cultureとは?

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培養

Culture

【概要】 検査室や研究室微生物細胞人工的増やすこと。目に見えない微生物細胞を、検出できる量まで増やすことになる。培養する環境液体だったり寒天のようなゲルの上だったりする。加えて培養して、そのが届く範囲だけ病原体が増えなければの効果があることになる。  

【詳しく】 感染症の診断は、病変からとりだし検体から、病原体をみつけることが確実で、培養という方法はとても大切である。病原体によって相応しい条件を選ぶことが必要。細胞の外で増える細菌場合比較的簡単で、大きな病院検査センターでできるが、ウイルス細胞の培養は大変で、保険診療ではできないことが多い。

《参照》 感染ウイルス血液培養骨髄血培養


文化

【仮名】ぶんか
原文】culture

宗教団体国家など、ある集団の中で共有されている信条価値観行動のこと。文化には言語習慣、それに役割対人関係についての信条などが含まれる

培養

(culture から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/02/29 21:42 UTC 版)

炭疽菌の培養

培養(ばいよう、culture)とは、微生物あるいは多細胞生物細胞組織の一部を人工的な環境下で育てることである。多細胞生物を個体単位で育てる場合は飼育栽培として区別される。本稿では主に微生物の培養を扱う。組織の培養に関しては組織培養を参照。

歴史

レーウェンフック微生物を発見してから19世紀までは、微生物の研究は天然から直接採取されたものを中心になされてきた。野外で採集される原生生物菌類以外では、微生物観察のための素材として肉スープの腐敗したものがよく用いられた。ただし、これは能動的な培養とは区別する必要がある。

パスツール酵母の研究を行ったとき、彼は酵母の生理作用に関心を持ち、これを研究するために培養液の成分を検討し培養した。このころが培養の黎明期である。ロベルト・コッホ病原体の研究にあたり、病原体の純粋培養を目的として培養法の基礎となるさまざまな技術を開発した。これらの努力により、20世紀初頭には主要な病原性細菌の大部分が培養され、培養技術は飛躍的に発達した。組織培養も、基本的にはこれらの技術の応用から始まったものである。

培養の必要性

細胞を培養する目的は大きく二つに分けられる。

菌類(真菌類)、藻類原生動物、細菌類(真正細菌/古細菌)などの微生物では、培養は研究を進める上で必須の手段であり、培養方法が確定していない分類群の研究は遅れるのが常である。単に研究対象の維持という点では、冷凍保存が可能な生物もある。なお、培養や冷凍保存により、目的にかなう精度で維持され続けている生物単位はと呼ばれる。

微生物についての培養技術はパスツール時代から研究が始められ、大きな発展を遂げはしたが、未だに培養ができないもの(VNCと呼ばれる)が大多数である。他方で、遺伝子関連分野の進歩により、近年では環境サンプル(土壌や低泥、海水など)を直接PCRにかけて塩基配列の増幅を行う、いわゆるenvironmental PCRが可能となっている。これにより、形態観察すら出来ない生物、姿形の分からない生物群を系統樹の上で認識できるようになった。environmental PCRは生物個々の情報量という点では貧弱であるが、生物の多様性を認識し、分類の指針を得るという観点では非常に有益な手法であり、培養できない生物の存在を確認できる点では極めて重要である。しかし、そこから得られる情報は極めて限定的であり、やはりその生物の存在が判明した場合には培養法の確立が望まれるし、それなくしては多くを知ることはできない。

培養の種類

純度による分類

粗培養
分離培養とも言う。目的の生物を得るために、自然界から採取してきた土壌や水などを適当な培地・条件で培養すること。ここで生物をある程度増やし、単離(後述)などの分離操作を経て培養の純度を高めていく。
二員培養
寄生性で宿主を要する生物や、従属栄養生物の中で生きた餌の捕食を必要とする生物で用いられる。ウイルスの場合は宿主細胞が必須であるため、必然的に二員培養となる。
単菌培養/単藻培養 (unialgal culture)
目的生物以外の真核生物を含まない培養。そのため、細菌類の混入があってもこう呼ばれる場合が多い。単一の細胞から増殖したことが保証される場合はさらにクローン (clonal) の表記が付く。例外的に、単一の細胞に由来する株であってもオートガミー(繊毛虫のエンドミクシス (endomixis) や太陽虫のペドガミー (paedogamy) )を行って独自に細胞核を再編する生物では、クローンであることが保証されない。
無菌培養 (axenic culture)
単離や洗浄といった物理的手法、あるいは抗生物質添加等の化学的な処理によって、バクテリアの混入までも排除した培養。一般に言う 純粋培養

