大黒屋光太夫とは?

だいこくや こうだゆう-くわうだいふ 【大黒屋光太夫】 ○

1751~1828江戸中期船頭伊勢の人。幸太夫とも。1782年航海中台風に遭い、アリューシャン列島アムチトカ島漂着その後ロシア在留91年エカテリーナ二世謁見した。翌年帰国幕府取り調べを受け、それを記録した桂川甫周の「北槎ほくさ聞略」がある。

大黒屋光太夫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/05/30 21:08 UTC 版)

大黒屋 光太夫(だいこくや こうだゆう、宝暦元年(1751年) - 文政11年4月15日1828年5月28日))は、江戸時代後期の伊勢国白子(現三重県鈴鹿市)の港を拠点とした回船(運輸船)の船頭。


  1. ^ ゲッチンゲン大学蔵大黒屋光太夫筆日本図について 岩井憲幸 明治大学教養論集通巻269号(1994・12)pp.158
  2. ^ Journal historique du voyage de M. de Lesseps, consul de France, employé dans l'expédition de M. le comte de la Pérouse en qualité d'interprète du roi ; depuis l'instant où il a quitté les frégates Françaises au port Saint-Pierre et Saint-Paul du Kamtschatka jusqu'à son arrivée en France le 17 octobre 1788 , Paris, Impr. royale 1790 , 2 vol. Royal 1790, 2 vol. in 8. in 8. フランス語の原題 Archived 2008年10月13日, at the Wayback Machine. 1790年英語に翻訳された。英題Travels in Kamchatka during the years 1787 and 1788 英語版を出典に使用している例が見られる
  3. ^ “建立230年の光太夫供養碑を修復 鈴鹿で開眼法要”. 中日新聞. (2013年12月1日). オリジナル2013年12月3日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20131203021856/http://www.chunichi.co.jp/article/mie/20131201/CK2013120102000011.html 2013年12月1日閲覧。 
  4. ^ 大黒屋光太夫物語 - 大黒屋光太夫顕彰会・鈴鹿市観光協会・鈴鹿市 編(1992年5月再版) 巻末


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