歴代メンバーとは? わかりやすく解説

歴代メンバー(正式に在籍した経歴があるもの総て)

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ジェファーソン・エアプレイン」の記事における「歴代メンバー(正式に在籍した経歴があるもの総て)」の解説

スターシップ在籍したメンバーは、スターシップ (バンド)参照。 ポール・カントナー (Paul Kantner) - ボーカルギター1965年-1984年1989年1992年-2016年) ※2016年死去エアプレイン中期から実質的にバンドオーガナイザーとなり、1984年から脱退していた時期除いて現在までの中心人物自身は独特のスタイルを持つが、新しサウンド導入することについては、意外な許容範囲の広いプロデュース感覚を持つミュージシャンでもある。エアプレインから大幅に変化してさらに商業的成功収めた1970年代ジェファーソン・スターシップも、各メンバー能力的確に活かすことができた彼の手腕によるところが大きい。しかし、自身スタイル自体変えることを要求され1980年代変化受け入れることができず、バンド脱退至ったルーツはフレッド・ニールなどに憧れた根っからフォーキーであり、1960年代から1970年代のロック・レジェンド、詩人作家ユニークな12弦ギター奏者サイエンスフィクション愛しここからスターシップコンセプト生み出された。クロスビースティルス&ナッシュグレイトフル・デッドはじめとするカリフォルニア州アーティストに広い人脈持ち、彼らとの交流から数々作品生み出した2016年死去。 マーティ・バリン (Marty Balin) - ボーカルアコースティックギター1965年-1971年1975年-1979年1993年-2008年) ※2018年死去ソロレコード・デビュー、フォーク・グループ「タウン・クライアーズ」での活動等経て1964年クラブマトリックス」を開設、ポール・カントナーとの出会いからエアプレイン結成独特なハイトーンボイスを持つシンガーR&B好み初期エアプレインウィルソン・ピケットの「In The Midnight Hour」、1970年頃にはシル・ジョンスンの「You Wear Your Dresses Too Short」をカバーしている。1971年一時脱退し、サンフランシスコ・バンドの「グルートナ (Grootna)」をプロデュースし自身バンドである「ボデイシャスDF (Bodacious DF)」でアルバム発表した後、ジェファーソン・スターシップ復帰ソロ転向後1981年に「ハート悲しく」(日本ではオリコン洋楽シングルチャート1981年10月19日付から7週連続1位を獲得)などのヒット放ったジェファーソン・スターシップヒット曲提供した友人、ジェシ・バリッシュのアルバム2枚プロデューサー務めている。ソロ・キャリアでの成功おさめたが、セッション・ミュージシャン従えた完全なソロ・シンガーとしての道は行かず、常に気心知れたバンドで歌うことを選んだ結局1993年よりジェファーソン・スターシップに再合流しソロ活動並行して継続画家としても制作活動をしている。ベイリン、ないしベーリンと表記されることが多かったが、実際発音バランとバリンの間であり、本稿ではバリンで統一した2018年死去。 ヨーマ・カウコネン (Jorma Kaukonen) - ギターボーカル1966年-1972年1989年)同じクラブ出入りしていたカントナーに誘われてエアプレイン参加厳密には、彼とバリン、カントナーの3人がオリジナル・メンバー1969年にジャック・キャサディとともにホット・ツナを結成1990年再結成して現在も活動続ける。平行してソロ活動精力的に行なうまた、ギター・キャンプを運営してギター教え活動行なっている。「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において2003年は第54位、2011年改訂版では削除された。 ボブ・ハーヴェイ(Bob Harvey) - ベース (1965年)ごく初期在籍したベーシストアップライトベース使いオーソドックスブルーグラスやフォーク・スタイルのバッキング演奏をした。レコーディング以前にジャック・キャサディに交代した。 ジェリー・ペロクィン (Jerry Peloquin) - ドラム (1965年)ごく初期在籍したドラマー軍隊バンドドラム担当した経歴持ち自身ジャズバックグラウンドを持つと伝えられるレコーディング以前スキップ・スペンス交代した。 シグニー・トリー・アンダーソン (Signe Toly Anderson) - ボーカル (1965年-1966年) ※2016年死去結成時女性ボーカリストフォーク/ジャズバックグランドを持つスタイル歌唱力優れていたが、ファースト・アルバム発表した直後子育て専念するために引退脱退ジェファーソン・スターシップTNGでは何度ステージ登場している。2016年死去。 ジャック・キャサディ (Jack Casady) - ベース (1966年-1972年1989年1992年-2000年エアプレイン以前はリード・ギタリストだったが、カウコネンに請われベーシストとして参加エアプレイン解散後も、カントナーとの交流続いてKBC BANDジェファーソン・スターシップTNGにも参加した2000年以降は、サザン・グループのガヴァメント・ミュールにゲスト参加していたが、現在はホット・ツナをメイン活動続けている。 アレックス・スキップ・スペンス (Alex Skip Spence) (en)- ドラム1965年-1966年) ※1999年死去カナダ出身本名アレクサンダー・スペンスと表記される場合もある(アレックスアレクサンダー愛称)。先祖にはネイティブ・アメリカン血脈があり、カリフォルニア州には父親がある航空機製造メーカー就いたことから少年期家族移住している。