純度の観点からは無菌培養が理想的であるが、無菌株はその作成や維持に技術を要するため、用途に応じた精度の培養を行う必要がある。例えば、16S rRNA系統解析を行うときには原核生物の混入は致命的であるが、真核生物しか持たない分子種である18S rRNAの場合は問題はない。他にも、分類群特異的なプライマーで増幅配列を選択したり、ろ過遠心分離などの操作で物理的に不要細胞を排除するなどの手段がある。これらの手法は、二員培養系を利用する場合に特に重要である。

どうしても人工的な環境では育たない生物は、植木鉢に植物を植えてそこに接種したり、動物の体内に注入して育てるなど、他の生物そのものを培養環境として用いるという方法もある。パスツールが狂犬病ワクチンを開発したときには、イヌからイヌ、それも直接に脳から脳へ植え継ぐという荒技を行ったと言われる。現在でも、インフルエンザウイルスなどのワクチン製造には鶏卵が用いられる。

液相の置換法による分類

培地添加のタイミングによる分類。すべて液体培地にのみ適用される分類である。

回分培養 (batch culture)
一回毎に新たな培地を用意し、そこへ株を植えて収穫まで培地を加えない方法。個々の培養の品質はバラつくが、コンタミネーションのリスクを分散・低減できる。
半回分培養(流加培養、semibatch culture、fed batch culture)
培養中に、培地自体や培地中の特定の成分を添加する方法。細胞密度を調節することによって増殖性を最適化したり、培養中に蓄積した有害物質を希釈して生産性を維持したりするなどの目的で行われる。
連続培養(灌流培養、continuous culture)
一定の速度で培養系に培地を供給し、同時に同量の培養液を抜き取る培養法。培養環境を常に一定に保ちやすく、生産性が安定するという特徴がある。反面、一度コンタミネーションが起きると汚染も持続するのが欠点である。

半回分培養や連続培養は工業的な用途で用いられることが多い(→バイオリアクター)。研究室における小規模な培養では、特別な装置を必要としない回分培養が主である。

撹乱法による分類

物理的な撹乱を与えるか否かとその方法。これも液体培地にのみ適用される分類である。

静置培養
撹乱を与えない培養法。衝撃に対し脆弱な細胞を増やす場合や、特定の形状のコロニーを作らせる場合などに用いる。
通気培養
熱帯魚の水槽のように、いわゆるバブリングを行う培養法。通気の目的は撹乱ではなく、気体を細胞に与えることにある。気体としては通常の空気の他、藻類など光合成生物の同化効率を上げる為に、二酸化炭素分圧を上げた空気などが用いられる。
攪拌培養
攪拌子(スターラー)やスクリューによって、細胞と培地とを混ぜ合わせる培養法。細胞が効率良く培地成分に接するので、増殖速度の向上が見込める。
振盪培養
0.5-数Hz程度の頻度で培養容器を振り動かし、細胞と培地とを混ぜ合わせる培養法。攪拌培養と同様、増殖速度の向上が見込める。

培養条件

培養に際して考慮すべき環境条件(培地以外)に以下のようなものがある。

  • 温度
  • 圧力
    • 光量子束密度 (photon flux density)
    • 明暗周期
  • 気相

これらの環境条件に関して、一般的な生物とはかけ離れた条件を要求する、あるいはそれに耐え得る生物を極限環境生物という(→極限環境微生物)。

もっとも、これを定義するには一般的な条件というものが存在することが前提である。これは一般には人間の居住する室内のそれを想定する。たとえば1気圧、日陰、25℃といったものである。これが生物にとって真に標準的なものであるかどうかには改めて検討が必要な面もある。たとえば森林土壌の菌類の研究で、実際の森林土壌の温度が多くの場合室温以下であることから、より低い温度で分離培養をし、それまでは得られなかったものが多数出現したことが報告された例もある。

