Qlairとは? わかりやすく解説

Qlair

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/10/04 16:41 UTC 版)

Qlair
出身地 日本の旗 日本
ジャンル J-POP
活動期間 1991年 - 1994年
レーベル Epic/Sony Records(LIFE/SIZEレーベル)(1991年 - 1992年)
Ki/oon Sony Records(1992年 -)
事務所 メリーゴーランド
共同作業者 西岡明芳(プロデューサー)
篠崎恵子(ディレクター)
メンバー 今井佐知子
井ノ部裕子
吉田亜紀

Qlair(クレア)は、1991年(平成3年)に、フジテレビのタレント育成講座『乙女塾』からデビューした女性アイドルグループ[1][2][3][4]。乙女塾から先行してデビューしたCoCo、ribbonとは異なり、3声のコーラスワークを主体としたアーティスト路線のグループとして活動した[5][6][7]。

グループ名の“Qlair”とはギルバート・オサリバンの「クレア」からインスパイアされたもの[6]。このため、ライブ・イベントのオープニングでは必ずオサリバンの「Clair」が流され終演後には「アローン・アゲイン」が流された。

メンバー

  • 今井佐知子(いまい さちこ)
    1973年12月27日生まれ、乙女塾4期生、横浜市出身[8]。
    長女は元アイドル・元子役の稲垣鈴夏。
    Qlairの楽曲におけるコーラスの際は主に低音パートを担当。
    Qlair活動休止後も1年間タレントとして、『どうぶつ奇想天外!』(TBS系)のレポーター、WOWOWのサッカー情報番組のアシスタントMC、宮前真樹(元CoCo)、松野有里巳(元ribbon)と一緒にナイロン100℃の舞台『1979』出演など活動[7]。1995年5月21日に東京・原宿のライブハウス、RUIDOで行われた自身のライブを最後に引退[7]。
  • 井ノ部裕子(いのべ ひろこ)
    1973年12月28日生まれ、乙女塾5期生、埼玉県出身[9]。
    Qlairの楽曲におけるコーラスの際は主に高音パートを担当。
    辻仁成がリリースしたアルバム『Sq.-スクエア-』(1998年)に2曲でコーラスに参加。
    外間隆史がリリースしたアルバム『裏庭』(1999年)『サンビカ(St.Bika)』(2000年)にボーカルで参加。
    現在はIN:QBE(イン:キューブ)名義で活動している[10]。
  • 吉田亜紀(よしだ あき)
    1976年2月18日生まれ、乙女塾5期生、埼玉県出身[11]。
    Qlairの楽曲におけるコーラスの際は主に中音パートを担当。
    1994年、ドラマ「アリよさらば」に生徒役で出演した。
    1995年12月、桜井鉄太郎プロデュースによる女性ユニット「FLAGS」の一員として再デビュー。アルバム5枚、シングル1枚、ビデオ1本をリリースした。
    「FLAGS」のデビュー・アルバムがリリースされた同日に、ボーカルで参加したコンピレーション・アルバム「CUTiE COLLECTION」がリリースされた。
    2004年2月に発売された星井七瀬のシングル『OPEN COLOR』の収録曲「テレパシー」の作詞を担当した[12]。

概要

乙女塾4期生の今井佐知子と、同5期生の井ノ部裕子・吉田亜紀の3名により、平成3年(1991年)、雛祭りの3月3日午後3時33分33秒に結成される[13]。

七夕の1991年7月7日、EPICソニーからシングル「瞳いっぱいの夏」でデビュー[2]。乙女塾からの歌手デビューとしては中嶋美智代、堀川早苗と共に第二期デビュー組となる[14]。

リーダーは特に定められていなかったが、メインボーカル[15]で最年少の吉田をセンターとし、左右に今井、井ノ部を配するパターンがほぼ固定化されていた。乙女塾出身タレントの中でもルックスに秀でたメンバーが揃い[16]、柔和でアコースティックなコーラスワークによる爽やかさ・透明感のある楽曲と、アーティスト路線のアートワークでファンからの支持を集めた。セールス的には伸び悩んだものの、音楽性においては愛好家から高い評価を得ており、根強いファンも多い[17][5]。乙女塾の先輩グループであるCoCo、ribbonと共にメジャーアイドルの一角を形成し、一時代を築いた[18]。

