破傷風とは? わかりやすく解説

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はしょう‐ふう〔ハシヤウ‐〕【破傷風】

読み方:はしょうふう

破傷風菌によって起こる重い感染症感染症予防法の5類感染症の一。傷口から侵入し、その神経毒のため、口がこわばって開きにくく、全身筋肉硬直痙攣(けいれん)が現れ呼吸困難に陥って死亡する危険がある。治療に困難を伴うので、予防接種が重要。

「破傷風」に似た言葉

破傷風

破傷風は、破傷風菌Clostridium tetani )が産生する毒素のひとつである神経毒素破傷風毒 素)により強直性痙攣ひき起こす感染症である。破傷風菌芽胞の形で土壌中に広く常在し、 創傷部位から体内侵入する侵入した芽胞感染部位発芽増殖して破傷風毒素産生す る。破傷風の特徴的な症状である強直性痙攣破傷風毒素主な原因であり、潜伏期間(3 ~21 日)の後に局所(痙笑、開口障害嚥下困難など)から始まり全身呼吸困難後弓反張など)に 移行し重篤患者では呼吸筋麻痺により窒息死することがある近年1 年間に約40 人の患 者致命率:約30%)が報告されているが、これらの患者95%以上が30 才以上の成人であった

疫 学
我が国では破傷風は1950 年には報告患者数1,915 人、死亡者数1,558 人であり、致命率が高い (81.4%)感染症であった1952 年破傷風トキソイドワクチン導入され、さらに1968 年には予防 接種法によるジフテリア百日咳・破傷風混合ワクチンDTP)の定期予防接種開始された。以 後、破傷風の患者死亡者数減少し1991 年以降報告患者数1 年間3050 人にとどま っているが、依然として致命率が高い(2050%感染症である。19992000 年報告され患 者に関して年齢分布は95.5%(150人)が30 歳上の成人であり、男女内訳男性90 人(57.3%)、 女性67 人(42.7%)であったまた、患者数1999 年には65 人、2000 年には92 人と増加傾向示し ており、今後その動向注意を払う必要がある
新生児破傷風1995 年報告最後にそれ以降報告されていない。しかし、世界新生児主要な死亡原因一つとなっている。

病原体
偏性嫌気性菌である破傷風菌好気的環境下では生育できないので、通常、熱や乾燥対 し高い抵抗性を示す芽胞形態世界中土壌広く分布している。我々の日常生活におい て芽胞との接触を完全に遮断することは不可能であり、誰にでも感染成立する可能性があると いえる
破傷風菌はその芽胞創傷部位より体内侵入し感染する。現在でも転倒などの事故土い じりによる受傷部位からの感染が多い。創傷部位適切に治療することにより、感染可能性低くなる。しかし、破傷風菌芽胞極めて些細な創傷部位からでも侵入する考えられており、 侵入部位特定されていない報告事例19992000年では23.6%)も多い。また、アメリカ合衆国 では注射による薬物依存者に破傷風患者報告され芽胞汚染され薬物、その溶解液注 射器からの感染可能性指摘されている。日本国内でも薬物乱用者増加懸念されている ことから、今後注意が必要である。
新生児破傷風は、衛生管理十分でない施設での出産の際に、破傷風菌芽胞新生児臍帯切断面汚染されることにより発症する

