傘
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/11 09:40 UTC 版)
洋傘の普及
洋傘の普及に伴ってジャンプ傘、折り畳み傘、ビニール傘などが汎用化するに至っている。日本で初めて洋傘を扱ったのは東京市京橋区南伝馬町の坂本商店(店主・坂本友寿)で、同店は江戸時代から続く人気の白粉「仙女香」の製造販売元だったが、明治維新をきっかけに新商売として洋傘やステッキの輸入販売を始めた[16]。明治5年には舶来品の洋傘をもとに、甲州(山梨県)の甲斐絹を使って洋傘の製造も始め、明治20年には長男の坂本友七がフランスのパリに5年間留学して洋傘の製造や流行を研究し、日本国内での洋傘の先駆者としてその普及に貢献した[16]。明治後期には日本製の洋傘は重要な輸出産品のひとつにまで成長した[17][18]。
日本洋傘振興協議会によると日本における傘の年間消費量は1億2000万~1億3000万本で、サレジオ工業高等専門学校の推計ではビニール傘は約6000万~8000万本消費されている[19]。
ジャンプ傘(ワンタッチ傘)
傘を開く際には、各骨を支える棒(受骨)を束ねた部分(下ろくろ=ランナー)を、軸に沿って押し上げる必要がある。これをばねの力を利用して自動化したものが「ジャンプ傘」と呼ばれるもので、最近では閉じることも自動化したものが製作されている。傘を開くときは周囲に人がいない方に向けて、危険のないように注意する。
折畳み傘
親骨(リブ)の部分が二段階に折れ曲がるとともに、中棒の部分も大管に小管が収まることで小さく折り畳めるようになっている傘。洋傘のうち、折畳み傘以外のものを「長傘」(ながかさ)ということがある[20]。
1928年、ドイツのハンス・ハウプトが発案、1932年に特許を取得した。同特許の許諾を得たクニルプス社が製造・販売を行い、現代でも折畳み傘のトップブランドである。日本でも同様製品が製造され、当初は特許使用料の制約もあって高価な傘という位置づけだったが、現在では降水確率の低い日の外出携帯用として広く用いられている。
三段階以上に小さく折り畳める構造のものもある(日本で三段折りのミニ傘が初登場したのは1960年という説がある[21])。
ビニール傘
近年では中棒(中軸)や各骨を最小限の強度を満たすだけの素材で構成し、傘布にビニールシートを使った「ビニール傘」が廉価で販売される例が定着し、広く認知されている。 日本は世界で一番ビニール傘の消費量が多い[22]。
2000年頃までは100円~200円程の価格で買える低価格の透明なビニールで作られたビニール傘が主流であり、傘の大きさもそれほど大きいものではなかった。2010年頃からは価格が上がり、白色のビニールで作られた傘が400円~500円程の価格帯で販売されることが多くなった。傘の大きさも値段の上昇に合わせるように従来品に比べ少し大きめになった。
また、東京ヤクルトスワローズの熱心な応援団は、自軍の安打でチャンスが広がったり得点が入った際、青・緑・ピンクなどのビニール傘を広げて自軍の応援歌『東京音頭』を合唱するのを好む。
ビニール傘の歴史
- 1721年 江戸幕府御用達の傘問屋の武田長五郎商店が創業。これが後に傘製造企業ホワイトローズ株式会社(東京都台東区)へと改組する。
- 1949年 ホワイトローズ9代目社長須藤三男がシベリア抑留から解かれて帰国。既に傘の販路は大手企業に抑えられていた為独自商品を模索する。
- 1953年5月 進駐軍のビニール製テーブルクロスの形状に着想を得て、当時色落ちに悩まされた綿張りの傘に被せるビニールクロスを350円で発売。「傘にカバーをかぶせる」という奇抜な発想だったが、傘布の色落ちに悩む顧客は多く、相当な人気を博した。
- 1953年以降 色落ちしないナイロン地の傘が増え、傘カバーの売上が急減。