1994年3月をもってグループとしての活動を停止。

歴史

プロジェクトの展開

Qlairプロジェクトのプロデューサーには、CBS・ソニーでデビュー当時の松田聖子を担当し[19][注釈 1]、またEPICソニーの宣伝担当としてTMNETWORKの各種アニメタイアップを企画した経験を持つ[20]、西岡明芳が就任。グループ名の「Qlair」は、西岡の考案によるものである[21]。制作ディレクターは、EPICソニーで西岡と共に鈴木祥子を担当し、その後フリーとなっていた篠崎恵子が担当した[21]。篠崎は坂本龍一関連の映画音楽のアシスタントとしても活動し、「鉄の女」とも呼ばれていた[22]。元々コーラス好きであった篠崎は、かつてアルファレコードでサーカスやハイ・ファイ・セットをプロデュースした有賀恒夫のアシスタントをしており、いつか自らコーラスグループを担当したいという思いもあったという[23]。ジャケットのアートワークはEPICソニーのアートディレクター・平野文子が一貫して担当[23]。サウンドについては西岡と共に鈴木祥子を手掛けた経験もあり、「ロックでも、R&Bでも、歌謡曲でもなく、アコースティックなもの、丁寧さを配置したもの」というコンセプトが目指された[6]。

篠崎はEPOのコーラスを担当していた人物をボイストレーナーに呼び、アイドルとしては厳しい訓練でメンバーを鍛え上げた[6]。楽曲面においてはアイドルとしては異質の世界観が反映され、評論家や愛好家から支持された。音楽評論家の萩原健太は大瀧詠一・山下達郎との新春放談(1992年1月26日放送回)において、今聞いているアイドルポップスとしてQlairの名を挙げている。高い音楽性でアイドル系アーティストのジャンルを切り開いた[5]。

篠崎は「私の中ではアイドルっていうものへの思いは全く無くて」「アイドルってやっぱり男の人が作ってるから、ちょっとエロティシズムというか、そういうものが必須だっていうのは後になってから気付いたというか、私の中ではそんなの全然存在しなかったので。割と本当に清潔に作っちゃったかな。」と語り[24]、従来のアイドルファンにはやや「地味」な印象を与えた[17]。篠崎は、こうしたアーティスト性を追求する制作側と、アイドルとして売り出す所属事務所側との間で、明確なコンセンサスが得られていなかったと述べている[25]。メンバーの今井は「アイドルなのか、ポップユニットなのか、私たちも迷っていました。」と述べている[7]。

楽曲面においても予算をふんだんに投入し、高いクオリティを追及したものの、ソニーやフジテレビサイドが期待した程のセールスは残せなかった[6]。7thシングル「SUMMER LOVER 大作戦」のカップリング「瞳いっぱいの夏 Radioactivity(瞳いっぱいの夏〜白いパラソルメドレー)」はそれまでのQlairの路線とはかけ離れた楽曲となっているが、これについて篠崎は次のように説明している。

でも、いちばん最後に、自分がやってることが響かないな〜って、自爆して、“放射能漬けになったアイドル"っていうコンセプトで1曲作ったんですよ!シングルのカップリング曲で、最後の「SUMMER LOVER 大作戦」に入れたと思うんですけど、あまりに周りの反応が分からなくって。地球が滅亡して放射能漬けになったときに、存在しているアイドルっていうコンセプトにしたんです。「瞳いっぱいの夏」っていうデビュー曲を、Radioactivity版にしたんです。その中に白いパラソルを入れて、松田聖子のオマージュ。それが全部放射能漬けのアレンジにしている。ディストーションをかけて。もう、クッソー!っていう感じで。いやあもうバカヤローって感じですよ。今に見てろというか。[25]

