スペイン領東インドとは? わかりやすく解説

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スペイン領東インド

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/22 06:17 UTC 版)

スペイン領東インド
Indias Orientales Españolas (スペイン語)




1565年 - 1899年



国旗 (国章)
国の標語: Plus Ultra(ラテン語)
更なる前進
国歌: Marcha Real(スペイン語)
国王行進曲

  スペイン領東インドの位置
公用語 スペイン語
言語 フィリピン語群ミクロネシア諸語
国教 カトリック
宗教 イスラム教フィリピン神話ミクロネシア神話英語版
首都 セブ(1565年 - 1571年)
マニラ(1571年 - 1898年)
イロイロ(1898年)
スペイン君主
1565年 - 1598年 フェリペ2世
1598年 - 1621年 フェリペ3世
1621年 - 1665年 フェリペ4世
1700年 - 1724年 フェリペ5世
1746年 - 1759年 フェルナンド6世
1759年 - 1788年 カルロス3世
1808年 - 1813年 ホセ1世
1833年 - 1868年 イサベル2世
1870年 - 1873年 アマデオ1世
1886年 - 1898年 アルフォンソ13世
総督
1565年 - 1572年 ミゲル・ロペス・デ・レガスピ
1898年 - 1898年 ディエゴ・デ・ロス・リオス
面積
1877年 345,155km²
人口
1877年[1] 5,567,685人
変遷
植民地化 1565年4月27日
フィリピン独立宣言 1898年6月12日
フィリピンをアメリカに割譲 1898年12月10日
ミクロネシアをドイツに割譲 1899年2月12日
通貨 フィリピン・ペソ
現在 フィリピン
台湾
インドネシア
パラオ
ミクロネシア連邦
マーシャル諸島
北マリアナ諸島
グアム
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スペイン領東インド(スペインりょうひがしインド、スペイン語: Indias Orientales Españolas)は、1565年4月から1898年12月までスペインが領有したアジア太平洋植民地である。政庁所在地はマニラで、領域はフィリピンマリアナ諸島及びカロリン諸島(一時的に台湾サバ及びモルッカ諸島の一部も領有した)。

概説

1565年4月から1821年9月までメキシコシティに位置するヌエバ・エスパーニャ副王の権限下にあったが、メキシコが独立した後はスペイン本国から直接指令された。1898年8月の米西戦争終結後にフィリピン・グアムなどはアメリカ合衆国によって占領され、残りの島々は1899年2月のドイツとの条約によって売却された(ドイツ領ニューギニア)。スペイン国王は伝統的に自らを「東西インドの王」(Rey de las Indias orientales y occidentales)と称した。

脚注

  1. ^ Population of the Philippines Census Years 1799 to 2007 Archived 2012年7月4日, at the Wayback Machine.. National Statistical Coordination Board.



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