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上述してある通り、火の鳥という作品は読む順番を入れ替えることも可能であり、多くの出版社から単行本が発売されているが収録順は出版社によってさまざまである。現在までに手塚治虫が描いたとおりの順番で収録された単行本は一冊も無い。下記では手塚治虫が描いた順番で紹介する。 黎明編(漫画少年版) 初出:『漫画少年』(1954年7月号 - 1955年5月号)未完 主人公のナギの父親は重病に罹患していた。もし上空にある「血の星」という星が沈むまでに父の病が完治しなければ、村のしきたりにより父親は村人たちに食べられてしまう。悩みぬいたナギが長老に相談すると、父親の病気を治すには「火の鳥」という鳥の生き血が必要と教えられる。ナギは火の鳥を訪問し、運良く生き血を貰う。しかし、ナギが村に帰る頃には「血の星」はすでに沈み、父親は村人に食べられてしまっていた。行き場を失った火の鳥の生き血は仕方がないのでナギと妹のナミが飲むことになった。やがて村はさらに豊かな土地へと引越しするために船を出すが、嵐のためナギとナミは難破し知らない島国に流れ着く。その知らない土地は原住民が住んでおり、火の鳥の生き血を飲んでいて死なない体の二人は彼らに神様と崇められる。主人公のイザ・ナギと妹のイザ・ナミは原住民から天照大御神(あまてらすおおみかみ)の名前を貰う。その後、二人は原住民の長である卑弥呼に出会うが、卑弥呼が岩戸の中に入るところで連載が中断され、その後に掲載誌自体が廃刊となったため未完に終わった。 エジプト編 初出:『少女クラブ』(1956年5月号 - 10月号) 紀元前1000年頃。主人公のエジプトの王子クラブは、父親の命令により、飲めば3000年の命が貰えるという火の鳥の血を求めて旅に立つ。しかし、その間に王家を乗っ取ろうと考えていた王女(クラブの継母)は王と王子を殺そうと計画する。旅に出たクラブは、もう一人の主人公である奴隷のダイアと出会う。ダイアの国はクラブのいるエジプト軍に滅ぼされ奴隷として育てられていた。やがてクラブとダイアは恋に落ち火の鳥を探す旅を続ける。そして二人は火の鳥の卵を洪水から救い、代わりに火の鳥の生き血を貰う。しかしクラブは王女の部下に殺され、ショックを受けたダイアも後を追って自殺する。 ギリシャ編 初出:『少女クラブ』(1956年11月号 - 1957年7月号) エジプト編の続き。 殺されたクラブとダイアの死体は300年経ちナイル川に流され、ギリシャの海を彷徨っていた。そしてダイアの死体はトロヤ軍の船に引き上げられ、クラブの死体はスパルタの海岸に打ち上げられた。火の鳥の血を飲んでいた二人はそこでそれぞれ目覚める。クラブとダイアはスパルタの宮殿で偶然出会うが、二人は記憶をなくしていた。しかし、二人の心は何故か惹かれ合い「きっと前世では兄妹だったのだろう」と決め兄妹として愛するようになった。やがて二人はトロヤとスパルタという敵同士の国に運命を引き裂かれ、トロイア戦争に巻き込まれる。そして悲劇が起き、トロイの木馬によってダイアは潰され死亡する。クラブは悲しみのあまりダイアの死体を抱え海に飛び込み死亡する。 ローマ編 初出:『少女クラブ』(1957年8月号 - 12月号) ギリシャ編の続き。 海に飛び込み溺死したクラブとダイアはユリシーズによって死体を回収され長い間ギリシャの宝物庫に保管されていた。しかし、300年経ちローマのシーザーがギリシャを制圧すると、シーザーの部下・アンドロクレスによって2人の死体は引き取られた。ローマへと渡った死体は火の鳥の生き血のおかげで生き返り、アンドロクレスに兄妹として育てられた。2人の暮らしは平和そのものであったが、そんな暮らしも長く続かず、ダイアはローマの暴君ネボケタスによって無理矢理妻にされそうになる。