鉄道では「キ」3つで三木を表し、それに神戸市章とレールを組み合わせた意匠を使う事で三木・神戸間の鉄道であることを表現していた[62]。
現行社章は1949年(昭和24年)に神戸電気鉄道へ社名変更したことを期に[63]、これからの社業の発展を期して全社員から新社章の図案を募集したことで選定されたもので[63]、「神戸市を南北縦貫する鉄道」を表す[64]。車両部の香川康が提出したものが選ばれた[63]。
-
神戸有馬電気鉄道社章
-
三木電気鉄道社章
-
神戸電気鉄道社章
(現行社章)
コピー・キャンペーン
コーポレートコピー
1970年(昭和45年)11月より代表取締役社長に就任した中田大三は、沿線住宅地帯を「静かな空、青い空」と表現し[65]、これを神戸電鉄のコーポレートコピーとして積極経営を推進した[65]。以後このコーポレートコピーはテレビCMやポスターなどで使用されている。
- 「暮らしに彩を。」 - 2026年(令和8年)から使用。
- 「静かな空、青い空」
- 「みなさまとともに歩む」- 1988年(昭和63年)頃に使用されていた。
- 「ニュータウンとシティを結ぶ」- 1991年(平成3年)頃に使用されていた[66]。
- 「HARMONIOUS 自然と人間の調和」- 1990年代から2000年代に使用されていた。
キャンペーン広告
キャッチコピー
- 「陽光まぶしい神鉄沿線の街」(1986年・神鉄百合が丘)
- 「成熟のビッグタウンに心安らぐ暮らし。」(1987年・納得設計の1戸建)
- 「幸せがふくらむ街」(1988年・北鈴蘭台第3次住宅地)
- 「識る、遊ぶ、学ぶ」(1988年・ハイテクランド)
- 「心をこめて贈ります。」(1988年・’88ハウジングフェア)
- 「暮らしのレベルを高めます。」(1989年・神鉄ステイタス住宅)
- 「明日の風をうけて」(1989年・ダイヤ改正)
- 「あの頃生まれたばかりだった子供も小学校の1年生になっています。」(1989年・北鈴蘭台ハウジングフェア)
- 「売りたい時も。買いたい時も。」(1989年・神鉄の仲介)
- 「緑とふれあい広場のある街。」(1990年・パークヒル神戸住宅)
- 「私の気持とつながった。」(1991年・公園都市線)
- 「〜遊びごころのわかる街〜」(1991年・永住型マンション計画始動)
- 「住む人の夢を信頼の技術で確かなかたちに…」(1994年・ファーメット住宅)
- 「最良の日々へ。」(1995年・マンションクレイシア神戸北町)
- 「主婦の本音。主人の本音。」(1995年・パークヒル神戸住宅)
- 「素敵、快適。やっぱり神戸北町がいいね。」(1996年・神戸北町住宅)
- 「神戸電鉄がずっと創りたかった街。」(1996年・六甲ひばりが丘)
- 「求めていた暮らし、きっとここから。ずっとここで。」(1997年・鹿の子台住宅)
- 「愛情仕様にしました。」(1997年・パークヒル神戸住宅)
- 「さあ、どんな我が家を描こうか。」(1998年・若葉台)
鉄道事業
路線
駅ナンバリングの路線記号はすべて
(KB) - 詳細後節参照
- 有馬線 : 湊川駅 - 有馬温泉駅間 22.5 km
- 三田線 : 有馬口駅 - 三田駅間 12.0 km
- 公園都市線 : 横山駅 - ウッディタウン中央駅間 5.5 km
- 粟生線 : 鈴蘭台駅 - 粟生駅間 29.2 km
- 神戸高速線 : 新開地駅 - 湊川駅間 0.4 km(神戸電鉄が第二種鉄道事業者、神戸高速鉄道が第三種鉄道事業者)
一部の駅の接近メロディにはメンデルスゾーン作曲交響曲第4番『イタリア』第1楽章のアレンジが使用されている。
駅名標は、ひと昔前(漢字表示が大きかった頃)の阪急のそれに似ている。しかし、神鉄は八角形の形をとり、角が丸い阪急とは一線を画す[注釈 4]。ただし、平仮名表記の有無や字の大きさ等、駅によってその仕様には差がある。
1988年4月1日における「神戸電気鉄道株式会社」から「神戸電鉄株式会社」への社名変更と同時に、現在の丸山・横山・木津・木幡・栄・三木・大村・市場・小野の9駅で、それまで駅名に冠されていた「電鉄」の名前を外した[67]。
駅ナンバリング
駅ナンバリングは2014年(平成26年)4月1日より阪神電気鉄道と山陽電気鉄道と同時に神戸電鉄でも導入された[広報 2][報道 2]。アルファベットには全路線の全駅で「KB」(KoBe)を使用し、これと数字で構成される。ただし駅ナンバリング導入時点で営業休止中の駅には導入されていない。阪急と阪神との共用駅である新開地駅は阪神の駅番号HS 36も付され、神戸市営地下鉄北神線との共用駅である谷上駅は神戸市営地下鉄の駅番号であるS01(直通する西神・山手線と連番になっている)も付されている。
鉄道車両施設
- 鈴蘭台車両基地(鈴蘭台車両工場・鈴蘭台検車場)
- 見津車庫(第二車庫)
- 道場南口車両留置施設(第三車庫)
- 市場鉄道総合施設
車両
列車種別
神戸電鉄では以下の列車種別が設定されている(2022年3月現在)。
- 特快速 - 神戸高速線・有馬線(有馬口 - 有馬温泉間を除く)・三田線
- 急行 - 神戸高速線・有馬線(有馬口 - 有馬温泉間を除く)・三田線
- 準急 - 神戸高速線・有馬線・三田線・粟生線
- 普通 - 神戸高速線・有馬線・三田線・粟生線・公園都市線(全路線)
このほか、廃止された種別として通勤急行(神戸高速線・有馬線・三田線・粟生線、1984年10月廃止)、特急(神戸高速線・有馬線・三田線、1998年3月廃止)[68]、快速(神戸高速線・有馬線・三田線・粟生線、2020年3月廃止[広報 3])があった。
方向幕
方向幕は、下記の表示が存在するが、運用されていない表示もある。色はデジタル表示(フルカラーLED)の6000系・6500系とそれ以外では異なっている。
方向幕の色
- 赤地に白色 - 特急
- 白地に赤色(6000系・6500系は赤地に白色) - 特快速・快速(過去)・急行・通勤急行(3000系を除く)・準急(旧書体の初期の頃)・回送・臨時・貸切・試運転・教習・工事
- 白地に緑色(6000系・6500系は緑地に白色) - 準急・通勤急行(3000系の方向幕で、「通勤」の2文字のみ)
- 白地に黒色 - 6000系・6500系以外の普通・臨時(旧書体または内容をそれに準じた新書体)・行き先(旧書体)
- 黒地に白色 - 6000系・6500系の普通・行き先
なお、貫通扉に方向幕が設置されている車両は、同じ形態の山陽電気鉄道や京阪電気鉄道の車両と異なり、上部に「行先」、下部に「種別」を表示している。
-
旧式書体の正面方向幕(行先方向幕)。種別幕は現在と同じ書体だが、現在はローマ字表記入り
-
6000系の正面方向幕
ワンマン運転
神戸電鉄のワンマン運転は、公園都市線において1991年(平成3年)の開業時に採用したことが始まりである。以後路線毎に段階的に実施し、2005年(平成17年)からは全線でワンマン運転となっているが、列車内で料金を収受せず、駅の改札口を利用する、いわゆる「都市型ワンマン列車」であることから、列車内に乗車整理券発行機や運賃箱はない。ただ、訓練などでツーマン運行を行う場合は乗務員2名以上での運行となる。なお、まれに移動のため乗り合わせた運転士や係員が扉扱いや自動放送を補う放送をする場合がある(2名でワンマン運転の列車に乗車している時は運転士が左側の扉を、乗り合わせの係員は右側の扉を開閉する)。また、扉扱いは厳寒期を除き常時全車両の全扉を扱うため、ホームには乗客の乗降状況を映す監視モニターが設置されている。
ワンマン対応車両には「神戸電鉄自動放送装置」が搭載されている。この装置では車輪の回転数から動作する区間を算出している。これはタッチパネル式で、場合によりお詫び放送や行き違い駅でのしばらく停車する旨などを手動で放送を流すこともでき、緊急時には非常告知放送を行う運転士もいる。また、非常ブレーキを掛けた場合等には、完全自動で「非常ブレーキが掛かります。ご注意ください。」などといった自動放送が流れる。なお、6000系・6500系電車に搭載されている自動放送装置は、1つのモニタで自動放送装置や車両の情報を表示可能で、方向幕や客室内液晶モニタの表示も同時に制御することができる。
ワンマン化されている車両で扉上部に赤外線センサーが付いている車両は、扉に一定の大きさ以上のものが挟まれているかを検知するようになっている。赤外線センサー装備車両(4両編成の全編成、3両編成の一部)では、発車時に運転士は「センサーよし」と喚呼する。
携帯電話電源オフ車両
神戸電鉄では、携帯電話の電源オフを終日ルールづけた「携帯電話電源オフ車両」を設定していた。2003年(平成15年)7月11日から本格的に導入したもので、地下鉄堺筋線や阪急電鉄、能勢電鉄でも導入されていた。神戸電鉄では車内自動放送などでも案内を行っていたが、2014年(平成26年)7月15日に携帯電話電源オフ車両を廃止し、以降は「優先座席付近では、混雑時は電源オフ」としている[広報 4][広報 5]。
運賃
大人普通旅客運賃(小児は半額・10円未満切り上げ)。2025年1月19日改定[69]、神戸高速線以外は鉄道駅バリアフリー料金収受終了[広報 6]。
| キロ程 | 運賃(円) | キロ程 | 運賃(円) |
|---|---|---|---|
| 初乗り2km | 210 | 24 - 26 | 670 |
