世界大戦後
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/09 07:46 UTC 版)
「ヨーロッパにおける勢力均衡」の記事における「世界大戦後」の解説
1890年代にビスマルクが首相を辞職した後、ドイツ帝国は外交政策を拡大政策へと変更させ、新たに第一次世界大戦の引き金となる脆弱な同盟を形成した。第一次世界大戦後の主要な条約であるヴェルサイユ条約の基本方針により、当時の外交政策を支配していた勢力均衡は廃止され、国際連盟に取り替えられた。 1920年代と1930年代に3つの思想によってヨーロッパは分断され、国際情勢は混迷した。イギリス、フランスが率いる自由民主主義国家、ソビエト連邦率いる共産主義国家、ドイツ、イタリアが率いる権威主義国家の3つである。民主主義国家がナチス・ドイツの台頭を防ぐことが出来ず、第二次世界大戦が勃発することになり、一時的にイギリスとソ連が同盟を結ぶことになった。イギリスは1939年のソ連によるポーランド侵攻を責めることなく、ドイツに宣戦布告した。ドイツのソビエト侵攻後、イギリスはソ連の側についた。
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