博物館 日本の博物館

博物館

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/31 14:38 UTC 版)

日本の博物館

概説

博物館のように様々な物品を展示する施設としては、近代以前から社寺神社仏教寺院)の宝物殿や絵馬殿があった。また江戸時代後期には、平賀源内本草学者たちが「物産会」として博覧会のようなことも行っていた[7]文久元年(1861年)の江戸幕府による文久遣欧使節に随行した市川清流は、その日録に英語で記された「British Museum」(大英博物館)に対し「博物館」という訳語を初めて与えた(和製漢語)。この文久2年4月24日(1862年5月22日)の記事が日本語による「博物館」の嚆矢であると考えられる[8]。その後の慶応3年(1867年)には、福澤諭吉の『西洋事情』でも「博物館」が用いられ[9]、また同年のパリ万博には幕府・薩摩藩佐賀藩が出展した。

明治になってから、そのパリ万博の参加者だった田中芳男町田久成によって、日本国内での博物館の設置が進められた[10]1872年明治5年)、ウィーン万博への出品準備として開かれた湯島聖堂博覧会文部省博物館)が日本の博物館の始まりとされ、東京国立博物館はこの時をもって館の創立としている[11]。文部省博物館は翌年には太政官所轄の「博覧会事務局」に改編。1875年(明治8年)、博覧会事務局から博物館と書籍館国立国会図書館の前身)が分離して文部省の管轄に復帰し、前者は東京博物館と改称された。また、博覧会事務局は内務省管轄の博物館に改編され、東京にはこれら2系統の博物館が存在することとなった[12]。東京博物館は1877年(明治10年)に上野公園内に移転して、教育博物館と改称された。この教育博物館は現在の国立科学博物館である[13]。なお、東京国立博物館は前述の内務省管轄の博物館を前身とし、教育博物館とは別に人文系の博物館として同じく上野公園内に1882年(明治15年)に移転したもので、その建物はイギリス人のジョサイア・コンドルの設計によるものであった(関東大震災で倒壊)。

博物館の多くは1975年代から急激に増え始め、1988年(昭和63年)に始まった「ふるさと創生事業」では各地で博物館の新設ラッシュが起き、1980年代後半のバブル期まで増え続け、1998年(平成10年)を過ぎると開館数は急激に減少していった[14]

資料館美術館文学館、歴史館、科学館水族館動物園植物園などの施設は日本語では博物館の名を持たないが、いずれも世界標準からは博物館そのもの、あるいは博物館に準じる施設(生きている生物を主に扱う施設の場合)であり、後述する日本の法制上でも、条件を満たして登録措置を受ければ、博物館法上の博物館、あるいはそれに準じた博物館相当施設として扱われる。こうした法制上の扱いを度外視し、名称上博物館を名乗らないが実質的に博物館そのものである施設を含めた広義の博物館の総数は約5700と推計されているが、入館者減少や地方自治体の財政難などにより閉館に追い込まれたり、存続が危ぶまれたりしている施設も多い[15]。 

近年では、マンガ・アニメミュージアムが全国に続々オープンし、現時点で60施設ほど存在しているとされる。

博物館の法制度

日本には博物館に関する法令として博物館法がある。

同法第2条による定義では、博物館とは概ね「歴史、芸術、民俗、産業、自然科学等に関する資料を収集し、保管(育成を含む。以下同じ。)し、展示して教育的配慮の下に一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資するために必要な事業を行い、あわせてこれらの資料に関する調査研究をすることを目的とする機関」であって、公民館・図書館を除くもののことである。

しかし、同条はさらに同法上の博物館を、地方公共団体一般財団法人一般社団法人宗教法人日本赤十字社または日本放送協会が設置するものであって、なおかつ「第二章の規定による登録を受けたもの」に限っている。このように、博物館法が規定する博物館の範囲が限定的であるため、日本における「博物館」は法制度上、博物館法上の博物館である「登録博物館」、それに準じた法制上の扱いを受ける「博物館相当施設」、博物館法の適用外となる「博物館類似施設」の3つに分かれてしまう。

登録博物館
地方公共団体、一般財団法人、一般社団法人、宗教法人、日本赤十字社または日本放送協会が設置した施設で、都道府県教育委員会の審査を受けたもの。独立行政法人立の国立博物館等は登録博物館になれない(なお、2006年現在は国立の博物館らも独法化された)。資料の整備、館長・学芸員・職員の確保、土地・建物の確保、年間150日以上の開館などが定められている。手続きが非常に煩雑なため、要件を満たしていても登録しない博物館も多い。また公立の登録博物館は管轄が教育委員会になるので、行政が教育や観光事業などと連携して運営したい場合、登録しない場合がある。
登録博物館になるメリットとしては、資料を登録博物館に寄付すると、寄付者が税制上の優遇措置が受けることができる取り決めのために寄付をされやすいことや、不動産取得税固定資産税都市計画税などが優遇されることなどがある。また公立の登録博物館は補助金を受けることができる。事業に参加したり助成制度を受けたりする条件として、登録博物館であることが挙げられていることがある。
博物館相当施設
登録博物館の要件は満たしていないものの、一定の要件を満たしている施設で、文部科学大臣あるいは都道府県教育委員会の指定を受けたもの。事業に参加したり助成制度を受けたりする条件として、博物館相当施設であることが挙げられていることがある。
博物館類似施設
2施設以外で博物館法に定められた博物館と同種の事業を行う施設。つまり博物館法の適用外の施設である。ほとんどの博物館はこの博物館類似施設である。

カテゴリー一覧


  1. ^ 佐々木亨、亀井修、竹内有理『新訂 博物館経営・情報論』放送大学教育振興会、2009年、202ページ。ISBN 978-4-595-30826-0
  2. ^ a b VI 博物館についての国際的規程、条約等 (PDF)”. 国立教育政策研究所. 2021年1月12日閲覧。
  3. ^ 佐々木亨、亀井修、竹内有理『新訂 博物館経営・情報論』放送大学教育振興会、2009年、203ページ。ISBN 978-4-595-30826-0
  4. ^ 鈴木眞理ほか『博物館学シリーズ1 博物館概論』樹村房、2001年、23ページ。ISBN 4-88367-030-9
  5. ^ 鈴木眞理ほか『博物館学シリーズ1 博物館概論』樹村房、2001年、25ページ。ISBN 4-88367-030-9
  6. ^ 日本経済新聞』2015年1月3日朝刊「インドの仏 仏教美術の源流展」告知記事
  7. ^ 鈴木眞理ほか『博物館学シリーズ1 博物館概論』樹村房、2001年、35ページ。ISBN 4-88367-030-9
  8. ^ 『東京国立博物館百年史』東京国立博物館、1978年、本文10p、資料編548p。
  9. ^ 上野益三『日本博物学史』講談社〈講談社学術文庫〉、1989年。ISBN 978-4061588592。193頁。
  10. ^ 後藤純郎 「博物局書籍館長、町田久成 : その宗教観を中心として」(『教育学雑誌』第10号、日本大学教育学会、1976年3月、NAID 110009901386
  11. ^ 「館の歴史 湯島聖堂博覧会」(東京国立博物館サイト)
  12. ^ 『学制百二十年史』「草創期の社会教育」(文部科学省サイト)
  13. ^ 科博の概要と沿革(国立科学博物館サイト)
  14. ^ 竹内誠監修『知識ゼロからの博物館入門』(幻冬舎、2010年)196ページ
  15. ^ 【風紋】苦境の地方博物館 宝の資料どう守る『日本経済新聞』朝刊2019年15日(26面・社会)2019年7月28日閲覧。





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