培養に伴う操作

採集
培地の作成(→培地
単離 (isolation)
分離とも言う。天然のサンプルから直接行う場合もあるが、主に粗培養を顕微鏡で観察しながらピペットで目的生物を吸い上げたり(マイクロピペット法)、コロニーを白金耳で掻き取ったりする。
希釈 (dilution)
サンプルを一定の割合で希釈してゆき、希釈系列を作って確率的に細胞を株化する方法。脆弱で単離に耐えられない細胞や、一個体からでは増殖が望めない生物を株化する場合に行う。また、採取してきたサンプルの中ですでに優占状態にある生物を手軽に株化したい時にも用いる。簡便な方法であるが、培養の純度が分かりにくい上、株が確立できた場合でもクローン性は一切保証されない。
前培養 (preculture)
単離した生物をいきなり大容量の培地へ接種すると死滅する場合が多いため、最初は少量の培地へ入れて細胞数を増やし、段階的に培地容量を増やしていく作業が必要になる。単離直後の他、大量培養の前段階としても行われる。
植え継ぎ
培養時間が経過して細胞の密度が限界に達したり、培地内のリソースが食い潰されて細胞の増殖速度が頭打ちとなったとき、培養液を少量とって新たな培地へ移す作業。継代ともいう。これを行って培養を維持することを継代培養(passage culture、subculture)と呼ぶ。
滅菌
培養における課題の一つがコンタミネーション(汚染)対策である。通常身の回りにあるものにはさまざまな菌類や細菌類が付着しているため、これが培養に混入しないよう、培地に触れるすべてのものは滅菌処理を施しておく必要がある。加熱可能な器具はオートクレーブや乾熱滅菌処理、それができないものはエタノール噴霧やガンマ線の暴露を行う。培養用の実験器具はほとんどが滅菌の上密封されて販売されている。
滅菌以外にも、培養を維持する間の操作の際に、空気からの汚染を防ぐためには、HEPAフィルタを備えた無菌室クリーンベンチが開発されている。また、密封できない培養系、例えば通気を要する光合成生物や好気性の生物の培養には、綿栓シリコセン®などが用いられる。

難培養性生物

極限環境生物や寄生性の生物は、培養系を確立することが困難である。例えば節足動物の腸管内に生育する接合菌門トリコミケス綱の菌類や、同じく節足動物に外部寄生する子嚢菌門真正子嚢菌綱ラブルベニア科に属するものは、わずかに数種類を除いて培養の成功例がない。通常の環境に生息する生物でも、外洋性の放散虫類を初めとして、従属栄養性の原生生物の大部分は安定な培養手段が知られていない。

関連項目


文化

(culture から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/10/02 14:24 UTC 版)

文化(ぶんか、ラテン語: cultura)にはいくつかの定義が存在するが、総じていうと人間社会の成員として獲得する振る舞いの複合された総体のことである。社会組織(年齢別グループ、地域社会、血縁組織などを含む)ごとに固有の文化があるとされ、組織の成員になるということは、その文化を身につける(身体化)ということでもある。人は同時に複数の組織に所属することが可能であり、異なる組織に共通する文化が存在することもある。もっとも文化は、次の意味で使われることも多い。

  • ハイカルチャーのように洗練されたもの
  • 象徴的な思考や学習による信念やふるまいのパターン
  • ある社会組織に共有されている価値観

なお、日本語の「文化」という語は坪内逍遥によるものとされている[1]

