ローマ字 ローマ字の歴史

ローマ字

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/14 03:50 UTC 版)

ローマ字の歴史

近世

戦国時代に来日して、キリスト教の布教に当ったカトリック教会イエズス会が、ポルトガル語に準じたローマ字で日本語を表記した。これがポルトガル式ローマ字である。1581年には大分で最初の日本語とポルトガル語対応の辞書(『日葡辞書』)が作られ、1603年には本格的な『日葡辞書』が出版されて、その中でポルトガル式ローマ字で当時の日本語が表記された。年紀が判明する現存最古のポルトガル式ローマ字文書は、1591年使徒行伝『サントスの御作業の内抜書』(Santos no Gosagveo no uchi Nuqigaqi)である。また、京都市御土居跡からは、「Pe.せるそ様」(宣教師〈パードレ〉セルソ・コンファローネ〈1586〜1614在日〉と推定)に宛てられた木簡が発掘されており、そこに「mairu(日本語の「参る」)」というローマ字表記が見られる。

南蛮文化に興味が深かった細川忠興は、発布した書状の中に「tadauoqui」と記されたを使うことがあった。「(あるいは)」を「uo」、「」を「qui」と記すのは、日葡辞書にて頻繁に確認できるイエズス会士の表記法である[21]

17世紀初期には、イエズス会士ジョアン・ロドリゲスによって『日本大文典』(イエズス会が1604年長崎にて認可[22]。) および『日本語小文典,Arte Breve da Lingoa Iapoa』(イエズス会が1620年にマカオにて認可、1825年仏訳を、ランドレスが出版[23])が、あいついで出版されており、そこには日本語音のポルトガル式ローマ字表記に関する記述が認められる。

ポルトガルイエズス会ジョアン・ロドリゲス著『日本大文典(または日本語大文典[24])』(1604年にイエズス会が印刷認可)によるポルトガル式ローマ字表(抜粋)を参考までに以下に示す[25]

  • あ(A)い(I)う(V)ゑ(Ye)を(Vo
  • か(Ca)き(Qui)く(Qu)け(Que)こ(Co
  • さ(Sa)し(Xi)す(Su)せ(Xe)そ(So
  • た(Ta)ち(Chi)つ(Tçu)て(Te)と(To

なお、ロドリゲスは,その後、『日本語小文典』[26](1620年イエズス会印刷認可)において当時のポルトガル式日本語表記法について詳細に述べている[27]

江戸時代には鎖国政策によって、事実上、オランダがヨーロッパ世界との唯一の窓口となったため、オランダ式ローマ字が使われるようになった。ただオランダ式ローマ字は仮名と厳密に一対一対に応させられていたわけではないし、またその使用も、宣教師や学者などのごく狭い範囲に限られた。

ヘボン式と日本式の登場

幕末の1867年、来日していた米国人ジェームス・カーティス・ヘボンが和英辞書「和英語林集成」を著し、この中で英語に準拠したローマ字を使用した。これは、仮名とローマ字を一対一で対応させた最初の方式である。この辞書は第9版まで版を重ね[28]、第3版から用いたローマ字はヘボンの名を入れヘボン式ローマ字として知られるようになる[28]

明治の一部の学者たちは、日本語に使用される文字(いわゆる漢字)の数を大幅に減らして習得を容易にするとの名目で、日本語の主たる表記をローマ字とすべきという主張(ローマ字論)を展開した。

ヘボン式ローマ字は英語の発音に準拠したので、日本語の表記法としては破綻が多いとする意見があった。そうした立場から、1885年に田中館愛橘が音韻学理論に基づいて考案したのが日本式ローマ字である。日本式は音韻学理論の結実として、日本国内外の少なくない言語学者の賛同を得た。しかし、英語の発音への準拠を排除した日本式ローマ字は英語話者や日本人英語教育者から激しい抵抗を受け、日本式とヘボン式のどちらを公認するかで激しい議論が続いた。

1924年の第15回衆議院議員総選挙ではローマ字での投票が認められた。

訓令式制定

混乱を収束するため、政府は1930年11月26日、臨時ローマ字調査会を設置した(勅令、1936年7月1日廃止)。そして、1937年の近衛文麿内閣の時に、公的なローマ字法が内閣訓令第3号[29] として公布された。これが訓令式ローマ字である。1937年版の訓令式ローマ字は、日本式ローマ字を基礎としてそれに若干の改変を加えたものであり、ヘボン式を排除している。

戦後のヘボン式復権

ところが第二次世界大戦後、1945年(昭和20年)9月2日の連合国軍最高司令部指令第2号の第2部17において、各市町村の道路の入口と駅に「修正ヘボン式ローマ字」によって名称を表示するように指示されたことなどもあり[30]、ヘボン式が復権を果たし、現在に至る。

