ネオスポラ症とは? わかりやすく解説

ネオスポラ症

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/23 06:03 UTC 版)

ネオスポラ症(ネオスポラしょう)はネオスポラ属Neospora)の原虫を病原体とする感染症の総称である。イヌでは脳脊髄炎ウシでは流産が問題となっている。日本ではウシとスイギュウのネオスポラ症が家畜伝染病予防法における届出伝染病[1][2][3][4][5][6]となっている。これまでヒトで発症した例は知られていない[7]

病原体

ネオスポラアピコンプレックス門に属する[8]単細胞真核生物である。トキソプラズマと近縁であり、形態や生活環[9]もよく似ている。2種が知られているが、N. hughesiについては不明な点が多く、以下、特記なき場合はN. caninumの知見である。

ネオスポラはイヌ属終宿主としており[10]、この点はネコ科動物を終宿主とするトキソプラズマと明瞭に異なる。終宿主の便とともに排出されたオーシストが成熟し、中間宿主はそれを経口摂取することで感染が成立する。急性期にはタキゾイトとして細胞内で分裂を繰り返しながら全身へ拡がるが[11]、宿主の免疫応答に曝されると筋肉シストを作り終生慢性感染を続ける。

このシストを終宿主が経口摂取することで生活環が完結するが、別の中間宿主が経口摂取した場合も同じサイクルをくり返し、また終宿主・中間宿主を問わず経胎盤感染により母から仔へ伝播することもできる[12]

動物別の症状

イヌ

先天感染の仔犬では上行性麻痺がよく見られる。後肢が伸び切って、筋の萎縮、拘縮、線維化などが見られる。成犬になってから症状が出ることもあり、多発性筋炎が多い。症状が出ている場合、治療しなければ死に至るが、治療した場合でも予後が悪い[13]

イヌの場合、主要な感染経路は食餌中のシストと考えられている[14]

ウシ

先天性感染[15]の場合、流産が主な症状であり[16]、そのほか死産やミイラ胎仔の娩出といった症状が出る。正常に娩出された場合[17]には不顕性のまま慢性感染に移行する場合が多いが、一部は起立困難[18]や成長不良といった症状を示す。ウシの場合、主要な感染経路は経胎盤感染とオーシストの経口摂取と考えられる。経胎盤感染の効率は非常に高く、初感染に限らず慢性感染の再燃でも経胎盤感染が起こる[14]

ウマ

N. hughesiがウマに脳脊髄炎を起こす場合があることが知られている[19][20]。2種のネオスポラは抗体交差反応するため、N. caninumがウマに感染するかどうかの知見はない。東欧から中近東にかけてウマの10–20%が抗体陽性であると知られているが、発症した例はアメリカ合衆国に限られている[14]

診断

確定診断は脳脊髄液や組織中の原虫を示すことによるが、感染が立証された動物であっても病理切片中に原虫が見付からない場合が珍しくない。症状と血清検査[21]を合わせて推定診断とする場合が多い。トキソプラズマとの鑑別は、電子顕微鏡観察、免疫組織化学PCRなどによって行う[13]

治療

イヌの場合、トリメトプリムスルファジアジンと、ピリメタミンまたはクリンダマイシンを組み合わせて投薬する例がある[13]

予防

ワクチンは実用化されていない。

出典

  1. ^ 日本獣医内科学アカデミー 2011, p. 219
  2. ^ 扇元 et al. 2014, pp. 401, 542, 581, 593.
  3. ^ 日本家畜衛生学会 2014, pp. 293, 450, 593, 「第5章 感染症とその予防 §5.1.3.2. 国内防疫 §家畜伝染病予防法」p.293。平山紀夫「第8章 家畜衛生に関する法的規制 §8.2. 家畜伝染病予防法」p.450。.
  4. ^ 明石 et al. 2019, pp. 62, 67, 68, V 関連法規の概要 1 家畜伝染病予防法(要約)。§5)罰則。同2 飼養衛生管理基準の改正。§1)疫学調査報告書等を踏まえた飼養衛生管理基準の改正。§2)行政評価を踏まえた家畜伝染病予防施行規則 別記様式の改正.
  5. ^ 村上 & 彦野 2020, pp. 1, 137.
  6. ^ 入江 2022, p. 408.
  7. ^ 梅村孝司『牛ネオスポラ症の感染様式とヒトへの伝播の可能性の検討/ 研究代表者 梅村 孝司』北海道大学〈科学研究費補助金(基盤研究(B) (2))研究成果報告書, 平成12-14年度〉、2003年3月。 NCID BA64361680国立国会図書館書誌ID: 000007085308 
  8. ^ 横山 2007.
  9. ^ 梅村孝司『Neospora caninum の生活環解明と診断・予防・治療法の確立』北海道大学〈科学研究費補助金(基盤研究(A) (1))研究成果報告書, 平成9年度〉、1998年3月。 NCID BB00205252国立国会図書館書誌ID: 000007005236 
  10. ^ 山形静夫「日本で初めて発見されたイヌのネオスポラ症」『小動物用人工心肺装置の開発と臨床応用に関する研究』(博士(獣医学)論文)麻布大学、1997年。doi:10.11501/3135774。報告番号:乙第363号、国立国会図書館書誌ID: 000000320965 
  11. ^ 横山 2007, p. 37, 組織内に寄生する原虫類 §3.2 ネオスポラ症.
  12. ^ Goodswen et al. (2013). “A review of the infection, genetics, and evolution of Neospora caninum”. Infect. Genet. Evol. 13: 133-150. doi:10.1016/j.meegid.2012.08.012. 
  13. ^ a b c Lyon et al. (2010). “Update on the Diagnosis and Management of Neospora caninum Infections in Dogs”. Top. Companion Anim. Med. 25 (3): 170-175. doi:10.1053/j.tcam.2010.07.005. 
  14. ^ a b c Dubey & Schares (2011). “Neosporosis in animals--the last five years”. Vet. Parasitol. 180 (1-2): 90-108. doi:10.1016/j.vetpar.2011.05.031. 
  15. ^ 日本家畜衛生学会 2014, pp. 314, 316.
  16. ^ 奥田 1998, 「第I章 感染による奇形子牛の病理学的輪郭」p.3-、「第II章 ネオスポラ感染に起因する乳用牛流産胎子の病理学的検討」p.6-.
  17. ^ 農林水産省 2012, kensaku_53.xls: 出生子牛に認められたネオスポラ症の病態.
  18. ^ 農林水産省 2012, yoroku_53.pdf: 非化膿性心筋炎及び非化膿性骨格筋炎。母牛のネオスポラ抗体陽性かつ胎子脳の壊死巣にネオスポラ陽性抗原(中略)スルファメトキサゾール/トリメトプリムに耐性。(後略).
  19. ^ 日本家畜衛生学会 2014, p. 354
  20. ^ 日本家畜衛生学会 2014, p. 53, 野上貞雄「第5章 感染症とその予防 §5.5.3. 馬の原虫病・寄生虫病(表5-13)
  21. ^ 奥田 1998, 「第I章 感染による奇形子牛の病理学的輪郭」、「第II章 ネオスポラ感染に起因する乳用牛流産胎子の病理学的検討」p.3-、「第IV章 牛ネオスポラ症の血清疫学的研究と発生状況」p.26-、「第V章 1983-85年の日本における牛のNeospora caninum 抗体保有状況とネオスポラ症」p.86-.