2人は抵抗するが、代わりに死刑を宣告され、闘技場に追い込まれてライオンの餌食となりかける。 黎明編(COM版) 初出:『COM』(1967年1月号 - 11月号) 3世紀の倭(日本)、ところは熊襲。主人公のナギの姉ヒナクは破傷風にかかり、生死の境をさまよう。ヒナクの夫であるウラジは妻を助けるため火の鳥の生き血を求めて火の山に入るが、火の鳥の炎に包まれ死んでしまう。そんな折、村の海岸に漂着した異国の医師グズリが現れ、最新の医学知識でヒナクを救う。やがてグズリとヒナクは恋に落ちる。ところが婚礼の夜、グズリの手引によって、多数の軍船から猿田彦率いる防人の軍団が上陸。グズリはヤマタイ国のスパイであった。村人は虐殺され、ひとり生き残ったナギは猿田彦を襲撃するも捕えられる。猿田彦はナギの勇気を称え奴隷としてヤマタイ国に連れ帰り、狩り部(猟師)に鍛え上げる。ヤマタイ国がクマソを侵略した裏には、老いた卑弥呼が火の鳥の血を欲していたという事情があった。のちにヤマタイ国も、ニニギ率いる高天原族に滅ぼされ、ナギも猿田彦も戦死する。 本作は未完に終わった「漫画少年」版の黎明編を基に大幅に内容を変え連載したもの。大和朝廷の成立については、定説ではなく本作品執筆時に話題になった江上波夫の騎馬民族征服王朝説を採用している。その後何度か描き直されており、後年の版では主人公たちを襲う様々なスタイルの狼の中に、「ファミコン型」や「赤塚不二夫型」等も登場する。また日食の場面では太陽の欠け方が間違っており、手塚本人によって単行本では正しい日食の欠け方へと修正されている。現在では、黎明編といえば普通は漫画少年版ではなくてCOM版のことをさす。 TVアニメ版では幼少期の猿田彦のシーンが追加され、卑弥呼に忠誠を誓った経緯が分かるようになっている。 未来編 初出:『COM』(1967年12月号 - 1968年9月号) 西暦3404年。時間軸で考えた場合の火の鳥の結末にあたる作品。人類は25世紀を頂点として衰退期に入り、文明も芸術も進歩が少しずつ停止、人々は昔の生活や服装にばかり憧れを抱くようになり、すでに30世紀には文明は21世紀頃のレベルまで逆戻りしていた。地球人類は滅亡の淵にあり、他惑星に建設した植民地を放棄し、地上は人間はおろか生物が殆ど住めない世界となっていた。人類は世界の5箇所に作った地下都市“永遠の都”ことメガロポリス「レングード」(ユーラシア中央部)「ピンキング」(満州北部)「ユーオーク」(ニューヨーク付近)「ルマルエーズ」(マルセイユ付近)「ヤマト」(東京付近)に移り住み、超巨大コンピュータに自らの支配を委ねていた。しかし、そのコンピュータも完璧な存在ではなく、コンピュータ同士で争いが起き、全体主義体制を採る「ヤマト」と自由主義体制の「レングード」の対立から核戦争が勃発した。その結果、対立関係とは無縁だった残りの3都市までもがなぜか超水爆で爆発し、地球上に5つあった全ての地下都市が消滅。人類が滅亡してしまう。生き残ったのはシェルターに居た主人公の山之辺マサト、そして猿田、ロック、タマミのみであった。その後、山之辺マサトの意識は体外離脱し、火の鳥により、宇宙の構造と、人類の滅亡が生命の歴史のリセットを目的として実行されたことを告げられ、生命を復活させ正しい道に導くために永遠の命を授かる。他の者が次々と放射能の作用や寿命が尽きて死んでいく中で、山之辺マサトだけは永久に死ねない体のまま苦しみ、悶えながら生き続ける。途方も無い時間をたった一人で過ごす中で、マサトは地球の生命の復活を追究し続け、やがて一つの答えにたどり着く。 本作は結末が黎明編へ繋がるような展開となっており、読む順番を最初にしても、最後にしても問題が無いような作りになっている。また雑誌版では第一話の最後でマサトとムーピーが火の鳥に会うというシーンがあったが、単行本ではカットされている。 