YS-11 採用官公庁

YS-11

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/26 09:44 UTC 版)

採用官公庁

自衛隊

自衛隊では1965年(昭和40年)から1973年(昭和46年)までにYS-11を23機導入した。内訳は航空自衛隊13機、海上自衛隊10機であった。この採用には、世界への信頼誇示のため、防衛庁に進んで採用してほしいとの強い要望が通産省から寄せられたという話もある。空自の一部の機体はゼネラル・エレクトリック社製 T64-IHI-10J を搭載し、プロペラを3枚に変更した「スーパーYS-11」となっている。航空法改正により日本の航空機は空中衝突防止装置の装備が義務付けられたが、自衛隊機は対象外であり追加装備費を要さず、かつ民間機より飛行時間が短いことから傷みも少ないため、民間YS-11が引退した後も運用されている。

航空自衛隊

YS-11P 1152号機
YS-11P 1153号機
YS-11P 1158号機
YS-11P 美保基地開庁50周年記念特別塗装
YS-11EB 1155号機
YS-11EB 1157号機
YS-11FC 1151号機
YS-11FC 1154号機
YS-11FC 1160号機
YS-11NT 1156号機

航空自衛隊ではC-46の老朽化が進んでいたことから、次期輸送機導入までのつなぎとして、1965年(昭和40年)から1971年(昭和46年)にかけて、人員輸送機YS-11Pを4機、人員・貨物輸送機YS-11PCを1機、貨物輸送機YS-11Cを7機、飛行点検機(フライトチェッカー)YS-11FCを1機、それぞれ購入した。後に大型のC-130H輸送機が導入されたことから、余剰となったYS-11Cを他用途に改造した。2機が電子戦訓練機YS-11Eに、1機が航法訓練機YS-11NTに、2機が電子測定機(電子偵察機YS-11ELに、2機がエンジンとプロペラを換装した「スーパーYS」電子測定機YS-11EBに、それぞれ改造された。EBの1機はPCからCとなったものを再改造した。YS-11ELの2機も後に「スーパーYS」化されて、YS-11EBに統合された。YS-11Eは「スーパーYS」に改造され、YS-11EAとなった。YS-11Pも2機がYS-11FCに改造された。

部品不足により、2015年6月22日に最初の1機が用途廃止となった[28]。2016年(平成28年)12月、防衛省は残存するYS-11のうち飛行点検隊入間基地)に所属する2機のYS-11FCの後継としてサイテーション680Aを選定したことを発表した[29]。同年4月にU-125御岳墜落事故で喪失したU-125 1機の分とあわせ3機を導入した。

また防衛省航空幕僚監部では4機のYS-11EBの後継として、C-2かC-130輸送機の改造型を検討していたがC-2が選定された。2018年現在、平成31年度にC-2ベースの次期電波情報収集機RC-2を入間基地に配備する予定であった[30]。RC-2の配備式典が2020年10月1日に行われている[31]

