谷亮子 代表選手選考を巡って

谷亮子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/14 15:08 UTC 版)

代表選手選考を巡って

2007年4月8日に福岡国際センターで開催された、リオデジャネイロ世界選手権の代表選手選考をも兼ねた選抜体重別の決勝において、筑波大学の福見友子に出足払で有効を取られて敗れた。大会後の強化委員会では48 kg級の代表選考を巡って約2時間にも渡って紛糾した。結果として、ここ2年間国内外の大会に出場していなかったものの、過去の実績を考慮されて谷が代表に選ばれた。今回の世界選手権では北京オリンピックの出場権を得るために5位以内に入る必要があり、その目的を達成するためにも計算できる谷ということになった。この際に谷自身は、「ああ終わったなと思ったのに、選ばれちゃった。私はいつまでやったらいいんですかね」と発言していた。その一方で、あくまで北京オリンピックが目標だったので、じっくり体作りをするために2007年もできれば休んでおきたかった。なので、今回の敗戦も「万全じゃなかったから仕方ない」と冷静に構えていたという[78][79][80]

谷を選出した点について強化委員長の吉村和郎は、「ただ世界選手権に出るだけでいいなら、若手を出す。しかし、目指すのはあくまでも金メダル。それを考えると谷のほうが金メダルに近い。われわれの選考を信じてほしい」「世界で戦うということは想像を絶する重圧と戦うこと。(世界選手権で) 負けてよくやった、ということはない。勝ち方を知っているベテランならメダルを確実に獲ってくれる」「谷の動きは同じ階級の選手にはまねができないし、このままで終わるヤツではない」 と選考理由を述べた[78][81]。また、吉村は大会3か月前のインタビューで、「若手3人(福見友子、三井住友海上の山岸絵美、渋谷教育学園渋谷高校中村美里)の力ではまだ谷に追い付き追い越すのは難しい。例え谷に勝ったとしても、彼女たちが世界で戦えるのかという話になる。やはり大方の見方では(代表は)谷になるだろう」とも語っていた[82]

勝利しながらも代表に選ばれなかった福見は、「悔しいけどコーチの方々がそう判断したのなら仕方ない」と語った。また、強化委員の1人であり、筑波大学で福見を指導していた山口香は、「(強化委員による)多数決なら(代表選出は)微妙だった。トータルではまだ認められない部分がある、と本人に伝えます」とコメントした。しかし、山口はこの代表選考にどうしても納得がいかず、スポーツ仲裁裁判所に提訴することも考えていたという[83][84]。一方、谷は後のインタビューで、「確かに彼女(福見)は国際大会で活躍していましたけど、私にはそれまでに積み上げてきた実績がありました。なんというのかな、当時の国内大会では、優勝する選手というのが毎年異なっていた。福見選手は、翌年の北京五輪予選でも結局決勝まで残れなかった。世界を相手に戦うという点においては安定感が兼ね備わっていなかった。だから、リオデジャネイロ世界選手権も北京五輪も代表には私が選ばれたのではないでしょうか。」「(ライバルと思える選手がいなかったからこそ)私が一度や二度負けたぐらいで代表から落選するはずはないという考えが私自身の中にあったのは事実です。」との見解を示した[85]

外部からこの選考を批判する声も少なくなかったが、当時、雑誌近代柔道の編集長を務めていた桐生邦雄は、今大会が「代表選手選考最終選考会」とテレビや新聞で喧伝されていたことから、一般人のみならず、柔道に詳しくないマスコミ関係者にも、今大会で勝った選手が代表に選ばれるという先入観を持たせてしまったのが問題であると指摘した。続けて、強化委員会は代表選考にあたっては、今大会を始め、講道館杯や冬季ヨーロッパ遠征における国際大会など選考対象となる大会をあらかじめ指定しており、今大会の結果のみで代表を決めるという申し合わせはしていない。加えて、指定された大会の成績以外に「これまでの実績」も加味された上で総合的に判断して代表を決定するという基準を設けている以上、今回の代表選考も特に問題はないとの見解を示した。さらに続けて、柔道の選考方法は外部からは非常に理解されにくいものの、対人競技である関係上、陸上競技競泳などと違って客観的な記録を基準にした選考方法を採用できない側面を有している。しかしながら、誤解をできるだけ招かないように改善する余地は残っているとも付け加えた[86][81]

2008年4月6日に福岡国際センターで開催された、北京オリンピックの代表選手選考をも兼ねた選抜体重別の決勝において、谷は三井住友海上の山岸絵美と対戦して、先に送足払で効果を取ってリードしながら、巴投と大外返で有効2つを取り返されて逆転負けを喫した。しかし、昨年の世界選手権で優勝した実績なども踏まえて谷が代表に選出された。女子代表監督の日蔭暢年は、「谷はディフェンスがよく、ディフェンスからのカウンターも狙える試合巧者。これは他の選手と比べて際立っているという判断で代表に選出した。決勝で敗れたが、コーチ陣の見解は、『ここは谷』で一致した」と選出理由を説明した[87]

一方、谷が2年連続決勝で敗れながらも代表に選出されたことから、昨年同様に物議を醸し出すことになり、世間からはもっと透明性のある選考を望む声が噴出した。強化委員の山口は、世間も納得する明確な選考方法として、ポイント制度の導入を提案した。各大会の付与ポイントをあらかじめ公表しておけば、選考レースは一般人にも一目瞭然となり、誤解が減る結果につながる。「今回が、国内で代表を選べる最後になるかも。最終選考会で勝てない代表を、五輪で勝たせることができるのか。それは強化体制の問題」と山口は語った[88][89]。また、柔道サイト eJudoは、「全柔連は選抜体重別を数ある選考大会のうちの一つと位置づけているが、その一方で最終選考会という冠をも付けている。そうである以上は、この大会で敗れた選手を選考することに世間は決して納得しないだろう。にもかかわらず、わざわざ誤解を招く要素を声高に宣伝していることに、選手第一ではない外部の事情が垣間見みえる」とも指摘した[90](なお、国際柔道連盟は2009年から世界ランキング制度を本格的に導入して、各階級における選手間の序列を明確化した。このランキングに基づいて、オリンピックの出場資格を得られる選手や国際柔道連盟主催の国際大会におけるシード選手を決定することになった。また、女子柔道強化選手への暴力問題を受けて、2014年からは国内でもポイント制度を導入することが決まった。しかし、このポイント制度は「あくまで参考とする一つの指標」であって、最終的には強化委員会の判断によって代表選手が選考されるとしている)[91][92][93][94]


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