文化の定義

概説

古典的・日常的な文化

ラテン語 colere(耕す)から派生したドイツ語Kultur英語culture は、本来「耕す」、「培養する」、「洗練したものにする」、「教化する」といった意味合いを持つ。18世紀後半に、産業化を示す技術革新、生産性の向上、社会の官僚化といった人間の外部に相当するものとしての文明と対比される、人間の精神面での向上を示す言葉として位置づけるものとしての文化という意味で議論を展開したのがマシュー・アーノルドである[2]。この定義では文化は教養と言い換えることもできる。英語やフランス語は、日本語・中国語・ドイツ語とは異なり、「文化」と区別される「教養」という語を持っていないので、その間の区分が明示的でない。

人類学的文化

人類学においては、人間と自然動物の差異を説明するための概念が文化である[3]

こうした定義の最初のものはイギリス人類学者エドワード・バーネット・タイラー (1871) の、

広く民族学で使われる文化、あるいは文明の定義とは、知識、信仰、芸術、道徳、法律、慣行、その他、人が社会の成員として獲得した能力や習慣を含むところの複合された総体のことである — エドワード・バーネット・タイラー、Primitive culture[4]

である。この文に続く進化主義的な議論は批判されているが、タイラーの定義は今でも基本的には正当性が認められている[5]

この定義は動物に社会が存在しないことが自明とされていた時代の定義であり、後に野生動物も社会を形成することが認められるようになると、新たな制約が加えられた。動物が使うことがない言語によって特徴づけるようになったのである。この場合、動物の音声コミュニケーションとは異なる特徴である再帰性象徴性が強調された。レヴィ=ストロースによれば、言語は文化の条件であるという[6]。つまり文化は、それが非言語的なものであっても言語的な性質を備えている象徴的な事象と定義するもので、構造主義文化人類学者によく使われる[7][8]

社会学的文化

出発点が近代社会とは異なる世界を記述するための概念であった人類学的文化は、やがて近代社会を理解するための学問である社会学にも取り込まれるようになった。社会学における文化の定義は人類学から大きく影響を受けているが、例えばパーソンズは「ひとつの社会システムは、二つかそれ以上の諸社会の社会構造や成員や文化、あるいはそうした諸社会の構造、成員、文化のそのいずれかとかかわりあうことができる」として、一つの社会における多文化的な状況を記述可能にするために、社会システムと並立して正統性を担保するものとしての文化システムを定義づけた[9]。シンボリック相互作用論者、なかでもタモツ・シブタニは、ある特定の集団ないしは社会的世界において、人々に共有されているパースペクティブ(認識枠組)を指すものとして文化を扱い、同じく、一つの社会における多文化的な状況(文化の多元的共在)の説明に有用な概念として捉えている[10]ハーバーマスは文化 (Kultur) を「文化とは知のストックのことであり、コミュニケーションの参加者達は世界におけるあるものについての了解しあうさいに、この知のストックから解釈を手に入れる」としている[11]。このように行為、あるいはコミュニケーションに利用されるストックというアイデアは、ルーマンのゼマンティーク (Semantik)、フーコーのアーシーブ(Archive) などとも関連性が深い[12]

文化人類学者のクリフォード・ギアツもパーソンズ由来の文化を採用しているので、現在では社会学的文化と人類学的文化の境目はあまり重要ではない。

考古学的文化

文化を担う集団

文化の概念は、通常、人間集団内で伝播されるものに対してのみ用いられるので、個人がただ発明しただけの状態では適用されることはない[13]。また、地域集団時代によって文化様式は大きく異なることがある。アメリカの文化人類学者ルース・ベネディクトは、個々の文化はそれぞれの固有様式で統合されており、他の文化からの基準では本当の意味で理解することは困難であり、相対化と再帰的な検討が必要であるという文化相対主義を展開した。

文化は人間集団によって作られるが、同時に個々の人間も環境という形で、不断に文化に適応学習させられていると考えられる。

日本文化や東京の下町文化、室町文化など地理的、歴史的なまとまりによって文化を定義するもの、おたく文化のように集団を構成する人を基準に文化を定義するもの、出版文化や食文化のように人の活動の種類によって定義するものなど、個々の文化は様々な形で定義、概念化される。