YS-11P
YS-11-100の航空自衛隊の人員輸送機。Pは旅客を意味する英語のPassengerの頭文字。全国の航空自衛隊基地を定期・不定期で結んでいる。主翼内インテグラルタンクとバグタンクによって燃料搭載量を7,270Lとし、航続距離を延長した。キャビンとコックピットは全日空機と同様。客席は最前列だけを後ろ向きにしてボックスとし、座席ピッチは91cmで43席とゆったりしている。また、客室は軽貨物輸送パレットか患者輸送寝台に転換可能である。4機採用がされた。
平成29年5月29日に1152号機の退役を以って、同型の全てが用途廃止となった[32]。なお、同機退役までの52年間における総飛行時間は2万3872時間。
VIP仕様機
YS-11Pの1151号機と1152号機は要人や幹部の移送のため、VIP仕様として導入された。後方にラウンジとして左右内向きの3人がけソファーを設け、右前方の荷物室に航法士席とキャビン窓を増設、男子専用トイレも追加した。1151号は後に飛行点検機に改造され、1153号機がVIP仕様に改造された。また、キャビンが近代的に改修され、前方がVIP席としてテーブルを挟んで4人掛けのシートが左右1組ずつ、中ほどに横向きソファのラウンジ、後方が客室(28席)となった。
YS-11PC
航空自衛隊の人員・貨物輸送機。PCは Passenger Cargoの略。P型に続いて採用した機体で、貨客混載のYS-11-300をベースとした。後にP型に統合。
YS-11C
YS-11A-400を航空自衛隊が輸送機として採用したもの。Cは貨物機を意味するCargo(カーゴ)の略。胴体後部左側に横3.05m・縦1.83mのカーゴドアを設置した全貨物機で、床が強化された。室内は客席にも転換可能で、パッセンジャーシート44席か3人掛けトループシート14脚42席、担架は24床を設置できる。7機を採用したが、C-130H導入によって余剰となり、全て他用途に改造された。
YS-11E
YS-11Cから改造された航空自衛隊の電子戦訓練機。EはECMの略。日本の領空を監視するレーダー網及び、その他レーダーによる防空部隊の機能を確認するため、妨害電波をかけ、その対応を訓練するための機体。胴体上面に大小のレドーム、胴体下面に2個の大型レドーム、胴体後部両側に冷却装置を設置した。これらの改造は日本飛行機が主体となって行われた。2機が改造された後、YS-11EAとなった。官民問わず日常的に使用される電波をも妨害する可能性があるため、運用は慎重かつ厳密に定められている。
YS-11EL
YS-11Cを改造した航空自衛隊の電子情報収集(ELINT)任務に使用される機体。ELはELINTの略。中高度で長時間飛行を行い、周辺国から発せられる電波や信号などの電子情報を収集、分析する機体。2機改造されたが、後にYS-11EBに改造された。
スーパーYS
航空自衛隊の注文により、日本飛行機川崎重工業石川島播磨重工業の協力を受けて開発した機体。重量増加で飛行能力が下がったC型とE型のエンジンをP-2Jで使用していたGET64-IHI-10Eを-10Jに改修後、換装(再利用)、プロペラをハミルトン・スタンダードの3枚ブレードに交換した機体の俗称。上昇限界高度は9,000mに向上し、航続距離も延長された。他のYSと飛行騒音が決定的に違うために現存するYSでもかなりの異彩を放っている機である。
YS-11EA
YS-11Eを「スーパーYS」化改造した電子戦訓練機。E型で上下7箇所あったレドームを廃し、ブレードアンテナのみとなった。また、冷却機材収容部は右側のみに、機内のECM機材もJ/ALQ-7など能力向上型に改められた[33]。2機。
YS-11EB
