カンヌ【Cannes】
カンヌ【カンヌ】(観賞樹)
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登録番号 | 第11441号 |
登録年月日 | 2003年 8月 19日 | |
農林水産植物の種類 | ハイビスカス | |
登録品種の名称及びその読み | カンヌ よみ:カンヌ |
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品種登録の有効期限 | 25 年 | |
育成者権の消滅日 | ||
品種登録者の名称 | コーポレイティブ ベレニギング ワークグループ ハイビスカス U.A. | |
品種登録者の住所 | オランダ王国 1435NL リージェンハウト デン アデルズベット 5 | |
登録品種の育成をした者の氏名 | マリナス ヤコブ ベヴェランデール | |
登録品種の植物体の特性の概要 | ||
この品種は、野生種どうしを交配して育成されたものであり、花は基部が鮮赤色、外部が濃橙赤色のラッパ形の一重咲きで、鉢物向きの中輪花である。樹姿は立性、樹高は低木、樹皮の亀裂の形は平滑、色は緑、枝の粗密は中である。葉全体の形は卵形、先端の形は微突形、基部の形は円形、縁の形は鈍鋸歯、葉身の長さ及び幅は中、新葉表面の色は暗黄緑(JHS カラーチャート3509)、成葉表面の色は暗緑(同3510)、斑の有無は無、新葉表面の光沢は強、成葉表面の光沢は中、表面の毛は無、葉脈の形は掌状型、葉柄の太さ及び長さは中、色は緑、托葉の形は線状披針形、長さは中である。花冠の向きは上向き、開き方はラッパ型、タイプは一重咲き、花弁の重なりは重なる、花冠の長径は中である。つぼみの色は鮮赤(同0407)の地色に明黄橙(同1905)のぼかしが入る、単色・複色の別は二色、複色のタイプはバンド、バンド1の色は鮮赤(同0407)、2の色は濃橙赤(同0707)、脈の明瞭さは明瞭、色は濃橙赤(同0714)、バンド1の幅はやや狭、2の幅は中、花弁全体の形は扇型、ねじれは無、長さは短、幅は中、数は少、光沢は有である。ずい柱の弁化の有無及び曲がりは無、太さ及び長さは中、色のタイプは一色、色は鮮赤(同0407)、先端裂片の数は5裂、花柱枝の色は赤、毛は無、柱頭の色は赤、花糸の長さは中、色は明赤(同0406)、やくの色は黄である。花柄上部の太さは中、長さは短、色は穏緑(同3712)、花柄下部の太さ及び長さは中、色は濃黄味緑(同3711)である。副がくの形は披針形、開放の方向は開、色は濃緑、がく筒の形は鐘形、長さは中、色は緑、がく裂片の形態は三角形、切れ込みは中裂、毛は有、開花数の多少は多、開花期は四季咲、花の香りは無である。「アリカンテ」及び「バルセロナ」と比較して、ずい柱の色が鮮赤であること、花糸の色が明赤であること等で区別性が認められる。 | ||
登録品種の育成の経過の概要 | ||
この品種は、1993年に出願者の温室(オランダ王国)において、野生種どうしを交配し、その実生の中から選抜、以後、増殖を行いながら特性の調査を継続し、1998年に特性が安定していることを確認して育成を完了したものである。 |
カンヌ
カンヌ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/14 07:53 UTC 版)
Cannes | |
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行政 | |
国 | ![]() |
地域圏 (Région) | プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏 |
県 (département) | アルプ=マリティーム県 |
郡 (arrondissement) | グラス郡 |
小郡 (canton) | 3 |
INSEEコード | 06029 |
郵便番号 | 06400,06150 |
市長(任期) | ダヴィド・リスナール (2020年 - 2026年) |
自治体間連合 (fr) | なし |
人口動態 | |
人口 | 市: 73,255人 (2021年) |
人口密度 | 3,734人/km2 |
地理 | |