ニックネームスキップ」は、類い希音楽才能破天荒な人柄破綻者)に由来する。本来はギタリストで、エアプレイン加入前は西海岸のフォーク・クラブ、コーヒーハウス渡り歩きその中、ごく初期クイックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィス活動していたことがあるとも言われている(クイックシルヴァーの歴史においては、ほとんど重要視されていない)。ハイスクールブラスバンドアマチュアR&Rバンドドラムス叩いていた経験ある程度だったが、バリンに「君は僕のバンドドラマーだ」と言われドラム担当することになった。この時、本人ギタリストだとしか自己紹介せず、バリンも彼の経歴は全く知らず誘ったという。ジェファーソン・エアプレイン脱退後モビー・グレープ参加、のち一人多重録音ドラムス担当)した1971年ソロ・アルバムOar(en)』を発表する1999年死去グレイス・スリック (Grace Slick) - ボーカルピアノ1966年-1979年1981年-1988年1989年マトリックス出演していたバンド、グレート・ソサエティから引き抜かれてライブ・デビュー。アルバムは『シュールリアリスティック・ピロー』(1967年)から参加以降バンド象徴する重要人物になり、女性ロックスター草分け存在また、常にエキセントリックな言動注目浴びた数々アルバム聴かれピアノ独特なセンス光り強力なバッキング聴き物。ジェファーソン・スターシップTNGでは、1995年・2001年ステージ登場しているが、原則的に音楽界からは引退して画家などの活動をしている。 2005年発売DVDジェファーソン・エアプレインのアンソロジー・ドキュメンタリー『フライ〜ジェファーソン・エアプレイン・ストーリー』内のインタビューでは「親はドイツからの移民一族銀行家 (または銀行員)の家庭育ったメンバー達とは『一緒に寝た』がマーティ・バリンとは交渉関係は無かった親友か(肉親の)弟みたいな存在だった」と述懐していた。 マーティ・バリン (Marty Balin)とポール・カントナー (Paul Kantner)の姓名ドイツ系縁の名字で、バンド主導権を握る3人がほぼ偶然からドイツ系移民末裔だった。 スペンサー・ドライデン (Spencer Dryden) - ドラム1966年-1970年) ※2005年死去全盛期ジェファーソン・エアプレインリズムセクション支えた実力派ドラマーで、喜劇王チャップリンの甥。ジャズ出身らしいシャープドラミングバンドサウンド特色与えた脱退後グレイトフル・デッドのスプリンター・バンドであるニュー・ライダース・オブ・パープル・セイジに参加してカントリーロック長らく演奏。元クイックシルヴァーのジョン・シポリナとも活動を共にした。1989年の再結成ジェファーソン・エアプレインには不参加KBCバンド現在のジェファーソン・スターシップライブにはゲスト参加したことがある2005年死去。 パパ・ジョン・クリーチ (Papa John Creach) - ヴァイオリン1971年-1975年1992年-1994年友人だったジョーイ・コヴィントンに紹介され加入。フィドラーのいるバンドと言えばカンサスイッツ・ア・ビューティフル・デイ思い出されるが、こちらはブルース/カントリー/ジャズなどのルーツ・ミュージック得意な黒人フィドラーが西海岸バンド参加というのがユニークだった。並行してホット・ツナや自分バンドズールーでも活動。現在、第一線活躍するブルーズ・ギタリスト、ケブ・モ(ケビン・ムーア)は、かつてズールー一員だった。1992年から1994年死去まで、現ジェファーソン・スターシップTNG参加。クリーンヘッド・ヴィンスンやスリム・ゲイラードなどの有名ブルーズ/ジャイヴ・ミュージシャンとの交流もあり、若い頃録音残っている。 ジョーイ・コヴィントン (Joey Covington) - ドラムボーカル1970年-1972年) ※2013年死去スペンサー・ドライデンの後任としてエアプレイン参加バンド望んだ、よりロック的でタイトなリズムもたらしたエアプレイン辞めた後も、サンフランシスコミュージシャンなどと活動続けている。2013年死去。 ジョン・バーベイタ (John Barbata) - ドラムボーカル1972年-1979年タートルズや、クロスビースティルス&ナッシュとの活動など経てエアプレイン参加したロック・ドラマー。伝説L.A.スワンプバンドLAゲッタウェイ通称)での活動知られる西海岸らしいカラっとした音色端正なビート叩き出す交通事故1978年活動休止。現在は、自分バンドローカルな活動をしている。 グレイグ・チャキーソ (Craig Chaquico) - ギター1974年-1992年ハイスクール在籍中プロとして初レコーディング経験1971年からカントナー&スリックプロジェクト参加エアプレイン運営するグラント・レーベル所属バンド、ジャックトレイラー&スティールウインドに在籍してレコードリリース。カントナーに才能認められ、後に19歳ジェファーソン・スターシップ加入個性的カラフルなギターワークでバンド新風吹き込んだスターシップ解散後ソロ転向し、アコースティック・アルバムを精力的に発表してグラミー賞ノミニーとなっている。自己のバンドライブ活動行なっている。 ピーター・カウコネン (Peter Kaukonen) - ベースギター1974年)ヨーマ・カウコネンの実弟で、グラント・レーベルからソロ作品リリース、カントナーのプロジェクト経てジェファーソン・スターシップ初期ツアー参加した1989年の再結成エアプレイン・サマーツアーにはギタリストとして参加1990年代からジェファーソン・スターシップTNGツアーではジャック・キャサディの代役として度々登場している。近年シンガーソングライターとしてソロ・アルバムインディペンデントからリリースしている。 