皇帝 東アジアの皇帝とヨーロッパの皇帝

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皇帝

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/06/13 08:07 UTC 版)

東アジアの皇帝とヨーロッパの皇帝

東アジアとヨーロッパの直接交流は、ローマ皇帝アントニヌス・ピウス(またはマルクス・アウレリウス・アントニヌス)が漢の皇帝に使者を送ったのが最初であり、この際に漢の側ではローマ皇帝のことを「大秦王安敦」と記した。その頃の中国は「皇帝は地上に一人のみ」の時代であり、ローマ皇帝であっても王扱いであった。またローマ帝国の側でも当時は「元首政(プリンキパトゥス)」の時代であり、ローマ皇帝が王より格上であるいう認識、さらには君主であるという認識すら存在しなかった。

後に江戸時代新井白石が、著書『西洋紀聞』において、「インペラドールは漢の帝というのに似ている。レキスは漢の王に似ている。」と記述した。ヨーロッパの皇帝と王を、前漢郡国制における皇帝と諸侯王となぞらえて、ヨーロッパの皇帝を、東アジア的な意味での「皇帝」と同格のものとみなしたわけである。ただ白石の場合、日本の天皇も中国の皇帝と同格と見なしており、その自らの思想に裏付けを与える意味でも、中国の皇帝と同格の存在が他にもいたほうが都合がいい、という事情もあったものと思われ、実際に『西洋紀聞』には「インペラドール」は複数存在する事が述べられている。

その他の地域の皇帝

ペルシア帝国

イスラム化以前にメソポタミアイランを支配したアケメネス朝サーサーン朝シャーにも「皇帝」という訳を用いられることがある(日本では「王」「大王」「帝王」といった訳が用いられることの方が多いようである)。パルティアやペルシアの君主は「諸王の王」という称号を用い、他の「王」より格上であると称していた。

イスラム圏

イスラム世界の君主には様々な称号があるが、その中で巨大な領域を支配していたカリフ(本来は信徒代表の意味であり、トルコ革命でも世俗君主であるスルタン位は革命時に即座に奪われたが、カリフ位は皇族追放まで奪われなかった)スルタンシャーパーディシャー)に「皇帝」の訳をあてることが多い(ただし現代においてブルネイオマーンなどの君主がスルタンを称する国の場合、通常は「国王」と訳される)。これに対して、マリクには「王」、アミールには「首長」の語が定訳とされ、「皇帝」と訳されることはあまりない。アミールの上位号には大アミールアミール・アル=ムスリミーンアミール・アル=ムウミニーンがある。

オスマン帝国では、第3代君主ムラト1世の時代にスルタン号を称するようになったが、オスマン帝国の歴史記録によると「パーディシャー」(ペルシャ語由来で皇帝の意)を称する場合が多かった。また、東ローマ帝国を滅ぼしたメフメト2世や最盛期の皇帝であるスレイマン1世は、東ローマ皇帝の後継者を自任し「ルーム・カイセリ」(ローマ皇帝、「カイセリ」は「カエサル」の意)という称号を用いた、と言われている[43]

インド

イギリスの王は、ムガル帝国を滅ぼしてインド植民地にした際、インド帝国の皇帝を兼ねる形をとった。このインド皇帝位はインド独立時に返上された。なお、イギリス帝国とは、16世紀から20世紀半ばまでのイギリスの広大強力な支配圏を指したもので、インド皇帝位に直接由来するわけではない。古代インドにおいては直訳すると大王となるマハーラージャが用いられ、グプタ朝等において、直訳すると「大王の王」となる独自の皇帝号「マハーラージャディラージャ」も存在していた。

中・南アメリカ

ヨーロッパ人が訪れる以前に中南米の先住民が築いた国家のうち、インカ帝国アステカ帝国は、いくつかの諸国を征服・支配し、広大な領土を持ち、国家連合・連邦のようなものを形成しており、それぞれ「帝国」と呼ばれている。従ってインカ帝国の君主「サパ・インカ」とアステカ帝国の君主には、「皇帝」の語が当てられている。しかし、インカ帝国は南米大陸太平洋側の広大な地域を支配したが、アステカの場合は広大と言っても現在のメキシコの領域内に過ぎず、またトラスカラ王国という同格のライバル国家も存在したことから、「アステカ王国」と呼ばれることも多々あり、その場合は君主も「アステカ王」と呼ばれる。

