民主主義 歴史

民主主義

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/30 05:29 UTC 版)

歴史

古代より多くの時代や地域あるいは共同体で、多様な合議制や、ルールに基づいた合意形成意思決定が存在したが、一般的には民主主義(デモクラシー、民主政、民主制)の起源は古代ギリシャおよび古代ローマとされ、また近代的な意味での民主主義は17世紀以降の啓蒙思想自由主義、それらの影響を受けたフランス革命アメリカ独立革命などを経て形成され、20世紀に多くの諸国や地域に拡大した。

古代ギリシア

アテナイ民主主義の父」と呼ばれるクレイステネスの像(オハイオ州議事堂)

古代ギリシアアテナイでは、民会による直接民主主義が行われた。民会の参加はアテナイ市民権を持つ全成人男性で、奴隷・女性・移住者は対象外であり、議論の後に多数決で決定された。

アテナイでは王制から貴族制に移行後は、貴族のアレオパゴス会議(元老院)による支配が行われ、民会の権限は限定的であった。紀元前7世紀にドラコンが従来の不文法を成文化し、貴族による法知識の独占が崩された。紀元前6世紀、ソロンは市民の奴隷への転落を禁止し、全ての市民が民会に参加することを認める法律を制定した(ソロンの改革)ため、市民と奴隷が明確に二分され、以後は市民間における自由と平等が保証された[15]。続いて紀元前5世紀、クレイステネス僭主ヒッピアスを追放し、従来の血縁による部族制から居住区(デーモス、デモクラシーの語源となった)制への移行、五百人評議会の設置、陶片追放の創設など、民主制の基礎を確立した。更に紀元前462年、ペリクレス等がアレオパゴス会議の権限を剥奪した。

しかしペルシア戦争後、ソフィスト等の批判で市民裁判によりソクラテスが処刑されると、弟子のプラトンは民主主義は衆愚政治に陥る危険があると考え哲人政治を主張した。またアリストテレスは六政体論を主張し、ポリテイア(国制)では「等しいものを等しく扱う」事が正義の本質とし、市民間の平等と相互支配(政治的支配)を重視したが、主人の奴隷に対する支配(主人的支配)や親の子に対する支配(王政的支配)は擁護した[16]。これに対して後のストア派自然法による奴隷を含めた全ての人間の平等を説いた[16]

アテナイを含む古代ギリシア衰退後は、民主主義(大衆支配)は合理的な統治形態ではないと考える時代が長く続いた。

古代ローマ

レッジョ・エミリアにあるSPQRの紋章。共和制ローマの主権者である「元老院とローマの人民(市民)」を表す。

古代ローマでは、古代ギリシアで使われたデモクラシーという言葉は衆愚政治を意味すると考え使用しなかったが、共和制移行後は貴族中心の元老院と平民の民会が意思決定機関となり、ローマ法が整備され、王政復活や独裁を防止するために執政官などの政務官は任期等が制限された。いわゆる帝政ローマへの移行後も、名目上は共和制で、ローマ皇帝元首プリンケプス)であった。

紀元前509年、古代ローマは王を追放し共和政ローマとなったが、貴族と平民の身分闘争が続き、紀元前494年 平民を保護する護民官が創設されて拒否権が与えられ、紀元前287年 ホルテンシウス法で民会が独自の立法機関となったが、グラックス兄弟などの改革は失敗した。またローマ市民権は被征服民族などに拡大され、212年のアントニヌス勅令で帝国内の全自由民(成人男性)に拡大された。

キケロは元老院(統治機関)、執政官(元首)、民会(議会)を権力分立と考えた。近代以降、元老院は上院、民会は下院プリンケプス元首となり、ローマ法はヨーロッパ法(普通法、ユス・コムーネ)に影響を与えた。

中世

中世ではローマ教会など宗教的権威や王権神授説など絶対王政が支配的となったが、ヨーロッパでは都市国家古代ローマの影響、各地の商業都市発達などもあり、多様な場所や形態で選挙君主制議会、自治など民主的な概念や制度も存在した。古代からのものも含め、主な例には以下がある。

近代国家の成立と啓蒙思想

1215年に作られた、マグナ・カルタの認証付写本

13世紀、イングランド王国マグナ・カルタにより王権の制限が定められた。16世紀以降、ジャック=ベニーニュ・ボシュエロバート・フィルマー王権神授説を唱えて政治権力の教会権力からの独立を宣言し、ジャン・ボダンが「国家主権論」を唱え、1648年 ヴェストファーレン条約により中世とは異なる近代的な主権国家が成立した[17]