なお、NHKアニメ版では本作が最終エピソードとされたが、尺の都合及び倫理的理由のため内容が大幅に削除・変更されている。 ヤマト編 初出:『COM』(1968年9月号 - 1969年2月号) 4世紀頃の倭(日本)。古墳時代。主人公のヤマト国の王子ヤマトオグナは、父である大王からクマソ国の酋長川上タケルを殺すことを命じられる。その理由は川上タケルが真実を書いた歴史書を作ろうとしているからであった。大王は、自分たちは神の末裔であるとする嘘の歴史書を作ろうとしていたため、川上タケルがやろうとしていたことは不都合であった。オグナは川上タケルの妹であるカジカと出会い恋に落ちるが、迷いながらも父の言いつけ通りに川上タケルを殺す。タケルは死に際に「わしの名前をやろう。これからはヤマトタケルと名乗るがいい」と名前を譲る。愛したカジカに、仇として命を狙われる事となったタケル。二人の愛はやがて悲劇へと向かって行く。 本作は『古事記』・『日本書紀』の日本武尊伝説と、日本書紀の垂仁紀にある埋められた殉死者のうめき声が数日にわたって聞こえたという殉死の風習と埴輪にまつわるエピソードを下敷きにしている。殉死者が死ななかったのは火の鳥の血の効果であるとし、期間も1年にわたっての事とした。石舞台古墳造営にまつわるエピソードがあるが、史実ではもっと後代の古墳であり、殉死者が埋められているという事も無い。オグナは日本神話のヤマトタケルがモデル(「倭男具那命」-「やまとをぐな」はヤマトタケルの別名)で、川上タケルは川上梟帥がモデル。本作に登場するクマソの国の長老は黎明編の最後で崖を登り切った青年であり、彼の子孫が繁栄しクマソ国へと発展している。 雑誌掲載版と単行本版では、手塚により細かな修正が行われている。ヤマト編は時事ネタが多かったため、単行本ではセリフの手直しが多い。作中で川上タケルは、"長島"なる部下に「王」と呼ばれている。これは初出時には川上タケル=川上哲治として、クマソを巨人軍に見立て、その部下の長島=長嶋茂雄という洒落であったが、川上が監督を引退したので、川上タケルを王貞治に見立てる内容に改稿したためである。雑誌版では川上タケルがオグナを出迎えた場面で、手塚の学生時代の体験談である「日本とアメリカが都合のいい様に相手国を中傷していた」という2ページに渡った内容があったが、単行本時に省かれている。 OVA版はほぼ原作に準じているが、原作の時代設定を無視したギャグや歴史書に関するくだりは削除されている。 宇宙編 初出:『COM』(1969年3月号 - 7月号) 2577年。主人公達5人は、ベテルギウス第3惑星から地球へ向かうために宇宙船で人工冬眠を行いながら宇宙を航海していた。しかし宇宙船は操縦者である牧村五郎の自殺によって事故に遭う。その事故により船は大破、乗員はすぐに宇宙船から離れないと危険な状態であった。乗員は人工冬眠から目覚め宇宙救命艇で脱出する。救命艇は一人乗りの小さな緊急用の物で、4人はバラバラに宇宙に投げ出されるような形になった。救命艇にはそれぞれ無線通信機が付いており、彼らは宇宙に漂いながら会話を始める。その内容は過去に起きた牧村五郎に関するものであった。やがて彼らの乗る4つの救命艇に謎の救命艇が近づいていく。果たしてその救命艇には誰が乗っているのか。 本作では、火の鳥が我欲の為に罪を犯した猿田を直接処罰する明確な描写がある、数少ない作品となっている。 また本作がOVA化された時には、牧村とナナと奇崎が出会うシーンが追加され、隊長の死亡理由の変更、牧村がラダを殺す動機の変更、牧村が不老不死になる過程の変更など、全体的にストーリーは変えないまでも細かな演出がより現実的になっている。また、オリジナルのラストシーンが追加されている。 鳳凰編 初出:『COM』(1969年8月号 - 1970年9月号) 奈良時代。主人公の一人、我王は誕生直後に片目と片腕を失っており、心に影を持ちながら殺戮と強奪を繰り返しながら生活していた。