IHIとは?

【IHI】(あいえいちあい)

株式会社IHI
IHI Corporation

日本重機メーカー本社東京都江東区所在する。

1853年江戸幕府が開いた石川島造船所始まり1945石川島重工業社名変更
1960年播磨造船所合併し、石川島播磨重工業社名変更1968年には播磨造船所から分社していた呉造船所を再合併する
2007年7月1日より現在の株式会社IHIへと社名変更した。

主力製品船舶ジェットエンジンロケット関連製品高炉蒸気タービンエネルギー関連などである。

主な防衛航空関連製品として、むらさめ型護衛艦こんごう型護衛艦などの護衛艦T-4エンジンであるF3-30/30B、F-4EJ/EJ改のエンジンであるJ79ライセンス生産)、F-15J/DJのエンジンであるF100ライセンス生産)、F-2エンジンであるF110ライセンス生産)などがある。

メーカーホームページ
http://www.ihi.co.jp/

関連ネ20 J3 J79 TF40 F110 F100 F3-30/30B XF5-1 F7 T700 

ジャパンマリンユナイテッド

IHIとJFEグループ合弁子会社で、創業部門艦船建造担当する。
1995年にIHIと住友重機械工業それぞれの艦艇自衛艦部門分社合併して誕生した「マリンユナイテッド」に由来する。
2002年にはIHIの民間船舶部門をマリンユナイテッドに編入し、社名を「IHIマリンユナイテッド」に変更
2008年にIHIの完全子会社化をしつつ、JFEグループ造船会社ユニバーサル造船との合併交渉開始2012年中に合併を果たす予定だったが、2013年1月にずれこんだ。
これにより旧石川島・播磨住友日本鋼管日立等の造船部門が1社に統合され、世界7位の造船会社となった。

メーカーホームページ
http://www.jmuc.co.jp/

関連あさぎり型護衛艦 たかなみ型護衛艦 むらさめ型護衛艦 ひゅうが型護衛艦 こんごう型護衛艦 
しらね型護衛艦 はるな型護衛艦 ちくご型護衛艦 とわだ型補給艦 やまぎり型練習艦 てんりゅう訓練支援艦
試験艦あすか 巡視船しきしま

IHIエアロスペース

IHIの子会社で、各種ロケットエンジンなどを製造する。

元は中島飛行機戦後解体された際のひとつ「富士産業」(後の富士精密工業)であった。
後に立川飛行機合併して自動車メーカープリンス」となるも、日産自動車吸収される。
しかし日産フランスルノー買収される際、防衛宇宙開発担当する部門外資に渡ることを恐れ航空宇宙部門分社売却したものである。
現在では元々IHIが行なっていたロケット関連業務多く移管されている。

メーカーホームページ
http://www.ihi.co.jp/ia/

関連H-IIH-IIAロケット はやぶさ MLRS パンツァーファウスト3


IHI

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/02/06 16:59 UTC 版)

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株式会社IHI
IHI Corporation
IHI logo.svg
IHI head-office building.jpg
豊洲IHIビル
種類 株式会社
市場情報
略称 IHI、石播
本社所在地 日本の旗 日本
135-8710
東京都江東区豊洲三丁目1番1号
豊洲IHIビル
設立 1889年(明治22年)1月17日
(有限責任石川島造船所)
業種 機械
法人番号 4010601031604
事業内容 建設機械航空エンジンプラント
代表者 代表取締役会長兼CEO 斎藤保
代表取締役社長兼COO 満岡 次郎
資本金 1,071億65百万円
発行済株式総数 1,546,799千株
売上高 連結:1兆5,393億円
単独:7,348億円
純資産 連結:3,333億円
単独:2,147億円
総資産 連結:1兆7,150億円
単独:1兆1,797億円
従業員数 連結:29,494名
単独:8,571名
決算期 3月31日
主要株主 日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口)4.03%
日本トラスティ・サービス信託銀行(東芝退職給付信託口)3.58%
第一生命保険3.49%
日本マスタートラスト信託銀行(信託口)3.10%
みずほ信託銀行(退職給付信託みずほ銀行口)2.97%
関係する人物 土光敏夫
稲葉興作
永野治
碓井優
真藤恒
外部リンク http://www.ihi.co.jp/
特記事項:各種経営指標は2016年3月期
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株式会社IHI(アイ・エイチ・アイ、英:IHI Corporation)は、東京都江東区豊洲に本社を置く、重工業を主体とする日本の製造会社。

旧社名は石川島播磨重工業株式会社(いしかわじまはりまじゅうこうぎょう、Ishikawajima-Harima Heavy Industries Co., Ltd,)。2007年7月1日付をもって、従来略称として用いてきたIHIを正式社名に変更した[1](「H」はHarimaではなくHeavy IndustriesのH)。

概要

幕末以来160年を超える歴史があり、重機などの重工業において、日本を代表する企業の一つである。旧国鉄(現:JR東日本東京駅丸の内側本屋の鉄骨の建造(施工は大林組が担当し、1914年に開業)[2]永野治による日本初のターボ・ジェットエンジン開発(1945年)、日本国内最大の大型海水淡水化装置建設(1967年)、東京湾アクアライン工事用シールド掘進機納入(1997年)、明石海峡大橋ケーソンやタワー(主塔)の建設(1998年)などに関わってきた[要出典]

同社のトップは政財界でも様々な活動を行っている。最近では伊藤源嗣が日本経済団体連合会(日本経団連)の評議員会副議長を務めていた(就任時は社長、2003年~2007年)[3]。1980年代に中曽根康弘首相が進めた行政改革においては、その基本方針をまとめた第二次臨時行政調査会の会長を同社出身の土光敏夫が務め[4]、その主要政策として実行された日本電信電話公社の民営化では真藤恒が同公社の最後の総裁、及び日本電信電話(NTT)の初代社長としてその移行を実現させた。また、稲葉興作は1993年から2001年に日本商工会議所の会頭であった[5]

元来独立系の企業だが、土光敏夫が三井グループの東京芝浦電気(現:東芝)の再建に関わって[4]以来東芝と密接な関係にあるため、三井グループを構成する二木会(社長会)・三井業際研究所(二木会直轄のシンクタンク)・綱町三井倶楽部(三井系の会員制クラブ)[6]及び月曜会(三井グループ各社の役員間の相互親睦と情報交換を目的とする会合)に加盟している[7]。一方、旧石川島重工業と旧第一銀行とのつながりから、メインバンクはみずほ銀行であり、IHIは第一勧銀グループにも属している[8]

2012年10月からコーポレートメッセージを「Realize your dreams」とした[9]

沿革

旧石川島重工業

旧播磨造船所

  • 1907年(明治40年) - 播磨船渠株式会社設立。兵庫県相生村(現在の相生市)に船渠建設開始。
  • 1909年(明治42年) - 播磨船渠株式会社が解散。同年に起きた建設中の事故により船渠が崩壊し、出資者が事業意欲を失った事が原因とされる。
  • 1911年(明治44年) - 播磨船渠合名会社を設立。旧社の事業を引き継ぐ。
  • 1912年(明治45年) - 船渠完成。播磨造船株式会社に改組・商号変更。
  • 1916年(大正5年) - (旧)株式会社播磨造船所に商号変更。
  • 1918年(大正7年) - 帝国汽船株式会社と合併。鳥羽造船所と共に同社の造船部となる。
  • 1921年(大正10年) - 帝国汽船造船部を株式会社神戸製鋼所に営業譲渡。神戸製鋼所造船部となる。
  • 1929年(昭和4年) - (新)株式会社播磨造船所として神戸製鋼所から分離設立。この時、造船部傘下の鳥羽電機製作所(現シンフォニア テクノロジー)は、神戸製鋼所に残る。

