アイドル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/23 05:15 UTC 版)
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概要
キャラクター性を全面に打ち出し、歌・ダンス・演技・お笑い(以前はお笑いという概念がアイドルにはなかったがSMAPがコントを始めたことなどからこの要素が付け加えられた)など幅広いジャンルで活動を展開しやすいのが特色である[2]。外見が最も重要視されるモデルとは異なり、容姿が圧倒的である必要はなく親しみやすい存在であることが多い[2]。
アイドルの起源
欧米では1939年にはジュディ・ガーランドが『オズの魔法使い』で一躍アイドル・スターになり、1940年代にidolと呼ばれたという説もあるフランク・シナトラよりも早かった[3]。
日本におけるアイドルの誕生
日本においては当初「アイドル」という言葉は、主に日本国外の芸能人を対象にした呼称として用いられた[4][5]。
明日待子は「日本で最初のアイドル」(の一人)として挙げられる[6][7]。1960年代には、産業としての映画の衰退、本格的なテレビ時代の到来、グループ・サウンズのブーム[8]が巻き起こる過程で、徐々に「スター」と並行して「アイドル」の呼称が用いられるようになった[9]。
1970年代に至り、未成熟な可愛らしさ・身近な親しみやすさなどに愛着を示す日本的な美意識を取り入れた独自の「アイドル」像が創造された。1968年に設立されたCBSソニー(現・ソニー・ミュージックエンタテインメント)が、それまでレコード会社が楽曲制作を自社の専属作家に任せていたのを、無所属の作家に開放したことが切っ掛けで、「アイドル歌謡」が隆盛するようになった[10]。
その後、現在に至るまで女性アイドル産業が特に盛んな背景として、「元来女性は、男性にはない感動しやすい習性、精緻なる感受性をもつがゆえに、巫女的な妹の力(いものちから)を得て、生きる力、幸福への道を伝えることができる」とする、保守派の民俗学者・柳田國男の評論が持ち出されるケースがある[11]。なお、日本におけるアイドルの隆盛時期は、不況の期間とほぼ完全に一致している、という分析もある[12]。
男性アイドル史
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1950年代、1960年代の男性アイドル
1950年代のロカビリーブームでは平尾昌晃、ミッキー・カーチス、山下敬二郎が、女性から黄色い歓声を浴びる、戦後最初期の男性アイドルとなった。1960年代に「御三家」と呼ばれた西郷輝彦らが人気となり、ほどなく三田明も登場した。グループ・サウンズのタイガース、テンプターズ、オックス、ジャガーズ、ワイルドワンズらが大人気となった[13][14]。なお、GSはロック志向であり、アイドルと呼ばれることを、いやがる者も多かった。GSでは沢田研ニ、萩原健一、渡辺茂樹(チャッピー)、野口ヒデト(真木ヒデト)らが特に人気があった。週刊明星、週刊平凡、ブロマイド店などは、人気のバロメーターになっていた。また、ジャニーズ、スリー・ファンキーズらの、いかにも芸能的・商業主義的なアイドルも存在した。1970年代の新御三家ら、ジャニーズのあおい輝彦ら、時代に即したスターが登場した。
1970年代
郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎から成る「新御三家」は、3人とも主に歌手として活動した。更に、ザ・タイガースの後もソロないしバンドとして活動を続けた沢田研二も『ザ・ベストテン』など歌番組の常連として人気を保った。ザ・スパイダースの堺正章、井上順はソロとなった後、ヒット曲を数曲出したが、俳優、司会やバラエティ番組出演に軸足を移した。ザ・テンプターズの萩原健一、オックスの田浦幸こと夏夕介は俳優に転身し人気となった。
新御三家の他にはフォーリーブス(ジャニーズ事務所所属)やフィンガー5、にしきのあきら、野村将希、伊丹幸雄、荒川務らが登場した。アイドル百花繚乱時代であった。