もう一人の主人公である仏師の茜丸は、旅先で我王に利き腕を傷つけられ仏師としての生命の危機に追い込まれる。その後、我王は速魚という女性と出会って愛を知るが、彼女を信じ切れず些細な誤解から殺してしまう。しかし彼女の正体を知った時、激しい後悔に襲われることとなる。後悔の中、彷徨い続ける我王は良弁僧正と出会い、怒りを糧としながら仏師としての才能を開花させる。 一方、茜丸もまた負傷して以来、彼を慕う少女ブチとの出会い、仏師としての栄達などを経て少しずつその心と運命が変化していく。そして、それぞれに変わった二人は、国を挙げて建立されていた東大寺の鬼瓦製作という大勝負の場で再会する。 本作は、生まれながらに苦しみ続けるがその中で次第に悟りを得ていく我王と権力の庇護を得て慢心し堕落していく茜丸の対比、東大寺大仏建立の真相、輪廻転生といった深い題材を取り上げている。火の鳥は茜丸が鳳凰の像の制作を命じられることで物語に関わってくる。しかし、史実では橘諸兄によって重用されている吉備真備が政敵として対立する、良弁僧正が即身仏となるなど、史実と改変された点も多々見られる(良弁については作中でギャグ的にではあるが、朝廷がその死を隠す様に指示しているというフォローがなされた)。一方で作中で我王と茜丸が作った鬼瓦は、同じ意匠のものが東大寺に実在する。 雑誌掲載版では、我王が泥を壁に投げてヒョウタンツギの絵を作るというお遊びのシーンがあったが、ストーリーに無関係なため、単行本では手塚本人により省略されている。 劇場アニメ化された時は60分という尺の短さから大幅に内容を短縮され、我王は速魚を殺した後は最後の対決までほとんど登場しない。また原作では比重の大きかった良弁僧正が一切登場せず、二人の心理変化もあまり描かれず、主人公の一人がもう一人の主人公の墓を彫る(弔う)というラストシーンもカットされている。 復活編 初出:『COM』(1970年10月号 - 1971年9月号) 2482年。主人公の少年レオナはエアカーから墜落した。レオナは最新科学の治療で生き返るが、人工細胞で脳を補うという方法だったため認識障害を起こす。具体的には、有機物(生命体)が無機物(人工物)に見え、無機物(人工物)が有機物(生命体)に見えるようになるというもので、レオナには人間が奇妙な無機物の塊にしか見えなくなってしまった。そんなある日、レオナは街で美しい少女を見かける。彼にとって唯一普通の人間に見えるその少女に心ひかれ追いかけるが、彼女の正体は人間とは似ても似つかぬ旧式ロボットであった。やがて過去の記憶を辿る内に、墜落死の原因がかつてアメリカにおいてレオナがフェニックス(火の鳥)の血を入手したという過去がからんでいる事も判明した。だが、認識障害が改善されても、ロボットのチヒロを人間の女性と認識し愛する事に変わりは無く、ついにレオナはチヒロと駆け落ちしてしまう。そして再び瀕死の重傷を負ったレオナは、ある決断をする。 一方西暦3030年、旧式ながら通常のロボットとは異なる奇妙な人間味を持つロボット・ロビタが、溶鉱炉へ飛び込んで「集団自殺」するという異常事態が発生した。それはなぜなのか、そして月面の貨物施設で酷使される最後のロビタの運命は。二つの物語は、やがて意外な形で収束する。 本作では「未来編」に登場するロビタの誕生が描かれ、ラストシーンにおいて繋がるようになっている。また雑誌掲載版と単行本版では2484年から3009年、さらに3030年へと行き戻りする物語の順番が手塚により一部修正されている。 NHKのテレビアニメ版では大幅に内容を変更し、主人公の設定を変え、新キャラや新ヒロインを登場させ、さらにロビタが登場するパートを全カットして、ほぼ別物語に仕立てている。 羽衣編 初出:『COM』(1971年10月号) 10世紀、三保の松原。