旧呉造船所

  • 1945年(昭和20年) - 株式会社播磨造船所、旧呉海軍工廠跡に呉船渠開設。
  • 1952年(昭和27年) - 米ナショナル・バルクキャリア (NBC)、旧呉海軍工廠跡に呉造船部開設。
  • 1954年(昭和29年) - 株式会社呉造船所として播磨造船所から分離設立。
  • 1958年(昭和33年) - 世界初の10万トン級タンカー「ユニバース・アポロ」就航。
  • 1962年(昭和37年) - NBCから同社呉造船部の営業譲渡を受ける。

石川島播磨重工業・IHI

事業拠点

主力工場は次の通り。

  • 航空・宇宙事業[注 1]
  • 機械事業
  • 物流・鉄構事業
    • 砂町工場(東京都江東区)、横浜第一工場(横浜市)、愛知工場、相生生産部(兵庫県相生市)、呉新宮工場(広島県呉市)
  • エネルギー・プラント事業
    • 横浜第一工場、相生工場(兵庫県相生市)
  • その他の事業

主要製品

詳細は、同社ウェブサイト製品案内[13]を参照。

船舶・海洋製品

船舶・海洋事業については、2002年に分社化したアイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド (IHIMU) 、2013年からはIHIMUがユニバーサル造船と合併したジャパン マリンユナイテッドに移行した。

商船・海洋製品

艦艇

戦前の日本海軍からの受注は小型艦が主立っていたが(幕末および明治初期に数隻建造したのみで軍艦建造から離れたが、大正期になり駆逐艦建造で復帰)、当時先進的な上陸戦能力を備えていた日本陸軍船舶部隊より、特種船と称す大型揚陸艦(現代の強襲揚陸艦の嚆矢とされる船種)を受注しており主力船2隻を建造している。

戦後は輸出向けに建造されたことはないため、納入先は海上自衛隊のみである。

東京石川島造船所(戦前)
播磨造船所(戦前)
石川島播磨(東京)
アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド(横浜)
ジャパン マリンユナイテッド(磯子)

官公庁船

航空・宇宙

ジェットエンジン

航空の分野において、IHIはジェットエンジン製造を専業とし、初の国産ターボ・ジェットエンジン「ネ20」は同社の製品である。国内におけるジェットエンジンのシェアは60%を超え、トップである。

国産
ライセンス生産

宇宙

宇宙事業は100%子会社のIHIエアロスペースがその多くを担っている。

機械事業

物流・鉄構事業

  • ローダー
  • アンローダー
  • スタッカー
  • リクレーマ
  • クライミングクレーン
  • 自動倉庫
  • 物流システム
  • 橋梁
    • 初代石狩川橋梁 1933年(昭和8年)、東京石川島造船所にて札沼線の開業に合わせて建造。上路式プレートガーター38連、下路式曲弦ワーレントラス4連で構成され、総延長1074.1mは道内最長だった。2001年(平成13年)、新橋が上流側に架けられたことにより役目を終えた。
  • 駐車装置
    タワーパーキング
  • 鉄骨
  • 水門
  • シールド掘進機
    シールド工法にてトンネルを掘削する機械
  • セグメント自動組立
  • コンクリート製品
  • プレストレストコンクリート製品
  • 鉄道車両
  • 案内軌条式鉄道車両
  • 制震装置/免震床
  • 除雪機械

エネルギー・プラント

  • 事業用ボイラ
  • 産業用ボイラ
  • 舶用ボイラ
  • 排煙脱硫装置/排煙脱硝装置
  • 原子力機器
  • 太陽エネルギー利用プラント
  • 石炭液化ガス化プラント
  • 石油精製プラント
  • 石油化学プラント
  • 大型風力発電設備
  • セメントプラント
  • 医薬プラント
  • 海水淡水化装置
  • LNGタンク/LPGタンク
  • 原油タンク
  • 水処理装置
  • 廃棄物処理装置
  • ガスタービン/ガスエンジン

その他

  • ディーゼルエンジン
  • 土木・建設機械
  • 農業機械
  • この他、1980年代のF1において、ホンダ製のターボエンジンのタービンにIHI製のタービンが使用されている。
  • 東宝映画『連合艦隊』(1981年8月8日公開)の特撮シーン撮影用・戦艦大和縮尺1/20モデル(船体はIHIクラフト製で、艦橋や煙突、砲塔やマストなどの上部構造物は東宝美術、ならびに、東宝特殊美術(現:東宝映像美術)で製作。完成は1981年1月20日。水冷ディーゼルエンジン搭載。船体内部に3人が搭乗し、速力6ノットでの自力航行が可能。また、火薬を使用して、46cm3連装主砲の発射シーンの再現も可能 。撮影終了後、東京・お台場の船の科学館の玄関脇に屋外展示されていたが、2004年12月、台風並みに発達した暴風雨により破損し、解体処分となった)。