この時代の男性アイドルのレコードジャケットやブロマイド、アイドル雑誌のグラビアではヨーロッパの城のような建物をバックに撮られた「白馬に乗った王子様」というような非現実的なイメージのものも多く、女性アイドル同様、手の届かない別世界のスターとして記号化される事例も見られた[15]。一例として、ギリシャ神話の彫像のような恰好をした郷ひろみの「裸のビーナス」のジャケットやメルヘンチックなタイトルの「イルカにのった少年」の大ヒットで知られる城みちるが挙げられる。また、豊川誕(ジャニーズ事務所所属)のように「不幸な生い立ち」が売り出しの際に喧伝されたものもいた。これらどこかおとぎ話の中の人物のような人々とは一線を画し、テレビが社会に広く浸透したことから、『笑点』の「ちびっ子大喜利」出身のグループずうとるびや、オーディション番組『スター誕生!』出身の城みちる、『スター・オン・ステージ あなたならOK!』出身のあいざき進也、『レッツゴーヤング』の「サンデーズ」出身の太川陽介、渋谷哲平、川崎麻世(ジャニーズ事務所所属)らのように素人、あるいは素人同様のタレントとしてテレビ番組に出演し、その成長とともに視聴者のアイドルとなっていく者たちもいた。
一方、若手俳優の中からも山口百恵とのコンビで一世を風靡した三浦友和、石橋正次、桜木健一、近藤正臣、草川祐馬、国広富之、広岡瞬などテレビドラマからブレイクし、アイドル的人気を博す者も現れた。石橋は紅白歌合戦にも出場、「夜明けの停車場」(1972年度年間ランキング第11位)が大ヒットした。沖雅也は日活ニューフェイス出身だが、映画の斜陽化により、テレビドラマに進出してからアイドル的人気を得た。仲雅美や井上純一は元々は歌手として売り出されたが、テレビドラマでの活躍によって人気となった。仲雅美は「ポーリュシカ・ポーレ」(ロシア民謡が原曲)の大ヒット曲をはなった。
シンガーソングライターの原田真二も当初は、アイドルとして売り出された。
1980年代
1979年の『3年B組金八先生』で生徒を演じた田原俊彦、近藤真彦、野村義男から成るたのきんトリオ(ジャニーズ事務所)がソロ歌手デビューし、次々とヒットを飛ばした。
ジャニーズ事務所は、その後も、本木雅弘、薬丸裕英、布川敏和から成るシブがき隊や、少年隊、光GENJI、男闘呼組、忍者といった人気グループを次々と輩出した。ソロではひかる一平、中村繁之がデビューした。また、『金八シリーズ』からは他に竹の子族出身の沖田浩之が人気アイドルとなった。ソロ歌手としては他に竹本孝之、『レッツゴー・ヤング』のサンデーズ出身者からは堤大二郎、新田純一が挙げられる。
原宿の歩行者天国の路上ダンスパフォーマーだった風見慎吾は萩本欽一の番組でブレイクする。風見のように萩本の番組からアイドルとなった者も多い。イモ欽トリオ、CHA-CHA(勝俣州和がメンバーだったことで知られるが、他にメンバー数名が当時ジャニーズ事務所所属)など。他のバラエティ番組からは『笑っていいとも!』のいいとも青年隊(羽賀研二、野々村真ら)がアイドル的な人気を得た。
また、ロック志向のチェッカーズ、吉川晃司、本田恭章もアイドルとしてデビューさせる時代だった。ジャニーズ事務所からも野村義男がロックバンドTHE GOOD-BYEの一員としてレコードデビューした。時流に乗る形で、ジャニーズ事務所からはテレビドラマでも活躍した岡本健一、前田耕陽、高橋和也ら男闘呼組がボン・ジョヴィなどに影響を受けたスタイルのハードロックバンドとしてデビューした。
この頃はまだ俳優もアイドル風に売り出されるものがいた。JAC出身の真田広之、石黒賢、角川映画の野村宏伸、『金八シリーズ』出身の鶴見辰吾、映画『ビー・バップ・ハイスクール』でブレイクした仲村トオル、子役出身の坂上忍らがそれである。人気が下降してからの『太陽にほえろ!』に出演した渡辺徹は、ただのデブではなく、曲「約束」が1982年の年間ランキングで33位のヒットとなった[16]。
1990年代