主人公の漁師のズクは家の前にある松の木に、薄い衣が引っかかっているのを見つける。すぐさまそれを手に入れ売ろうとするが、衣の持ち主である女性・おときが現れ、ズクは彼女を天女だと思い込む。ズクは衣を返すことを引き換えに、3年間だけ妻として一緒に暮らすことを約束させる。 本作は天の羽衣の伝説が元になっており、舞台で演じられる芝居を客席から見たような視点で描かれている。また羽衣伝説を基に描いているが、おときの正体は天女ではなく未来人であり、羽衣の正体は未来の技術で作られた謎の物体である。最後はひとり残されたズクが、この物体を数千年後の未来へと託すために地面に埋めるところで終わっている。短い作品であるが、「放射能の影響で奇形で生まれた赤ちゃんを嘆いて殺そうとする」という表現についての問題や作者の意向があり、1980年まで描き直されるまで単行本化されなかった。本来は「望郷編(COM版)」と関連する話であるが、1980年に単行本化される際、全ての文章を手塚が書き直し独立した話になっている。そのため、本来ならば最後に埋めた物体の正体がCOM版「望郷編」で語られたはずが、そのままになっている。 望郷編(COM版) 初出:『COM』(1971年12月号)・『COMコミックス』(1972年1月号) 城之内博士は人類の歴史をやり直すため、人間も植物も動物も全てクローンで賄われた「第二の地球」を創りだした。城之内博士の娘「時子」は、戦争から逃れるために4次元航空装置で「羽衣編(COM)」の時代へ逃げていた。時子の正体は実は羽衣編の「おとき」であり、本作は彼女が未来へと戻ってくるところから始まる。時子には放射能のせいで奇形で誕生した赤ちゃんがいた。しかし、時子に恋心を抱いていたジョシュアという男は城之内博士を殺し、4次元航空装置を奪い、奇形の赤ちゃんを池に投げ捨て、時子を連れ本当の地球へと旅立つ。赤ちゃんは生きており、クローン動物から「コム」と呼ばれるようになる。 本作はCOMの休刊によって、未完のまま中断される。放射能障害を描いたCOM版「羽衣編」を前提としているため、「羽衣編」改稿に伴い、構想を新たに関連のない物語として『マンガ少年』版「望郷編」が描かれ、この版は未完のままで長く単行本に収録されることがなかった。復刻版でも絵と会話の内容が一部変えられている。放射能という単語が削除され、生まれた赤ちゃんであるコムの角は一角獣のようであったが復刻版ではメロンのような触覚に替えられた。また前後を大幅にカットした短縮版が『マンガ少年』に掲載されたこともあるが、そちらの短縮版はまだ一度も単行本化・書籍収録されたことはない。 乱世編(COM版) 初出:『COM』(1973年8月号) 平安時代末期。主人公である猟師の「まきじ」は実の妹である「おぶう」と体も心も愛しあう関係であった。ある日、まきじは山で死にかけていた一匹の猿を救った。それはまきじが普段「赤坊主」と呼んでいたボス猿であった。どうやら赤坊主はハンニャとよばれる猿と争って負けボスの座を奪われたようである。まきじは瀕死の赤坊主を手当する。まきじは体の治った赤坊主と一緒に京都へ仕事に行くと、赤坊主をめぐり路上で役人と衝突。危ういところを名僧である明雲に助けられる。明雲の忠告もあり、まきじは赤坊主を山へ返そうとする。 本作は後の「乱世編」の元となる話であるが、『COM』が再び休刊したことにともない連載中断している。主人公の「まきじ」は後の「マンガ少年」版の弁太の原型であるがほっそりしている。また、まきじとおぶうは兄妹でない設定に変わった。猿と子犬のエピソードは「マンガ少年」版に流用されているが、二匹の名前が変えられており、天狗(我王)に育てられた話になっている。 望郷編(マンガ少年版) 初出:『マンガ少年』(1976年9月号 - 1978年3月号) 時代は宇宙時代。自然が失われ続ける地球に絶望した主人公ロミと恋人のジョージは、強盗で得た金で宇宙不動産会社から小さな惑星エデン17を買い、移住する。