ま・つ【待つ】
読み方:まつ
[動タ五(四)]
1 物事・人・時が来るのを予期し、願い望みながら、それまでの時間を過ごす。また、用意して備える。「回復を—・つ」「駅で友だちを—・つ」「日の出を—・つ」「楽屋で出番を—・つ」
2 しようとする動作を途中でやめる。普通、相手に要求する形で用いる。「ちょっと、—・ちなさい」
3 相手の反応や態度がわかるまで静観する。「むこうの出方を—・って対処する」
4 (「俟つ」とも書く)それを頼りにしてまかせる。望みを託する。期待する。「良識に—・つ」「手腕に—・つ」
5 (「俟つ」とも書く)(「…をまたない」の形で)…するまでもない。その必要がない。「言を—・たない」
[可能] まてる
[下接句] 縁と浮き世は末を待て・河清を俟(ま)つ・果報は寝て待て・言を俟たない・子(こ)養わんと欲すれども親待たず・歳月人を待たず・人事を尽くして天命を待つ・時は人を待たず・時を待つ・百年河清を俟つ・待ちに待った・論を俟たない
まつ【抹】
まつ【末】
読み方:まつ
〈マツ〉
1 物の端の方。物事の終わりの方。最後。果て。すえ。「末裔(まつえい)・末期(まっき)・末期(まつご)・末日・末梢(まっしょう)・末端・末尾・末葉/巻末・期末・結末・月末・毫末(ごうまつ)・歳末・始末・終末・週末・端末・顛末(てんまつ)・年末・幕末・文末・本末」
2 中心的でないこと。主要でない。とるにたりない。「末学・末席・末節・末輩/瑣末(さまつ)・粗末」
〈バツ〉
[名のり]とめ・とも・ひで・ひろし・ほず・ま
まつ【末】
まつ【松】
読み方:まつ
1 マツ科マツ属の常緑高木の総称。明るく乾燥した地に生え、樹皮はひび割れするものが多い。葉は針状で、ふつうアカマツ・クロマツなどでは2本、ゴヨウマツ・チョウセンゴヨウ・ハイマツなどでは5本が束になって出る。春、球状の雌花と雄花とがつき、黄色い花粉が風に飛ぶ。果実は松かさとよばれ、多数の硬い鱗片(りんぺん)からなる。種子は食用。材は薪炭・松明(たいまつ)・建築・パルプなどに広く用いられ、また松脂(まつやに)をとる。竹・梅あるいは鶴とともにめでたい取り合わせとされ、正月の門松にする。翁草・千代見草・常盤草(ときわぐさ)など異称も多い。《季 花=春 落葉=夏》「線香の灰やこぼれて—の花/蕪村」
2 門松(かどまつ)。また、門松を飾っている期間。「—が取れる」「—の内」
「月のない晩だったから、私は—などお持たせするように言いつけた」〈堀辰雄・ほととぎす〉
「立ち別れいなばの山の峰におふるまつとし聞かば今かへりこむ」〈古今・離別〉
[下接語] 相生(あいおい)の松・赤松・アメリカ松・磯(いそ)松・一の松・市松・美し松・海松・蝦夷(えぞ)松・老い松・拝み松・雄(お)松・鏡の松・笠(かさ)松・飾り松・門(かど)松・傘(からかさ)松・唐松・ぐい松・黒松・腰掛け松・小松・五葉松・下がり松・曝(さ)れ松・三蓋(さんがい)松・三の松・霜降り松・磯馴(そな)れ松・朝鮮松・椴(とど)松・鳥総(とぶさ)松・二の松・子(ね)の日の松・這(はい)松・柱松・姫松・米(べい)松・見越しの松・夫婦(めおと)松・雌(め)松・琉球(りゅうきゅう)松・若松
まつ【×沫】
読み方:まつ
まつ【×茉】
【松】(まつ)
大日本帝国海軍・一等駆逐艦(護衛駆逐艦)「松」。
大東亜戦争後期、戦時量産型簡易駆逐艦として設計・建造された。
同型艦は19隻(準同型の「橘」級を含めると33隻)あった。
開発の経緯
大東亜戦争(太平洋戦争)が起きる以前、日本海軍における駆逐艦は、主な任務として「艦隊決戦における敵艦隊の漸減戦闘」や「戦闘終了後の残敵掃討」などが割り当てられており、そのために敵の主力艦(戦艦)を上回る速力や強力な魚雷兵装が求められてきた。
ところが、大東亜戦争においては航空主兵主義が海軍戦略・戦術の主流となったことから、当初想定されていたような「戦艦同士の砲撃戦」という状況はなかなか発生せず、そればかりか「想定外の使われ方」である離島への人員・資材強行輸送にすらしばしば投入され、特に1942年~1943年のガダルカナル島の支配権を巡る一連の戦いでは、優秀な駆逐艦が多数失われることになった。