アフリカ

古くは古代エジプトの時代まで遡ることができる。エジプト王は「ファラオ」と呼ばれ、その権威は神から付与された神聖不可侵のものとされ、絶対的な専制皇帝であると共に最高神官も兼ねていた。また、西アフリカのガーナマリソンガイの各君主を「皇帝」と訳すことがある。「王」とすることも多い。

エチオピアでは皇帝(ネグサ・ナガスト=「諸王の王」「王の中の王」)が専制君主として統治していた。日本の皇室より古い皇室として知られていた[44]が、1974年ハイレ・セラシエ1世が革命で廃位された。現在は代々アメリカ合衆国に居住しながら皇太子位を世襲している。

また中央アフリカ共和国の大統領だったジャン=ベデル・ボカサ(ボカサ1世)が1976年に皇帝を称し、国名を中央アフリカ帝国としたが、1979年クーデターにより皇帝ボカサは失脚し、中央アフリカは共和制に復帰した。

神話・宗教・伝統の皇帝

神話的物語において高度に優れた主人公英雄)は、「皇帝」としての役割を持っていると比較神話学ジョーゼフ・キャンベルは言う[45]。「」的存在もしくは「なる存在者」から祝福された主人公が、その代理役を果たすこともある[46]黄帝モーセのように主人公は、皇帝(もしくは師)として人々のあいだへ帰ってくる[47]ゾロアスター教支配下のペルシアについての伝記の場合、黄金時代を築いた皇帝(ジャムシード、インド神話でいう閻魔大王)は、「唯一の世界君主」と称されている[48]

旧約聖書』(ユダヤ教聖書)から連なる一神教にとっては、唯一なる神が「宇宙で唯一の正当な王者」であり、人間は神だけを崇拝するべきである[8]。神以外の権力金銭収集は、神の「排他的絶対性」に背くことであり、偶像崇拝に他ならないと糾弾される[8]。イスラームを例に取れば、唯一神以外への崇拝や商業利益追求は、「偶像崇拝」であり、ジャーヒリーヤ(宗教的な「無知」)である[49]。特に近代のイスラーム主義運動は、「偶像崇拝」やジャーヒリーヤを、無知というより「野蛮」として敵視している[50]

一神教

ユダヤ教

唯一神(=ヤハウェ)は「王の中の王・諸王の王 (king of kings)」と見なされている[51]。これは、ペルシアやゾロアスター教におけるシャー・ハン・シャー(=王の中の王・皇帝)から影響されている[51]。唯一神は「真の皇帝 (the true emperor)」[25]、「天の主 (lord of heaven)」、「天の王 (king of heaven)」とも呼称される[52]旧約聖書預言者イザヤに従えば、「王の中の王 (a king of kings)」や「皇帝 (an emperor)」とは唯一神である[53]。カール・F・ヘンリーの研究では、旧約聖書は唯一神を「イスラエルの至高王 (Israel’s superlative king)」かつ「宇宙歴史の唯一の主権者 (sole sovereign of the universe and of history)」として描いている[54]

キリスト教

唯一神(イエス・キリスト)は「宇宙の元首 (the head of the universe)」という呼称もされる[55][56]宗教学では、『ヨハネの黙示録』に関連する「唯一神」と「皇帝」の呼称を、以下の表として比較している[57]

唯一神(黙示録 皇帝(帝国
主権者なる (Sovereign Lord)」 ・ 「唯一神 (God)」 「主にして唯一神 (Lord and God)」
王の中の王・皇帝 (King of Kings)」 皇帝 (Kaiser)」(直接的に該当する同義語の使用例は未発見)
全能者 (Almighty One)」 支配者 / 絶対権力者 (Ruler / dictator)」

このような類似性が存在する『黙示録』では、唯一神は皇帝である、または「唯一神だけが皇帝を超える価値がある (God alone is worthy above the emperor)」、とされている[58]