関連会社

2007年に行った会社名変更に合わせ、子会社も従来の「石川島~」から「IHI~」に名称を改めてきている。また本店住所、出資比率もあわせて記載する。

  • 株式会社IHIインフラシステム - 大阪府堺市堺区、100%
    • 株式会社IHIインフラ建設 - 東京都江東区東陽、2011年に「イスミック」から改名、IHIインフラシステム出資100%
  • IHI運搬機械株式会社 - 東京都中央区明石町、100%
    • 株式会社IHI扶桑エンジニアリング - 東京都江東区大島、IHI運搬機械出資100%
  • 株式会社IHI環境エンジニアリング - 東京都江東区木場、100%
  • 株式会社IHIスター - 北海道千歳市上長都、100%、2008年に「スター農機」から改称
  • 株式会社IHI物流産業システム - 東京都江東区豊洲、2015年に「IHIロジテック」から改称
    • セントラルコンベヤー株式会社 - 愛知県額田郡幸田町野場四ツ塚
  • 株式会社IHIフォイトペーパーテクノロジー - 東京都中央区佃、51%
  • 株式会社IHI汎用ボイラ - 東京都江東区深川、100%
  • 株式会社IHI検査計測 - 横浜市金沢区福浦、100%
    • 高嶋技研株式会社 - 福井県あわら市瓜生、IHI検査計測出資100%
  • IHIプラント建設株式会社 - 東京都江東区豊洲、100%
  • 株式会社IHIキャスティングス - 東京都昭島市拝島町、100%、「石川島精密鋳造」から改名
  • 株式会社IHIジェットサービス - 東京都昭島市拝島町、100%、主としてガスタービン発電プラント・艦艇用ガスタービンのメンテナンス業務
  • 株式会社IHIマスターメタル - 兵庫県相生市相生(IHI相生事業所内)、100%
  • 株式会社IHIエアロスペース - 東京都江東区豊洲、100%
    • 株式会社IHIエアロスペースエンジニアリング - 群馬県富岡市藤木、IHIエアロスペース出資100%
  • 株式会社IHIエアロマニュファクチャリング - 長野県上伊那郡辰野町大字伊那富
  • 株式会社IHIプラントエンジニアリング - 東京都江東区豊洲、100%
  • 株式会社IHI技術教習所 - 神奈川県綾瀬市小園、100%
  • 株式会社IHI機械システム - 東京都江東区豊洲、100%、旧(株)石川島岩国製作所・旧石川島産業機械(株)の事業を統合して設立
  • 株式会社IHI回転機械エンジニアリング - 東京都江東区東雲、100%、旧石川島汎用機サービス(株)、旧石川島風水力サービス(株)及び旧石川島汎用機械(株)の事業を統合して設立
  • 株式会社IHIターボ - 東京都江東区豊洲、100%、旧石川島汎用機械(株)・旧石川島汎用機サービス(株)の事業統合して設立
  • 株式会社IHIシバウラ - 長野県松本市石芝、91%、ヤンマー農機(2009年2月21日をもって解散。それ以降はヤンマー(株)が受け持つ)と農業機械販売部門を業務提携、2007年に石川島芝浦機械(株)から改称
    • 株式会社IHIシバウラテック - 長野県松本市南原、IHIシバウラ出資100%
  • 株式会社IHIトレーディング - 東京都千代田区有楽町、100%
  • 下記3社は、旧新潟鐵工所(経営破綻)の事業を引き継ぐために設立。
    • 新潟原動機株式会社 - 東京都千代田区外神田、100%
      • ニコ精密機器株式会社 - 新潟県南魚沼市、新潟原動機出資100%
    • 新潟トランシス株式会社 - 東京都千代田区有楽町、100%
  • 株式会社ディーゼル ユナイテッド - 東京都千代田区神田須田町、100%
  • 株式会社IHIエスキューブ - 東京都江東区豊洲、IHI、IHIビジネスサポート出資
  • 江蘇石川島増圧器有限公司 - 中国江蘇省江陰市周荘鎮、45%、江陰通用動力機械有限公司との合弁会社。三井物産オートモーティブ、五十鈴中国、三井物産(中国)も出資
  • IHI Charging Systems International GmbH - ドイツ・ハイデルベルク市、100%、かつてはダイムラーとの合弁会社だった。
  • IHI建材工業株式会社 - 東京都墨田区両国、100%
  • 西日本設計株式会社 - 広島県呉市光町(JMU呉新宮工場内)
  • リブコンエンジニアリング株式会社 - 東京都千代田区鍛冶町
  • 日本ジュロン・エンジニアリング株式会社 - 東京都港区西新橋
  • 青森プラント株式会社 - 青森県上北郡六ヶ所村大字尾駮字野附
  • 寿鉄工株式会社 - 兵庫県相生市
  • 豊洲エネルギーサービス株式会社 - 東京都江東区豊洲
  • 金町浄水場エネルギーサービス株式会社 - 東京都江東区豊洲
  • 株式会社アイ・エヌ・シー・エンジニアリング - 東京都新宿区百人町
  • 株式会社IHIビジネスサポート - 東京都千代田区有楽町
  • 株式会社クローバーターボ - 横浜市磯子区新中原町
  • 株式会社三越 - 富山県富山市下冨居
  • 千葉倉庫株式会社 - 千葉県千葉市中央区出洲港
  • 西播開発株式会社 - 兵庫県相生市那波野
  • 明星電気株式会社 - 群馬県伊勢崎市長沼町、51%、元NECグループ、各種電気一般・理化学および精密機器等の装置・機械器具・部品の製造販売
  • ジャパントンネルシステムズ株式会社 - 横浜市鶴見区小野町、51%、JFEエンジニアリングとの共同出資

かつて存在した関連会社

  • IHIメタルテック株式会社 - 東京都江東区豊洲 100% 2013年10月に主力事業を三菱日立製鉄機械に承継、2014年1月IHIへ吸収合併
  • 株式会社IHIテクノソリューションズ - 神奈川県横浜市磯子区新中原町(IHI横浜事業所内)100% 2012年4月IHIへ吸収合併
  • 株式会社アイメック - 神奈川県横浜市磯子区新中原町(IHI横浜事業所内)2012年7月IHI機械システムへ吸収合併
  • 株式会社IHI知多・E&M - 愛知県知多市北浜町 2010年10月IHI環境エンジニアリングへ吸収合併
  • 名古屋プラスチック・ハンドリング株式会社 - 愛知県名古屋市港区昭和町 2010年10月IHI環境エンジニアリングへ吸収合併
  • 株式会社IHI西播磨サービス - 兵庫県相生市那波南本町 2010年7月IHIビジネスサポートへ吸収合併
  • 株式会社ニッシン - 長野県上伊那郡辰野町 2010年4月IHI回転機械へ吸収合併
  • 株式会社IHI物流 - 神奈川県横浜市磯子区新中原町(IHI横浜事業所内) 2010年1月IHIへ吸収合併
  • 株式会社IHI造船化工機 - 東京都江東区新砂 2010年1月IHIへ吸収合併
  • 東京湾土地株式会社 - 東京都江東区新砂 2010年1月IHIへ吸収合併
  • 株式会社日本ヘイズ - 岐阜県各務原市テクノプラザ 2009年10月IHI機械システムへ吸収合併
  • IHI建機東京販売株式会社 - 東京都千代田区神田須田町、2009年4月IHI建機へ吸収合併
  • IHI精機株式会社 - 滋賀県大津市真野、2009年4月IHI回転機械へ吸収合併
  • 石川島運搬機械エンジニアリング株式会社 - 東京都大田区大森北 2008年石川島運搬機械(現・IHI運搬機械)へ吸収合併
  • 関東セグメント株式会社 - 茨城県行方市 2015年4月IHI建材工業へ吸収合併

不祥事

名門であるが故に、日本企業の持つ構造的な問題点を抱えているとも指摘できる。その一つとして、各種公共事業における談合に同社が積極的に関与しているという疑惑が持たれており、2005年に発覚した橋梁談合事件では法人としての同社と個人としての同社元社員が起訴された。

提供番組

現在

→2014年10月~は心ゆさぶれ!先輩ROCK YOU(日本テレビ)へ提供番組を移動。 →番組の終了に伴い2015年4月~はNEWSZERO(同局系、テレビ宮崎を含む)の金曜後半枠1社へ提供番組を再移動。