| 3 - 4 | 270 | 27 - 29 | 700 |
| 5 - 6 | 340 | 30 - 32 | 720 |
| 7 - 8 | 390 | 33 - 36 | 750 |
| 9 - 10 | 440 | 37 - 40 | 780 |
| 11 - 12 | 480 | 41 - 44 | 810 |
| 13 - 14 | 520 | 45 - 48 | 830 |
| 15 - 17 | 560 | 49 - 54 | 850 |
| 18 - 20 | 600 | 55 - 58 | 880 |
| 21 - 23 | 640 |
以下の区間の運賃には乗り継ぎ割引が設定されている。
- 合算額から大人20円・小児10円引き
- 合算額から大人のみ10円引き(小児は大人合算額から10円引いた額の半額で、10円未満端数切り上げ)
- 鵯越駅以北の神戸電鉄各駅と湊川駅を経由して神戸高速線新開地駅との間。
北神急行電鉄が運営していた北神線を経由する場合にも乗り継ぎ割引が設定されていたが、2020年6月1日の北神線の神戸市営地下鉄への移管に伴い廃止された[70]。
険しい山岳路線が主体かつそれに対応した特殊な機能を有する車両を運行していることに起因する高額な費用が運賃に跳ね返っていることに加え、三宮を中心とした神戸市内中心部へは神戸高速鉄道の初乗り料金が加算されることからさらに割高になり、近距離区間においてその弊害が顕著である。そのため、神戸市内の丸山・鵯越地区においては神戸市バスに、粟生線沿線や人口急増地帯の公園都市線沿線でも神姫バスに利用者を奪われ気味である。特に、粟生線においては沿線の車社会化の進行もあってその状況は一層深刻であり、2006年度と2007年度はともに過去最悪の年間12.7億円の赤字を計上しており、さらに2007年までの10年間の累積赤字が102億円に上る[71]。
2023年4月1日より、バリアフリーの推進を目的として鉄道駅バリアフリー料金制度により、普通運賃・通勤定期運賃に料金の上乗せ(神戸高速線を除く。普通運賃は10円、通勤定期は1か月で380円)を開始した[広報 8]。2025年1月19日からは神戸高速線で鉄道駅バリアフリー料金の徴収を開始し[広報 7]、他の路線は鉄道駅バリアフリー料金の徴収を終了した[広報 6]。
ICカードの利用について
|
この節は更新が必要とされています。 (2025年1月)
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全駅にてPiTaPaや西日本旅客鉄道(JR西日本)のICOCAなどの全国相互利用対応ICカード(前記のほか、Kitaca・Suica・PASMO・manaca・TOICA・nimoca・はやかけん・SUGOCA)が利用できる[広報 9]。
ICOCAなどPiTaPa以外のICカードへのチャージ対応が遅れており、2008年8月の時点までチャージ可能な自動券売機・精算機は一切設置されておらず、ICOCAなどPiTaPa以外のICカードで神戸電鉄を利用する場合(特に無人駅で下車する場合)は、残高に注意が必要であった。同年10月にそれらの自動精算機はICカードへのチャージ・プリペイドの利用履歴・ポストペイの利用実績が照会可能な新型のものに取り替えられている。但し、2019年5月の時点では、自動券売機で前記の機能が利用可能なICカードはPiTaPaとICOCAのみであり、それ以外のICカードで駅構内出場後にプリペイドの利用履歴照会・印字を行う場合は有人駅では係員への申し出、無人駅ではインターホンで管轄駅への連絡による駅構内への再入出場が必要である。また、神戸電鉄の公式ホームページにはその旨記載がない。
2017年4月15日より、神戸電鉄においてプリペイド式IC乗車カード「ICOCA」、および「ICOCA定期券」(他社局との連絡定期券を含む)の発売(カードの発行はJR西日本)を開始した。但しICOCAカードは券売機での販売ではなく、定期券売り場のみでの販売となっている(阪神式の券売機が設置されている新開地駅では購入可能)。
他社路線との連絡乗車券
全駅で神戸高速線経由阪急電鉄・阪神電気鉄道・山陽電気鉄道各駅への連絡乗車券が購入できる。この中で阪神側は2009年3月20日に阪神なんば線が延伸開業し近鉄奈良線と相互直通運転を開始したが、延伸開業後も神戸電鉄側では従来通り4社連絡乗車券しか発売せず、当面は阪神なんば線の連絡乗車券も従来通り西九条駅までしか発売しないため、神戸電鉄の駅から阪神なんば線を介し、西九条駅で下車しないで九条駅以遠の駅や大阪難波駅から先の近鉄線方面へ行こうとする場合は、一旦西九条駅までの連絡乗車券を購入する形で、不足分を着駅で精算する必要がある[注釈 5]。ただしPiTaPa・ICOCA利用時はそのまま4社連続で乗車できる。大阪難波駅から近鉄特急を利用する場合は、大阪難波駅ホームの特急券窓口で特急券を購入する際に近鉄線の目的地までの駅まで精算することができる。また、阪急とつながっている能勢電鉄への連絡乗車券も発売されていない。しかし2010年4月1日からは神戸電鉄と阪神・近鉄などとの共同企画乗車券『奈良・斑鳩1dayチケット』[広報 10] や、同年4月24日からも『せんとくん平城京1日電車乗車券』(こちらは同年11月7日までの期間限定)[広報 11] が発売されたため、神戸電鉄対阪神九条駅以遠ならびに近鉄奈良線方面へのある程度の利便性は改善されている。
2012年3月、新型券売機の導入に際して阪神なんば線(大阪難波駅)までの連絡乗車券の発券を開始した。
回数券
2024年4月30日をもって、身体・知的障害者用特別割引回数乗車券を除き、他社連絡回数券も含めて全ての回数券の発売を終了した。代わりに、PiTaPaの従来のサービスに加え、ICOCAでの神戸電鉄線内での利用に対してもポイントを還元するサービスを、阪神電鉄や阪急電鉄・能勢電鉄・山陽電鉄との間でポイントを共通に使える施策として同年4月1日より開始した[広報 12]。
障害者割引
身体障害者・精神障害者保健福祉手帳・知的障害者に対し以下の割引がある。
| 対象 | 種別 | 区分 | 条件 | 距離 | 普通券 | 回数券 | 定期券 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 身体障害者手帳 精神障害者保健福祉手帳 療育手帳 所持者 |
第一種 | 大人 | 単独 | 101km以上 | 5割引 | - | ||
| 介護付 | 本人 | 無制限 | 5割引 | |||||
| 介護者 | ||||||||
| 小児 | 単独 | 101km以上 | - | |||||
| 介護付 | 小学生 | 無制限 | 5割引 | 無割引 | ||||
| 乳幼児 | 無料 | |||||||
| 介護者 | 5割引 | |||||||
| 第二種 | 大人 | 単独 | 101km以上 | 5割引 | - | |||
| 小児 | ||||||||
| 小児 | ||||||||
| 介護付 | 小学生 | 無制限 | - | 無割引 | ||||
| 乳幼児 | 無料 | |||||||
| 介護者 | 5割引 | |||||||
一日平均乗降人員上位10駅
国土数値情報および鉄道統計年報より作成[55]。順位変動・前年度比は2024年度と2023年度の比較で、
・
・は、上昇・増加(
)、低下・減少(
)、変化なし()を表す。新開地駅の数値は、阪神神戸高速線・阪急神戸高速線との乗換客を含む。
| 順位 | 駅名 | 前年比 (%) |
乗降人員 | 特記事項 | |||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2024年度 | 2023年度 | 2022年度 | 2021年度 | ||||
| 新開地駅 | 46,591 | 2022年度以前はデータ非公表 | |||||
| 谷上駅 | 28,245 | 34,846 | 28,428 | 28,428 | |||
| 鈴蘭台駅 | 13,449 | 13,334 | 13,214 | 12,518 | |||
| 三田駅 | 10,307 | 10,175 | 9,934 | 9,084 | |||
| 北鈴蘭台駅 | 9,034 | 9,029 | 8,933 | 8,339 | |||
| 岡場駅 | 8,781 | 8,606 | 8,373 | 7,797 | |||
| 湊川駅 | 7,116 | 7,127 | 7,147 | 6,824 | |||
| 西鈴蘭台駅 | 5,496 | 5,345 | 5,240 | 4,941 | |||
| 田尾寺駅 | 4,270 | 4,227 | 4,137 | 3,775 | |||
| 横山駅 | 3,753 | 3,632 | 3,523 | 3,268 | |||
輸送・収支実績
| 1979-2004[72][29] | ||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | 旅客輸送人員 (千人) |
1日1km平均 通過人員 (人) |
鉄道業営業収入 (千円) |
鉄道業営業費 (千円) |
||||||||||