ピート・シアーズ (Pete Sears) - ベースキーボード1974年-1987年ニッキー・ホプキンス等と同じく英国から西海岸渡って来たミュージシャンのひとり。1960年代にはレ・フルール・ド・リスに一時期在籍ロッド・スチュワートとの仕事でも知られジャーニー結成以前ニール・ショーンドラマーグレッグ・エリコHappy Birthdayというトリオ組んだこともあるが、このユニット実質的にほとんど活動しないまま空中分解している。サンフランシスコの名シンガー、キャシ・マクドナルドのソロにも参加1973年グレース1stソロアルバムからファミリー加わりジェファーソン・スターシップメンバーになる。また、コパーヘッドで元クイックシルヴァーのギタリスト、ジョン・シポリナと活動したこともある。あらゆるキーボード類、ベースギター弾きこなし、作曲/アレンジにも優れる。近年は、一時期Hot Tunaに正式参加したり、ジェファーソン・スターシップTNGライブゲスト参加したりしている。 ミッキー・トーマス (Micky Thomas) - ボーカル1979年-1984年南部出身で、黒人ゴスペルシンガーバックコーラスなどを経て、エルヴィン・ビショップ・バンドで活躍スリック、バリンの後釜としてジェファーソン・スターシップ参加1985年頃、ピーター・セテラ抜けたシカゴ参加打診受けた実現しなかった。近年では自己のスターシップ以外に、プロジェクト=オーヴァー・ジ・エッジ(2004年)のCDにも参加している。 エインズレー・ダンバー (Aynsley Dunber) - ドラム1979年-1982年名門ジョン・メイオール&ザ・ブルースブレイカーズ出身で、ジェフ・ベック・グループジャーニーにも在籍していた英国人の名ドラマージャーニー脱退後、ピート・シアーズの推薦ジェファーソン・スターシップ参加脱退後は、英国バンド中心活動戻りホワイトスネイク参加、度々とりざたされたレッド・ツェッペリン再編成話題では参加噂された。近年再編されアニマルズライブ参加している。 ティム・ゴーマン (Tim Gorman) - キーボードボーカル (1985年-1987年1990年-1995年1980年代ザ・フー参加1985年KBC BAND参加1992年ジェファーソン・スターシップTNG参加ニッキー・ホプキンスやピート・シアーズを思わせるピアノプレイが秀逸。 スリック・アギラー (Mark "Slick" Aguilar) - ギターボーカル (1985年-1987年1990年-2012年2014年)ジェファーソン・スターシップTNGのリードギタリスト。マイアミスタジオ・ミュージシャン出身で、KC&ザ・サンシャイン・バンドなどに参加1980年代にバリンのソロデヴィッド・クロスビー等と活動1985年KBC参加以降、カントナー、バリンの右腕として活動を共にしている。病気療養のため2012年よりツアーには不参加だったが、2014年8月ライブ客演。 ブレット・ブルームフィールド (Blett Bloomfield) - ベース (1988年-1990年1992年1987年グレイス・スリックソロ・アルバム参加した後、ピート・シアーズが抜けたスターシップ参加1992年には再編成スターシップ一時参加した。 マーク・モーガン (Mark morgan) - キーボード (1988年-1990年)ピート・シアーズの脱退後スターシップ参加。 ダービー・グールド (Darby Dould) - ボーカル (1992年-1995年2008年)サンフランシスコ人気のあった、ワールド・エンタテインメント・ウォー(World Entertainmennt War)から、ポール・カントナー&フィーメイル・シンガーズ・プロジェクトに参加した後、ジェファーソン・スターシップTNGに。ライブ・アルバムDeep Space/Virgin Sky』でCDデビューその後脱退するが『ウィンドウズ・オブ・ヘヴン』にもトラック8でゲスト・ボーカルとして参加近年再びライブ登場し、ダイアナ・マンガーノとのツインボーカル復活している。 プレイリー・プリンス (Prarie Prince) - ドラム (1992年-2008年)ジェファーソン・スターシップTNGから参加通算7人目で、一番長ドラマーの座についている。かつてジャーニーメジャー・デビュー以前前身バンドであったゴールデン・ゲート・リズムセクションに在籍サンフランシスコのニュー・ウェイヴ・グループであったThe TUBESのオリジナルメンバー。ジェームズ・ギャングやディープ・パープルギタリストだったトミー・ボーリンのファースト・ソロ・アルバムにも参加トッド・ラングレンサポートでも活動。現在は、リック・オケイセック抜きでトッド・ラングレンフロントマン据えて再結成したニュー・カーズのアルバム/ツアーにも正式参加しているなど、多彩な活動歴を持つ。なお、再結成カーズへの加入に伴い、現在は正式メンバーではないが、時折ジェファーソン・スターシップTNGライブにもゲスト出演している。 ダイアナ・マンガーノ (Diana Mangano) - ボーカル (1993年-2008年)1993年開催されたWoodstock-Mexicoでジェファーソン・スターシップTNGシンガーとしてデビュー。カントナーにデモ・テープ渡してファンからメンバーになった当初はダービー・グールドとのツインボーカルステージ立ったが、ダービー脱退後メインボーカルとなる。 ゲイリー・キャンブラ (Gary Cambra) - キーボード (1995年-1996年ジェファーソン・スターシップTNGから参加西海岸では、TV番組音楽監督として知られる人物。 T・ラヴィッツ (T Lavitz) - キーボード (1996年-1998年ジェファーソン・スターシップTNGから参加スティーヴ・モーズ(現ディープ・パープル)が在籍していたディキシー・ドレッグス元メンバー