- 1958年 ビニール傘第一号が完成。これは透明ではなく、梨地で乳白色をしていた。問屋からは布傘の競合品として扱いを拒まれ、納入予定先の大手商社との商談も不調で販路に窮し、当時のビニール傘は価格も高価だったという理由もあって、発売当初は売上を伸ばせなかった。やむなく当時の小売繁華街だった地元上野から、傘を扱っていなかった銀座の路面店に移り、店頭委託販売営業を積極的に展開。
- 1964年 東京オリンピックで来日したアメリカ人が、冬に雨が多く体を覆う傘が好まれるニューヨークで売りたいと持ちかける。須藤三男は専用の透明素材を企業に開発させて透明なビニール傘を完成させる。ニューヨークでは飛ぶように売れた。
- 1964年以降 週刊誌やキー局のテレビ番組が「銀座では中が透ける傘が流行しているらしい」と紹介し、その知名度は全国区となった[24]。
- 2000年の日本映画『バトル・ロワイアル』が外国で上映される。北野武演じる「キタノ」が雨の中、ビニール傘をさして登場するシーンで観客からどよめきが起こる(欧米や欧州では布製の傘が主流であるため、透明なビニール傘は斬新でスタイリッシュに映った)。その後、ビニール傘を自国で販売したいとの問い合わせがメーカー各社に多数あったという。
知名度が向上した後はホワイトローズに留まらず、最盛期には約50社の傘メーカーで大量生産が行われた。低廉化が図られるとビニール傘は「便利で安価な傘」と認識され、特に1970年代から1980年代以降には著しい需要の拡大を見せた。それでも1980年代前半の国内の洋傘総生産量は4000万本程度で、ビニール傘の割合もこの内の20%程度だった。関税がかからないという理由でアメリカ向けのビニール傘の組み立て拠点としていた台湾国内に技術が流出すると、台湾企業にアメリカ市場が奪われ、次いで日本市場も蚕食されてゆき、1987年には輸入品が国産品を逆転した。
バブル崩壊を受け、安価な製品の需要がさらに高まり、2000年代になると、仕入れ価格の優位性から、ビニール傘製品の95%以上を中国製の輸入品が占めるようになり、日本国内でさらに安価な小売価格で販売されるようになることで年々需要が逓増し、日本国内におけるビニール傘製品の販売数は2004年に4000万本、2006年に6000万本を超え、以後は毎年6000 - 7000万本と横ばいとなって現在に至っている。日本国内における傘製品の年間総販売本数は、長年1億 - 1億3000万本で推移しており傘製品全体の需要はさほど伸びていないが、その中で現代の中国製ビニール傘は、傘製品内の内訳50 - 60%を誇る分野となっている。
近年では、納入先である日本側の各社の低価格品要求が厳しくなるにつれ、受注する中国企業側も、人件費・用地や設備維持費などが上昇してきた中国沿岸部の能力の高い工場から、人件費・維持費が非常に安価だが製造技術や運営状況が充分とはいえない内陸部の工場へ発注せざるを得なくなった。このため、最近の日本国内で100円程度で販売されているビニール傘は非常に品質信頼性が低いとされている。現在では中国沿岸部の工場は、中棒や傘布がしっかりとした製品や、ビニール傘でも厚手のビニール材を用いた65 - 75cm径の大型製品などの製造に特化しており、こちらは日本国内でも600円から数千円程度で販売されている。いずれにしても、現代日本の傘市場においては、2006年の国内生産量は159万本にすぎず以降も横ばいで、2008年の洋傘輸入量が1億2900万本に達しその99%を占める中国製品に比較すると圧倒的に劣勢であり、現状はビニール傘にとどまらず、傘製品のほとんどを中国製品の輸入に頼らざるを得ない状況となっている。