臨床症状
破傷風菌産生する毒素には、神経毒破傷風毒素、別名テタノスパスミン)と溶血毒テタノリジン)の2種類がある。破傷風の主症状である強直性痙攣原因は、主に神経毒である破傷風毒素によると考えられている。
患者通常3 ~21 日潜伏期経て特有の症状呈するが、その段階は次の4 期にわけられる(「改訂感染症マニュアル」、厚生省保健医療結核感染症監修、マイガイア、1999 年)。
第一期潜伏期の後、口を開けにくくなり、歯が噛み合わされた状態になるため、食物摂取が 困難となる。首筋張り寝汗歯ぎしりなどの症状もでる。
第二期次第開口障害強くなる。さらに顔面筋緊張硬直によって前額に「しわ」を生じ口唇は横に拡がって少し開きその間歯牙露出しあたかも苦笑するような痙笑(ひきつり笑 いといわれる表情呈するこのような顔貌を破傷風顔貌称する
第三期生命に最も危険な時期であり、頚部筋肉緊張によって頚部硬直をきたし、次第背筋 にも緊張強直きたして発作的に強直性痙攣がみられ、腱反射亢進バビンスキーなどの病 的反射クローヌスなどがこの時期出現する
第四期全身性の痙攣みられないが、筋の強直腱反射亢進残っている。諸症状次第軽快してゆく。 破傷風では初期第一期症状一般に開口障害)から、全身性痙攣第三期)が始まるまでの 時間をオンセットタイムといい、これが48 時間以内である場合予後不良であることが多い。 新生児破傷風潜伏期間が1~2 週間で、特徴的な症状には吸乳力の低下などがある。発症 する6090%が10 日以内死亡する19992000 年報告があった破傷風症例157例)の中で、臨床材料から分離されたのは 1 例であり、他の156 例は臨床症状から診断された。このように強直性痙攣などの破傷風特有な 症状により臨床的に診断されることが多い。破傷風治療の要である抗破傷風ヒト免疫グロブリン (TIG)療法は、発症初期実施することが望ましいので、破傷風の治療には早期診断が重要で ある。 破傷風の診断では感染部位特定することは重要であるが、必須ではなく実際に感染部位特定されていない場合少なくない19992000 年では26%)。そこで、外傷有無関わら ず開口障害嚥下困難などが認められ場合には破傷風を疑う必要があるまた、TIG 投与前の患者血清中の破傷風抗体価測定し免疫状態を推測することができる。 それが発症防御レベル(0.01 単位/ml )以上であるなら、破傷風でない可能性がある。しかし、こ こで注意する必要があるのは、TIG の投与有無抗体測定方法である。TIG 投与後では、そ れにより受動的に導入され抗体過去接種されたワクチンにより誘導され抗体区別する ことはできないまた、測定方法中和試験ではなくELISA 法凝集法であるなら、必ずしも正 確に中和抗体価をあらわしていない可能性がある。さらに、(ELISA 法測定して発症防御レベ ル上の抗体価保有しながらも実際に発症した例もある。

病原診断

偏性嫌気性菌である破傷風菌栄養型は、検査時に好気環境暴露する容易に死滅する ので、継代などの作業速やかに行う必要がある一方破傷風菌形成する芽胞薬剤 や熱などに対して極めて高い抵抗性を持つことから、検査施設内の汚染防止十分な努力が必 要である。破傷風の検査従事者自分血中破傷風抗体価測定し、0.01 単位/ml 未満場合 には、ワクチン接種により免疫獲得しておくことが望ましい。 臨床症状強直性痙攣)から診断されることが多く検査時にはすでに抗菌薬投与後で検出困難な場合が多いことから、検体患者臨床材料など)から分離試み機会少ない。しかし、分離、さらにその菌株からの毒素検出が行われれば診断がより確実(病原体診断)になるために、細菌学検査として行うことが望ましい。 分離(図1)に用いられる検体には、感染局所清拭切除による組織片を含む組織洗浄 液や膿汁などがある。検査時には必要に応じて乳鉢などで粉砕し使用する

破傷風

分離方法は、2 本の培地脱気済みクックドミート培地チオグリコール酸培地など)に 検体接種した後、1 本のみを加熱80 ℃、5~20 分間)し、他の1 本(芽胞形成しにくい菌株存在するため)とともに培養37℃、2~4 日間)する。破傷風菌確認され少量の増培地分離 培地GAM 平板寒天培地血液寒天培地等)の辺縁近く接種し37℃24 時間嫌気ジャー内 で嫌気培養する多く破傷風菌遊走性があるために、接種部位から離れた所まで到達する。 その到達部位先端では純培養に近い状態で分離することができる。しかし、遊走性の低い破傷風菌もあるので注意が必要である。なお、増培地加熱100 5分間)後氷水中で急 冷し脱気した後に使用するグラム染色後の顕微鏡観察では芽胞染色されないが、菌体だけが染色されるために、太鼓バチ状の桿菌として確認できる培養初期では通常グラム陽性であるが、長期間培養する陰 性化する傾向がある。 その後分離菌株から破傷風毒素検出する必要があり、分離菌株培養した培地用い て破傷風毒素検出試験実施する(図2)。

