こう‐う〔カウ‐〕【項羽】
項羽
項羽(こうう)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/09 18:31 UTC 版)
「風魔の小次郎 柳生暗殺帖」の記事における「項羽(こうう)」の解説
風魔の羽使い。小龍の双子の兄。夜叉八将軍戦で命を落とした。霧風の次に小次郎と対峙。小龍との連携攻撃に加え、能力を限界を超えたレベルまで引き出す秘儀・『風魔羅将紋』を発動し、双炎陣によって小次郎を窮地に追い詰める。しかし、その双炎陣を破った後に、羅将紋らしき力を発動した小次郎の一撃によって敗れる。軽い自らの羽のひとひらが、敵の命を奪うその重みを誰よりも感じていた。
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項羽(こうう)
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「まじかる無双天使 突き刺せ!! 呂布子ちゃん」の記事における「項羽(こうう)」の解説
かつて、三国天使界を圧倒的な武力をもって統一しようとした伝説の無双天使。「西楚の覇王」とも呼ばれる。
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項羽
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「リィンカーネーションの花弁」の記事における「項羽」の解説
偉人の杜初期メンバーの1人。偉人格の廻り者も罪人格の廻り者も同胞であると考え、生きがいを持って共に生きていけることを夢見ていた。しかしダヴィンチらと意見が割れ脱退してしまう。その時に感情的になったアインに攻撃され重症を負うも、罪人格の廻り者達によって一命をとりとめた。望まずとも罪人の才能を得てしまった廻り者たちの居場所を作ろうとしていたため、多くの廻り者からの信頼は厚く感謝されている。ダルモンの才能により延命していたが、左胸の傷は心臓を抉るほどのもので活動限界を悟っており、死ぬ前に自身の才能を譲ろうかと東耶に提案したが断られる。最期はダルモンの才能により重瞳の城にて死亡。
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項羽
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「項羽と劉邦 (小説)」の記事における「項羽」の解説
本作の主人公。楚の名族・項氏の出身。楚随一の名将・項燕将軍の孫だが、幼少期に楚が秦に滅ぼされ、叔父の項梁とともに流浪の身となった。始皇帝の死後、叔父に従い楚を再興して天下の動乱に身を投じ、項梁の死後は楚軍の頭目となって、全反乱軍を率いて秦を倒した。秦滅亡後は「西楚覇王」を名乗って天下の盟主となるものの、やがて反旗を翻した劉邦の漢軍との間で果てしない戦いを繰り広げることとなる。
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項羽
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項羽
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「項羽と劉邦 (横山光輝の漫画)」の記事における「項羽」の解説
本作の一方の主人公。叔父の項梁に従い旗揚げする。項梁の死後は章邯と激戦を繰り広げて打ち破り、これを降す。咸陽制圧の劉邦との競争では、おくれをとるまいと「恐れを抱かせ逃亡させるため」に敵を皆殺しにしながら兵を進め、そのために激しい抵抗を受け、かえって進軍が遅れたことから一番乗りを逃してしまう。しかし劉邦の家臣になるつもりはさらさらなく、自ら西楚の覇王と名乗り、劉邦を屈服させて漢王に任じ、僻地に追いやる。自らの武勇に絶対的な自信を持ち、垓下の戦いでは英布・王陵・曹参・周勃といった猛将たちを含む8人の大将を相手に互角以上の戦いを見せ、次々と蹴散らすなど、桁違いの豪勇を誇る。その強さには韓信や李左車も頭を悩ませ、垓下の戦いでは包囲網を突破される危惧を抱かせる。しかし知略においては土地や兵糧の重要性を軽視し、劉邦や韓信を「小役人上がり」「臆病者」と過小評価する。性格においても、身内には寛大に接するが、激昂すると配下の言葉にも耳を貸さなくなる、満座の中で配下を一方的に罵倒するなど自己中心で傲慢な面がある。また秦の降兵20万の虐殺、始皇帝の墓を暴くなど(それらの暴挙を実行したのはほとんど英布である)、気性の激しさゆえの残虐な振る舞いも目立ち、それらが災いして范増や陳平と言った腹心たちを失ってしまう。最期は「天が自分を見放した」と判断し、会稽への逃走中に追いついた呂馬通(中国語版)(雍王章邯の旧武将)に対して、「同郷のよしみに手柄を立てさせてやる」と言って自害して果てる。
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