傘
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/11 09:40 UTC 版)
文化・比喩的用法
相合傘
二人で一つの傘を共有する行為・態様を、相合い傘(あいあいがさ、あひあひがさ、合い合い傘、相々傘とも表記)、相傘(あいがさ)、最合い傘(もあいがさ、もやいがさ)という。なにか一つのものを複数人で共用、共有すること、またその様をあらわすことばである「相合」と、「傘」を組合せ、傘を共にするさまを表している。連声して、東京地方や愛知県では、「あいやいがさ」とも発音される。東京式アクセントでは、「か」(か゜)にアクセントを、京阪式アクセントでは二つ目の「い」にアクセントをつける。また、相合傘の別称、もやいがさ(最合い傘)のもやい(催合、最合、持相、摸合、諸合)は、「共有する」、「持ち合う」を意味するハ行四段活用動詞、もやう(催合う)の連用形、名詞化したことばで、何か物事を人と一緒にとり行うことをいう。つまり、催合は、相合と、大体同じ意味であると考えてよい。
雨に濡れないよう互いに肩を寄せあう情景から、しばしば二人が恋愛関係であることを暗示する。心中物では、二人の道行に相応しい演出として相合傘がよく使われた。また、1920年に発行された『日本大辞典:言泉』(落合直文著、芳賀矢一改修、大倉書店刊)によれば、俚言、俗語として、男女間の情交もさすとしている。男女が行う場合は、身長が女性より高いであろう男性が傘を持ち構える。さらには、雨にぬれるのを厭わず傘を持っていない方の肩を傘から出すことによって、二人で使うには窮屈な傘に場所をつくり、女が雨にうたれてしまうのを避ける、という場面は物語や映画などでよく見られる。前述の川柳の中には、女性側も気を使い、結果両名とも肩を濡らす情景を詠んだものもある。恋愛を主題にした物語においては、恋愛のステップを描く道具として、様々な状況で相合い傘は盛んに使われる。
中国や韓国では、従者が主人に差し掛ける「差し掛け傘」はしばしば見られるけれども、相合傘は日本にのみ見られる図様である。日本でもいわゆる近世初期風俗画では差し掛け傘ばかりで、初見は井原西鶴『好色一代男』の江戸版で、菱川師宣筆の絵本『やまとゑの根元』(1686年(貞享3年)刊)である[28]。
文学作品
江戸時代以降の文学作品では、二人の異性の親密さを表現する言葉として「相合傘」を用いる用法が多く見られる。以下にその例を挙げる。
- 最も早い用語例は、戦国時代末期の隆達節の一節、「君とわれみなみひがしのあひがさであはでうきなのたつみよの」(慶長4年8月豊臣秀頼献上本[29])である。
- 江戸時代の川柳や浄瑠璃に、相合傘の表現が見られる。近松門左衛門が1721年に著した『津国女夫池』では「君と淀とが。相合笠の袖と袖。」と表現されている。式亭三馬作の滑稽本『浮世風呂』においては、「夫婦とおぼしき者、相合傘(アヒヤイガサ)で、しかも欣然として通る」と表現されている。また、異性と親密になるきっかけとして相合い傘を持ちかける川柳なども散見される[30]。
- 林不忘『寛永相合傘』においては、斬り合い共に果てた甚吾と十郎兵衛を指してタイトルに「相合傘」を用いている[31]。
- 並木五瓶『俳諧通言』(1807年)では、「相合傘(アイヤイガサ)是は落書にて女郎芸子の色男と二人りの名を仇書にして傍輩の芸子女郎色事をそやすなり」という表現が見られる。
- 夏目漱石『虞美人草』(1907年)には、白墨で電信柱に書かれた相々傘(アヒアヒガサ)の落書が見られる。
- 永井荷風『すみだ川』(1909年)にも板塀や土蔵の壁に書かれた相々傘(アヒアヒガサ)の落書がでてくる場面が見られ、男女仲を囃すための用法として、あるいは意中の異性との恋愛成就を願う手法としてあえて他者の目に付くように当事者が描くものとして表現されている。
- 島崎藤村『千曲川のスケッチ』においては、相合傘を「意気(「粋」の意)なもの」と好意的に評している[32]。
その他
日本では、相合傘は絵や落書きでもしばしば表現される。二等辺三角形の下に直線をおろした簡単な傘を描き、直線を柄に見立ててその両側に2人の名前を記したものである。書き方は、世代によって大きく分けて
- 傘を一筆書きのように書いたシンプルなもの。
- まず三角形を書き、底辺の中央から下線を引き、頂点の上にハートマークを書く。この世代は、前項のような一筆書きした傘は「破れ傘」と言って忌避されていた。
- 傘を一筆書きのように書き、頂点の上にハートマーク書く(右側の画像「相合傘の落書き例」と同様)
と変化していった。この落書きは大体、カップルに対する揶揄を狙って書かれる。
また、高知県の郷土玩具に「相合傘人形」というものがある。これは、張り子製のひと組の男女が相合い傘でちょうちんを持って立っている首ふり人形で、江戸時代中期にあった恋物語に取材したという。児童向けの玩具としていささか不向きであるともされている。
故事成語
- 降らぬ先の傘
- 破れ傘は日和傘 - 暈の中に星が見えると翌日は晴れるという意味
- 春の夕焼け傘を持て、秋の夕焼け鎌を研げ
古典
- 傘回し - 大神楽の技の一つ。
民俗・伝承
- 傘寿 - 80歳。傘の略字「仐」を分解すると八十になる事から。
- からかさ小僧 - 「からかさお化け」ともいわれ、一般には、一つ目に一本足、赤い大きな舌という姿で、古い和傘が化けたものとされる妖怪・付憑神(つくもがみ)の1つ。
比喩表現
- 雨傘番組 - テレビ・ラジオ等で放送予定のイベントが雨天等の理由により中止・順延した際、当該時間帯に代替番組として放送するために収録された番組。