分離菌株培養(4~6日間)した増培地濾過滅菌 (0.22 μm)し、その濾液0.2~0.4ml/匹)をマウス(a)大腿部皮下注射するまた、別のマウス (b)には、予め約100 単位の破傷風抗体(0.5ml)を静脈内投与する。破傷風抗体通常1 単位抗 体量は1,00010,000 マウス致死量毒素中和する投与30 分後に、さらにマウス(a)接種した濾液同じく接種する。これらのマウス4 日毎日観察する接種濾液中に破傷風毒素存 在する場合は、マウス(a)破傷風毒素特有の体躯硬直屈曲また下肢の強直性痙攣(図2. マウス写真)などを起こし濾液含まれる破傷風毒素量が多ければマウス死亡するマウス(b)は破傷風抗体により破傷風毒素中和されるために発症せず、生存する(図2. 結果例‐1)。しかし、マウス(a )と(b )がともに発症しない場合接種濾液中に破傷風毒素含めマウスに対して致死活性を示す物質存在しない考えられる(図2. 結果例‐ 2)。また、マウス(a)と(b)がともに発症した場合接種濾液中に極めて多量破傷風毒素存在するか、もしくはマウスに対して致死活性を示す破傷風毒素以外の物質存在する可能性がある(図2. 結果例‐3)。

破傷風
破傷風
破傷風

治療・予防
治療として、TIG の投与や、さらに感染部位充分な洗浄デブリードマン行い抗菌薬投与する対症療法として、抗痙攣剤の投与呼吸血圧管理も重要である。
破傷風毒素対す特異的治療薬であるTIG は、組織結合していない血中遊離毒素特異的に中和することができるが、既に組織結合した毒素中和することができない考えられている。従って、その投与可能な限り早期実施することが望ましい。TIG 療法としては、外傷患者では1,500~3,000単位1 回投与する熱傷患者では熱傷部位から免疫グロブリンを含む体液漏出するために、投与量増量する(「予防接種の手引き」、木村三生夫近代出版2000年)。
破傷風はヒトからヒト伝播することはないが、呼吸血圧管理可能な集中治療室などで実施することが望ましい。また、回復した患者でも十分な免疫誘導されないので、ワクチン接種をして免疫獲得することが望ましい。
現行の予防接種法」では、若齢者を対象定期予防接種として、DTP生後3カ月以上90カ月未満に4回)と沈降ジフテリア・破傷風混合トキソイドDT)(11歳以上13 歳未満1回)の接種推 奨されている。定期予防接種非対象者に対しては、沈降破傷風トキソイド用いた初回接種(4~8週間隔で2回)と追加接種初期接種後6~18カ月1回接種)がすすめられる多く場合こ れらのワクチン接種により、発症防御抗体レベル(0.01単位/ml)を超える抗体価獲得することが 可能である。さらに10年毎に追加接種行えば防御抗体レベル上の血中抗体価維持する ことができると考えられている。しかし、定期予防接種対象者である若齢者ではワクチンの接 種率は70%を上回る反面成人はじめとする非対象者では、事故など特別な理由なけれ ば破傷風トキソイドワクチン接種する機会殆どないので、成人多く十分な破傷風抗体保有していない状況である。近年の破傷風患者高齢化に伴い今後成人への破傷風トキソイドワクチン接種必要性に関する啓発望まれる
また、事故など発症おそれがある患者予防処置としては、予防接種に応じて沈降破 傷風トキソイド接種が行われる。定期予防接種が完全に行われてから10 年以内であるなら、患 者血中抗体価発症防御抗体レベル上回っていると考えられるが、それ以外場合では沈 降破傷風トキソイド接種実施し、さらに、創傷程度によりTIG 250 単位投与考慮する日本国内では1995年最後にそれ以降新生児破傷風報告はないが、致命率極めて高く 治療困難な疾患である。これには清潔な出産管理基本であるが、加えて母親免疫高めておく方法がある。

