伊能嘉矩とは? わかりやすく解説

伊能嘉矩

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/18 01:39 UTC 版)

伊能 嘉矩(いのう かのり、慶応3年5月9日1867年6月11日[1] - 大正14年(1925年9月30日[1])は、日本人類学者民俗学者。明治時代においていち早く人類学を学び、特に台湾原住民の研究では膨大な成果を残した。郷里岩手県遠野地方の歴史・民俗・方言の研究にも取り組み、遠野民俗学の先駆者と言われた。梅陰[2]という筆名での著作も多数ある。


  1. ^ a b c d e f g h i j k l m 【19-20】伊能嘉矩の台湾島調査と原住民研究 | SciencePortal China”. spc.jst.go.jp. 国立研究開発法人科学技術振興機構. 2022年8月18日閲覧。
  2. ^ Web NDL Authorities”. 国立国会図書館. 2017年2月26日閲覧。
  3. ^ 法務部編纂課属と国語学校書記を兼務していたようである(『職員録 明治29年(甲)』内閣官報局、1897年、pp.578,585)。


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