戦後 戦後の概要

戦後

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/07/07 16:01 UTC 版)

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第二次世界大戦後

日本での戦後の位置づけ

21世紀日本において、戦後とは、第二次世界大戦太平洋戦争)終結後を指す。ただしその時期については明確な定義はなく、太平洋戦争を挟み、戦前・戦後と区別するという長期的な定義や戦後とは一度焼野原になった日本が再び国際社会の一員となり、「もはや戦後ではない」[注 2]といわれた1956年昭和31年)までの激動の期間と定義する意見として、1975年(昭和50年)頃から1993年平成5年)頃までの1970年代後半から1990年代初期の時期(安定成長期)を、「戦後」ひいては近代の終わりと規定する考察もある(故にポストモダンという言葉が大いに流行った。中曽根康弘による「戦後政治の総決算」なる言葉もある)。

日本においては戦後に様々な戦後改革が実施されたこと、アメリカ合衆国などからの文化がもたらされたこと、新技術が開発されたことなどにより、戦前・戦中に比べて社会システムが急速に大きく変化したため、他の国よりも戦後という言葉のもつ意味合いは大きい。日本は第二次世界大戦以後、大規模な国際紛争戦争に巻き込まれていないため、「戦後」=第二次世界大戦後から現在というイメージが固定されている。

太平洋戦争終結を具体的にいつとみなすかは種々の意見があるため、“戦後”の始まりについても同様に種々の意見がある。玉音放送によって日本が降伏したことを多くの日本国民が知ることになった日(1945年(昭和20年)8月15日)を戦後の始まりとする意見、ならびに同じく1945年(昭和20年)8月23日終結のソ連に対する樺太の戦いの終結をもって始まりとする意見、1952年(昭和27年)4月28日日本国との平和条約の発効までは、占領期間であり、文書を調印し、独立国家としての主権が回復し歩みだした以降を“戦後”とする意見。(2013年(平成25年)には第2次安倍内閣により「主権回復の日記念式典」が行われた。「終戦の日#日本」も参照)、さらには沖縄返還の1972年(昭和47年)5月15日において日本の領土がほぼ確定したことを始まりとする意見が存在する[注 3]

今日では特に日本人にとって精神的に大きな影響を与えた1945年(昭和20年)8月15日以降を戦後の始まりとし、太平洋戦争を挟み戦前・戦後として区分し、認識されている場合が多い。この1945年(昭和20年)を「戦後0年」として、現在の年を「戦後n年」と表現することもあり、2018年は「戦後73年」に当たる。

“戦後”という用語・概念は、日本人・日本にとって1603年慶長8年)の江戸幕府成立や、1868年明治元年)の明治維新以来のたいへん大きな変革を及ぼした。第二次世界大戦の経験を踏まえ、国民主権平和主義を謳う日本国憲法を新たに制定した日本は西側陣営民主主義国家の一員として国際社会に復帰し、高度経済成長を経て世界第2位の経済大国となった。1989年(平成元年)に冷戦終結ソ連崩壊により冷戦期の仮想敵国であった東側陣営が消滅して国際社会が多様化し、多極化する世界で、再び戦後という概念は日本の針路に大きな影響を及ぼしてきているとして、さまざまな論争が行われている。

第二次世界大戦後の日本の年表

 占領期
戦後復興期 
高度経済成長期 
安定経済成長期 
低成長期

その他の戦後

スイス

スイスで「戦後」は一般的に1815年以降(ナポレオン戦争後)のことを指す。1815年のウィーン会議においてスイスは国家としての「永世中立国」が認められたからである。第一次世界大戦と第二次世界大戦でも武装中立を維持し積極的に戦争には加わらなかったため、他のヨーロッパ諸国とは違い1815年からの「戦後」は続いた。

アメリカ

第二次世界大戦以降も10年から20年単位で不正規戦争を繰り返しているアメリカ合衆国では、「戦後」という概念は存在しない。辛うじて南北戦争を境に「戦前」「戦後」といわれることもある。

その他

  • 韓国北朝鮮 - 朝鮮戦争後(1953年-)。特に韓国では、日本の植民地支配から解放された1945年を境に「解放前」「解放後」という表現が用いられ、「戦前」「戦後」よりも「解放前」「解放後」の使用頻度が高い。南北に分断された1945年を「分断0年」として、現在の年を「分断n年」と表現することもある(日本の「戦後n年」に相当)。
  • 旧ユーゴスラビア連邦諸国 - ユーゴスラビア紛争後(およそ1995年-)
  • 京都においては、『この前の「戦」』が第二次世界大戦ではなく応仁の乱を指し、戦後とはそれ以降であるといわれることがある。これは細川護貞が「前の戦争(応仁の乱)で細川家の宝物が焼けた」と言ったという話が元になっている。京都市民の間でもそのように捉えている人は少数にとどまり[1]京都府の公文書などの公的な場でこのような表現が行われることはない。
  • 福島県会津地方においては、同様に『この前の「戦」』が戊辰戦争を指し、戦後とはそれ以降であるというジョークがある。第二次世界大戦での戦災が比較的少なく、それよりも戊辰戦争による遺恨が深いためである[2]



注釈

  1. ^ 韓国人慰安婦問題沖縄の米軍基地問題など、第二次世界大戦によって生じた問題が解決を見ていないため、右翼、左翼問わず現在を戦後に含めることがある。
  2. ^ 経済上の指標からの定義で、高度経済成長が始まった時期(経済企画庁編纂、年次経済報告〈経済白書〉、1956年(昭和31年)7月)。
  3. ^ 2006年6月モンテネグロ王国との戦争状態が国際法上終了したが、これは日露戦争におけるものである(「日本最後の一覧」も参照)。

出典

  1. ^ 先の戦って「応仁の乱」? 京都人100人に聞く 京都新聞社、2017年4月14日(2017年12月17日閲覧)。
  2. ^ 千石涼太郎『噂の県民ジョーク』(リイド文庫、2009年)88-89ページ


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