その後、8枚目のシングルの制作に取り掛かかっていたところ、製作途中で予算が止まり、スタジオを動かすこともできない状態となった[26]。

活動停止

8枚目のシングルのレコーディング前、1993年末頃に、所属レコード会社の幹部や事務所の社長が同席する中で突然活動休止を通告される。更に予定されていた8枚目のシングルのリリースも中止になり、「せめて解散コンサートだけはやりたい」と訴えるも却下される。「活動休止を発表するまではファンに口外してはいけない」と言われていたため、3人は気づかれないように笑顔で頑張っていたということだったが、あるスキー場(ARAIマウンテン&スキーリゾート/後に今井がCMに出演)で行われた最後のラジオの公開放送でMCやスタッフからファンに気づかれないように「お疲れ様」と労いのメッセージを送られた時、3人は本番中に号泣したという[7]。結局、ファンに直接その報告の機会が与えられないまま翌1994年春に活動を休止した[7]。メンバーの今井は、自分にとって通告されてから活動休止までの約半年間が人生で一番つらい時期で、「最後までファンのみなさんに『ありがとう』が言えなくて、その後もずっと心残りでした」と話している[7]。

解散後

解散から12年後の2005年秋、ベスト盤「アイドル・ミラクルバイブルシリーズ Qlair Archives」のリリースにあたり、バックトラックまで制作されたところでお蔵入りとなっていた未発表曲「永遠の少年」のヴォーカル録りのために、12年ぶりにメンバー3人が揃ってのレコーディングが行われた。当初はあくまでベスト盤のみのリリースだったところを、ソニー・ミュージックダイレクトからリリースの話を受けた篠崎が担当者とかけ合い、未完成曲の制作、収録が実現した[26]。

篠崎は「自分の中にあるいつまでも変わらずにあるクレア=永遠の少年だった、そして閉じ込められていたその少年は自由を手に入れ、今という時間に確かに受け継がれた」[27]「ジャケットも、部屋の中から外を見てる、現実にはいないっていうかね。これでやっと落着した、という。開けちゃいけない扉がやっと開いて、バーッと出て行って終わったという。」[26]と自身の心情を述べている。

活動

※以下の記述については、主に『乙女塾伝説』(ポニーキャニオン、PCCA-00895)付属ライナーノーツ「乙女塾History」を出典とする。

1990年代

1991年

  • 3月3日:今井佐知子、井ノ部裕子、吉田亜紀の3名でQlairが結成される。
  • 6月9日:東京・代官山「BOLL ROOM」で結成発表会を開催。
  • 7月7日:デビュー・シングル「瞳いっぱいの夏」リリース。
  • 8月23、24日:東京厚生年金会館にて“乙女塾祭り"開催。
  • 10月10日:2ndシングル「お願い神様」リリース。
  • 11月21日:1stアルバム「Les filles」及びビデオ「Goodbye Cybele」リリース。
  • 12月18日:メルパルク東京で1stコンサート「Les fillesからの贈り物」開催。
  • 12月27日:堀川早苗とQlairのファンクラブ合同イベント“EtQlair1期生修了式&堀川早苗・Qlair誕生日だよ!全員集合"が東京・星陵会館にて開催される。

1992年

  • 1月22日:3rdシングル「さよならのチャイム」リリース。
  • 3月30日:スプリング・ライブ・ツアーを5ヶ所で開催(4月3日まで)。
  • 4月19日:クラブチッタ川崎でツアーの追加公演を開催。
  • 5月21日:4thシングル「眩しくて」リリース。
  • 6月21日:2ndアルバム「CITRON」リリース。
  • 7月31日:東京・大阪・名古屋でサマー・コンサート・ツアー“POP CITRON POP"を開催(8月4日まで)。
  • 10月21日:5thシングル「秋の貝殻」リリース。
  • 11月21日:3rdアルバム「Sanctuary」リリース。
  • 12月12日:ビデオ「Noel」リリース。
  • 12月20日:原宿クエストホールでクリスマス・コンサート開催(12月21日まで)。