感染症法における取り扱い2003年11月施行感染症法改正に伴い更新
破傷風は5類感染症全数把握疾患定められており、診断した医師7日以内最寄り保健所届け出る報告のための基準以下の通りとなっている。
診断した医師の判断により、外傷既往臨床症状などから、破傷風が疑われる場合
なお、感染部位外傷部位)からの破傷風菌分離同定、及び分離からの破傷風毒素検出がなされれば病原体診断である旨を報告する


国立感染症研究所細菌第二部 福田 靖 岩城正昭 高橋元秀)


破傷風

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/20 05:50 UTC 版)

破傷風
破傷風菌の光学顕微鏡写真
概要
分類および外部参照情報
ICD-10 A33-A35
ICD-9-CM 037, 771.3
DiseasesDB 2829
MedlinePlus 000615
eMedicine emerg/574
MeSH D013742

破傷風(はしょうふう、tetanus)は、破傷風菌を病原体とする人獣共通感染症の一つ。病原菌が産生する神経毒による急性中毒である[1]

概要

破傷風は、破傷風菌と呼ばれる細菌が作る毒素で発症する感染症、病気。破傷風菌は、酸素があると増えることのできない嫌気性菌であるため、芽胞という固い殻に包まれた状態で、土などの空気に触れない環境に存在している。そのため、傷がありながら土に触れると、破傷風菌芽胞が傷口に入り込み、体内という嫌気状態で菌が増殖し、毒素を出す。破傷風菌による毒素は、神経を抑制する機能の神経に作用し、神経を「過活動の状態」にする。これが原因で、人体に筋肉のけいれんや、こわばりがおこる[2]

疫学

集団感染によるアウトブレイクは起きない[3]。日本では感染症法施行規則で5類感染症全数把握疾患に定められており、診断した医師は7日以内に最寄りの保健所に届け出る。年間100件を超える届出がある[4]

世界的には、先進諸国での発症症例数の報告は少ない。これは、三種混合ワクチンの普及による所が大きい。発展途上国では正確な統計ではないが、数十万〜100万程度の死亡数が推定されており、その大多数が乳幼児である。特に、新生児へその緒臍帯)の不衛生な切断による新生児破傷風が大多数を占める。

また動物においては家畜伝染病予防法上の届出伝染病であり、対象動物は水牛鹿である(家畜伝染病予防法施行規則2条)。哺乳類に対する感度が強いが、鳥類は強い抵抗性を持つ。日本では年間、牛で約90件、馬で数件の届出がある[5]

原因病原体

土壌中に生息する嫌気性生物である破傷風菌 (Clostridium Tetani) が、傷口から体内に侵入することで感染を起こす。破傷風菌は、芽胞として自然界の土壌中に世界に広く常在している。多くは自分で気づかない程度の小さな切り傷から感染している(1999-2000年では23.6%)[6]

芽胞は土中で数年間生存する。ワクチンによる抗体レベルが十分でない限り、誰もが感染し発症する。芽胞は創傷部位で発芽し、増殖する。新生児の破傷風は、衛生管理が不十分な施設での出産の際に、新生児の臍帯の切断面を汚染して発症する。ヒトからヒトへは感染しないが、呼吸や血圧の管理が可能な集中治療室などで実施することが望ましい[7]

症状

破傷風菌は毒素として、神経毒であるテタノスパスミン溶血毒であるテタノリジンを産生する[3]。テタノスパスミンは、脊髄の運動抑制ニューロン(γ-ニューロン)に作用し、重症の場合は全身の強直性痙攣を引き起こし、舌を噛んで出血したり、背骨を骨折することもある。この作用機序と毒素(および抗毒素)は1889〜1890年(明治22〜23年)、北里柴三郎により世界で初めて発見される。