そしてその補充は、当時最新鋭であった「夕雲型」や「秋月型」といった艦隊型駆逐艦の建造ペースでは到底間に合わなかった。
その一方で、太平洋でのバトルプルーフから、駆逐艦の性格が従来の「水雷戦闘に特化された大型雷撃艦」から、「輸送船団護衛や航路警戒、人員・資材の強行輸送までこなせる多目的艦」に変化していったため、必ずしも高速である必要性はなくなっていた。
こうして、不足する駆逐艦戦力を短期に補充するため、急造に適した簡易型駆逐艦として計画・設計されたのが本艦型である。
特徴
本艦型の船体は、工期の短縮を図るために直線を組み合わせたようなデザインで構成され、部材も従来の特殊鋼をやめて入手の容易な高張力鋼を採用した。
また、機関も「鴻(おおとり)」型水雷艇に搭載されていたのと同型の製造が容易なものを採用していたが、その配置法は、帝国海軍では初となる「シフト配置」となった。
従来の艦艇では、ボイラー室と機関室が1ヶ所にまとめて置かれていたが、この配置では、艦のスペースを有効活用できる代わりに、故障や敵の攻撃でどちらか一方が破壊されると推進力を失って行動不能になってしまう欠点があった。
そこでボイラーとタービンを2つに分割し、かつ交互に置くことで、船体の全幅を貫通されるような攻撃を食らって右舷側・左舷側のどちらかの機関が破壊されても航行を継続できるようにしたのである。
こちらはこちらで「推進系統や船体構造が左右非対称となり、建造や保守・整備に手間がかかる」という欠点があったが、これにより、従来の艦隊型駆逐艦に比べて「打たれ強い」艦になった。
備砲には40口径12.7サンチ高角砲を載せ、(秋月級には劣るものの)従来型駆逐艦よりも強力な防空力を得た。
一方で、魚雷兵装は4連装発射管1門のみとされ、自衛用の申し訳程度になった。
また、人員・資材輸送のために運貨船2隻を搭載していた。
本艦型は、(量産のために工事を単純化したにもかかわらず)護衛駆逐艦として申し分ない能力を備えており、現場での評判も上々だった。
樹木の名前に由来する艦名がつけられていたことから「雑木林」ともあだ名されたが、重要性の高かった船団護衛や航路警戒、人員・資材輸送などで幅広く活躍した。
スペックデータ
排水量 (基準/公試) | 1,262t/1,530t |
全長 | 100m |
全幅 | 9.35m |
喫水 | 3.3m |
主缶 | ロ号艦本式罐・重油焚×2基 |
主機 | 艦本式タービン×2基 2軸推進(出力19,000shp) |
燃料搭載量 | 重油 370t |
速力 | 27.8kt |
航続距離 | 3,500浬/18kt |
乗員 | 211名 |
兵装 | 八九式40口径12.7cm連装高角砲×1基 八九式40口径12.7mm単装高角砲×1基 九六式25mm連装機銃×4基 九六式25mm単装機銃×12基 九二式4連装61cm魚雷発射管×1基4門 九四式爆雷投射機×2基 爆雷投下軌条×2基(二式爆雷×36発) |
電探 | 二号二型電探(対水上用) 一号三型電探(対空用) |
水測装置 | 九三式探信儀 九三式聴音機 |
同型艦
艦名 | 主造船所 | 起工 | 進水 | 就役 | 除籍 | 備考 |
松 (まつ) | 舞鶴工廠 | 1943.8.8 | 1944.2.3 | 1944.4.28 | 1944.10.10 | 1944.8.4 戦没 |
竹 (たけ) | 横須賀工廠 | 1943.10.15 | 1944.3.28 | 1944.6.16 | 1945.10.25 | 1947.7.16 戦時賠償艦としてイギリスに引き渡し。 (解体) |
梅 (うめ) | 藤永田造船所 | 1944.1.25 | 1944.4.24 | 1944.6.28 | 1945.3.10 | 1945.1.31 戦没 |
桃 (もも) | 舞鶴工廠 | 1943.11.5 | 1944.3.25 | 1944.6.10 | 1945.2.10 | 1944.12.15 戦没 |