過去

脚注

注釈

  1. ^ 田無工場(東京都西東京市)は、相馬事業所への移転完了に伴い閉鎖となった。

出典

  1. ^ 石川島播磨重工業、「IHI」に社名変更へ - 7月1日に実施”. マイナビニュース (2007年3月26日). 2017年11月3日閲覧。
  2. ^ 大内田史郎 (2011). “東京丸の内駅舎保存・復原”. 電気設備学会誌 (一般社団法人 電気設備学会) 31 (1月号): 65. doi:10.14936/ieiej.31.63. https://doi.org/10.14936/ieiej.31.63 2017年11月3日閲覧。. 
  3. ^ 新副会長に7氏内定/評議員会議長・副議長も”. 日本経団連 (2003年3月13日). 2017年11月3日閲覧。
  4. ^ a b 東芝、改革精神に“ゆがみ” 歴代名経営者と正反対の「当期利益至上主義」”. 産経新聞社 (2015年8月3日). 2017年11月3日閲覧。
  5. ^ 稲葉興作氏のご逝去にあたって”. 日本商工会議所 (2006年11月29日). 2017年11月3日閲覧。
  6. ^ ご利用案内”. 綱町三井倶楽部. 2017年11月3日閲覧。
  7. ^ 三井グループの100年企業”. 三井グループ広報会 (2014年7月18日). 2017年11月3日閲覧。
  8. ^ 六大企業集団の無機能化 - 同志社大学学術情報検索システム内にあるPDFファイル。筆者は経済学者の田中彰。
  9. ^ IHIグループの新コーポレート・メッセージを策定
  10. ^ a b c 『石川島重工業 108年史』1961年、306-308頁
  11. ^ a b 中沖満+GP企画センター、2005、『国産トラックの歴史』、グランプリ出版 p.23
  12. ^ [11] p.25
  13. ^ 製品案内
  14. ^ a b c d e f 『日本のカーフェリー―その揺籃から今日まで―』 海人社世界の艦船別冊〉、2009年3月15日。
  15. ^ a b 千早 1969, p. 336.
  16. ^ プレスリリース
  17. ^ 千早 1969, p. 12.
  18. ^ 千早 1969, p. 14.
  19. ^ 千早 1969, p. 13.
  20. ^ a b c d e f g h i j 千早 1969, p. 337.
  21. ^ a b 千早 1969, p. 338.
  22. ^ a b c 世界の艦船2002年5月号』第595号、海人社、2002年5月1日。
  23. ^ a b 千早 1969, p. 340.
  24. ^ a b c d 世界の艦船2005年1月号』第636号、海人社、2005年1月1日。
  25. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 世界の艦船7月号増刊 海上自衛隊2015-2016』第819号、海人社、2015年6月18日。
  26. ^ 世界の艦船2005年12月号』第651号、海人社、2005年12月1日。

関連文献

  • 寺谷武明「日本造船業成立期における政府と企業 -造船奨励法と石川島造船所-」、『経営史学』第2巻第2号、経営史学会、1967年、 85-119頁、 doi:10.5029/bhsj.2.2_85
  • 千早正隆(編)、坂本金美、松本喜太郎(編)、1969、『写真図説 帝国連合艦隊』、講談社

関連項目

外部リンク


ロイヒ

(IHI から転送)

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ロイヒ海山
ハワイ島、主要な陸地の南東にあるロイヒの位置を示す。
バクテリアの作用で黄色く着色された岩が海底に転がっている。部分的に赤や緑に着色されている。
ロイヒ中腹にある、黄色い酸化鉄で覆われた溶岩。
頂上深度 975 m (3,199 ft).[1]
高さ 大洋底より3,000 m (10,000 ft)以上[2]
他言語表記 現地の言葉で「長い」を意味する[3]「ロイヒ」("Loʻihi")という言葉をもとにして1955年に命名された[4](ハワイ語)
発音 [[loːˈʔihi]]
所在地
所在地 ハワイ島の南東沖
座標 北緯18度55分 西経155度16分 / 北緯18.92度 西経155.27度 / 18.92; -155.27座標: 北緯18度55分 西経155度16分 / 北緯18.92度 西経155.27度 / 18.92; -155.27[1]
ハワイ州US
地質
種別 海底火山
火山/ ハワイ天皇海山列
形成時期 At least 400,000 years old[5]
最後の噴火 1996 (active)[4]
歴史
発見日 1940 – アメリカ国立沿岸測地局英語版(USCGS) chart number 4115[5]
初探検 1978[5]

ロイヒ: Lōʻihi)またはロイヒ海山(ロイヒかいざん、: Loihi Seamount)とは、アメリカ合衆国ハワイ島からおよそ35 km (22 mi)南東沖にある活発な海底火山である[6]。山頂は地球上最大の楯状火山であるマウナ・ロア山の中腹、海面下975 m (3,000 ft)に位置している。「ロイヒ」とは、ハワイ語で「長い」を意味する言葉である[4]

概要

ロイヒはハワイ-天皇海山列のなかで一番新しくできた火山である。

ロイヒはハワイ諸島を構成する火山列の中で形成された年代が最も若い。ハワイにある火山の成長史のなかで、現在のロイヒは幼年期(Submarine preshield stage:直訳すると「海底火山/先盾状火山期」「先楯状期」)に相当する。2012年の現時点では、ロイヒ以外に幼年期にあたる火山は、ハワイ諸島の火山のなかでは発見されていない。ロイヒは海底深くで火山島へと成長しつつある海底火山であるといえる。

ロイヒは約40万年前に形成を始めた。今後1万から10万年後頃になれば、海面上に姿を現しはじめるだろうと予測されている。ロイヒは深海底から比高3,000 m (10,000 ft)以上に聳え立っている。この高さはセント・ヘレンズ山1980年に起こした破局的な噴火en)で低くなる前の海抜標高に匹敵しているか、それを追い抜くほどになっている。今のところ、山頂は海面下975 m (3,000 ft)に届いている。ロイヒ山頂周辺の熱水噴出孔には多種多様な微生物群が生息している。

特徴

地質

ロイヒは地球最大の楯状火山であるマウナ・ロア山の中腹に存在している海山である。この火山はハワイ・ホットスポットが生み出した、長大なハワイ-天皇海山列を構成する火山の中で最も若い火山である。形成年代が古いマウナロア山とロイヒとの山頂間の距離は、およそ80 km (50 mi)である。この距離は偶然にもハワイ・ホットスポットの直径と一致している。[4]ロイヒの頂上部は、三つの火口ピット・クレーター英語版)があり、それぞれ、山頂直下から北方向に11 km (7 mi)、南南東方向に19 km (12 mi)の長さにわたって割れ目帯(リフト・ゾーン英語版)が伸びている[7]

3つの頂上火口は、それぞれ、西火口(West Pit)、東火口(East Pit)、そしてペレ火口(Pele's Pit)と名付けられている[8]。ペレ火口はこの中で一番若く、山頂の南部にある。ペレ火口の火口壁は200 m (700 ft)の高さで立ち上がっている。これは、1996年7月に、その前身であるペレ噴出口(Pele's Vent)が陥没して形成された。ペレ噴出口は、ロイヒ山頂直下にあった熱水噴出領域であった。[6]ペレ火口の壁が驚くほど分厚いことは、これらの火口は過去に何度も溶岩で充たされたことがあることを示唆している。この火口壁は、平均して20 m (70 ft)の幅が有る。特記すべきはこの厚みで、ハワイの陸上によく見られる火口と比較しても異常なほどである[9]

ハワイ島南方沖、南北方向からやや南南東に伸びる傾向のある海底尾根を示す。周辺海域の水深測量で得られたデータから書き起こされた等深線及び矢印で指し示すペレ火口を描く。山頂のペレ火口は海面下およそ1,000メートルである。;さらに南に、尾根は3500メートルの長さで緩やかに海底平原へ下っていく。
ロイヒ周辺の水深測量で得たデータから起こされた水深図;矢印の先はペレ火口を示す。

ロイヒには南北方向に延びるリフト・ゾーンがある。これが海山特有の南北に細長く引き伸ばされた形をつくる元になっている。それゆえ、この海底火山の名前はハワイ語で”長い”を意味する「ロイヒ」と命名されたのである[10]。北リフトゾーンは、長い西の分枝部と短い東リフトゾーンから成っている。観測結果から、南北両方のリフトゾーンには海底の堆積物が積もっていないことが明らかになっている。このことから、地質年代的にごく近い時期に火山活動を起こしたことを示している。北リフトゾーンの膨出部は3つの60–80m (200–260ft)の円錐形をした高まりを内に含んでいる[9]