YS-11Cを2機「スーパーYS」化改造した電子測定機(電子情報収集機)。後にEL型2機も同型に改造して計4機。機体上下に二つずつのドームを付けているのが外見上の特徴(冷却機材収容部もEA同様右側のみ)2006年の北朝鮮テポドン・ノドン・スカッドミサイル発射事件の直前にはこの機体が米空軍のRC-135B電子偵察機とともに監視活動を行った。
YS-11FC
航空自衛隊の飛行試験機。FCは飛行点検機を意味する Flight Checkerの略。胴体にはVHF及びTACANアンテナを増設し、機内に航空通信設備、航空交通管制施設を検査する自動点検装置、計器着陸装置、通信装置、グラフィックレコーダー、機上録音機、信号観測用オシロスコープなどなどの無線機材が詰め込まれ、補助電力装置 (APU) を搭載して電源としている[34]。新造1機、YS-11Pの改造2機の計3機。後継機としてサイテーション680Aが導入された。2021年3月17日に1151号機の退役を以って[35][36]、同型の全てが用途廃止となった。これにより日本国内から、「ダートエンジン」として親しまれたオリジナルエンジンで4枚プロペラの現用機が姿を消すことになった[37]
YS-11NT
YS-11Cを改造した航空自衛隊の航法訓練機。NTは航法訓練機を意味する Navigation Trainerの略。自衛隊の航法士を育成する機体で、航法/通信アンテナや六分儀が設置されている。1機。
航空自衛隊の機体
製造番号 機体番号 派生型式 初飛行 導入 採用型式 改造年 改造型式 再改造年 改造型式 退役 備考
2008 52-1151 103 1965年2月15日 3月30日 YS-11P 1992年3月 YS-11FC 2021年3月17日[35][36] VIP仕様で導入
2009 52-1152 103 1965年3月13日 3月30日 YS-11P 2017年5月29日 VIP仕様で導入
あいち航空ミュージアムで展示[32]
2018 62-1153 105 1966年1月9日 3月4日 YS-11P 2015年6月22日[38] VIP仕様に改造
2019 62-1154 105 1966年2月20日 3月28日 YS-11P 1990年12月20日 YS-11FC 2015年12月22日
2074 82-1155 A-305 1968年7月25日 8月28日 YS-11PC 19xx年 YS-11C 1995年 YS-11EB
2124 92-1156 A-402 1969年9月17日 10月28日 YS-11C 1977年3月 YS-11NT 2015年10月7日[39]
2125 92-1157 A-402 1969年9月17日 10月29日 YS-11C 1991年4月5日 YS-11EL 19xx年 YS-11EB
2150 02-1158 A-402 1970年8月15日 9月16日 YS-11C 1989年 YS-11P 2017年 美保基地で屋外展示中
2151 02-1159 A-402 1970年9月8日 10月6日 YS-11C 1989年 YS-11P 1996年2月22日 YS-11EB
2159 12-1160 A-218 1971年1月11日 2月25日 YS-11FC 2019年10月8日
2160 12-1161 A-402 1971年5月11日 5月28日 YS-11C 1983年 YS-11EL 1997年1月14日 YS-11EB
2161 12-1162 A-402 1971年6月5日 6月25日 YS-11C 1979年2月 YS-11E 1999年 YS-11EA
2162 12-1163 A-402 1971年6月22日 7月15日 YS-11C 1976年3月 YS-11E 1991年9月12日 YS-11EA 1993年7月配備