さらに、GHQの占領政策の一環で招かれた第一次アメリカ教育使節団は、1946年(昭和21年)3月31日に発表した第一次アメリカ教育使節団報告書においても、同様の意見をなした。しかし、どちらも批判が大きく、その意見が世間に受け入れられることはなかった(漢字廃止論も参照)。

日本国政府としては訓令式を正式とし続けており、1937年の内閣訓令第3号を廃止し、1954年に内閣告示第1号として新たに公布し直した。これが新たな訓令式ローマ字である。これは1937年の訓令式ローマ字(日本式に準拠)を基礎としながら、若干の改変を加えたものである。ただ、1937年版がヘボン式を全面排除したのに対して、1954年版は「国際的関係その他従来の慣例をにわかに改めがたい事情にある場合」に制限しながらも、ヘボン式の使用も認めるものとなった。

また、同年発売された研究社の『新和英大辞典』第三版で考案され、後に英米で日本語のローマ字表記法として採択された修正ヘボン式では部分的に訓令式の表記法を取り入れ、かつ訓令式では規格外となる一部の表記ルールを排除するなど、訓令式とヘボン式が歩み寄りを見せることになった。

国際規格化

1962年、国際標準化機構(ISO)の情報管理の専門委員会であるISO/TC 46がローマ字表記法を審議対象にすることを初めて決定。当初はヘボン式が多数の賛同を得ていたものの、同委員会における日本代表は内閣告示及び訓令を根拠に再審議を求めた。最終的には1989年(平成元年)、ISOが訓令式(厳密翻字は日本式)を採用し、ISO 3602として承認した。

現代日本の現状

21世紀においても、日本国内の標準として公式に認められているローマ字表記は訓令式であるが、地名や人名などの各種日本語音をローマ字表記する必要がある場合、実際には日本国政府でも各種の旧・修正ヘボン式及びその亜種の表記が多用されているのが現状である[31]。1954年版の訓令式の第2表によって修正ヘボン式の表記が事実上許容されて以降、訓令式での表記を謳っている場面でも、実質的には修正ヘボン式に基づいた表記が用いられている場合が多く、訓令式の第1表のみを用いた純粋な訓令式ローマ字表記を目にする機会は少なくなりつつある。

表記の不統一によってローマ字教育は混乱しており、海外の日本語学習者の妨げになっている[32]

ローマ字表記の例外

各方式が確定する以前に、西欧の諸言語の影響を受け、様々な表記法が存在していた名残もある。

  • Yen - 日本の通貨単位のん)
  • Inouye - 井上(いのう)に由来する日系人の姓
  • Yeso - 北海道(蝦夷)に生息する生物の学名(ゾシカなど)
  • kudzu - 植物のクズ(く
  • Shimadzu Corporation - 島津製作所(しま-、1875年創業)
  • Tokio Marine Insurance - 旧東京海上保険(とうきょう-、1879年創業)
    • 現在の東京海上日動火災保険の英文表記も「Tokio Marine & Nichido Fire Insurance Co., Ltd.」となっている。
  • MAZDA - マツダ(自動車メーカー)の英字表記。実質的な創業者である松田重次郎の苗字に由来するが、ツに「tu」「tsu」でなく「z」をあてる表記はゾロアスター教の最高神アフラ・マズダー(Ahura Mazdā)にちなんでいる[33]
  • Sadaharu Oh - 王貞治

注釈

  1. ^ 朝鮮語でもラテン文字のことを一般に「ローマ字」(로마자)と呼ぶことが多く、中国語では「國語羅馬字」、「教會羅馬字」のように表記法まで含め「ローマ字」と呼ぶことがある。「國語羅馬字」、「教會羅馬字」は日本語でも通常それぞれ「国語ローマ字」、「教会ローマ字」と訳される。
  2. ^ 語末の「w」は本項の論旨と無関係。英語 "tomb)" を連想されてしまうのを避けるために付け足された綴りである。
  3. ^ 在来線路線図および九州新幹線では他のJR各社と同じ表記が用いられる。
  4. ^ 第一期開業区間(スポーツセンター駅 - 千城台駅)のスポーツセンター駅を除く各駅。2019年駅ナンバリング導入に伴う駅名標更新の際、通常表記に改められている。
  5. ^ 細部のデザインが製作を担当した看板業者に委ねられていた時代のもの
  6. ^ 駅名標の「群馬」は、本記事「駅名標」の群馬八幡駅の例の通り、「Gumma」が用いられている。