| 1979 | 58,738 | 7,432,003 | 6,361,530 | |||||||||||
| 1982 | 59,168 | 29,581 | 8,589,596 | 7,291,504 | ||||||||||
| 1984 | 59,340 | 29,921 | 9,670,918 | 7,377,910 | ||||||||||
| 1985 | 59,079 | 29,751 | 9,897,470 | 7,763,856 | ||||||||||
| 1986 | 59,749 | 30,080 | 10,286,003 | 8,010,848 | ||||||||||
| 1987 | 59,506 | 29,760 | 10,530,194 | 8,379,034 | ||||||||||
| 1988 | 66,499 | 29,604 | 10,746,260 | 9,047,322 | ||||||||||
| 1989 | 67,059 | 29,682 | 10,867,865 | 9,659,275 | ||||||||||
| 1990 | 68,447 | 30,257 | 11,565,504 | 9,780,918 | ||||||||||
| 1991 | 69,303 | 30,052 | 12,810,089 | 10,831,208 | ||||||||||
| 1992 | 71,023 | 30,242 | 13,243,272 | 11,041,989 | ||||||||||
| 1993 | 70,733 | 30,272 | 13,335,233 | 11,223,193 | ||||||||||
| 1994 | 66,137 | 30,194 | 12,911,629 | 11,619,439 | ||||||||||
| 1995 | 62,523 | 29,321 | 12,413,922 | 11,484,392 | ||||||||||
| 1996 | 68,505 | 27,887 | 15,140,841 | 12,147,977 | ||||||||||
| 1997 | 64,384 | 29,102 | 14,166,032 | 12,203,047 | ||||||||||
| 1998 | 61,449 | 27,707 | 13,449,656 | 12,114,305 | ||||||||||
| 1999 | 59,086 | 23,742 | 12,872,590 | 12,012,586 | ||||||||||
| 2000 | 57,415 | 23,178 | 12,553,634 | 11,438,102 | ||||||||||
| 2001 | 55,046 | 22,173 | 12,055,088 | 10,672,890 | ||||||||||
| 2002 | 52,642 | 21,245 | 11,511,170 | 9,640,882 | ||||||||||
| 2003 | 51,069 | 20,572 | 11,198,065 | 9,552,289 | ||||||||||
| 2004 | 46,589 | 19,960 | 10,859,053 | 9,505,898 | ||||||||||
| 2018- [73] | ||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | 旅客輸送人員 (千人) |
鉄道業営業収入 (百万円) |
鉄道業営業費 (百万円) |
|||||||||||
| 2018 | 58,289 | 9,447 | 8,529 | |||||||||||
| 2019 | 58,028 | 9,314 | 8,589 | |||||||||||
| 2020 | 46.882 | 7,910 | 8,609 | |||||||||||
| 2021 | 48,669 | 8,397 | 8,531 | |||||||||||
| 2022 | 52,423 | 9,190 | 9,034 | |||||||||||
粟生線においては、国・兵庫県・神戸市・三木市・小野市の行政支援が経常利益に含まれている。しかし、粟生線の赤字が全線の経営に大きく影響している。
| 年度 | 粟生線 | 全線 | ||
|---|---|---|---|---|
| 運賃収入 (百万円) |
経常利益 (百万円) |
運賃収入 (百万円) |
経常利益 (百万円) |
|
| 2008 | 2,084 | △1,272 | 9,773 | △274 |
| 2009 | 1,991 | △1,274 | 9,416 | △522 |
| 2010 | 1,941 | △1,227 | 9,340 | △375 |
| 2011 | 1,909 | △1,197 | 9,252 | △370 |
| 2012 | 1,868 | △976 | 9,116 | △39 |
貨客混載事業
2025年(令和7年)1月11日から7月末まで貨客混載事業の実証実験として、神鉄エンタープライズ、ジェイエイファーム六甲、北神地域振興、神戸市との5社共同で、三田線・有馬線・神戸高速線において農作物の輸送を行った[74]。岡場 - 新開地間で実施され、岡場駅で最後尾車両に農作物を積み込み、新開地駅到着後は同駅直結の神鉄ビル地下2階に配送して神鉄食彩館新開地店で販売した[74]。この取り組みによって鉄道輸送の新しい価値を創造し、新開地エリアの活性化や地産地消の推進、トラック配送の代替によるCO2の削減等に貢献するとしている[74]。
鉄道事業の沿革
- 1921年(大正10年)11月 - 「神有電気鉄道」の趣意書が発表される(第1期線:平野-宝塚、第2期線:箕谷-三木。軌間は標準軌)[6]。
- 1922年(大正11年)11月 - 出願[6]。
- 1923年(大正12年)
- 1924年(大正13年)6月1日 - 神戸有馬電気鉄道に名称変更(届出)[76]
- 1928年(昭和3年)
- 1936年(昭和11年)
- 1937年(昭和12年)12月28日 - 三木電気鉄道 広野ゴルフ場前-三木東口(現在の三木上の丸)間開業[56]
- 1938年(昭和13年)1月28日 - 三木電気鉄道 三木東口-三木福有橋(現在の三木)間開業[56]
- 1944年(昭和19年)2月12日 - 有馬線 鵯越駅で湊川行き列車が脱線する事故。先頭車両は長田駅まで逸走し脱線(神戸有馬電気鉄道有馬線列車脱線転覆事故)。
- 1945年(昭和20年)
- 8月29日 - 有馬線 長田駅で湊川行き列車が脱線する事故。
- 11月18日 - 有馬線 鷹取道駅(現丸山) - 長田間で湊川行き列車が脱線する事故(神戸有馬電気鉄道電車脱線転覆事故)が発生。
- 1951年(昭和26年)12月28日 - 三木福有橋 - 電鉄小野(現在の小野)間開業[56]。
- 1952年(昭和27年)4月10日 - 電鉄小野-粟生間が開業し粟生線全通[56]。
- 1968年(昭和43年)
- 1970年(昭和45年)3月31日 - 鈴蘭台車両工場および検車庫竣工[79]。
- 1972年(昭和47年)
- 1984年(昭和59年)10月 - 風向風速計の設置が開始される[60]。
- 1985年 (昭和60年)- 鈴蘭台管理事務所屋上に雨量計が設置される[60]。
- 1987年(昭和62年)
- 1991年(平成3年)10月28日 - 公園都市線(横山-フラワータウン)開業[48]。同線で神鉄初のワンマン運転を開始。
- 1994年(平成6年)12月1日 - 喫煙コーナーを除き、駅構内を終日禁煙とする[80]。
- 1995年(平成7年)1月17日 - 阪神・淡路大震災で被害を受ける[6]。
- 1996年(平成8年)3月28日 - 公園都市線全通[48][61]。
- 1999年(平成11年)10月1日 - 共通乗車カードシステム「スルッとKANSAI」に加盟。
- 2001年(平成13年)1月1日 - 鉄道従業員の制服を再生素材を使ったものとし、色もグレーからネイビブルーに変更する[81]。
- 2005年(平成17年)4月1日 - 準大手私鉄から中小私鉄に分類が変更される[注釈 3]。
- 2006年(平成18年)1月22日 - 有馬口駅にて脱線事故発生。2月3日にも同様の事故。ポイントが旧式であったことが原因とされた。
- 2007年(平成19年)
- 4月1日 - ICカード「PiTaPa」導入。
- 9月1日 - 「PiTaPa IC定期サービス」対応。
- 2013年(平成25年)5月28日 - 有馬口駅にて脱線事故発生。ポイントの形状が原因とされた。
- 2014年(平成26年)4月1日 - 全線で駅ナンバリングを実施。
- 2015年(平成27年)3月3日 - IC乗車カード全国相互利用への対応により、Kitaca、PASMO、Suica、manaca、TOICA、nimoca、はやかけん、SUGOCAが利用可能となる[広報 9]。
- 2017年(平成29年)4月15日 - 神戸電鉄にてICカード「ICOCA」、および「ICOCA定期券」(他社局との連絡定期含む)の発売を開始[82][83][84]。
