ウォーターフロント
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/06/09 09:09 UTC 版)
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ウォーターフロント(英語: waterfront)は、文字通りには「水辺」あるいは「河岸・海岸通の土地」の意味である、マスメディアなどで今日用いられる用語としては、過密化する都市の新たな開発区域としての港湾地区、あるいは臨海部開発で生じた港湾都市を指す。
世界的な先駆は、アメリカ合衆国のボルチモアとされる。1960年代後半から30年にわた計画のもとに着手され、ショッピングセンターや大型水族館が整備されるに至り、湾岸部が市民や観光客に開放されて賑わいを取り戻した。アメリカ合衆国のその他の成功事例には、サンフランシスコのフィッシャーマンズワーフ、ボストンの水族館などが挙げられる。
イギリスのロンドンにおけるウォーターフロント再開発地区として、ドックランズが知られる。
欧米諸国では1950年代以降、インナーシティ問題を背景に、空洞化した都心隣接部の再開発としてウォーターフロント開発が進められ、ロンドン・ドックランズやボストン港周辺の住宅開発・商業施設整備はその代表例として紹介されてきた[1]。こうした初期の事業は、空洞化した旧港湾地区への新規供給を主眼とする開発として理解されていたが、一定の成果が現れたのちには、地区再生から都市再生へと対象が拡張され、水辺の歴史的建築物の保存、緑地やプロムナードの整備、公共的な親水空間の確保など、市民利用を意識した整備へ重点が移るようになった[1]。港湾都市と水際の関係を扱う研究では、こうした転換の背景として、都心内の旧ドックが大型船舶や拡大した港湾作業を受け止めにくくなり、旧ドックランズが放棄され、より下流側に新しいターミナルが建設される過程が重視されている[2]。さらに、ウォーターフロント再開発の波は西欧で1960年代末から広がり、その後は先進国だけでなく各地の港湾都市へ波及した[2]。ボルチモアのインナーハーバー再開発は、1964年から旧港湾地区240エーカーを対象に30年以上の段階的開発として進められ、オフィス、住宅、公共親水空間、水上交通、コンベンション施設、水族館などを組み合わせた複合開発として整理されている[3]。ロンドン・ドックランズでも、1981年から1998年までのLDDCによる再開発が、民間活力を強く導入した都市再開発の典型として注目を集めた[4]。他方で、再開発が大きく進んだのはカナリー・ワーフに近い地域が中心であり、それより東側では交通機関の未整備などを背景に民間立地が進まず、当初意図された産業構造の転換が十分に実現しなかった地域もあった[4]。日本では1980年代以降、水辺への関心の高まりと関連法整備を背景に、ポートアイランド、みなとみらい21、幕張新都心、お台場などの大規模開発が展開され、その多くは住宅、商業、レクリエーションを組み合わせた複合空間として整備された[1]。さらに、日本と欧米の事例を比較した研究では、開発プロセスにおける市民参加の位置付けにも差異があることが論点として示されている[1]。このような事業は、水辺景観の整備だけでなく、港湾機能と都市機能の接続、公民の役割分担、地域差の評価までを含む論点として扱われている[2][4]。
なお、臨海部開発に対し、新たな開発区域としての地下を指す用語としてジオフロントがあり、これは「ウォーターフロント」をもじった語である。
日本におけるウォーターフロントブーム
日本において港湾部が注目されはじめたのは、神戸市のポートアイランド(1981年)とされる。埋立地のほかにも既存の港湾周辺では、コンテナ化など物流形態の変化による空き倉庫の増加や、工場の移転や撤退などの状況があり荒廃が進んだため、1980年代からは日本国内でも臨海地区の都市再開発による再生が期待された。
その嚆矢となったのは、神戸市が1981年に竣工した人工島・ポートアイランドであった。ポートアイランドは当時、世界最大の人工島であったが、倉庫街や貨物駅といった古い港湾施設を再開発することで神戸ハーバーランドが誕生した。その2つの事業に対し、今後の都市開発に先人的な役割を果たしたとして、日本都市計画学会石川賞がそれぞれに授与された。神戸市はその後も六甲アイランド・HAT神戸・マリンピア神戸など、ウォーターフロント開発を活発に行った。
首都圏では、東京都による佃島・天王洲・臨海副都心(お台場・有明)・汐留・葛西、横浜市による横浜みなとみらい21、千葉県による幕張新都心などの再開発が行われた。これらの地域はもともと工業・港湾用地として造成されたものだったが、石油危機以降の重厚長大産業の衰退や港湾施設の移転に伴い、商業・住宅用地に計画変更された。芝浦の空き倉庫を改造したディスコやレストラン、ライブハウス、浦安市の東京ディズニーリゾートなども人気を集めたウォーターフロント開発の例である。
大阪市では、天保山ハーバービレッジや南港の咲洲、USJといった港湾地区以外に、河川を活用した湊町リバープレイスや道頓堀川沿いの「とんぼりリバーウォーク」などの開発がみられる。中之島周辺では、大阪大学医学部附属病院の移転跡地で水都・OSAKA αプロジェクトの再開発が行われた。また大阪府内では堺市の堺浜シーサイドステージも知られる。
その他の日本でのウォーターフロント開発の例として、青森市の青森ウォーターフロント、釧路市の釧路フィッシャーマンズワーフMOO、小樽市のぱるて築港、名古屋市のガーデン埠頭・金城埠頭、敦賀市の金ヶ崎緑地、高松市のサンポート高松、北九州市のリバーウォーク北九州(北九州市ルネッサンス構想)・門司港レトロ地区、福岡市のシーサイドももち、長崎市の長崎水辺の森公園、佐世保市のポートルネッサンス21、鹿児島市のドルフィンポートなどが挙げられる。
ギャラリー
日本
- 北海道・東北地方
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ウイングベイ小樽(小樽市)
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釧路フィッシャーマンズワーフMOO(釧路市)
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金森赤レンガ倉庫と函館山(函館市)
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青森ウォーターフロント(青森市)
- 関東地方
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東京ディズニーリゾート(浦安市)
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幕張新都心(千葉市美浜区)
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お台場(東京都港区)
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横浜みなとみらい21(横浜市西区)
- 中部地方
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朱鷺メッセ(新潟市中央区)
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金ケ崎緑地(敦賀市)
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エスパルスドリームプラザ(静岡市清水区)
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弁天島海浜公園(浜松市西区)
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ライフポートとよはし(豊橋市)
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ラグーナ蒲郡(蒲郡市)
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シートレインランド(名古屋市港区)
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名古屋港水族館(名古屋市港区)