1993年

  • 3月20日:15か所でスプリング・ライブ・ツアー“ SPRING LOVER 大作戦"開催(4月29日まで)。
  • 3月21日:6thシングル「SPRING LOVER 大作戦」リリース。
  • 7月7日:渋谷ON AIRでデビュー2周年ライブ・パーティ“STAR FESTIVAL"開催。
  • 7月21日:7thシングル「SUMMER LOVER 大作戦」リリース。
  • 8月21日:3か所でサマー・コンサート・ツアーを開催(8月25日まで)。
  • 9月20日:ベスト・アルバム「Palette」リリース。

2020年代

  • 2020年1月27日:ソニーミュージックのアナログレーベル「GREAT TRACKS」より、ベスト・アルバム「Palette」(1993年発売)のアナログ盤が限定盤としてリリース。
  • 2023年1月15日:池袋Studio Mixaで宮前真樹「50th Birthday Live 2023」が行われ、今井佐知子がイベントに出演しQlairの曲を披露した[28]。
  • 2023年4月3日:井ノ部裕子が『IN:QBE』(イン:キューブ)名義で6曲入りのアルバムをリリース。
  • 2024年9月1日:今井がシングル『心からありがとう』をリリース。CoCoの宮前真樹がプロデュースを務め、作曲は田村信二が手掛けた[7]。
  • 2024年12月1日:吉田亜紀が「アイドルアーカイブス特別版」にゲスト出演[29]。20年以上ぶりのステージとなった。宮前司会の元、Qlairの楽曲について語り、山川恵津子の演奏で「秋の貝殻」を披露した。また、今井も飛び入り参加している[30]。
  • 2025年1月19日:東京カルチャーカルチャーで『宮前真樹 52nd BirthdayLive2025』開催。今井が参加し、90年代アイドルの楽曲を歌った[31]。
  • 2025年7月7日:宮前真樹トータルプロデュース、山川恵津子をバンドマスターとして、今井と吉田による「Qlairライブ」を開催[32]。8月16日には追加公演も行われた。
  • 2025年11月1日:「まきあみさちあいトークイベント2025『ribbonスペシャル』」に今井が参加。宮前、松野有里巳、佐藤愛子と共に、ribbonの楽曲を歌った[33]。

音楽

シングル

# リリース日 タイトル カップリング 備考
1st 1991年7月7日 瞳いっぱいの夏 恋のメダリスト オリコン最高67位
2nd 1991年10月10日 お願い神さま 真夜中のオルゴール オリコン最高49位
3rd 1992年1月22日 さよならのチャイム ハッピーバースディ カウントダウン オリコン最高72位
4th 1992年5月21日 眩しくて 君住む街 オリコン最高57位・Ki/oon Sony移籍1枚目
5th 1992年10月21日 秋の貝殻 新しいシャツ オリコン最高47位
6th 1993年3月21日 SPRING LOVER 大作戦 お引っ越し オリコン最高50位
7th 1993年7月21日 SUMMER LOVER 大作戦 瞳いっぱいの夏Radioactivity カルピスソーダCMソング・初回トレカ封入

アルバム

# リリース日 タイトル 備考
1st 1991年11月21日 Les filles オリコン最高74位
初回限定三方背BOXパッケージ仕様・写真集同梱
2nd 1992年6月21日 CITRON オリコン最高84位
初回シースルートレイ仕様
3rd 1992年11月21日 Sanctuary オリコン最高52位
初回生産限定盤
ベスト 1993年9月22日 Palette オリコン最高81位
2020年1月27日に生産限定アナログ盤が通販にて販売。
コンプリート 2005年11月30日 アイドル・ミラクルバイブルシリーズ Qlair Archives 初回限定ピクチャーレーベル・CD3枚とDVD1枚で構成

