中川 淳庵とは?

なかがわ‐じゅんあん〔なかがは‐〕【中川淳庵】

[1739〜1786]江戸中期蘭医江戸の人。名は玄(げんりん)。本草学蘭学学び杉田玄白らと「解体新書」を翻訳オランダツンベルク交流があった。著「和蘭局方」「和蘭譜」など。


中川淳庵

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/28 15:36 UTC 版)

中川 淳庵(なかがわ じゅんあん/じゅんなん、元文4年(1739年) - 天明6年6月7日1786年7月2日)は江戸時代中期の医者・本草学者・蘭学者。はじめ純安と名乗る。名は鱗(りん)もしくは玄鱗。字は攀卿。若狭国小浜藩に勤めた江戸の蘭方医であり、杉田玄白の後輩にあたる。前野良沢・杉田玄白とともに『解体新書』を翻訳した。向学心と積極性に富み、多くの学者と交わり、蘭学の発展に貢献する。


注釈

  1. ^ かくしょう。胃癌食道癌と考えられている。

出典

  1. ^ 『大黒屋光太夫史料集・第3巻』20頁、山下恒夫編・日本評論社


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