1970年まで、ロイヒは太古の昔に活動を止めた火山だと考えられていた。海洋底拡大に伴い、太平洋プレートに乗って、あたかもベルトコンベア上に載せられた小包のようにして、生まれた場所から遥か離れたこの地まで運ばれてきたのだと思われてきた。ハワイ諸島が下に敷いている海洋底は東太平洋海膨で作られてから8千万年から1億年たっている。太平洋の海洋底拡大軸でマントルからマグマが湧き上がっては噴出してできた新たな海洋地殻は、拡大軸から離れる方向へ動き続けている。そのような長期間にわって、ハワイの下の海洋底は東太平洋海膨から6,000 km (4,000 mi)西に行った現在の位置まで旅をして古代の海山を運んできたのだと思われてきた。ロイヒがハワイ-天皇海山列の正式なメンバーであると判明したのは、1970年、ハワイ島沖で起きた群発地震を科学調査した時である。ロイヒの山頂火口の年齢パターンは、ロイヒ自体がハワイホットスポットの真上にあった発生地点から動くにつれて火山活動の中心をゆっくりと東に移らせているということを確証させた[2]

ロイヒの三次元マップ
海山の3D-CGレンダリング

ロイヒは海底から3,000 m (10,000 ft)以上もそびえたっている[2]。しかし、未だその頂きは海面よりも975 m (3,199 ft)下にある[1]。ロイヒは約5度の傾きのある海底で形成された。マウナロアの中腹にある海山の北側の基盤は海面下1,900 m (6,200 ft)にある。しかし、その南側の基盤は更に深いところ、海面下4,755 m (15,600 ft)の深海にある。それゆえ、山頂は、海山の北麓を基準にして測ると931 m (3,054 ft)の比高が有るといえるが、南麓を基準にして測ると3,786 m (12,421 ft)の比高があるといえる[4]

ロイヒは、ハワイ型の火山の成長段階を辿る途中にある。それは、ハワイ諸島に所在する全ての火山に典型的なものである。ロイヒの溶岩からの地球化学的な知見は、幼年期から盾状火山期(Shield volcano stage)への過渡期にあるということを示している。[11]この火山は、ハワイにある火山における初期の発達段階の研究についての価値ある手がかりを提供してくれている。ハワイの幼年期の火山は急峻な山裾があり、火山活動は低調でアルカリ玄武岩溶岩を噴出することが判っている[11][12]。火山活動が長期間にわたって継続すれば、現在ロイヒ海山の存在する海域がやがては火山島になるだろうと期待されている。ロイヒは数回にわたる海底地すべりを経験してる。海底火山が上へ上へと成長することは、その斜面を不安定な状態にする。実際に、山体崩壊によって堆積したと思われる広大な緩斜面が急峻な南東斜面の下に存在している。他のハワイにある火山で採取された同様の堆積物は、ハワイの火山の初期の成長段階にとって地すべりによる岩屑は重要なものであるということを示している[5]。ロイヒは今後1万年から10万年以内には海面に顔を出すであろうと予想されている[1]

成長段階と火山の年齢

ロイヒから採取された岩石標本の年代を特定するために放射年代測定が使われた。ハワイ火山学センター(Hawaii Center for Volcanology)は、数回の学術調査を目的とした航海で記録されたサンプルを試験した。特筆すべきは1978年の17回もサンプルを浚い上げるのに成功した調査航海であった。殆どのサンプルは古代にその起源をもつように思われた;最も古い記録が残された岩石は30万年前のものであった。1996年イベントを受けて、作られてからそう年代を経ていない火山砕屑岩角礫岩Breccia)数個も採集された。サンプルを基にして、科学者チームはロイヒの生成年代を、今よりおよそ40万年前であろうと推定した。山体は、基底部では1年当たり平均して3.5 mm (0.14 in)、頂部では7.8 mm (0.31 in)の割合で積み重なっていた。もし、例えばキラウエア火山のような他の火山で得られたデータモデルがロイヒでも当てはまるとすると、火山の重量の40パーセントが最近10万年以内に形成されたことになる。リニアな成長モデルが当てはまると仮定すれば、ロイヒは形成開始から25万年経っていることになる。しかしながら、全てのホットスポット火山と同様に、ロイヒの火山活動レベルは時間が経過するとともに増大したと考えられる;それゆえ、このような火山がロイヒの規模に達するまでに、少なくとも40万年は掛かったと考えられる[5]。ハワイ諸島の火山は北西方向に年間10 cm (4 in)の割合で引きずられているので、ロイヒは、海底で初めて噴火した時には現在地より40 km (25 mi)南東にあったはずである[13]

火山活動

ロイヒは地質学的には形成年代が若く、活発な火山活動をしていることが顕著な海底火山である。しかしながら、近くにあるキラウエア火山より火山活動は激しくない。過去のある短期間には、ロイヒで数回にわたる群発地震が発生した。その中で最大の物は下記に示す表中にまとめられている[14]。現在では、この海山の火山活動は、火山によって引き起こされる地震が1959年から収録されている地震計での記録波形をさかのぼることでも研究が進められている[15]。ロイヒで起こる大抵の群発地震は一度始まってから2日間以内に収まってきた。うち2件の例外は数か月にも及んだ1991年から1992年にかけての地震、および、1996年の噴火事象(以下1996年イベント)である。これは短期間で終わったが、論文に取り上げられる群発地震のなかで一番多く言及されている。両方の地震とも、山腹から始まり、山頂にかけて広がっていくという、決まった地震活動の様式を踏襲していた。1996年イベントは、自律的海底観測所(autonomous ocean bottom observatory :OBO)で、直接観測されていた。これにより、科学者にとって、震源は山頂直下6 km (4 mi)から8 km (5 mi)までの深さにあると判明した。この場所はロイヒのごく浅いマグマだまりに近い位置である[5]。この計算結果からは、ロイヒでおこる群発地震は火山に起源をもつものであるという証拠になった[8]

1959年からロイヒで詳細に記録された低レベルの地震活動により、2回から10回の地震が山頂で起こっていることが突きとめられた[15]。 群発地震のデータはロイヒを構成する火山岩が地震波をどのくらい良く伝播するか、および、地震と噴火の関係を調べるために使われた。この低調な地震活動は、100回ほどの地震で構成された大規模な群発地震により、周期的に中断されていた。大部分の地震の震源域は山頂近くには分布していなかったが、北から南へと震源域の分布が延びる傾向があった。むしろ、強いて言うならば、ほとんどの地震はロイヒの南西部でおきていた[5]。1971年、1972年、1975年、1991から1992年、1996年の期間に、ロイヒで記録的な最大規模の群発地震が発生した。強烈な地震が集中して起こる場所は、ロイヒの周囲30 km (20 mi)からハワイ島の南岸にかけてである。マグニチュード2以下の地震イベントは頻繁に記録されるが、小さい地震の震源の位置は的確に検知できないでいる[16]。これとは対照的に大規模な地震の場合は震源が正確に特定できる。実際のところは、ロイヒの中腹に設置されたHUGOがハワイ火山観測所(HVO)の地震ネットワークで記録されたよりも10倍の頻度で地震を記録している[5]