- キノコの傘 - 真菌類(キノコ類)の子実体の形状が傘を想像させることから。
- 核の傘 - 核兵器保有国が非保有国との間で軍事同盟を結び、核保有国のもつ被攻撃抑止力効果を、非保有国にまで及ぼすこと。 その形態が、抑止力を持つ核兵器保有国が非保有国に傘を差しだしているイメージを想像させることから。
- 日傘効果 - 雲が日光を遮ることにより、地球の気温が下がること。雲を日傘に例えている。
- ヤブレガサ - キク科の植物(学名はSyneilesis palmata)
- 中国では文化水準の高い江南地方で、傘を親しい人に送ったり、めでたい日に贈るったりすることを禁忌とする。これは、中国語で、傘(san3)と離散の散(san3)が同じ音であるためである。
- イタリア等の地中海沿岸地方の国々では、室内で傘をさすのは不幸を呼び込むと考えられており、傘の色柄を見る時でさえ、屋外に出てさすことが好まれる。
忌日
- 傘雨忌 - 小説家・劇作家・俳人・演出家久保田万太郎の忌日
注釈
- ^ 日本の多くの辞書では和製英語とされているが、英語版ウィキペディアの umbrella には beach parasol でもリダイレクトが貼られ、また図版の説明文にも用いられている。
出典
- ^ a b 三省堂『大辞林』第二版
- ^ a b 【なるほど!ルーツ調査隊】ビニール傘、もとは布傘カバー テーブルクロス材料ヒントに『日本経済新聞』夕刊2022年6月27日くらしナビ面(2022年7月2日閲覧)
- ^ 小学館『日本大百科全書』
- ^ “傘”. コトバンク. 2020年1月24日閲覧。
- ^ a b c “日傘さす女性は日本だけ!? 中国や韓国など訪日9カ国女性が「使わない」ワケ…アンケートでも「驚き」1位”. 産経WEST (産業経済新聞社). (2016年7月20日) 2016年8月2日閲覧。
- ^ a b “【NOW!ソウル】夏のソウルで日傘韓国女子が急増中!”. 中央日報. (2016年7月21日) 2016年8月2日閲覧。
- ^ 小泉和子編 『昭和のキモノ』河出書房新社〈らんぷの本〉、2006年5月30日。ISBN 9784309727523。
- ^ 「男の日傘:クールに決める…熱中症対策、売れ行き好調」毎日jp(毎日新聞)2013年8月7日
- ^ ヒートアイランド現象に対する適応策の効果の試算結果について(2011年8月24日アーカイブ) - 国立国会図書館Web Archiving Project
- ^ 日本洋傘振興協議会[出典無効]
- ^ 「日傘NGなぜ?小学校 人への危害を恐れ/保護者 熱中症避けたいのに…」『毎日新聞』夕刊2022年9月2日1面(同日閲覧)
- ^ 長野県商工会連合会 公式サイト 「信州我が市町村、日本一自慢」(2005年12月28日、Internet Archive)
- ^ 和傘工房・朱夏 公式サイト
- ^ “雑貨工業品品質表示規程”. 消費者庁. 2013年5月23日閲覧。
- ^ a b 『傘物語』しばた洋傘店(柴田嘉和:『洋傘ショールの歴史』大阪洋傘ショール商工協同組合(昭和43年刊行)を参考)
- ^ a b 古い歴史を更に新しく飾った仙女香 洋傘界流行の先駆者 万朝報 1919.5.10(大正8)/神戸大学経済経営研究所 新聞記事文庫
- ^ 「対清貿易影響」『大阪朝日新聞』1911年11月14日-1911年11月21日)(明治44年)/神戸大学経済経営研究所 新聞記事文庫
- ^ 「日印貿易の大勢」『大阪毎日新聞』1912年10月22日(大正元年)/神戸大学経済経営研究所 新聞記事文庫
- ^ a b ビニール傘「使い捨てない」壊れにくく長持ち*バッグや帽子に再利用『読売新聞』朝刊2022年7月9日くらし面
- ^ 長傘(ナガガサ)とは コトバンク
- ^ 洋傘の歴史 - 日本洋傘振興協議会
- ^ ビニール傘の消費量世界一No.1の日本。傘をシェアするサービス「アイカサ」渋谷の企業オフィスに無料導入を開始! Smooth Life Magazine スムースライフマガジン
- ^ 【昭和史再訪】ビニール傘誕生『朝日新聞』夕刊2011年10月8日4ページ
- ^ TBS系『噂の!東京マガジン』 2009年11月8日放送より
- ^ もう持たなくていい 飛ぶ傘が日本で開発 - Sputnik 日本
- ^ “貸し傘に企業広告/久我山など7駅で5社/京王電鉄が試み”. 朝日新聞 (朝日新聞社): p. 37(東京). (2003-11-30(朝刊))
- ^ News Up 傘、どちらに向けて持ってます? - NHK
- ^ 金志賢 「相合傘図様の生成 ─菱川師宣『やまとゑの根元』まで時代を遡りながら考える─」『美術史』No.176、美術史學會、2014年3月、pp.355-369。
- ^ 『日本庶民文化史料集成 第五巻』(三一書房、1976年)p.364
- ^ “『相合傘』と『貸し傘』”. 洋がさタイムズ. 2008年5月12日閲覧。
- ^ “図書カード:No.1809『寛永相合傘』”. 青空文庫. 2008年5月12日閲覧。
- ^ “連載・日本語塾”. 日国フォーラム. 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年5月12日閲覧。
- ^ “Men's Fashion Brand NAVI”. 2019年1月3日閲覧。
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