グランプリとは?

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グラン プリ [2][4]フランス grand prix】

大賞各種コンクール競技などで最高位の賞。

GP

フランス Grand Prix〗
グラン-プリ。大賞

グランプリ

英語 Grand Prix

もとの意味は大賞、最高賞であるが、4輪レースではF1レースを指す。F1グランプリ原則として1か国で年1回開催され、国名を冠して呼ばれる(例:日本グランプリ)。グランプリの名称が使われた世界最初自動車レースは、1906年6月26日フランス自動車クラブ(ACF)により開催された。2日間にわたってルマン近郊公道閉鎖した1236kmを走破するという、当時としては過酷なものだった28出場完走11台だった。46年現在の自動車スポーツ基盤となる統轄団体国際自動車連盟FIA設立され、グランプリレースはF1行われることになった。

※「大車林」の内容は、発行日である2004年時点の情報となっております。

グランプリ

作者西巻秀夫

収載図書グランプリ
出版社健友館
刊行年月2002.6


グランプリ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/02/28 03:24 UTC 版)

グランプリ: Grand Prix、略称:GP)

フランス語で「大賞」、grand(大きい、最高の)prix(賞)。英訳するとグランド・プライズ (Grand Prize) 。芸術・文化・スポーツなどの各分野で最高位とされる。もしくは、その受賞者を選出するコンクール競技会のこと。日本では1951年に黒澤明監督の「羅生門」がヴェネチア映画祭金獅子賞を受賞したときグランプリ受賞として国内報道されたことからこの語が一挙に広まり、その後も語義の第一としてヴェネチア映画祭最高賞を挙げた辞書も存在した(1980年代以前の旺文社国語辞典など)。現在では下記のように、より多様な用いられ方をされている。映画祭の最高賞という意味での用いられ方も、この語を用いていないヴェネツイアやベルリン(金熊賞)をはじめ依然根強い。また、最高賞パルムドールとは別に審査員特別賞がグランプリと呼ばれるようになった1990年以降のカンヌ映画祭については、どちらを指しているのか留意が必要である。

大賞、賞

  • モータースポーツ
    • 二輪・四輪において最高位のレース。 → グランプリ (モータースポーツ)
    • 競艇においては賞金王決定戦賞金女王決定戦を指す。
      • 競艇では2014年度からはSG・プレミアムGⅠはマスメディア向けの広報で示される大会名は愛称を基本としており、これに従い賞金王決定戦を「ボートレースグランプリ」(さらに優勝決定戦に当たる「賞金王決定戦」も「グランプリ優勝戦」と呼称)、賞金女王決定戦を「クィーンズクライマックス」と呼称されている。

大賞、賞以外

関連項目


グラン・プリ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/11/01 05:28 UTC 版)

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グラン・プリ
Grand Prix
Yves Montand 1966.jpg
監督 ジョン・フランケンハイマー
脚本 ロバート・アラン・アーサー
原案 ロバート・アラン・アーサー
製作 エドワード・ルイス
製作総指揮 ジェームズ・ガーナー
カーク・ダグラス
ジョン・フランケンハイマー
出演者 ジェームズ・ガーナー
イヴ・モンタン
三船敏郎
エヴァ・マリー・セイント
音楽 モーリス・ジャール
撮影 ライオネル・リンドン
編集 ヘンリー・バーマン
ステュー・リンダー
フランク・サンティロ
製作会社 Cherokee Productions
配給 メトロ・ゴールドウィン・メイヤー
公開 アメリカ合衆国の旗 1966年12月21日
日本の旗 1967年2月1日
上映時間 180分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
フランス語
イタリア語
ポルトガル語
日本語
配給収入 5億1751万円[1] 日本の旗
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グラン・プリ』(Grand Prix)は、1966年に公開されたカーアクション映画である。主演はジェームズ・ガーナー。監督はジョン・フランケンハイマー、音楽はモーリス・ジャールが担当した。

概要

モータースポーツのトップカテゴリであるF1グランプリを舞台に、ドライバーズチャンピオンの栄光をかけて戦う4人のF1ドライバーの運命を追ったフィクションである。サブプロットとして、そのような危険なライフスタイルを持つ男達と共に生きようとする女性達に焦点が当てられる。原作はロバート・デイリー(en:Robert Daley)が1963年に発表したノンフィクション『The Cruel Sport』。

撮影は65mmフィルムで行われ、シネラマの大画面で公開された。タイトルデザインをソール・バスが担当している。

公開当時F1に参戦していたホンダをモデルにした「ヤムラ(矢村)」チームが登場し、本田宗一郎を思わせるチームオーナー役を三船敏郎が演じている。すでに国際的評価を得ていた「世界のミフネ」がハリウッド映画に初めて出演した作品であった。