配備基地

海上自衛隊

海上自衛隊は1967年(昭和42年)から1973年(昭和48年)にかけて前部が人員(40席)、後部が貨物の混載輸送機YS-11Mを導入した。1・2号機はYS-11-100をベースにした機体だが、3・4号機はYS-11A-300・400をベースにしており、最大離陸重量が増加した。この2機はYS-11M-Aとして区別される [注釈 3]。また、1970年(昭和45年)から機上作業練習機YS-11T-Aを6機導入した。2009年(平成21年)9月、4機のうち1機が事故により用途廃止になるのを皮切りに順次引退が開始され、2014年(平成26年)12月26日、アメリカ海軍から中古のC-130R(アメリカ海軍が保管している中古のKC-130R空中給油機をアメリカ国内で動作可能状態に再生して、空中給油機能を取り外した機体)6機を後継機とし、最後まで残っていた2機の退役を持って全機用途廃止となった。整備マニュアルは独自に作成した物を利用していたという[26]。一時期、後継機としてATR 72DHC-8 Q400C-130J等が挙げられたが、その後白紙になっていた。

YS-11の退役に伴い、海上自衛隊の職域から機上通信員が無くなった[26]

YS-11M
YS-11M
YS-11-100の海上自衛隊輸送機。海上自衛隊唯一の輸送機で、全国の海自航空基地を定期・不定期で結んでおり、硫黄島南鳥島へ物資を輸送する『小笠原定期』に向かう際は座席半分を取り払って貨物スペースを拡大する[26]
改造点は、貨物輸送のため床を強化、室内運搬装置の設置、胴体後部に大型カーゴドアを増設した。機内は60m3か最大容積8m3までの貨物を搭載できる。2機。
YS-11M-A
YS-11A-400と300/600の海上自衛隊輸送機。-400は内装では特にMとの違いはないが、YS-11Aであることから基本性能が異なる。300/600は前方が貨物室、後方が客室である。-400 1機、300/600 1機の計2機。
YS-11T-A
エプロン上のYS-11T-A
海上自衛隊のYS-11Mの後継機C-130R
YS-11T-A
海上自衛隊の機上作業訓練機。対潜哨戒機に搭乗する乗務員を養成する機体で、胴体下部に巨大レドームを設置し、低高度任務が多いことから与圧室を廃し、空調は機器の冷却に使用されている。このため夏場は蒸し風呂となり、気圧差で耳が慣れるのに時間がかかるなど特有の問題を抱える[26]。補助電力装置 (APU) を搭載して電源としている。
当初はP-2JやPS-1の乗員を育成するため、哨戒機器もP-2Jの物を用意した。後にP-3Cが導入されると、T-Aの機器も合わせて更新された。[要出典]2011年(平成23年)5月31日、全機用途廃止となった[40]。これにより同年6月1日、第205教育航空隊は解隊した。
海上自衛隊の機体
製造番号 機体番号 派生型式 初飛行 導入 採用型式 退役
2033 9041 112 1967年2月25日 3月31日 YS-11M 2014年12月26日
2058 9042 A-113 1968年2月17日 3月15日 YS-11M 2014年12月26日
2100 6901 A-206 1969年3月3日 1970年2月28日 YS-11T-A 2011年5月31日
2123 6902 A-206 1969年9月5日 1970年6月15日 YS-11T-A 2010年10月22日
2132 6903 A-206 1969年12月6日 1970年8月18日 YS-11T-A 2010年10月22日
2148 6904 A-206 1970年7月21日 1971年4月28日 YS-11T-A 2011年5月31日
2174 9043 A-404 1971年10月13日 11月26日 YS-11M-A 2014年12月26日
2180 6905 A-320/624 1973年3月15日 12月20日 YS-11T-A 2011年5月31日
2181 6906 A-320/624 1973年5月15日 1974年2月1日 YS-11T-A 2011年5月31日
2182 9044 A-320/625 1973年4月11日 5月11日 YS-11M-A 2010年7月20日
配備基地

海上保安庁

おじろ2号

海上保安庁では、1965年(昭和40年)のマリアナ海域漁船集団遭難事件により、多数の船員を救助できなかった痛手を教訓とし、「行動半径700海里において2.5時間の低空捜索能力を有する」長距離捜索救難機を導入することになった[41]採用されたYS-11Aは洋上での長距離飛行に備え、航法通信設備、六分儀、偏流計などの装備を追加、また、胴体後部には直径800mmの球形見張り窓(バブルウィンドウ)と横向き見張り窓、胴体下面にはシーマーカーなど標識投下装置2本、救命いかだなど物資投下口も設置された。翼内バグタンクのほかに815L入り胴体タンクを3個追加し、1,300kmの空域を低空で2時間半捜索できるようになった。LA701は尾部に磁気観測ヘッドを納めた強化プラスチック製の磁気探査装置ブームが装備されており、水路の地磁気と真方位、磁方位を定期観測していた。

1969年(昭和44年)3月20日、羽田航空基地にLA701号機が導入され、同年には根室沖で発生した船舶火災事件で15名の救出に成功するなど、早くも航空救難に活躍した[41]1971年(昭和46年)11月にはLA702号機が就役し、2機体制となった。その後、新海洋秩序による排他的経済水域の設定に伴う業務拡大で、1977年(昭和57年)度に全日空の中古リース機を3機購入し直し、羽田・千歳・那覇に5機が配備され、日本の領海をカバーする体制が完備された。千歳と那覇の4機には1991年(平成3年)5月に「おじろ」「しゅれい」の名が付けられたものの、羽田のLA701だけは名称がなかったが、1995年(平成7年)5月に「ブルーイレブン」と名づけられた。2000年(平成12年)からは「JAPAN COAST GUARD」のロゴ、次いでマスコットの「うみまる」シールも貼られた。