主にジャニーズ事務所が送り出したグループの時代であり、当初は光GENJIが他を圧倒する人気を見せたが、バンドブームの到来や元ジャニーズ事務所所属のタレントの暴露が続く等の煽りで失速。女性アイドル同様に冬の時代を迎えていたが、中盤からは、デビュー当初から様々な分野での活躍が目立ったSMAPが国民的アイドルと言われ現在に至る人気を確立し、更に、KinKi Kids、TOKIO、V6など後続者も人気を得て自身が冠バラエティ番組も持つようになった。また、木村拓哉は俳優として、中居正広はバラエティー番組の司会のみならず、NHK紅白歌合戦等の司会を最多で務めるなど、従来のアイドルには無かった地位を確立し、その他のメンバー個人も個々の活動で成功した。また、SMAPがテレビの第一線で長期で活躍する影響もあり、30代、40代でもアイドルとして活躍でき、男性アイドルの寿命が伸びた。
そういった90年代のジャニーズ全盛期に対抗してライジングプロダクションが男性アイドルのプロデュースに力を入れるようになり、1997年にDA PUMPをデビューさせる。DA PUMPはグループの構成や音楽スタイルで差別化を図ってバラエティや音楽番組・CM・映画・ラジオなどにも多数出演しながら「NHK紅白歌合戦」には5年連続で出場するなど大衆から人気を集めた。
また若手俳優からは織田裕二、福山雅治、1980年代後半にジャニーズ事務所所属の経歴を持つ反町隆史、いしだ壱成、「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」出身の武田真治、柏原崇は歌手としても一定の成功を収めた。お笑い界からは吉本印天然素材やグレートチキンパワーズ、猿岩石などが一時期、アイドル的な人気を博した。また余談ではあるが、ヴィジュアル系バンドも派手な外見と華やかなステージ(パフォーマンス)で若い女性ファンを中心に人気を博し、90年代の音楽シーンを盛り上げた。こちらも男性アイドルと似たような感覚だと見ることもできる。
2000年代
前半はライジングプロダクションから結成されたw-inds.やLeadが優れた歌とダンスを武器に活躍する。特にw-inds.はジャニーズ系とは違った中性的なイメージとアイドル的な楽曲で新人賞を総なめにするなど大人気を得た。ジャニーズ事務所からは嵐、タッキー&翼、NEWS、KAT-TUN、Hey! Say! JUMPらが台頭。また、かつて1990年代にZOOのメンバーだったHIROを中心に結成されたEXILEもボーカルとダンスの分かれた構成と他の男性アイドルとは違った音楽・コンセプトで人気を獲得し、活躍の場を広げる。以降、アイドルグループは歌やダンスの実力にも重点を置くようになり、ダンスグループまたはダンス&ボーカルグループといった表現が使われる事が多くなった。(女性アイドルも同様)
後半は『クイズ!ヘキサゴンII』などのクイズ番組から無知を逆手に売りにする羞恥心のメンバーや、あくまでも「俳優集団」を称するD-BOYSのメンバー、或いは、「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」でグランプリを獲得してデビューした小池徹平や溝端淳平ら、また、ウルトラシリーズ出身の杉浦太陽、仮面ライダーシリーズ出身のオダギリジョーや要潤、水嶋ヒロや佐藤健、スーパー戦隊シリーズ出身の松坂桃李といった若手俳優がアイドル的な人気を得てブレイクする。
一方で、2000年前後の頃から「アイドルのファン、追っかけイコール中高生」というイメージは変わり、年配女性の追っかけ行為が盛んに報道されるようになった。先んじて1990年代にアイドルの先駆けであった舟木一夫の復活[17]、2002年にはフォーリーブスが再結成した。とりわけ2000年デビューの氷川きよしは久々に演歌界に大ヒットをもたらしたのみならず、熱心な年配女性のファンを生み、「きよ友」と称したファン仲間たちの交流はマスメディアに紹介されるのみならず[18]、年配の視聴者をターゲットにしたテレビドラマの題材にもなった[19]。
2010年代
2010年代現在、ジャニーズに所属する嵐が大衆的な人気を得てSMAPに続き国民に愛されるアイドルになる。
嵐が国民的グループとして活動する中、SMAPの解散や期待の主だったKAT-TUNがメンバー脱退などの内紛を経験したが、Kis-My-Ft2やSexyZone、ジャニーズWESTなど2010年代以降、新たにデビューしたジャニーズアイドルが人気を繋げた。その一方でLDHのEXILE系列グループは若年メンバーが数多く登場してきてアイドル性が強化され、正統派で王子様系のジャニーズに比べて男性のセクシーなイメージと大衆の志向に合致する楽曲で好評を得た。
