野外博物館
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野外博物館(やがいはくぶつかん、英: Open Air Museum)は、建築物の集合体や、展示物が屋内ではなく、屋外にあり、見たり触ったりで体験して学んでもらうことに主眼を置いた博物館である。
- ^ Oxford English Dictionary Second Edition on CD-ROM (v. 4.0) © Oxford University Press 2009
- ^ Tonte Hegard: Romantikk og fortidsvern. Historien om de første friluftsmuseene i Norge, Universitetsforlaget, Oslo 1984. ISBN 82-00-07084-0
- ^ 『ことりっぷ海外版 北欧』昭文社、2015年、66頁。ISBN 978-4-398-15460-6。
- ^ Sten Rentzhog: Open air museums: The history and future of a visionary idea, Carlsson Jamtli Förlag, Stockholm and Östersund 2007. ISBN 978-91-7948-208-4
- ^ (デンマーク語: Den Gamle By) 「旧市街」を意味する。
- ^ http://www.dengamleby.dk/int/english.htm
- ^ Kenneth Hudson, Museums of Influence, Cambridge University Press, 1987. p. 153
- ^ Ibid, p. 154
- ^ Scott Magelssen, Living History Museums: Undoing History Through Performance, Scarecrow Press, 2007
- 1 野外博物館とは
- 2 野外博物館の概要
- 3 定義
- 4 国別野外博物館一覧
- 5 脚注
野外博物館
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アメン大神殿複合体の北西の隅に位置する野外博物館は、1987年、エジプト考古学協会(考古最高評議会)により考古学博物館として開館した。初期の建造物を再使用したいくつかの塔門からのものを中核として、初期の建造物のうちのいくつかが再建されている。 センウセルト1世の「白い祠堂」 中王国時代、第12王朝のセンウセルト1世の聖舟安置小堂。この小祠堂は、アメンホテプ3世が構築した第3塔門から1927年に発見された断片により復元されたもので、もとは主神殿の中心に位置する至聖所にあった。センウセルト1世のセド祭を記念し、大祭の間、聖舟を安置する祠堂として石灰岩により建てられた。外壁には古代エジプトのノモスの一覧などが描かれている。 ハトシェプストの「赤い祠堂」 新王国時代、第18王朝のハトシェプストの聖舟祠堂。中王国時代の神殿区域内に、赤色珪岩により構築されていた。 アメンホテプ1世の祠堂 新王国時代、第18王朝のアメンホテプ1世の祠堂。アメン神に捧げられた。アラバスター製の小祠堂として知られ、ハトシェプストにより修飾された後、アメンホテプ3世の第3塔門の詰め石として解体された。 トトメス3世の祠堂 新王国時代、第18王朝のトトメス3世の聖舟祠堂。かつて第4塔門の前方にあったが解体され、第3塔門の詰め石とされていた。 アメンホテプ2世の祠堂 新王国時代、第18王朝のアメンホテプ2世の聖舟祠堂。 トトメス4世の祠堂 新王国時代、第18王朝のトトメス4世の祠堂は、アメン大神殿の東壁側に構築されていた。 トトメス4世の列柱廊 アメン大神殿の第4塔門の前庭に、砂岩により構築されていた。
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