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歴代メンバー

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ブダペスト弦楽四重奏団」の記事における「歴代メンバー」の解説

第1ヴァイオリン エミル・ハウザー(Emil Hauser, 1893年 - 1978年在籍1917年 - 1932年) ヨーゼフ・ロイスマン(Josef Roismann, 1900年 - 1974年在籍1932年 - 1967年) 第2ヴァイオリン アルフレート・インディヒ(Alfred Indig, 在籍1917年 - 1920年) イムレ・ポガニー(Imre Pogany, 1893年 - 1975年在籍1920年 - 1927年) ヨーゼフ・ロイスマン(Josef Roismann, 1900年 - 1974年在籍1927年 - 1932年アレクサンダー・シュナイダーAlexander Schneider, 1908年 - 1993年在籍1932年 - 1944年1955年 - 1967年) エドガー・オッテンバーグ(Edgar Ortenberg, 1900年 - 1996年在籍1944年 - 1949年) ジャック・ゴロデツキー(Jac Gorodetzky, 1913年 - 1955年在籍1949年 - 1955年ヴィオラ イシュトヴァン・イポリ(Istvan Ipolyi, 1886年 - 1955年在籍1917年 - 1936年) ボリス・クロイト(Boris Kroyt, 1897年 - 1969年在籍1936年 - 1967年チェロ ハリー・ソン(Harry Son, 1880年 - 1940年頃在籍1917年 - 1930年) ミッシャ・シュナイダー(Mischa Schneider, 1904年 - 1985年在籍1930年 - 1967年)第2ヴァイオリンアレクサンダー・シュナイダーの兄。

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ラモーンズ」の記事における「歴代メンバー」の解説

ジョーイ・ラモーン Joey Ramone - ボーカル (19741996)本名:ジェフリー・ハイマン、1951年5月19日 - 2001年4月15日 ジョニー・ラモーン Johnny Ramone - ギター (19741996)本名:ジョン・カミングス、1948年10月8日-2004年9月15日 ディー・ディー・ラモーン Dee Dee Ramone - ベース (19741989)本名:ダグラス・コルヴィン、1952年9月18日 - 2002年6月5日 トミー・ラモーン Tommy Ramone - ドラム (19741978)本名トマス・アーデライ1949年1月29日 - 2014年7月11日 ハンガリー・ブダペスト出身2014年7月11日ニューヨーク自宅胆管がんのために死去オリジナルメンバー最後生き残りであったマーキー・ラモーンMarky Ramone - ドラム (19781983, 19871996)本名マーク・ベル1956年7月15日- リッチー・ラモーン Richie Ramone - ドラム (1983–1987)本名リチャード・ラインハート1957年8月11日- C・J・ラモーン C.J Ramone - ベース (19891996)本名:クリストファー・ジョン・ウァード、1965年10月8日- エルヴィス・ラモーン Elvis Ramone – ドラム (1987)本名:クレム・バーク、1954年11月24日- 「ブロンディ」のドラマーライヴ2度参加したのみ。 ジョーイ・ラモーン(Vo) 1987年 ジョニー・ラモーン(G) 1977年 ディー・ディー・ラモーン(B) 1977年 C・J・ラモーン(B) 1991年 トミー・ラモーン(Ds) 2008年 マーキー・ラモーン(Ds) 2011年

