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立命館大学

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/16 21:26 UTC 版)

立命館大学(りつめいかんだいがく、英語: Ritsumeikan University)は、京都府京都市中京区西ノ京朱雀町1に本部を置く日本私立大学1900年創立、1922年大学設置。略称は立命、立命大、Rits(リッツ)。近畿地方では立大も使用される[注 1]


注釈

  1. ^ 使用例は、『立大前鍼灸接骨院』等がある
  2. ^ 桑原武夫の研究(「左派の長者」『追悼 末川博』(1979年)有斐閣 pp.247-248)によると学生が「禁衛隊」を名乗り京都御所の警護を申し出ていたために、GHQ神宮皇學館とともにとり潰す大学の筆頭としたという。
  3. ^ 山崎有恒は中川の教育理念について中川の発言を以下の通り引用する:「私は学園の園丁である。自由放任主義で干渉しない、諸君を立派な有望の人物としたい。勉強することを望む。諸君も『国家有為の在幹』となるため勉強することを望んでいるはず。目的が一緒なので放任主義でいく。諸君は勉強してほしい。そのための条件は私ができる限り整える」。その上で山崎は、「要は自由放任主義だった。自由放任主義だからこそ生まれてくる力強さ、たくましさ、それこそが中川にとって、もっとも美しいものであって、これは<中略>学生育成方針に反映されていた。<中略>戦前の立命館大学に、極めて自由な空気が流れていた原点はここにあった」と述べている(「中川小十郎の教育理念と戦後を創った卒業生たち : 戦前期立命館大学再考」『立命館史資料センター紀要』 第1巻 (2018年3月)立命館史資料センター p.10)。
  4. ^ 改組後も「大学」の学生募集は行わており、5月に全面改正された寄附行為においても財団法人立命館が設置経営する学校として「大学令ニ依ル立命館大学」を挙げていた[22]
  5. ^ このマークは、1960年(昭和35年)に法学部三回生だった学生によりデザインされたもの。学園創立60周年を記念して新たなマークを公募した中から選ばれた。デザインがカメに似ていることから、当時の学生からは「カメ・マーク」「亀の子マーク」等と呼ばれていた
  6. ^ この大学対抗戦のみ、立命館大学の他の大学対抗戦とは異なり、例外的に「立名戦」とは称さずに、名古屋大学側と同じ「名立戦」と公式に称している(立命館大学クイズソサエティーの公式ホームページ[要文献特定詳細情報]でも「名立戦」と記述している)。これは「立名」とすれば同大学の略称の一つである「立命(りつめい)」と読みが同じとなることから、混乱を防止するためである。
  7. ^ a b 立命館総長だった中川小十郎は、「何も知らずに買った土地が本校が大変御世話になっている西園寺公の御先祖が住まはれた土地であったことがわかり今更因縁浅からざるを痛感した」と述べている[62]
  8. ^ 「元来衣笠山周辺一帯の地域は西園寺家の所領であったが、足利三代将軍義満が所望して、大和の某地を替地として交換したという古い記録がある。校地の整地中、西園寺家の定紋である左巴のついた古瓦が、続々と掘り出された事実と称号して、この地がかつて壮麗を誇った西園寺の遺址であることは明らかである。いずれにしても西園寺公望に臣仕した中川小十郎(総長)が、その終生の事業をこの地に選んだことは、偶然とはいえ奇しき因縁といわざるを得ない[63]。」
  9. ^ 島津久光は洛北衣笠山のふもとに、1万6千余坪の土地を取得し調練場にした。場内に弾薬庫、陣屋、休息所、勤番所を設け、常に動番士10数名を置いた。西郷隆盛を従えてたびたび小松原の陣屋を訪問したという[64]
  10. ^ 薩摩藩家老の桂久武による『桂久武日記』には、「この日、きん笠山(衣笠山)下へ調練場おとりなされたき吟味もこれあり候処、見分(検分)のため参るべしと申し談ず」と記されている[65]
  11. ^ 1991年、溥儀の弟である愛新覚羅溥傑中華人民共和国全国人民代表大会代表・同常務委員会委員として立命館大学第19号名誉法学博士号を得ている。また、愛新覚羅烏拉熙春が現在立命館アジア太平洋大学で教鞭をとっている。
  12. ^ 立命館大学[畑中和夫名誉教授は、愛新覚羅溥傑氏への名誉法学博士号贈呈の経緯について問われた際、以下のように述べている。(以下、引用)『昭和14,5年頃の日満高等学校の設立にあたり、当時のお金で50万円という巨額の寄付を愛新覚羅溥儀から受けた。そのうち20万円で、衣笠の6万坪の土地を購入し、校舎を建て、さらに学生向けの奨学金の基金も創設できた。満州国皇帝からの寄付を受けたのは立命館と秋田工業専門学校(現秋田大学の前身)の2つだった。この寄付の一件について、満州国と立命館の仲介をしたのが、当時、満州国駐日大使として日本にいた溥傑氏であった。月日が流れて、溥傑氏が中国全人代の中の常務委員としての肩書きで訪日し、清水寺を訪ねた折のこと、思い出話の中で、この寄付の一件を溥傑氏が覚えていて「そのような縁のある立命館を見てみたい」と言っているとの話が、清水寺ルートで畑中教授に伝わった。この話を受けて、畑中教授が学内外の人と相談を重ね、「まさか返してくれとはおっしゃるまい」など心配もしながら、元侯爵嵯峨氏などにも相談し、嵯峨侯爵から「然るべき処遇をすれば良い」とのアドバイスを得て、総長の判断で、当時の溥傑氏肩書きに相応しい名誉学位としての「法学博士」号を贈ることとなった。』(立命館大学千葉校友会サイト「ちば校友の集い」[要文献特定詳細情報]にて、畑中和夫名誉教授談として紹介)
  13. ^ 1939年(昭和14年)3月16日、満州国補助金交付の通達が財団法人立命館に発せられた。補助金の内容は1939年度30万円、40年度20万円の二カ年継続合計50万円であった[67]

出典

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