1996年の群発地震

主要な火山活動
西暦 摘要
1996
1996年初に噴火した形跡、夏、大規模な群発地震、良好な記録が残る。1996年2月25日に開始し、同年8月9日までには終息[16][17]
1991
最近の群発地震を追跡するために海山に設置されているOBO(自律的大洋底観測所)が、山体が収縮している兆候を集めた。マグマの地下深くへの収縮によると推定[5]
1986
噴火の可能性、1986年9月20日(1日限り)[17]
1984–85
M3以上の9回の事象。1984年11月11日から1985年1月21日にかけて、3.0から4.2の地震が記録された[16]。おそらく噴火したと思われるが詳細不明[17]
1975
1975年8月24日から同年11月にかけて、際立った群発地震[17]
1971–72
1971年9月17日から1972年9月にかけて噴火した可能性あり[17]。噴火の詳細については判っていない。
1952
1952年にロイヒで起こった群発地震により初めてこの火山に科学的関心が向けられた。その以前にはロイヒは死火山であろうと考えられていた[5]
50 BC
± 1000
記録から確認された古代の噴火[17]
5050 BC
± 1000
記録から確認された古代の噴火[17]
7050 BC
± 1000
確認された古代の噴火、東側山腹で活動した見込みが最も有力[16]

この表では、噴火した可能性のある事象、および、主要な噴火事象しか記載していない。ロイヒは複合的な群発地震がほぼ年2回を基本として起こる場所でもある。

ロイヒで記録された最大規模の活動は、1996年の7月16日から同年8月9日にかけての群発地震、その数4070回を数えたものであった[4]。この一連の地震は、現在までにハワイにある火山で取られた地震記録の中で揺れの強烈さと回数の双方において最強クラスのものだった。ほとんどの地震はモーメント・マグニチュードにしてM3.0未満の規模であった。マグニチュード3.0以上のものは数百回、その中でも40回以上がM4.0以上であり、M5.0を記録した微動もあった[16][18]

群発地震の最後2週間は1996年8月に発足したクイック・レスポンス・クルーズ(quick response cruise)によって観測されていた。アメリカ国立科学財団は、ハワイ大学のフレデリック・K・ドゥエネビアー(Frederick K. Duennebier)率いる科学者チームによる探査(学術調査航海)のために研究費を交付した。この学術航海は、ロイヒの試料採取と火山活動の解明を目的とし、1996年8月から続いた一連の群発地震及びその起源を徹底的に調べるためにはじめられた。科学者たちの想定は、研究の大半を占め、何回となく繰り返された学術航海で構成され、また、仮説の裏付けとなったフィールドワークに基礎を置いていた[19]。ロイヒに対する追跡調査が行われた。その中では8月と9月に有人潜水艇パイシーズ号の投入も行われた。 これ等の調査は非常に多くの海岸を基本とした研究により、不足した箇所を増補された[18]。調査航海の間に採集された新鮮な岩石により、群発地震のおこる以前に噴火が起こっていたことが明らかになった[20]

8月に実施された潜水調査は、1996年9月から10月にかけてNOAAが資金援助した研究から支援された。これらの細部にわたった研究で、現状ではロイヒ山頂の南端が陥没していることが明らかにされた。火山自体からマグマ溜まりへと火道を満たすマグマが急速に後退したこと、および、群発地震との両方によって引き起こされたものであろうと考えられている。差し渡しが1 km (0.6 mi)、深さが300 m (1,000 ft)の火山岩塊でできた山頂火口が作られた。この1996年イベントは100 million立方メートルの火山噴出物の流出を伴っていた。山頂にある10 km2 (3.9 sq mi)から13 km2 (5.0 sq mi)の領域が、バス並みの大きさの枕状溶岩で置き換えられ、岩の塊がごろごろし、さながら海中のガレ場の様相を呈していた。巨岩は新たに形成された火口の外縁一帯に不安定な状態で留まっていた。1996年イベントで緊急調査する以前、山頂南端にあるこの場は、「ペレ噴出口」("Pele's Vents")と呼ばれた熱水噴出領域(熱水フィールド)があり、安定して長期間にわたって存在するだろうと考えられていた。しかし、そこは、完全に崩落・陥没して巨大な窪みを形作り、地名を「ペレ火口」("Pele's Pit")に改められた。海底火山南端[21]にできたばかりのピット・クレーターに海水が流入し、遊離した無機塩類やバクテリア代謝物と混じり合い、ロイヒ山頂の西縁から流れ出していた。その結果できる流速が非常に強い海流は、この海域への有人潜水艇による調査を非常に危険なものにしていた[19]

研究員たちは、噴煙のような硫化物硫酸塩の濁りが絶え間なくもうもうと立ち込めているのに遭遇した。ペレ噴出口が突然崩壊してしまったことで、熱水噴出口生成物(hydrothermal material)が莫大に放出されていた。混合物の中に或る特定の指標鉱物の存在は、熱水の温度が摂氏250度を超えてしまったことを示唆していた。この記録は海底火山で見つかった熱水噴出口の水温の現在まで残る最高記録である。ロイヒの熱水に含まれている物質の構成は、ブラックスモーカーから出てくる熱水を構成する物質と同じであった。ブラックスモーカーとは、中央海嶺の周囲にある熱水噴出口の一種であり、濁った熱水を、あたかも工場や銭湯の煙突から吐き出す黒煙のように噴出しつづけるものである。 熱水噴出口からの物質が堆積してマウンドのようになった小山から得られたサンプルはホワイトスモーカーから得られたサンプルとよく似ていた[22]

いくつかの研究は火山学的にも熱水活動的にも一番活発な地域は南リフト・ゾーン沿いに所在する事を論証してみせた。それほど活動的ではない北縁での潜水調査において、その地域での微小地形はやや安定していて柱状節理が発達していることが判った[19]。新たにできた熱水フィールド(Naha Vents:「ナハ・ベント」)はアッパーサウス・リフトゾーン(upper-south rift zone)の深さ1,325 m (4,350 ft)の場所に位置していた[5][23]

最近の活動

1996年イベント以来、ロイヒはそのほとんどの期間を静かにして過ごしていた。2002年から2004年にかけて、全く地震活動が記録されていなかった。2005年、再び、その海山は火山活動の兆候を示し、そこで記録された他のどのような地震よりも大きな地震をおこした。ロイヒで、それぞれ5月13日にM5.1、7月17日にM5.4の規模の2回の地震が発生した。USGS-ANSS(Advanced National Seismic System)は、これらの地震を記録していた。両方とも震源の深さは44 km (27 mi)であった。4月23日、深さおよそ33 km (21 mi)の場所でM4.3の地震が記録された。2005年12月7日から年が明けて1月18日にかけて、凡そ100回の群発地震が発生した。記録されたうち最大のものはモーメント・マグニチュードにして4の規模であり、深さ12 km (7 mi)から28 km (17 mi)にかけて発生したものだった。そのほかの地震では、後に、ロイヒとハワイ島南岸の街パハラの殆ど中間地点で記録された、M4.7の地震がある[14]