さらに小規模な集団にも企業の「社風」、学校の「校風」、ある家系の「家風」などがあり、これらも文化と呼ばれる。

動物の文化

現在、文化の定義は人間のという限定を用いなくても、動物が持たないものになるように定義づけられつつあるため、結果として動物は文化を持たないこととなっている。しかし野生動物の長期野外調査の蓄積によって、同種個体でも地域差が見られたりすることや道具を使用することは知られている。

文化の発祥と伝播・変容

ある特定地域の文化も、人々がそれを用いることが有益と判断すれば他の地域でも用いられるようになり、また伝播先の文化と融合して新たな文化を創造することもある。このような作用によって様々な文化が交じり合い、より高度な文化が創られてきたともいえるが、一方で自文化の変容に対しては反発もあり、各種の紛争の要因ともなっている。

例えば仏教は、インドで発祥し、宗派の分裂や各地の文化の影響もありつつ、中央アジア諸国や東アジア諸国など周辺地域へと伝播していく(上座部仏教大乗仏教も参照)。その後日本にも伝えられるが、当初はその受容につき激しく争われた(崇仏論争、仏教公伝も参照)。受容後は中国などからの影響も受けつつも、日本独自の宗派も発達し、神道との融合なども行われた(神仏習合)。

文化にまつわる議論

単一発展史観

他の文化を貶め、自分の文化を至高とする思想は世界各地で見られるが、その偏見や差別を正当化するために、文化は異なる進歩の階層があり遅れた文化と進んだ文化が存在するという説が19世紀のヨーロッパの社会進化論を背景にとなえられた。現在遅れているように見える文化であっても、将来的には進歩するという考えである。植民地主義とともに、こうした遅れた地域を指導し、文化的に発展させる(近代化)ということが帝国の役割であるという独善的な考えが強く押し出された。このような観点から、人間を動物園の動物のように見せる催しが流行した(人間動物園)。

後にフランツ・ボアズ文化相対主義の立場から猛烈に批判し、単一発展史観は現在では論じられることはなくなった。

環境に対する適応としての文化

文化人類学においてマイナー領域であるが、ネオ進化主義と呼ばれる立場(生態人類学)において、身体的な限界を越えて環境に適応するためのあり方として文化の生態的な側面が分析される。もちろん全ての文化的な行動について生態的な適応という観点から分析できると考えられているわけではないが、例えばマーヴィン・ハリスカニバリズムを儀礼的な側面よりもたんぱく質の摂取という観点で考察する[14]

文化についての語り

誰の文化なのか

女性割礼はしばしばイスラム教の慣習として語られるが、イスラム法コーランにはそのような記載はないことから、いくつかのイスラム国家では行われていない慣習であり、イスラム法学者によって非イスラム的な慣習であることが発表されている。実際に女性割礼を行いイスラムの文化であると主張していた集団が、イスラム法学者のそのような主張を聞くと、民族固有の文化であると根拠を切り替えて、多文化主義の立場から文化実践を継続することがある。

このように文化実践の主体の帰属先自体が、人々の都合によって変更される。

文化の権利

ある文化実践の由来や実態について、文献資料を用いる文化人類学者と現地の実践者の間に齟齬が生じることがある。

近代史研究は、自明とみなされてきた文化が比較的近年に「発明」されたものだということを明らかにしてきた。しかし「オセアニアンは過去における先祖の生活についての神話などを、現地の人々は政治的シンボルとして発明している」という文化人類学者の見解[15]は、現地の人々にとって「文化人類学者は祖先の文化をまったく知らず、自己規程の力さえ奪おうとしている」という傲慢な態度にほかならず、反発を受ける[16]

このような議論の極端な事例が捏造疑惑である。マーガレット・ミードはサモア人女性は性的に開放的であると議論した[17]が、のちに調査した文化人類学者やサモア人から反論がされた[18]。実際にミードが捏造をした、もしくは経験不足で嘘や冗談を見抜けず誤ったことを書いてしまったのか、サモアの文化そのものが変貌したのかについては議論が分かれている[19]

また文化人類学者の横暴に対して現地の人々が反発したものとして、例えば南米の狩猟採集民族ヤノマミ族は他人を罵倒する言葉として、「人類学者(アンスロ)」が定着しているという[20]ことが挙げられる。