破傷風による筋肉の発作(後弓反張英語版)で苦しむ人の絵(1809年チャールズ・ベル作)。最悪の場合背骨が折れることもある。

神経毒による症状が激烈である割に作用範囲が筋肉に留まるため、意識混濁はなく鮮明である場合が多い。このため患者は、絶命に至るまで症状に苦しめられ、古来より恐れられる要因となっている。

破傷風の病期と症状
病期 状態の解説・症状 一般的な期間
第一期(潜伏期) 身体、受傷部の違和感、頸部や顎の疲労感、寝汗、歯ぎしり 1〜7日間
第二期(痙攣発作前期) 「破傷風顔貌」と呼ばれる状態で次第に開口障害が強くなる。語・嚥下障害、咬筋・頸部筋などの圧痛、四肢硬直 数時間〜1週間
第三期(全身痙攣持続期) 生命に最も危険な時期。バビンスキー反射後弓反張英語版クローヌス亢進、呼吸困難 2〜3週間
第四期(回復期) 各種の症状が緩和し全身性の痙攣はみられないが、筋の強直、腱反射亢進は残る。 2〜3週間

※破傷風病期と症状の表は「外傷歴のない破傷風の1例」[8]と国立感染症研究所資料[6]より引用し改変。

予後

破傷風の死亡率は50%である。成人でも15〜60%、新生児に至っては80〜90%と高率である。新生児破傷風は生存しても難聴をきたすことがある。

治療体制が整っていない地域や戦場では、さらに高い致死率を示す。

治療

破傷風発症による発作(痙攣)は光や音に反応して起き、少しの刺激で痙攣が誘発されるので、刺激を避ける目的で部屋に暗幕を垂らしてできるだけ部屋を暗くしたり、音を遮断した静かな部屋で治療する。

外傷
外傷が認められる場合は外傷に対する治療を行う。
対病原体
破傷風菌に対しては、抗菌薬メトロニダゾールペニシリンテトラサイクリンの投与が行われる。体内の毒素に対しては、抗生物質は効かない。毒素の中和[要曖昧さ回避]には抗破傷風免疫グロブリンを用いる[8][9]。破傷風は治癒しても免疫が形成されないので、回復後に破傷風ワクチンの接種を一通り受けることが求められる[1]
免疫療法
病原体と毒素に対する治療と並行し、免疫療法が行われる。
  • 能動免疫
    • 破傷風毒素と抗原性を同じくする沈降破傷風トキソイドの注射による投与を実施し抗体(抗毒素)を産生させる。
  • 受動免疫
    • 毒素に対する抗体(抗毒素)を投与し発症の予防や症状の軽減を図る。

治療の歴史

破傷風は、外傷から筋肉痙攣を起こし、死亡する病気として古代から知られていた[10]古代ギリシャの医師ヒポクラテスが記録に残している[11]

1884年に、ドイツ帝国アルトゥール・ニコライアーが土壌中に桿状の菌(破傷風菌)を発見し、その毒素を確認したが、純粋培養はできなかった。1884年にトリノ大学の病理学者、 カルレ(Antonio Carle)とラットーネ(Giorgio Luigi Rattone)が動物実験で、破傷風の伝染性を証明した[12]

1891年に、北里柴三郎が破傷風菌の純粋培養に成功し、動物実験で菌による発症を確認し、抗体が作られることを確認した[13]。1897年にフランスの獣医師ノカール(Edmond Nocard)は、抗毒素によって人間に免疫が作られることを示した。1924年にPierre Descombeyによって、抗毒素ワクチンが開発され、第二次世界大戦の戦傷者の予防・治療に用いられた[12]

予防

ジフテリア・破傷風混合ワクチン (DTワクチン)

予防接種のみによって免疫を獲得出来るが、獲得した免疫は10年程度で減弱し、感染予防に必要な血中抗体価0.01 IU/mLを下回るため、10年ごとの追加接種が必要である[14][15]