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歴代メンバー

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ビッグ・マンモス」の記事における「歴代メンバー」の解説

加入順→背番号順で列挙加入時期背番号名前よみニックネーム生年月日血液型卒業(脱退)時期所属事務所備考1975年9月第1期) 売豆紀一 みずき はじめ ミルキー 1975年10月? 劇団日本児童 レコードデビュー前に脱退10 森井信好 もりい のぶよし ノンノン 1965年3月25日 1978年3月 劇団いろは 初代リーダー卒業まで兼安とダブル就任11 秋葉 あきば アッキー 1976年3月 劇団若草 下の名前不明18 世利一弘 せり かずひろ パセリ 1967年8月22日 B 1981年3月 劇団ひまわり 20 兼安博文 かねやす ひろふみ カネゴン 1964年10月24日 A 1980年3月 劇団いろは 初代リーダー1978年4月より単独21 西野正一 にしの しょういち ショーチャン 1965年9月6日 A 22 大沢総一郎 おおさわ そういちろう オートン 1967年9月3日 O 1981年3月 劇団いろは 二代目リーダー1980年4月~30 前田裕介 まえだ ゆうすけ マメダ、ユースケ 1966年7月10日 O 1980年3月 劇団日本児童 35 芹沢康久 せりざわ やすひさ プリンスハゲ 1965年6月1日 O 1978年3月 劇団いろは 『3年B組金八先生』(TBSテレビ)に梅原役として出演47 新敷浄 しんしき きよし ヘンシン 1966年6月1日 O 1980年3月 劇団日本児童 56 古川武生 ふるかわ たけお イカちゃん 1965年4月2日 1978年3月 劇団いろは 66 野田利明 のだ としあき ノーマン 1976年3月 劇団日本児童 72 長谷川淳はせがわ あつし アッチャン 1967年1月31日 B 1980年3月 劇団日本児童 姉は『3年B組金八先生』(TBSテレビ)に瀬戸克江役として出演していた長谷川純代。 1976年3月第2期11 酒井晃 さかい あきヒラメ 1966年11月26日 A 東京音楽学院 15 前田陽介 まえだ ようすけ デブリンマン 1968年9月16日 O 1981年3月 劇団日本児童 1期メンバー前田裕介の弟。 27 山崎圭一 やまざき けいいち ヤセヤマ 1967年7月27日 AB FMG 1981年8月3日神奈川県海水遭難事故のため死去享年14武田久美子アイドルとしてデビューする前の堀越学園中等部時代山崎圭一交際していたことを2005年著書「くみこの掟」と2016年5月放送TBS7時にあいましょう」にて語っている。 88 東原稔 ひがしはら みのる トンバラ 1965年8月18日 O 1980年3月 90 岩田浩一 いわた こういち コーチャン 1966年3月19日 A 1977年10月第3期12 田村勲 たむら いさお コフ、ツリマユゲ 1968年3月15日 A 1981年3月 東京音楽学院 19 高橋秀典 たかはし ひでのり タコ、テンタコルズ 1968年6月26日 AB 劇団日本児童 28 山崎公彦 やまざき きみひこ チビヤマ 1969年2月19日 AB FMG 2期メンバー山崎圭一の弟。 1978年10月第4期) 16 伊藤光 いとう ひかる ピカ 1970年1月27日 AB 解散時メンバー 劇団ひまわり 三代目リーダー1981年4月~) 33 玉川康司 たまがわ こうじ タマチャン 1970年1月19日 A 劇団日本児童 45 小倉一夫 おぐら かずお モグ 1970年3月5日 A 東京音楽学院 73 酒井新一郎 さかい しいちろう チビシン 1969年10月21日 B ボンド 1980年8月第5期) 23 中垣一巳 なかがき かずみ カンミカン 1971年6月21日 55 石井隆一 いしい りゅういち ハンバーグ 1981年5月 64 菊池晋 きくち すすむ スーチャン 1980年11月第6期10 倉形敏正 くらがた としまさ 11 山元泰三 やまもと たいぞう ゲンゴロウ 1973年9月30日 解散時メンバー 17 藤田裕二 ふじた ゆうじ 1981年5月 29 飯田吉信 いいだ よしのぶ ピッケル 1972年3月26日 解散時メンバー 30 佐藤美樹晴 さとう みきはる 1981年5月 1981年5月第7期15 英徳 やなぎ ひでのり ボケヤナギ 1972年5月15日 解散時メンバー 東京音楽学院 25 金子真也 かねこ しんや キンコネコ 1971年5月25日 1981年12月 劇団ひまわり 62 渡辺弘樹 わたなべ ひろき ガッチャマン 1971年11月6日 解散時メンバー 69 六浦誠 むつうら まこと ロク 1971年9月14日 劇団日本児童 解散後俳優として芸能活動継続したが、現在は引退75 野口将 のぐち まさる ウマヅラ 1971年7月3日 88 富樫寛 とがし ひろし トカゲ 1972年3月7日 1981年12月 NHK大河ドラマ春の波涛』などに出演90 岩崎基亘 いわさき もとのぶ 頭デッカチ 1971年7月29日 99 山本日出一 やまもと ひでかず 太平洋 1972年3月28日3年B組金八先生スペシャル』(1986年TBSテレビ)に生徒役として出演

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歴代メンバー

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Falcom Sound Team jdk」の記事における「歴代メンバー」の解説

かつて在籍したメンバーを含む。かっこ内はファルコム在籍時の名前。{}は当時あだ名石川三恵子 - 初代リーダー 川合将明 天門白川篤史){白蔵まつもとひろし松岡博文) - 2代目リーダー 高橋俊弥 中島タケオ中島勝){マサル金田直キム綱島貴博{タカ坊} 新井智 園田隼人{S} - 3代目リーダー 小原松村弘和 みらゐ(石橋渡服部麻衣子 村山貴英 宇仁菅孝宏 デッドボールP竹下遼){たけたけ} 籾山紗希{モミコ} 大崎政範 萩生田朋克 橋本鍾愛 古口駿太