2011年時点で自社工場を持つ唯一の国内企業であるホワイトローズ社は高級路線に特化し、上皇后美智子も使用した女性専用傘や、雨天時に読経する僧侶専用の大型傘、他には純度が高く透明性の高い厚手ビニール材を用い、中棒・各骨に細かい加工を施し、手元に精巧なフェイクバンブーを用いた、親骨10本組み65cm径の高級ビニール傘(商標名「カテール(「勝てる」をイメージして命名」)等を製造している。これは4000円程度と高価なビニール傘であるにもかかわらず、選挙運動の際の雨よけを目的とする縁起物として、候補者の議員秘書や運動員が選挙のたびにホワイトローズ社まで買付けに訪れるなど、開発当初から一定の需要を持つ。
販売
ビニール傘は、現在では身近な店舗でどこでも安価に購入・手当できるため、特に若年層を中心として、高降水確率の日以外は外出時に傘を携帯しない傾向が定着し、従来は低降水確率の日の定番携帯用製品であった折畳み傘の需要を引き下げている。
コンビニエンスストアの店先(左)に置かれた傘
特徴

ビニール傘の長所としては、価格が安いということが挙げられる。ビニール傘は身近な100円ショップやコンビニエンスストア、駅売店などで広く買えるため、不意の降雨にすぐに対処できる。壊れやすいため、ゴミとして簡単に出す傘として扱うことができる。
また、視認性の高さも長所である。透明なビニールを傘布に使っているため、強風時の歩行などに際して傘を前に傾けても視界が遮られず、前から接近する人や物を視認できる。この視認性から、安全面を重視して児童に持たせたり、TVの屋外中継放送の際にレポーターやタレントが使うこともある。
一方、ビニール傘は上ロクロと陣笠が一体成型、親骨も多くて8本、中には6本の製品もあるほか、露先がはめ込み式で傘布やダボ布も縫い込みではなく高温溶解圧着であることなど、簡易に構成された構造を持っているため、本格的な傘製品に比較すると非常に脆弱である。特に、各骨の変形、露先の破損、傘布(カバー)の剥落を起こしやすく、内側から強風を受けると容易に破損する。100円ショップでナイロン傘や折りたたみ傘が売られ始めた時期は、さらに低価格化しない限り駆逐されていく懸念もあったが、現在この動きは止まっており、100円のナイロン傘や折りたたみ傘は見かけにくくなっている。
また、ビニール傘は分解が困難であるという短所もある。高級傘は、強力に接合されている手元(ハンドル)と中棒(中軸)こそ分解困難であるものの、その他の部分は分解可能であり、修理や廃棄時の分別が容易である。これに対し、ビニール傘のほとんどは上ロクロから陣笠にかけても強力な接着剤で固定されていて分解修理が不能であり、廃棄時の分解分別も困難なので、ビニール傘はそのままの形状で使い捨てられることがほとんどである。また、スチール部品である各骨の形状なども複雑で、ゴミ処理施設の金属分別過程や焼却過程でしばしばゴミ処理機器を詰まらせて処理ラインを停止させる要因ともなっており、各自治体とも金属部品の再利用や樹脂部品の焼却処理は行わずに殆どを無処理で埋立処理しており、環境に悪影響を与える厄介な廃棄物と捉えられている。
廃棄物を減らすため、なるべく長持ちする傘の開発や、再生プラスチックを原料とする傘の製造あるいは廃棄傘から回収した部材のリサイクルに取り組む企業もある[19]。
注釈
- ^ 日本の多くの辞書では和製英語とされているが、英語版ウィキペディアの umbrella には beach parasol でもリダイレクトが貼られ、また図版の説明文にも用いられている。
出典
- ^ a b 三省堂『大辞林』第二版
- ^ a b 【なるほど!ルーツ調査隊】ビニール傘、もとは布傘カバー テーブルクロス材料ヒントに『日本経済新聞』夕刊2022年6月27日くらしナビ面(2022年7月2日閲覧)
- ^ 小学館『日本大百科全書』
- ^ “傘”. コトバンク. 2020年1月24日閲覧。