海上保安庁のYS-11Aは、救難や航路監視、領海警備、海底火山の観測などのほかにも、羽田所属機は特殊救難隊の空輸や南鳥島硫黄島ロランC局の職員の送迎や物資運搬に、千歳所属機は冬季の流氷観測にも運用された。特に千歳所属機は、1990年(平成2年)にサハリンで大火傷を負った少年コンスタンティン・スコロプイシュヌイの北海道への救急搬送に用いられたほか、2度にわたるロシアへの緊急支援物資輸送に用いられた。「ブルーイレブン」はヨット捜索救助と中国密航船発見の功から、2度の長官表彰を受けた[41]

老朽化により2009年(平成21年)2月から解役が始まり、09年12月には「おじろ2号」が解役。最後まで残った「ブルーイレブン」も、42年間の総飛行時間は2万3,000時間以上に達していた[42]上に、航空法の改正で改造が必要なことから、2011年(平成23年)1月13日に解役[43]。退役した機体は、部品取り用に航空自衛隊に提供された[44]。後継機には、2006年(平成18年)11月に、ボンバルディアDHC-8 Q300海保仕様機を3機発注した。2009年(平成21年)から導入が始まり2011年(平成23年)1月にはYS-11を全機退役させた[45]


海上保安庁の機体
製造番号 機体 登録
番号
機体
番号
初飛行 導入 機体愛称 配備 退役 備考
2093 A-207 JA8701 LA701 1969年1月27日 3月20日 ブルーイレブン 羽田航空基地 2011年1月 1995年5月命名
2175 A-207 JA8702 LA702 1971年10月28日 11月30日 ブルーイレブン2 羽田航空基地 2010年3月 元千歳所属「おじろ2号」
2164 A-213 JA8780 LA780 1971年9月1日 1979年3月2日 しゅれい1号 那覇航空基地 2009年11月 元全日空リース機
2167 A-213 JA8782 LA782 1972年1月26日 1979年2月2日 おじろ2号 千歳航空基地 2010年3月 元全日空リース機
2177 A-213 JA8791 LA791 1973年2月8日 1978年12月1日 しゅれい2号 那覇航空基地 2009年11月 元全日空リース機

航空局

航空局 YS-11(JA8709)

運輸省(現国土交通省航空局では飛行検査機として採用され、管制保安部に配属となった。前方右側の貨物扉を廃止、機体上面に短波・高周波アンテナ、2本のUHFアンテナ、後方下面にTACANアンテナ、2個のマーカーアンテナ、補助動力装置 (APU) の吸排気口増設などの改造が行われ[7]、キャビンは前方に各種無線機器、自動操縦装置関係機器、オーディオ機器が置かれた作業室、後方を8名が搭乗できる客室とした。最初は機首部分と垂直尾翼、主翼先端が蛍光オレンジ色に塗られていたが、後に全身モノトーンホワイトと細帯に変更された[46]。元東亜の2084(JA8709)は、後に飛行検査情報システム(AFIS)と空中衝突防止装置(TCAS)を搭載していたが、老朽化のために2006年(平成18年)12月22日に全機引退した[47]

航空局では後継機としてボンバルディアBD-700サーブ2000、ボンバルディアDHC-8 Q300を採用した。1998年に引退した2003(JA8610)は量産初号機(通称「ひとまる」)であり[7]、1999年から記念機として運輸省・文部省(いずれも当時の名称)、国立科学博物館、JALの協力によって東京国際空港内で年間約900万円かけて動態保存されていた。2007年には日本機械学会によって機械遺産[48]2008年4月には日本航空協会によって重要航空遺産に認定されている[49]。しかしその後の検討により動態保存を断念し、2020年1月に解体の上茨城県筑西市の民間施設に移設された[50]