破傷風菌の芽胞は、そこら中に存在しているが、健康状態で芽胞に接しても、免疫は得られない。これは、芽胞が発芽して生成された毒素が破傷風の原因であり、芽胞そのものは免疫反応の対象とならないためである。つまり、抗毒素(破傷風菌の毒素に対する抗体)を作る能力を人体に備えさせるもので、解毒殺菌とは異なる作用に基づく。

日本では、破傷風ワクチンを加えた三種混合ワクチン予防接種が全国化された1968年以前に産まれた世代は、発症リスクが高い。土に触れる作業従事者や災害後には特に注意が必要で、被災地の災害ボランティアに参加する際には、受け入れ機関で予防接種歴があるかを確認される[16]ボランティアはもちろんだが、より高度な救助行動を行う自衛官には、破傷風ワクチン接種が義務付けられている[17]

予防接種

不活化ワクチン(沈降破傷風トキソイド)によって行われ、沈降破傷風トキソイドのみの製剤の他、日本では小児定期接種の四種混合ワクチン (DPT-IPV)、三種混合ワクチン (DPT)、二種混合ワクチン (DT) に含まれている(D:ジフテリア、P:百日咳、T:破傷風、IPV:不活化ポリオワクチン)。日本には破傷風ワクチンの製造企業は5社あり、用法・効果は同一である。

各ワクチンの破傷風抗原量
ワクチン量 (mL) 抗原量 (Lf) 国際単位 参考ジフテリア抗原量 (Lf)
トキソイド(KMバイオ 0.5 10以下 0
トキソイド(生研北里第一三共タケダビケン 0.5 5以下 20以上 0
DPT-IPV 0.5 2.5以下 13.5以上(力価) 15以下
DPT 0.5 2.5以下 or 約2.5 9以上 15以下 or 約15
DT(KMバイオ) 0.1 2以下 約5
DT(生研、北里第一三共、タケダ、ビケン) 0.1 1以下 or 約1 4以上 5以下 or 約5

ただし、小児定期接種で1968年以前は破傷風を含まないDPワクチンが主に使用され、また1975年〜1981年には副作用によりDPTワクチン接種が中断された。このため、その両時期いずれかの接種対象者は、破傷風の予防接種を全く受けていない可能性があるため、母子健康手帳を確認すること。

渡航ワクチン

破傷風ワクチンは、世界中どの地域でも1ヶ月以上の滞在には接種推奨のワクチンである[18]検疫所に届けられた予防接種実施機関[19]やトラベルクリニックで、海外渡航者向けの有償予防接種を行っている。

予防接種は標準で3回の接種(筋肉注射)を要する。すなわち、1回目の接種から1ヶ月後に2回目、1年後に3回目の接種を行う。これは、(有効)免疫と免疫記憶という抗毒素の作用機構に基づくものである。ここで3回目の接種を行うと、基礎免疫が備わり4年から10年ほど免疫が得られる。

推奨される投与スケジュール

  • 40歳以上:トキソイド 0.5 mLを初回、3〜8週後、6ヶ月以上後の計3回接種。2回目以降は強い局所反応が出ることがある。あまりに副作用が強い場合は以前、接種したことがなかったかどうかもう一度確認する必要がある。2回目に強い局所反応があったら3回目は中止。
  • 30歳代:DT 0.2 mL
  • 20歳代:DT 0.1 mL または DPT 0.2 mL

外傷後ワクチン

動物咬傷、古いを踏んで足に刺さった等の外傷後に対して、予防接種される。

トキソイド 0.5 mLを受傷直後1回、1ヶ月後に1回の計2回接種が推奨され、小中学生の高度汚染創には、トキソイド 0.5 mL を受傷直後1回のみ接種するが、接種局所の強い腫脹・疼痛の出現が予想されるため、注意が必要である。外傷後感染予防に診療報酬が適応されるのは、単価破傷風ワクチンのみで、トキソイド以外を接種することは出来ない[20]