『黙示録』は、皇帝(アウグストゥス)の称号としての「神 (god)」、「主 (lord)」、「救世主 (savior)」を否定している[59]。それらの称号は皇帝ではなく、「唯一神のみに属している (belong only to God)」というのが『黙示録』の主張である[59]

しかし、ここには基本的問題があると見られている[59]。『黙示録』が反帝国主義的であること、「皇帝制 (imperial system)」に反対していることは疑われていないが、これは帝国主義的支配者を唯一神に置き換えているに過ぎないとも言える[59]。スティーブン・ムーアが述べたように「黙示録は、ローマ帝国イデオロギーに向かって熱烈に反抗してはいるが、逆説的にどこまでも、そのイデオロギーの言葉遣いを刻みつけ直している (Revelation, though passionately resistant to Roman imperial ideology, paradoxically and persistently reinscribes its terms.)」[59]

イスラーム

唯一神(=アッラーフ)とは"badushāh"であり、「皇帝 (Emperor)」、「王の中の王 (the king of kings)」、「全ての統治領の主 (the Lord of all kingdoms)」であると言われる[60]

唯一神が皇帝である理由は、「アッラーフの他には無いため (for there is no king except Allah)」である[10]。真の皇帝は唯一神のみであり、唯一神は「全人類の皇帝 (Emperor of all mankind)」、「審判者の中の審判者 (Judge of judges)」だという[10]

多神教

日本神話・国家神道

大日本帝国が存在した時代では、日本の「皇帝(the emperor)」が「唯一神として(as God)」見なされたり[61]、「人間形態として啓示された唯一神(God revealed in human form)」と主張されたりすることもあった[62]

『日本大百科全書』によると、明治維新王政復古によって祭政一致が政治理念の基本とされ、天皇は国の「元首」かつ神聖不可侵な「現人神」とされた[63]。ここには、人と神の間に断絶の無い日本古来の観念とは全く異なる、「一神教の神観念」が取り入れられていた[63]。天皇は「絶対的真理」と「普遍的道徳」を体現する至高存在とされ、あらゆる価値は天皇に一元化された[63]東アジア学者の石川サトミによれば、日本人にとっての天皇は「彼らの唯一神、すなわち天皇(their God, i.e. the Tenno)」とも表現される[64]

唯一神と天皇を同じ唯一者として信じるように、イスラームへ命令が下されることもあった[65]。例えば大日本帝国は、ジャワ島ムスリムたちへ「メッカよりも東京に礼拝し、日本皇帝を唯一神として礼賛せよ、という日本軍の命令(the Japanese military orders to bow towards Tokyo rather than Mecca and to glorify the Japanese Emperor as God)」を伝えていた[65]

現代推論されるところでは加藤玄智は、西洋絶対神合理主義批判されないことを見て、天皇を絶対神と同様に説明した言論を広め、批判を封じようとした[66]。しかし、西洋人からすればモンゴル人種または「黄色い猿」である天皇が、日本人によって絶対神と同一視されていることが、西洋で驚かれ嫌悪された[66]

天皇総帝論・八紘一宇

戦時中には、「天皇総帝論」がもてはやされるようになった[67]。「天皇総帝論」とは当時、「天皇信仰の主唱者」「世紀の予言者」と呼ばれていた幕末国学者大国隆正が唱えた議論である[67]。これは要するに、天皇は世界の皇帝たちよりも上の地位にあり、歴史の「必然」として世界の「総帝」であるという主張だった[67]第二次世界大戦に至る中で、「八紘一宇」は「天皇総帝論」であり、それはまた

  • 「唯一の思想的原動力
  • 「天皇中心の世界一体観」
  • 「大宇宙をも包含するが如き深遠宏大なる日本肇国理念」
  • 「真日本の発見
  • 「純なる日本的世界観」
  • 古事記の発見」

等であると認識されていった[68]。このようにして、大国隆正のような国学者たちが足がかりにされ、「八紘一宇」が日本建国の理念へと結合されて、「伝統の発明」が完成した[69]




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