- 2018年(平成30年)3月4日 - 近隣火災により粟生線三木駅の下りホーム側駅舎が全焼[85][86]。
- 2020年(令和2年)6月1日 - 鉄道事業本部内に北神営業部を新設し、神戸市交通局より神戸市営地下鉄北神線(同日付で北神急行電鉄より移管)の運行業務を受託開始[87][88]。
- 2022年(令和4年)
不動産事業
概要
神戸電鉄の不動産事業は、開業当初に沿線への人口誘致を図るため、1928年(昭和3年)に小部経営地(現:鈴蘭台)の戸建用地分譲を開始したのに始まる[65]。
現在の主力事業は、2023年(令和5年)10月より進出した「居住用物件(マンション)賃貸事業」と、兵庫県・大阪府で広く展開している土地・テナント賃貸事業である。2025年(令和7年)より居住用物件賃貸事業を首都圏(東京都・千葉県)でも展開しているほか、商業ビルやオフィスビルなど幅広い賃貸物件を保有し、その賃貸面積は約130,000㎡(2025年〈令和7年〉3月31日時点)にのぼっている。
大規模な宅地開発事業は1959年(昭和34年)の旭が丘を皮切りに、自社住宅を集中的に建築・販売できる住宅分譲地の新規開発に取り組み、同社最大規模を誇る神鉄北鈴蘭台ニュータウン(2,725区画)をはじめ、数百〜数千区画規模の宅地を相次いで開発した。
特筆すべきは、神戸電鉄のみならず、傘下のグループ会社においても同様の宅地開発・住宅事業が行われていた点で、神鉄エンタープライズ・神鉄建設工業・神鉄住宅販売・有馬興業(現:有馬ビューホテル)など多数の子会社・関連会社が独自に不動産事業を展開していた。とくに有馬興業では、親会社の神戸電鉄との競合を避けるため宅地開発は他社沿線で行われ、1986年(昭和61年)の不動産事業撤退まで、唐櫃住宅地などを除いて主に阪急沿線で分譲された(例外として明石市や奈良県でも宅地開発を行った例がある)。
1986年(昭和61年)以降は住宅部門・仲介部門の肥大化にともなって同部門を神鉄住宅販売(現:神鉄ビジネスサポート)に分社化したが、2000年(平成12年)に再び直営としている。
2024年(令和6年)現在、住宅・宅地部門は小規模な戸建用地開発を行うのみになっているが、近年は沿線外にも進出している。
土地販売業
1928年(昭和3年)9月に小部経営地(現 鈴蘭台)で住宅経営を開始して以降、兵庫県南部で数多くの住宅地を開発している。特に1956年(昭和31年)に鈴蘭台西口で住宅金融公庫融資住宅を販売して以降は積極的に沿線住宅開発に乗り出し[65]、神鉄沿線が阪神地区のベッドタウンとして注目を浴びたこともあって、神戸電鉄の住宅地は盛況をみるに至った[90]。
神戸電鉄グループが分譲したおもな住宅地
神戸電鉄およびグループ会社が分譲したおもな住宅地は以下の通りである。
| 住宅地名 | 分譲開始年度 | 区画数 | 分譲会社 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 小部経営地 | 1928年 | - | 神戸電鉄 | |
| 六甲山荘住宅地 | 1933年 | - | 神戸電鉄 | |
| 六甲川温泉住宅地 | 1937年 | - | 神戸電鉄 | |
| 今草園住宅地 | 1942年 | - | 神戸電鉄 | |
| 栄住宅地 | 1945年 | - | 神戸電鉄 | |
| 広野住宅地 | 1949年 | - | 神戸電鉄 | |
| 六甲山荘住宅地 | 1933年 | - | 神戸電鉄 | |
| 鈴蘭台西口住宅地 | 1956年 | 10 | 神戸電鉄 | |
| 鈴蘭台地区住宅地 | 1957年 | 46 | 神戸電鉄 | |
| 旭が丘住宅地 | 1959年 | 229 | 神戸電鉄 | |
| 桜が丘住宅地 | 1960年 | 179 | 神戸電鉄 | |
| 霞が丘住宅地 | 1961年 | 198 | 神戸電鉄 | |
| 長田住宅地 | 1961年 | 5 | 神戸電鉄 | |
| 宝塚市山椒ヶ原 | 1962年 | 28 | 有馬興業 | 初の阪急沿線での分譲。 |
| 百合が丘第1・2次 | 1963年 | 407 | 神戸電鉄 | |
| 松の宮住宅地 | 1963年 | 122 | 神戸電鉄 | |
| 松の宮南住宅地 | 1964年 | 64 | 神戸電鉄 | |
| 大池住宅地 | 1964年 | 269 | 神戸電鉄 | |
| 茨木市総持寺住宅地 | 1964年 | 110 | 有馬興業 | |
| 東山住宅地 | 1965年 | 548 | 神戸電鉄 | |
| 花山住宅地 | 1965年 | 316 | 神戸電鉄 | 分譲に際して花山駅を開設。資料によっては花山1次住宅地と称するが、これは2次(計画人口1014人)開発計画があったため。 |
| 桂住宅地 | 1965年 | 56 | 有馬興業 | |
| 向日市上里住宅地 | 1965年 | - | 有馬興業 | |
| 六甲が丘住宅地 | 1966年 | 597 | 神戸電鉄 | |
| 茨木市上野住宅地 | 1966年 | 102 | 有馬興業 | |
| 高槻市東の宮住宅地 | 1966年 | 234 | 有馬興業 | |
| 茨木市若園住宅地 | 1968年 | 182 | 有馬興業 | |
| 中山住宅地 | 1969年 | 234 | 神戸電鉄 | 分譲に際して西鈴蘭台駅を開設。 |
| 北鈴蘭台第1・2次 | 1969年 | 990 | 神戸電鉄 | 分譲に際して北鈴蘭台駅を開設。 |
| 箕面東山住宅地 | 1969年 | 427 | 有馬興業 | |
| 高槻市宮田住宅地 | 1969年 | 129 | 有馬興業 | |
| 奈良県田原本町 | 1970年 | 53 | 有馬興業 | 初の近鉄沿線での開発・分譲。 |
| 高槻市栄町 | 1970年 | 26 | 有馬興業 | |
| 明石市大久保住宅地 | 1971年 | - | 有馬興業 | |
| 高槻市新宮田住宅地 | 1973年 | 12 | 有馬興業 | |
| 唐櫃台住宅地 | 1974年 | 246 | 神戸電鉄 | 1966年(昭和41年)に唐櫃台駅を開設。 |
| 木幡住宅地 | 1975年 | 23 | 神戸電鉄 | |
| 六甲住宅地 | 1979年 | 13 | 神戸電鉄 | |
| 新箕面住宅地 | 1979年 | 12 | 有馬興業 | |
| 唐櫃住宅地 | 1979年 | 51 | 有馬興業 | |
| 箕谷東住宅地 | 1980年 | 201 | 神戸電鉄 | 興人との共同開発。区画数はパークヒル神戸との合計。販売開始年度・区画数は神戸電鉄におけるもの。 |
| 新唐櫃住宅地 | 1981年 | 5 | 有馬興業 | |
| パークヒル神戸 | 1986年 | 201 | 神戸電鉄 | 興人との共同開発。区画数は箕谷東との合計。販売開始年度・区画数は神戸電鉄におけるもの。 |
| 北鈴蘭台第3次 | 1982年 | 1025 | 神戸電鉄 | 神鉄エンタープライズ・鴻池組・兼松江商との共同開発。区画数は全社の合計。 |
| 1982年 | 神鉄エンタープライズ | 神戸電鉄・鴻池組・兼松江商との共同開発。区画数は全社の合計。 | ||
| 1989年 | 9 | 神鉄住宅販売 | ||
| 百合が丘第3次 | 1984年 | 97 | 神戸電鉄 | |
| 神鉄不動産百合が丘 | 1984年 | 68 | 神鉄建設工業 | 分譲開始時の社名は神鉄不動産。 |
| 藤原台 | 1985年 | 2 | 神戸電鉄 | 六甲北ニュータウンの開発主体は神戸市。 |
| ウッディタウン | 1986年 | 2 | 神戸電鉄 | |
| 青松園住宅地 | 1987年 | 33 | 神戸電鉄 | 兼松江商との共同開発。販売開始年度・区画数ともに神戸電鉄単体。 |
| 神戸北町 | 1988年 | 4300 | 神戸電鉄 | 伊藤忠商事・兼松江商との共同開発。販売開始年度は神戸電鉄のもの。区画数は全社の合計。 |
| 六甲ひばりが丘 | 1996年 | 226 | 神戸電鉄 | |
| 鹿の子台 | 1997年 | 44 | 神戸電鉄 | 神戸リサーチパークの開発主体は神戸市。 |
| 松宮台 | 2002年 | 710 | 神戸電鉄 | 鴻池組との共同開発。神戸電鉄単体の販売数は519区画(2015年3月期完売)。 |
| 谷上住宅地 | 2005年 | 36 | 神戸電鉄 | 土地区画整理事業の一環。 |
| ロイヤルシティ富士が丘 | 2011年 | - | 神戸電鉄 | |
| 明石市大久保 | 2015年 | 6 | 神戸電鉄 | |
| 武庫之荘2丁目 | 2015年 | 4 | 神戸電鉄 | |
| 北五葉2丁目 | 2017年 | - | 神戸電鉄 | |
| 芦屋市戸建用地 | 2019年 | - | 神戸電鉄 |
建物販売業
1956年(昭和31年)以降は住宅産業にも進出して、自社独自の住宅を集中販売していた。かつての鉄道事業とならぶ神戸電鉄の主力部門であり、建売住宅・注文住宅・リフォーム・住宅設備機器をはじめとする住宅関連事業の総称として[91]、2000年(平成12年)頃からは「神鉄ハウジング」の名称で展開していたが、2008年(平成20年)10月に神鉄コミュニティサービスに事業譲渡した。