座標 | 北緯43度33分05秒 東経7度00分46秒 / 北緯43.551347度 東経7.012753度座標: 北緯43度33分05秒 東経7度00分46秒 / 北緯43.551347度 東経7.012753度 |
標高 | 平均:? 最低:0 m 最高:260m |
面積 | 市: 19.62km2 (1,962ha) |
カンヌ(フランス語: Cannes、オック語: Canas)は、フランス南東部の、地中海に面する都市の一つ。プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏、アルプ=マリティーム県に属する。フランス語の発音による表記ではキャヌ[kan] 発音 となる。
概要
地中海に臨むコート・ダジュール(Côte d'Azur)で、ニース(Nice)に次ぐリゾート地である。ニースの西南約30kmに位置する。
中世から19世紀頭までは、農業、水産業を中心とする村落であったが、1834年、イギリスのヘンリー・ブルーム男爵がイタリアへの途上で滞在し、カンヌに土地を購入してヴィラを建設し、没するまで住んだ。これをきっかけとしてイギリスの上流階級がこの地域に別荘を建てはじめ、次第にリゾート地へと発展した。近郊10kmのアンティーブ(Antibes)には、ピカソが住んだグリマルディ城(Château Grimaldi)があり、現在ピカソ美術館(Picasso Museum)となっている。
第二次世界大戦下の1944年8月15日、連合国軍がカンヌ-ニース間の海岸線に艦砲射撃を実施、同時に上陸作戦を開始した[1]。
毎年5月のカンヌ国際映画祭の開催地として、有名である。目抜き通りのラ・クロワゼット通り(Bd. de la Croisette)には、ホテル、レストラン、ブティックなどが並ぶ。通りの西端にある建物パレ・デ・フェスティヴァル(Palais des Festivals)は、映画祭のみならず年間を通じさまざまなイベントが行なわれる会場である。6月下旬には、カンヌ国際広告祭も開催される。国際音楽産業見本市のMIDEM(1月)や、世界最大級の映像産業見本市であるMIPTV(4月)とMIPCOM(10月)も開催される。
スポーツ
女子バレーボールのヨーロッパ屈指のクラブ、RCカンヌの本拠地である。
交通
関係者
- 出身者
- ルイーズ・ドルレアン(オルレアン家女)
- ラニエーリ・ディ・ボルボーネ=ドゥエ・シチリエ(シチリア・ブルボン家の人物)
- ナデジダ・マウントバッテン (ミルフォード・ヘイヴン侯爵夫人)(ジョージ・マウントバッテン夫人、広義のイギリス王室の一員)
- フランソワ・レオタール(元政治家)
- ジェラール・フィリップ(俳優)
- 居住その他ゆかりある人物
- リアーヌ・ド・プジー(ダンサー、クルチザンヌ) - パリ8区、ブルターニュのロスコフ、南仏カンヌのラ・ボッカ地区、スイスのローザンヌなどに居住した。
- ジャン・マレー(俳優) - 当地で死去
- シャルル・ヴァネル(俳優) - 当地で死去
ギャラリー
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カンヌ湾
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港から見たモンシュバリエ(西方の丘)
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市場マルシェ フォーヴィル
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市場マルシェ フォーヴィル内部の様子
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モンシュバリエにあるカンヌサイン
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カンヌ市街を見つめるノートルダム・エスペランス教会の聖母マリア像
関連項目
- 映画その他
- スポーツ
- 企業
姉妹都市
静岡市(日本 中部地方 静岡県)
テルアビブ(イスラエル国 テルアビブ地区)
クウェートシティ(クウェート国 アースィマ県)
ケンジントン&チェルシー区(イギリス連合王国 イングランド国 ロンドン地方 グレーター・ロンドン州 ロンドン)
ビヴァリーヒルズ(アメリカ合衆国 カリフォルニア州)
アカプルコ(メキシコ合衆国 ゲレーロ州)