しかしそこは地震が頻発し、荒廃した惑星であった。悪徳業者に置き去りにされ、ジョージは事故で死に、ロミは残された息子と結ばれることで生命を繋ぐ決断をする。しかし近親婚の影響で女児を得ることができず、ロミは唯一の女性として、息子と結婚して子供を産んでは冷凍睡眠を繰り返す事となった。やがて小さいながらもロミと息子たちのコミュニティが築かれていくが、兄弟同士の諍いから恐るべき計画が持ち上がり、それを聞かされたロミは絶望して睡眠装置に閉じこもってしまう。彼女を憐れんだ火の鳥は、ロミの夢に呼びかけ、異星人との混血をすすめた。火の鳥の働きかけによりムーピーがエデン17へ訪れ、ムーピーとの混血の新しい種族が繁栄していく。ロミが数百年にわたる眠りから目覚めた時、エデンには心優しく素朴な人々の住む、平和な文明が育っていた。ようやく心の平安を得たロミは、エデンの女王として人々に慕われ、静かに老いていくが、次第に地球への望郷の想いを募らせ、コムという少年と共に地球を目指す旅に出る。その旅先で、ロミは宇宙パトロール隊員の牧村と出会う。しかし牧村の任務は、地球に不法入国しようとする帰還者たちを阻止すること、即ちロミたちを殺すことだった。 本作は『COM』版の「望郷編」(未完)との関連はほとんどなく、唯一、被爆した少年コムだけが、ムーピーと地球人との混血児という設定で再登場している。 手塚本人により何度も描き直されており、雑誌掲載版・朝日ソノラマ版・講談社版、角川書店版の各単行本では大きく内容が異なる。雑誌版では地球到達までのロミの顔は老婆のような状態だったが、朝日ソノラマ版では若く描き直されている。単行本ではフォックスと呼ばれるブラック・ジャックに似た男がロミを自然が残った場所へと連れて行くシーンが追加された。また雑誌版ではロミは牧村に撃ち殺されるが、単行本では若返りの副作用のため死んだことになっている。ラストシーンも牧村がロミのために星の王子さまを読むという場面が追加された。ロミとジョージの声が最後に聞こえるシーンも単行本で加筆されたもの。また角川版ではロミとジョージの出会いのシーンを冒頭に移動し、展開を早くするため宇宙船に他の宇宙人が搭乗する場面を省き、地球に向かう途中に立ち寄る星に違うものがあったりするなど内容が異なる。また、本作は火の鳥全シリーズ中で最も手塚による加筆・修正が多い編であり、雑誌掲載版、角川書店版、朝日ソノラマ版・講談社版では上記以外でも100ページ以上の変更がある。特にムーピーと人間との混血が生まれる場面はそれぞれ設定が異なる。今日では望郷編と云えば、普通はCOM版ではなくてマンガ少年版のことを指す。 乱世編 初出:『マンガ少年』(1978年4月号 - 1980年7月号) 平安時代末期の1172年。平安京の北の山村に住む木こりの弁太は、恋人おぶうと愛を育んでいた。ある日、薪と猪の皮を売りに都へ行った弁太は役人とトラブルを起こすも高価な櫛を拾い、おぶうへとプレゼントする。ところが、それは藤原成親の持ち物であった。弁太一家は成親の一味と見なされて焼討に遭い、弁太の両親は斬られ、さらにおぶうの父も殺害された。弁太は連れ去られたおぶうを追って都へと出向くが、その先で源義経の仲間にされてしまう。義経は一見したところ美貌の英雄だが、その実は平家打倒の目的のためならば非情な行いも平然とやってのける没義道な男であった。一方おぶうは平清盛の侍女となる。悪名高い清盛は、実は世間の荒波と家中の乱暴狼藉の板ばさみに苦悩する小心な老家長であった。そしてその清盛には、大陸からもたらされた火の鳥を隠し持っているという噂があった。 本作は源平の抗争に巻き込まれた二人のすれ違いの運命を追っていき、源平の抗争や源頼朝・義経兄弟の相克には、火の鳥の争奪が関わっているという筋立て。弁慶伝説を下敷きとする。