永らく掲げられてきた住宅の開発コンセプトは「人にやさしい住まい」である。1997年(平成9年)頃からは「神戸電鉄の家・人にやさしい住まい」と表記された家の形をあしらったロゴマークがポスターに表記されていた。その後、高齢化社会や地球環境問題を重視した家づくりという観点から「健康・環境・省エネ」をキーワードとしていた。
2000年代以降は「Natural & Healthy」という新たなキャッチコピーを全面的に打ち出し、低ホルマリン建材などを使用した健康住宅やバリアフリー発想住宅にも積極的に取り組んだ。
なお、「高い設計力・強じんな構造と端正なたたずまい・確かな施工技術とアフターケア」という神鉄ハウジングの総合的な思想を「HI-CIシステム」と呼称していた時期がある。これは、健康的(healthy)快適(comfort)住む人の個性(individual)楽しい(enjoy)の頭文字が由来である。
ナチュライフ
2000年(平成12年)4月1日に誕生した晩年の主力ブランドで[91]、「natulife」と表記されることもあった。日本住宅・木材技術センターが認定した木造住宅合理化システム「神鉄J-WOOD工法」で建設された神鉄ハウジング看板の注文住宅である[91]。神鉄ハウジングの「HI-CEシステム」の代表例であり、ニュージーランド産30年ものの良質なラジアータパイン材を使った高性能集成材LVLを土台・柱・梁等に使用し、高強度金物で緊結した耐久性・耐震性に優れた神戸電鉄独自工法で建設された本格木造一戸建ての注文住宅として開発された。リゾート施設のようなワイドな空間と高い耐久性を兼ね備えるとともに、購入者の用途や目的、希望に沿った理想的な住まいをクリエイトさせることをコンセプトとしていた。キャッチコピーは「住む人の夢を信頼の技術で確かな“かたち”に」である。当初は神鉄六甲ひばりが丘にモデルハウスが開設されていたほか、ナチュライフの建築を想定した割安価格な宅地分譲が各分譲地で行われていた。
ティーテラスのある家
2001年(平成13年)4月に誕生した建売住宅ブランド。ティーテラス、枕木花壇、ウッドラチスなどを盛り込んだ木造住宅で、バスルーム・玄関・階段をバリアフリー仕様としたタイプを「ティーテラスのある家」としていた。「自然と会話する時間をみつけませんか。 」をキャッチコピーとし、神鉄神戸北町住宅地には当初モデルハウスも開設されていた。
注文住宅シンセリテ
神戸電鉄の建売住宅事業40周年を記念して1997年(平成9年)に開発されたもので、「新・提案住宅シンセリテ」と表記されることが多い。ツーバイフォー住宅やプレハブ工法ではない木造軸組工法による完全自由設計のため、一部屋ごとに至るまで注文設計が可能なシリーズであった。ペアガラスサッシ・ベタ基礎を標準仕様としている。現在は注文住宅事業から撤退したため販売されていない。高級注文住宅ながら「坪39万円台から」を宣伝文句としており、1998年(平成10年)からは神戸電鉄ホームページ内に特設サイトが設けられていた。
神鉄ステイタスシリーズ
1989年(平成元年)より建設・販売を開始した高級建売住宅ブランドである。ポスターや雑誌広告、阪急電鉄時刻表の広告欄では「ハイグレード住宅・神鉄ステイタスシリーズ」と表記していた。ロゴマークはローマ字の「STATUS」をモチーフにしたものである。神戸電鉄の住宅技術の集大成としてシステムキッチンやジェットバス、ホームセキュリティシステム、リモコンガレージシャッターなどを備えた「理想の住宅」として販売された[92]。平均販売価格は1億円をはるかに超えるばかりか住宅金融公庫融資もつかない有様あったが、その人気は凄まじく、住宅フェアでは即日完売となることが恒常的で、販売に制限をかけるほどであった[92]。また空堀型プレキャストコンクリート製の地下室は神戸電鉄が特許を取得している。
3階建て住宅
狭小面積に建築する建売住宅はSE構法の「3階建て住宅」としている。2005年(平成17年)に分譲した甲南山手森南町住宅を最後に建設・販売されていない。
神鉄のリフォーム
リフォーム事業については「神鉄のリフォーム」の名称で展開し、「住まいの快適提案」をキャッチコピーとしていた。新築そっくりにフルリフォームする「戸建おまかせリフォームパック」「マンションおまかせリフォームパック」を主力商品としながら、戸建の増築や部分改築をはじめ、キッチンや部屋のリニューアル、住宅設備機器の更新、「住まいのメンテナンス」と称した点検などを行っていた。
| 住宅地名 | 分譲開始年度 | 戸数 | 分譲会社 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 鈴蘭台西口住宅地 | 1956年 | 10 | 神戸電鉄 | |
| 鈴蘭台地区住宅地 | 1957年 | 28 | 神戸電鉄 | |
| 旭が丘住宅地 | 1959年 | 158 | 神戸電鉄 | |
| 桜が丘住宅地 | 1960年 | 68 | 神戸電鉄 | |
| 霞が丘住宅地 | 1961年 | 122 | 神戸電鉄 | |
| 百合が丘第1・2次 | 1963年 | 149 | 神戸電鉄 | |
| 松の宮住宅地 | 1963年 | 65 | 神戸電鉄 | |
| 松の宮南住宅地 | 1964年 | 26 | 神戸電鉄 | |
| 大池住宅地 | 1964年 | 108 | 神戸電鉄 | |
| 茨木市総持寺住宅地 | 1964年 | 24 | 有馬興業 | |
| 東山住宅地 | 1965年 | 98 | 神戸電鉄 | |
| 花山住宅地 | 1965年 | 137 | 神戸電鉄 | |
| 桂住宅地 | 1965年 | 14 | 有馬興業 | |
| 六甲が丘住宅地 | 1966年 | 224 | 神戸電鉄 | |
| 茨木市上野住宅地 | 1966年 | 24 | 有馬興業 | |
| 高槻市東の宮住宅地 | 1966年 | 55 | 有馬興業 | |
| 茨木市若園住宅地 | 1968年 | 37 | 有馬興業 | |
| 中山住宅地 | 1969年 | 83 | 神戸電鉄 | 分譲に際して西鈴蘭台駅を開設。 |
| 甲栄台・若葉台 | 1969年 | 234 | 神戸電鉄 | 分譲に際して北鈴蘭台駅を開設。 |
| 箕面東山住宅地 | 1969年 | 185 | 有馬興業 | |
| 高槻市宮田住宅地 | 1969年 | 8 | 有馬興業 | |
| 高槻市新宮田住宅地 | 1973年 | 6 | 有馬興業 | |
| 唐櫃台住宅地 | 1974年 | 65 | 神戸電鉄 | 1966年(昭和41年)に唐櫃台駅を開設。 |
| 新箕面住宅地 | 1979年 | 6 | 有馬興業 | |
| 箕谷東住宅地 | 1980年 | 115 | 神戸電鉄 | 分譲戸数はパークヒル神戸との合計。 |
| パークヒル神戸住宅地 | 1986年 | 115 | 神戸電鉄 | 分譲戸数は箕谷東との合計。 |
| 惣山町 | 1982年 | 304 | 神戸電鉄 | 1989年までは北鈴蘭台第3次住宅地の名称。 |
| 北鈴蘭台第3次 | 1982年 | - | 神鉄エンタープライズ | |
| 北鈴蘭台第3次 | 1989年 | 9 | 神鉄住宅販売 | |
| 神鉄不動産百合が丘 | 1984年 | - | 神鉄建設工業 | 分譲開始時の社名は神鉄不動産。 |
| 藤原台 | 1985年 | 2 | 神戸電鉄 | |
| 北鈴蘭台第3次 | 1989年 | 9 | 神鉄住宅販売 | |
| ウッディタウン | 1986年 | 2 | 神戸電鉄 | |
| 神戸北町 | 1989年 | 52 | 神戸電鉄 | ステイタスシリーズを販売。 |
| 六甲ひばりが丘 | 1996年 | 25 | 神戸電鉄 | |
| 鹿の子台 | 1997年 | 16 | 神戸電鉄 | |
| 南五葉 | 2004年 | 3 | 神戸電鉄 | |
| 南五葉Ⅱ | 2005年 | 3 | 神戸電鉄 | |
| 森南町 | 2005年 | 1 | 神戸電鉄 |
マンション「クレイシアシリーズ」
1996年(平成8年)より販売を開始したマンション「クレイシアシリーズ」ブランドは、戸建て感覚のローコストマンションとして企画され[92]、低価格帯ながらもグレードの高い設備や専用庭付タイプの部屋を設けたことから人気を集め、申し込み会場には前々日から行列ができるほどであった[92]。施主は神戸電鉄であるが、建設施工は神鉄建設工業などが行っている。2001年(平成13年)にクレイシア三田のモデルルームを分譲したのを最後に、建設・販売が途絶えている。
| マンション名 | 分譲開始年度 | 分譲会社 | 管理会社 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 西鈴壱番館 | 1973年 | 神戸電鉄 | 神鉄コミュニティサービス | 店舗付き分譲マンション。 |
| ベラジュール北鈴蘭台 | 1989年 | 神鉄建設工業 | 神鉄コミュニティサービス | |
| ベルドール神戸北町1号館 | 1993年 | 神戸電鉄 | 神鉄コミュニティサービス | |
| ベルドール神戸北町2号館 | 1993年 | 神戸電鉄 | 神鉄コミュニティサービス | |
| ベルドール神戸北町3号館 | 1993年 | 神戸電鉄 | 神鉄コミュニティサービス | |
| ベルドール神戸北町4号館 | 1993年 | 神戸電鉄 | 神鉄コミュニティサービス | |