一方、ライジングプロダクションの男性アイドルも活動が多く減り、スターダストプロモーションや他の芸能事務所などからも男性アイドルグループが多数デビューしたが、女性アイドルと同様に小規模のライブや握手会などをメインに活動するため明確な成果はなかった。これらの男性アイドルは事実上「ジャニーズや韓流アイドルの後追い」といった印象が強かった。その代替材として同時期にはYouTubeで活動している男性ユーチューバーたちが10代の女子層(小中高生)を中心にアイドル的な人気を獲得した。
また、名古屋系アイドルとしてBOYS AND MENが名古屋に在住し地元密着型ローカルアイドルでありながら武道館、ナゴヤドームなどを成功させ当時ジャニーズが独占状態であったアイドル界を脅かす存在となった。BOYS AND MENの活動によりごローカルアイドルが全国的に注目される存在になった。
この世代に活動した男性アイドルは、嵐、三代目 J Soul Brothersを筆頭に、GENERATIONS、THE RAMPAGE、FANTASTICS、関ジャニ∞、KAT-TUN、NEWS、Hey! Say! JUMP、Kis-My-Ft2、Sexy Zone、A.B.C-Z、ジャニーズWEST、King & Prince、超特急やDISH//、BOYS AND MEN、祭nine.などが挙げられる。年配女性をターゲットとした演歌アイドルとしては山内惠介や純烈の活躍が目立った。
また俳優面からは、星野源をはじめ菅田将暉、竹内涼真、福士蒼汰、山﨑賢人、横浜流星、北村匠海、中川大志などの若手俳優陣の活躍と宮野真守や神谷浩史、Kiramuneといった声優アイドルも人気を集めた。
2020年代
テレビでの活躍が目立つ男性アイドルは、ジャニーズやLDH系列グループ以外ではJO1がバラエティを中心に活躍しており、BTSをはじめとするK-POPアイドルや男性ユーチューバーなども人気を得ている。ジャニーズは2010年代以降、所属タレントの不祥事の頻発やインターネットメディア(SNS)への消極的な姿勢もあり、次第に人気・影響力が低下。2020年には国民的アイドルと称されていた嵐が活動を休止した。またジャニーズだけでなくアイドル業界も飽和状態となり下火の状況にある。
現在の男性アイドルは、SixTONES、Snow Man、なにわ男子、JO1、VOYZ BOY、BMKなどが活動しており、お笑い界からはEXITが人気を得ている。
主な男性アイドル
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- 1960年代
歌手デビュー年
- 1962年…北島三郎
- 1964年…ジャニーズ、西郷輝彦
- 1965年…ザ・スパイダース
- 1966年…加山雄三
- 1967年…ザ・タイガース、ザ・テンプターズ
- 1968年…フォーリーブス、ジャニーズ解散後ソロであおい輝彦
- 1969年…永田英二
- 1970年代
歌手デビュー年
- 1970年…にしきのあきら、仲雅美、野村将希、石橋正次、桜木健一
- 1971年…野口五郎、ザ・タイガース解散後ソロで沢田研二、ザ・スパイダース解散後ソロで堺正章、井上順 ら。
- 1972年…西城秀樹、郷ひろみ、フィンガー5、伊丹幸雄、近藤正臣、沖雅也、ザ・テンプターズ解散後ソロで萩原健一
- 1973年…城みちる
- 1974年…あいざき進也、ずうとるび、荒川務、八田英士(永田英二が改名して再デビュー)
- 1975年…草川祐馬、加納竜、井上純一、JOHNNYS' ジュニア・スペシャル、豊川誕ら。
- 1976年…太川陽介ら。
- 1977年…狩人、レイジー、川﨑麻世、フォーリーブスからソロで青山孝
- 1978年…渋谷哲平ら。
- 1979年…国広富之 ら。
- 1980年代
歌手デビュー年
- 1980年…田原俊彦、近藤真彦、真田広之
- 1981年…沖田浩之、竹本孝之、ひかる一平、堤大二郎、松村雄基、時任三郎、広岡瞬、イモ欽トリオ
- 1982年…シブがき隊、新田純一、本田恭章、渡辺徹
- 1983年…チェッカーズ、C-C-B、風見慎吾、THE GOOD-BYE(野村義男のバンド)、イモ欽トリオからソロで長江健次
