てん‐がい【天蓋】
天蓋
天蓋
- 傘ノコトヲ云フ。〔第二類 金銭器具物品之部・長野県〕
- 傘ノコトヲ云フ。〔第二類 金銭器具物品之部・富山県〕
- 傘ノコトヲ云フ。〔第二類 金銭器具物品之部・高知県〕
- 笠ノコトヲ云フ。〔第二類 金銭器具物品之部・福島県〕
- 笠ノコトヲ云フ。〔第二類 金銭器具物品之部・岩手県〕
- 笠ノコトヲ云フ。〔第二類 金銭器具物品之部・石川県〕
- 笠ノコトヲ云フ。〔第二類 金銭器具物品之部・鳥取県〕
- 笠ノコトヲ云フ。〔第二類 金銭器具物品之部・岡山県〕
- 笠ノコトヲ云フ。〔第二類 金銭器具物品之部・徳島県〕
- 笠又ハ帽等ノ総称ナリ。〔第二類 金銭器具物品之部・大分県〕
- 笠ノコトヲ云フ。〔第二類 金銭器具物品之部・茨城県〕
- 笠ノコトヲ云フ。〔第二類 金銭器具物品之部・北海道〕
- 傘笠頭巾ノコトヲ云フ。〔第二類 金銭器具物品之部・島根県〕
- 高帽ノコトヲ云フ。〔第二類 金銭器具物品之部・島根県〕
- 笠、傘。
- 傘。
- 帽子又は傘を云ふ。
- 雨傘。名古屋、前橋、高松。
- 傘。〔一般犯罪〕
- 傘。〔香具師・不良〕
分類 ルンペン/大阪、北海道、大分県、富山県、岡山県、岩手県、島根県、徳島県、犯罪、犯罪者/露天商人、石川県、福島県、茨城県、長野県、香具師、香具師/不良、高知県、鳥取県
天蓋
天蓋
天蓋
天蓋
天蓋
天蓋(グレンツェン)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/01 09:00 UTC 版)
伊都夏市を外界から隔絶する壁。目に見えるわけではなく、通り抜けることも可能であるため物資の輸送などは可能であるが、人間がそこを通り抜けると一切の記憶を失ってしまうといわれている。半径約50キロメートルで、中心にあるのは天象儀である。
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天蓋
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/16 14:19 UTC 版)
インド門から東へ約150メートル、6つの道路が交差する場所に、6世紀のマハーバリプラムのパビリオンをモチーフにした高さ73フィートのキューポラがある。ラッチェンスは、ドーム型の天蓋とそのチャジャ(英語版)を支えるために、4本のデリー式のオーダーを用いた 。天蓋は、その年に没したインド皇帝ジョージ5世の追悼の一環として1936年に建設され、チャールズ・サージェント・ジャガー(英語版)作で高さ70フィート(21.34メートル)の大英帝国王冠をかぶりイギリスの宝珠と笏を持った、戴冠式の衣装姿のジョージ5世の大理石像を覆っていた[要出典]。1936年から1968年に撤去されるまで、この像は王室の紋章とGEORGE V R I.の碑文が刻まれた台座の上に立っていた。「R I」は「Rex Imperator」または「King Emperor」としてジョージ5世を意味している。 天蓋の上には元々、金色に輝くチューダー王冠(英語版)があり、ジョージ5世のロイヤル・サイファ(英語版)が飾られていたが、1958年8月12日に撤去された。 像は1947年のインド独立後20年間、元の場所に立ったままであったが、特に独立10周年と1857年に起こったインド大反乱100周年を境に、インドの一部政治家からの反対の対象となった。 1965年の独立記念日の2日前、サミュクタ社会党(英語版)のメンバーが警備していた2人の警官を制圧し、像にタールをかけ、王冠、鼻、片耳を汚し、スバス・チャンドラ・ボースの写真をモニュメントに残した。 インド政府は像の移転を決定したが、このような姿勢を取った事に対しかなりの批判に直面した[要出典]。イギリス政府は、適切な場所や十分な予算がない事を理由に、像をイギリスに返還するという提案を却下し、ニューデリーのイギリス高等弁務官事務所は、スペースが限られていることを理由に像の移転を拒否した。 デリーの公園に像を移そうとする努力は、当時デリーで権力を握っていた民族主義政党インド大衆連盟(英語版)によって強く反対された。 最終的に1968年末、像は天蓋の下から撤去され、一時的に保管された後、デリーのコロネーション・パーク(英語版)に移され、他の英領インド時代の像と一緒になった。 像の撤去が議論されている間も撤去後も、天蓋の下にマハトマ・ガンジーの像を設置することがしばしば提案された。この提案はインド議会でも議論された[要出典]。 1981年、政府は議会での質問に答えて、空になった天蓋の下にガンジー像を設置することを検討している事を確認したが、実行されなかった。
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天蓋
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/04 06:27 UTC 版)