カルチュラル・スタディーズ

文化人類学において、文化は人間の行為を媒介する象徴の体系である。しかしイギリスの文学研究者たちが、イギリス国内のマスメディア現象を批判的に分析するためにうまれた研究手法であるカルチュラル・スタディーズでは、均質であることの想定を許さない社会における文化を分析対象とするために、「ある社会において生活している人々の誰もが、等しく共有しているわけではない」という「社会認識」をもとに文化を位置づけた。

未開文化の消滅

人類学は、未開社会の貴重な文化が西欧文化やグローバリゼーションなど外部の悪影響で消えつつあることを告発していたが、現在では他の文化を未開社会とみなす姿勢はもとより、真正・純正の文化がある・あったという思考自体が批判されている。クリフォードはこうした思考による記述を「消失の語り」として[21]、文化が外部の影響を取り込みつつも新たな展開を示していくことを重視して記述する「生成の語り」[22]と区別した[23]

混血文化としての観光

外部からの影響によって、伝統的文化が変貌したり新しく創造されたりすることがある。その典型的な事例は観光地にしばしば現れる。例えばバリケチャは悪魔祓いの儀礼のときに行われるコーラスをもとに、映画『悪魔の島』(1955年)のBGMとしてドイツ人、ヴァルター・シュピースが創作したものであるが、これがラーマヤナの物語として現在の姿になり、それが現地の人々に受け入れられたものである[24]。他にはアイヌの民族芸能である木彫りの熊も、徳川義親スイス土産を開拓村のアイヌに作らせたことが起源だとする説がある[25]

一方でこうした観光のクレオール的な性質に対して、しばしば反発がおきる。代表的な事例では観光地での商売上の慣行が実際の伝統的な文化と同一視されることを拒絶する民族運動としてハワイの先住民運動がある[26]

多文化主義と文化隔離主義

文化相対主義の政治的応用の一つとして多文化主義と文化隔離主義がある。どちらも文化を本質主義的に取り扱っているので、文化人類学者の議論とは隔絶がある。特に移民排除運動や排外主義を理論化する際に、「文化相対主義からすれば、お互い相容れない存在なのだから、祖国に帰るべきである」という形で援用されるのが文化隔離主義であり、人類学者から文化相対主義の地獄とされる。

文化資本と社会構造

ピエール・ブルデューは、社会における支配階層は権力によって、文化の洗練さを規定し、そうして規定した洗練されたとする文化資本を維持するハビトゥスを獲得することで権力を再生産するとした。

ミーム

ミームとは、文化を形成する情報であり、人の心から心へとコピーされる情報である[27]。ミームという言葉は、生物学者のリチャード・ドーキンスが作ったもので、ドーキンスはミームの例としてキャッチフレーズや服の流行をあげている。ミーム学という科学では、ミームという概念を用いて文化を理解する。

ミーム学は、「ミームが自分の複製を作る」という視点で考察される。これは、ドーキンスの論じる利己的遺伝子が「遺伝子が自分の複製を作る」という視点で考察されることからの類推である(ただし利己的遺伝子のアイデア自体はドーキンス独自のものではない)。

遺伝子やミームのように自己の複製を作るものを自己複製子という。自己複製子は、自分のコピーを作る時に変異を起こすことがあり、多様化していく(DNAは、多くの場合正確に子孫に複製されるが、まれにコピーミスが起きる)。多様化した自己複製子は自然選択(自然淘汰)によって、進化する。したがって、自己複製子であるミームも遺伝子のように進化することができ、この考察から、文化の進化する様子を分析することができる。