- ^ a b c “日傘さす女性は日本だけ!? 中国や韓国など訪日9カ国女性が「使わない」ワケ…アンケートでも「驚き」1位”. 産経WEST (産業経済新聞社). (2016年7月20日) 2016年8月2日閲覧。
- ^ a b “【NOW!ソウル】夏のソウルで日傘韓国女子が急増中!”. 中央日報. (2016年7月21日) 2016年8月2日閲覧。
- ^ 小泉和子編 『昭和のキモノ』河出書房新社〈らんぷの本〉、2006年5月30日。ISBN 9784309727523。
- ^ 「男の日傘:クールに決める…熱中症対策、売れ行き好調」毎日jp(毎日新聞)2013年8月7日
- ^ ヒートアイランド現象に対する適応策の効果の試算結果について(2011年8月24日アーカイブ) - 国立国会図書館Web Archiving Project
- ^ 日本洋傘振興協議会[出典無効]
- ^ 「日傘NGなぜ?小学校 人への危害を恐れ/保護者 熱中症避けたいのに…」『毎日新聞』夕刊2022年9月2日1面(同日閲覧)
- ^ 長野県商工会連合会 公式サイト 「信州我が市町村、日本一自慢」(2005年12月28日、Internet Archive)
- ^ 和傘工房・朱夏 公式サイト
- ^ “雑貨工業品品質表示規程”. 消費者庁. 2013年5月23日閲覧。
- ^ a b 『傘物語』しばた洋傘店(柴田嘉和:『洋傘ショールの歴史』大阪洋傘ショール商工協同組合(昭和43年刊行)を参考)
- ^ a b 古い歴史を更に新しく飾った仙女香 洋傘界流行の先駆者 万朝報 1919.5.10(大正8)/神戸大学経済経営研究所 新聞記事文庫
- ^ 「対清貿易影響」『大阪朝日新聞』1911年11月14日-1911年11月21日)(明治44年)/神戸大学経済経営研究所 新聞記事文庫
- ^ 「日印貿易の大勢」『大阪毎日新聞』1912年10月22日(大正元年)/神戸大学経済経営研究所 新聞記事文庫
- ^ a b ビニール傘「使い捨てない」壊れにくく長持ち*バッグや帽子に再利用『読売新聞』朝刊2022年7月9日くらし面
- ^ 長傘(ナガガサ)とは コトバンク
- ^ 洋傘の歴史 - 日本洋傘振興協議会
- ^ ビニール傘の消費量世界一No.1の日本。傘をシェアするサービス「アイカサ」渋谷の企業オフィスに無料導入を開始! Smooth Life Magazine スムースライフマガジン
- ^ 【昭和史再訪】ビニール傘誕生『朝日新聞』夕刊2011年10月8日4ページ
- ^ TBS系『噂の!東京マガジン』 2009年11月8日放送より
- ^ もう持たなくていい 飛ぶ傘が日本で開発 - Sputnik 日本
- ^ “貸し傘に企業広告/久我山など7駅で5社/京王電鉄が試み”. 朝日新聞 (朝日新聞社): p. 37(東京). (2003-11-30(朝刊))
- ^ News Up 傘、どちらに向けて持ってます? - NHK
- ^ 金志賢 「相合傘図様の生成 ─菱川師宣『やまとゑの根元』まで時代を遡りながら考える─」『美術史』No.176、美術史學會、2014年3月、pp.355-369。
- ^ 『日本庶民文化史料集成 第五巻』(三一書房、1976年)p.364
- ^ “『相合傘』と『貸し傘』”. 洋がさタイムズ. 2008年5月12日閲覧。
- ^ “図書カード:No.1809『寛永相合傘』”. 青空文庫. 2008年5月12日閲覧。
- ^ “連載・日本語塾”. 日国フォーラム. 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年5月12日閲覧。
- ^ “Men's Fashion Brand NAVI”. 2019年1月3日閲覧。
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