桑 (くわ) | 藤永田造船所 | 1943.12.20 | 1944.5.25 | 1944.7.25 | 1945.2.10 | 1944.12.3 戦没 |
桐 (きり) | 横須賀工廠 | 1944.2.1 | 1944.5.27 | 1944.8.14 | 1945.10.5 | 1947.7.29 戦後賠償艦としてソ連に引き渡し。 (1969.除籍) |
杉 (すぎ) | 藤永田造船所 | 1944.2.1 | 1944.7.3 | 1944.8.25 | 1945.10.5 | 1947.7.31 戦後賠償艦として中華民国(台湾)に 引き渡し。 (1962.除籍) |
槙 (まき) | 舞鶴工廠 | 1944.2.19 | 1944.6.10 | 1944.8.10 | 1945.10.5 | 1947.8.14 戦後賠償艦としてイギリスに引渡し。 (解体) |
樅 (もみ) | 横須賀工廠 | 1944.2.1 | 1944.6.16 | 1944.9.3 | 1945.3.10 | 1945.1.5 戦没 |
樫 (かし) | 藤永田造船所 | 1944.5.5 | 1944.8.13 | 1944.9.3 | 1945.10.5 | 1947.8.7 戦後賠償艦としてアメリカに引渡し。 (1948.解体) |
榧 (かや) | 舞鶴工廠 | 1944.4.10 | 1944.7.30 | 1944.9.30 | 1945.10.5 | 1947.7.5 戦後賠償艦としてソ連に引渡し。 (1959.9.2 除籍) |
楢 (なら) | 藤永田造船所 | 1944.6.10 | 1944.10.12 | 1944.11.26 | 1945.11.30 | 1948.5.解体 |
櫻 (さくら) | 横須賀工廠 | 1944.6.2 | 1944.9.6 | 1944.11.25 | 1945.8.10 | 1945.7.11 戦没 |
柳 (やなぎ) | 藤永田造船所 | 1944.8.20 | 1944.11.25 | 1945.1.18 | 1945.11.20 | 1946.10.解体 |
椿 (つばき) | 舞鶴工廠 | 1944.6.20 | 1944.9.30 | 1944.11.30 | 1945.11.30 | 1948.7.28 解体完了 |
檜 (ひのき) | 横須賀工廠 | 1944.3.4 | 1944.7.4 | 1944.9.30 | 1945.4.10 | 1945.1.7 戦没 |
楓 (かえで) | 横須賀工廠 | 1944.3.4 | 1944.7.25 | 1944.10.30 | 1945.10.5 | 1947.7.6 戦時賠償艦として中華民国(台湾)に 引渡し。 (1962.除籍・解体) |
欅 (けやき) | 横須賀工廠 | 1944.6.22 | 1944.9.30 | 1944.12.15 | 1945.10.5 | 1947.7.5 戦後賠償艦としてアメリカに引き渡し。 (標的として海没処分) |
「橘」型
簡易駆逐艦として建造された「松」型は、戦況の更なる悪化に伴って19隻で建造が打ち切られ、以後は更に工事の簡素化を図った「橘」型に移行した。
この型は、部内では「改丁型」と呼ばれ、工期を3ヶ月に短縮することを目指して建造されたが、目的を達成できた艦はなかった。
しかし、それでも終戦までに14隻が完成している。
ちなみにこの型の一艦「梨」は、1945年7月に瀬戸内海で敵機の攻撃により沈没したが、戦後、引き揚げられて修復の上、海上自衛隊に編入。
編入後は「護衛艦『わかば』(DE-261)」と名を改め、1970年まで使われていた。
スペックデータ
橘型
排水量 (基準/公試) | 1,350t/1,580t |
全長 | 100m |
全幅 | 9.35m |
吃水 | 3.37m |
主缶 | ロ号艦本式罐・重油焚×2基 |
主機 | 艦本式タービン×2基 2軸推進(出力19,000shp) |
燃料搭載量 | 重油 370t |
最大速力 | 27.8kt |
航続距離 | 3,500浬/18kt |