脚注

  1. ^ 毎日新聞社編『話のネタ』p.55、PHP文庫、1998年。
  2. ^ 太田好信 『民族誌的近代への介入—文化を語る権利は誰にあるのか〔増補版〕』 人文書院、2009年
  3. ^ 祖父江孝男 『文化人類学入門』 中央公論社〈中公新書; 560〉、1979年
  4. ^ E.B.Taylor (2007) [1871]. Primitive culture: researches into the development of mythology, philosophy, religion, art, and custom.. Kessinger Pub Co. pp. 1. ISBN 142863830X. 
    翻訳: E.B.タイラー 『原始文化』 比屋根安定訳、誠信書房、1962年
  5. ^ 村武慶 「文化の変動」『文化人類学』 村武精一・佐々木宏幹、有斐閣、1991年
  6. ^ クロード・レヴィ=ストロース 「言語学と人類学」『構造人類学』 佐々木明訳、みすず書房、1972年(原著1958年)。
  7. ^ しかし大型類人猿が言語を学習できるということが知られるようになると、文化獲得における重要なイベントである学習を細分化して人間の学習(意図模倣)と動物の学習(単純模倣)をわけ、さらには教示の有無を問題にするという発想もでている。つまり動物が社会化のなかで獲得するふるまいは、単純模倣によってだけ獲得される伝統traditionであり、人間が言語や意図模倣、教示を通した社会化のなかで身につける文化という差異を創出して定義づけ、人間以外の動物には文化を身につけることは困難であるとするのである。
  8. ^ 『心ところばの起源を探る: 文化と認知』 大堀壽夫・中澤恒子・西村義樹・本田啓訳、勁草書房、2006年
  9. ^ パーソンズ・T.(タルコット) 『文化システム論』 ミネルヴァ書房、1991年
  10. ^ Cf. タモツ・シブタニ著、2013年、木原綾香ほか訳「パースペクティブとしての準拠集団Discussion Papers In Economics and Sociology, No.1301.
  11. ^ Habermas, Jürgen 河上倫逸ほか訳 (1985-1987) [1981]. コミュニケーション的行為の理論. 木鐸社. 
  12. ^ 高橋徹 『意味の歴史社会学―ルーマンの近代ゼマンティック論』 世界思想社、2002年
  13. ^ 文化 (動物)の芋洗いの項目を参照
  14. ^ マーヴィン・ハリス 『ヒトはなぜヒトを食べたか—生態人類学から見た文化の起源』 鈴木洋一訳、早川書房〈ハヤカワ文庫—ハヤカワ・ノンフィクション文庫〉、1997年
  15. ^ Keesing, R (1989). “Creating the Past”. The contemporary Pacific 1 (2): 19-42. 
  16. ^ Trask, H-K (1991). “Native and Anthropologist”. The contemporary Pacific 3 (1): 159-167. 
  17. ^ マーガレット・ミード 『サモアの思春期』 畑中幸子・山本真鳥訳、蒼樹書房、1976年(原著1928年)。
  18. ^ デレク・フリーマン 『マーガレット・ミードとサモア』 木村洋二訳、1995(原著1983年)。
  19. ^ 池田光穂 「第5章 民族誌のメイキングとリメイキング―ミードがサモアで見いだしたものの行方」『メイキング文化人類学』 太田好信・浜本満、2005年
  20. ^ 太田好信 『民族誌的近代への介入』、2001年、298頁。
  21. ^ The Predicament of Culture: Twentieth-Century Ethnography, Literature and Art, Cambridge, MA, (1988), pp. 17 
  22. ^ The Predicament of Culture: Twentieth-Century Ethnography, Literature and Art, Cambridge, MA, (1988), pp. 246 
  23. ^ 太田好信 『トランスポジションの思想 文化人類学の再想像』 世界思想社、1998年
    クリフォードの分類については太田 (1998) の訳p.270を採用した。
  24. ^ 山下晋司「『劇場国家』から『旅行者の楽園へ』」、『国立民族学博物館研究報告』第17巻第1号、1992年、 1-33頁。
  25. ^ 荒俣宏 『大東亞科學綺譚』 筑摩書房〈ちくま文庫〉、1996年
  26. ^ 山中速人 『イメージの楽園』 筑摩書房、東京、1992年
  27. ^ リチャード・ブロディ『ミーム―心を操るウイルス』講談社、1998年。

参考文献

  • イーグルトン・テリー著、大橋洋一訳『文化とは何か』松柏社、ISBN 4-7754-0100-9

関連項目

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