木造天蓋 3基として2020年、彫刻部門の国宝に指定。飛鳥時代および鎌倉時代。金堂の「中の間」釈迦三尊、「東の間」薬師如来、「西の間」阿弥陀三尊のそれぞれ頭上の天井から吊り下げられている。3基のうち「中の間」分と「西の間」分は飛鳥時代、「東の間」分は鎌倉時代の作である。中天蓋は幅275センチ、奥行246センチ、西天蓋は幅242センチ、奥行217センチ。以下、飛鳥時代の作である中天蓋と西天蓋について説明する。両天蓋はヒノキ材製、長方形の箱形で、屋根部とその下の側板部からなる。全体に彩色で各種の文様を描くほか、クスノキ材製の奏楽天人像と鳳凰像ならびに金銅透彫金具を取り付けて荘厳している。屋根部は寄棟屋根形の上と下とに、「吹返板」と称する斜めに張り出した板を設ける。吹返板の外面には忍冬唐草文を彩画する。屋根部の下に位置する側板部は、外面に上から連珠文、2段の鱗形文を彩色で描き、その下は逆三角形を水平方向に連ね、その間隙(上向きの三角形)には垂幕形に彫りを入れている。各天蓋の内面は格子天井を張り、各格子内に蓮華文を描く。その下の支輪(天井とその下の壁面を斜めにつなぐ部分)は各区画に蓮茎を描く。その下、側板の裏面にあたる部分は上部に山岳文を描き、その下は垂幕形に彫りを入れる。側板の下には木製の玉を針金で連ねた垂飾があり、その最下部には鈴形の金具を吊る。この垂飾部は補修が多い。両天蓋には奏楽天人像各24体、鳳凰像各14体、金銅透彫金具(中天蓋は14枚、西天蓋は4枚)が取り付けられていたが、これらの一部は失われ、一部は取り外されて別途保管されている。奏楽天人像は、中・西の各天蓋の、上の吹返板に10体、下の吹返板に14体ずつ取り付けられ、計48体あったはずだが、『奈良六大寺大観 法隆寺二』によれば、現存するものは、後世誤って東天蓋に取り付けられたものを含めて38体である。いずれも飛鳥時代後期(白鳳期)の仏像の表現に通じる童子形の像である。各像が奏でる楽器は琵琶、鈸子(ばっし、シンバル状の楽器)、細腰鼓(さいようこ)、横笛、縦笛の5種である。各天人像の光背は、木造透彫の破損しやすいものであったため、その大部分は後補で、当初の光背が残るのは6体のみである。鳳凰像は各天蓋の側板外面に14体ずつ取り付けられ、計28体あったはずだが、現存するのは24体である。中天蓋では下の吹返板に、天人像と互い違いに蓮弁形の金銅透彫金具14枚が取り付けられていたが、西天蓋では四隅に計4枚の金具を取り付けるのみであった。中天蓋の金銅透彫金具はそれぞれデザインの異なる3種類に分類され、14枚中の8枚が現存する。西天蓋では4枚中の3枚の金具が現存する。 東天蓋は屋根上の銘文から天福元年(1233年)の作であることが明らかである。全体の構造、デザインは中天蓋・西天蓋とほぼ同じである。奏楽天人像は下の吹返板のみに取り付けられ、14体中の10体が残っている。鳳凰像は14体中の10体が残る。中・西天蓋に取り付けられていた金銅透彫金具は、東天蓋ではすべて省略されている。
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天蓋
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/25 19:04 UTC 版)
後陣は大理石製の天蓋がその空間を占めている。天蓋は1277年にポレッチ司教オットーの命で建てられた。モザイクで飾られた天蓋のひさしは、以前にあった6世紀の天蓋に用いられていた4本の大理石製支柱で支えられている。天蓋のひさしの正面は、受胎告知の図が描かれている。15世紀、司教ヨハン・ポレカニン(Johann Porečanin)はイタリアの工房に依頼して、銀張りされた祭壇のアンテペンディウム(前飾り)のためルネサンス様式の浮き彫りをつくらせた。ヴェネツィア画家アントニオ・ヴィヴァリーニの多翼祭壇画は、同じ時代からあるものである。パルマ・イル・ジョヴァーネ作『最後の晩餐』は、バロック時代の作品である。
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天蓋
出典:『Wiktionary』 (2018/07/05 13:47 UTC 版)
名詞
翻訳
- アフリカーンス語 : baldakyn
- カタルーニャ語 : baldaquí, dosser, tàlem, palli
- ドイツ語 : Baldachin, Betthimmel, Thronhimmel, Traghimmel
- 英語 : baldachin, canopy
- エスペラント : baldakeno
- スペイン語 : baldaquín, palio
- フランス語 : baldaquin
- ハンガリー語 : baldachin
- オランダ語 : baldakijn, draaghemel, hemel, troonhemel
- ポルトガル語 : baldaquim, dossel, pálio
「天蓋」の例文・使い方・用例・文例
- ベッドの天蓋の周囲に下がっている垂れ布
- 天蓋付きの覆い
- 天蓋に覆われている、あるいは天蓋のある
- 天蓋付きベッド
- 風格のある木の天蓋付きの通り
- 人や物を雨や日差しから守る粗布製の天蓋
- (祭壇の上などの)支柱に支えられたり、屋根から下がっていたり、壁から突き出していたりする装飾的天蓋
- 四隅に柱がついて天蓋またはカーテンを支えるようになっているベッド
- ラクダまたは象の背に乗るための(通常、天蓋付きの)座席
- ホテルなどの入口に恒常的にある天蓋
- 車両の出入りを保護するために建物入口から外へ広がっている天蓋
- 平たい天蓋(特に四柱式寝台の上にかかったもの)
- 軽い手持ちの折り畳める天蓋
- 天蓋という,かさ状の仏具
- 仏像や天蓋などにかける,宝石や貴金属をつないだ飾り
- 衣笠という天蓋
- 排煙や脱臭のための,天蓋形の空気抜き
- >> 「天蓋」を含む用語の索引
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