参考文献

主な執筆者、編者の順。

  • 明石博臣、内田郁夫、大橋和彦 ほか 編『動物の感染症』(第4版)近代出版、2019年3月。 ISBN 978-4-87402-250-4 
    • 「VII 動物の感染症と微生物に関する主な事跡 (原虫病)80. 牛のネオスポラ症(届出)」p.136
    • 「犬・猫(原虫病)49. 犬のネオスポラ症」p.249
    • 「牛のネオスポラ症」p.136
    • 「〈各論〉疾病別 主な症状一覧」p.280
  • 入江正和 編著『畜産学』養賢堂、2022年3月。 ISBN 978-4-8425-0583-1 
  • 扇元敬司、韮澤圭二郎、桑原正貴 ほか 編『最新畜産ハンドブック』講談社、2014年7月。 ISBN 978-4-06-153739-2 
    • 「8.7.6 ネオスポラ症」p.462
    • 「ネオスポラ症」p.64, 462
  • 奥田宏健『ウシのネオスポラ感染症の病理学的ならびに血清疫学的研究』(博士(獣医学)論文)酪農学園大学、1998年3月25日。報告番号:乙第50号、NDLJP:3136843 
  • 消費・安全局動物衛生課 編『全国家畜保健衛生業績抄録』 平成23年度(53)、農林水産省〈家畜衛生の進歩 45〉、2012年4月。NDLJP:10403507 
  • 日本家畜衛生学会 編『最新家畜衛生ハンドブック』押田敏雄、平山紀夫、福安嗣昭 監修、養賢堂、2014年10月。 ISBN 978-4-8425-0530-5 
  • 日本獣医内科学アカデミー 編『獣医内科学』 大動物編、馬場栄一郎、田島誉士 監修(改訂版)、文永堂出版、2011年3月。 ISBN 978-4-8300-3232-5 
    • 「§ – のネオスポラ症」p.227
    • 田島誉士 編「第15章 新生子の疾患と管理 § –2013; のネオスポラ症」p.283
  • 播谷亮 著「46. 犬・猫のネオスポラ症」、清水悠紀臣 編『動物の感染症』近代出版、2002年3月、344頁。 ISBN 4-87402-074-7 
  • 村上賢二、彦野弘一 編『家畜伝染病ハンドブック』朝倉書店、2020年11月。 ISBN 978-4-254-46038-4 
    • 木村久美子「2-21 ネオスポラ症」p. 181
  • 横山直明 著「Ⅱ原虫類 1. 原虫類概説 §1.1 分類と形態 §§1.1.2 アピコンプレックス類」、今井壯一、板垣匡、藤崎幸藏 編『最新・家畜寄生虫病学』板垣博、大石勇 監修、朝倉書店、2007年9月、37頁。 ISBN 978-4-254-46027-8 
  • 『家畜衛生基礎資料集』、農林水産省消費・安全局、2013年、国立国会図書館サーチR100000002-I026448050-i27525603 
    • 「第II部 参考統計 §R.1 家畜の伝染病発生累年比較」p.131
    • 「第I部 2 伝染性疾病発生」p.30
    • 「第II部 2.14 Neosporosis of cattle」
    • 「第II部 2.14 ネオスポラ症」
    • 「第I部 3 防疫」p.46
    • 「2 MORBIDITY OF NOTIFABLE INFECTIOUS DISEASES §2.14 Neosporosis of cattle」p.30

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