伊能忠敬 大日本沿海輿地全図

伊能忠敬

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/15 08:20 UTC 版)

大日本沿海輿地全図

大図 渥美半島付近(千葉県香取市 伊能忠敬記念館所蔵)

種類・特徴

忠敬とその弟子たちによって作られた大日本沿海輿地全図は「伊能図」とも呼ばれている。縮尺36,000分の1の大図、216,000分の1の中図、432,000分の1の小図があり、大図は214枚、中図は8枚、小図は3枚で測量範囲をカバーしている[293]。このほかに特別大図や特別小図、特別地域図などといった特殊な地図も存在する[294]

伊能図は日本で初めての実測による日本地図である[295]。しかし測量は主に海岸線と主要な街道に限られていたため、内陸部の記述は乏しい。測量していない箇所は空白となっているが、蝦夷地については間宮林蔵の測量結果を取り入れている[296]

地図には沿道の風景や山などが描かれ、絵画的に美しい地図になっている点も特徴の一つである[297]。 最後は弟子たちによって完成された。

精度

忠敬は地図を作る際、地球を球形と考え、緯度1度の距離は28.2里とした[298]。そしてこの前提のもと、測量結果から地図を描き、その後、経度の線を計算によって書き入れた。伊能図の経緯線はサンソン図法と同じである[299]

忠敬が求めた緯度1度の距離は、現在の値と比較して誤差がおよそ1,000分の1と、当時としては極めて正確であった[300]。また、各地の緯度も天体観測により多数測定できた[301]。そのため緯度に関してはわずかな誤差しか見られない[302]。一方で経度については、天体観測による測定が十分にできなかったこと、地図投影法の研究が足りず各地域の地図を1枚にまとめるときに接合部が正しくつながらなかったこと[274]、あとから書き加えた経線が地図と合っていなかったこと[303] などの理由で、特に北海道と九州において大きな誤差が生じている[304]

その後の伊能図

忠敬死後、地図は幕府の紅葉山文庫に納められた。その後の文政11年(1828年)、シーボルトがこの日本地図を国外に持ち出そうとしたことが発覚し、これに関係した日本の蘭学者(高橋景保ら)などが処罰される事件が起こった(シーボルト事件)。シーボルトは内陸部の記述を正保日本図などで補っているため、実際の地形と異なる地形が描かれている[305]

江戸時代を通じて伊能図の正本は国家機密として秘匿されたが、シーボルトが国外に持ち出した写本をもとにした日本地図が開国とともに日本に逆輸入されてしまったため、秘匿の意味がなくなってしまった。慶応年間に勝海舟が海防のために作成した地図は、逆輸入された伊能図をモデルとしている[306]

伊能図は明治時代に入って、「輯製二十万分一図」を作成する際などに活用された。この地図は、のちに三角測量を使った地図に置き換えられるまで使われた[307]

伊能図の大図については、幕府に献上された正本は明治初期、1873年皇居炎上で失われ、伊能家で保管されていた写しも関東大震災で焼失したとされる。しかし2001年アメリカ議会図書館で写本207枚が発見された。その後も各地で発見が相次ぎ、現在では地図の全容がつかめるようになっている[308]2006年12月には、大図全214枚を収録した『伊能大図総覧』が刊行された[309]


注釈

  1. ^ 地元などでは親しみと尊敬の念をこめて「いのう ちゅうけい」とも称されている[1]
  2. ^ 本段落の内容については当時の複数の文献でも多少の差異がある。詳しくは渡辺編(2003) pp.76-81を参照
  3. ^ 忠敬の分家としては、子孫に金沢工業大学土木工学科客員教授の伊能忠敏らがいる(伊能(1991))。
  4. ^ 清宮家は伊能家とは直接の血縁はないものの、清宮家の初代当主は伊能三郎右衛門家2代目である景常の後妻の連れ子であり、継父の支援で清宮家を興したと伝えられ、両家はそれ以来の深い関係を有していた(千葉県(2008) p.346-347)。
  5. ^ 海保景文に伊能景晴(茂左衛門家当主、楫取魚彦の曾孫にあたる)の次女を娶せて、三郎右衛門家の祭祀を継がせた(『千葉縣香取郡誌』(1921年刊行の復刻版)、崙書房、1972年、P782-783.「伊能景晴」)。
  6. ^ シーボルト事件」において、紅葉山文庫にある伊能図を写させたことが原因で、何人か罪に問われ死亡している。
  7. ^ 作者は忠敬本人という説もあるが、小島一仁はこれに反論し、息子の景敬によるものではないかと述べている。

参照元

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