動物の破傷風

破傷風は、ヒト以外にも感染する。馬で最も感受性が高く、鳥類は抵抗性が強い。有名なところでは、1951年昭和26年)に競走馬トキノミノルが無傷の10連勝で東京優駿(日本ダービー)を制したわずか17日後、破傷風による敗血症により急死したケースがある。無敗の牡馬クラシック二冠馬が菊花賞開催前に疫病で死亡というのは競馬サークルのみならず世間にも衝撃を与えた。当時はヒト用の不活化ワクチンさえ日本には存在しない時代であり、現在使用されているウマ用の破傷風ワクチンも、当時は存在していなかった。なお、トキノミノルの病状は精細に記録され、後の破傷風研究に役立てられた。

関連法規

破傷風と文学作品

日本映画震える舌』(1980年)で、破傷風の凄惨な闘病が描かれている。森鷗外の短編小説『カズイスチカ』(初出「三田文学」1911年)にも破傷風の患者が登場し、その激しい症状が描写されている。

出典

脚注

  1. ^ a b 破傷風 MSDマニュアル プロフェッショナル版
  2. ^ 破傷風とは”. www.niid.go.jp. 2024年4月16日閲覧。
  3. ^ a b 松田守弘、破傷風毒素 日本細菌学雑誌 1979年 34巻 4号 p.631-665, doi:10.3412/jsb.34.631
  4. ^ 年齢別破傷風患者報告数、1999〜2008(平成11〜20)年 - 国立感染症研究所感染症情報センター
  5. ^ 監視伝染病発生状況の累年比較(昭和12年〜平成25年) - 農林水産省消費・安全局動物衛生課
  6. ^ a b 破傷風とは
  7. ^ 感染症の話(破傷風)2002年第15週号 - 国立感染症研究所 感染症情報センター
  8. ^ a b 岩井俊憲、青木伸二郎、岡本喜之 ほか、外傷歴のない破傷風の1例 日本口腔外科学会雑誌 2005 年 51 巻 3 号 p.128-131, doi:10.5794/jjoms.51.128
  9. ^ 岡本充浩、谷尾和彦、酒井博淳 ほか、外傷歴の不明な破傷風の2例 日本口腔外科学会雑誌 2009年 55巻 10号 p.495-499, doi:10.5794/jjoms.55.495
  10. ^ Pearce JM (1996). “Notes on tetanus (lockjaw)”. Journal of Neurology, Neurosurgery, and Psychiatry 60 (3): 332. doi:10.1136/jnnp.60.3.332. PMC 1073859. PMID 8609513. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1073859/. 
  11. ^ 横浜市衛生研究所/破傷風について(2018年8月6日閲覧)。
  12. ^ a b "Tetanus" (PDF). CDC Pink Book.
  13. ^ テルモ「医療の挑戦者たち 31」(監修:北里英郎 先生 北里大学医療衛生学部微生物学研究室 教授)。
  14. ^ 高橋元秀 (2009年3月). “成人への破傷風トキソイド接種”. IASR 2009; Vol.30: 71-2. 国立感染症研究所. 2019年8月15日閲覧。
  15. ^ 伊原史英、大塚雄一郎、【原著】明らかな外傷を認めなかった破傷風の2例 日本耳鼻咽喉科学会会報 2014年 117巻 1号 p.41-45, doi:10.3950/jibiinkoka.117.41
  16. ^ 「破傷風、50歳以上は無防備/災害時はリスク高く注意を『産経新聞』朝刊2018年8月3日(生活面)2018年8月6日閲覧。
  17. ^ http://www.clearing.mod.go.jp/kunrei_data/f_fd/1995/fy19950529_00092_006.pdf
  18. ^ FORTH|海外渡航のためのワクチン - (厚生労働省検疫所)
  19. ^ FORTH|予防接種実施機関 - (厚生労働省検疫所)
  20. ^ 難しいワクチンの代表‐破傷風ワクチン‐ - 菊池中央病院

関連項目

外部リンク


「破傷風」の例文・使い方・用例・文例

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