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歴代メンバー

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ザ・キュアー」の記事における「歴代メンバー」の解説

ポール・トンプソン (Porl Thompson) - ギターキーボードサックス1976年-1978年1983年-1993年2005年-2009年前身バンド、イージー・キュアー時代からメンバーで、ロバート義弟(妻がロバートの妹)。ギターのみならず鍵盤楽器管楽器自在に操る。ジミー・ペイジ敬愛し自身のギタープレイにも強い影響受けているという。一時期キュアー抜けてペイジ・プラントに在籍していたこともある。2005年から2度目復帰果たしたまた、画家としても活動しており、CDのアートワークデザインも手掛けている。 ローレンス・トルハースト (Laurence Tolhurst) - ドラムスキーボード (1976年-1989年) オリジナル・メンバー通称ロルロバートとは6歳の時からの幼馴染初めドラム担当していたが、アルバムポルノグラフィー』の制作経てドラマーとして限界感じ1983年キーボード転向1989年解雇されたが、その解雇不当として、1993年バンド訴えた(結果敗訴)。Presenceというバンド経てその後ロバートとも仲直りして、妻と共にLevinhurstというバンド活動行っている。 マイケル・デンプシー (Michael Dempsey) - ベース (1976年-1979年) オリジナル・メンバー初代ベーシスト。『スリー・イマジナリー・ボーイズ』ではジミ・ヘンドリックスカバー曲、「Foxy Lady」でメインボーカル取っている。 マシュー・ハートリー (Matthieu Hartley) - キーボード (1979年-1980年) セカンド・アルバム『セブンティーン・セコンズ』における淡い色彩表現一役買ったフィル・ソーナリー - ベース (1983年-1984年) 「The Lovecats」~『ザ・トップ』期のベーシスト。『ポルノグラフィー』のプロデューサーでもある。1988年-1992年ジョニー・ヘイツ・ジャズボーカルとして加入アンディ・アンダーソン (Andy Anderson) - ドラムス (1983年-1984年) 『ザ・トップ』期のドラマーだったが、来日の際に飲酒原因トラブル起こし解雇された。 ボリス・ウィリアムス (Boris Williams) - ドラムスパーカッション (1984年-1994年バンド黄金期支えたドラマー恋人であるCaroline Crawleyとのバンド・Babacarの活動のため、キュアー脱退した脱退後も『グレイテスト・ヒッツ』のアコースティック・セッションに参加したりと、友好的な関係を続けている。 ペリー・バモンテ (Perry Bamonte) - キーボードギター6弦ベース (1990年-2005年) 通称テディ。元はロバートのツアー・ギターローディー。ロジャー脱退際しキーボード奏者として参加1995年ロジャー復帰する晴れてギター担当となったポール後釜ということで、そのテクニック対し厳し意見聞かれたが、音楽対す真摯な姿勢好感持たれていた。2005年に突然ロバートから解雇宣告されバンド去った

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歴代メンバー

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アルビレックスチアリーダーズ」の記事における「歴代メンバー」の解説

2006-07 メンバー チームリーダー 栗山由美 コーディネーター 山岸克予 クリニックディレクター 清水咲里 スクールディレクター 堀文子 横山未来 鳥羽真美子 石田良金井景子 三浦環 由美子 伊藤聡美 長澤由美 今村ちひろ 笠原亜希子 小泉廣瀬祐子 斎藤世意子 佐藤未帆 篠原恵清水栄里 中條長濱恵美子 野屋有里 さおり 細島祥子 松永貴子 山岸千乃 2007-08 メンバー チームリーダー 堀文子 鳥羽真美子 金井景子 由美子 横山未来 石田良伊藤聡美 長澤由美 有働 絵津 さおり 田辺 佳織 遠藤 尚今村ちひろ 清水栄里 篠原恵理 江 舞佳 島田 若枝小野 綾子 坂上美 上正美 可児 暁恵都合により途中脱退2008 - 09メンバー チームリーダー 有働絵津コーディネーター 長澤由美 スクールディレクター 堀文子 金井景子 由美子 伊藤聡美 篠原恵今村ちひろ 清水栄里 田辺佳織 島田若枝江村舞佳 山岸千乃 田中聡子 塚田理恵子都合により途中脱退五十嵐未 (都合により途中脱退2009 - 10メンバー( )内は在籍年数無印新メンバーチームリーダー 有働絵津(4) スクールディレクター 堀文子(7) 由美子(6) 篠原恵(4) 今村ちひろ(4) 田辺佳織(4) 田中聡子(2) 廣瀬祐子(2) 遠藤尚子 南真理子 樋口佳代 沙織 石郷岡雅代 山本あい花 本間文香 2010 - 11メンバー( )内は在籍年数無印新メンバーチームリーダー 遠藤尚(2) 有働絵津(5) 篠原恵(5) 今村ちひろ(5) 廣瀬祐子(3) 田中聡子(3) 樋口佳代(2) 沙織(2) 石郷岡雅代(2) 山本あい花(2) 菊池由美 2011 - 12メンバー( )内は在籍年数無印新メンバーチームリーダー 遠藤尚(3) サブリーダー 山本あい花(3) 沙織(3)真理子(2) 安藤美和 大澤真弓 渡邊尚子 千翔 石垣敬愛 今井綾乃 小倉祥子 サテライトメンバー 中野景子(6) サテライトメンバー 庭野佳織(5) サテライトメンバー 菊池由美(2) サテライトメンバー 今井里見(2) 2012 - 13メンバー( )内は在籍年数無印新メンバーチームリーダー 山本あい花(4) 沙織(4)真理子(3) 大澤真弓(2) 渡邊尚子(2) 石垣敬愛(2) 小倉祥子(2) 石坂美 古俣佳苗 石川由利 サテライトメンバー 千翔(2) 2013 - 14メンバー( )内は在籍年数無印新メンバーチームリーダー 大澤真弓(3) サブリーダー 石川由利(2) 沙織(5) 小倉祥子(3) 小林桃子 田中千尋 棚橋里夏 吉田彩乃

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歴代メンバー

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強がりセンセーション」の記事における「歴代メンバー」の解説