17世紀以降、啓蒙思想による自由主義が主張され、ヴォルテールは自由主義や人間の平等を主張した。17世紀、清教徒革命でリヴェラベーズ(平等派)が社会契約や普通選挙を要求した。また人民主権の理論として社会契約論が唱えられた。ホッブスの社会契約論は、権力の正統性を神ではなく被支配者である人民に求めたが、国民による統治は構想しなかった。次にジョン・ロックの社会契約論は、更に国民の抵抗権(革命権)を認め、アメリカ独立革命に影響を与えた[18]。またジャン・ジャック・ルソーの社会契約論は、堕落した文明社会を変革する方法として人民が一般意思(公共我)を創出するとし、また代表制を批判し直接民主主義の理念を提示し[19]、後のフランス革命に影響を与えた。モンテスキューはブルジョワジー、特に知識階級の自由を権力の専制からいかに保障するかを考え、権力分立の形態として三権分立を構想した[20]

アメリカ独立革命

独立宣言への署名」(ジョン・トランブル画)

1775年、アメリカ独立革命が発生した。北アメリカのイギリス植民地では、植民地への重税や植民地からの輸入規制等への不満から、ミルトン、ハリントンロックの理論を学び、基本的人権と代表制(「代表なくして課税なし」)を確立した。1776年 トーマス・ジェファーソンが起草したアメリカ独立宣言では社会契約論、人民主権、革命権が明文の政治原理として採用された。各植民地は憲法制定など共和国としての制度を整え、タウンミーティングなど直接民主主義の伝統が形成されていった。特にペンシルベニアバージニア等の共和国憲法は、人民の意思の反映、議会の優位を強く打ち出し、連邦の強化は専制に繋がるものとして警戒された[21]

独立戦争後の財政危機、無産階級の台頭による政治不安の中、有産階級は各植民地共和国の独立・自治を見直し、強力な中央連邦政府の樹立へ向かった。1787年採択のアメリカ合衆国憲法は、多数派の権力もまた警戒すべしとの考えから、権力分立の徹底と社会秩序の安定を重視し、議会の二院制、議会から独立した強力な大統領による行政権、立法に優位する司法権を確立した。この結果、ブルジョワジー中心の体制が確立した[21]。その後、ジェファーソン流民主主義ジャクソン流民主主義が2大潮流となり、また大衆社会による議会制度の形骸化を受けて草の根民主主義も提唱された。

われわれは、以下の事実を自明のことと考えている。つまりすべての人は生まれながらにして平等であり、すべての人は神より侵されざるべき権利を与えられている、その権利には、生命、自由、そして幸福の追求が含まれている。その権利を保障するものとして、政府が国民のあいだに打ち立てられ、統治されるものの同意がその正当な力の根源となる。そしていかなる政府といえどもその目的に反するときには、その政府を変更したり、廃したりして、新しい政府を打ちたてる国民としての権利をもつ。 — アメリカ独立宣言 (1776年)
これまで英国の王が有していたすべての憲法の権威は、社会全体の共通の利益のため契約によって人民から由来し、人民が保持するものとなった。 — バージニア憲法 (1776年)

フランス革命

1789年からのフランス革命では、1791年憲法で人民主権、一般意思、主権の分割譲渡不可が明記された。更に1793年憲法ジャコバン憲法)で、抵抗権、直接民主主義的要素などルソーの影響を強く受けた憲法が制定されたが、施行されずに終わった。

(人および市民の権利の宣言)

  • 第1条 人間は、自由かつ権利において平等として生まれ、かつ生存する。(後略)
  • 第3条 すべての主権の根源は、本質的に国民にある。(後略)
  • 第6条 法律は一般意思の表明である。すべての市民は、個人的、または彼らの代表者によって、その作成に協力する権利を持つ。(後略)

(憲法[22]

  • 第11条 主権は1つで、分割できず、譲り渡すことができず、かつ時効にもかからない。主権は国民に属する。(後略)
  • 第56条 フランスには、法律の権威に優越する権利は存在しない。国王は、法律によってのみ統治し、かつ国王が服従を強要することができるのは、ただ法律の名においてのみである。 — フランス1791年憲法[23]

(人間および市民の権利の宣言)

  • 第33条 圧政にたいする抵抗は、人間のほかの権利の当然の結果である。

(憲法)

  • 第7条 主権者人民は、フランス市民の総体である。
  • 第10条 主権者人民は、法律を審議する。 — フランス1793年憲法[24]

現代

Polity IV プロジェクトの評価で8点以上となった国の数(人口50万人以上)、1800年から2003年まで[25]

18世紀から20世紀にかけて、主要各国で男性普通選挙や、女性も含めた完全普通選挙が普及した。特に第一次世界大戦第二次世界大戦総力戦となり女性の社会進出が進み、また民族自決を掲げて植民地の独立が続き、多数の主権国家が誕生した。

19世紀以降、社会主義の潮流の中より、従来のブルジョワ民主主義を欺瞞として暴力革命を唱える共産主義マルクス・レーニン主義)が登場すると、共産主義陣営は資本主義陣営を帝国主義と批判し、資本主義陣営は共産主義陣営の共産党一党独裁を批判した。更に第二次世界大戦後、イタリアではファシズムドイツではナチズムが台頭し、国家主義民族主義を掲げて民主主義を批判した。