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ガーデン埠頭(名古屋市港区)
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ブルーボネット(名古屋市港区)
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レゴランド・ジャパン(名古屋市港区)
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Maker's Pier(名古屋市港区)
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ポートメッセ名古屋(名古屋市港区)
- 近畿地方
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ナガシマスパーランド(桑名市)
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鳥羽マリンタウン21(鳥羽市)
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浜大津(大津市)
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豊公園(長浜市)
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舞鶴赤レンガ倉庫群(舞鶴市)
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ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(大阪市此花区)
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天保山ハーバービレッジ(大阪市港区)
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ポートアイランド(神戸市中央区)
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神戸ハーバーランド(神戸市中央区)
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六甲アイランド(神戸市東灘区)
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和歌山マリーナシティ(和歌山市)
- 中国・四国地方
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牛窓ヨットハーバー(瀬戸内市)
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水島港(倉敷市)
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玉島ハーバーアイランドと瀬戸大橋(倉敷市)
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呉中央桟橋(呉市)
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みなとオアシス広島(広島市南区)
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広島観音マリーナ(広島市西区)
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七類港メテオプラザ(松江市)
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サンポート高松(高松市)
- 九州地方
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門司港レトロ(北九州市門司区)
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リバーウォーク北九州(北九州市小倉北区)
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ベイサイドプレイス博多(福岡市博多区)
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シーサイドももち(福岡市早良区)
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マリノアシティ福岡(福岡市西区)
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させぼ五番街(佐世保市)
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ハウステンボス(佐世保市)
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長崎水辺の森公園(長崎市)
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ドルフィンポート(鹿児島市)
日本国外
脚注
出典
- 1 2 3 4 “ウォーターフロント開発の回顧と展望”. J-STAGE. 2026年6月1日閲覧。
- 1 2 3 “REDEVELOPING PORT CITY WATERFRONTS: A QUALITATIVE FRAMEWORK” (英語). J-STAGE. 2026年6月1日閲覧。
- ↑ “米国都市再生・地域再生におけるRFP方式の動向 ボルチモア都心部・インナーハーバー再生事業”. 日本政策投資銀行. 2026年6月1日閲覧。
- 1 2 3 “イギリスにおける都市再開発を巡る中央地方関係に関する調査報告―ロンドン・オリンピック2012のためのドックランド再開発を例として―”. 自治体国際化協会. 2026年6月1日閲覧。
関連項目
ウォーターフロント
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/09 14:20 UTC 版)
「パースアンボイ (ニュージャージー州)」の記事における「ウォーターフロント」の解説
市内には歴史あるウォーターフロントがあり、近年かなりの再開発が行われてきた。ここは最初に開拓が行われた場所であり、水によって囲まれた歴史ある海洋文化が残っていることでは、州内でも数少ない場所の1つである。見どころとしてはパースアンボイ・フェリー桟橋、小さな博物館2つ、画廊1つ、ヨットクラブ1つおよびマリーナがある。マリーナの近くには小さな野外音楽堂のある公園がある。夏の日曜の午後には、この音楽堂で湾岸のコンサートがある。水際には赤煉瓦の遊歩道があり、風格のあるビクトリア様式の家屋が並ぶ。その幾つかは湾を見下ろす岡の上にあり、街路樹が並び、手入れの行き届いた芝生がある。数多いシーフード・レストランもある。土地は2ブロック離れると急に立ち上がる。このことで町の他の部分と切り離され、ウォーターフロントは静かな漁村のように見える。ウォーターフロントの興味ある地点として、セントピーターズ聖公会教会や領主邸宅がある。その邸宅は元総督の家屋であり、現在は博物館と幾つかの事務所を収容している。カーニー・コテージにも博物館が入っている。さらに町のこの部分は昔、ユダヤ人の繁栄した町であり、イェシーバ(学校)、シナゴーグ(教会)、コーシャーの肉屋とパン屋があった。しかし今日ではシナゴーグが2つ残っているだけであり、通常の礼拝では55歳以上の人が数人参列するだけである。「港傍の上陸」と呼ばれるプロジェクトでは、2,100戸の住宅と屋根付き駐車場、床面積15万平方フィート (14,000 m2) の小売りスペース、コミュニティセンター、大衆向けレクリエーション施設が考えられている。開発者のチャールズ・クシュナーは証拠改竄、脱税、違法な選挙献金で有罪とされ2年間刑務所に入っていた。パースアンボイ市長のウィルダ・ディアズはクシュナーと会見した後、規模を縮小した開発の設計概念を了承し、当初約束されていた持ち家住宅の変わりに手頃価格の借家を建てることを認めた。
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