ケミセット(モロッコ王国 ラバト・サレ・ケニトラ地方)
三亜市(中華人民共和国 海南省)
脚注
- ^ 南仏海岸にも連合軍上陸(昭和19年8月16日 毎日新聞(東京))『昭和ニュース辞典第8巻 昭和17年/昭和20年』p412 毎日コミュニケーションズ刊 1994年
外部リンク
カンヌ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/07 00:16 UTC 版)
「ジネディーヌ・ジダン」の記事における「カンヌ」の解説
家族の元を離れてカンヌのユースに加入し、1988年にトップチームとプロ契約した。しかし1988-89シーズンのカンヌに当時16歳のジダンを出場させる余裕はなく、経験豊富な選手を重宝した。残留を確保し、リーグ戦残り2試合で迎えたFCナント戦で初招集を受け、試合時間残り12分のところで初出場を果たした。ジダンはゴールポストに直撃するシュートを放ち、資質の片鱗を見せた。翌シーズン、ジダンはリザーブチームと共に4部リーグでプレーするよう命じられた。 3年目の第3節AJオセール戦で先発出場したが、ジダンはパスミスによって観客からブーイングを受けるなどし、0-3で敗戦した。その後4試合先発から外された後にFCナント戦で復帰。1990年9月23日、地元クラブでありサポーターもしていたオリンピック・マルセイユとの試合でも活躍を見せ、この試合をきっかけにジダンは輝きを取り戻した。オセールとの2試合目では3-0で勝利して雪辱を果たし、11月24日から3月23日まで14連勝した。1991年2月10日のナント戦でプロ初得点を挙げ、それに対する特別ボーナスとして会長からルノー・クリオをプレゼントされた。3月24日のオリンピック・マルセイユ戦では試合にこそ敗れたものの、フランス・フットボールから「ディビジョン1で最も才能に恵まれた選手」と評された。1991-92シーズンは、UEFAカップでの躓きがきっかけでチームは勢いを失い、リーグの前半戦終了時で17位と低迷。パリで兵役に参加していたジダンの疲労も深刻であったが、それでも試合によっては輝きを放った。
※この「カンヌ」の解説は、「ジネディーヌ・ジダン」の解説の一部です。
「カンヌ」を含む「ジネディーヌ・ジダン」の記事については、「ジネディーヌ・ジダン」の概要を参照ください。
「カンヌ」の例文・使い方・用例・文例
- その映画はカンヌ映画祭で三つの賞を獲得した。
- 氏はカンヌ映画祭の審査員を務めた.
- 門にカンヌキを掛ける
- カンヌキをはずす
- イタリアのラスペチアとフランスのカンヌの間の沿岸
- カンヌという都市
- カンヌ国際映画祭という,映画のコンクール
- 今年のカンヌ国際映画祭では,この映画の20分のダイジェスト版が上映され,拍手喝(かっ)采(さい)を浴びた。
- 別荘は海岸リゾートのカンヌに近いバージェモン村にあり,250エーカー(30万坪)の土地に建っている。
- 日本の少年がカンヌで最優秀男優賞を受賞
- 東京都の中学3年生,柳(やぎ)楽(ら)優(ゆう)弥(や)さんが,第57回カンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を受賞したのだ。
- 柳楽さんは,カンヌで最優秀男優賞を受賞した初の日本人となった。
- 日本人監督の映画がカンヌでグランプリを受賞
- 5月27日の夜,フランスのカンヌで行われた第60回カンヌ国際映画祭の閉幕式でその発表は行われた。
- グランプリはパルムドールに次ぐカンヌで2番目の賞である。
- 1997年には,初めての劇場用映画「萌(もえ)の朱(す)雀(ざく)」がカンヌ国際映画祭でカメラドール(新人監督賞)を受賞した。
- 彼女の映画「殯(もがり)の森」は5月にカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した。
- Mr.ビーン カンヌで大迷惑?!
- ミスター・ビーン(ローワン・アトキンソン)は教会のくじでビデオカメラと南仏のカンヌへの休暇旅行を獲得する。
- ロンドンからカンヌへ向かう途中,彼はパリの鉄道駅で,ロシア人映画監督エミール・ドヘスフスキー(カレル・ローデン)に出会う。
カンヌと同じ種類の言葉
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