| ベルドール神戸北町5号館 | 1993年 | 神戸電鉄 | 神鉄コミュニティサービス | |
| クレイシア神戸北町 | 1996年 | 神戸電鉄 | 神鉄コミュニティサービス | 阪神淡路大震災のため遅れて竣工した。 |
| クレイシア三田 | 1997年 | 神戸電鉄 | 神鉄コミュニティサービス |
不動産事業の部署・営業所
神戸電鉄が開発した住宅地には神戸電鉄グループの神鉄住宅販売が販売代理会社となって分譲された例もある。住宅地開発の部署は「土地経営部」という名称を使用していたが、のちに「開発部」に改称、本部制の導入で1998年(平成10年)10月1日より「開発本部」となった[48]。2002年(平成14年)4月1日の四事業本部制導入からは「不動産事業本部」の名称となっている。
不動産事業の営業所は以下の通りである。
| 営業所名 | 営業開始 | 営業終了 | 運営会社 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 湊川住宅営業所 | 1960年代 | 1970年代 | 神戸電鉄 | 湊川駅コンコース内 |
| 大阪案内所 | 1966年4月 | (不明) | 有馬興業 | 新阪急ビル内 |
| 三宮住宅営業所 | 1967年9月1日 | (不明) | 神戸電鉄 | 阪急電鉄土地経営部・阪急不動産との共同開設。阪急三宮駅西口 |
| 北鈴住宅案内所 | 1970年 | (不明) | 神戸電鉄 | 北鈴蘭台第1・2次住宅地分譲時に設置。 |
| 有馬興業不動産案内所 | 1972年10月 | (不明) | 有馬興業 | 梅田西阪急ビル内 |
| 新開地住宅営業所 | 1975年7月4日 | 1995年1月16日 | 神戸電鉄 | 神鉄ビル1階 |
| 新開地住宅案内所 | 1986年 | 1995年1月16日 | 神鉄住宅販売 | 神鉄ビル1階 |
| 北鈴現地案内所 | 1982年 | (不明) | 神戸電鉄 | |
| 新開地不動産部営業所 | (不明) | (不明) | 神鉄エンタープライズ | 神鉄ビル地下1階 |
| 鈴蘭台住宅営業所 | 1987年5月7日 | 神戸電鉄 | 神鉄住宅センター内 | |
| 鈴蘭台住宅案内所 | 1987年5月7日 | (不明) | 神鉄住宅販売 | 神鉄住宅センター内 |
| 神戸北町住宅案内所 | (不明) | (不明) | 神戸電鉄 | |
| パークヒル神戸住宅案内所 | (不明) | (不明) | 神戸電鉄 | |
| ベルドール神戸北町案内所 | 1994年 | (不明) | 神戸電鉄 | |
| 北神住宅センター | 1990年10月27日 | 北神急行電鉄 | 谷上駅1階 | |
| 湊川住宅案内所 | 1988年 | (不明) | 神鉄住宅販売 | 湊川駅コンコース内 |
| 六甲ひばりが丘住宅案内所 | 1996年 | (不明) | 神戸電鉄 | |
| 住宅サービスショップ谷上店 | 1999年3月23日 | 2001年3月31日 | 神戸電鉄 | 北神住宅センターを転換。 |
| 住宅サービスショップ鈴蘭台店 | 1999年9月11日 | 2008年9月30日 | 神戸電鉄 | 鈴蘭台住宅営業所を転換。 |
| 松宮台インフォメーション | 2003年 | (不明) | 神戸電鉄 | |
| HOME’S8 | 2003年5月17日 | (不明) | 神戸電鉄 |
建物賃貸業
1971年(昭和46年)11月25日に竣工した「西鈴神鉄ビル」を皮切りに、兵庫県・大阪府・東京都・千葉県で商業ビル・賃貸物件の運営を行っており、現在賃貸面積は約32,000 m2である。
2023年(令和5年)10月より「居住用物件(マンション)賃貸事業」に進出し、2025年(令和7年)からは首都圏(東京都)でも展開している。
| 賃貸物件名 | 営業開始 | 営業終了 | 形態 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 有馬神鉄ビル | 1928年 | 1989年 | 商業ビル | アール・ヌーヴォー調建築で有馬温泉の名物として親しまれたが、神戸電鉄開業60周年事業で改築された。 |
| 湊川神鉄ビル | 1928年 | 商業ビル | 湊川駅の賃貸部分に対してこう呼称する事例がある。 | |
| 西鈴神鉄ビル | 1971年 | 商業ビル | 当初は核店舗として阪急共栄ストア・阪急ボウルが入居。現在は神鉄食彩館および神鉄専門店街。 | |
| 鈴蘭台北神鉄ビル | 1972年 | 2023年 | 商業施設 | 営業当時は「鈴蘭台プラザ」の愛称があった。 |
| 鈴蘭台神鉄ビル | 1973年 | 2018年 | 商業ビル | |
| 北鈴神鉄ビル | 1974年 | 商業ビル | ||
| 神鉄ビル | 1975年 | 商業施設 | 地下2階 - 地上11階建ての高層ビル。上層階はオフィスビルとしての性格を持っている。 | |
| 緑が丘駅前店舗 | 1977年 | 商業ビル | 開業当初は「緑が丘駅前2階建貸店舗」という名称であった。 | |
| 北鈴神鉄駅ビル | 1981年 | 商業ビル | 北鈴蘭台駅ビルとしてキーテナントに神鉄一番街→神鉄食彩館が入居。 | |
| 北鈴神鉄駅前ビル | 1983年 | 商業ビル | 神鉄スイミングスクール・ドラッグストアなどが入居。 | |
| 鈴蘭台西口神鉄ビル | 1984年 | 商業ビル | ||
| 西鈴二番館 | 1986年 | 商業ビル | 1991年以前は「西鈴神鉄国立学院ビル」と呼称していた。 | |
| 北鈴一番館 | 1986年 | 商業ビル | 1992年以前は「北鈴神鉄国立学院ビル」と呼称していた。 | |
| 緑が丘神鉄ビル | 1986年 | 商業ビル | 1992年以前は「緑が丘神鉄国立学院ビル」と呼称していた。 | |
| 鈴蘭台西町神鉄ビル | 1987年 | 商業ビル | ||
| 谷上SHビル | 1988年 | オフィスビル | 阪神淡路大震災以前はテーマパーク「ハイテクランド」やレストランなどが入居する商業施設であった。現在はオフィスビル。オープン当時は「S・Hビル」と表記される場合もあった。 | |
| 谷上ドーム街 | 1988年 | 商業エリア | ||
| 有馬温泉仮駅舎ビル | 1988年 | 1989年 | 駅舎ビル | |
| 有馬クリスタルビル | 1989年 | 商業ビル | ||
| 神鉄本社ビル | 1990年 | オフィスビル | 神鉄建設工業の本社ビルとして建設。2004年に神戸電鉄の本社が移転した。 | |
| 有馬一番館 | - | 商業ビル | ||
| ベラジュール北鈴蘭台 | 1990年 | 賃貸施設 | マンション1階に賃貸施設を併設。 | |
| フラワータウン駅ビル | 1991年 | 商業ビル | ||
| 小野神鉄ビル | 1992年 | 商業ビル | 1991年に第1期部分開業。 | |
| 西鈴立体駐車場 | 1993年 | 賃貸物件 | ||
| ウッディタウン中央駅ビル | 1996年 | 商業ビル | 近年は「ウッディタウン中央駅店舗」と呼称される場合も多い。 | |
| 岡場駅北側高架下店舗 | 1996年 | 商業エリア | ||
| 田尾寺駅ビル | 1998年 | 商業ビル | 近年は「田尾寺駅店舗」と呼称される場合も多い。 | |
| 岡場駅南側高架下店舗 | 2005年 | 商業エリア | スーパーマーケットが入居。 | |
| ベルスト鈴蘭台 | 2018年 | 商業施設 | 地上7階建ての商業施設。 |
| 賃貸物件名 | 取得 | 形態 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 神戸電鉄茨木市賃貸マンション | 2023年 | 賃貸マンション | 初の居住用賃貸物件 |
| 神戸電鉄東京都大田区賃貸マンション | 2025年 | 賃貸マンション | 初の首都圏における居住用賃貸物件 |
| 神戸電鉄摂津市賃貸マンション | 2025年 | 賃貸マンション | |
| 神戸電鉄東京都葛飾区賃貸マンション | 2025年 | 賃貸マンション | |
| 神戸電鉄東京都立川市賃貸マンション | 2026年 | 賃貸マンション | |
| 神戸電鉄千葉県船橋市賃貸マンション | 2026年 | 賃貸マンション |
土地賃貸業
ロードサイドや都市部などにおいて店舗や事務所向けに土地を賃貸し、その賃貸面積は約103,000㎡に及んでいる。また月極駐車場および時間貸駐車場「しんてつパーキング」を展開するほか、神戸市・神戸市道路公社より駐車場の運営業務を受託している。このほか神戸市内において駐輪場を運営している。
| 駐車場名 | 形態 | 駐車台数 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 須磨潮見台 | 月極 | 5 | |
| 会下山 | 月極 | 6 | |
| 旭が丘 | 月極 | 13 | |
| 鈴蘭台北町第2 | 月極 | 6 | |
| 鈴蘭台南町 | 月極 | 10 | |
| 鈴蘭台西町第1 | 月極 | 10 | |
| 松の宮南 | 月極 | 2 | |