「鳳凰編」の我王も義経の師匠鞍馬天狗として登場している。本作では英雄として名高い義経が非情な人間として描かれるが、その行為は文献に準ずるものもある(例えば民家への放火など)。清盛は残虐な面も描かれるが、平家一門の身内の増長に対しては逆に叱責したり、また大仏の焼き討ちなど自らのやり過ぎを後悔するなど、人間らしい面が描かれる。なお、この乱世編では手塚の実の先祖でもある手塚太郎光盛が手塚の自画像と似せて登場する。 手塚により何度も描き直されており、雑誌掲載版、角川書店版、朝日ソノラマ版・講談社版では大きく内容が異なる。特筆すべき大きな変更は犬と猿のエピソードは本編の途中(天狗が死ぬ場面)に存在したが、朝日・講談社版ではラストに移動し、犬と猿が義経と清盛の転生後という設定になっている。その中では犬と猿が人間だった頃の思い出(義経と清盛だった頃)を思い出すという内容が追加された。また角川版では犬と猿のエピソードは冒頭に移動され、物語の序章として扱われている。さらに弁太が義経を丸太で自慢の顔を潰して殺す場面は角川版では藤原泰衡軍の弓矢で死ぬ場面に変えられている。この他、細かな変更も多い。 生命編 初出:『マンガ少年』(1980年8月号 - 12月号) 2155年。主人公のテレビプロデューサー青居は、クローン人間を使った殺人番組を考案する。クローンを使えば法律の抜け穴をついて合法的な殺人が行え、それを番組にすれば視聴率が取れると考えたためである。青居はクローン技術の工場があるペルーに向かうが、なんと自分自身が大量生産されてしまう。そして日本に連れて帰られた大量の青居は、皮肉なことに自分自身が他のクローンとともに企画した殺人番組の標的にされることになった。青居は番組初回に駆り出され、大量の青居が殺される中で左腕を失いながらも追手から逃れた後、逃亡中に出会った少女と生活を始める。 単行本では手塚による修正が入っている。まずサイボーグのおばあちゃんは雑誌掲載版では本当に生きたおばあちゃんであったが、朝日・講談社版では見るからにロボットの姿へと変更された。また鳥の顔をした女性は、雑誌掲載版では本当に火の鳥の顔をしていたが、単行本版では人間と火の鳥の中間的な顔つきへと修正されている。エンディングも全く異なり、雑誌掲載版では青居はテレビ番組内で殺されるのに対して、単行本版では青居がクローン人間培養工場を爆破するエピソードが追加されている。また雑誌版では主人公の青居は最後にはっきりとクローンと断定されるのに対して、単行本ではクローンではなく失った指から本物の青居であったと思えるような描写になっている。 異形編 初出:『マンガ少年』(1981年1月号 - 4月号) 戦国の世(室町時代)。主人公の左近介は本来は女であったが、幼少の頃より父に男として暴力をもって育てられた。その左近介の父は応仁の乱の功績で名をあげた残虐非道の男であり、左近介は父を憎んでいた。ある日、左近介の父の鼻に「鼻癌」と思わしき症状が現れ苦しんでいたところ、それを治せるという尼「八百比丘尼」が現れた。左近介と父は、まるで老いた左近介のような八百比丘尼の姿に驚く。父に恨みを抱いていた左近介は、治療を阻止するために、寺を訪れ八百比丘尼を殺す。だが、殺害を終えた左近介は不思議な力に阻まれ、寺から出られなくなる。八百比丘尼の治療を求める近隣住民たち、さらには人外の異形の者たちが次々と寺を訪れ、左近介は心ならずも比丘尼の身代わりとして治療に従事する羽目になるが、そこから恐ろしい因果応報が左近介に巡ってくる。 「太陽編」では仏族の攻撃により負傷した霊界の者達を治療することができる人物がいるとして火の鳥が本作の八百比丘尼と思われる女の下へ負傷者を誘導する描写がある。火の鳥はこのシーンで八百比丘尼のことを「自分の犯した罪を贖うために無限の時間をあらゆる世界の生き物を救うことに費やしている」と説明している。 