- 1984年…吉川晃司、一世風靡セピア
- 1985年…少年隊、中村繁之、石黒賢、野村宏伸、鶴見辰吾初代いいとも青年隊からソロで野々村誠
- 1986年…中山秀征、池田政典
- 1987年…光GENJI、織田裕二、仲村トオル、高橋良明、沢向要士
- 1988年…男闘呼組、CHA-CHA、江口洋介
- 1989年…吉田栄作
- 1990年代
歌手デビュー年
- 1990年…忍者、福山雅治
- 1991年…SMAP
- 1992年…音松くん(SMAPの別名義)、葛山信吾
- 1993年…高橋克典、原田龍二、保阪尚希
- 1994年…TOKIO、いしだ壱成、藤重政孝
- 1995年…V6、武田真治(サックスプレイヤーとしてデビュー)、LAZY KNACK
- 1996年…T.M.Revolution、Iceman、猿岩石
- 1997年…KinKi Kids、DA PUMP、反町隆史、pool bit boys
- 1998年…柏原崇、LAZY KNACKからソロでRED
- 1999年…嵐、藤木直人、初代J Soul Brothers
- 2000年代
歌手デビュー年
- 2000年…氷川きよし
- 2001年…EXILE、CHEMISTRY、w-inds.、山内惠介
- 2002年…タッキー&翼、押尾学、RAG FAIR、Lead、松田悟志、KinKi Kidsからソロで堂本剛
- 2003年…NEWS、ORANGE RANGE、DAIGO
- 2004年…関ジャニ∞、玉木宏
- 2005年…修二と彰 (山下智久と亀梨和也) 、トラジ・ハイジ、WaT、AAA、GRANRODEO(谷山紀章)、永井大、Folder5からソロで三浦大知
- 2006年…KAT-TUN、NEWSからソロで山下智久、NEWSからの派生ユニットでテゴマス、w-inds.からソロで橘慶太
- 2007年…Hey! Say! JUMP、宮野真守、Club Prince、HotchPotchi、PureBoys、WaTからソロでウエンツ瑛士、小池徹平
- 2008年…羞恥心、悲愴感、矢島美容室、小野大輔、二代目J Soul Brothers
- 2009年…新選組リアン、入野自由、神谷浩史
- 2010年代
歌手デビュー年
- 2010年…三代目J Soul Brothers、純烈、サーターアンダギー、50TA
- 2011年…Kis-My-Ft2、Sexy Zone
- 2012年…A.B.C-Z、GENERATIONS、中山優馬、鈴木福、BOYS AND MEN、超特急、DISH//、はやぶさ
- 2013年…PrizmaX、Hey! Say! JUMPからソロで山田涼介、Kis-My-Ft2からの派生ユニットで舞祭組
- 2014年…ジャニーズWEST、ブレイク☆スルー、Da-iCE、SOLIDEMO、AAAからソロでNissy
- 2015年…さくらしめじ、MAG!C☆PRINCE、M!LK、RADIO FISH、X4、BOYS AND MEN研究生
- 2017年…菅田将暉、THE RAMPAGE、祭nine.
- 2018年…King & Prince、FANTASTICS、VOYZ BOY、
- 2019年…CUBERS、原因は自分にある。、BALLISTIK BOYZ、KAT-TUNからソロで亀梨和也
- 2020年代
歌手デビュー年
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- ^ 絶頂期のビートルズの来日(1966年)などを受けたザ・スパイダース、ザ・タイガース、ザ・テンプターズなど。
- ^ 『別冊キネマ旬報』・1968年10月号より。
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- ^ ザ・ノンフィクション 舟木一夫はタイムマシン〜いつまでも「高校三年生」〜
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- ^ 80年代のBON JOVIヒストリーをご紹介 BON JOVI FRIENDSHIP - ボンジョヴィファンサイト
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