フィリピン 治安

フィリピン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/26 10:11 UTC 版)

治安

フィリピンの治安は過去と比べると格段に良くなりつつあるが、同国の国家警察が発表した2018年(暦年)の全国犯罪統計によれば,犯罪発生件数は約47.5万件を記録しており、発生件数は前年比で約4.5万件(約9%)減少しているものの、日本と比べれば犯罪件数は未だかなり多い状況となっている[注釈 13]

また、外国人に対しては「比較的裕福な人が多く、銃器も所持していない為に反撃をしてこない」と捉えられている点があり、犯罪の標的とされ易い面があるので、他の治安が悪い国や地域同様に同国を訪問する人間は長期滞在者・旅行者を問わず注意が必要となって来ることを留意しなければならない。加えて、警察の許可・登録を受けた合法的な銃器のほかに、登録切れや未登録の銃器や密造銃なども相当広く出回っている為、強盗・恐喝事件の犯人らがこれらの銃器を使用し犯罪を行うケースが多いという特徴があり[注釈 14]、さらに身代金目的の誘拐は警察が確認しているだけでも年間数十件発生しているとの報告がされている[83]。 

人権

メディア

文化

食文化

時計回り: ルンピア(Lumpia)、アドボ (Adobo)、ハロハロとシシグ(Sisig

フィリピン料理は、中国料理やかつての宗主国であるスペイン料理アメリカ料理などの影響を受けている[84]。フィリピンは国際捕鯨委員会(IWC)を脱退しており、現在でも食用に捕鯨を行っている。

文学

フィリピンの初の近代小説はペドロ・パルテノ英語版による『ニノイ英語版』(スペイン語: Nínay、1885年)によって幕を開き、そのすぐ後にスペイン語で書いた2作の小説、『ノリ・メ・タンヘレ英語版』(1886年)と『エル・フィリブステリスモ英語版』(1891年)でスペインによるフィリピン植民地支配を告発したホセ・リサールが現れた[85]米比戦争によって20世紀初頭にアメリカ合衆国に併合された後、公教育を通じて英語が教えられると、1925年ごろから英語による作品が書かれるようになり、また、1939年にフィリピン作家連盟が結成されている[86]

他方、20世紀前半の現地語による文学は大衆娯楽小説が主であり、第二次世界大戦中の日本占領期にタガログ語創作が奨励されたものの、第二次世界大戦終結後は再び英語が文学語として重視されるようになった[86]

20世紀後半の文学は英語、タガログ語、その他のフィリピン地方言語などの様々な現地語で書かれた[87]。著名な作家としては、『二つのへそを持つ女英語版』(1961年)でフィリピン人のアイデンティを題材にしたニック・ホアキンや、英語で『ロザレス物語英語版』五部作(en:Po-on (novel)en:The Pretenders (novel)en:My Brother, My Executioneren:Mass (novel)en:Tree (novel))、『エルミタ英語版』などを著しフィリピン近現代史を題材にしたF・シオニル・ホセ、タガログ語で『マニラ 光る爪タガログ語版英語版 (Maynila: Sa Mga Kuko ng Liwanag)』(1968年)を書いたエドガルド・M・レイエスらの名が挙げられる[88](後に映画化された『en:Mga Kwento ni Lola Basyang』)。

漫画

フィリピンの漫画 (komiks) は1920年代に米国から影響を受けて始まり、1980年代の最盛期には新聞を超えてあらゆる出版物の中で最大の読者数を持っていた。しかし近代化に失敗したことで1990年代までに急速に衰退し、全国的に流通される定期刊行物という伝統的な出版形態は姿を消した。その後出版社や作家の世代交代が行われ、21世紀にはある程度の復興を果たしている[89]

音楽

フィリピンの音楽文化は宗主国のスペインやアメリカ、アジア、ラテンアメリカ、および先住民の様々な音楽文化が混合する形で形成されている。

映画

建築

世界遺産

フィリピン国内には、ユネスコ世界遺産リストに登録された文化遺産が3件、自然遺産が3件存在する。

祝祭日

日付 日本語表記 タガログ語表記 備考
1月1日 元日 Araw ng Bagong Taon
1月1日 (旧暦)旧暦 旧正月 Araw ng Bagong Taon ng mag Tsino 移動祝日
2月25日 エドゥサ革命記念日 Araw ng EDSA Revolution コラソン・アキノがフィリピン大統領に就任した日
復活祭直前の木曜日 聖木曜日 Huwebes Santo この日から日曜日まで連休になる。この期間を使って、出身地に帰省する人々が多く、バスターミナルや空港や港は大混雑になる。移動祝日。
復活祭直前の金曜日 聖金曜日 Biyernes Santo 移動祝日
復活祭直前の土曜日 聖土曜日 Sabado de Gloria 移動祝日
復活祭主日の日曜日 復活祭 Linggo ng Pagkabuhay キリスト教の主日。移動祝日
4月9日 勇者の日 Araw ng Kagitingan バターン死の行進の日
5月1日 メーデー Araw ng Manggagawa
6月12日 独立記念日 Araw ng Kalayaan 革命軍の最高指導者アギナルド将軍が、フィリピン独立を宣言した日
8月21日 ニノイ・アキノの日 Araw ni Ninoy Aquino ベニグノ・アキノ・ジュニアがマニラ国際空港暗殺された日
8月最終日曜日 英雄の日 Araw ng mag Bayani
11月1日 万聖節 Todos los Santos/Undas 家族で故人の墓へ行き、故人を偲びつつ、皆が墓の前で飲んだり食べたりする日。
ヒジュラ暦9月の最終日 ラマダーンの末 Eid al-Fitr ムスリムにとって日中の断食が終了する重要な大祭「イド・アル=フィトル」である。
11月30日 ボニファシオの日 Araw ni Andres Bonifacio アンドレ・ボニファシオ誕生日
12月25日 クリスマス Araw ng Pasko/Notsebuwena キリスト教徒主日
12月30日 リサール記念日 Araw ni Jose Rizal ホセ・リサールが処刑された日
12月31日 大晦日 Medyanotse