本作は八百比丘尼伝説を下敷きにしている。雑誌掲載版と単行本とでは結末に大きく加筆がされ、主要登場人物が最後に切られるという大事な場面は単行本で追加されたもの。その他にコマの入れ替えやページの組み換えなど細かな修正が多い。雑誌版と初期の単行本では、治療に訪れる異形の患者は宇宙人(火の鳥が他の星の生き物である事と、その理由を説明する)だが、後の版では前述の「太陽編」のシーンへと繋げるために、治療される対象は妖怪になり、絵も妖怪に近いデザインに改められている。 NHKアニメ版では、唯一ほぼ変更なしにアニメ化されている。 太陽編 初出:『野性時代』(1986年1月号 - 1988年2月号) 7世紀と21世紀(2009年)の2つの時代を交互に描いた物語。西暦663年、主人公の一人ハリマは百済の王族の血を引く存在であったが、白村江の戦いで敗れ、顔の皮を剥がされ、その上に狼の顔を被せられた。狼の皮はハリマの顔に張り付き、本来の皮膚と同化して取れなくなってしまった。ハリマが倒れているところを占い師のオババが助け、逃げるために将軍・阿部比羅夫と共に倭(日本)に渡る。ハリマは倭では犬上宿禰(いぬがみのすくね)と名乗り、狗(ク)族の少女マリモとの出会いを経て、やがて壬申の乱に巻き込まれてゆく。壬申の乱は世俗での権力闘争であると同時に、外来宗教である仏教と日本土着の神々との霊的な戦いでもあった。 一方、21世紀の日本は「火の鳥」を崇拝する宗教団体「光」一族に支配されていた。もう一人の主人公である坂東スグルは、幼い頃から「光」によって地下街の荒廃した環境で生活させられ、スグルはその中の反「光」団体「シャドー」に属したテロリストとして冷酷な人殺しを繰り返していたが、ある作戦に失敗したことによって「光」のメンバーに捕らえられ洗脳するための施設に入れられ、狼の頭に似た洗脳ヘルメットを被せられる生活を送ることになる、そしてかつて任務で同い年という理由から殺さなかった少女兵士・ヨドミと施設で知り合い、惹かれ合っていく。 本作はハリマがスグルになった夢を見て、スグルはハリマになった夢を見るというように交互に物語が入れ替わる。過去と未来の宗教は双方とも火の鳥自身がご神体となっている。 単行本化の際は手塚自身により未来側のストーリーが大幅に変更され、火の鳥が登場したり、猿田が罰を受ける描写などかなりのカットがなされている。雑誌掲載版では回想シーンに猿田の兄として鉄腕アトムのお茶の水博士が登場する。 また、NHKのテレビアニメ版では尺の都合で大幅カットされ未来側の物語は描かれなかった。 休憩 INTERMISSION 初出:『COM』(1971年11月号) 他の編と異なり手塚自身が登場するエッセイ風短編漫画。「なぜ火の鳥を描くのか」といったテーマになっている。 二種類が存在する。一つはCOMに掲載された『休憩 INTERMISSION 火の鳥 またはなぜ門や柿の木の記憶が宇宙エネルギーの進化と関係あるか』であり、もう一つは1978年マンガ少年11月号に再録された『休憩 INTERMISSION 火の鳥 というタイトルでなくともよいというわけ』である。 後者は前者の「再録」という形ではあるが、前者は6ページあるのに対し、後者は3ページに削られた上、文章が全て書き換えられている。なぜ後半3ページが削除されて、文章が全て書き換えられたかは不明であるが、削られた3ページには「火の鳥の正体(火の鳥とはどういった存在か)」など核心を突く内容が描かれていた。 この他、手塚以外の作家により作画された連載作品として、アニメ映画『火の鳥2772 愛のコスモゾーン』をの内容を元にコミカライズした御厨さと美による漫画(初出:『マンガ少年』(1980年2月号 - 4月号)がある。詳細については当該項目を参照。
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