卒業順) 名 前よ みニックネーム加入期担当カラー卒業備考笹木都々 ささき つづか つーちゃん 一期 .mw-parser-output .legend{page-break-inside:avoid;break-inside:avoid-column}.mw-parser-output .legend-color{display:inline-block;min-width:1.5em;height:1.5em;margin:1px 0;text-align:center;border:1px solid black;background-color:transparent;color:black}.mw-parser-output .legend-text{} 黄色 2014年9月14日 卒業後、同事務所の気まぐれパンデミック経て仮面女子白羽都々華名義)に加入する諸事情により退所。ドリームセンセーションで『Dear Future』に出演したのを最後に芸能活動引退した蒼井ちひろ あおい ちひろ ちいぴょん 一期 水色 2015年2月15日 卒業後、BiSH(セントチヒロ・チッチ名義)のメンバーとして活動中辻本あや つじもと あや あやりん 一期 ピンク 2015年2月15日 卒業後、SendCharm経てQ-pitch(田あや名義)のリーダーとして活動中。 鈴玲奈 すずもり れいな れいちゃ二期 水色 2015年8月12日 卒業後、ドリィムアビリティ(黒崎智花名義)を経てLunaria活動する諸事情により退所。ドリームセンセーションで『Dear Future』に出演したのを最後にアイドル活動引退した瑞月杏樹 みづき あんじゅ あんじゅ 二期 ピンク 2015年8月6日 卒業後、暗黒姫経てソロシンガーとして活動中相川名義)(あんじゅ名義松本百合まつもと ゆりあ ゆりあん 二期2015年11月14日 卒業後、ラストクエスチョン加入怪我により退所 手術リハビリ経てマタタvvYURIA名義)で活動中上條笑果 かみじょう えみか えみけ 一期 オレンジ 2016年1月10日 卒業後、女優井上果歩名義)として活動中藤井睦 ふじい むつみ むっちゃん 三期 黄緑オレンジ 2017年2月28日 卒業後、ザ・バーレスクにて活動中市川結愛 いちかわ ゆあ ゆあぴょん 一期 紫→ 赤 2017年3月31日 卒業後、姉妹グループ手羽先センセーション」に復帰その後卒業しソロとして活動2018年4月アイドル卒業ライブ11月にはラストリリースイベントを開催2019年8月芸能活動再開した山本なほ やまもと なほ なほてぃ 二期 黄→ 水色 2017年7月8日 卒業後、ソロ活動経てマタタvv(NAHO名義)で活動中水原ゆうい みずはら ゆうい ゆうゆ 三期 青→ 黄色 2017年12月25日 広瀬みのり ひろせ みのり みのりん 四期 ミントグリーン 2017年12月25日 卒業後、Fullfull☆Pocket活動中。 嶋宗凜 しまむね りん りんりん 五期 オレンジ 2017年12月25日 卒業後、女優として舞台への出演や、ソロシンガーとして活動中(現在は小湊一凜またはICHICA名義) 丸谷あさひ まるたに あさひ あさひまる 五期 パープル 2018年2月18日 卒業後、エモップエモクルスコップ)を経て2018年7月エモップ活動中止)同事務所のイベントなど出演していたが2019年5月退所した。2019年11月よりAiDOLOXXXYで活動2020年7月に同グループ卒業し芸能活動引退した。 染矢みさき そめみさき みーたん 五期 レッド 2018年4月17日 卒業後、舞台への出演などを経て2020年2月より福岡ソフトバンクホークス公式チアチームのハニーズ活動中Misaki名義木村美陽 きむら みよ みよぱん 四期 ピンク 2018年4月17日 卒業後、一旦は同事所を退所したが2018年8月復帰しイベントなど出演している。

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歴代メンバー

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フジテレビビジュアルクイーン」の記事における「歴代メンバー」の解説

選出時の芸名を記す。 1992年 高橋里華稲尾律子寺田光1993年 内田有紀田中広子遠藤美佐子遠野舞子青木美津子 1994年 稲森いずみ吉野公佳雛形あきこ木内あきら 1995年 華原朋美榎本加奈子遊井亮子秋本祐希 1996年 山田まりや青木裕子稲田千花黒田美礼 1997年 藤崎奈々子吹石一恵嘉門洋子柳明日香 1998年 安西ひろこ鮎川なおみ、柴田あさみ中沢純子 1999年 吉井怜内藤陽子濱松咲高以亜希子 2000年 周防玲子一戸奈未川村亜紀桜井裕美三津谷葉子金子さやか 2001年 浅見れいな小向美奈子宮地真緒椎名法子 2002年 市川由衣香里奈沢尻エリカ鎗田彩野

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歴代メンバー

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東京クヮルテット」の記事における「歴代メンバー」の解説

第1ヴァイオリン1969年-1981年 原田幸一郎創設メンバー1981年-1995年 ピーター・ウンジャン 1995年-1996年 アンドリュー・ドース(英語版1996年-2002年 ミハイル・コペルマン(英語版2002年-2013年 マーティン・ビーヴァー 第2ヴァイオリン1969年-1974年 名倉淑子創設メンバー1974年-2013年 池田菊衛 ヴィオラ1969年-2013年 磯村和英創設メンバーチェロ1969年-2000年 原田禎夫創設メンバー2000年-2013年 クライヴ・グリーンスミス 2011年11月創設以来ヴィオラ奏者である磯村和英2代目第2ヴァイオリン奏者池田菊衛2013年6月をもって東京クヮルテットから退団することが発表された。池田磯村退団後も各々音楽活動続け予定で、磯村は「情熱刺激満ちた日々でした。数々素晴らし室内楽名曲永遠に演奏し続けられる思ってきましたが、つい最近になってそれはちょっと理なんだと気がつきました世界中飛び回って演奏することがだんだん辛くなってきたのです」と、また池田は「37年亘って支え続けて下さった仲間お客様心から感謝致します室内楽は私の喜びであり、これから演奏活動後進の指導残り人生捧げられたらと思っています」と語っている。新メンバー2012年発表される予定だったが、第1ヴァイオリン奏者ビーヴァーチェロ奏者のグリーンスミスの熟考結果東京クヮルテット2013年6月をもってその歴史終えることになった