ミス・コンテスト

ミス・ユニバース2015で優勝したピア・アロンゾ・ウォルツバック。フィリピンポストの記念切手になった。

フィリピンではミス・コンテストが地域に根付いており、学校単位でのミス&ミスター・コンテストや、全国単位でのミス・コンテストが盛んである。ミス・ユニバースのフィリピン代表は4回優勝している。

2001年に同国で誕生した「ミス・アース」も、近年では世界四大ミスコンテストに数えられるほどに成長した。更にミス・ユニバース2018では、フィリピン代表のカトリオナ・グレイが優勝に輝いている。

スポーツ

格闘技

フィリピン武術のエスクリマ

フィリピン武術(エスクリマまたはカリ、アーニス)が国技である。他にも地方や種族によって様々な武術がある。徒手空拳術と武器操作術のバランスに優れたフィリピンの武術は実戦的であるとして評価が高く、各国の軍人警察官のほか、他の武芸・格闘技の使い手や俳優などにも愛好者が多い。

ボクシングは世界王者を数多く輩出しており、その中でも世界6階級制覇王者で「パックマン」と呼ばれている、マニー・パッキャオの活躍は余りにも有名である。パッキャオの世界的活躍は彼を祖国の英雄へと押し上げ、後に続くフィリピン人ボクサーのアメリカでの成功や、評価の急上昇という好循環をもたらしている。また、世界5階級制覇王者で「フィリピンの閃光」と呼ばれている、ノニト・ドネアも非常に知られている。

バスケットボール

フィリピンではバスケットボールが盛んなスポーツの一つであり、1974年アジア地域における初めてのプロリーグでありアメリカNBAに次ぐ歴史をもつPBAが創設された。さらに、バスケットボールフィリピン代表FIBAワールドカップ1954年大会で、アジアの国では最高位となる3位に輝いている。1978年大会は自国開催し、これもアジア初開催となった。2023年大会日本インドネシアと共催。近年は日本のB.LEAGUEオーストラリアNBLなど海外のプロリーグで活躍する選手も目立っている。NBAにおいてはアンドレイ・ブラッチジョーダン・クラークソンらフィリピン国籍を持つ選手も活躍しており、彼らもフィリピン代表に名を連ねている。

サッカー

サッカーもフィリピンでは人気のスポーツの1つであり、2017年には念願のプロサッカーリーグであるフィリピン・フットボールリーグが創設された。開始年からユナイテッド・シティが4連覇を達成している。フィリピンサッカー連盟(PFF)によって構成されるサッカーフィリピン代表は、これまでFIFAワールドカップには未出場である。しかし、AFCアジアカップには2019年大会で初出場を果たしており、東南アジアサッカー選手権(AFF三菱電機カップ)には13度の出場を数える。


注釈

  1. ^ 例えば、2010年代であれば、2010年、2013年、2016年、2019年の4回である。
  2. ^ 1916年のフィリピン自治法(ジョーンズ法)で直接選挙による二院制になった。1934年タイディングズ・マクダフィ法で独立準備政府の樹立を認め、発足10年後の独立を約束した。
  3. ^ 1934年に憲法制定議会を招集し憲法草案を起草(共和政体の権利章典を含む憲法)、アメリカ合衆国憲法の影響が大きかった。1943年の日本軍占領下に第二共和政を組織する1943年憲法が制定されたが、1946年7月独立時に35年憲法に復帰した。
  4. ^ 戒厳令下では政権の永続化が可能であり、大統領権限の飛躍的強化がなされた。
  5. ^ 35年憲法改正の準備は196年代の後半から本格化し、1970年11月の憲法制定会議代議員選挙で320名選出される。
  6. ^ 1947年調印の比米軍事援助協定と1947~1991年比米軍事基地協定による。
  7. ^ 被害者総数は120万人に達するほどであった。一方、農業に適した養分を含む土地も形成した。
  8. ^ 1960年から2000年代中ごろまでに約1万件の地震が観測されている。1990年7月に中部・北部ルソンを襲った大規模地震は7州に被害を及ぼし、120万人以上が被災した。葉山アツコ「自然・地理」エリア・スタディーズ(2009):249
  9. ^ タガログ語で「襤褸切れ(ぼろきれ)」という意味もある。
  10. ^ 在日フィリピン人の場合、日本人と同様に「姓、名」で名乗ることがある。
  11. ^ CorazónAlmaEsperanzaなど、スペイン語の一般名詞に由来する人名も多く見られる。
  12. ^ ただし最近では、スペイン語よりも英語の名前が主流となっている。例:Miguel、Margarita → Michael、Margaretなど。
  13. ^ 窃盗傷害暴行強盗殺人事件などの重大犯罪発生件数は約8万件(前年比約28%減)が報告されており、そのうち窃盗が全体の30%、傷害・暴行が28%、強盗が14%、殺人が9%を占めている。殺人事件は約0.7万件(前年比約22%減)、強盗事件は約1.1万件(前年比約32%減)がそれぞれ報告されており、その件数は、殺人事件が日本の約8倍、強盗事件は日本の約6倍となっている。
  14. ^ 犯人が被害者や警察官・警備員などからの反撃に備えて銃器を所持している例も多い。

出典

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