上述の通り、エアロラボインターナショナルが2014年12月に航空局から機体を落札し、レストアを実施して再飛行を目指している。

飛行中のN462AL
航空局の機体
製造番号 機体 登録
番号
初飛行 導入 愛称 引退 備考
2003 104 JA8610 1964年10月23日 1965年3月30日 ちよだII 1998年12月18日 国立科学博物館ザ・ヒロサワ・シティ
2021 110 JA8700 1966年3月24日 1967年1月24日 ちよだIII 1999年1月29日 エアフィリピンに売却、スペア機材となる。
2047 118 JA8720 1967年9月11日 1968年8月31日 ちよだIV 2006年12月22日
2048 115 JA8711 1967年10月6日 1972年3月 2002年10月1日 元航空大
2049 115 JA8712 1967年10月13日 1972年3月 2003年5月29日 元航空大→現崇城大学所有
2084 A-212 JA8709 1968年10月9日 1985年10月9日 2006年12月22日 元ヴァスプ→東亜「よろん」→
エアロラボインターナショナル(N462AL[51]

フィリピン

戦争賠償の一環でYS-11A 2179号機(登録番号:JA8785)をフィリピン航空局が購入した(登録番号:PI-67後にRP-77)。1976年からはフィリピン空軍に移籍し、1993年まで701/251特別輸送飛行隊で政府専用機として運用された。2002年からはフィリピン空軍航空博物館英語版で屋外展示されている[52]


注釈

  1. ^ その後MRJの生産拠点となる。
  2. ^ スプリングタブは、補助翼にも取付けられている
  3. ^ 4号機はYS-11A-320/625をベースにしているため前部が貨物室、後部が客室
  4. ^ 2020年3月までは羽田空港で保管されていたが、一般公開が限られることから、公開の在り方について検討を重ね、無償貸与という形でザ・ヒロサワ・シティにて展示されることとなった

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j 中村浩美、2006、『YS-11 世界を翔た日本の翼』、祥伝社
  2. ^ YS-11風洞模型”. 国立科学博物館. 2013年5月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年12月30日閲覧。
  3. ^ 日本機械学会 交通・物流部門”. www.jsme.or.jp. 2020年3月9日閲覧。
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  5. ^ K.Takenaka. “235. 航研・長距離飛行世界記録機”. 古典航空機電脳博物館. 2012年10月15日閲覧。
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  7. ^ a b c d e f g YS-11量産初号機「ひとまる」公開プロジェクト 最後の大規模組み立てを生配信 - おたくま経済新聞
  8. ^ a b 前間孝則、1999、『YS-11 - 上 国産旅客機を創った男たち』、講談社・α文庫
  9. ^ a b 前間孝則、1999、『YS-11 - 下 苦難の初飛行と名機の運命』、講談社・α文庫
  10. ^ a b 前間孝則、2002、『日本はなぜ旅客機を作れないのか』、草思社
  11. ^ a b 前間孝則、2003、『国産旅客機が世界の空を飛ぶ日』、講談社
  12. ^ a b 杉浦一機、2003、『ものがたり日本の航空技術』、平凡社
  13. ^ YS-11 スクラップの危機 回避”. NHKONLINE ニュースウオッチ9 特集まるごと. 2015年1月13日閲覧。
  14. ^ スクラップ危機の「YS-11」、大阪の航空機販売会社が落札”. FNNNEWS JAPAN. 2015年1月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年1月13日閲覧。
  15. ^ “国交省のYS-11、223万円で落札 「来年飛ばしたい」”. aviation wire. (2013年12月18日). http://www.aviationwire.jp/archives/51899 2013年12月18日閲覧。 
  16. ^ YS11、整備完了=4月中の再飛行目指す”. 時事ドットコム (2015年3月30日). 2015年3月31日閲覧。
  17. ^ エアロラボYS-11、5月27日羽田ローカルフライト、28日に高松へ
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