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歴代メンバー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/03/17 09:33 UTC 版)

ジョウサンズ」の記事における「歴代メンバー」の解説

雲井 千賀子(くもい ちかこ、本名・太野千賀子1929年昭和4年) - ) 福岡県小倉市(現:北九州市)の生まれ浪曲初代京山華千代門下になる。オリジナルメンバー程なく脱退日吉川 トキコ(ひよしがわ ときこ、本名寺田徳恵1948年昭和23年2月9日 - ) 千賀子後任で、音痴振り弄られる役どころ脱退後漫才師転じ中田ゆき・ゆきみのゆきみを経て園ひとみの名で夢乃タンゴとのコンビ永年活躍した松竹芸能所属)。 日吉川 良子(ひよしがわ よしこ、本名前田旧姓前山)志代子、1946年昭和21年) - ) 和歌山県日高郡生まれスミ子の後を承け参加初期芸名日吉川ヨシコアコーディオン担当1970年昭和45年10月落語家二代目桂枝雀結婚し1971年昭和46年8月脱退米朝一門ホール落語下座三味線担当第2期ジョウサンズには参加していない。

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歴代メンバー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/05 05:11 UTC 版)

ミッドナイト・エクスプレス (プロレス)」の記事における「歴代メンバー」の解説

"ラヴァーボーイ" デニス・コンドリー("Loverboy" Dennis Condrey)(1981年 - 1987年1987年 - 1989年) "ラヴィシング" ランディ・ローズ("Ravishing" Randy Rose)(1981年 - 1983年1987年 - 1989年) "PYT" ノーベル・オースチン("P.Y.T." Norvell Austin)(1981年 - 1983年) "ビューティフル" ボビー・イートン("Beautiful" Bobby Eaton)(1984年 - 1990年) "スウィート" スタン・レーン("Sweet" Stan Lane)(1987年 - 1990年( )内は在籍期間。5選手ともサイズ的には決し大型ではなかったものの、いずれも職人肌の試合巧者であり、各々別のタッグチームにおいても実績残している。

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歴代メンバー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/04/06 03:30 UTC 版)

クレインズ」の記事における「歴代メンバー」の解説

年度メンバー備考2006年第1期生) 浅岡志保大谷ゆり美夏(あんな みか) 2007年第2期生) 外咲来未(とさき くみ)美夏松田亜衣 途中外咲来未病気治療の為に脱退第1期生の浅岡志保復帰し第2期卒業までMC務めていた。 2008年第3期生) 美夏、ますあや、暮羽優奈(くれは ゆな) 美夏3年連続2009年第4期生) 布施曜子(ふせ ようこ)ますあや秋葉ミキ 2010年第5期生) ますあや南まこと、鴻上聖奈(こうがみ せな) 2011年第6期生) ますあやizumi(いずみ)日野礼香(ひの れいか) この年例年より1ヵ月遅れの4月5日メンバー発表が行われた。日野2014年度日本レースクイーン大賞グランプリ選ばれている。 2012年第7期生) ますあや南友香(みなみ ともか)渡辺順子 ますあやが5年連続この年からコスチュームメンバーデザインしたものとなった2013年第8期生) 岩田明子高塚麻奈高家望愛(こうけ のあ) 応募総数100人の中から選出発足以来初めメンバー全員が総入れ替えとなる。高家平成生まれとしては初のクレインズメンバーとなった2014年第9期生) 高家望愛安藤麻貴山本捺生(やまもと なつき) 高家望愛が2年連続初めメンバー全員平成生まれになった2015年第10期生) 安藤麻貴、はるま、湯浅あきな 安藤麻貴2年連続2016年第11期生) 湯浅あきな、はるま、村井瑞稀(むらい みずき) 湯浅あきな、はるまが2年連続となり、初めメンバー1名のみが入れ替わる結果となった2017年(第12期生) 村井瑞稀永原芽衣(ながはら めい)夏江花(なつえ はな) 村井瑞稀2年連続初めメンバー全員1990年代生まれになったこの年衣装デザイン鴻上聖奈が担当2018年(第13期生) 村井瑞稀茜音里奈(あかね りな)藤間すず(とうま すず村井瑞稀3年連続2019年(第14期生) みずほ(ひいらぎ みずほ城戸ひなの(きど ひなの)相田美優(あいだ みゆう) 2013年以来メンバー入れ替え北海道出身者としては暮羽優奈以来11年ぶりのクレインズメンバーとなる。 2020年第15期生) 高橋真以(たかはし まい)城戸ひなの蒼井じゅの(あおい じゅの) 城戸ひなのは2年連続。 ますあや(2008 - 2012年メンバー日野礼香2011年メンバー渡辺順子2012年メンバー南友香2012年メンバー岩田明子2013年メンバー) はるま(2015 - 2016年メンバー夏江花(2017年メンバー

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