2007年、国際連合総会は9月15日を「国際民主主義デー」とし、すべての加盟国および団体に対して公的意識向上のための貢献を感謝する決議を行った[26]




  1. ^ Weblio 2019, p. 「democracy」.
  2. ^ 松村 2019b, p. 「民主主義」.
  3. ^ 松村 2019c, p. 「民主主義」.
  4. ^ ブリタニカ・ジャパン 2019, p. 「民主主義」.
  5. ^ 松村 2019a, p. 「近代社会」.
  6. ^ 松村 2019b, p. 「市民社会」.
  7. ^ 小学館国語辞典編集部 2019a, p. 「近代社会」.
  8. ^ a b 小学館国語辞典編集部 2019b, p. 「民主主義」.
  9. ^ 平凡社 2019, p. 「民主主義」.
  10. ^ Demokratia, Henry George Liddell, Robert Scott, "A Greek-English Lexicon", at Perseus
  11. ^ 杉田 p14
  12. ^ この項、陳力衛、「[ http://id.nii.ac.jp/1109/00002948/ 「民主」と「共和」 : 近代日中概念の形成とその相互影響 (岩本修巳名誉教授退任記念号) ]」『成城大學經濟研究』 2011年 194号 p.9-35, 成城大學經濟研究 から、「民主」という語の履歴について解説する目的で引用した。
  13. ^ a b c d 宇野p194-195
  14. ^ 草の根民主主義 - コトバンク
  15. ^ a b 宇野p28-29
  16. ^ a b 宇野p15-43
  17. ^ 浅羽 p60-61
  18. ^ 浅羽 p64
  19. ^ 浅羽 p65-66
  20. ^ 浅羽 p66-67
  21. ^ a b 浅羽p68-71
  22. ^ 条文番号は編別ではなく通番
  23. ^ 山本浩三、「一七九一年の憲法(一)訳」『同志社法學』11巻 4号、同志社法學會、124-136頁、1960年1月20日、NAID 110000400935
  24. ^ 山本浩三、「一七九三年の憲法(訳)」『同志社法學』11巻 6号、同志社法學會、103-112頁、1960年3月20日、NAID 110000400948
  25. ^ The Polity IV project
  26. ^ United Nations General Assembly Session 62 Resolution 7. Support by the United Nations system of the efforts of Governments to promote and consolidate new or restored democracies A/RES/62/7 page 3. 8 November 2007. Retrieved 2008-08-23.
  27. ^ a b 佐々木 p15-21
  28. ^ トゥキディデス『戦史』(久保正彰訳、岩波文庫)第2巻37、41より
  29. ^ 野上p30-46
  30. ^ 野上p30-46
  31. ^ a b 佐々木 p31-36
  32. ^ a b 宇野p15-22
  33. ^ a b 野上p148-150
  34. ^ 意訳を含め、良い政体を民主政、悪い政体を衆愚政治とする出典も存在する(浅羽 p57、など)
  35. ^ 野上p131-132
  36. ^ a b 宇野p32-36
  37. ^ 宇山
  38. ^ 宇山
  39. ^ 宇山
  40. ^ 野上p12
  41. ^ a b 佐々木 p40-44
  42. ^ 浅羽 p62-63
  43. ^ 『ジョージ王朝時代のイギリス』 ジョルジュ・ミノワ著 手塚リリ子・手塚喬介訳 白水社文庫クセジュ 2004年10月10日発行 p.8
  44. ^ 浅羽 p63-65
  45. ^ 浅羽 p63-65
  46. ^ #中里 p185-201
  47. ^ 佐々木 p45
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  49. ^ 浅羽 p65-66
  50. ^ 野上 p66-69
  51. ^ 佐々木 p45
  52. ^ 浅羽 p65-66
  53. ^ 宇山
  54. ^ 宇山
  55. ^ 宇山
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  60. ^ 『国家と革命』 - 日本大百科全書(ニッポニカ)、世界大百科事典、他
  61. ^ 宇山
  62. ^ ウラジーミル・レーニン『国家と革命』第3章
  63. ^ ウラジーミル・レーニン『国家と革命』第1章
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  65. ^ 宇山
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  68. ^ 宇山
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  70. ^ 宇山
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  77. ^ a b c d e f 浅羽 p122-143
  78. ^ 浅羽 p149-158
  79. ^ 佐伯 p103-109
  80. ^ 佐伯 p103-109
  81. ^ a b c 宇野p20
  82. ^ 国連憲章の改正 - 国際連合広報センター
  83. ^ 浅羽『右翼と左翼』 p88-92
  84. ^ 浅羽『右翼と左翼』 p88-92
  85. ^ a b シュミット p114-125
  86. ^ a b c 浅羽 p159-164





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