| 惣山 | 月極 | 13 | |
| 北鈴蘭台第2 | 月極 | 7 | |
| 北鈴蘭台第3 | 月極 | 17 | |
| 北鈴駅前第1 | 月極 | 19 | |
| 北鈴蘭台東 | 月極 | 4 | |
| 北鈴駅前第3 | 月極 | 11 | |
| 甲栄台 | 月極 | 8 | |
| 山の街 | 月極 | 15 | |
| 山の街駅前第3 | 月極 | 122 | パークアンドライド方式 |
| 百合が丘 | 月極 | 18 | |
| 青松園 | 月極 | 12 | |
| 松が枝 | 月極 | 7 | |
| 谷上 | 月極 | 26 | パークアンドライド方式 |
| 谷上第2 | 月極 | 34 | パークアンドライド方式 |
| 谷上第3 | 月極 | 39 | パークアンドライド方式 |
| 谷上駅前第2 | 月極 | 5 | |
| 花山第2 | 月極 | 7 | |
| 花山第3 | 月極 | 5 | |
| 大池 | 月極 | 11 | |
| 六甲ひばりが丘第2 | 月極 | 31 | |
| 六甲ひばりが丘第3 | 月極 | 2 | |
| 唐櫃台 | 月極 | 26 | |
| 唐櫃台第2 | 月極 | 13 | |
| 有馬口第1 | 月極 | 12 | パークアンドライド方式 |
| 有馬口第1 | 月極 | 22 | パークアンドライド方式 |
| 有馬口第2 | 月極 | 15 | パークアンドライド方式 |
| 有馬温泉北 | 月極 | 8 | パークアンドライド方式 |
| 岡場 | 月極 | 66 | |
| 岡場第4 | 月極 | 17 | パークアンドライド方式 |
| 横山 | 月極 | 10 | |
| 西鈴蘭台第2 | 月極 | 62 | |
| 西鈴蘭台第3 | 月極 | 5 | |
| 西鈴蘭台駅前 | 月極 | 10 | |
| 桜が丘 | 月極 | 17 | |
| 押部谷 | 月極 | 1 | パークアンドライド方式 |
| 押部谷駅前 | 月極 | 18 | パークアンドライド方式 |
| 広野 | 月極 | 15 | パークアンドライド方式 |
| 志染 | 月極 | 4 | |
| 三木駅前南 | 月極 | 11 | |
| 大村駅前第1 | 月極 | 18 | パークアンドライド方式 |
| 大村駅前第2 | 月極 | 8 | パークアンドライド方式 |
| 市場 | 月極 | 14 | |
| 小野 | 月極 | 103 | |
| 小野第2 | 月極 | 45 | パークアンドライド方式 |
| 小野西本町 | 月極 | 29 | |
| 三宮 | 時間貸 | 1,044 | 神戸市より運営受託 |
| 花隈 | 時間貸 | 258 | 神戸市より運営受託 |
| 神戸駅南 | 時間貸 | 240 | 神戸市より運営受託 |
| 湊川公園 | 時間貸 | 295 | 神戸市より運営受託 |
| 荒田公園 | 時間貸 | 320 | 神戸市より運営受託 |
| 新長田駅前 | 時間貸 | 151 | 神戸市より運営受託 |
| 細田 | 時間貸 | 93 | 神戸市より運営受託 |
| 三宮中央通り | 時間貸 | 488 | 神戸市道路公社より運営受託 |
| 箕谷 | 時間貸 | 241 | 神戸市道路公社より運営受託 |
| 谷上駅前 | 時間貸 | 32 | |
| 押部谷駅前 | 時間貸 | 8 | パークアンドライド方式 |
| 広野ゴルフ場前駅前 | 時間貸 | 10 | パークアンドライド方式 |
| 恵比須駅前 | 時間貸 | 41 | パークアンドライド方式 |
| 三木駅前 | 時間貸 | 20 | パークアンドライド方式 |
| 小野駅前第1 | 時間貸 | 10 | パークアンドライド方式 |
| 小野駅前第2 | 時間貸 | 8 | パークアンドライド方式 |
発電・売電事業
沿線の社有地を活用した発電事業および売電事業に進出している。神戸電鉄第二車庫に併設される「神鉄見津太陽光発電所」と「神鉄栄太陽光発電所」において太陽光発電による発電を行っている。
不動産事業の沿革
- 1928年(昭和3年) - 宅地分譲事業を行うに先立ち山田電灯株式会社を設立をしたのち、小部(現 鈴蘭台)で初の住宅経営事業を開始[65]。
- 1933年(昭和8年) - 大池駅付近の大池山荘の販売を開始[93]。
- 1956年(昭和31年) - 初の住宅金融公庫融資住宅を鈴蘭台西口で販売開始[65]。
- 1957年(昭和32年)4月1日 - 住宅事業に本格進出。
- 1959年(昭和34年) - 初の大型分譲地「旭が丘」の販売を開始[93]。
- 1965年(昭和40年)12月1日 - 初の駅ぐるみの開発「花山住宅地」を分譲し花山駅を新設開業。
- 1970年(昭和45年)4月6日 - 神戸電鉄最大規模の街づくりである「北鈴蘭台」を分譲し北鈴蘭台駅を新設開業[93]。
- 1988年(昭和63年)12月2日 - 神鉄神戸北町の特設会場で次世代の高規格住宅を発表。
- 1989年(平成元年)11月11日 - ハイグレード住宅「神鉄ステイタスシリーズ」誕生[60]。
- 1994年(平成6年)3月15日 - ファミリーマンションブランド「ベルドール」誕生[60]。
- 1996年(平成8年)
- 2000年(平成12年)4月1日 - 住宅ブランド「ナチュライフ」誕生。
- 2003年(平成15年)5月17日 - 松宮台の販売を開始し住宅展示場「HOME'S8」がオープン[48]。
- 2018年(平成30年)9月25日 - 商業施設「ベルスト鈴蘭台」開業。
- 2023年(令和5年)10月31日 - 居住用マンション賃貸事業開始。
- 2025年(令和7年)1月31日 - 居住用マンション賃貸事業を首都圏(東京都)に進出。
その他の事業
神戸電鉄では、鉄道事業・不動産事業以外に介護サービス事業、保育サービス事業、スイミングスクール事業、空き家管理サービス業をそれぞれ行っている[94][95]。また季刊情報誌「SUZURAN」を発行している。
グループ企業の事業については「神戸電鉄グループ」を参照。
スイミングスクール事業
神戸市北区および東灘区においてスイミングスクール事業を行っている[95]。
事業の詳細については「 神鉄スイミングスクール 」を参照。
保育サービス事業
介護サービス事業
神戸市および三田市において介護サービス事業を行っている[95]。
- 現在存在する施設
-
- 神鉄ケアサービスセンター
- 神鉄ケアサービスセンター三田
- 過去に存在した施設
-
- 神鉄ケアサービスセンター湊川(2004年営業終了)
かつて行っていた事業
バス事業
1998年まで直営でバス事業を行っていたが、同年9月30日に神鉄バスに移管した。
リラクセーション事業
リフレッシュサロン「ラフィネ」の名称で都心部に展開していた。
携帯電話販売事業
携帯ショップ「モバイルファースト」の名称で運営していた。
注文住宅・リフォーム事業
沿線に「神鉄住宅サービスショップ」の名称で営業所を展開していた。
CD・DVD販売事業
星電社と提携して「神鉄・せいでん Sound Express」の名称で事業展開していた。
流通事業
現在は神鉄エンタープライズに移管している。
グループ企業
CM・提供番組
現在のCM
かつてはテレビCMも頻繁に放映されていたが、現在はラジオCMが主である。2025年(令和7年)12月現在は、朝日放送ラジオで不定期的に番組を提供しており、主なCMには以下のものがある。
- 神戸電鉄グループウルトラ大作戦(2025年)
- 笑い放題きっぷ(2025年)
過去の提供番組
かつてはサンテレビジョン(近畿地方と中四国地方の一部をカバーする独立UHF民間放送局)で21時台に放送されていた「SUN-TVニュース」(神戸新聞社取材協力・協賛)を開局当初から平成初頭まで提供しており、グループ企業との共同提供でクレジットは「神戸電鉄・神鉄観光・神鉄一番街」と表示されていた。
10秒のCMが3本続けて放映される構成であり、おもなCMには以下のものがあった。
- 神戸電鉄・神鉄観光・神鉄会館宴会場
- 神戸電鉄・神鉄観光・神鉄総合結婚式場
- ハイテクランド・神鉄観光・神鉄会館宴会場
脚注
注釈
- ↑ 1974年(昭和49年)8月発行の『信号保安』[7]では中小私鉄と区分しているため、この時点では依然中小私鉄とされていたと思われる。
- ↑ 1990年(平成2年)発行の鉄道ピクトリアルに掲載されている神戸電鉄執筆の記事[30]に「北神急行との合併が実現すれば、路線延長77.1 kmの大手私鉄となる」と記載されているほか、日本地下鉄協会報SUBWAY[31]にも「大手民鉄への道を加速度的に歩んでいる」の記載がある。
- 1 2 国土交通省監修『数字で見る鉄道』(財団法人運輸政策研究機構)の2005年版[34]では中小民鉄に分類されている。
- ↑ 神戸高速線新開地駅については、神戸高速鉄道直営時代のデザインの駅名標が残存している。改札口寄りの一部は神鉄仕様に更新されたが、従来の外枠を流用しているため長方形のままとなっている。また、道場南口や花山など、他の一部駅でも長方形の枠の駅名標が使用されている。
- ↑ 券売機を大阪難波駅まで対応できるようにするか、あくまでも西九条駅より先は販売しないという方針にするかは不明。