VHS

  1. Goodbye Cybele(1991年)
  2. Noel(1992年12月12日)

写真集

  1. Wind Flower(1991年)
  2. 卒業旅行~Our Dreaming Days~(1992年4月30日)
  3. FIORITA QLAIR(1993年7月10日)

出演

TV

CM

脚注

注釈

  1. ↑ 聖子のデビュー当時のキャッチフレーズ「抱きしめたい! ミス・ソニー」の考案者でもある。

出典

  1. ↑ 別冊宝島 2003, p. 99.
  2. 1 2 近代映画社 2006, p. 114.
  3. ↑ BOMBアイドル30年読本 2010, p. 97.
  4. ↑ 岡島紳士、岡田康宏「第2章 女性グループアイドルの40年史」『グループアイドル進化論』毎日コミュニケーションズ、2011年1月31日、83頁。ISBN 978-4-8399-3771-3。
  5. 1 2 3 BOMBアイドル30年読本 2010, p. 98.
  6. 1 2 3 4 5 ラグジュアリー歌謡 2013, p. 197.
  7. 1 2 3 4 5 6 7 8 今井佐知子(インタビュアー:福嶋剛)「引退から29年…元乙女塾メンバーが新曲発表 ファンに「ありがとう」を言えずに解散させられた “アイドル冬の時代”」『ENCOUNT』、Creative2、2024年8月24日。2024年8月25日閲覧。
  8. ↑ 『BOMB!』1991年11月号, p. 28.
  9. ↑ 『BOMB!』1991年11月号, p. 30.
  10. ↑ “@in_qbeのツイート”. 2024年12月28日閲覧。
  11. ↑ 『BOMB!』1991年11月号, p. 32.
  12. ↑ “@aki74935625のツイート”. 2024年12月28日閲覧。
  13. ↑ ラグジュアリー歌謡 2013, p. 184.
  14. ↑ BOMBアイドル30年読本 2010, p. 96.
  15. ↑ ラグジュアリー歌謡 2013, p. 204.
  16. ↑ ピロスエ 編「乙女塾」『アイドル楽曲ディスクガイド』アスペクト、2014年3月11日、151頁。 ISBN 978-4-7572-2155-0。
  17. 1 2 別冊宝島 2003, p. 100.
  18. ↑ 窪岡俊之「第六章 ◆細分化していく'90年代アイドル(前半)」『THE IDOLM@STER WEB コラム“BEYOND THE IDOL』バンダイナムコエンターテインメント。2026年9月23日閲覧。
  19. ↑ 稲垣博司『1990年のCBS・ソニー』エムディエヌコーポレーション、2023年8月11日、77頁。 ISBN 978-4-295-20595-1。
  20. ↑ 田中久勝「アニメ『シティーハンター』×「Get Wild」35周年 3人のキーマンが語る、誕生までの奇跡の物語」『Yahoo!ニュース』LY Corporation、2022年5月26日。2026年9月23日閲覧。
  21. 1 2 ラグジュアリー歌謡 2013, p. 196.
  22. ↑ 坂本龍一『音楽は自由にする』新潮社〈新潮文庫〉、2023年4月19日、230頁。 ISBN 978-4-10-129122-2。
  23. 1 2 ラグジュアリー歌謡 2013, p. 200.
  24. ↑ ラグジュアリー歌謡 2013, p. 196-197.
  25. 1 2 ラグジュアリー歌謡 2013, p. 198.
  26. 1 2 3 ラグジュアリー歌謡 2013, p. 203.
  27. ↑ 『Qlair Archives』(ライナーノーツ)、ソニー・ミュージックダイレクト、25頁。
  28. ↑ 「ライブの話。その5あみちゃんさっちゃん。」『宮前真樹オフィシャルブログ』アメーバブログ、2023年2月1日。2026年9月23日閲覧。
  29. ↑ “@SACHI719917のツイート”. 2024年12月28日閲覧。
  30. ↑ 山川恵津子さんをお迎えして楽曲について語る『アイドルアーカイブス特別版』開催!
  31. ↑ 「90年代の元アイドルたちが集結 元CoCo宮前真樹のライブに「これだけ乙女塾が集まるなんて」」ENCOUNT、2025年2月2日。2026年9月23日閲覧。
  32. ↑ 「Qlair ライブ」『ETSUKO YAMAKAWA official site』2025年7月18日。2026年9月23日閲覧。
  33. ↑ 「平成の人気アイドル・元ribbonの佐藤愛子が32年ぶりにステージ復帰 引退後は調理師やパティシエを経て一児の母に」ENCOUNT、2025年11月8日。2026年9月23日閲覧。

参考文献





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