海中探査

初期の活動

後にロイヒと名付けられることになる当海山が世界で初めて海図に書き込まれたのはSurvey Chart 4115に記載されたものである。1940年にアメリカ国立沿岸測地局英語版(USCGS)によって編纂されたハワイ州沿岸の海底地形図英語版に記載されている。当時は、その海山は特別に記述すべき事項が何もない、その海域に無数に存在する名も無き海山のうちの一つでしかなかった。1952年に海山周辺で発生した巨大な群発地震のおかげで、科学者からの科学的な関心が向けられるようになった。同年、地球科学者のゴードン・A・マクドナルド(Gordon A. Macdonald)は、その海山が現実に活発な噴火をしている海底火山であり、2座のハワイ島の火山であるマウナロアキラウエアと同じような盾状火山ではないかと言う仮説をたてた。マクドナルドの仮説は、海山をハワイ・ホットスポットが産み出したハワイ-天皇海山列の一番若い火山と位置づけていた。しかしながら、地震は火山性の地溝帯とも言うべきリフト・ゾーン(或いはヒリナ断層系英語版)の走る方向である東西の方角に向かっており、また海山から離れて設置した地震計火山性微動を検知しなかったために、マクドナルドは、この地震を、断層がずれ動いたために起きたものであろうと考えた。彼は、地震の発生源が火山噴火にあるとは考えなかったのである[5]

地質学者たちは、その海山が活動的な海底火山ではないだろうかと疑わしく思っていた。しかし、その確証がなかなか得られず、不確かなままで放置されていた。この海山が「現在でも活動する海底火山である」との説は1952年イベントの後で殆ど否定され、その後に刊行された海図には「かなり古い火山性の地形」"older volcanic feature"としばしば誤って表示された[5]。1955年に、地質学者のケネス・O・エメリー(Kenneth O. Emery)は、この海山に名前を付けたと言われている[7]。彼は、この海底火山が南北に長く幅の狭い外形をしていることから、ハワイ語で「長い」を意味するロイヒ(Lōʻihi)という言葉を取って、この海山に名前を付与した [10] [27]。1978年、ロイヒのある海域の周囲や内部で起こる群発地震として知られている強烈で再帰性のある地震活動を調査するため学術航海が行われた。海山の観測をしたところ、火山が活発に熱水を噴出しているのはもちろん、その表面が全面的に新旧織り交ぜた溶岩流で覆われているということが判明した[2]。集積されたデータから、ロイヒが若くもしかしたら今でも活動している火山かもしれないことが明らかになった。もはや、太古に活動し今では活動していない、いうなれば「海底死火山」とみなすことは不可能に近かった。

深海探査艇パイシーズ5号、母船船尾からクレーンで吊り下げられ、海面に降ろされているところ。
海洋調査船カイミカイ=オ=カナロア(R/V Kaʻimikai-o-Kanaloa:KoK)、蓄電池駆動の深海探査艇パイシーズVを進水している一場面を写す。R/V KoKはハワイ海底研究所(HURL)に所属する支援母船である。

1978年、米地質調査所調査船は、ロイヒが現在でも活動するか否かを調べるため、底浚いで得たサンプルを収集し、ロイヒ海山山頂を写真に撮った。写真の分析と枕状溶岩の岩石標本の試験をおこなったところ、火山から噴出した物質は「新鮮な」噴火してからそんなに年月が経過していないことを示しているように思わた。ロイヒが未だ活発であることを示す更なる証拠が得られたのである。1980年10月から1981年1月にかけての調査航海ではさらに多くのサンプルを浚い上げ、何十枚にもわたる写真を撮影し、さらなる証拠がもたらされた[28]。研究から、噴火現象はリフトゾーンにあるクレーターの南部から始まると言う事を示していた。この海域はロイヒにマグマを供給する源であるハワイ・ホットスポットのすぐそばである[5]。1986年の群発地震を受けて、OBOsocean bottom observatories)5台で構成されたネットワークをロイヒ周辺に一カ月掛かりで設置した。ロイヒでは頻繁に起こる火山性微動はOBOによる地震学の研究にとって、まさにおあつらえ向きの好環境だった[5]。1987年、潜水艇アルビン号がロイヒの多角測量en)に使われた[29] そのほかには、1991年に群発地震を追跡するために自律観測機が設置された[5]

1996年イベントから現在にかけて

潜水調査でもたらされたロイヒにまつわる大部分の情報は、1996年の噴火に即座に応えてくれた。地震活動を報じられた直後の潜水調査では、海中に放出された鉱物が高い濃度で海水に混じっていて、大きなバクテリアマットがちぎれて欠片になったものが水中に漂っており、視界がとても悪くなっていた。海水中に溶け込んだ栄養塩類を餌とする微生物たちはペレ火口にできた熱水噴出口で既にコロニーを造り始めていた。ペレ火口は、そこで以前にあった熱水噴出領域が陥没してできたものである。これらのバクテリアは新しく形成された熱水噴出口から放出された物質が何であるのかを示すインジケーターになるかもしれない。更に詳しい分析を研究室で行うため、それらは注意深くサンプルされた[19]。OBOは一時的に山頂に設置された。もっと恒久的な観測ができる機器類が設置されるときに取り外しが簡単にできるようにしてあった[30]

マルチビーム音響測深機を繰り返し使う海底測量が何度も行われた。その成果を利用して作られた海底地形図は、ロイヒ山頂が1996年の陥没前後でどのように変化したかを測るために使われた。熱水プルームの調査ではエネルギーの変化、および、ロイヒから放出されている溶存ミネラルが確認された。ハワイ海底研究所英語版(HURL)所有の2,000 m (6,562 ft)まで潜航可能なパイシーズ級深海探査艇パイシーズV英語版のおかげで、研究者は噴出口からでてくる熱水および噴出口周辺に住む微生物や熱水鉱床の標本採集が可能だった[6]

ペレ噴出口に置かれたOBO(Ocean bottom observatory)
オレンジ色の岩の上に設置された、1台の小さな箱状ロボットOBO

1997年、ハワイ大学の研究グループがOBO(Ocean bottom observatory ,「海底観測機」)をロイヒ海山の頂上に設置した[14]。その水中観測ロボットは、Hawaiʻi Undersea Geological Observatory(「ハワイ海底地質観測機」)のアクロニムを取ってHUGO と渾名が付けられた。HUGOは、海底を這わせた光ケーブルで34 km (21 mi)離れた海岸にある操作表示部とつながっていた。このおかげで、科学者はリアルタイムでロイヒの現況についての震動・化学・画像の各種データを得ることが出来た。この段階で、HUGOは、海底火山についての研究を深めるうえで欠かせない、国際的な海底火山研究所となった[19]。1998年10月、HUGOに電力を送り続け、各データを伝送してきた海底ケーブルが切断されてしまった。このことは、観測所が事実上閉鎖することを意味していた。翌年の1月19日、HUGOはパイシーズVの訪問を受けた。この観測ロボットは、2002年に再び機能不全をきたすまでの4年間にわたってその役割を果たした[31]

2006年から毎年10月になると、アメリカ国立科学財団から資金提供を受けた(Fe-Oxidizing Microbial Observatory ,FeMO「鉄酸化微生物観測所」)およびMicrobial Observatory Programがロイヒの微生物の調査を目的とした現地への航海を主催してきた。第一回目は、R/V Melvilleおよび同船に支援される潜水艇JASON2を利用しての9月22日から10月9日にかけて行われたものだった。これらの航海では鉄バクテリアをはじめとしたロイヒに生息する多数の化学合成生物について研究をした。ロイヒで広い範囲に分布する熱水噴出孔は高濃度のCO2イオン、低濃度の硫黄分で特徴づけられる。ロイヒ周辺に現れる、このような傾向はFeOBと呼ばれる鉄酸化細菌にとって生育に最適な環境になる[26]