出典
- ↑ 役員一覧 - 神戸電鉄株式会社
- ↑ “会社概要”. 神戸電鉄. 2025年7月3日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 神戸電鉄株式会社『第150期(2024年4月1日 - 2025年3月31日)有価証券報告書』(レポート)2025年6月12日。
- 1 2 3 4 「神戸市が神戸電鉄の第4位株主に 株式1.4%を2億8千万円で取得」『日本経済新聞』2026年4月15日。2026年4月16日閲覧。
- ↑ 神戸電鉄株式会社 定款 第1章第1条
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 山田郷土誌編纂委員会 編『山田郷土誌 第2篇』1979年、164-171頁。全国書誌番号:80014686。
- ↑ 社領利文「神戸電気鉄道のATS」『信号保安』第29巻第8号、信号保安協会、1974年8月1日、373頁、全国書誌番号: 00012098。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 加藤新一「山陽電気鉄道・神戸電鉄の位置づけをめぐって」『鉄道ピクトリアル』第528号、鉄道図書刊行会、1990年5月1日、185-191頁。
- ↑ 水上裕二「神戸電気鉄道(9)地方鉄道」『交通技術』第462号、交通協力会、1982年10月1日、24-26頁、全国書誌番号: 00007957。
- ↑ 「北神急行電鉄の概要と神戸市営地下鉄との相互乗入れ計画」『Subway - 日本地下鉄協会報』第49号、日本地下鉄協会、1988年1月30日、27-34頁、全国書誌番号: 00040587。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 『神戸電鉄五十年の歩み』神戸電気鉄道株式会社、1976年、50-81頁。
- ↑ 『大手民鉄の素顔 [昭和59年度版]』日本民営鉄道協会、1984年10月。
- 1 2 『神戸電鉄六十年史 : 写真と数字で綴る神鉄の歩み』神戸電気鉄道株式会社社史編集委員会、1987年7月、166頁。
- ↑ 『北大阪急行25年史』北大阪急行電鉄株式会社、1994年3月、202頁。
- ↑ 『都市交通年報 昭和58年版』運輸経済研究センター、1983年3月。
- ↑ “みんてつVol.56冬号”. 日本民営鉄道協会広報誌. 日本民営鉄道協会. 2026年5月26日閲覧。
- ↑ “未来へつなごうみんなの粟生線”. 未来へつなごうみんなの粟生線. 粟生線活性化協議会. 2026年5月26日閲覧。
- ↑ 『歴史と神戸 : 神戸を中心とした兵庫県郷土研究誌 14(3)(71)』神戸史学会、1975年5月、18頁。
- 1 2 3 4 『北神急行建設工事誌』日本鉄道建設公団、1989年1月。
- ↑ 『京阪神都市圏総合都市交通体系調査 : 調査報告書 昭和57年度 no.6 (神戸交通圏における総合都市交通計画)』京阪神都市圏交通計画協議会、1983年3月、252頁。
- 1 2 3 『鉄道ジャーナル : 鉄道の将来を考える専門情報誌 6(4)(60)』鉄道ジャーナル社、1972年4月。
- 1 2 『鉄道ピクトリアル 26(臨時増刊)(327)』電気車研究会、1976年11月、126頁。
- 1 2 『電気車の科学 34(12)(404)』電気車研究会、1981年12月。
- 1 2 3 『相鉄50年史』相模鉄道、1967年、204頁。
- ↑ 『相鉄《パノラマ》 : この10年のあゆみ』相模鉄道、1977年12月、22頁。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 『神戸電鉄70周年記念誌 最近10年の歩み』神戸電鉄株式会社、1998年。
- ↑ 『相鉄グループ100年史』相鉄グループ100年史編纂事務局、2018年12月18日、174頁。
- 1 2 3 「情報アングル・儲かりまっか!の再開発II」『産業と経済』第42巻第7号、プリントワン、1988年6月10日、57頁、全国書誌番号: 00009491。
- 1 2 『年鑑日本の鉄道』鉄道ジャーナル社、1984年 - 2007年。全国書誌番号: 00091357。
- 1 2 3 4 5 神戸電鉄株式会社「総説:神戸電鉄」『鉄道ピクトリアル』第528号 臨時増刊号、鉄道図書刊行会、1990年5月1日、128頁。
- ↑ 神戸電鉄株式会社「神戸高速線、有馬線、三田線、粟生線の沿線ご紹介」『Subway - 日本地下鉄協会報』第63号、日本地下鉄協会、1990年5月、79-81頁、全国書誌番号: 00040587。
- ↑ 『全国鉄道事情大研究 神戸篇』草思社、1992年3月。
- 1 2 3 4 5 『浄法果』ファンシークリエイション、1989年6月、93頁。
- ↑ 国土交通省鉄道局 監修『数字で見る鉄道』財団法人運輸政策機構、2005年。 ISBN 4900209899。
- ↑ “大手民鉄”. 鉄道用語事典. 日本民営鉄道協会. 2025年1月31日閲覧。
- ↑ “国土交通省・地方民鉄の課題と現状” (PDF). 国土交通省. 2023年10月24日閲覧。
- 1 2 3 “神戸電鉄株式会社 支配株主等に関する事項について”. 神戸電鉄株式会社 支配株主等に関する事項について. 2026年5月28日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 「神戸市、神戸電鉄株2.8億円分購入へ 上位株主に 経営に関与、まちづくり施策と連動へ」『神戸新聞』2026年2月17日。
- ↑ “神戸市が神戸電鉄の株式取得 11万2千株2億8千万円 持ち株比率は上位4番目、株主提案権の行使可能に”. 神戸新聞NEXT. 神戸新聞. 2026年5月14日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 「神鉄沿線再生 挑む神戸市」『神戸新聞』2026年2月17日、朝刊。
- ↑ “久元神戸市長、北神線市営化「かなり成功に近かったといえる」 5年が経過で”. 久元神戸市長、北神線市営化「かなり成功に近かったといえる」 5年が経過で. 神戸経済ニュース. 2025年7月29日閲覧。
- 1 2 “神戸電鉄の純利益19%減 27年3月期、人件費膨らむ”. 日本経済新聞. 日本経済新聞. 2026年5月14日閲覧。
- ↑ “粟生線利活用方策検討委員会における検討結果”. 粟生線利活用方策検討委員会における検討結果. 粟生線活性化協議会. 2026年2月17日閲覧。
- ↑ 『東京証券取引所スタンダード市場への市場区分変更承認に関するお知らせ』(プレスリリース)神戸電鉄、2026年5月14日。2026年5月14日閲覧。
- ↑ 『東京証券取引所スタンダード市場への市場区分変更申請に関するお知らせ』(PDF)(プレスリリース)神戸電鉄、2026年1月29日。2026年1月30日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 『神戸電鉄六十年史 : 写真と数字で綴る神鉄の歩み』神戸電気鉄道、1987年7月。
- 1 2 3 4 5 6 7 『交通公論 4/5月(183)』交通公論社、1999年5月。
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新聞・報道など
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参考文献
- 会社情報 年譜 - 神戸電鉄
- 神戸電気鉄道株式会社社史編纂委員会『神戸電鉄50年のあゆみ』神戸電気鉄道株式会社、1976年。 NCID BN02647471。全国書誌番号: 70013843。
- 神戸電気鉄道株式会社社史編纂委員会『神戸電鉄六十年史 : 写真と数字で綴る神鉄の歩み』神戸電気鉄道株式会社、1987年。 NCID BN02627372。全国書誌番号: 88034684。
- 神戸電鉄株式会社『最近10年の歩み : 神戸電鉄70周年記念誌』神戸電鉄株式会社、1998年。 NCID BA37639117。全国書誌番号: 99102632。
- 神鉄編集委員会、小川金治『日本の私鉄』 23 神戸電鉄、保育社〈カラーブックス 595〉、1983年。 ISBN 9784586505951。全国書誌番号: 83019261。
関連項目
外部リンク
- 神戸電鉄 - 公式サイト
- Web神鉄 鉄の部屋 at the Wayback Machine (archived 2004年4月4日)
神戸電鉄
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/22 16:16 UTC 版)
「国鉄トキ25000形貨車」の記事における「神戸電鉄」の解説
1両(トキ29484)が1989年(平成元年)に譲渡され事業用車として使用された。登場当初はトキ501形であったが、1990年(平成2年)には770形771に改番されている。1998年(平成10年)10月31日付で廃車。
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