乗員 | 211名 |
武装 | 八九式40口径12.7cm連装高角砲×1基 八九式40口径12.7cm単装高角砲×1基 九六式25mm三連装機銃×4基 九六式25mm単装機銃×12基 九二式4連装61cm魚雷発射管×1基4門 九四式爆雷投射機×2基 爆雷投下軌条×2基(二式爆雷×36発) |
電探 | 二号二型電探(対水上用) 一号三型電探(対空用) |
水測装置 | 九三式探信儀 九三式聴音機 |
DE-261「わかば」
排水量 (基準/満載) | 1,250t/1,560t |
全長 | 100m |
全幅 | 9.35m |
吃水 | 3.28m |
機関 | 蒸気タービン方式 2軸推進 艦本式三号乙ロ号×2基 艦本式三号丙型蒸気タービン×2基(出力15,000ps) |
燃料搭載量 | 重油 395t |
最大速力 | 25.5kt |
航続距離 | 4,680海里/16kt |
乗員 | 175名 |
武装 | 第2次改装 68式50口径3インチ連装砲×1基 54式対潜弾(ヘッジホッグ)発射機×1基 54式爆雷投射機×4基 54式爆雷投下軌条×2条 第5次改装 65式連装533mm魚雷発射管×1基 |
C4Iシステム | Mk.63射撃指揮装置(第2次改装) |
レーダー | 第2次改装 US SPS-12対空レーダー Mk.34射撃指揮レーダー US S0対水上レーダー SPS-5B対水上レーダー 第3次改装(第6次改装時に撤去) SPS-8B高角測定レーダー |
ソナー | 第3次改装 SQS-11A捜索ソナー SQR-4/SQA-4攻撃ソナー 第4次改装 T-3国産試作ソナー |
同型艦
艦名 | 主造船所 | 起工 | 進水 | 就役 | 除籍 | 備考 |
橘 (たちばな) | 横須賀工廠 | 1944.7.8 | 1944.10.14 | 1945.1.20 | 1945.8.10 | 1945.7.14 戦没 |
八重櫻 (やえざくら) | 横須賀工廠 | - | 1945.3.17 | - | - | 1945.6.23 工事中止 |
矢竹 (やだけ) | 横須賀工廠 | 1945.1.2 | - | - | - | 1945.4.17 工事中止 |
葛 (くず) | 横須賀工廠 | 1945.3.20 | - | - | - | 1945.4.17 工事中止 |
柿 (かき) | 横須賀工廠 | 1944.10.5 | 1944.12.11 | 1945.3.5 | 1945.10.5 | 1947.7.4 戦後賠償艦として米国へ引き渡し |
樺 (かば) | 藤永田造船所 | 1944.10.15 | 1945.2.27 | 1945.5.29 | 1945.10.5 | 1947.8.4 戦後賠償艦として米国へ引き渡し (解体) |
桂 (かつら) | 藤永田造船所 | 1945.6.23 | - | - | 1945.6.23 工事中止 | |
若櫻 (わかざくら) | 藤永田造船所 | 1945.1.15 | - | - | * | 1945.5.11 工事中止 |
蔦 (つた) | 横須賀工廠 | 1944.7.31 | 1944.11.2 | 1945.2.8 | 1945.10.5 | 1947.7.31 戦後賠償艦として中華民国(台湾)へ 引き渡し。 (1962.除籍) |
萩 (はぎ) | 横須賀工廠 | 1944.9.11 | 1944.11.27 | 1945.3.3 | 1945.10.5 | 1947.7.16 戦後賠償艦としてイギリスへ引き渡し |
菫 (すみれ) | 横須賀工廠 | 1944.10.21 | 1944.12.17 | 1945.3.26 | 1945.10.5 | 1947.8.20 戦後賠償艦としてイギリスへ引き渡し (標的艦として海没処分) |
楠 (くすのき) | 横須賀工廠 | 1944.11.9 | 1945.1.8 | 1945.4.28 | 1945.10.5 | 1947.7.16 戦後賠償艦としてイギリスへ引き渡し |