生態系

熱水噴出孔の地質化学

緑色の密生したバイオフィルムで全面を覆われた、ぬるぬるした岩。挿入写真にはきつい螺旋に巻かれたバクテリアを示す。
160 ℃の熱水が出る噴出口で繁殖した微生物マット。嵌め込み写真(インセット)にバクテリアの電子顕微鏡写真を示す

太平洋のほぼ真ん中というロイヒの位置、および、熱水噴出システムが長期間存在していることは、微生物の生態系にとっての豊かなオアシスが育まれるのに多大な貢献をしている。広大な熱水噴出地域はロイヒの火口底や北斜面、ロイヒ山頂周囲で発見される[6]。活発な熱水噴出口は1980年代後半に初めて見つかった。これらロイヒで見つけられる噴出口は、中央海嶺にあるものと見分けがつかないくらい良く似ている。両者の間では、構成物が類似し、違いが有ると言えば吐き出す熱水の温度ぐらいで、両者はほぼ同一と言っていいものである。ロイヒ山頂には2箇所の一番活動的な熱水フィールドがある。「ペレ火口」(Pele's Pit、以前は「ペレ噴出口」、Pele's Vents)、および、「カポ噴出口」(Kapo's Vents)である。これら2大熱水フィールドはハワイ神話に出てくる神々であるペレとその姉妹カポ英語版に因んで名付けられた。これらの噴出口から出てくる水は摂氏30 ℃程度しかないため、これらは「低温噴出口」であると考えられている。1996年噴火でペレ火口が形成されたことにより、この噴出口は「高温噴出口」に変わってしまっていた。1996年、噴火直後に出口の熱水を測ったところ、摂氏77 ℃を記録したのである。[23]

熱水噴出口[23] 水深 位置 備考
ペレ(英:"Pele's") 1,000 m (3,281 ft) 山頂南部 1996年イベントで消滅
カポ("Kapo's") 1,280 m (4,199 ft) アッパーサウス・リフト 現在熱水の噴出を確認できず
フォビドン("Forbidden") 1,160 m (3,806 ft) ペレ火口(Pele's Pit) 水温200 ℃以上
ロヒアウ("Lohiau"、ハワイ語:「遅い」) 1,173 m (3,850 ft)[8] ペレ火口 77 ℃
パハク("Pahaku"、「岩が多い」) 1,196 m (3,924 ft) 南リフト・ゾーン 17 ℃
ウラ("Ula"、「赤い」) 1,099 m (3,606 ft) 山頂南部 Diffuse venting
マクシミリアン("Maximilian") 1,249 m (4,098 ft) 山頂近くの西部中腹 Diffuse venting
ナハ("Naha") 1,325 m (4,347 ft) 南リフト・ゾーン 23 ℃

微生物

熱水噴出口群は海面下1,100 m (3,600 ft)から1,325 m (4,347 ft)にかけての深度に存在する。また、水温は、低いものでは摂氏10 ℃から、高いものでは200 ℃になるものまで存在する[23][32]。熱水噴出口からの熱水はCO2(up to 17 mM)とFeを高濃度に含有し、対照的に硫化物イオンを低濃度で含むことで特徴づけられる。酸素濃度とpHレベルが低く保たれていることは、噴き出す熱水が鉄イオンを高濃度に含むことの助けになる重要な要素である。これらはロイヒが他の熱水鉱床とは違う特色のうちの一つである。これらの特徴は、FeOBとも呼ばれる鉄バクテリアにとって繁栄に最適な生育条件を生み出す[26]。これらの種の例にプロテオバクテリア門ゼータプロテオバクテリア綱英語版を構成する1科1属1種の細菌であるMariprofundus ferrooxydansが挙げられる[33]。 ロイヒにある熱水噴出口の、上へと伸びた煙突のようなものを構成する物質の組成は、ブラックスモーカーと同じである。それらは古細菌をはじめとする好熱菌などの極限環境微生物のすみかである。次の2年間掛かりで観察された鉱物の酸化溶解現象の結果は、硫酸塩鉱物は簡単に分解されてしまうことを示唆している[22]

微生物マット英語版の多様な微生物の群落は、ペレ火口の底の大部分を絨毯のように覆い、また、熱水噴出口を取り巻いている。NOAAが西太平洋とハワイ研究のために設立した研究センターであるハワイ海底研究所は、熱水システムを監視し調査しており、ロイヒ固有の微生物コミュニティについての研究をしている[6]。 1999年、アメリカ国立科学財団(NSF)は、ロイヒ周辺に住む極限環境微生物のサンプリングを目的とした当海域への調査航海を資金面で支援した。微生物マットは摂氏160 ℃の熱水噴出口を取り巻き、奇抜なクラゲのような有機体を含んでいた。サンプルはNSFの海洋バイオプロダクト工学センター(Marine Bioproducts Engineering Center, MarBEC)で研究するために採集された[6]。2001年、パイシーズV[19] は、その有機体のサンプルを収集し、研究のために海上へ送り届けた。

NOAAのアメリカ国立海底研究センターとNSFの海洋バイオプロダクト工学センターは、ロイヒ周辺にしか生息していない好熱性古細菌および細菌の採集・研究をするために、お互いの弱点を補完するなどの協力をしあっている[6]。鉄酸化バクテリアの採集(FeMO)を目的とした第四回目の研究航海は209年10月に行われた[34]

大型多細胞生物

ロイヒ周辺の海中を主な生活圏とする海生生物は、火山活動がロイヒよりも活発ではない他の海山ほど生物種に満ち溢れているわけではない。ロイヒ周辺に生息する魚類ではアンコウ科の一種(Celebes monkfish)、および、ホラアナゴ科の一種の魚がこれまでで見つかっている[35]。この海域で確認された無脊椎動物は、ここの熱水噴出口に固有な生物種、2種が含まれている。オハラエビ科英語版Alvinocarididae)の一種、トウロウオハラエビ (bresiliid shrimp, 学名:Opaepele loihi)(1995年同定)、そして、シボグリヌム科の動物の仲間である。1996年イベントの後の潜航調査では、エビ類も、ワーム類のどちらもが発見できなかった。海底火山の噴火がこれらの種に持続的な影響があるかどうかは、これからの知見が待たれるところである[36]

1982年から1992年にかけての10年間、NURP英語版・ハワイ海底研究所(HURL)にいる研究者は深海探査艇の窓の外を泳ぐ魚の写真を撮影した。これらの魚類はロイヒ海山、ジョンストン島、およびクロス海山英語版周辺の深さ40 m (130 ft)から2,000 m (6,600 ft)にかけての深さを生息域にしているものであった[37][38]。ロイヒで特定された少数の種には、ハワイで新しく記録された目撃例になったものがある。その中にはフサアンコウ科のホンフサアンコウ(英名:Tassled coffinfish ,学名:Chaunax fimbriatus)、それに、Celebes monkfishが含まれている[37]

脚注

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  21. ^ (訳注:原文は”Seawater flowed into the newborn pit on the northern end of the volcano,”となっているが、"nortern end"-「北端」は間違いで正しくは南端であろう)
  22. ^ a b Davis, Alicé S.1; David A. Clague, Robert A. Zierenberg, C. Geoffrey Wheat, Brian L. Cousens (Apr., 2003). “Sulfide formation related to changes in the hydrothermal system on Lōʻihi Seamount, Hawaiʻi, following the seismic event in 1996”. The Canadian Mineralogist (Mineralogical Association of Canada) 41 (2): 57–472. doi:10.2113/gscanmin.41.2.457. 
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