出典

  1. ^ New Oxford American Dictionary 3rd edition, Oxford University Press, 2010
  2. ^ Multilingual(箕面市公式サイト)
  3. ^ 平成21年8月19日開催分意見概要(箕面市公式サイト)
  4. ^ 氏名に「オウ」音等長音を含む方(パスポート) 愛知県
  5. ^ “公用文等における日本人の姓名のローマ字表記について” (プレスリリース), 文化庁国語課, (2019年10月25日), https://www.kantei.go.jp/jp/singi/seimei_romaji/pdf/moshiawase.pdf 2020年11月10日閲覧。 
  6. ^ 高谷道男ヘボン博士の偉大なる功績」『標準式ローマ字制定七十周年記念講演集』(標準ローマ字会、1957年) 20~25頁
  7. ^ 長岡正利、金窪敏知、「地図におけるローマ字表記の問題点 その経緯と今後」 『地図』1985年 23巻 1号 p.1-12, doi:10.11212/jjca1963.23.1
  8. ^ 松村明編『大辞林第三版』(三省堂、平成18/2006年)「ヘボン式ローマ字綴り」
  9. ^ ヘボン式綴り方-ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 2019年11月15日閲覧
  10. ^ 参照:Romanisation systems - GOV.UK
  11. ^ ANSI (1972年). “ANSI Z39.11 - 1972 System for the Romanization of Japanese”. National Information Standards Organization. 2013年7月19日閲覧。
  12. ^ a b 新田原駅の駅名標のローマ字が訂正される”. railf.jp(鉄道ニュース). 交友社 (2019年1月18日). 2019年1月19日閲覧。
  13. ^ 「駅名標の発掘 神戸駅・裾野駅を中心に」レイルNo.109 エリエイ、2019年
  14. ^ 「駅名標こぼれ話 第3回」『レイル』No.106 エリエイ、2018年
  15. ^ ヘボン式ローマ字綴方表 外務省
  16. ^ 道路標識のローマ字(ヘボン式) の綴り方 KICTEC
  17. ^ 上森鉄也「基礎演習でのローマ字教育」『教養センター紀要』、流通科学大学、 1-11頁、 NAID 120005327910
  18. ^ 群馬(ぐんま)のローマ字表記について、群馬県公式ウェブサイト、群馬県企画部国際戦略課、2015年5月10日閲覧
  19. ^ http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/k19541209001/k19541209001.html
  20. ^ "ISO 3602:1989 - Documentation -- Romanization of Japanese (kana script)" ISO
  21. ^ 大島明秀「細川家のローマ字印文書二種 : 熊本の歴史資料(二)」『文彩』第15巻、熊本県立大学文学部、2019年3月、 32-36頁、2022年11月14日閲覧。
  22. ^ ロドリゲス『日本大文典』土井忠生訳、三省堂、1955年,3頁
  23. ^ ロドリゲス『日本語小文典(上)』池上岑夫 訳、岩波書店(岩波文庫)1993年、20頁、ロドリゲス『日本語小文典(下)』池上岑夫 訳、岩波書店(岩波文庫)1993年、243頁
  24. ^ Arte da Lingoa de Iapam、ロドリゲス『日本語小文典(上)』池上岑夫 訳、岩波書店(岩波文庫)1993年、259頁の脚注
  25. ^ ロドリゲス『日本大文典』土井忠生訳、三省堂、1955年、224頁
  26. ^ ポルトガル語: Arte Breve da Lingoa Iapoa
  27. ^ ロドリゲス『日本語小文典(上)』池上岑夫 訳、岩波書店(岩波文庫)1993年、45〜73頁
  28. ^ a b 杉田幸子『ヘボン博士の愛した日本』いのちのことば社フォレストブックス、p.72. ISBN 978-4264024231
  29. ^ 内閣訓令第3号 SANZYUSSEIKI-NO-MORI
  30. ^ 『国語シリーズNo.23 ローマ字問題資料集 第1集』1955年(昭和30年)3月30日、p.175.
  31. ^ 各種看板、地図、外務省発行の日本国旅券の名前・本籍地都道府県表記、総務省市区町村表記や無線従事者免許証の名前表記等。実例「属性型(組織種別型)・地域型JPドメイン名登録等に関する技術細則
  32. ^ 中川かず子「今なお落ち着かないローマ字表記をめぐる議論」 北海学園大学附属図書館報
  33. ^ このマーク、憶えていますか? けっこう移り変わっているマツダのロゴマーク。MAZDA LOGOモーターファン(2019年4月11日)2019年5月23日閲覧。
  34. ^ 文部省 小冊子『ローマ字教育の指針 ローマ字文の書き方』1949年(昭和24年)






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