初櫻 (はつざくら) | 横須賀工廠 | 1944.12.14 | 1945.2.10 | 1945.5.28 | 1945.9.15 | 1947.7.29 戦後賠償艦としてソ連へ引き渡し (1959.2.19 退役・解体) |
楡 (にれ) | 舞鶴工廠 | 1944.8.14 | 1944.11.25 | 1945.1.31 | 1945.10.15 | 1948.解体 |
梨 (なし) | 川崎・神戸 | 1944.9.1 | 1945.1.17 | 1945.3.15 | 1971.3.31 | 1945.7.18戦没 1954.9.21 船体引き上げ 1956.5.31 DE-261「わかば」として 海上自衛隊に編入 1971.3.31除籍 1975.5.古沢鋼材に売却・解体 |
椎 (しい) | 舞鶴工廠 | 1944.9.18 | 1945.1.13 | 1945.3.13 | 1945.10.5 | 1947.7.5 戦後賠償艦としてソ連へ引き渡し (1959.除籍) |
榎 (えのき) | 舞鶴工廠 | 1944.10.14 | 1945.1.27 | 1945.3.31 | 1945.9.30 | 1948.解体 |
梓 (あずさ) | 横須賀工廠 | 1944.12.29 | - | - | - | 1945.4.17 工事中止 |
雄竹 (おだけ) | 舞鶴工廠 | 1944.11.5 | 1945.3.10 | 1945.5.15 | 1945.10.5 | 1947.7.4 戦後賠償艦としてアメリカへ引き渡し (解体) |
初梅 (はつうめ) | 舞鶴工廠 | 1944.12.8 | 1945.4.25 | 1945.6.18 | 1945.10.5 | 1947.7.6 戦後賠償艦として中華民国(台湾)へ 引き渡し (1964.除籍・解体) |
栃 (とち) | 舞鶴工廠 | - | 1945.5.28 | - | - | 1945.5.18 工事中止 |
菱 (ひし) | 舞鶴工廠 | 1945.2.10 | - | - | - | 1945.4.17 工事中止 |
榊 (さかき) | 横須賀工廠 | 1944.12.29 | - | - | - | 1945.4.17 工事中止 |
まつ 【松】
まつ
- 掏摸犯ノ窃取金品ヲ現場ニ於テ傍ラノ共犯人ニ交付スルヲ云フ。〔第三類 犯罪行為〕
- 掏取つた金品を現場で共犯者に交付し犯行を晦ます事を云ふ。
- すり犯人が犯行後贓品を、そばの共犯者に手渡してしまうこと。〔掏摸〕
- スリ取った金品を現場で共犯者に交付し犯行を晦すことをいう。
分類 掏摸
まつ
まつ
松
末
姓 | 読み方 |
---|---|
末 | まつ |
マツ
( まつ から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/12 03:12 UTC 版)
マツ属(マツぞく、学名:Pinus)は、マツ科の属の一つ。マツ科のタイプ属である。約100種が北半球の各地域に分布し[1]、針葉樹で針のような形態の葉と、松かさ(松ぼっくり)とよばれる実がなるのが特徴である。人との関わりも深く、さまざまに利用されたり、文化や信仰の対象にもされている。
注釈
出典
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まつ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/01/07 17:58 UTC 版)
利家の正室。秀吉の正室・おねとは、家が隣同士で「おねちゃん」「まっちゃん」と呼ぶ間柄。織田家関連の正室たちの中では、ツッコミ担当。筆まめで、面倒見がいい性格。利家への愚痴もあるものの、夫婦仲は良い。和服姿だが、他の女性キャラに比べてかなりボディラインが強調されている。
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まつ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/17 23:24 UTC 版)