あらすじ

F1シーズンの開幕戦、伝統のモナコグランプリで大事故が起きた。ジョーダン・BRMチーム所属のアメリカ人レーサー、ピート・アロンは辛くも難を逃れたが、チームメイトのスコット・ストッダードが重傷を負った責任を負わされチームから解雇された。アロンは日本のヤムラチームと第3ドライバー契約を結び、期待に応えてワールドチャンピオン争いに加わる活躍をみせた。

アロンと競い合う有力ドライバーは3人。マネッタ・フェラーリチームのエースであるフランス人のジャン=ピエール・サルティは、2度のワールドチャンピオン経験を持つ大ベテラン。サルティのチームメイトであるイタリア人のニーノ・バルリーニは、二輪グランプリの元王者であり、将来を嘱望されている。開幕戦の負傷からカムバックしたイギリス人のストッダードは、レーサーとして成功した亡き兄を目標としている。

命懸けのレースの合間には男と女のドラマもあった。ストッダードの妻パットは元モデル時代の生活が忘れられず、夫を捨ててアロンに接近しようとする。サルティは大手自動車会社を経営する妻モニークとの関係が冷え切り、パーティーで知り合ったファッション雑誌編集者のルイーズと深い仲になっていく。

4人のドライバーによるワールドチャンピオン争いは僅差のまま最終戦イタリアグランプリを迎えた。ハイスピードの接近戦、大波乱の展開の末、最終ラップに劇的なクライマックスを迎える。

キャスト

※括弧内は日本語吹き替え

※日本語吹き替え:放送日1974年4月11日、18日『木曜洋画劇場』他(ノーカット)

撮影

他に類を見ないレースシーンの撮影技術がこの映画の呼び物の一つとなっている。フランケンハイマー監督率いる約260名の撮影隊はF1コンストラクターの協力を得て、1966年の6か国のグランプリで撮影を行った。F1フォトジャーナリストのベルナール・カイエが仲介役となり、ヨアキム・ボニエリッチー・ギンザー、ボブ・ボンデュラントらF1ドライバーがアドバイザーとして協力した。ブルース・マクラーレンマクラーレンの創始者)、フィル・ヒル(1961年のワールドチャンピオン)、グラハム・ヒル(1962、1968年のワールドチャンピオン)らは役名付きで出演した。

主役の4人の俳優は、実際にマシンを運転できるようにジム・ラッセル・レーシングスクールで教習を受け、撮影時に走行した。中でも主演のジェームズ・ガーナーはメキメキと頭角を現し、プロにも迫るほどの腕前に成長したという。ストッダード役のブライアン・ベッドフォードは公道の自動車免許を持っていなかった。

走行シーンに実物のF1マシンは使用できなかったので、F3マシンをモディファイして使用した。マシンがコースから飛び出すシーンでは、人形を乗せたマシンを大砲で射出した。

レースの走行映像はフォード・GT40を改造したカメラカーで撮影した。また、フォーミュラカーのフロント部分にカメラを搭載し、ドライバー目線の迫真の映像を収めた(このためにNASAと共同で耐震カメラ台を開発した)。F1のテレビ中継では1980年代以降に車載カメラの映像が普及するが、本作はそれを先取りするものであった。

通常、部外者には門戸を開かないフェラーリのファクトリーでの撮影も特別に許可され、当時の雰囲気を知ることのできる貴重な映像となっている。

舞台となったグランプリ

※印は撮影隊が帯同したレース。

実際の1966年のF1グランプリは開催国・サーキットは同じだが開催順が異なっている(モナコ・ベルギー・フランス・イギリス・オランダ・ドイツ・イタリア・アメリカ・メキシコの順)。

作中で描かれたモナコグランプリのコースで車輌が海に転落するというアクシデントは実際に2度起きている。1955年のアルベルト・アスカリと1965年のポール・ホーキンスだが、2人とも転落後に脱出し無事に救助された。

最終戦イタリアグランプリの舞台となるモンツァサーキットでは、1961年に観客を巻きこむ死傷事故が起きて以来高速のオーバルトラック区間は使用していなかった。本作ではイタリアGPとは別の日にエキストラを集め、オーバルを走行するレースシーンを撮影した。

受賞

第39回アカデミー賞

補足

本作品のテーマ曲をカラベリが編曲、演奏したバージョンは、嘗てNHK-FM放送で月~金の19時15分から放送されていた『サウンド・オブ・ポップス』のオープニング・エンディング曲として長らく使用されていた。

本作の映像ソフトはビデオとLD化されて以降、DVDは日本国内で長らく発売されなかった。しかし、2011年にDVDがレンタル用、BDがセル用としてリリースされた。

脚注

  1. ^ 『キネマ旬報ベスト・テン85回全史 1924-2011』(キネマ旬報社、2012年)241頁

関連項目

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