#101で初登場。一度使い終わり元の場所に戻され、再び使われる時を待ち続ける「道具」の視点を描く。歌は高橋幸宏。
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まつ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/04 01:59 UTC 版)
「ドラえもんのひみつ道具 (おさ-おの)」の記事における「まつ」の解説
なぐさめ型。叱られたり痛い目に遭うと、その痛みの大きさに応じてお金が出てくる。しかし、その条件はかなり厳しく、のび太が自分の頭をげんこつで思い切り殴って、やっと1円出てくる程度でしかない。ドラえもんが大きなハンマーでのび太の頭を力いっぱい殴ると39円出てきた。ドラえもんによると、今までにこの袋から出てきた最高金額は1284円だが、その記録を出した人は半年間入院したという。
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まつ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/08 15:33 UTC 版)
利家の正室。母性的でいて尚且つ少女のような可憐さを持つ美女。慶次が心底惚れている女性であり、何かと気の弱いところがある利家を支える女丈夫である。その奔放で天真爛漫な性格は、利家および配下の者たちの心配の種になっている。
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まつ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/02 14:26 UTC 版)
「必殺仕事人 (ファミリーコンピュータ)」の記事における「まつ」の解説
ろくの兄貴分のやくざ。
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まつ
出典:『Wiktionary』 (2021/10/24 00:33 UTC 版)
名詞
まつ【松】
対義語
- 竹、梅
動詞
まつ【待つ、俟つ】
- 目的とする物事が始まることを望みながら時間を費やす。
- 期限を延ばす。
- (多く命令形や指示、懇願の形で)それまでしていた動作を、途中でやめる。
- 相手の意向がわかるまで、その成り行きを見ている。
- (「~にまつ」「~をまつ」などの形で)~に期待する。望みをつなぐ。堅い文章では「俟つ」の用字が好まれる傾向がある。
- (「まつことになる」「またなければならない」などの形で)それまでに長い時間がかかる。
- (「論[言、言う]を待たない」などの形で)言うまでもない。当然である。
- 待ち構える。待ち受ける。そのような事態になる。
活用
翻訳
関連語
俟
偫
偫 |
|
儝
待
松
枩
柗
梥
竢
「 まつ」の例文・使い方・用例・文例
- 彼はひまつぶしに木切れを削った
- つけまつげ
- 付けまつげ
- その新しい発見はその国の誕生にまつわるなぞの解明に一役買うだろう
- たいまつの光
- たいまつに火をつける
- 牛飼い座にまつわるお話
- その火は彼のまつげの先端を焼いた。
- その少女は表情豊かな、まつ毛の長い目をしている。
- まつげがすごく長いですね。
- まつげエクステンションはオイルに弱いと聞いている
- いちまつの不安を感じる。
- 私はつけまつげを付けたいです。
- あなたのまつ毛は長過ぎませんか?
- 彼女は眼が大きく、まつ毛もとても長い。
- 彼女は眼が大きく、まつ毛もとても長いです。
- 彼女の眼は大きく長いまつ毛をしています。
- ファッションにまつわる事柄が好きです。
- 彼は逆さまつげの手術を受けた。
- また雨が降っている。2月の雪まつりは無事行えるだろうか。
まつと同じ種類の言葉
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